殺さずの剣客、そして人斬りの君   作:沖田愛好家

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壬生浪士組での夕餉

 夜も更けた頃、京都・八木邸の一室。

 かちゃかちゃ——もぐもぐ――。

 と、試衛館以来の絆で結ばれた男女十人が、それぞれの膳を前に思い思いの夕餉を楽しんでいた。

 

 膳に並ぶのは、沢庵、壬生菜のおひたし、焼き魚、味噌汁、そして――椀からこぼれんばかりに盛られた、高ううず高い麦飯である。

 

 太平の世が定着して久しいこの時代。江戸の町民や上級武士の間では、精白された銀シャリが定着していた。

 が、地方から出てきたばかりの彼らにとっては、安価な麦飯が主たる主食である。

 

 もっとも、当時の日本における食事の主役は、どこまでいってもこの「飯」そのものであるのに違いはない。

 副食(おかず)とは栄養を摂るためのものではなく、いかにして山盛りの飯を喉の奥へ流し込むかという、いわば呼び水としての脇役に過ぎなかったという。

 現代の人間が見れば、その圧倒的な配分の不条理さに目を剥くであろうが、彼らにとってはこれこそが、明日を生きるための真っ当なエネルギーの源泉であった。

 

 そんな男たちの食事風景に、突如としてひとつの叫び声が座敷に響き渡る。

 

「ああっ!? テメェ、何しやがる!?」

 

 何事かと思って見てみれば、普段は万事に生真面目。かつ礼節を重んじ、あらたまった口調を崩そうともしない男――原田左之助が、形相を変えて吠えていた。

 年の若い沖田にすら「自分より試衛館組の古株っすから」と敬語を忘れないあの優男が、だ。

 

 そんな彼を本気で怒らせた相手とは一体だれなのか。

 正直、彼が声を荒げる対象なんて、この中には一人しかいないのだが。その犯人は、原田の膳から週に一度お目にかかれるかどうかも怪しい貴重な焼き魚の切り身(タンパク源)を、我が物顔で掠め取っていた。

 

「ははははッ! 甘ぇんだよ、左之助! 京都ではいつだって常在戦場の心意気で臨まねぇと、不逞浪士どもに足元をすくわれちまうって教わらなかったか?」

「あぁん? どこの世界に、身内の皿を襲う不逞浪士がいるってんだ、新八ィ!」

「ふっ、この世は所詮、弱肉強食よ。強ければ食え、弱ければ食えない、それがすべて!」

「ペラペラとよく喋るな。遺言か? そいつが、遺言ってことでいいんだな?」

 

 目の前で奪った魚をこれみよがしに咀嚼する永倉新八に向かい、原田は膳をひっくり返さんばかりの勢いで身を乗り出す。

 まさに一触即発、刃傷沙汰にもなりかねぬ空気といっても過言ではないだろう。

 けれども、江戸の試衛館時代から数えれば、これで通算何百戦目になるか分からない、いつもの様式美ではある。

 周りの隊士たちも既に見慣れているせいか、喧嘩の仲裁に入るどころか、自分の味噌汁がこぼれないよう膳を手前に引くことしか考えていなかった。

 

 そんな中、おひたしを静かに突っつきながら、斎藤一がやれやれと気だるげに声をこぼした。

 

「はぁ……ほんと飽きないねぇ、あいつらも。魚や卵が出るたび、こんなだもんなぁ」

「まったくです。どうして、毎度こうも食事中に騒げるのか、僕には理解不能だ」

 

 斎藤のため息に合わせるように、山盛りの麦飯を静かに口へ運んでいた藤堂平助も、辟易とした顔で首を振った。

 このふたりは試衛館組のなかでも比較的、常識人の部類に属している(少なくとも、いま目の前で魚の奪い合いをしている野生動物たちに比べれば、の話だが)。

 せめて畳の上ではなく、道場の砂の上でやってほしい。

 それが、静かにご飯を咀嚼するふたりの共通した願いだった。

 

 しかし、そんな冷笑組の冷ややかな視線を、永倉が聞き逃すはずもない。

 

