殺さずの剣客、そして人斬りの君   作:沖田愛好家

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平野屋五兵衛

 ――大坂、今橋。

 

「平野屋五兵衛」と言えば、幕末の世に生きる者で、その名を知らぬ者はもぐりと言っていいだろう豪商だ。

 

 当時の今橋筋といえば、日本中の富が集中する大店の両替商が軒を連ねる、まさに天下の台所の心臓部であった。なかでも、天王寺屋五兵衛と平野屋五兵衛の二大巨頭が道を挟んで堂々と店を構えていた場所は——「天五に平五、十兵衛横町」と呼ばれ、その繁栄ぶりは広く天下に知れ渡っていたという。

 

 この平野屋、元を辿れば姓は高木氏であり、慶安三年*1頃に開業した歴史ある大坂の両替商である。

 その功績は伊達ではなく、享保の飢饉の際には窮民救済に尽力したことで、幕府から家役*2を免除。さらには幕府御用を勤める「十人両替」に列せられた。米価調節のための買米や御用金の下命にも応じ、慶応三年には兵庫商社の世話役に就任するなど、諸藩へ手広く金融活動を行う大坂町人の最高峰に君臨する一族である。

 

 さて、ここで少し歴史の豆知識を挟もうと思う。

 そもそも、なぜ両替屋が儲かるのか?

 十人両替とは一体なんなのか?

 と思った読者も少なからず、いることだろう。

 

 結論から言おう。江戸時代、大坂の両替商は「現代の中央銀行と商業銀行を合体させたような存在」だったからだ。

 

 当時の日本は、驚くほど複雑な貨幣制度を採用していた。

 江戸を中心とする東国は金貨を使う「金建て」。対する大坂を中心とする西国は、銀の重さで価値を決める「銀建て」。

 つまり、江戸と大坂で買い物をしようとすると、今でいう「ドルと円」のように、毎回通貨を両替する必要があったのだ。しかも、金と銀の相場は毎日変動する。この為替手数料と相場ビジネスだけで、両替商には莫大な富が転がり込んだ。

 

 さらに大坂の両替商は、紙の「手形」を発行して現在の小切手のように流通させたり、預金や貸し付けを行ったりと、高度な金融システムを構築していた。

 

 そんな天才的な商人たちをまとめるトップ集団こそが、十人両替である。

 大坂奉行所の指導のもと、本両替仲間の行司から選ばれた代表たちで、最初は天王寺屋五兵衛ら3名からスタートした。その後、時代の変化とともに鴻池やこの平野屋などが加わり、最終的に10名体制となったことからその名がついた。

 彼らは幕府の公金を扱い、大名たちに巨額の大名貸し(融資)を行うなど、国家レベルの経済を裏で牛耳る最強の金融エリートだったのだ。

 

 ——だが、どんなに富を築こうとも、彼らは法的には「町人」に過ぎない。

 

 この時代、慢性的な大赤字に苦しむ幕府や諸藩の武士たちにとって、大坂の豪商は格好の財布だった。

「日本の富の七分は大坂に、大坂の富の八分は今橋にあり」といわれるほどの繁栄を誇る場所。

 必然、そこへは金に困った武士が群がり、目をつけた商家から強引に金を巻き上げる、押し借りが横行した。貸したという名目の、実質的な強奪である。

 

 商家側も黙って見ていたわけではない。町奉行所に「なんとかしてください」と泣きついた記録は多々残っている。しかし、お役所は後難を恐れて「民事不介入」を貫くだけ。豪商たちはただ、天災に遭った農家のように泣き寝入りするしかなかったのだ。

 

 そんな、金がすべての歪んだ世情を背景にして——。

 活気と警戒が入り混じる大坂の大通りを、一際異彩を放つ集団が歩いていた。

 

 先頭をゆくのは芹沢鴨、近藤勇、新見錦の三局長。

 その後ろを沖田総司や赤衣たちが固め、最後尾から土方歳三が鋭い視線を光らせる。

 

