『善逸、お前は俺の誇りだ』   作:マキシマムとと

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第 玖 話『導き』

 

 

 

「ーーー痛!」

首の痛みに、思わず手が伸びた。

 

そこから伝わるのはスベスベした硬い鱗の感触で。

 

「うわぁ!蛇や!」

 

ボクは恐ろしぅて恐ろしぅて、頭が馬鹿になって木の回りをグルグル回った。

 

「大丈夫か!」

 

すぐに兄ちゃんが駆けて来てくれてな、蛇の頭をグッと掴んでボクの首から引き剥がしてくれたんよ。

ボクはもう気が気やなくてなぁ「痛い」「痛い」言うてたんやが、やっぱり気になってな、ちらっと蛇の方を見たんよ。

 

「うわ、白いやが」

 

初めて見たわ。

その蛇はそれはもう、初雪みたいに真っ白ぅてなぁ。

眼だけが木苺みたいに爛々と赤い。

 

「兄ちゃん早よ殺して!」

 

恐い恐い。

ボクはもぅその眼が恐ろしぅて敵わん。

だのに、兄ちゃんは笑いよる。

 

「こりゃ、お前なんぞ悪さしたじゃろ?」

 

悪さ?

そげなこと知らんわ。

そう言うたんじゃが、兄ちゃんはじっとボクの目を睨みよる。

それだけやったら気にもならんかったが、蛇がな。

白い蛇が見よるんよ。

 

もぅ兄ちゃんの手から放されて、どこいでも好きに行けるゆうのに、首をもたげてじぃぃぃぃと、見よる。

 

しかたんないで、考えてみたんよ。

六朗爺の草履に牛の糞つけた、カミヤの婆の水瓶に蛇の死体突っ込んだ、太郎丸のボケカスが自慢しとった京菓子を盗ったりもした。

考えれば考えるほど『わるさ』が出てきての?

キリがないで、阿呆くさなったんじゃが。

 

「お?」

ふと思い出したんよ。

 

「そう言えば昨日じゃったか、岩場に蛇がおったな」

 

その蛇は胴の真ん中あたりがペシャンコに潰されておってな?猪に踏まれたか、なんぞ大岩でも降ってきたかしらんが、真ん中の所がペラペラになって岩に貼り付いておったわ。

 

「いや、それでも生きててな?ボクは不思議なやら面白いやらでご機嫌になったやがな」

 

せやせや、あん時はカミヤの婆にウダウダウダウダなんぞよぉ分からん事をゴヤゴヤガチャガチャ言われて苛々しとったんや。

 

「んで、近付いたらシャーシャー言うんじゃが、逃げれんやろ?ボクはとうとう面白うなって棒きれ持ってきて突っついた。しらたちょうど目玉に刺さってボロンと取れた」

 

いや、確かにアレはゾッとしたがじゃ。

流石に『わるさ』した気がしたんじゃが、一日寝たら忘れとったな。いやーわるかったわるかった。

思い出せてスッキリしてな、ボクがニコニコしとると兄ちゃんがニッコリ笑いながらグーの拳をボクの頭に叩きつけた。

 

 

「阿呆垂れが!!!」

 

 

ギャンだが、ガオだか。

自分でもよぉわからん声が出て、目の前がチカチカしたわ。

兄ちゃんに殴られた事なんぞ無かったやろ?

何が起きたんか全くわからんかったんじゃが、兄ちゃんの言葉だけは覚えとる。

 

「生き物は必ずみんな死ぬ、じゃからこそ命をいたぶる事はアカン。どうせ死ぬから言うて、兄ちゃんが六朗の爺どんに殴られて、目玉をほじくられたらお前泣くじゃろ」

 

六朗のくそ爺はやっぱり許さん!

今度は手拭いを牛のしょんべんまみれにしちゃる。

痛いやらムカつくやらでわんわん泣いた。

泣いとったら、急に兄ちゃんが白蛇に土下座しおる。

 

「蛇神さま、弟はお父もお母も知らんと育ちました。オラが精一杯育ててきたつもりじゃったが、見ての通り当たり前の事さえよう教えてやれません。弟は阿呆垂れじゃがそれを育てたオラはとんでもない大馬鹿者じゃ」

 

「やめてぇや兄ちゃん」

 

ボクがわるいに、なんで兄ちゃんが謝る?

