『善逸、お前は俺の誇りだ』   作:マキシマムとと

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第 伍拾  話『時空の果てに』

 

ジグザグの気配が消えて、空気が変わった。

血鬼術が、その穢れが空間に満ちて琵琶の音の響きが精神を掻きむしる。

 

獪岳の足元に、くっきりと形を成した血鬼術の扉が浮き上がる。

 

無限城。

人を守るために習得した雷の呼吸。

それを用いた、兄殺し。

 

驚くほど鮮明に、どうしようもなく息苦しい。

あの日の記憶と共に。

 

だから。

 

「雷の呼吸…」

 

切り替える。

息を、意識を、あの日に戻す。

あの日の獪岳を。この身に宿す。

 

「肆ノ型ーーー遠雷ーーー」

 

 

 

 

 

 

この身体に生まれ直してからこっち、呼吸は『歪』一辺倒だった。

 

歪の呼吸は雷と水の複合型であり、俺の我流だ。

鬼舞辻無惨との決戦で損傷した肉体は雷の呼吸が生み出す爆発的な活力の発生に耐えられず、力を求めるための修行は困難を極めた。

それを解決したのが水の呼吸が得意とする血液の圧縮による肉体の強化。

 

水の呼吸により損傷した部位の強度を補い、雷の呼吸が生み出す活力を淀みなく伝えるその技は、幼く脆い牧野善逸の肉体を助けた。

 

ーーーだけど、さ。

 

音を感じるんだ。

 

「雷の呼吸・弐ノ型」

 

いつも。

いつもいつもいつもいつもいつも、平然と俺を騙していた兄弟子の心の音を、間違いなく感じる。

 

「余裕が無いんだろ?」

 

片手で兄貴の肩を掴み、手前に引くと同時にその背後に出現した扉を三連撃の劣化した稲魂で薙ぎ払う。

肉体を損傷し、精神には大切な女性が入り込み、眼前では死んでも手放さなかった雷の技が振るわれる。

 

兄貴の心に壁が無いこの瞬間。

 

「雷の呼吸・参ノ型」

 

見てる。

聞いてる。

兄貴が、俺の呼吸に反応してる!

 

「真菰さん、可愛い人じゃん!」

 

軽口を叩きながら自分でも笑ってしまうくらい下手くそな聚蚊成雷で四方八方に出現した扉に斬りかかる。

 

「うひぃー! 限っっっ界だよぉぉぉぉぉぉ! 一応最低限の格好くらいは真似してるけどさ! 結局俺は、兄貴と、違って! 誰かを守るための、剣は、苦手なんだなっ…て!」

 

粗方の扉を切り裂くと、不意に天井の光が変わる。

 

頭上。

確かに存在している天井は、俺の視線の遥か彼方。

血鬼術によって改竄された広大な空間の先で、重力というこの世の理を反転させながら、今にも開かんとする大扉が見えた。

あからさまに遠すぎるその空間に、自然と口角がつり上がる。

 

「雷の呼吸」

 

俺が雷の呼吸を修得するにあたって最大の壁となったのが『伍』と『陸』の技にある活力の放出と浸透。

 

「伍ノ型ーーー」

 

放出だけはモノにした。

だが、己の外側にある物体に浸透させて内側から焼き焦がす、雷の呼吸の奥義だけは修めることが出来なかった。

俺が可能とした業は。

 

「ーーー乙式(おつしき)!」

 

物体に浸透させられずに霧散するのであれば、霧散する先の『空間』その物に活力を流して狂わせれば良い。

 

「絶界雷!!」

 

この剣は時空を越える。

遠く離れた天蓋の扉さえも、眼前に有ると同様に。

 

果てに見える扉が、俺の剣に刻まれて消え去る。

 

「アンタは鬼として終わる道を望んで、俺は馬鹿だからそんな兄貴を斬り殺した」

 

漆ノ型、火雷神。

俺が創り出したあの業を後から紐解き、その理屈を十全に理解して応用した技法。

…ずっと。

 

「後悔したんだ。十年、二十年…間違いじゃ無かったって、どうしようもない事だったんだって! 自分を騙しながら、それでもずっとずっと、後悔してた!」

 

声も悲哀も遮るように、この俺の身動きを封じて取り囲む壁として現れた、扉による断空の結界。

ふざけるなよ。

この………程度で!

 

脳裏に真菰さんの言葉が響く。

 

【どんなに馬鹿げてて道理に反したとしても、それを盾にして雷月を見捨てるなんてこと、私にはありえないんだよ】

 

…ほんと、良い人じゃん。

 

「雷の呼吸・陸ノ型ーー乙式ーー」

 

俺も、絶対に、諦めない。

ーーー今度こそ!!