 今回の目的は、言うまでもなく軍資金の調達。平たく言えば、平野屋への御用金の無心である。

 そのためか、彼らは全員がそれなりの軽装であり、あろうことか先頭の芹沢に至っては刀すら腰に差していない。

 押し借りの不逞浪士と間違われれば、門前払いを食らうのは必至。刀を持ったまま店に入るだけで強盗扱いされるご時世だからこその、手ぶらであった。

 

「平野屋での資金調達、上手くいきますかねー」

 

 悪い現状が重なっているせいか、赤衣に並び立つ沖田がそのような弱音を吐いた。

 彼女としても、外部で資金調達をするのは初めてのことである。試衛館時代、経営が傾いていたことを思い出せば、金の手に入りにくさは一塾頭ながらも重々承知していた。

 しかし、それに対して芹沢は嘲笑ってみせる。

 

「ふっ、もしかして総司君は心配性かな?」

 

 大人の余裕というやつなのか。はたまた、天狗党時代から横暴なことをしてきた経験というやつなのか。

 そう言う芹沢に焦りは一切見受けられない。

 

「十人両替の一人であれば、それなりに泡銭も溜め込んでいることだろう。我らは精忠の志士。きっと円満に話を進められるさ」

「……そんな簡単な話とは思えませんが」

 

 芹沢の持論を聞いても、やはり釈然としない沖田は唇を尖らせた。

 どちらにせよ、彼らはここで資金調達をしない限り未来がない。武器を整えるにしても、隊士を増やすにしても、まずは活動資金となる元手がいる。

 大体、会津藩預かりとなった今でも、それらに対する助成金は国から一切出ていないのだ。であるならば、自分たちで集めるしか道がないのは誰もが周知していた。

 

「総司が心配する気持ちは分かるが……こちらが義をもって説明すれば、あちらも義をもって応じてくれる。私はそうなると信じているよ」

 

 近藤も芹沢の言葉に暗い顔はしたものの、概ね上手くいくのを願うよう声を絞り出した。

 とはいっても、この近藤勇は一代で試衛館を貧乏道場にした一端だったりするわけだが。

 そのことを知っている沖田は、無意識に長い息を吐く。

 

「まあ、近藤さんには最初から期待はしていないとして……「なぜだ、総司!?」そっち側で何か策とか用意してあるんですよね?」

 

 沖田のその尋ねに、ピクリと眉を釣り上げたのは新見だった。

 

「当たり前だ。芹沢先生が無策で資金調達をするわけがないでしょ」

「ふーん。そうだと良いんですけど……」

 

 聞きたかったのは具体的な策の内容だが、新見の反応からして沖田らには教える気が無いらしい。芹沢も沖田の問いかけに何も言わず、鉄扇で肩を叩きながら闊歩している。

 そのため、沖田はこれ以上、問い詰めても意味がないと判断。すぐさま会話の対象を前方から横へと切り替えて、未だ視線を方々へと投げている赤衣の男を見た。

 

「あなた、ずっとそうしてますけど、なにか探してます?」

 

 赤衣は己に尋ねられているのだと気づき、沖田の顔を見て、頬を掻く。

 

「いや、勇坊と為三郎にお土産を強請られたので、何かいい物は無いかなと物色していたでござるよ」

「ふーん。仲良いですね、あの子たちと」

「沖田殿もそうでござろう? 休日には、近所の子らとも遊んでいると聞いたでござる。可愛い坊主たちでござるなぁ」

「その割には、変な関節技を極められてましたけどねー、あなた」

 

 沖田はそう言って「ふふふ」と笑った。

 育ち盛りのやんちゃ坊主。こんなお人好しが目の前にいたら、そりゃ好き勝手してしまうのも当然である。

 

 一向らがそうやって思い思いの会話をしていると、気がつけば平野屋の屋敷が見えた。両替商というのは中々に良い店を構えているらしい。大阪の中でも、これほど立派な屋敷はないであろう、大きさだ。看板には平野屋の威厳を示すためか、でかでかとした文字で「両替」と書かれている。出入口と思われる格子の引き戸には、目線部分に青い暖簾が掛かっており、中から座って見ると、外が眺められるよう設計されていた。

