殺さずの剣客、そして人斬りの君   作:沖田愛好家

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五右衛門風呂

「あぁぁ〜……生き返りますねぇ〜……」

 

 疲れを吹き飛ばす方法は千差万別だと、湯に浸かる沖田は考える。

 

 食事が好きな人であれば、きっと何かを食している時に疲れが吹き飛ぶのだろう。また、歌を詠むのが好きな人なんかは、その歌を披露している時に疲労感が消えるのかもしれない。

 

 人間は皆、日々なにかに追われている。それが仕事であれ、生活上の営みであれ、何もしない人間というのはこの世にいないからだ。当然、沖田だって日々の稽古に加え、最近では八木邸や近所の子供と遊ぶことが多くなった。この間なんか、町の川に子供や赤衣と出向いて釣りなんかをした。その時に釣れた魚を、赤衣が調理してくれたのは、まだ彼女の記憶に新しい。

 

 沖田は赤く染まる夕焼けを見上げる。今日もこうして1日が終わるのだ。空には、一筋の黒い斑点模様を作り上げる鳥の群衆が見えた。もしかしたら、彼ら彼女らは巣に帰っているのかもしれない。そう思うと、なんだか笑みを零さずにはいられなかった。

 

「んぁ〜……蕩けるぅ……」

 

 風呂桶に背中を預けながら沖田は甘い声を出す。

 

 彼女がいま入っているのは、五右衛門風呂と呼ばれる文字通り「風呂」だ。かまどの上に釜を置き、その表面に板を取り付けて風呂桶として機能させる。当たり前だが、底は直接熱せられている釜なので熱い。そのため、普通は底板などを入れて足場にするのだが、沖田は面倒だということで、下駄を履いたまま入浴していた。

 

「湯加減はいいでござるか?」

 

 かまどで火力の調節をしている赤衣がそう尋ねる。もくもくとかまどの入り口から出てくる煤のせいか、頬は若干黒くなっていた。

 

「すごく良い感じですともぉ〜……ぶくぶくぶく……」

 

 そう言って沖田は口元まで湯に沈めた。体温が十全に温められているのは、体に触れなくとも分かる。とろけるような湯加減は、差し詰めほろ酔い気分といったところであろうか。

 

「でも本当に良かったんですか? 私が入って」

 

 沖田は火の番をしている赤衣へ、申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 そもそも、なぜこの二人がこうして五右衛門風呂に集まっているのかというと、話は少しだけ遡る。と言っても、そこまで深い話ではないのだが。

 

 いつも通り、赤衣は誰に頼まれたわけでもなく洗濯に勤しんでいた。

 今日は量が少なかったせいか、意外と早く終わってしまった彼。どうせだと、八木家の人の分まで洗濯をすることにした。

 それを見た八木家当主が、いつもお世話になっているお礼として、風呂を提供したのだ。汗水たらして頑張ってもらった対価としては、この時代、中々に気の利いた考えである。しかも、風呂に入る際には、奉公人を使って火の番をさせても構わないとまで言われた。

 

 しかし、赤衣の男は「そこまでは……」と言って断る。別に対価が欲しくてやっているわけでもないし、自分が勝手にやったことに対して報酬をもらうというのは、彼自身の気が引けたのだ。

 

 八木家当主もそんな赤衣の気持ちは察したのか、一度は引き下がる。

 けれど、「恩人に対し何もしないわけにはいかぬ」と、風呂で疲れだけは取るよう言い立てた。他人からの強い主張を無碍にできない赤衣は、渋々それに了承。奉公人は使いたくなかったので、己の手で水を溜め、火を起こし、水を沸かした。

 

 いざ、湯ができてみれば、赤衣はそこで頭を抱えた。彼はこういった露天風呂や、他人に裸を見られる場所を極端に避ける傾向がある。そのため今回も、風呂の準備はしたものの、やはり入ろうとは思えなかった。