 

天業雷業(てんごうらいごう)!!!」

 

幾重にも空を裂き、白銀の雷光が『刻』を穿つ。

 

術者としての知識で知っている。

どれ程地力に差が付いた強固な結界であろうとも、その出鼻を挫く事が出来れば形を成すことは不可能。

 

故に、散る。

 

あの日、獪岳は俺の漆の型を捉えられなかった。

それは『速さ』では無い。

有り得る筈がない。

 

あの距離を詰める為に必要となるのは『時間』だ。

空間と時間を乱して斬って。

因果を歪めて罪業を為す。

 

 

それこそが、俺の型の本質。

 

 

切り捨てた結界と鬼の術。

耳が痛くなるような唐突な静寂を、納刀する音で崩した。

 

「…どうだよ、兄貴」

 

呼吸の乱れと全身の震えを全力で堪えて、その音に耳をすませた。

 

「アンタが俺に背負わせた命と、雷の技だ」

 

音が乱れる。

間違いない。

この音の乱れかたは、俺を知っている音だ。

 

「俺だけだと思ってたんだよ。未来から過去へ戻ってくるなんて、そんな残酷な奇跡に喘ぐのは、俺だけで十分だって…そう思いたかったのかもしれない」

 

何年…。

何十年経っても、俺は馬鹿だ。

馬鹿は死んでも直らないらしいけど、我が事ながら困ったもんだよな。

 

「相も変わらず【チビで】【みすぼらしい】【軟弱なまんま】だろ? 兄貴から託されたってのに、壱以外の型…下手くそだし。正直な話、ここが俺の限界だったんだ」

 

呼吸を切り換える。

 

歪の呼吸。

水の活力を併せ持った血の圧縮により、疲弊している筋肉を補強して。

 

「これが俺なんだよ」

 

雷の呼吸の継承者、その片翼を担った事は俺の誇りだ。

だけど、俺はその後を生きた。

生きて、生きて。

足掻いて、悩んで。

 

だからこそ、言える。

 

「俺には雷の呼吸を極める事は出来なーーーグガッ!」

 

正気では無いと思えない速度で、兄貴が俺の首を片手で掴んで持ち上げた。

 

「グ………の、野郎!!」

 

直前に首の間に差し込んだ指でその拘束を押し退け、蹴り飛ばす。

 

「兄貴も変わってねぇ! そりゃ兄貴には劣るかもだけど! だけど俺だって努力したんだぜ!?」

 

鬼そのものって感じにキレ散らかした兄貴の猛攻を手で弾くように捌きなから、言葉を重ねる。

 

「兄貴はあそこで終わったから、わっかんねーだろぅけどさ! 大変なの! 生きるって大変なのよ!? 病は流行るし戦争は始まるし、家族が増えたら一にも二にも稼がなきゃならんのよ? 例え稼いだからって安心出来ねぇ! 地震・雷・火事・親父ってね? 災害ってのはホント容赦無いから! それに、お嫁さんにだって油断出来ねぇ! 子供が産まれるまではどんなに人生ふざけてても笑って許してくれてたのに、産まれたとたんにお母ちゃんに変わっちゃうの! 子供のためなら俺との絶縁だって辞さない覚悟でグイグイ押してきちゃうからね! も、ホント俺泣いたもの! いやもちろんそれぁ俺のお父ちゃんとしての意識が足りなかった頃の話だし、俺がそれなりにしゃんとしてからは子供の可愛さもわかったし、問題なくなったんだけどさぁ! それにしたって一人前のお父ちゃんとして生きるってのは楽じゃないのよ! 刀ぶんぶん振り回してりゃ良かった少年時代とは訳が違うわきゃ!」

 

兄貴が振り回す鋭い爪の左手を避けながら、何がなんでも口の動きは止めない。

 

「俺だってわがってんの! 兄貴の感性は俺とは違うって、俺が喋る度にイライラすんだろ? 知ってるし! 知ってて喋ってるしぃ! いや別に馬鹿にしてるわけじゃないんだぜ? 解って、知って、知ったふりして諦めて、俺には『出来ない』からって言い訳を垂れ流して諦めた結果が、前世の兄貴なんだ! 俺しかいないんだよ、どんだけ下手くそで、兄貴の癪に触っても! 今この場所でアンタの腕を引っ張ってやれる男は俺しかいないんだ!!」

 

困惑。

素直な音が、兄貴から聞こえる。

 