 

「ここが平野屋か——近藤たちは不慣れなようだし、私がまず話をつけてこよう」

 

 芹沢は愛用の鉄扇で平野屋の看板を指すと、そのまま含み笑いを浮かべた表情で、店の入り口へと出向いた。

 近藤はそれに対し「お願いします」と正直に言う。どれだけ鼻につく言い方をされたとしても、彼は自分のことをぞんざいに扱ってしまう人間だ。芹沢が遠回しに馬鹿にしてきたとしても、それは変わらない。「どうでも良いことだ」「至極当然のことだ」と、素直に受け入れる。

 

 しかし、近藤自身がそうであるからと言って、他の人間もそうであるとは限らない。近藤のことを大切に思っている者は、少なからず芹沢の言動に腹を立てるであろう。

 いつもであれば、それが土方の役目だったりするのだが、なぜか、この瞬間だけは土方から芹沢への嫌味が飛ばなかった。

 

「……どうしたんですか、土方さん」

 

 可笑しいと思った沖田が、大阪に来てからずっと黙っている土方に声をかける。

 土方は試衛館時代から共に過ごしてきた仲間だ。近藤よりも長く付き合いがあるとまでは言わないが、それなりに時間をともに浪費してきた人物である。彼の言動がおかしいことに、沖田が気が付かないはずもない。

 

「いや、少し気になってな……。おい、芹沢さん。あんたが平野屋に入る前に、少し下から店の中を覗かせてもらうぜ」

 

 沖田に問われた土方は、そのまま前方にいる近藤たちを押し退けて、出入口前に立つ。そうして、その偉丈夫を鬱陶しそうに感じながらしゃがみ込み、すーっと格子の間から店内を覗き込んだ。

 

「……ちっ、どうやら嫌な勘は当たったらしい」

 

 軽く舌打ちを繰り出したあと、そのまま土方は近藤に目配せした。

 

「可笑しいとは思った。水を履いた後の地面に足跡があるが、どれも店に入っていくものばかりだ。しかも集団で、左足の跡だけ深めになっていやがる」

 

 店内に入っていく足跡——それは言葉のままを意味しており、入っていった形跡はあるが、出て行った形跡は無いということ。

 次に左足だけの跡が深めに残っている。これは、左足に重心が傾いている証拠。つまり、脇差を携えた集団が、平野屋に入ってからまだ出てきていないといぅことである。

 土方のそれを聞き、近藤と沖田、それに赤衣の男も違和感を察知したらしく、彼と同様、下の格子の隙間から店内の奥を見た。

 

「不逞浪士か?」

「ええ、どうやら押し借りされている真っ最中のようですね」

「数は八人でござるな」

 

 近藤、沖田、赤衣が続け様に言う。

 彼らの目に飛び込んできたのは、格子の引き戸を隔てた平野屋の中。そこで大柄の武士八人が、小柄な童と気の弱そうな男一人を取り囲んでいるところだった。

 見るからに穏やかな雰囲気じゃない。大柄の武士の中には、何人か血のついた鞘を装着している。

 人を斬ったことがある証拠——気性が荒そうなのが見て取れた。

 

「お、おお侍様ぁ! 何卒、お許しください!」

 

 気の弱そうな男が、土間の地面に額を擦り付けそう叫ぶ。

 どうやら事態はそこまで切羽詰まっているらしい。武士集団の一人が、重たそうな巾着を手に気色の悪い笑みを浮かべていた。

 

「安心しろォ。この金は国のため、我らが使ってやる」

「し、しかし! 100両などという大金!!?」

「——やかましいっ」

「うぐぅっ」

 

 口答えをした男が、巾着を持った男に腹部を蹴られた。

 力加減などしていないらしい。蹴られた男は咽び、唾液と胃の中の物を地面に撒き散らしてしまっている。

 

