桜の花言葉〜殺さずの剣客、そして人斬りの君へ〜   作:沖田愛好家

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少しだけ6000字をオーバー。
んー、むつかちぃです。
とりあえず、これにて第一話終了でございます。


1-3

「勝手にどこかへ行こうなど、貴様らは実に無礼者だな」

 

 血に濡れた鉄扇を拾い上げながら、芹沢が言った。

 

「芹沢さん……殿内暗殺の件なら後で聞きます。しかし、あれについては私にも言い分がある。それも聞かず勝手に隊士へ切腹を命じるなど、貴方こそ、この壬生浪士で天下を取ったつもりですか?」

「取ったつもりぃ? たわけたことを抜かすな、小娘。既に私がこの壬生浪士の長だろ」

 

 振われる鉄扇。目にも止まらぬ速さで振り抜かれたそれは、しかし、沖田に当たることなく宙を舞った。

 

「貴様……」

「少々、芹沢殿は短気すぎるでござるよ」

 

 男の手には先程、芹沢が新見に預けた刀が握られていた。無論、持手は短刀によって傷つかなかった左手である。

 沖田はそれを見て、反撃しようとしていた手を引っ込めた。あのまま男が乱入してこなければ、沖田の拳が芹沢に炸裂していたことだろう。

 

「そもそも殿内殿暗殺に関して、某らは嘘の供述をしていたでござる。殿内殿を斬ったのは某。沖田殿が殿内殿に襲われていたため、それを助けようとしての結果でござるよ」

 

 なんの悪びれもなく、さっきまでの供述を全て否定した男。

 それには流石の芹沢も瞠目してみせた。

 

「嘘、だと? そんなものがこの芹沢に通じると思っているのかぁ?」

「通じるも何も、それが真実。其方がどれだけ否定しようとも、事実をねじ曲げることはできないでござろう」

 

 男は話が終わったと言わんばかりに、持っていた刀を転がっている鞘に仕舞った。

 

「ふざけるな。だったらそれを証明してみろ、その真実とやらを見せてみろ」

「証明でござるか?」

 

 芹沢のセリフに疑問を抱いた男が首をかしげる。

 

「そうだとも。『総司君が殿内に襲われていた』。これが真実なら総司君では太刀打ちできなかった殿内を、君がなんとかしたと言うことになる」

「つまり、彼が私よりも強いことを証明しろと? しかし、それじゃ……」

 

 沖田はそこで言い淀んだ。

 彼女の言う通り、それじゃ最初に沖田が報告していたことを裏付ける材料にしかならないからだ。

 男は一度、沖田に勝っている。そこから導かれる結果で、どう芹沢にメリットが発生するのか、彼女には何一つとして理解できない。だからこそ、沖田は芹沢には他の狙いがあるのではないかと警戒する。

 

「嫌なら、やはり最初の供述は嘘ではないと言うことで構わないね」

 

 芹沢は、当惑する沖田を見てせっついた。

 芹沢の考えが分からない以上、沖田は下手に返事ができない。昨日、勢いそのまま殿内を暗殺しに行った結果が今なのである。

 それを踏まえれば、これ以上の迷惑を近藤たちに掛けたくないと思うのが、必然であった。

 

「どうすればいいでござるか」

 

 けれど、そんな沖田とは対照的に男は迷いなく芹沢に言った。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 何か裏があるかもしれないですよ、そんな簡単に……」

「大丈夫でござる。いざとなれば、沖田殿の命だけは守ってみせるでござるよ」

 

 男がそう笑うと、沖田は訝る気持ちを持たざるを得なかった。

 だって、この男とは昨日会っただけの関係である。それなのに男がここまで沖田のために身を張っているのは、理解に苦しむところだ。

 お人好しとは思っていたけど、昨日斬り合いをした人間にまで手を差し伸べるとは、実に甘い男である。

 

「ふっ、戯言を。なぁに、証明方法は実に簡単だ」

 

 芹沢がそう言うと、「新見!」と後ろで口を挟めずにいた腰巾着を呼ぶ。

 

「お前が奴を殺せ」

「わ、私がですか……」

「相手は右手を負傷して使えない小者だ。まさか、私や永倉君と同じ神道無念流免許皆伝の君が、怖気付いたなどと言わないよなぁ?」

 