「あぁ? 飯は騒がしい方が美味ぇに決まってんだろ、平助! んな澄ましてっと、お前の焼き魚もいただくぜ!」

「やれるものならやってくださいよ。どうせ、その距離じゃ届くわけ――」

「くらえ! 必殺、龍飛剣ッ!!」

 

 言うが早いか、永倉の箸が閃いた。

 自身の得意とする神道無念流の技になぞらえた、妙ちきりんな技名を叫びながら。

 

 藤堂が「は?」と目を見張った瞬間には、神業的な速度で彼の皿からも見事に焼き魚が消え失せていた。

 もはや剣術の無駄遣い、真剣味の方向違いである。

 

「ほれほれ、どうした? あんだけ澄ましてやがったのに簡単に取られるなんざ、もしかしなくても俺にあげるつもりだったてかぁ?」

「……(ピキッ)」

 

 そう言って、奪い取った戦利品を箸でブラブラと揺らし、ガハハと下品に笑う永倉。

 その絶妙に小馬鹿にしたドヤ顔を見て、藤堂の脳内で何かが音を立てて弾けたのが分かった。

 

 藤堂が音もなくすっと立ち上がる。

 すると、いち早くその危機感を察知した斎藤が、巻き添えを食うまいと手際よく自分の膳を少し横にずらした。

 

「いいよ、そっちがその気なら戦争だ。悪いけど、年寄りだからって僕は加減しないから」

「やれるもんならやってみな、若輩者! つーか、俺はおっさんと呼ばれる年齢じゃねぇ!」

 

 にこやかに、されどこめかみに青筋を浮かべながら告げる藤堂に、がるる、と牙を向く永倉。

 ここから先は、口頭による弁明など一切必要ない。必要なのは相手をねじ伏せる拳での語り合いのみ、実力行使こそがすべて。それが試衛館の、ひいては肉に植えた男たちの絶対の鉄則であった。

 

 そんな彼らのやり取りを眺めていた斎藤は、またもや呆れたように喉を鳴らす。

 

「結局こうなるんだよねぇ、毎度。もう見慣れすぎて、最後のオチまで読めちまったよ」

「むぐむぐ……ふぁいふぉうふぁんは、ふぁざふぁふていいんふぇふは?」

「……うん、ごめん。それは予想外だわ、沖田ちゃん」

 

 口いっぱいに飯を詰め込んで栗鼠のように喋る沖田に、斎藤は冷静にツッコミをいれる。

 ごくり、と喉を鳴らして飯を飲み込んだ沖田が

「斎藤さんは混ざらなくていいんですか?」

 と問いなおせば、斎藤は。

「あー、そういう……いいよ、僕はああいうバカ騒ぎ似合わないから」

 と、ひらひらと片手を振りながら言った。

 

 そんな2人の喜劇に挟まれながら、鮮やかな赤衣を纏った男は、ひとり泰然と、ずずず、と茶をすする。

 

「いやぁ、今日も平和でござるなぁ」

 

 何を言っているのやら。

 沖田と話していた斎藤は、今日も今日とて、人知れず和んでいる赤衣の男を見て、変人を見るような目をした。

 今なお、対面では戦況は悪化の一途をたどっており、すでに原田による永倉への奇襲が炸裂。その隙を狙った藤堂が容赦のない蹴り上げが、永倉の股下へと襲っていたりもするのに。

 

 さて、何故この場に赤衣がいるのか、という話ではある。

 芹沢一派ともいえる彼が、近藤一派とも呼ばれる試衛館組の面々と膝を突き合わせ飯をかっくらっているのだから不思議と言えば不思議なものだ。

 

 しかし、これには彼なりの、ごく真っ当で後ろ向きな理由があった。

 

 そもそも彼は毎夜、派手に飲みに出かける芹沢に付き従わず、こうやって近藤一派の者達と食事を共にしていた。

 それは、芹沢が赴くのが大抵、白粉の匂いが充満した島原の花街であったり、京都の有力な商人を呼んでの、格式張ったお座敷遊びの場であったりするからだ。

 堅苦しい挨拶や、腹の探り合いが続く政治論議、そして何より華やかすぎる大人の遊び。赤衣の男からしてみれば、それらは著しく性に合わないものとして、最初から近づく気すら起きない場所であった。あの過剰な色香と権力闘争の空気の中に放り込まれるくらいなら、まだ戦場で刀を振っている方が幾分か気が楽なのだ。