 でも、入らなければ燃やした薪が全て無駄である。薪だってそれ相応の労力を消費して得られる消耗品だ。誰も入らない風呂のために使われたとなっては、赤衣としても心苦しい。

 さてはて、どうしたものかと考えていると、ちょうどそこに稽古終わりの沖田が通り掛かった。相変わらず、容赦ない稽古を繰り広げているらしい。隣にいる藤堂がぐったりとした様子で歩いていた。

 赤衣はそれを見て、藤堂と沖田を出来上がった風呂に入れようと考え、誘った。勿論、二人はすぐさま了承……と思いきや、予想外にも二人はその誘いに難色を示した。

 藤堂は稽古による疲れから入浴を拒否。沖田は五右衛門風呂の何が良いのか分からないという偏見で拒否。

 流石の赤衣も、沖田の理由には納得がいかず、半刻ほどかけて五右衛門風呂の良さを熱弁し、今に至るわけだ。

 

「あ、言い忘れてましたけど、立ち上がったら殺しますからね?」

「ははは、そんな事しないでござるよ」

 

 回想が終わったところで、沖田の鋭い言葉に赤衣は、「まさか」と言いながら笑ってみせた。

 彼も一応は中性的な顔立ちはしているものの、中身は歴とした男である。江戸時代の混浴は現代よりも抵抗が薄かったとはいえ、それでも恥じらいを持つ乙女はいる。沖田が嫌だというのであれば、決して裸は見ないし、見ようともしないのが常識的な行いだと赤衣の剣客も考えていた。

 

「それにしても、私はずっと鉄砲風呂が一番と思っていました。でも、あなたに言われた通り、五右衛門風呂も捨て難いですね〜」

「江戸では鉄砲風呂が流行ってるのでござるか?」

「ええ。よく、姉さんや筆さんに入らされましたよー。『宗次郎は女の子なんだから』って」

「微笑ましいでござるな」

 

 赤衣の剣客がそう笑うと、思い出しように沖田が片腕を振るう。

 

「私が上がったら、あなたも入ります? 代わりますよ火の番」

 

 その提案に逡巡する赤衣。

 だが、人前で入るのを拒んだ末に沖田たちを誘ったのだ。今更、五右衛門風呂に入ろうとは微塵も思わない。

 

「んー、某は行水で構わんでござる」

 

 男は首を振りながらそう答えると、沖田は不満げに頬を膨らませた。

 

「えー、今度いつ入れるか分かりませんよ? 江戸と違って京は湯屋が少ないんですから」

「残念ながら、某はあまり他人に見せられる体をしてないのでござるよ」

 

 ふと沖田の視線が赤衣の体へと這う。

 謙遜するほど醜い体格はしていないだろう。和服の上からもわかるとおり、赤衣の男は中々に引き締まっている体をしていた。

 

 それでも裸体を見せることに抵抗するということは、その下に何か人に言えぬモノが存在しているということ。誰しも他人には言えない秘密は一つ二つ持っているものだ。そのため、沖田もそれ以上強く言うことはしないでおいた。

 

「ま、そう言われると何も言えませんね」

「すまない、気を使わせて」

「いいえ、私の方こそすみません」

 

 沖田がそうして肩を竦めると、不幸にも拍子に下駄が脱げた。

 当然、下駄が脱げれば沖田は一糸纏わぬ素足である。稽古によって鍛えられた分厚い皮も、直接熱せられている釜に触れれば尋常じゃない熱さが伝わってくる。

 

「熱っ!!」

 並々ならぬ条件反射ですぐさま下駄を履き直した沖田。

「大丈夫でござるか!?」

 そして、その声に反応し、思わず立ち上がってしまった赤衣の剣侠。

 

 この二人の行動が重なってしまった時、どうなるかなど誰でも容易に想像ができた。

 

「ふー……もう大丈夫です。いやー、驚きましたよ。五右衛門風呂の底ってこん、な、に……」

 

