桜の花言葉〜殺さずの剣客、そして人斬りの君へ〜 作:沖田愛好家
最後入れたい話あったけど、致し方なしに省きました。
仕方ない、もったいないとは思うけど……!
先に進む速度も重要なので。
最後にちょこっとだけアンケートさせてもらってます。
Ⅰ
誰も彼もが寝静まった晩、二人の男が微かに灯りのついた部屋にいた。
一人は芹沢鴨。愛用の鉄扇を広げては閉じを繰り返しながら、目の前の男を見下している。
もう一人は家里次郎。偉そうにあぐらをかいて座る芹沢とは対比的に、こちらは謙虚に正座で頭を下げていた。
力関係など、その描写だけでも一目瞭然である。強者は芹沢、弱者は家里。壬生浪士の中でも一つの勢力として認められていた家里が、芹沢に屈服しているのだ。それが意味するところは一つである。
「どうか命だけはお助けを!!」
「ふっ。それでも君は武士なのかな? 頭を下げればなんでも許されると?」
「め、めめめ滅相もございませんっ!」
舌がうまく回っていないのか、家里の言葉は不安定だった。
殿内暗殺未遂から、勢力は一転。家里はこんなふうに、芹沢へ命乞いをするほどまで惨めな存在となっている。
それもこれも、全ては彼の仲間達が壬生浪士から逃亡したことにあった。
殿内暗殺未遂の一件を聞いてから、根岸ら数名が江戸へと勝手に帰還したのだ。当然、取り残された家里が壬生浪士で活躍するためには、どこかの陣営に与するしかない。かといって、武士の誇りを捨てきれない家里は、近藤に頭を下げることだけは拒んだ。馬鹿らしいことだとみんなは思うだろうが、この時代ではそれが普通である。
となれば残る選択肢は一つだけ。芹沢一派への仲間入りである。
家里はそれを実行するため、こうして芹沢へ頭を床に擦り付けているのだ。
だが、それを見ている芹沢の目は非常に冷めたものだった。
「私はね家里——別に人助けを趣味にしているわけでは無いのだよ。お願い事をするときは、相手方に何かしらの便益を示す……それが常識というものじゃないかね?」
苛立っているのか、それとも嘲笑っているのか……。
芹沢の言葉の節々からは、家里を圧迫するような力が見て取れた。
決して、ただの武士として生きただけでは、このような圧迫感は身につかない。家里もそれを重々承知しているため、余計に冷や汗が流れ落ちる。
「べ、便益ですか……? ししししかし、私にはそのようなもの……根岸らも帰東してしまいました! 仲間を差し出そうにも、何も残っておりませんッ!!」
喉を震わせながら家里が言った。
彼の言う通り、家里が芹沢へ差し出せるものなど何一つとしてないだろう。金も、人も、情報だって、彼は命に見合うだけのものを所有していないのだから。
だが、そんなことは芹沢だって分かっているはずだ。共に壬生浪士に所属し、一派の頂点同士だった間柄。今の家里が献上できるものなど、彼が欲しいとすら思わないガラクタばかりである。
それでも芹沢は余裕を持った笑顔を浮かべたまま、持っていた鉄扇をパッと横に振るう。
「いやいや、問題ないさ。私の頼み事は、君が一肌脱ぐだけで解決するほどの些事だよ」
「わ、私がですか……?」
あり得ないことを聞いたように、家里は強張った顔を上げた。
己の身一つだけで出来ることなど、たかがしれている。元々、浪士組の取りまとめ役に任命されたのも、ただの運でしかなく、家里の実力など誰も見向きしないものばかりである。
そんな家里が単身で粉骨砕身に頑張っても、芹沢が満足する事など起きようもないと思えた。
それ故、妙な懐疑心だけが家里の胸中に燻っていく。
「安心したまえ、君には今から大阪へ行ってもらう。あの無能な公方の護衛役としてね」
「そそそそ、そんなことができるのですか!?」
「私にもそれなりのツテはある。あちらも見栄を張るため人手は欲しいだろう。私が推薦しなくとも、惜しまずに働き手は受け取るさ」
そう吐かれた芹沢の言葉に、嘘はないように見受けられた。この男が「出来る」と言うのであれば「出来る」のだろう。それだけの凄みが芹沢にはある。
だからこそ家里は分からなかった。