 

 いや、もっと根本的なことを言うなら、男が夕餉の準備をしている間に、ふらっと芹沢が新見錦や平山五郎といった馴染みの隊士を引き連れて消えるため「わざわざその後を追うのも面倒だ」と、さっさと別行動を決め込んでいるのが実情かもしれない。

 要するに、ただの居残り組だった。

 

 とまぁ、そうした話をしていると、どうやら焼き魚争奪戦の決着がついたのか藤堂が自席へと戻ってくる。

 

「くそっ、結局、原田さんに持っていかれた……」

「ははは、まんまとしてやられたでござるな、藤堂殿。よければ、某の魚を譲るでござるよ」

「は――? いい、のか?」

「某は居候の身ゆえ、麦飯を食わせてもらっているだけでも有難い。肉まで食わせてもらうのは、忍びないでござるよ」

 

 赤衣の男がそう言って、丁寧な箸遣いで藤堂の空の皿に魚を移す。

 それを見た藤堂は、にわかには信じられないものを見たという顔をして、ちょっとうつむきざまに。

 

「……なら、受け取る。……ありがと……」

 

 と、蚊の鳴くような声でこぼすのだった。

 照れているのか、若干、頬は朱に染められ、肝心の相手の目は見ていなかった。

 それでも、そのちょっとした童らしい態度に、赤衣は笑みをこぼす。

 

「いやいや、例も礼を言われるほどのことでは」

「なぁに、カッコつけてるんですか、この馬鹿は」

「おろぉ!?」

 

 どすっ、と。

 魚をまんまと他人に譲り渡した赤衣の背中へ、横合いから沖田総司の強烈なチョップが繰り出された。

 

「な、なにをするでござるかぁ、沖田殿……」

「別に? ただ自分の飯を他人に分け与える馬鹿に折檻しただけですが」

「いやでも、藤堂殿は育ちざかりでござるし、流石に可哀そうというか……」

「そう言って、一週間前は何の抵抗もなく永倉さんにあげてたの、誰でしたっけ?」

「うっ」

 

 赤衣の剣の言葉が詰まった。

 毎夜、共に食事をしていると言うことは、それだけ男がしていることを沖田は知っているということだ。当然、彼が何日に誰へなにをあげたのか、そんなこと知らないわけがない。

 こうも自分の食事を他人に分け与えていたら、いつかこの男は倒れてしまうのではないか――その懸念は、決して大袈裟なものではなかった。

 

「はー、やですねぇ、これだからお人好し馬鹿は。良いですか? あなたも人なんですからきちんと食べてください。ただでさえ、少し細身なんですからね」

「うーん、返す言葉もない……」

「ほら、今日は私の魚半分あげますから、これからは気をつけてください」

「む? でもそれでは沖田殿が」

 

 魚の切り身を半分に割り、その片割れを沖田は男の皿へと移す。

 さっきまで他人に食事を分け与えるなと言っていたくせに、これでは彼女の説教が急に陳腐なものに思えてきた。

 だが、沖田は赤衣ほど優しい人間ではない。どちらかと言えば、彼みたいな夢想家よりもリアリストと言った方に近いだろう。そんな彼女が、なんの計算もなく魚を分け与えるはずもなく、

 

「良いんですよ、気にしなくて。その代わり――今度、団子をご馳走してもらいますから」

 

 沖田はそう言って指で小さな丸を作った。

 ついでに、目の形も団子に変えていた。

 

 壬生浪士組のなかでも、沖田が類稀なる甘味好きであることは有名だ。未だに質素な食生活を強いられている現状、週に一度の魚の半分と引き換えに、後日美味しい団子が手に入るのであれば、これほど安い投資はないと考えたのだ。

 

 現金な人というか、世渡り上手というか、実に計算高い。

 何にしろ、そんな沖田の可愛らしい魂胆が透けて見えてしまった男は、「……沖田殿らしい」と苦笑混じりに一言だけ呟いた。

 