 描写するまでもない。沖田の声は次第に萎んでいき、目の前にたたずむ男と視線があった。

 視線が合うだけならまだいい。ただ、赤衣の視線は沖田よりも上にあったことが問題なのだ。

 見上げ見下ろす関係。当たり前だが見下ろされているのは沖田である。

 

「あ、あのこれは……事故でござるよ?」

「覚悟はいいですか?」

「か、覚悟って、某は別にわざとでは——」

 

 歳をとるごとに肥大化していく体の一部を隠し、沖田はすぐさま————————

 

「天誅!!」

「ぐへぇ!!」

 

 一言で言えば「一撃必殺」である。

 赤衣の剣客は、地上最強の生物ですら見惚れる鮮やかな殴打で倒された。

 

「もー、知りません! そこで地べたでも舐めながら反省してください!」

「うぅー、すごい力でござるなー……」

 

 目をくるくると回す赤衣の剣客に、ベーっと下瞼を捲る沖田。

 赤衣の男は、数瞬前の光景を記憶から消すためにも、そのまま流れるように意識を奥へと沈めた。目を覚ました時、さっきの光景が脳裏に染み付いていたら、きっと沖田にもう一度殴られるからだろう。だがそれは、彼女にだって女性らしい部分が残っていることの証明でもある。赤衣の男はその事実が少しだけ嬉しかった。

 

 

 

 

― 壱 ―

 

 さて、意識を刈り取った側の沖田と言えば、もう暫く湯で疲れを取ることにした。グッと背筋を伸ばし、そのままゆったりと背中を風呂桶に預ければ、気の抜けた声が出る。

 

 元々、彼女は男に囲まれて生きてきた人間だ。彼女の周りにいた女といえば、実の姉であるみつや近藤の養母と嫁さんくらいである。試衛館で1日の大半共にいたのは、何を隠そう近藤や男の弟子たちだ。

 

 だから男には慣れている。多少の問題で取り乱したりはしない。

 そのため、何故自分がこんなにも刹那的に怒ったのか、少女は分からなかった。

 

(別に裸くらい近藤さんにも見られることあるんですけどね……なんででしょ?)

 

「あ、沖田ちゃん発見」

「斎藤さん?」

 

 湯でだらけていると、後ろから斎藤に声を掛けられる。

 首だけ回してみれば、彼はいつもの軽装でよっと手をあげていた。

 

「ごめんな、入浴中に」

「いえ、構いませんよ。それより何かあったんですか?」

 

 自分を探していたであろうことは、さっきの斎藤の台詞で沖田も察していた。そのため、何か問題でも起こったのかと思案する。

 けれど、そんな沖田を否定するように、斎藤は首を小さく横に振った。

 

「近藤さんからみんなへ話があるってさ。芹沢さんもいたから、壬生浪士組としての話だと思うね」

「壬生浪士組として? うーん……分かりました。着替えが終わったら、すぐ行きます」

「そうして頂戴」

 

 沖田は近くに用意していた白布を体に巻き、五右衛門風呂から出る。湯に長く使っていたせいか、体の至る所から白い湯気が出ていた。

 ほっと熱気の篭もった息を漏らし、自慢の黒髪に滴る水を乱雑に振り払うと、斎藤がじっとあるところに目を向けていたことに気が付く。

 

「……ずっと聞きたかったんだけど、なんで彼は倒れてるわけ?」

 

 いつもの剽軽な態度ではなく、そこそこの苦笑いを浮かべた斎藤の質問。

 その問いに沖田は、

 

「……獣だったからです」

 

「え? なんて?」

「べ、別にいいじゃないですか、この話は! ほら、斎藤さんも早く行きますよ!///」

 

 食い気味という言葉では足りないくらい必死な沖田に、斎藤は悪戯心が芽生えたらしい。眼を細め口角をにやっと釣り上げれば、くすくすと幼児のように斎藤は笑った。

 

「いやいや、沖田ちゃんがなんでそんな顔真っ赤なのか、僕気になるなぁ」

「斎藤さん!///」

 

 その叫び声は、夕焼けとともに静かに色褪せた。

 

 

