殺さずの剣客、そして人斬りの君   作:ただの物書き

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土佐藩邸に棲む蟲

 ――文久三年五月十三日の宵。

 赤衣が目覚めたその晩、京都にある土佐藩邸にて。

 不機嫌そうに爪楊枝を咥えた岡田以蔵は、廊下に腰をどっかり下ろし酒を呷っていた。

 

「わしを呼び出しちょいて、こんなとこで待たせおって……武市の奴ぁ、いつ来るがじゃ」

 

 廊下は人の行来が今も絶えず、せわしなく足音が行き交う場所。

 それなのに、誰一人として彼が陣取る廊下の片隅には近づこうとしなかった。挨拶はおろか、視線すら合わそうとしない。通り過ぎる土佐下士らは、ただ腫れ物に触れるかのような忌避感を顔に張り付け、足早に障子の奥の控室へと消えていく。

 

「けっ……胸糞悪い。こんなとこおるくらいなら、まだ三条通をうろついちょるほうが何倍もマシじゃ」

 

 そんな愚痴も誰にも届いていないのか。また一人、また一人と角を曲がりその姿を消していく光景を、以蔵は酷く苛ついた様子で見ていた。

 

「あーくそっ! おい! 酒が空になっちゅうぞ! 誰ぞ、はよう持ってこんかぁ!」

 

 苛立ちをぶつけるような怒号に、土佐藩邸は冷ややかな沈黙で返す。

 誰からも返事はない。

 廊下の奥、障子の向こうに控えの下士たちが息を潜める気配は確かに伝わってくるにもかかわらず、その誰一人として、以蔵のために動こうとする者はいなかった。

 

 はぁ? と流石に以蔵も、ますます眉をひそめる。

 

「おい、おまんら! 耳ぁ腐っちゅうがか? そこにおるのは分かっちゅう。酒じゃ、酒! わしは武市に呼ばれた客人じゃぞ!」

 

 以蔵は掲げていた徳利を軽く揺らせば、ぽちょん、と中身の少ない音がやけに虚しく響いた。

 そんな哀れな音に、ようやく障子が開き、若い藩士の声が投げつけられる。

 

「……武市先生より、岡田さんへのこれ以上の酒は控えるようにと申し付かっております」

「っ、なんじゃと!? わしには、飯も酒も出さんがか!?」

 

 若い藩士はそれ以上の釈明をしない。いや、する価値もないとでも言うように、形式ばかりの一礼を済ませ、さっさと定位置へ戻ってしまった。

 そんな言葉の応酬すら拒む、あからさまな冷遇に、以蔵の口内でパキリと爪楊枝が噛み砕かれる。

 

「どいつもこいつも……わしを馬鹿にしちゅうがかぁ!」

 

 以蔵は我慢の限界と言わんばかりに、喉を焼く酒を一息に流し込めば、そのまま徳利を壁へと投げつけた。

 

 しかし、このような扱いは今に始まったことではない——以蔵に対する勤王党からの扱いは、いつも似たようなものだった。

 

 用も教えず呼び出しておいては、別室で待たされることなど珍しくない。中で何が話されているのかを知らされることもなければ、気づけばそのまま忘れられたように放置されていたことだってある。

 用件はいつも短く、最低限の説明すらもされないまま終わる。

 それでも「頼みがある」と言われる以上、そういうものだと受け入れてはきた。

 岡田以蔵という人間は、何も考えず、ただ言われたことだけをこなしていればいい。

 それが周囲の望む岡田以蔵だった。

 

 人を斬れと言われれば斬る。

 待てと言われれば待つ。

 問うなと言われれば問わない。

 

 そうしている限り、誰も文句は言わなかった。

 しかしそれは、もはや人間に対する扱いと呼べるものなのだろうか?