 威圧を込められた言葉に新見は唾を飲んだ。

 ここで言い返せば、きっと新見は芹沢に斬り殺される。そのため、新見は文句を言うこともなく、震えた手を庇うように薄氷を踏む思いで庭に出た。

 男も新見に続き庭へ出る。

 刀は沖田に没収されているため、先程使った芹沢の刀を勝手に持ち出していた。

 

「先に忠告しておくが、痛い思いをしたくなければ降参するのをお勧めするでござる」

「っ、ふざけるな! 私は水戸藩出身、神道無念流の新見錦! 貴様のような小汚い剣客に負けるはずがない!」

 

 新見が吠えたのを合図に、両者とも抜刀した。

 江戸の三大道場——幕末期の江戸で高い人気を誇った三つの剣術道場——の一つ、「神道無念流」と言えば、立居合が有名だと思う。

 だが、実際のところ居合を学んだものは極めて少なく、実のところ剣術を修めた者が大半だと言われていたりする。男と対峙している新見も、その例に漏れず、彼が得意とするのは立居合ではなく、真っ向から相手を叩き斬る剣術だった。

 だから今回も、新見は抜刀の構えではなく霞の構えを取っている。腰は少しだけ沈められ、口の位置で構えられた刀は地面と水平に男へ向けられていた。

 

「神道無念流……諸藩で多くの者が学ぶ流派でござるな」

 

 男はそう言うと、新見とは別に正眼の構えを取った。

 正眼の構えは五行の構えの中でも、特に色んな技へ派生しやすく扱いやすい構えである。

 また、新見よりも男の刀の位置は低いことも重なって、相手の胴体を狙いやすくなっていた。

 

「ちっ……、神道無念流に対し胴を狙いますか。きちんと知識はあるようですね」

「知識も何も、あれだけ多くの者が学べば、それだけその流派の特性は広く深く知れ渡る。示現流のような門外不出の流派でもない限り」

「痴れ事を。あんな芋臭い剣術と神道無念流を一緒にしないでいただきたい。門人が多いと言うことは、つまり、それだけ他流派より秀でている証拠。特性を知られてなお、江戸の三大道場として数えられるのは、神道無念流が優秀である証明。あなたがどれだけ対策しようとも、皆伝である私には敵わないはずなのです!」

 

 新見はそう言うと、口の高さで構えられていた刀を踏み込みと同時、振り下ろす。

 相手の右肩から左胴にかけて斬りつける逆袈裟——。

「力の斉藤」と謳われるほどの破壊力を持つ神道無念流の一太刀は、それだけで恐怖に値する代物であった。

 部屋の中から見ていた沖田も唇を噛んでしまう。短刀を握りしめ破壊した男は、今や片手で新見の相手をしているのだ。あの強烈な一撃をその負傷状態で捌けるのかどうか——全てはそこにかかっている。

 

「はぁぁぁぁ!」

 

 振り下ろされる新見の剣。

 そのまま行けば、男の肩口を間違いなく切り裂いたはずの凶刃は、いつの間にか男が垂直にして持ち上げた刀の腹の上を滑っていた。

 軌道を逸らされたことに気がつく新見。打ち込む前の会話を想像すれば、男は先手必勝とばかりに胴体を狙うと誰もが思っていた。

 けど、男は胴体など最初から狙っていない。男が狙っていたのは、紛れもなく新見の渾身の一撃。それを利用したカウンターである。

 

「くそがっ!」

 

 男の剣技によって、本来とは別の場所を撫でさせられた新見は悪態をついた。

 今は完璧に受け流されたせいで刀が下を向いてしまっている。ここから男の首元へ向かって振り上げたとしても、遅すぎるのは明白だった。それを裏付けるように、男は左手だけで持った刀の柄頭を、頭の位置が低くなった新見の眉間に強く打ち込む。

 

「なん、でっ……!?」

 

 防御を差し込むことすら許さない一撃。

 新見の額からは血が流れ、あまりの衝撃に身体は宙を舞い、無様に地面へ叩きつけられた。

 

「真剣の斬り合いで、胴技と突技ほど使いにくいものは無いでござる。神道無念流が道場試合において、胴技を弱点としているのもそれが所以でござろう」

 

 慣れないはずの左手で納刀する男は、未だ一言も喋らない芹沢に問いかけた。

 

「これで満足でござるか、芹沢殿。新見殿はしばらく立てないでござるよ」

 

 そうすれば、黙していた芹沢も「ふっ」と息を漏らす。

 持っていた鉄扇を強く手に叩きつけては、その衝撃で空気の破裂音を奏でてみせた。

 