 

― 弐 ―

 

 

 八木邸の一室にて、一つの声が響き渡る。

 

「みな、聞いてほしい。明日、会津中将様が私たちに御接見してくださることとなった。そこで、壬生浪士組全員で京都職本陣へ出向くこととする」

 

 そう発したのは近藤であった。はきはきとした艶のある声だ。彼としても、会津中将に会えるのを心待ちにしているのだろう。何を隠そう会津は壬生浪士組を召抱えている藩である。その中でも会津中将である松平容保は、昨年に京都守護職を拝命している大役人であった。

 

「すごいですね。私たちもとうとう正式に認められたと言うことですか」

 

 近藤の発言で、聞いていた壬生浪士たちが歓喜の声を上げる。

 

 壬生浪士は決して身分が高い者たちの集まりというわけではない。土方や近藤は生まれつきの武士ではないし、沖田なぞそもそも女である。会津中将と言った大物に会える機会など、一生訪れないと思っていた矢先の報であった。

 

 浮き足立つな、という方が無理である。

 特に近藤は、幕府のために命を捧げると決めた会津中将に憧れを抱いてすらいた。

 

「お前ら落ち着け。まだ話は終わってねぇだろうが」

 

 比較的落ち着きを払っている土方がぴしゃりと場を静めた。

 会えるとわかっただけでこの盛り上がりよう。実際に会津中将の前へ出向いた時のことも考えると、メリハリを付けさせるのは大事である。

 近藤も自身の不甲斐なさに気がついたのか、「んんっ」と咳払いをして平静を保つ。

 

「そこでなんだが、折角、会津中将様にお目通りが叶うのだ。皆で上覧試合を行おうと思うのだが、どうだろう?」

 

 降って湧いたような機会。これを逃す手はないと、壬生浪士の幹部たちは考えていた。

 

「へー、なんか面白そうじゃない? 僕たち壬生浪士としても堅苦しい話し合いより、気楽な試合の方が好きだしさ。会津中将様だって、僕たちの事を見たいんでしょ」

 

 斎藤が手足を伸ばしてそう言う。

 そもそも、ここにいる大半の連中は弁よりも剣が立つ集団だ。山南のようにどちらもできる人間は稀有である。格式張った挨拶をするよりも、剣を2、3振るった方が京都守護職としても喜ぶだろう。

 その考えに土方も同意しているのか、彼は頷きながら壬生浪士の面々を眺めた。

 

「斉藤の言う通り、ただ出かけていって挨拶をするだけってのもつまらねーだろう。試合の組み合わせも決めてある。まず第一試合は俺と藤堂だ」

 

 じろっと見つめられる藤堂。並の女であればくらっとしてしまうその強い眦に、藤堂は逆に笑みを引き攣らせた。単純に怖いのである。

 

「僕が土方さんと? 勝っても殺されませんよね……?」

「いま死にてぇなら、殺してやるが?」

「あ、なんでも無いです。すみません、調子に乗りました」

 

 土方の冗談か本気かも分からない声のトーンに、流石の藤堂もたじたじである。

 

「第二試合は永倉と斎藤」

 

 続け様に発表されたのは第二試合の面子。

 永倉、斎藤と言えば、壬生浪士の中でも沖田と並び最強格として知られていた。そのため、この対戦には全員が注目せざるを得ない。どっちが強いのか、果たして最強はどっちなのか、そんな疑問が彼らを注目の的へと変じさせた。

 

「へー、僕と永倉さんねぇ」

「斉藤が相手たぁ、中々面白い組み合わせしてくれるじゃねぇか」

 

 だが、当の本人たちはそんな視線など知ったことではないらしく、静かに笑みを深めるだけだった。

 

「最後が山南と沖田、てめぇらだ」

 

 土方が紙に書いた対戦表を見せながらそう告げると、沖田はきょとんとした表情になる。まさか自身が上覧試合に抜擢されるなど思ってもいなかった。

 しかも、相手は山南。過去に他流試合で近藤に敗れているとはいえ、北辰一刀流の免許皆伝者としての実力は伊達じゃない。斎藤や永倉は華々しくその実力を知られてはいるものの、山南に関しては底が知れなかった。