 棒切れを投げれば、なにも考えず尻尾を振り走り出し。餌を出されれば、言われるがまま食らいつく。

 そんなのは、犬だ。ただの犬。

 

 だが最近は、それすら怪しくなってきていた。

 一年前、薩摩から流れてきた新参の浪人が、いつの間にか勤王党内での評判を集め、目覚ましい活躍をしていると聞く。以蔵も何度か一緒に仕事をしたことがあるが、あれこそ犬だろう、と彼は思っていた。

 

 ——気づけば、自分の立ち位置そのものが、少しずつ曖昧になっていく。

 

 だから、彼は今なお気に入らない龍馬の口添えで、一度だけ勤王党の仕事から離れ、勝海舟の護衛へ回っていた。

 それでもここへと戻ってきたのは、勝海舟という男が気に入らなかったことと、他でもない己の師であり馴染みである武市半平太が、自分に「頼み事があるから戻ってきてくれ」と言ってきたためである。

 

 なのに————と自嘲混じりの舌打ちが、無人の廊下に鋭く弾ける。

 

「はっ……つまらん。おまんもわしは除け者か、武市」

 

 ほんなら、もうええ――吐き捨てるように以蔵はそう漏らすと、傍らに転がしていた刀をぶんどるように掴み、勢いよく立ち上がった。

 するり、と慣れた手つきで鞘を帯に滑り込ませ、障子の向こうで息を潜める下士どもへ、獰猛な視線を叩きつける。

 彼らにとって、人斬り以蔵の放つ殺気は、それだけで肌を粟立たせるに十分な毒だ。刀を抜かれてもいないというのに、障子の奥の気配が明確に強張っているのが分かる。

 恐怖——あるいは圧倒的な弱者が、天敵の獣を前にした時の本能的拒絶か。

 

 以蔵はそれらを愉しそうに鼻で笑ったが、しかし、すぐに退屈そうに表情を殺した。いくら羽虫を怯えさせたところで、彼の歪んだ承認欲求は何一つ満たされはしなかった。

 

「おい、武市に伝えとうせ。呼び出しちょいて顔も見せんたぁ、どういうつもりじゃ、言うてな。……わしはもう帰るき」

 

 そう言って、踵を返し、不機嫌に板床を踏み鳴らす。

 だが、立ち去ろうとした以蔵の背中に、聞き馴染みの声が突き刺さった。

 

「まだ帰るな、以蔵」

 

 振り返ってみれば、そこには自分を呼びつけた張本人である武市半平太が立っていた。

 以蔵は一瞬、返事をしない。なにしろ、数カ月ぶりの顔合わせというのに、この男からは何の情感も感じ取れなかったから。

 男の足はまるで床に縫い付けられたように止められ、奥歯を噛み締めながら、のこのこと顔を出しおった主をじろりと睨みつける。

 そして、精一杯の虚勢を込めて笑ってみせた。

 

「はっ! なんじゃ、今更偉そうに出てきくさって。わしはもう帰る言うちょったんが、聞こえんかったがか?」

 

 その言葉に。武市はすぐには答えなかった。

 まるで、遺贈の真意でも推し量るように一拍、間が落ちる。

 

「頼みがある」

「は……? 頼みぃ?」

 

 それだけだった。

 待たせたことへの詫びもない。理由の釈明すら語らない。

 まるで最初から、以蔵が己の言葉を拒むはずがないと、当然のように確信している口ぶりだけが、その言葉には詰め込まれていた。

 

 しかし、それでも以蔵はさっきまでの怒気を払いのけ愉快そうに笑う。

 哀しきかな……以蔵はそれだけ、武市からのそれを待っていたのだろう。

 

「ほうか、ほうか! ようやくわしに何か直接頼む気になったがか!」

 

 以蔵は首の襟巻きを整えながら、弾んだ声で武市を見据えると、「して」と一呼吸を置く。

 

「誰を斬ればええがちゃ? あの松平とかいう会津中将でも斬っちゃるか?」

「……」

 

 武市は答えない。

 あまりにも大言壮語。まさに井の中の蛙、大海を知らず。

 会津藩主・松平容保の暗殺。それがどれほどの不可能な大業であるか、この男は理解していないのだろう。世に名だたる忍びの達人や、かつて始皇帝をあと一歩まで追い詰めた伝説の暗殺者でも連れてこなければ、あの強靭な会津本陣を破り、その首を落とすことなどできはしない。