「よもやその傷で新見に勝つとは、文句の付け所もない。さすがは『赤衣の剣客』と言ったところかな?」

「赤衣の剣客——?」

 

 沖田は聞き慣れないその言葉に、疑問の花が脳裏に咲いた。

 

「知らないのかね? 京の町でふらっと現れては不逞浪士、悪徳商人、人斬り等を成敗している輩の名さ。まあ、成敗と言っても……今みたいに生ぬるいことをしているようだがね」

「……なるほど、大体見えてきたでござるよ」

「ほう、腕だけじゃなくて頭も少しは回るのか。はははははははは——結構結構!!」

 

 綺麗に並んだ歯を全部撒き散らすような大笑い。

 芹沢が本当に狙っていたのは、沖田の懲罰でもなければ、目の前の男を殺すことでもない。いかに己の戦力を増やすことができるか。それだけである。

 だからこそ、芹沢は赤衣の剣客と呼ばれる男を瞳に映しながら、人差し指を立てた。

 

「話が早く済むのは嫌いじゃない。私が君に提案するのはたった一つ、とっても簡単なお願いだよ」

「お願い——でござるか?」

 

 その言葉に芹沢は、顔の半分が口になるくらい大口を開ける。

 

「私の戦力となれ! 国のため、未来のため、私のためにこれから働け! 尽忠報国! 君がこれから刃を振るうのは、どうでもいい小市民のためでも、死にかけのクソみたい侍のためでもない! 私と国のために、その力を万全に発揮しろ!!」

 

 それは八木邸中に響く大柄な声だった。

 聞く者が聞けば、壬生浪士内で新たな抗争を引き起こしたであろう。幸い、今は芹沢以外の人間が壬生寺に出かけているため、その心配はないが。

 それでも、隣で事の成り行きを見守っていた沖田は、今の発言に呆気を取られる。

 対して、それを言われた赤衣の剣客は、困ったように頬を掻き、

 

「すみませんが、それは断らせていただくでござるよ。拙者は誰側の味方をしようとも考えていないので」

 

 と丁重に断った。

 だが、そう返事されるのも、芹沢からしてみれば織り込み済みだったらしい。芹沢はチラリと己の顔を凝視する沖田を一瞥した。

 

「いいや、君は私の言う通りにするさ。何故なら、こちらにはその材料があるんだからね」

「……んー、困ったでござるな、そう言われると拙者に拒否権は無くなる」

「ははは、最初からそんなもの用意していないとも。私は確実に物事を進めたい人間でねぇ。念には念を入れるんだ、何事もね」

 

 ここまでの全てが芹沢に仕組まれたことである。

 そう考えれば、赤衣の剣客も納得できた。

 最初はきっと沖田を身内にする予定だったのだろう。殿内暗殺を成功させ、人斬りとしての才覚を顕した彼女を近藤一派から引き抜く。それが芹沢の当初の予定だったに違いない。

 けれど、それは赤衣の剣客によって頓挫した。

 沖田は暗殺を成功させることはなく、さらに人斬りを止めさせるような事まで囁くお人好しが出てきたのだ。芹沢の欲していた、絶対的な人斬りを誕生させるのは難しくなった。ましてや、殿内暗殺で得るはずだった彼女の好感度も、芹沢は稼ぎ損ねると早々に判断したのである。

 しかし、その早い判断能力が彼を違う計画へと誘わせた——。

 それが目の前の手練れを己の配下に加えると言うもの。

 いくら挑発しても乗ってこなかったが、実力は新見との一戦で確かめた通り。沖田の技量となんら遜色ないほど洗練されている。甘ちゃんであるところを除けば、概ね芹沢の望んだ人物と言えるだろう。また、人斬りとしては向かないその性格も、仲間を引き入れるための弱点と思えば、都合の良いものだと捉えられる。

 結果、芹沢は当初の計画を全て切り崩し、沖田を利用して赤衣の剣客を手に入れる方向へとシフトチェンジしたのであった。

 

「芹沢さん。意思のない者を勝手に隊員に迎えるのは、邪魔でしかありません。そもそも、こう言うことは近藤さんや家里さんにも……」

「ほー、誰が隊員として迎えると? 勘違いするなよ、総司君。コイツは私の狗だ。君たちにあげるつもりは微塵も無い」

 

