慈悟郎さんの話では雷月は毎日、一日も欠かさず寺へ向かったと表現されていますが、実際には少し違います。
夜間の寺参りを開始してすぐの頃は体力も不足しており、雨などの悪条件が重なった場合は寺に辿り着く前に時間が足らないと判断して引き返すことも多々ありましたし、台風の日に出かけて氾濫した川に呑まれ、海まで流されて一月行方不明だったり、月の無い晩に出かけて崖から足を滑らせて滑落し、一週間意識不明だったり(戻らない事を心配した慈悟郎さんが捜索。運良く発見し、近くの村人の協力を得て救助された)していました。
同じような事を何度も何度も繰り返し、それでも寺参りを止めようとしない雷月を表現する言葉として慈悟郎が編み出した単語が頭残念です。
前回投稿時には疲れすぎていて後書きに書くのを忘れていました。
こーゆーのを大正こそこそ噂話に取り上げるべきなんだけどな。
【最終選別の考察】
行冥さんのお寺の事件があった時点でお館様は14歳。
あの人は13歳で結婚して、鬼舞辻と対峙した時点で23歳。
五つ子達は最大で見積もって最終決戦時には9歳です。
そこを把握した上でお寺の事件から2年後の最終選別。
お館様は16歳、子供達は2歳かそれ以下の年齢となります。
あの人の性質からすると最終選別の案内人を選ぶ際、自分の血筋から人を出さないとは考えられません。
しかし、子供はまだ赤子。
嫁はその世話で手一杯ですよね。
そうした考察から、この時期の案内人は御本人が行かれたのではないかと推測しています。
獪岳が、先生から賜った着物に袖を通さなかった事は知っていた。
俺が知る知識における獪岳の立場は善逸の兄弟子。
知識によると、この現実とは違って獪岳と善逸はほぼ同時期に桑島慈悟郎に弟子入りしている。
そして慈悟郎は兄弟子である己と弟弟子である善逸を分け隔てなく大切にし『共同で後継』として育成した。
それに不満を募らせたことで、雷の呼吸の継承を意味する着物の着用を拒否したとされている。
しかし。
しかし、俺は知っている。
雷の呼吸における、壱ノ型の価値を。
そして、それは獪岳も同じだったのだろう。
一般的には『全ての型の基本』とだけ知られている壱ノ型。
その内実は全くの別物。
お飾りであり、技量に劣る隊士を補助する為だけに造られた壱以外の型しか使えない己と…【善逸】。
型を知れば、呼吸を知れば。
知れば知る程に浮き彫りとなる才能の隔絶。
着なかったんじゃない。
着ることが出来なかった。
誰よりも敬愛する先生から戴いた着物だぞ。
嬉しくないわけがない。
けど。
だからこそ、至らない自分には着ることが出来なかったのだ。
継承者の着物を手にして思う。
これは一月前、行冥さんと和解して家に帰りついた際に賜ったものだ。
自らの足で呉服商に赴き、夜道を駆けて俺の出立に間に合わせてくれた。
俺を信じるという、目に見える形。
これがあったから、俺はこの一ヶ月を歩んでこれた。
後悔しない事はない。
弱くて、不完全で、何度も何度も振り返っては下を向く。
けど、その度に思い出す。
この服に込められた親父殿の思いが、俺の尻を蹴り上げた。
だから今日、俺はこの重さを背負う。
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【藤襲山・最終選別】
総勢十四名の鬼殺隊の候補者達が山の頂へ向かう。
その中で、俺が進む道は既に決まっていた。
「霹靂一閃」
壱ノ型を振り抜いたにも関わらず、鬼の悲鳴が止まない。
「畜生が」
一撃で正確に頚を切り落とす。
その為の壱ノ型、その為の雷の呼吸だ。
しかして俺が切り落としたのは腕の一本。
己の未熟さに歯噛みしながら弐ノ型・稲魂にて二体の鬼を分断した。
下級の鬼であろうとも、頚への攻撃に対する反応速度は秀逸である。
そして俺は敵の隙を見抜く能力が恐ろしく低い上、技の練度もご覧の有り様。
いや、善逸や柱連中が異常なんだけどな。きっと、たぶん。
令:跳ねて動いて防衛する敵の頚を一撃で斬りなさい。
応:凄く難しいです。
そんな事を考えている間に、左右に別れた鬼が一斉に飛び掛かってきた。
「陸ノ型・電轟雷轟」
当たりに来てくれれば、勝てるのだが。
雷の呼吸のお飾りに助けられ、脚に裂傷を受けた鬼の頚を刈り取る。
「馬鹿と飾りも使い用、か」
まずは二匹。
鬼の血を振り払ってから納刀し、一度息を抜いて周囲の音に同化する。
全集中。
煩わしく感じる己の心音が、次第にこの山に溶け込んで行く。
この山にとって異物でしかない俺は、それでももっと広い視点からすれば同じ自然の一部。だから溶ける。
溶けて、ふれあい、混ざりあって鼓動になる。