 

 だがそれでも、以蔵の目には一片の迷いもなかった。

 

 不可能を可能にするのが、己の剣だと信じて疑わない。

 斬れと言われれば斬る。どんな相手であろうと、どんな大軍に囲まれていようと、命じられればその首を必ず持って帰る。

 数多の流派を股にかけ、ただ純粋な殺戮の機構として完成された天誅の名人――それが、岡田以蔵という男だった。

 もしかすれば、この男が本気になれば、松平容保の首も容易に取ってくるのかもしれない。

 

 しかし、武市の口から出た言葉は、そんな期待を裏切るものだった。

 

「明日の朝、京を発て」

「…………はァ?」

「丹波へ向かえ。向こうで一人、始末してもらいたい者がいる」

 

 あまりにも淡々とした、事務的な命令。

 思わず、以蔵が目を丸くし、転びそうになるくらいには、肩透かしもいい台詞だった。

 

「ひ、一人?」

「ああ」

「そんだけか?」

「それだけだ」

 

 しばしの沈黙。武市の端正な横顔を凝視したあと、以蔵の口から乾いた乾いた笑いが漏れ出した。

 

「ははは……おまん、いつの間にそげん冗談が上手うなったがじゃ? わざわざ、わしを呼び戻しちょいて、頼みはそんだけ? そりゃあ落とし噺にでもしたら、寄席で食うていけるぜよ」

「冗談で言ったつもりはない。お前に頼みたいことというのは、紛れもなくそれだ」

 

 武市が放ったその一言で、以蔵の笑みが完全に消えた。

 

「……笑えんぞ、武市」

 

 地を這うような低い声が、土佐藩邸の空気を凍らせる。

 

「丹波なんぞに、わしが行くほどの相手がおるがか!? わしが斬るような相手がおるがか!?」

「十分だろう」

「何が十分ぜよ……そんな仕事ぁ、新兵衛にでもやらせちょきゃええがじゃろう!!」

 

 部屋の空気が張り詰める。

 なおも沈黙を貫く武市の態度が、以蔵にとっては何より言葉にし難い屈辱を与えているようにも思えた。

 

「ほうか、わしを京から追い出して、本命を親兵衛に斬らせる腹づもりか」

「……」

「一遍、あの馬鹿の口添えで勝先生の護衛についたき……わしはもう使えん思うたがか?」

「いや、そんなことはない」

 

 武市はきっぱりと言い切った。

 けれど、その断言が、かえって以蔵を激情させ、武市の胸倉を掴み掛からせるか。

 

「ほなら、誰じゃ……誰を斬るか言うてみぃ!!」

「あちらに着いたら話す」

「またそれか……! またわしには教えんがか!! おまんは、わしを信用しちょらんがか!!?」

 

 流石に周りの土佐藩士たちも、この以蔵の暴挙には我慢の限界だったのか、「先生に手を出すな!」と血相を変えて割って入る。

 だが、暗殺の修羅場で培われた以蔵の膂力は、常人のそれとは一線を画す代物だ。幾人もの首を締め上げてきた肉体を前に、下士たちは誰一人として彼を引き剥がすことができない。

 けれども、胸ぐらをつかみあげられている武市だけは、涼しげな顔をしていた。

 

「手を離せ、以蔵」

「誰を斬るかも言わん! なんで京を離れにゃならんかも言わん!」

「これは命令だ。理由は聞くな」

「信じろ信じろ言うて、肝心なことぁ何一つ話さんがか!! わしは、おまんの犬じゃないき!!」

「お前はただ、私を信じて丹波へと向かえ」

「ほいたら、おまんはわしを信じちゅうがか!!」

 

 血を吐くような叫びだった。

 心からの怒りだった。

 己を人として、一人の剣士として認めてほしいという、あまりにも悲痛な渇望。しかし、武市半平太という男の瞳には、そんな以蔵の情念を掬い上げる色など最初から存在しない。