 ——なんて酷いことを。

 

 沖田も、近藤も、赤衣もそう思った。今すぐ彼らを守らなければ、あの不逞浪士たちがつけ上がってしまうのは一目瞭然である。下手をすれば、あの血塗られた鞘から刀身が飛び出しかねない。

 

 ——そうなるより早く平野屋に突撃しなくては。

 

 そう思った二人の言動は、しかし、次の武士集団の言葉によって止められる。

 

「貴様、公方様のために身を粉にして働く我ら精忠の士に、協力できぬと申すのか? 貴様らが外敵相手に不正な商いをしているのは、知っているのだぞ?」

「そ、そんな! 決してそのようなこと……!!」

 

 公方様のため……つまり徳川将軍のために働いている武士。

 それはつまり、壬生浪士と同じ志を持つ人間たちであり、しかもその人間たちが、平野屋は外敵と密かに繋がっている非国民だと言ったのだ。

 これに関しては何の証拠もない。

 もしかしたら、武士集団が適当なことをでっち上げている可能性だってある。

 

 だが、もしこれらが本当だった場合。壬生浪士が彼らの邪魔だてをしたとあれば、隊はすぐさま破滅してしまうことであろう。その危険性を、近藤と沖田はこの一瞬で理解してしまったのだ。

 そんな二人の反応を見た芹沢は、なんの反応を示すこともなく、立った状態では視界を塞ぐ青い暖簾を剥ぎ取った。

 

「返せや……」

 

 沖田と近藤が蹈鞴を踏むと、気の弱そうな男に庇われていた小供が武士集団を睨んだ。

 

「あ? なんだ、童。その眼は?」

 

 武士集団の一人が小供に尋ねる。

 いや、これは尋ねるというよりも、睨み返していると表現するべきかもしれない。

 その視線に小供はとうとう我慢の限界が達したのか、倒れ込んだ男を庇いながら、喉をはち切らさんばかりに叫んだ。

 

「これは高木様の大切な金や! あんたらみたいな小汚い泥棒に渡すもんと違う!」

 

 ピシリと場が凍る。まるで極北の大地に裸一貫で立っているような感覚だ。

 それなのに小供は引くことをしないらしい。額には脂汗を滲ませ、拳は真っ赤になるまで握り込まれている。いつ斬られたって文句が言えない。いや、文句が言わせられないような死に体になると言うのに、それでも小供は武士集団を睨むのをやめなかった。

 

「小汚い泥棒だと!?」

「貴様、我々に向かって何を言ったか分かってるのか!!」

「ひ、ひぃぃぃ、どうかお許しを! この子はまだ幼いんです! 多少の無礼には目を瞑ってくださいませぇ!!!!」

「なぜ頭を下げるんですか、番頭! 俺は間違ったこと言ってへん! こいつらはただの泥棒や!」

 

 怒号が響き渡る平野屋。それを聞きつけて、段々と人が集りだしたらしい。いつの間にか、中を覗ける引き戸の周りには、大勢の町人と近藤・芹沢一向でひしめき合っていた。

 

 流石にこの状況はどうにかした方がいいと、その気持ちだけが近藤たちに積もっていく。

 けれども彼らと対立することが誠に正義なのか、どうなのか。こういった状況に不慣れな近藤はそれを計りかねて、横にいる芹沢を盗み見た。

 しかし、芹沢は芹沢で何も言わず、無表情のまま平野屋の中を見つめている。その態度に彼の思惑が見て取れない。

 

「ほーう……よほど活きがいいらしいな、小僧」

 

 巾着を持った武士が、気の弱そうな男と仲間を押しのけて、小供の目の前にしゃがみ込んだ。

 小供と武士。両者の視線が交わされる。

 小供の目つきは未だに緩和しておらず、それどころか鋭さは増したように思えた。それなのに、武士は慣れない手つきで小供の頭を撫で、「珍しい奴」と笑ってみせる。

 それを見た野次馬も、気の弱そうな男も安堵のため息を漏らした。どうにか落ち着くことができたかもしれないと、そう期待した。

 