山の息吹きを感じ、山の息吹きを吐き出す。
そうすれば、聴こえる。
本当の異音。
世の理の外側に追い落とされた無惨な音が。
「肆ノ型・遠雷」
型を利用した高速移動で強引に速度を高める。
壱よりも格段に単純な肉体操作で発動出来る肆ノ型は、移動手段として見れば壱よりも遥かに優秀だ。
親父殿には何故か不評で嫌な顔もされたが、普通に走るよりも素早く行動出来る手段がある事は何を差し置いても有益だと思う。
今し方捉えた鬼の音。
野生の動物が忌避し、無音の中心となる異音。
その発生源へ向かい俺は駆けた。
◇
「これで、十五」
参ノ型・聚蚊成雷を用い、俺に背を向けて逃げようとした鬼を強引に切り捨てた。
さて。
俺の知識によると炭治郎が最終選別に挑んだ際のおおよその人数は二十人。
そして今回の選別での人数は十四人。
場所は同じ藤襲山である。
つまり、この山の人間側の定員は二十人前後と推測出来る。
一人の剣士が一日に一体の鬼を倒すと仮定して考えると、七日で百四十もの鬼が必要となるのだが、常識的に考えてそれだけの数の鬼を集めることは不可能だし、そもそも弱い剣士は日を追うごとに死んでいくのでそれほどの数は必要としない。
それに、錆兎が手鬼に殺されるまでの間にその他の鬼を殺しつくしたと言う情報から考えても、この山の面積はそれほど広くはないと考えることが出来るだろう。
そう考えればどれほど多く見積もっても四十体が限界なのではないだろうか。
この選別が年に何回開かれているのかは知らないが、少なくとも昨年は錆兎によって殆どの鬼が討伐されている。
一から始めたと考えて、一年で何体の鬼を集められる?
それを成す隊士の数にだって限りがある筈だ。
呼吸を整え、深く深くこの藤襲山に溶け込む。
残る異音は…あと、一つ。
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「肆ノ型・遠雷」
藤襲山での最終選別の開始を案内人の男性が告げ、それと同時に、まるで散歩に出かけるような気軽さで呼吸の技を使って、一人の男の子が山に飛び込んだ。
え………?
理解出来ずに硬直するのは私だけじゃなくて、選別に訪れた全員が同じ時を共有した。
「…まさか、移動の為に型を使用している?」
たまたま近くにいた黒髪の男の子が呟く声に、ようやく正気に戻った。
男の子は口元を包帯でぐるぐる巻きにしていて、右目がタンポポのような黄色、左目が深い湖のような青で、とても覚えやすい顔をしていた。
首元に巻き付いた白蛇が、チロチロと舌を出して私を見る。
「そんなことあり得るのかな?」
返事があると思ってなかったんだろうね、私が疑問をそのまま口に出したら、男の子は驚いた顔をして私から距離を取った。
【こわい】
彼の気持ちが文字となって見えた。
昔からある私の才能。
人の顔色ばっかり窺って、その足を嘗めるようにして生きてきた私の
…きっと、この人も何かを引き摺ってる。
「怖がらせてごめん、私先に行くね」
手を振り、歩き出してからふと思い出した。
そう言えばさっき山に飛び込んでいった黄色い服の男の子、私を見たときの気持ちが【ごめん】だった。
その後が【まもる】。
あの子も、誰かを守れなかったのかな。
私と同じように、誰かを亡くしたのかな。
次は守れるといいね。
私の命の、その次から。
それからしばらく歩いた。
歩いても歩いても、鬼の姿はどこにも見えない。
「きっとあの黄色い人が倒したんだよ」
男の子が言う。
「それは、困るかなぁ」
考えながら言うと、男の子は【おどろいた】と顔で語った。
「なんで?鬼がいなければ安全だろ?」
「うん。そうなんだけどね。私は鬼を倒しに来たんだ。私のお兄ちゃんを殺した、悪い鬼を」
「え…お兄ちゃんがいたの?」
「うん。血は繋がってないけど、とっても良いお兄ちゃん」
うん…あ、あれ?
「そっか、ボクもお兄ちゃんがいたんだよ!」
【うれしい】【うれしい】【うれしい】【うれしい】【うれしい】【うれしい】【うれしい】【うれしい】【うれしい】【うれしい】【うれしい】【うれしい】
男の子の気持ちが、痛い。
なんで、こんなに、頭が、痛い。
「ボクのお兄ちゃんはね、いっぱい教えてくれるんだ!」
【うれしい】【うれしい】【うれしい】【うれしい】【うれしい】【うれしい】【うれしい】【うれしい】【うれしい】【うれしい】【うれしい】【うれしい】【うれしい】【うれしい】【うれしい】【うれしい】【うれしい】【うれしい】【うれしい】【うれしい】【うれしい】【うれしい】【うれしい】【うれしい】
「さっきの黄色い人みたいにね、ボクじゃ勝てない鬼狩りが来たら教えてくれるんだ!」
この表情は笑顔…笑顔、なの?