 

 打てど叩けど、返ってくるのは凍てついた無関心だけ。 

 信じているからこそ、何も話さないのではない。話す必要がないから、話さないのだ。道具に意思など必要ないと雄弁に語るその視線が、その残酷な事実だけが……やがて沈黙となって部屋中を痛いほどに満たしていく。

 

 ──そんな時だった。

 

「――呵々」

 

 暗がりの廊下の奥から、場違いなほどに乾いた老人の笑い声が響いた。

 

「威勢が良いではないか」

 

 トントン、と無機質な杖の音を響かせ、一人の老人がゆっくりと姿を現す。

 痩せ細った身体。死人を思わせる土気色の肌。そして、底の知れない底意地の悪い笑み。

 尊王攘夷の熱気に沸く土佐藩邸にあって、その老人が纏う空気はあまりにも異質だった。時代から隔絶された、どろりとした密室の腐臭のようなものが鼻腔を通る。

 

「なんじゃ、おまん……」

 

 その異様さに、以蔵は思わず武市から手を離し、身構えた。

 老人は以蔵の獰猛な視線を意に介することもなく、ゆっくりと懐へ手を滑り込ませる。

 

「そう怒るでない。ほれ、善いものをやろう」

 

 隣にいる武市に見向きもせず、老人はただ、蛇が獲物を観察するかのような穏やかな笑みを以蔵に向ける。

 やがて、その汚れた木乃伊のような手から取り出されたのは、小さな、一粒の飴玉だった。

 

「飴玉……?」

「ほれ、うぬにやる」

「っ、邪魔じゃ、ジジイ!! 今わしは武市に――」

「ほれ、飴玉。飴玉を、やろうかのう?」

 

 老人の顔が、不自然な角度でピキリと傾く。

 

 にぃ、と。皺だらけの土気色の顔皮が、内側から無数のナニカに押し出されるようにして、強引に笑顔の形へと歪められた。

 三日月型に細められた眼窩の奥。深く落ち窪んだその暗がりに灯る瞳は、生者のそれではない。光を通さない硝子玉のようでありながら、その奥の、皮膚の割れ目のさらに奥で、蠢く無数の微小な影が一斉にこちらを覗き込んでいるかのような悍ましい錯覚。

 めくれ上がった薄い唇の隙間からは、黒ずんだ歯茎が覗き、粘つく唾液が糸を引く。

 

 それは好意の笑みなどでは断じてない。神仏の加護も届かない奈落の底から、都合のいい餌を見つけた捕食者が浮かべる、純然たる悪意の貌ように見えた

 

「っ――――」

 

 叫ぶことすら、喉が拒絶した。 

 差し出された飴玉ごと、以蔵はその死人のような手を激しく払いのける。ぱしん、と肉と肉がぶつかる音が響いたが、その感触すらも、まるで生気のない、泥を捏ね上げた塊を叩いたかのように酷く不快だった。

 

 凄絶なまでの、悪寒。

 五感のすべてが、いや、岡田以蔵という一つの生命が、最大級の警鐘を鳴らし、全身の毛穴という毛穴から冷や汗が噴き出す。

 目の前にいるのは人間ではない。人斬りとして数多の死線を超え、無意識のうちに研ぎ澄まされた彼の野生は、老人の体内に詰まった、数千数万の()()()()()()()()を直感的に察知してしまっていた。

 なにか、強烈に身の毛もよだつ何かを感じ取ってしまった。

 

「な、なんじゃ、おまん……!!?」

 

 荒い呼吸の隙間から、かろうじて声を絞り出す。

 払いのけられた自身の破れ手を、老人は愛おしげに自ら撫でながら、カサカサと乾燥した皮膚を擦り合わせる音を立てて嗤った。

 

「ほほほ、これはこれは、嫌われてしもうたかの」

「っ、おい、武市!! 誰じゃ、こいつ!?」

 