尊王攘夷派である天狗党出身の芹沢が、まさか公方の護衛職に就くのと引き換えに、自分の命を見逃してくれるなど、おかしすぎる提案だ。
確かに昨今では公武合体が進んではいる。福井藩や土佐藩、それに薩摩藩と言った大名たちもそれを後押ししているのが現状だ。けれど、そんなもの表面上の話だけ。攘夷志士は天皇の妹を人質にとったと非難し、去年には坂下門外の変を引き起こす始末。
佐幕派の近藤がこの命令を出すならまだしも、どちらかといえば倒幕派にも近い思想を持つ芹沢が、将軍家をお守りするために命令するとは考えられなかった。
——何かしらの裏がある。
家里はそう勘繰った。
「君は大阪に行ったら、ここに書いてあることを実行しろ。詳細は追って新見に連絡させる。準備が出来次第、そちらから連絡を寄越したまえ」
家里の予感は見事的中し、芹沢は本題と思われる書簡を投げ渡した。
さらさらと紙が家里の目前に舞い落ちる。手に持って見てみれば、そこには思いもよらない文書が、そこに書き連ねられていた。
「こ、これは、正気ですか……!?」
思わず口が乾く。
呼吸は乱れ、動悸が激しい。
先ほどまで命の瀬戸際に立っていたはずなのに、さらに崖っぷちへと追い込まれた気分だ。
そんな家里を見て、芹沢は獰猛に口端を釣り上げる。
「——いいね、失敗は許されない。命が惜しければ、それなりに足掻いてみせるんだな」
これから待ち受ける困難も、苦難も、全てを見透かしたような発言。
その言葉に、家里はごくりと唾を飲み込んだ。
Ⅱ
芹沢の部下兼狗となった男の1日は実に多忙である。
朝——早くに起きては掃除をし、朝食を作る。
昼——八木邸に住まう者たちが脱ぎ散らかした衣類を洗濯し、食事を作る。
夜——芹沢のために酒と煙草を買いに行っては、食事を作る。
これだけ見れば、ただの奉公人と思われてしまいそうだが、残念ながらこれが現実である。芹沢に傘下へ入るよう言われたものの、それらしい働きを男は未だ命じられていない。本当は「ただ小間使いが欲しかっただけなのでは?」と思われても仕方のないレベルである。
今だって、男は芹沢から何も言われないため、自主的に隊士たちの衣類を集めては、八木邸の子供たちと一緒に洗濯していた。
「ござるー、ござるー! 見てみて! とぎ汁お化け!」
「とぎ汁お化け!!」
「はははは、二人とも顔が白いでござるなー」
八木家の子息、為三郎と勇之助が洗濯の際に使う米のとぎ汁を顔面につけてはしゃぐ。赤衣の剣客はそれを見て、にっこり笑うと二人の顔を手ぬぐいで拭いてやった。
何気ない日常の一幕とは、きっとこういうことを言うのだろう。
子供が笑い、それを見て大人もつられて笑う。
「平穏」という二文字がとてもふさわしい光景だ。
だが、そんなものなど知ったことかと言わんばかりに、一人の男がその日常に冷や水を掛けた。
「——おい、狗。付いてこい」
井戸端まで響いたそれは、庭に隣接する部屋から出てきた芹沢の言葉である。
いつもなら「おい、買ってこい」が決まり文句となりつつあるくせに、今日は珍しく「おい、付いてこい」という言い回しになっていた。
どうせ拒否したところで、聞いてはくれないのはここ三週間で男も理解している。
そのため、赤衣の剣客は素直に襷を外して立ち上がった。
「はいはい……相変わらず唐突でござるなぁ。為三郎と勇之助、悪いがこれをあそこへ運んでおいてはくれぬか?」
赤衣の剣客は洗濯が終わっていない分を、縁側の方へ持っていくようお願いした。
二人の子供はそれを聞いて頷き、
「うん、いいよ! その代わり帰ってきたら肩車して!」
「僕も、僕も!」
「任せるでござる。二人とも肩車してあげるでござるよ」
赤衣の剣客は二人の子供の頭をそっと撫でてやると、そのまま縁側にいる芹沢へ近寄った。
「随分と馴染んでるようだね」と芹沢が含み笑いで男に言う。
「おかげさまで」と赤衣の剣客は屈託のない笑顔で返した。
「芹沢殿も子供好きなようでござるな。為三郎が、また絵を描いて欲しいと言っていたでござるよ」
「ふん……気が向いたらな」