「お兄ちゃんが教えてくれたら、あとは簡単なんだよ!つよい鬼狩りはね、鼻が良かったり目が良かったり《耳が良かったり》するでしょ?だからボク、心臓を捨てるんだ。匂いも音も、ぜーんぶそっちに置いてきぼりにして、ボクはお兄ちゃんと二人でかくれんぼするの。けど、だけどなァ?」
この、暖かい笑顔の男の子は…誰?
「狐がウロウロするから。ボクの可愛い狐が」
【にくい】
男の子の目が、瞳孔が十字に裂けた。
同時に、男の子の背骨から伸びてきた腕がぐるりと頚に巻き付いて、そして最後に頭の後ろから優しく男の子の頭を撫でた。
「あぁ、お兄ちゃん。もっと、もっとボクをほめて。たくさん殺すから。狐も、よわい剣士も、たくさんたくさん殺すから」
涎と涙をだらしなく垂らして。
嬉しそうに、頭に乗った自分の手を撫でる、その姿。
これこそが、鬼。
人間の、敵。
「っあ!」
意識を取り戻し、距離を離す。
理解できない現状。
最終選別の開始直後からの記憶の混濁。
異能の鬼?
長く生きて多くの人を食べた…鬼!
落ち着いて、心の中に水面を思い浮かべーー
「【宍色の髪】【頬に傷】」
鬼が………嗤う。
「キミの『お兄ちゃん』は美味しかったなァ?」
ーーー死ね。
「最初に足を潰したんだァ。次に右腕、どんどんどんどん潰していって、千切れた肉を目の前で喰ってやったァ」
ーーー死ね、死ん、で、しまえ。
「そしたらアイツ、女みたいにピーピー泣いてなァ!」
ーーー黙れ、臭い口で。
「鱗滝の弟子は皆そうだ。みんな、みぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃんな、アイツはゴミしか作れない」
「嘘をつくなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「嘘じゃない」
真下から生えてきた腕が、私の首を掴んだ。
「だって、お前死ぬだろ?」
ーーー死ぬ。
その時になって、やっとわかった。
私は敵討ちがしたかったわけじゃなかった。
きっと、ずっと、死にたかった。
鱗滝さんに引き取られて、私は温もりを思い出した。
錆兎がいて、手を繋いでくれて。鱗滝さんがいて、大切に抱き締めてくれる。義勇君が来てから、不安なんか消し飛ばすくらいキラキラした日々が訪れて。
そんな毎日が…終わってしまって。
思い出したんだ。
狭霧山に来る前の日々を。
物心ついた頃は幸せだったよ。
お母さんがいて、お父さんがいて。
暖かな感触だけが記憶に残ってる。
けど、すぐにお父さんがお義父さんになって、いつの間にかお母さんは居なくなっていた。
毎日が痛くて、目が覚めるのが怖くて。
息をするのが嫌だった。
お義父さんが鬼に食べられてる所を見て思ったよ。
『あぁ、助かった』って。
だから、怖かったんだ。
生きるのが嫌になるくらい怖かった。
幸せの後には、幸せが壊れた後には、きっと苦しいだけの毎日が続いていくんだって思っていたから。
『必ず、帰ってこい』
狭霧山で、鱗滝さんが私の頭を撫でた。
ゴツゴツして、力強くて、不器用で。
けど。
【たいせつな】
生きるのは怖い。
【わしの】
けど、せめてもう一度。
【むすめ】
「全集中」
一陣の風が吹いた。
「蛇の呼吸ーー壱ノ型・委蛇斬り」
伊黒小芭内の剣が真菰を捕らえる腕を切り捨てる。
「無事か?」
相棒の誘導に従い、命の危機に遭遇してからの咄嗟の行動だった。
気道を圧迫されていた影響で咳き込む。
しかし真菰はすぐに呼吸を整えて立ち上がった。
「邪魔だなァ」
童のような鬼からは気配が感じられない。
しかし、肌を刺すような殺気が地中の至る所から発せられ、蛇のように二人に巻き付く。
「蛇はキライなんだァ、お兄ちゃん!」
手鬼が喚くと、五本もの太い腕が地を割って飛び出した。
しかし、事前にそれを予期していた二人には通用する筈もなく。
「水の呼吸ーー玖ノ型・水流飛沫『乱』」
地を、腕を、樹を。
あらゆる場所を駆け跳ねる。
そこに生み出される幻影は水。
その水が爆ぜる毎に舞うは薄桃色の真菰の花弁。
「は、速い!」
幻に翻弄され、速度に圧倒される。
「お兄ちゃん!!」
「ーーーお兄ちゃん…」
手鬼の直前。
地から生えた腕が真菰の剣を受け止めた。
「は、はは。軽い軽い、そんな程度の力でボクのお兄ちゃんを斬ることなんて出来ない」
手鬼の油断、勝利への確信。
「弐ノ型・狭頭の毒牙」
その影から蛇の如く忍び寄った伊黒の一撃が。
その頚に迫った。