 以蔵は救いを求めるように、あるいは警告を込めて叫んだ。

 しかし、そんな以蔵の泥臭い狼狽など、武市にとっては視界に入れる価値すらないノイズに過ぎないのか、以蔵へは視線を向けることすらしない。

 武市は先ほど掴まれていた自身の襟首を、何事もなかったかのように整えると、老人へ向けて深く、慇懃に一礼した。

 

「……間桐殿、お見苦しいところをお見せし、申し訳ない」

「構わん。斯様な口角も、見ておるだけで飽きぬわい」

 

 間桐と呼ばれた老人は、喉の奥で虫を這わせるような不気味な笑い声を漏らす。

 武市はこれ以上、以蔵と対話を交わす必要性を感じないのか、「こちらへ」と老人に手を伸ばすと、そのまま引き連れて立ち去ろうとした。

 

「っ、お、おい、武市……! 行くな! 待たんか!」

 

 引き止める以蔵の声に、しかし、武市は振り返ることすらしない。ただ、冷徹な背中越しに言葉を落とす。

 

「話は済んだ」

「済んだ、じゃと……!? まだ話は何一つ終わっちょらんろうが、武市!!」

「いいな、以蔵。明朝、日の出までに京を発て」

 

 それは背中から浴びせられる、絶対的な対話の拒絶。

 もう、どれほど叫ぼうが、その声が武市に届くことはない。

 用済みの犬として、体よくこの京の都から遠ざけられるのか?

 これで、もう終わりなのか? 

 胸の奥で、行き場を失った以蔵の情念が、土佐藩邸内に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 — 壱 —

 

 

「くそぉッ!!」

 

 誰もいなくなった無人の廊下で、以蔵は激昂のままに壁を蹴りつけた。

 先ほどまで遠巻きに群れていた下士どもすら、すでにそこにはいない。誰も彼もが、あの間桐という得体の知れない老人を伴って、足早に奥の別室へと消えていってしまった。

 残されたのは、用済みと遠回しに言われた、ただの犬が一匹。

 

「なにが信じろじゃ……信じられるか、そんなもん」

 

 吐き捨てた言葉は、冷たい空気に溶けて虚しく霧散した。

 武市の顔など、もう二度と見たくもない。

 結局、最後まで何も教えてはくれなかった。京を出る理由も言わない、誰を斬るかも言わない。ましてや、あの人間の皮を被った怪物の素性すら、以蔵には何一つ明かされていなかった。

 

 ただ、信じろと。それだけを頑なに要求される。

 

 だが、信頼とは対話の積み重ねの果てにあるものだ。何もかもを隠し通し、ただ刃を振るうことだけを命じる関係を、世間では信頼とは呼ばない。

 

 胸の奥が、怒りと悔しさで焼けるように熱かった。こんな胸糞の悪い場所に一刻もいたくないと、以蔵はせわしなく門へと歩みを進める。

 

「ちっ——」

 

 歩きながら、忌々しげに舌打ちを一つ。

 そこで、ふと脳裏に奇妙な違和感がよぎった。

 そういえば、今日は――あのやかましい薩摩浪人の姿を、一度も見ていない。

 いつもなら、これ見よがしに武市の傍らに侍り、忠犬のように尻尾を振りながら、鬱陶しいほどに国事に口を挟んでくる男を、だ。

 

「……新兵衛」

 

 まさか。いや、まさかな。

 否定しようとすればするほど、嫌な思考がじわりと脳を侵食していく。

 武市が自分を京から遠ざけようとしている。その一方で、田中新兵衛は今日一日……いや、それどころか、自分が勤王党へ戻ってきてからというもの、一度も姿を見せていない。

 胸の奥で、どす黒い予感だけが急速に膨らんでいく。

 その時だった。門へと続く渡り廊下の脇、明かりの漏れる詰所の中から、下士どものひそひそ話が漏れ聞こえてきた。

 

「……聞いたか?」

「何をじゃ」

「最近、京を騒がせちゅう薩摩の人斬りよ」

 

 以蔵の足が、そこでぴたりと止まった。

 