赤衣の剣客の言葉に芹沢はぶっきらぼうに答えた。
目線はどこか遠くへと飛ばされている。これは芹沢なりの照れ隠しなのかもしれないと思えば、赤衣の剣客も微笑まずにはいられなかった。
そのため、いつものお返しに少し弄ってやろうと悪い考えが浮き出てくる。具体的には、「あれ、照れてるでござるか?」を連呼して、芹沢の羞恥心を煽ると言うもの。
だが残念ながら、この赤衣の剣客に煽りスキルはほとんどない。それはもう幼稚園児くらいにない。あったとしても、小学生の方がもう少しきちんとした挑発をするだろう。
その為、芹沢は後ろで「あれ、照れてるでござるか?」を連呼している男を無視し、そのまま目的の部屋と突き進んだ。
「ここだ、開けろ」
無反応を決め込んでいた芹沢が、一つの部屋の前に止まり赤衣の剣客へ言った。
「む、ようやく話したかと思えば……それくらい自分で開けて欲しいでござる」
「狗が私に歯向かうと?」
「普通、狗は障子を開けれんでござるよ」
芹沢の怒気を孕んだ声すら何処吹く風と聞き流す男。
今ここに芹沢一派が集結していれば、きっと大御所芸人を目の前にした若手芸人ばりに働いたことであろう。
だが、ここにいるのは狗と呼ばれてはいるものの、忠犬ではなく狂犬である。狂犬と言っても別に病には掛かってはいないし、甘噛みしかしてこない狗ではあるが。
それでも芹沢からすれば目に角が立つ言い方だったのに間違いはない。
その為、芹沢は大きく舌打ちを繰り出した。
「ちっ、いちいちと口答えをする狗だ」
芹沢は諦めて自分で開ける。
二人が部屋に入ってみれば、そこにいたのは近藤、山南、土方、それに新見であった。
赤衣の剣客からしても別に初対面というわけではない連中である。三週間も手狭な八木邸でお世話になっていれば、それなりに彼らとの面識も増えるというもの。確かに赤衣の剣客が一番話すのは沖田であるが、それでも人当たりの良い山南なんかは、気さくに話しかけてくれる部類の人間だ。今日だって共に朝食を取る時、色々な話をしたのを男は覚えている。
あちらもそれを感じたのか、山南は赤衣の剣客を見ると、少しだけ驚いた顔をして優しい笑みを浮かべた。男もそれに返すように自然と笑みを浮かべる。
「ほう。どうやら私が最後のようだ」
なんの悪びれもなく芹沢が言った。
その言葉に土方は少しだけピクリと眉を動かすが、芹沢の腰巾着である新見は大袈裟に反応する。
「いえいえ。芹沢先生を待たせないように早く来たまでです」
だが、そんな新見も赤衣の剣客をチラリと見て額に縦皺を寄せた。
どうも赤衣の剣客が現れてからというもの、新見は男に良い感情を抱いてないらしい。まあ、今回も芹沢が己ではなく、赤衣の剣客を伴って参上したことに不満を持っているそうだし、嫉妬というものなのだろう。
芹沢はそんな新見を無視して広間の上座に当たる部分へ着席。赤衣の剣客は座らずに、柱へと体を凭れさせた。
「それで話というのは何だ、芹沢さん。まさか、くだらねぇ事を言うために集めたわけじゃねぇんだろ?」
芹沢が対面に座ったのを見て、単刀直入に切り込んだのは土方である。
赤衣の剣客から見ても、その一言で空気が張り詰めたのが分かった。
元々、土方と芹沢はそこまで相性が良くない。そのせいもあって、芹沢が何かすれば、その度に皮肉を混ぜた言の葉を土方が差し込むのである。
けれど、そんな土方に異議申し立てをする者がいる。
「おい、土方君! 芹沢先生に向かってなんだ、その言い種は!」
「うるせぇ。俺たちはいきなり呼び出されたんだ。こっちがいきなり本題を聞いて何が悪い」
土方の態度が気に食わない新見が立ち上がりかけるも、土方はそれを睨みで止める。
伊達男は目力が強いと言うが、土方のそれは軽く子供を泣かせるほどであった。
「まあまあ、二人とも落ち着いて。土方君も少し喧嘩腰すぎじゃないか」
そんな二人に助け舟を出したのは山南であった。
ゆったりとした物腰の柔らかさは彼の理知的な外観に合っている。土方も山南の言うことは聞くらしく、新見への侮蔑的な眼差しを目を伏せることでやめた。