 噛み付いてきた沖田を追っ払うかのように、芹沢は一蹴した。

 確かに彼が誰と組もうと、それが不逞浪士でも無い限り文句を言われる筋合いはない。ましてや、配下として加えようとしているのは単なるお人好しである。百利あって一害なしとすら言える。

 であれば、沖田が芹沢の横暴な態度に怒る必要は無いのだ。

 それなのに沖田は怒りを発露させる。

 

「狗だとか、あげるだとか……少し彼に向かっての言い方が雑なんじゃ無いですか」

「いやいや、私は己の部下にきっちり上下関係を教え込んでいるだけだよ。君みたいにキャンキャンと鳴かれては、外で連れ歩くのも恥ずかしいだろぅ?」

「っ、私だけじゃなく近藤さんまで侮辱するか……!」

 

 そんな一触即発の空気に、赤衣の剣客が割って入る。

 今にも芹沢へ飛びかかりそうだった沖田の目の前に立ち、まるで芹沢を庇うように背を向ける。それが堪らなくイラつくと思った沖田は、赤衣の剣客の長い茶髪を握って引っ張った。

 

「なんで止めるんですか! あなたは芹沢さんの味方をするつもりですか!?」

「お、落ち着くでござる! 某はなんと言われても気にしないでござるから!」

「あなたのためじゃなくて、私は私のために芹沢さんを殴るんです!! 自惚れもいい加減にしてください!」

「えー……、某のために怒ってくれていたのでは無いのでござるか……」

 

 自分のための怒りじゃないと言われて落ち込む赤衣の剣客。

 沖田は「当たり前ですよ」と、鼻で笑った。

 

「なんで昨日会ったばかりの貴方に、私がそこまでしなければいけないんですか。私はあなたと違って、見ず知らずの人に汗水は垂らしません」

「誇らしい顔で言う台詞ではないでござるな」

 

「はぁ」とため息混じりの声を漏らして、赤衣の剣客は取り残され気味であった芹沢へと向き合った。

 未だに右手からは裂傷による出血がひどい。ぽたぽたと板張りの床に血が垂れているのは、見ているだけで痛々しいと思えた。

 それでも男は気にしないのか、傷ついていない方の左手で刀を芹沢に返す。

 

「拙者が部下になるのに条件がいくつかあるでござる」

「ふん……申してみよ」

「一つ、拙者は人を殺さぬ。

 二つ、拙者は人を殺めさせぬ。

 三つ、拙者は無益な争いを好まぬ。

 以上のことを守ってくれるのであれば、拙者は芹沢殿の狗にでも道具にでもなるでござるよ」

 

 赤衣の剣客が出した条件を芹沢は反芻しながら考える。

 人を殺さない、と言うのはまだ目を瞑ってやらないこともない。けれど、その次の人を殺めさせない:と言うのは少々厄介だと思えたからだ。

 けれど、芹沢は……、

 

「良かろう。その条件を飲んでやる。どうせ貴様は人を殺させなくても、十分に使えると証明したからな」

 

 倒された新見を見て、条件を飲むことにしたらしい。

 赤衣の剣客はそれを聞いて、子供のようにころころ笑うと、「良かった」と言い、左手で沖田の手を引っ張って去ろうとした。

 

「あ、そうそう。一つだけ言い忘れたでござる」

 

 突然、何かを思い出した男は足を止めて振り返る。

 芹沢はそれを細い目で眺めながら、男の次の言葉を促した。

 

「なんだ」

「いや——芹沢殿は某のことを狗と言っていたが、確かに某は狗がお似合い。某に噛まれたくなければ、精精、手綱はしっかりと握っておくことでござる」

 

 そう言った時の男の瞳——。

 その奥に映る景色に、芹沢は一瞬だけ己が死ぬ瞬間を垣間見たのだった。

 

 

 

 さて、ここから蛇足ではあるのだが、もう少し続く。

 芹沢との騒動が終わり、二人は井戸付近にて傷を処置している場面——そこでの会話。

 短刀を握りしめて、あまつさえ破壊したのだ。当然のことだが、かなり裂傷が激しい。沖田程度の知識では下手に疵付けを縫うこともできないので、とりあえず焼酎で消毒して、その上から布を当てることとなった。

 

「んっ、やはり酒は傷口にしみるでござるな」

「当たり前です。文句を言わないでください」

 