 けれど、そんな訳など無かった。

 

「ふっ、小供一人くらい殺しても構わんな——殺れ」

 

 その号令とともに、武士集団の鞘から明らかな殺意が解き放たれた。ギラギラと光る刀身は、まさに死を象徴した凶器。誰も抜刀命令が降ったことに疑問を抱いていないのは、彼らがそれ相応の経験を踏んでいる証拠だった。

 

 武士集団全員が、待っていましたと言わんばかりに舌なめずりし、全員が小供に向かって刀を構える。誰かが歯止め役にならなければ、平野屋の中はすぐさま地獄と化すであろう。

 ここにきてようやく近藤も腹を決めたらしく、握り拳を固めた。

 

「幕府側と思い、ある程度の狼藉は見守ったが、流石にこれは止めるしかない……いくぞ、総司、歳!」

「当たり前です。あんな小さな子供に刀を向けるなんて、許せないので」

「ああ、任せろ」

 

 三人がそう意気込み、平野屋へ突撃するため引き戸に手をかける。

 ——が、そんな三人を止める者がいた。

 

「待ちたまえ」

 

 引き戸に手をかけた近藤の手を、芹沢が握って抑える。

 先程と同様、芹沢に表情の色はない。怒っているのか、喜んでいるのか、悲しんでいるのか、憂いているのかも分からない。

 それを見た沖田は、怒りに呑まれた顔をして芹沢を睨んだ。

 

「なんで止めるんですか、芹沢さん。理由によってはあなたと言えど、容赦しませんよ」

 

 カチャリ——沖田は己の愛刀で鯉口を切る。

 その手を離さなければ、即座に切るという脅しだ。

 けれど、そんなもの芹沢には赤子の癇癪くらいどうでもいいことだった。何故なら芹沢の目の前にいる女は、未だに人を殺したことがない生娘である。人斬りとして大成した沖田であるならばいざ知らず、目の前の生娘程度の睨みに竦む芹沢ではなかった。

 

「君たちでは力不足だ。そもそも、総司君も土方君も、まだ人を斬った事がないだろう?」

「っ、それは……」

 

 芹沢の言葉に沖田だけは言葉を詰まらせた。

 殿内暗殺を失敗している沖田としては、これに反論できる材料を持ち合わせていない。「次も斬れないのでは」と聞かれれば、「そうかもしれません」と答えるしかなかった。

 

「関係ねぇ。人を斬ったことがなくても、鍛錬は積んでんだ。ここであれを見逃すくらいなら、俺は鬼にでもなってやる」

 

 だが、言葉を詰まらせた沖田とは違い、土方がそう芹沢へ突っかかる。

 明らかな殺意を芹沢に向けているところを見る限り、彼は沖田よりも容赦がない。そもそも気に食わない相手に止められているのだから、彼からしたらここで言うことを聞く義理など微塵も無かった。

 それが芹沢にも伝わったのだろう。芹沢は近藤の手をはなし、もう片方で持っていた鉄扇を開いて己を煽ぐ。

 

「ふ、その意気やよし。だがね、人を斬った事がないと言うことは、手加減の仕方もしらないということだ。我々としても幕府側の同志を殺したくはない」

「じゃあ、どうしろと?」

「言っただろう、力不足だと。こういう人助けに滅法慣れた男がいるではないか」

「っ」

 

 芹沢がそれを言い終えるより前に、沖田はその滅法慣れた男が居た場所に視線を移した。

 だが、既に赤衣の剣客の姿はない。気の弱そうな男が蹴られるまでは一緒に見ていたはずなのに、音もなくいつの間にか消えていた。

 芹沢はそんな消えた赤衣の剣客に向けて笑みを溢す。

 

「——お前たち、その辺にしておくでござる。相手は童でござるよ」

 