「すみません、芹沢さん。この時間はいつも稽古をしていまして、歳のやつも気が立っているんでしょう」
場が収まったのを見計らい、今し方まで黙していた近藤が口を開けた。
黒髪の総髪。無骨でありながら、どこか優しさを感じる出立ちの男。赤衣の剣客から見ても、外見から彼の厳格さがよく分かる。
近藤一派の筆頭であるのだから、当然なことではあるが、彼もまた芹沢に勝るとも劣らない凄みを帯びている。人の良さそうな笑みを浮かべているのに、時折覗かせるその冷徹な眼差しは、流石の芹沢も肝を冷やしていた。
「……構わんよ。私も話を早く終わらせるのは同意見だからね」
芹沢は近藤の瞳から視線を外すと、懐に仕舞っていた一枚の書状を取り出す。
「それでは早速だが、まずはこれに目を通して欲しい」
「なんですか、これ」
芹沢が取り出した紙を受け取った近藤は、不可思議そうにそれを凝視する。
表題には「壬生浪士脱退状之事」と書かれており、その旨と経緯が本題に書かれていた。年月日は今よりも一、二週間前の日付が記載されており、差出人には「家里 次郎」と達筆に書かれている。
誰が見ても、家里が壬生浪士を辞するために筆をとったのだと理解した。
「家里から直筆の脱退書だ。奴はここを抜けて大阪へ下る公方の警護職に就く」
芹沢は事もなげにそう言った。
確かにここ最近、それこそこの書状に記載されている日付くらいから家里を見た者はいなかった。浪士たちの間では、家里は根岸・殿内失脚により、江戸に逃げ帰ったのだと噂されたくらいである。
けれど、真実は少しだけ違ったのだ。家里が消えた日付と、この書状に記載されている日付はほとんど一致している。
つまりこれが意味するところは、芹沢は家里が隊から抜けるのを勝手に了承し、しかもそのための書状を書かせていた上で、今まで誰にも教えなかったと言うこと。
あまりにも一隊士としての実権を超えている。流石にこれには土方、山南のみならず、近藤までもが顔を顰めた。
「どういう了見だ、それは……そんな大事なこと、なんで俺たちに相談しなかった」
「相談も何も無いだろう? 彼は元々、殿内や根岸の一派だ。それが瓦解した今、家里がここに残ること自体ありえないと思うがね」
「そういう事を聞いてんじゃねぇ。俺たちに黙って公方の警護職に就かせただと? ふざけるな」
思わず拳に力が入る。
土方が怒っている理由としては、きっと近藤を差し置いて、芹沢が勝手に隊長ぶった行動をしているからだろう。確かに未だ役職も何も決まっていない現状、芹沢のやったことは、ただの越権行為に他ならない。
新見だけがこの書状を見て喜んでいるのが、何よりの証拠である。
「……芹沢さんの言いたいことは分かりました。ですが、それだけではありますまい」
しかし、土方とは違って近藤は落ち着いていた。
彼からしてみれば、いずれ家里が出奔するなど見え透いていた未来である。それを誰が取り立てたか、誰が許可したかなど、近藤からしてみればどうでもいい話なのだろう。さっき書状を見て顔を顰めたのだって、「なぜそれを喋ってくれなかったのか」と言う、純粋な仲間として見られたい気持ち故だ。
元より近藤は、誰かの上に立って何かをしたいと思う人間ではない。それは、関係の浅い赤衣の剣客からしても間違いないと思える見識だった。
さて、そんな近藤に芹沢は「流石だ」と笑う。
「私が話をしたいのはこの先についてだよ。根岸ら一派が消えた今、これからの壬生浪士について話をしたい」
「なるほど、そういうことでしたか……」
山南は芹沢の本題を理解し、納得したように頷いた。
今でもこうやって越権行為だの、誰が上に立つだので揉めている壬生浪士。そろそろきっちりとした上下関係を示さなければ、内部からの崩壊で隊は腐り落ちるだろう。
それは誰もが懸念していたことである。
近藤か芹沢か——。
そこを白黒はっきりさせるしか、壬生浪士の未来はない。
芹沢は持っていた愛用の鉄扇をパシッと音を立てて閉じ、近藤を指す。
「まずは局長。これは近藤……そして新見に任せようと思う」