 まぁ、沖田の側からすれば、単に甘味が食べたいという実利だけでなく、たまには息抜きがてら、この風変わりな赤衣の男を連れて洛中の街へ出かけたい――という、少女らしいささやかな下心もあったのかもしれないが。

 

「おー、いいねぇ団子! 酒やら肉やら、塩っけ辛味がきいた食い物もいいが、時折は甘味に舌鼓を打ちてぇもんだ!」

 

「団子」と聞いて、原田と藤堂の連携攻撃に倒れ伏していた永倉も興味を惹かれたらしい。仰向けから、さっと体を起こすと、再び会話へと舞い戻ってきた。

 だが、それが沖田にしてみれば鬱陶しいと感じたのだろう。

 

「……永倉さんは絶対に連れて行きませんよ」

「はぁ!? んでだよ、沖田!?」

「それはお前が、店先の看板娘を片っ端から口説くからだろ。沖田先輩、こいつは俺が面倒みとくんで、どうぞ、お二人で楽しんできてください」

「ちょっと待て。なんで、てめぇに面倒を見られなきゃいけねぇんだ、おい?」

「野暮ってのかが分からねぇのかよ、このダボ。いいから、素直におとなしくしてろ。給金が入ったら花街に付き合ってやるから」

 

 そう言って原田は、永倉の膳に置かれた、未だ箸もつけられていないおひたしを見る。

 

「とりあえず、お前はこの残ったおひたしでも食ってろ」

「あ〜? つか、これ食べれんのか? 雑草にしか見えねぇんだけど」

 

 永倉もその視線に沿って、おひたしを眺めるのだが、次第に苦々しい表情を浮かべた。

 

「雑草」とは流石に酷い言い様である。

 今のは作った側に失礼というよりか、これを栽培している百姓に失礼な発言であった。

 そのため赤衣、原田、それに盗み聞いていた山南は、永倉に向けて何かしら言おうと口を開く。

 が、それよりも先に凛とした声が部屋中に響いた。

 

「永倉君、それは壬生菜と言うんだ。壬生村の農家さんが汗水流して作ったものなんだから、好き嫌いはいけないよ?」

 

 声のした方向を全員でパッと見れば、そこにはニコニコと笑顔を浮かべた近藤が永倉を見ていた。

 ——笑顔なのに目が笑っていない。

 永倉を含め全員が満場一致でそう思う。

 近藤が一寸たりとも目尻や箸が動かないせいもあり、その感情はどんどん強くなった。

 

「……悪かったよぉ、近藤さん。ったく、近藤さん百姓の出だから、そういうところは本当にしっかりしてるよなぁ」

 

 最終的に近藤の笑みに耐え切れなくなった藤堂が、そう言っておひたしを口にした。

 食べた感想は、「あ、これ意外といけるわ」である。壬生菜という素材が元々美味しいせいなのか、それとも作り手が上手かったのか、原田が知る機会はない。

 

 それよりも、と赤衣は原田の言葉に何かを思ったのか、不思議そうにつぶやく。

 

「ん? 近藤殿は武士の生まれではないのでござるか?」

「おおん、なんだ赤衣。お前知らなかったのか? まあ、上洛組じゃなかったら無理もねぇか」

「元々、近藤さんは武士の才能があったらしくて、それを見込んだ試衛館の近藤周助先生が養子にしたらしいすよ」

 

 箸をかちゃかちゃと鳴らして、永倉と原田が言った。

 それを補足するかのごとく、すべての飯を食い終わり爪楊枝をつっついていた斎藤が、続けざまに声を上げる。

 

「ちなみにだけど、沖田ちゃんは試衛館の塾頭。土方さんは地元じゃ有名な元道場破り。そんで、俺たちは近藤さんとこの食客だったってわけ」

「ほー、これだけの食客を抱きかかえるとは、なかなか大きい道場だったでござろうなぁ」

「それがそうでもないんだけどねぇ……近藤さんは、僕たちみたいなはぐれものを抱きかかえるせいで、周辺じゃ貧乏道場主ってもっぱらの評判だったから」

「今思えば、道場も結構ぼろっちかたよなぁ~……ま、なんだかんだで、みんな試衛館時代からの仲間ってわけだ!」

「なるほど、昔ながらの付き合いか。どうりでみんな仲が良いわけでござる」

 