 

「お手柔らかにね、沖田君」

「はい……でも、手加減はしませんよ」

 

 獰猛な笑みを浮かべる沖田。

 赤衣に敗れてから、彼女の剣技は日々磨きが掛かっている。その実力を確かめるためにも、山南との試合は沖田にとって僥倖であった。

 

 一通り、上覧試合の組み合わせを発表し終えると、最後に近藤がこう締め括る。

 

「我々が会津の方々にどう評価されるかは、試合の内容如何に掛かっている。みんな、気を引き締めて稽古に励んでくれ」

『承知!』

 

 一寸違わず発せられた声。全員が全員、明日という日を待ち望んでいるのが分かる。

 けれど、そんな輪を乱すかのように、先刻からずっと黙っていた芹沢が徐に口を開けた。

 

「待ちたまえ」

 

 年端も行かぬ小童が見れば、すぐさま泣き出してしまいそうな声。愛用の鉄扇をはためかせながら、まるで「暑い暑い」と蔑むように芹沢は眼を細めていた。

 

「どうかしましたか、芹沢さん」

「試合の組み合わせなのだが、少しこちらからも出したい奴がいてね」

 

 勿体ぶったその言い方に眉を下げたのは、誰あろう土方だった。

 

「出したい奴だと? 誰だ?」

 

 土方はそう告げながらも、視線は平山五郎と佐伯又三郎を指していた。芹沢一派の中で一番こういうのに手慣れていそうなのが、この二人だからである。

 

 しかし、土方の予想は悉く裏切られる。

 

「赤衣の剣侠だよ。あれの戦いぶりは実に鮮烈さ極まれり。きっと君たちの言う通り、会津の奴らが喜ぶだろうさ」

 

 芹沢が提示したのは、なんと壬生浪士に所属してもいない赤衣であった。

 そのため、赤衣の男と最も仲の良い沖田が、真っ先に芹沢の提案に否を突きつける。

 

「待ってください。彼は隊士ではないですよ」

「そうだな。しかし、あれは私の狗だ。つまり壬生浪士筆頭局長の所有物と言える。私の判断次第では、戦力として考えても良いだろう?」

 

 その言葉に反論出来る者はこの場にいなかった。彼が芹沢とどのような契約を結んでいるのか。それを一から十まで知っているのは当人たちだけだから、と言うのもある。

 しかし、一番厄介なのは赤衣の人柄だ。彼はきっと、この場にいる誰かが危険に走るとなれば、喜んでその身を投じることであろう。なればこそ、彼を部外者として突っぱねることはできなかった。

 

「屁理屈なんてもんはどうでもいい。で、誰と戦わせるんだ」

 

 切り替えが恐ろしく早い土方は目を伏せて問いかける。芹沢の暴論にいちいち目くじらを立てていては、身が持たぬと知っているからだ。

 芹沢もそんな土方の態度に満足したのか、鉄扇を閉じて下顎にこつりと当てる。そうして何事かを思案するように、隊士たちを見回した。

 

「…………斎藤君。君にお願いしよう」

「僕? なんで僕が?」

 

 指名された斎藤は、まるで訳がわからないと言った様子で肩を竦めた。

 

「無敵流とかなんとか言っていたじゃないか。君の力は壬生浪士の中でもかなり高い。それに君————人を斬ったことがあるだろう?」

「……まいったな、こりゃ」

 

 まさにその瞳は他人を見下すかのようなものであった。芹沢の言葉には「私に隠せているとでも?」と言いたげな表現が隠れている。

 果たして芹沢と同様、斎藤の血の匂いに気がついたのは、この壬生浪士内で何人いたことか。少なくとも、何も言わずじっと黙っている近藤には気が付かれていたのだろう。

 