「っ、私は異存ありません! ありがとうございます、芹沢先生!」
「ふっ、気にするな」
局長——それは字を読んでも分かる通り、「局」の長である。
江戸時代では、一般的に組織の事を「組」と呼ぶ。ここで言うならば、清川が集めた「浪士組」がそれに当てはまるであろう。けれど、その浪士組から独立し、京都残留組となった壬生浪士は、「組」ではなく「局」とするべきだと芹沢は考えていた。
そのため、芹沢は「組長」ではなく「局長」と言う役職を設ける。
そこに近藤一派の頭でもある近藤を入れてやれば、誰も文句が言えない。
はずなのだが……、
「私もそれで構いませんが……そうなると芹沢さんの役職が無いのでは?」
頭が切れる近藤は、すぐさまその問題点に気づき指摘した。
局の長とは、まさに壬生浪士の頂点に相応しい役職ではある。だが、そこに芹沢ではなく新見が座ること自体、疑問の余地を残さざるを得ない。
そもそも、そこに芹沢が入ったとしても、それでは根本的解決は何もしていないだろう。
これは近藤一派と芹沢一派の力関係を如実に知らしめるための工作である。局長という役職に、それぞれ一派の頭が就いては、どうやっても力関係は今と同じように拮抗するだけである。
「まあ、話は最後まで聞きたまえ。次に副長だが、そちらの土方君と山南君に任命するのはどうかね」
それでも芹沢は近藤の意見を無視して、にやにやとした笑顔で言い放った。
土方は流石にきな臭いと感じたらしく口を挟む。
「おい、いい加減にしてくれねぇか。副長の席を俺たちの勢力で埋めるなんざ、何を企んでいやがる」
けれど、それに応えるのは芹沢でなく新見だった。
「君は一々、芹沢先生に文句しか言えないのか!?」
「テメェは黙ってろ。俺は芹沢さんに聞いてんだ」
一触即発とはよく言ったものだ。
土方も新見も、少し突けば直ぐに爆発してしまいそうな勢いである。お互いに芹沢と近藤を取り立てたい者同士。相入れないことも多いのだろう。
だからこそ、当事者たちは余計に頭が冷える。近藤も芹沢も、土方たちの論争など蚊帳の外として扱い、飄々とした態度を崩さない。
いや——そもそも近藤や芹沢は、そんなくだらない事など眼中にないのかもしれない。
「別に、何も企んでなどいないさ。私は適材適所を意識して、君達全員にそれ相応の役職を与えられるよう、提案しているだけだ」
「それは有り難いのですが、やはりそうなっては芹沢さんの席が……」
「案ずるな、近藤——」
芹沢がぴしゃりと言う。
「私は
その発言に山南と土方は瞠目した。
「局長」と聞けば、誰もがその局内での頂点を意味するものだと考える。
けれど、江戸時代の役職に精通しているものであれば、芹沢のカラクリに気づいたはずだ。
そもそも、この時代で「長」という言葉はあまり使用されない。
「組頭」然り、「番頭」然り、どれもこれも「頭」と言う字が使われている。「長」と言う漢字が一般的に使われ出すのは、外国の知見が入ってきた江戸時代よりも未来の話だ。
だからそこで気がつくベキだった。
芹沢が「局長」と言う役職を設けたのか、それより上は本当に無いのかと。
「それが狙いか、芹沢さん……!」
「なるほど。私たちにはそれ相応の、しかし芹沢先生にはそれ以上の役職を……と言うことですね」
土方と山南が続け様にそう漏らす。
してやられた——そう思った時にはもう遅い。
なぜなら近藤はすでに「私もそれで構いません」と言ったのだ。今それを撤回して、「自分も筆頭に」などと言い出したら、それこそ一派同士の全面戦争である。芹沢もそれを見越していたのだろう。常に余裕を持った笑顔は今も健在なままだ。
部屋の隅で立ち聞きしているだけの赤衣の剣客すら、芹沢の巧妙な話術に舌を巻く。
「人聞きが悪い事を。私はこれこそ、今後の壬生浪士において適格な人事だと考えている。逆に聞くが……君達はこれ以上に適した配役があると言うのかな?」
そう言われるとなんとも答え辛いと言うのが、この場の誰もが思った事であった。