 平野屋の中で声が響いた。

 いつの間に中に入ったのか、どこから入ったのかはわからない。けれど、赤衣は子供と倒れた男を庇うように立っていた。

 刀をまだ抜いていないところを見る限り、戦うつもりは今のところは無いらしい。できる限り穏便なやり方で場を鎮めようとするのは、男らしいと言えば男らしかった。

 

「なんだ、貴様?」

 

 そう問いかけた武士集団の一人が、赤衣の剣客の刀を見る。

 他の武士たちもそれに釣られて男の得物を確認し、口の端をニヤリと釣り上げた。

 一眼見ただけで、使い込まれているのが分かる鞘と柄。それなりの場数を踏んでいることなど、武士集団が察するにはあまりにも簡単すぎたのだ。

 

「ふん、あんたも武士ならば、この童がしでかした事くらい分かるであろう? 童であろうと、女であろうと、武士を愚弄するものは皆斬り捨てだ」

 

 巾着を持った武士が誇らしげにそう説いた。

 確かに、公事方御定書には切り捨て御免——無礼討ちについての記載がある。けれどそれは、正当な理由があった時だけ適用される法律だ。実際には、正当な理由の実証などこの時代では難しく、武士の斬り捨てが横行することなどほとんどない。

 それ故に、この武士が言っていることはただの詭弁であった。妄言と言っても差し支えがないかもしれない。

 それを誇らしげに語る時点で、武士として品位が知れるというものだが、赤衣はそれよりも、もっと根本的なことに不満を抱いてた。 

 

「何を言い出すかと思えば……お金を巻き上げて、子供に刀を向けるのが武士のする事か?」

「——なに?」

「某の知っている武士と、お前達の言う武士とはどうも違うようでござる」

 

 呆れたようなため息。

 馬鹿にしているわけではない。けれど、馬鹿にしたようため息。

 赤衣からすれば、心の奥底より這い出た本音であるのだが、武士集団にとってはそれが余計に貶されたと感じる要因となった。

 

「っ! なら、貴様の言う武士とやら示してみせろ! その矮躯と刀でな! やってしまえ!」

 

 そう命令した巾着の武士を除き、他7名の武士が小供、気の弱そうな男、赤衣を狙って刀を振り下ろした。

 鍛錬された剣筋なのは分かる。外野となった土方や沖田からして見ても、武士集団がそれなりの使い手集団であることは理解できた。

 

 それなのに、だ。

 

 それなのに赤衣は抜刀した瞬間、その7名をたった7回刀を振っただけで、瞬時に叩き倒した。

*1
1650年

*2




たらりありあらー
たらりらーたらりらー

もっと沖田と赤衣を全面に出したいなと思う今日この頃。
もう二話は終わりそうなので、三話以降のプロットを修正して、沖田成分と赤衣成分を増量中。
芹沢が主役みたいになってしまっては、元も子もないので!
まあ、第一章は芹沢も沖田と赤衣に次ぐメインキャラですけど。

そんなこんなでちょこっと豆知識ー
と言いつつ、今回の話では最初の方に垂れ流ししましたけど。

・両(お金)
みなさん一度は疑問に思いませんでしたか?
1両って現代でいう何円なんだよって。
簡単に言うと、これはすごく難しい問題です。なぜなら、1両はふつーに◯円だとは言い切れないから。その理由は、少し考えてみれば当然のこと。昔と今で、全く同じ値段差のものはほぼないからです。もっと略して言うと、「今と昔の米の価値は違うよね。今と昔の大工の賃金は違うよね。この二つの価値の差って違うよね」と言うこと。
18世紀においては、米価で換算すると1両約6万円、大工の賃金で換算すると1両約35万円となるらしい。なので、1両あたり大体10数万程度の価値があるのかな〜と思ってくれればいいと思います。

永倉、井上、藤堂、原田などの壬生浪士メンバーをオリキャラとして出すか。また、出すとしてとの程度か。(これによって沖田さんの出番が減るとかは無いです)

  • 出さないでほしい
  • 出しても良いけど、モブキャラ程度で
  • 出してほしい
  • めちゃくちゃ出してほしい
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