 永倉の締めの言葉に赤衣は、うんうんと頷いた。

 

 状況はどうたったであれ、仲が良いのはいいことである。芹沢一派も仲良しではあるのだが、どうも新見らが芹沢に群がっているように見える。

 対して、この近藤一派は一人一人が仲間を大切にし、近藤を盛り上げようと努力しているのは見ていて気持ちが良かった。赤衣が個人的にどちらの陣営につきたいか、と聞かれれば、彼は迷いながらも近藤一派を選ぶことだろう。まあ、芹沢には芹沢なりの良さがあると思い込むようにしてはいるが。

 

「おい、今日の賄い方は誰だ」

 

 そんな風に赤衣が考えていると、近藤の横で食べていた土方が徐に声を上げた。

 見てみれば、鋭い眼差しで膳の上を睨みつけている。心なしか眉間に皺が寄っているようにも思えた。

 隊士達はそんな土方を見て、言いにくそうに視線を逸らす。

 

「えーと、今日っていうか、ねぇ……」

「あー、ここ最近と言いますかー……」

「ん? 料理なら、そこの赤衣のが来てからは、ずっとそいつが作ってるぞ」

「「っ!? 新八!?」」

 

 斎藤、原田が必死に誤魔化そうとしているのも知らず、無遠慮に永倉が核心をついた。

 土方はそれを聞いてピクリと眉を釣り上げる。元々、伊達男な土方の顔つきは、少し睨んだだけでも相手を竦み上がらせるほど、怖い造りをしているのだ。そんなものを真っ向から向けられた赤衣は、思わず肩を跳ね上げた。

 

「おい、赤衣——」

「な、なななななんでござろう! 某の料理が口に合わなかったでござるか!?」

 

 沢庵が入った小鉢を持ち、土方が立ち上がる。腰にはなぜか食事中なのに脇差が携えられたままであった。

 全員がそれを見て、「あー、死んだな」となんとなく思う。無類の沢庵好きで知られる土方が、神妙な表情をしたまま沢庵を持ったのだ。これから赤衣の未来が明るくなるとは、到底思えない。

 しかし、そんな壬生浪士たちの予想は、次の一言で大きく覆される。

 

「なにビビってやがる……おい、この沢庵もっと作れねぇのか」

「……はい?」

「だから、もっとこれを量産できねぇのかって聞いてんだ」

「……」

 

 時が止まった。

 いや、厳密にはそれを聞いていたみんなの動きがフリーズした。

 ある者は箸を落とし、ある者は口から白米を溢れさせ、ある者は目を丸くする。みんなが一様に土方のセリフへ、ある程度の驚きを示したのだ。

 

「そ、それは、まぁ、大根さえあれば?」

 

 最初にフリーズから立ち直ってきたのは赤衣だった。

 問われた当事者だったということもある。しかし、1番の要因は土方の怖い顔から、少しでも早く解放されたいという欲求からであった。

 

「ふっ、そうか。なら俺が大根を大量に仕入れてくる。だからお前は死ぬほど沢庵を作れ」

 

 赤衣の返答が満足のいくものだったらしく、土方はそう言って男の肩を叩く。今し方までの怖い顔は、まるで仏のように柔らかい好青年の顔へと変化していた。

 だが、そんな変わり身など赤衣には関係ない。

 肩を叩かれた部分を見て、もう一度赤衣は土方の顔を見やる。

 

「え……? いや流石に死ぬほどは嫌でござる」

 

 男がそう言うと、慈愛に満ちた表情の土方が次第に顔を曇らせた。

 

「……副長命令だ。これを大量に生産し、兵糧にする。断れば斬る」

「うわー、正々堂々とした職権濫用。いや、某は隊士じゃないから関係ないでござるが……」

 

 赤衣は諦めたようにため息をついて、「承知」と最後に呟こうとしたときだ。

 ふと、土方の後ろになにかが見えた。

 視線をそちらへと投げてみれば、そこには近藤が絶句した顔をしながら、なにやら声も出さずに口走っている。

 

 ――お願いです、赤衣さん! お願いだから、断ってください! 本当、お願いします!