確かに近藤一派の頭である近藤は、局長という高い役職に就かせてもらっている。また、その一派の両腕とも呼べる土方、山南は副長だ。新見が局長で、芹沢が筆頭局長だとしても、それなりに近藤一派の顔は立てていると言えるだろう。
また、この京都在住の浪士組が会津藩預かりになったのも、芹沢あってこそ。一番の功労者とも言えるものが、それなりの地位に就くのはごく自然な流れとも言える。
だからこそ近藤は、腕を組んだまま「相分かった」とつぶやいた。
「……私にはそれ以上のものが思いつきません。確かに芹沢さんの言う通り、私たちの上には絶対誰かが座らなければならない。筆頭局長と言う役職は、なるほど——私たち両方の顔を立てるためにも必要なものと考えられます。これでいきましょう」
「近藤さんッ」
まだ納得がいかない土方だけが、近藤に詰め寄った。
「……ふっ、中々に話が分かるようだね、近藤は。君の部下もこれくらい物分かりがいいといいのだが」
「何だと——?」
「文句があるなら言葉ではなく刀で向かってきたらどうだ? いや、本当の武士でもない君には少し難しいかね?」
そう嘲笑った芹沢は、土方の闘争心を煽るよう感情を逆撫でする。
流石にそこまで侮辱された土方も黙ったままではいられない。机と共に置いてあった刀に手を取り、それを引き抜こうと姿勢を取った。
——が、それが引き抜かれることはない。
土方と芹沢の間に割って入るよう、近藤が立ち上がったからだ。
「挑発はやめてもらえませんか。これでもコイツらはコイツらなりに、きちんと考えて行動しています。私は貴方が引き起こさせた総司の一件も——まだ許せる気分じゃ無いんですよ」
さっきまでの謙虚な近藤はいない。
いるのは、鋭い眼光で芹沢を射抜く修羅だけである。
芹沢はそんな近藤と数舜の間、視線を交わすと飽きたように鉄扇をぱたぱたと開閉させた。
「これは怖い怖い。そう睨まれては私も何も言えないな」
芹沢は「よっこらせ」と言いながら立ち上がる。
「それじゃ、私の話はここまでとさせてもらおう。これ以外の人事も、私が決めさせてもらう。詳しいことは後日、皆の前で発表しよう」
それだけ言うと、芹沢は立ち上がった土方と近藤、それに座っている山南たちをすり抜けて、部屋の出入り口へと足を運ばせた。
「行くぞ、狗」芹沢は飽きもせず、目線だけで赤衣の男に障子を開けるよう命令する。
「まだ拙者に頼むでござるか?」とため息まじりに赤衣の剣客はつぶやいた。
これは今後、どれだけ言っても無駄だろう。
そう諦めた男は、芹沢の望むままに障子を開けてやるのだった。
いつもならここで豆知識を垂れ流すのですが、
今回は作中で「なぜ、新撰組なのに局長」というのかについて、その一説を垂れ流したので許してください。ごめんなさい、ネタ切れとかじゃないんだよ!?
ただアンケートをさせてもらいたくてですね。
今回までは、致し方なしに新見や近藤(オリキャラたち)を出させていただいています。
これも全て、型月でまだ出てきていないのが悪い。(コハエースにそれらしき奴はいた気がするけど)
で、まあこれくらいのオリキャラ量なら全然良いのですけど、残念ながら壬生浪士には他にも四人ほど未登場のキャラがいますよね。
藤堂、井上、永倉、原田……。
さてこれを出すのか、出すとしてもどれくらい出すのか。
そのアンケートをさせていただけたらなと思います。
永倉、井上、藤堂、原田などの壬生浪士メンバーをオリキャラとして出すか。また、出すとしてとの程度か。(これによって沖田さんの出番が減るとかは無いです)
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出さないでほしい
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出しても良いけど、モブキャラ程度で
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出してほしい
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めちゃくちゃ出してほしい