兄ちゃんはボクとは違う。

格好良くて、立派で、頭が良くて。

なのに、なんでボクはいつもいつも兄ちゃんに迷惑かける。

 

気が付いたら謝っとった。

蛇神さまごめんて。

もうしませんよって、兄ちゃんだけでも許したって、言うて。

 

 

 

それからやったかな。

近くの白蛇神社にお参りに行くようになったんよ。

ボクは、まぁボクやから。

そのうちに白蛇の事なんぞ忘れてパンパンペコペコして鼻糞ほじっておったんじゃが、兄ちゃんはいつもエラい真剣にお祈りしとった。

 

「何をそんなに拝むんじゃ?」

ある時聞いたら応えたよ。

 

「いつか弟が迷子になった時に、助けてあげてください」

 

そう。

そうや。

そう言って、ボクの頭を……………。

 

 

 

 

 

寒い。

ブルブル震えるような寒気を、ボクは思い出した。

寒さなんて物があったことすら、忘れていた。

鬼の呪いが消えて、呪いその物になったボクも、消える。

 

あぁ。

意味が無かったなぁ。

兄ちゃんを喰べて、知らん人を喰べて、鱗滝の弟子を喰べて。

ボクが消えたら、喰べた命ぜんぶ無駄になる。

なにもかも無駄やん。

意味がない、意味がない。

 

「…?」

 

手が、温いなぁ。

地面の上に転がったままのボク目が、もう動かないボクの手を握る女の子の姿を映した。

 

「ごめんね」

泣いてる。

なんで、泣いてる?

 

「辛かったね」

つらいのは喰べられた人だ。

 

「苦しかったね」

苦しかったのはお腹いっぱいの時の事かよ。

 

馬鹿馬鹿しい。

ボクはこんな阿呆に負けたのか。

悔しさも枯れるほどの馬鹿だ。

 

けど。

手は暖かい。

涙が熱い。

どうせボクは消えるんだ。

だからーー。

 

「キミの、お兄ちゃん…他の、弟子…みんな、強かった。みんな、死ぬ時でも、ずっと、強…かた」

 

あ、消える。

 

「女みたいに、泣いた…のは」

口が、動かない。

「いいの。もう、休んで良い」

女の子が、泣きながら、ボクの口を手で塞いだ。

 

 

「貴方のお兄ちゃんは、素敵な人なんだね」

 

 

あぁ。

あぁ、あぁ、あぁ、あぁ。

ボクは。

 

出会えて良かった。

身勝手でどうしようもない、けど。

本当に、キミに出会えて…良かった。

 

お兄ちゃん、ごめんね。

ボクはやっと、そう言えた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

勝てた。

 

手鬼の消滅を見届け、そこでようやく呼吸を戻した。

まだ気管に残っている血を吐き出し、断裂した筋肉や破裂した血管の修復に注力する。

 

川から海まで流された時でも平気だったのに、陸の上で溺れ死ぬとか本当に笑い話にもならん。

獣の呼吸はもう二度と使わん。

 

なんだあの呼吸法。

俺は人間だからね?野性動物じゃないんだから、あんな狂った気管の使い方出来るか阿呆が!

なんで首の裏側の筋肉が必要なんだよ、なんで気道をあんな図太く膨らませにゃならんのよ!?

 

死ぬわ!!

死ね伊之助ぇ!!!

 

 

想像を絶する苦しみを受けながら、それでも三人で生き残れた事に安堵する。

呼吸を戻した今も全身が重い。

炭治郎が当初ヒノカミ神楽を使ったときに動けなくなったのと、たぶん同じ。普段から鍛えてない筋肉をあれだけ使うんだ、動けなくなるのは道理。

 

重い身体を強引に動かして、真菰の側に立った。

 

「有難う」

そう言って、真菰の頭を撫でる。

 

手鬼の哀しみを知っている俺が見送ってあげるべきだと思っていた。

けど、真菰が一番あの鬼の心に近かった。

…純粋に、身体が動かなくてどうしようも無かったのも有るが。

 

「鬼のために泣くなんて、おかしいよね?」

 

「違う。少なくとも最後の一時だけは人間だった。だから真菰は間違ってない、そうだろ?」

 

伊黒に投げると、不機嫌そうに鼻でかわされた。

 

「俺の着物まで赤くしたな」

 

借り受けていた伊黒の着物。見ればまた襟口が俺の血でベトベトになっている。せっかちなのか、それを視線で脱げと強要してくる。

えー?

女子が見てるんですけどー?

茶化すと面白い。伊黒は肌が白いのにその影から真っ黒な怒りの波動が見えるのだ。

 

「助かったよ」

笑いながら着物を返す。

すると、不貞腐れたような顔で伊黒が口を開いた。

 

「何故、信用したんだ」

 

「は?」

 

「俺の身体を見ればわかるだろう、この薄い肉、弱い骨。何故お前がやらなかった。その肉体を見れば、その呼吸を感じればわかる。何故、俺を試した。何故実力を隠していた、言え!」

 

「…実力、実力?」

 

なに言ってるんだ、コイツ。

俺がどれだけ弱いかわかってるの?