「君なら、あれを殺す気でいけると思っただけだ。まあ、無理なら断ってくれて構わないがね」

 

 土方を見る斉藤。

 ここで断ったら、赤衣一人に退いたことになる。それは近藤一派の人間として、いや、一人の男として斎藤にはできなかった。

 

「はぁ、分かりました。分かりましたよ。僕あんまりそういうの好きじゃないですけど、精一杯頑張らせてもらいますよ」

「ふっ、それは何よりだ」

 

 芹沢はそうして満足そうに頷いた。

 

「私からの話は以上だ。これ以上、何もないならこのまま会合を終わるとしよう」

「分かりました」近藤はそうして一拍置く。「では、何も無い様なので、これにて解散!」

 

 

 

 

― 参 ―

 

 

 あれから。

 沖田の一撃で気を失ってしまった男、赤衣はのそりと五右衛門風呂近くで目が覚める。気がつけば空は黒く変色しかけていた。沖田を風呂に入れていたときは真っ赤だったはずなのに。

 となると、少なくない時間を彼は地面に伏していた事になる。具体的な刻は分からない。もっと未来に行けば、そういうのも分かるようになるのかもしれないが、赤衣は取り立てて気にすることはなかった。

 

 少しだけ腫れている頬をさすりながら男が立ち上がれば、後ろから沖田が近づいてきたのが分かった。

 

「あ、いま起きたんですか?」

 

 男は沖田の冷ややかな態度に気がつきながらも、乾いた笑みを漏らした。

 決して目線は顔より下に近づけない。別に赤衣が欲情しているわけでもないが、見られている沖田からしたら些細な視線で嫌な気持ちになるだろうと、思ったのだ。

 

「先刻は本当にかたじけない。今後はああ言うのが無いよう気をつけるでござるよ」

「真面目ですね……まあ、謝らなかったらもう一発叩き込みましたけど」

 

 ふん、と沖田は軽く顎を逸らした。

 赤衣から彼女の表情を窺い知ることはできない。けれど、どうやらもう一発お見舞いされることはないらしく、その事実だけで男は少し気分が晴れた。

 

「それより、今度の会津中将との接見。そこで上覧試合をするのですが、気をつけてくださいね」

「ん?」

 

 赤衣からしてみれば寝耳に水だ。沖田が何を言っているのか、さっぱり分かっていない。

 しかしそれでも、沖田はなんでもないように続ける。

 

「斉藤さんは永倉さんに並んで強いですよ。まあ、私の稽古に付き合ってくれたことがないので、実際の強さは知りませんけど。油断すれば貴方と言えど、怪我じゃすまないかもしれませんね」

 

 と、そこまで言ってようやく沖田は止まった。

 ついでに、くるくると回していた人差し指も動きを止める。

 赤衣は腕を組み、ひとしきり何かを悩んだ後、

 

「沖田殿。まず、会津中将って誰でござるか」

「えっ」

 

 そんな常識も知らぬ童のような言葉を持ち出した。




fgoで幕末組が増えてきたので、私としても助かる人間。
まだちょっとしたイベント進めていませんが、どうやら土佐勤王党が多いようですね。
龍馬が描きやすくなる。
てか、ハーメルンでも沖田さん小説が増えてきていて私は大満足です。これもイベントおかげですかね。

と言うことで、そんな人たちを応援するためにもちょこっとだけ豆知識を置いておきます。

・会津藩
会津藩って会津戦争でも有名なやつですね。そんな会津藩ですが、あまり知られていない学問好きの藩祖・保科正之と言う人が、後世にいろいろな影響を及ぼしています。その一つが15条からなる遺訓ですね。その遺訓の中に「大君の義、一心大切に、忠勤を存すべし。列国の例をもって自らを処るべからず。もしニ心を懐かば、即ちわが子孫にあらず。面々決して従うべからず」というのがあります。大君とは徳川、列国とは他藩についてです。この家訓を守るべく、病弱でありながらも京都守護職に就いたのが、この小説でも出てくる松平容保だったのでした。
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