 

「?」

 

 赤衣が読唇術を身に着けている訳もなく、なにを伝えようとしているのか分からずに首を傾げていると、しまいには近藤は必死で平伏し、なんども頭を下げだした。

 なにかよくわからないが、近藤からも必死にお願いされているのだろうと勝手に受け取った赤衣は、「わ、わかったでござる」と土方の脅しに屈服する。

 当然、それを聞いた近藤が、この世の終わりを聞いたかのように真っ白な灰となったのは言うまでもない。

 

 そんな近藤の奇行すらも遠目で見ていた藤堂が、場を整理するため、首を傾げながら呟いた。

 

「土方さんは、この沢庵を気に入ったんですか?」

「ああ——普通なら沢庵は、炊き立ての白米と食した時こそ美味いとされている。だが、これは単体で食っても絶品だ。いや、どちらかと言えば、そのまま食った方がうめぇまである。そもそも沢庵ってのは、甘みが増すほど美味いと俺は考えてんだが、米やぬかで漬けた沢庵はどうも甘味が」

「あ、そこまでで結構です。長くなりそうなので」

 

 藤堂が片手を翳して止めると、土方は解せぬと言った表情で、自分の席へと戻った。

 

「ま〜ぁ〜? 副長みたいに俺は沢庵信者でもねぇけどよ、壬生浪士もようやく会津藩預かりになった事だし、なあ?」

 

 どこか寂しげな土方を見ながら、永倉が猫撫で声でそう発する。

 その意図に気が付いたのか、沖田も一つ咳払いをしてそれに続いた。

 

「食い扶持もできたことですし、そろそろと、ねぇ?」

「「豪勢にしてもいいじゃねぇか(ないですか)、ご飯!!」」

 

「「いえーい!!」」と、最後に二人は手を叩き合う。

 

 現在、彼ら彼女の食費を捻出しているのは、お世話になっている八木家の者達だ。前借りという体裁はあるものの、ほとんどがご厚意に甘えている状態で、食べられる量には限度があった。

 最初は浪人として参加するだけで、一人30両をもらえるとあった浪士組も、京都残留組が正規の浪士組と別れてしまったせいで頓挫。京都ではなんの後ろ盾もない、拠り所もない残留組浪士たち。芹沢のおかげで、なんとか会津藩とつながることができた今ならば、多少は経済面が改善されてもいいと、みんな思っていた。

 

 だがしかし――。

 

「残念ながら、それは給金が出てからの話だね」

「え?」

 

 ――現実とは無情である。

 

 山南のその一言で、場にいる全員が察したのか、しーんと静まり返った。

 そのせいか、和気藹々とした雰囲気は壊れ、重苦しい空気だけが漂う。

 場の不穏な空気を察知したのか、ようやく白い灰から戻ってきた近藤が、こほん、と咳ばらいをして話を続けた。

 

「まあ、先方も私たちが信頼できる集団かどうか、計りかねているんだろうなぁ。芹沢さんの名で、この壬生浪士組はほとんど体裁を保っているようなものだから」

 

 空気を割るように、そう言ったのは近藤だった。

 少しだけ困ったような表情を浮かべてはいるものの、その凛々しい声に嘘偽りは見受けられない。

 近藤は箸と茶碗を膳に置き、パン! と膝を叩く。

 

「そうだ、丁度良い。みんな聞いてはくれないか? 明後日なのだが芹沢さんと新見さん、そして私とで大阪に壬生浪士の資金を借りに行こうと思っているんだ。あと数名程希望者を募りたいのだが、誰か名乗りをあげる者はいないだろうか?」

 

 大阪といえば、この時代、天下の富の7割が集まったとされる天下の台所である。物流の中心地としても名高い大阪ならば、確かに資金を調達するのに打って付けの場所と言えるだろう。

 こんな悪知恵、誰が発案したのかなど聞かれれば、すぐに芹沢だと分かる。

 だから近藤一派の浪士達は微妙な顔つきをしながら、その呼びかけに答えるか思い悩んでいた。芹沢が企んでいることに、ろくな事はないと思っているから。

 

「あなたも行くんですか?」

 