善逸が頭に浮かぶ。

その間が悪かったのだろう、伊黒の怒気が急激に膨らむのがわかって、あ。ヤバい。

 

「落ち着きなさい!」

 

まだ涙も乾ききっていない真菰が、割って入った。

 

「伊黒くんも、雷月もまずは休憩、川を探してそれからゆっくり話そう。疲れてる時に話すと喧嘩するだけだよ」

 

…助かった。

今日何度目になるかわからない真菰への感謝を天に捧げ、俺達はその場を後にした。

 

 

 

うん。

なんか、俺だけ呼び捨てなのな。

うん。

別に気にしてないっすけど。

気になんてして、ないっすけど?

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

呼吸を変える。

それだけでも驚愕に値するのだが。

 

「我流の呼吸を、初めてだと?」

 

煉獄の家に置いてもらい、槇寿郎殿の伝手で蛇の呼吸の育手に指南を受けた経験上知っている。

我流の呼吸がどれほど個人の資質に依存するモノか。

 

数百年前までは蛇の呼吸も我流と呼ばれていたのだ。

水から派生したものの、技その物の威力よりも気配の消し方や敵の虚を付く為の足運びに重点が置かれ、何よりも肺に求められる強度が水のそれとは段違いに濃い。

後天的に補強可能な筋力ではなく、恐らく肺胞単体で見た場合の性能の高さが関係していると思うのだが、蛇の呼吸に適合する者は著しく少ない。

 

呼吸にとって我流とは、そうしたモノなのだ。

我流の呼吸を初めて使用して技にまで昇華させるなど、柱でもあり得ないと断言できる。

呼吸の技法に対する圧倒的な才能。

 

それだけならば、眩しいだけで終わる話。

コイツは、雷月の肉体は常に研かれている。

たゆまぬ研鑽。

その努力に心が燃える。

…だと言うのに。

 

 

 

手鬼討伐から一夜あけ(寝たのが朝方なので現在は夕暮れ時だが)いの一番に雷月が木の枝を俺に突き付けた。

 

「稽古しよう!たぶんこれが一番手っ取り早い」

 

戦闘の疲労から、まともに話すこと無く眠りに落ちた俺への答えがこれか。

 

「いいだろう。本気で行くぞ」

 

「わかった。俺も頑張る!」

 

嬉しそうな目の輝きと、その台詞から違和感を感じた。

だが…これは。なんだ?

 

雷月の動きは凄まじい。

呼吸によって瞬間的に身体能力を爆発させる一般の隊士とは違い、呼吸を常中させる事で鬼を超える程の膂力を振るい、風のように絶え間なく駆け回る。

だが…これは。

 

「あ…」

 

わかった。

狗だ。

野良狗(のらいぬ)と同じ。

 

「凄い、流石は伊黒、アレをかわすのか!」

 

阿呆、来るとわかっている攻撃を避けられずに蛇の呼吸を継承出来るものか。

 

 

単調過ぎる。

愚か過ぎる。

愚図過ぎる。

 

 

これほどの肉体に恵まれて?

ずっと、僻んできた。

この身体の弱さを嘆いてきた。

雷月の身体があればと夢想した。

だが。

 

「やっぱり、強い!」

 

嬉しそうに笑う阿呆を見ていると、そんな事に躓く己の姿が遠くから見えて。

 

「あ、笑ってますねー」

「え?伊黒、今笑ったの?」

「黙れ、死ね」

 

世界は、こんなにも明るかったのか。

牢獄から始まった俺の世界は、煉獄の家で温もりを受け。

この藤襲山で花開いた。

 

 

この世界を守りたい。

この光を守るための一助に成りたい。

俺の心に、その種が芽吹いた。

 

 

 




あの状況で雷月が雷の呼吸で突っ込んだ場合、手鬼に一撃も加える事が出来ないまま三人ともご臨終してました。


やっぱりね、人間出来る事しか出来ないのよ。
俺だって読者全員が納得できて、読者全員が幸せに成れる小説を書きたいよ。けどな、俺は普通のおっさんなのよ。
三十後半で、ヨメと二人の子供が居て。
毎日職場で脳ミソぐるぐるしながら働いてる。
そんな普通のオッサンなんだよ。
神様じゃねーの。
俺はね、頑張りすぎて死にかけたから頑張って頑張らないようにして、ギリギリ息してる程度の男なの。

けどさ、たぶん皆そうなんだよね。
苦しかったり、叫びたかったり。
そらーわかる。
けど、わかるから言わせてもらう。

楽しめ。

せっかくここに来たんなら、頭空っぽにして楽しんでくれ。
それだけ。
いつも深夜投稿でスマンです。
書いたら即行で投げたい人だからなー。
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