「ありゃあ、新兵衛さんじゃいう話ながや」

「しっ。声が大きい」

「武市先生も随分買うちゅうらしいき」

「先生自ら動かしゆうとか……」

 

 そこまで聞いた瞬間、以蔵の口元が、ぴくりと歪に引きつる。

 

(やっぱりか……)

 

 妙なほどに腑に落ちた。だから、自分は今日、この頃合いで京から追い出されるのだ。 

 岡田以蔵には、丹波のド田舎での雑魚仕事。

 田中新兵衛には、この流行りの京の都での大仕事。 

 武市は最初から、そのつもりで盤面を動かしていたのだ。己の最高傑作たる剣の地位を、あの薩摩の犬に挿げ替えるために。

 

「……はっ」

 

 乾いた笑いが、喉の奥から漏れ出た。

 別に武市の剣になるかなど、興味はない。

 あの薩摩の猿が欲しがるようであれば、以蔵は喜んでそんな地位を譲り渡すだろう。

 

 しかし、ただ気に食わない。己を蔑ろにする腐った根性も、己を使い捨てにしようとするその無情さも。

 なにもかもが気に食わない。

 

「上等じゃ——武市」

 

 以蔵は詰所の障子を荒々しく引くと、驚愕する下士どもを睨みつけ、卓の上に置かれていた徳利を一本、ぶんどるように引ったくった。そのまま溢れる酒を溢れるままに、ぐいと喉へ流し込む。

 焼けるような安酒の熱。だが、胸の中で燃え盛る憤怒の炎に比べれば、そんなものは冷水に等しかった。

 

「丹波なんぞ知るか。誰が行くか、そげなもん」

 

 武市が新兵衛に任せた、京での大仕事。

 ならば――その獲物は全部、自分が先に斬り殺してやればいい。

 新兵衛が狙う首を、新兵衛ごと、自分の剣で微塵切りにしてやればいい。そうすれば、あの澄ました顔の男も、少しは崩れるだろう。

 

「わしをのけ者にしよったツケ、思い知るがええぜよ」

 

 夜闇に浮かんだその笑みは、もはや狂気と言っていいほどに歪んでいた。

 空になった徳利を石畳へと投げ捨て、岡田以蔵は、己の獲物と自身を除け者にする全ての者を血祭りにあげるため、昏い夜の京へと消えていく。




くぅ、土佐弁は書いてて楽しいなぁ!!
うまく書けているかだって? 知らないねぇ、そんなことぉ!!
一応、武市半平太も幕末では土佐弁だったよ、で行こうかとも考えたが、そういえばコイツ、FGOでも標準語だったなと思ってやめました。


え? そんなことより、なんかさらっと出てなかったかって?
……? 何言ってるんです? なんもいませんでしたけど。
え、もしかして、皆さん妖怪でも見たんじゃないですか?
だって、そんな、いくらアポのアニメで禿げてたからって、そんな老けてるわけないじゃないですか。第四特異点では、イケメンだったのに。


とまぁ、そんなこんなでご報告!
FGOフェス無事に当選! みんなー、会場で待ってるよーーー!


嘘です、いや当たっているのは本当ですが、それで締める気はありません。
ということで、今作が、いやぐだぐだがもっと面白く見れるように、ちょこっと豆知識!

■武市半平太と岡田以蔵って?
実は、岡田以蔵は武市半平太の道場に学んだ門下生なんだよね。歳も9歳しか離れていなかったらしく、かなり仲がよろしかったのだろうと、言われています。言われているだけで、史料とかはないんですが。
のちに武市半平太が結成した土佐勤王党に参加もし、その活動の中で京都における「天誅」と呼ばれる暗殺行為に関与したと記録されており、幕末四大人斬りの中でも、岡田以蔵が絡んだ暗殺事件はかなり多いのでした。
ちなみに、武市半平太と坂本龍馬は、がちの遠縁で仲良しだったそうです。あぎ、あざの関係ですよ、あぎあざ。

あと、幕末トリオ云々は一旦忘れてくれ、そこまでいけなかったんだ!
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