 沖田はそんな仲間の顔を見渡しながら、赤衣に聞いてみる。

 ここで食事を一緒にしてはいるものの、赤衣は体裁上、芹沢の小姓みたいなもの。となれば、大阪に赴く芹沢と同行しないわけがないと思ったからだ。

 

「ん? あー、そう言えば芹沢殿に何かのお供を命じられていたでござるな。多分、これのことでござろう」

「ふーん……」

 

 案の定、赤衣は何らかの命令を受けていたらしい。

 ほとんど彼が興味を示していないため、曖昧な記憶ではあるが、ほぼ赤衣の大阪行きは確定と見ていいだろう。ならばと、沖田は手を上げる。

 

「近藤さん。私行きます」

「お、そうか。総司が来てくれるなら、あちらも悪い顔はしないだろうな。なんせお前は試衛館一の美人だ」

「もう、やだなー近藤さん! 私が美形なのは今に始まった事じゃないでじゃないですかー!」

 

 親バカとアホ——。

 なんとなく二人を見ていた隊士達から、そんな言葉が出た。

 

「大阪か……なら、俺も付いて行かせてもらう。少し気になることもあるからな」

 

 そんなバカ二人を無視しながら、土方が冷静に告げる。

 こんな状況でも、いつものクールな土方を装えるのは流石と言えた。

 きっと彼はこんな状況に幾度となく立たされたのだろう。沖田と近藤がはしゃいで、それをセーブするような役割に。

 

 痛みを伴わない教訓に意義はない。人は何かの犠牲なしには、何も得る事はできないのだから。

 しかし、その痛みに耐え、乗り越えた時。人は何者にも負けない、強靱な心を手に入れる

 そう、鋼のような心を手に入れる。

 

 土方はきっと、狂戦士になっても、その強靭な鋼のメンタルで理性を保つに違いない。

 

「歳も来てくれるのか。いやぁ、よかった。歳ほど商売に精通してる者はいない。じゃあ、決まりだな。明後日、私や芹沢さん達に、総司と歳を加えた面子で大阪に資金を調達しに行く。その間の責任者は山南さんに一任するとして、みんなそれぞれ職務に励んでくれるな?」

『おう(うす)(はい)!』

 

 そう全員が返事をして、食事は再開した。

 未だに土方は沢庵を噛みながら、変なうなり声を上げている。正直、見ていて気持ち悪いとさえ思った。

 しかし、それよりも赤衣には何かしら勘のようなものが働いているらしい。茶を啜りながら、ため息にもならない短い息を吐いた。

 

「むぅ、何事もなければ良いでござるなー」

「心配しすぎじゃないです?」

 

 沖田はそう言って赤衣を茶化す。

 彼女の中には、大阪で団子を強請ろうという計画しかないのか小声で「だ~んご♪だ~んご♪」と鼻歌交じりに歌っている。

 だからこそ、呑気でいられるわけなのだが、そんな彼女を見て、赤衣も「気にしすぎか」と思うことにした。




アンケート締め切りはとりあえず次話投稿までです。
今のところモブキャラ欄が多いですね〜、なるほどなるほど。
まあ、プロット変更はモブキャラに降格させる奴らの役目を、原作キャラに当てはめればいいだけなので楽です。
ただ、それができないのが近藤とかってだけなんですよね。

と、まあいつも通りに最後、ちょこっとだけ豆知識を置いておきます。

・昔の沢庵
沢庵の始まりは意外と江戸時代の頃から。
臨済宗の僧・沢庵宗彭が考案したという言い伝えがあったりする。
今、スーパーなんかで売られている沢庵と、江戸時代の沢庵の風味は違うらしく、今の方が甘かったり色艶が良かったりするらしい。私は江戸時代の沢庵を食べたことないから、細かいところはわかりません。
と言っても、そんな食事の差というのは色々とあって、寿司なんかも「鮓」や「鮨」と言った違いが、現代と江戸時代であるのです。まあ、これはまた別の機械に詳しく。

永倉、井上、藤堂、原田などの壬生浪士メンバーをオリキャラとして出すか。また、出すとしてとの程度か。(これによって沖田さんの出番が減るとかは無いです)

  • 出さないでほしい
  • 出しても良いけど、モブキャラ程度で
  • 出してほしい
  • めちゃくちゃ出してほしい
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