「俺はもう諦めない、兄貴が生きて雷の呼吸の継承者となる未来を見るために全力を尽くすし、前世で助けられなかった大切な仲間の命と未来を守るためならどんなにツラい毎日だって笑って過ごせる。 真菰さん、今もアンタの無意識領域にいるんだろ? あの人の事が大切なんだろ? その気持ちの原点が何処にあろうが関係ないんだよ、アンタが守りたいと思ったのなら、それはアンタの生きる理由になる。生きる理由があれば、人はいくらでも強くなれる」

 

【ねぇ、雷月】

「なぁ、兄貴」

 

「【一緒にーーー】」

 

ーーー喪失。

唐突な浮遊感と空気の流れ。

 

落とされた。

 

そう理解するまでに、馬鹿馬鹿しいほどの距離が開く。

だけど、その果てに、俺に向かって手を伸ばした兄貴の姿を見つけて。

 

「歪の呼吸」

 

相手()も馬鹿じゃないらしい。

俺が落とされた空間は広大で、足場となる柱の一つもない。

俺は鳥じゃないんだし、普通に考えたらここで御仕舞いなんだろうな。

 

「漆ノ型」

 

目の端に赤い光の粒が見えた。

兄貴が自分の命を抉った際に零れ落ちた命の雫。

その赤が、微かな光源に照らされて輝く。

だから…。

だから、負けない。

 

淤縢山津見神(オドヤマツミノカミ)

 

俺の呼吸が。

繋がれてこそ至った俺の剣が、兄貴の血を斬って繋がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

雷の呼吸・漆ノ型 火雷神。

 

それは国産みの神とされる二柱の一、伊邪那美命(イザナミノミコト)から産まれたとされる八柱の雷神、その内の一柱の名を借り受けた俺の業。

 

黄泉の国の住人となった伊邪那美命の胸に集った蛆虫から生じた雷神で、約束を違えた彼の神の最愛を裁く為に死者の軍勢を引き連れて現世へと向かい、敗れ去ったという逸話を持つ雷神であり、豊穣神としての側面も併せ持つ。

 

 

そして歪の呼吸・漆ノ型 淤縢山津見神。

 

 

これは伊邪那岐命と伊邪那美命の間に産まれた最後の神。

母殺しの罪業を抱えて産まれ落ち、父によって首を斬られた哀れな火之神、火之迦具土神(ヒノカグツチ)の死体が変化した神とされる。

 

黄泉の国の母と同様に、死体から生じたのは八柱の神。

淤縢山津見神は火雷神と同じく胸部から生じた神であり、その性質は泥と繋がり。

 

だから、その名を知った時に心が動じた。

揺れた心は記憶に噛みつく。

だから憶えていた。

咄嗟に選んでいた。

 

俺にはそんな資格など無いと思っていたけどさ、それでも心は願ってた。

壊れた箱を補強して、もう二度と壊れないように。

 

「兄貴の願いなんだよな?」

 

繋がっている。

血が、魂が。

 

牧野善逸として産まれ、母の鬼を狂わせる為に受け渡した鬼゛人の勾玉(獪岳の願い)の残りカス。

胸の痣痕に兄貴の指を誘う。

 

「俺はあの程度なんだけどさ、それでも俺達が二人で雷の呼吸の継承者なのは変わらないし、兄貴の願いを俺が願ったって良いわけじゃん?」

 

「ふざけやがって…」

 

怒りや憎悪、鬼が撒き散らすような負の感情を真っ直ぐに俺に突き付ける。

 

「俺は真面目だよ」

 

昔は怖かった。

兄貴が怖かったし、その癖に怒られる事を求めてすらいた。

だって怒られるってのは、その人の大事な部分に触れるって事だから。どうしたって自信の無い俺には、兄貴のわかりやすい怒りが必要だった。

 

「死ぬ気もないし、死なせる気もない。けどさ、兄貴も同じ気持ちなんだろ? その鬼を…いや。その人を、助けたいだけなんだろ?」

 

鬼が悪で、人が善。

平時では人殺しは許されず、戦時下では不殺は許されない。

人によって、状況によって軽々と変化する価値基準。

それを俺は知っているから。

 

「俺も手伝う」

 

鉤爪のように鋭い手を取り、俺の痣を抉らせる。

 

「アンタは大切なんだよ。俺にとって、真菰さんにとって、じいちゃんにとって。掛け替えの無い、大切な『人』なんだぜ」




ここまで読んでくださって有り難う御座いました。
またしばらく書き留め期間に入ります。

次の夏休みまでにどこまで書けるか謎ですが、少しでも前に進められるように意識しながら頑張ってみます。

それではφ(゜゜)ノ
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