 きつく布を巻く沖田に「容赦」という二文字は存在しないが、それでも甲斐甲斐しく男に治療を施した。

 目の前にいるのは、芹沢に与することとなった、つまり近藤一派とは相容れない人間である。普通に考えれば、そんな者の治療などする必要もなく、また気に掛けることすら煩わしいはずだ。

 しかし、芹沢一派だとか、家里・根岸一派だとか、そんなものどうでもいいと考えている沖田からすれば、あまり関係のない話ではあった。彼女本人からすれば、近藤を立役者にはしたいものの、それで芹沢を殺そうなどとは考えていない。殿内のように、第三勢力を作り上げ、壬生浪士に仇なすようであれば粛清しようとは思ってはいるが。

 しかし、それを知らない男からすれば、この手厚いとも言える処置に、内心で首を傾げずにはいられなかった。

 

「沖田殿は良いのでござるか」

「何がです?」

「その、芹沢殿が某に言っていたこと——勘のいい沖田殿であれば、理解したでござろう」

「……」

 

 気まずげに頬をかく赤衣の剣客。

 沖田はそれを見て、「ああ、あれのことか」と、その言葉が指す記憶を掘り起こした。

 

 ——つまり君が人殺しの悪さを説明するということは——君は人を殺したことがあるということだね?

 

 男が沖田に後ろめたいことがあるとすれば、きっとこれのことだろう。

 沖田はそれを理解し、ため息にもならないほど長い息を吐いた。

 

「意外ですね、貴方って実は話したがりなんですか?」

「えっ?」

 

 沖田の言葉が思っていたのと違ったせいか、男は目を丸くする。

 まるで母親に怒られると思っていたのに、逆に褒められた時の子供みたいだ。

 

「興味ないと言えば嘘になります。でも私と今話しているのは、初対面の人でも、例え昨晩殺し合った人でも、誰だろうと関係なしに助けてしまう……そんなお節介焼きで腹が立つ剣客ですよ」

 

 沖田はそれだけを言うと、最後に男の右手をパンと叩いてにっこり笑った。

 まるで春に咲く桜のように——。

 暖かい日差しを伴いながら、それはキラキラと眩い光を放つ。

 

「でも、話したくなったら勝手に話してください。意外と私も聞きたがりなので」

 

 その言葉に、男は堪えきれず「ふっ」と笑った。

 

「なんでござるか、それ。某は死ぬまで言わぬかもしれんよ?」

「なら私が聞くまで死なないでください」

「死ななくても、どこかへ行ってしまうかも……」

「そうなったら追いかけます」

「また沖田殿の邪魔をしてしまうやもしれぬ」

「大丈夫、その時は私があなたを斬りますので」

 

 沖田と赤衣の剣客はそれだけの言葉を交わすと、それ以上何も言わなくなった。

 お互いがお互いに何かを秘めている。そんなこと、出会った時から男も女も理解していた。

 片や、女の身でありながら剣客をし、人斬りを目指すもの。

 片や、過去に陰鬱な影を持ち、人を殺さぬと誓うもの。

 決して相容れぬはずの水と油。

 しかし、どことなく同工異曲でもある。

 そんな二人が交わった時、待ち受けるのは鬼か蛇か。

「天竺葵」。今宵のお楽しみはここまででございます。




いつもちょこっと豆知識を載せていますが、どうしよう今回も載せようか。
後書きなんてみんな飛ばす者だし、なくていいか、なんて思ったりもしている私です。
いや、それでも、もしかしたら少ないながらも需要あるかもしれぬ!

と言うことで、ちょこっとだけ豆知識。

・神道無念流
作中でも説明した通り、幕末江戸三大道場の一つ「練兵館」で教えられていた。
「位は桃井、技は千葉、力は斎藤」と評されており、神道無念流は他流派と比べて力の剣とされていたことがうかがえる。まあ、力で最強なのは示現流かもしれませんが。
芹沢と永倉は実はこの流派が一緒だったりします。よく、芹沢と永倉が他の隊士と比べて仲良さげに描写されるのは、このため。
そして実は、あの桂小五郎さんは練兵館の初代塾頭を務めており、もしかしたら試衛館時代に近藤達と知り合っていたかも。(創作では知り合ってることになってたりする)

永倉、井上、藤堂、原田などの壬生浪士メンバーをオリキャラとして出すか。また、出すとしてとの程度か。(これによって沖田さんの出番が減るとかは無いです)

  • 出さないでほしい
  • 出しても良いけど、モブキャラ程度で
  • 出してほしい
  • めちゃくちゃ出してほしい

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