コードギアス Lost Colours 銀雪に輝く蒼 作:Akahoshi
Stage00 赤に染まる国
早馬からの連絡を受け、宗主国から急ぎ蜻蛉返りで帰国したのだが、その惨状にジークフリート・グレイブガルトは言葉を失う。本人的には柔和な表情を心掛ていても怒っている不機嫌そうと揶揄される顔を歪める。
ジークフリートについていた部下たちも言葉を失い、中には顔面蒼白になる者や吐き出す者もいる。
己も彼らも人の死には多く直面してきた。己の目的のため覇道を突き進む主君の憂いや負担を減らすため、ジークフリートとその部下は国の暗部を──暗殺や謀略を担っており、死体には慣れているはずだった。
それでもこの有り様は凄惨過ぎて、直視することを恐れるほどだ。
朝焼けに照らされ、あちらこちらに飛び散る肉片や血痕。敵味方関係なく、皆が平等に惨たらしい死を迎えていた。
「──陛下……?」
不安に駆られ、ジークフリートは主を呼ぶ。
いつもの主ならば、国がこのような惨状になるはずがない。
戦略にも戦術にも長けた知将でもある王。ジークフリートが忠誠を誓う主はそんな方だ。
仮にもし敵に王のそれを上回る猛将がいたとしても、王の〝あの力〟があれば……。
「──まさかっ……?!」
ひとつの懸念が頭を過り、王を探そうと馬の腹を蹴った。
だが馬はいくら蹴っても動こうとせず、馬もこの惨状に怯えてきってしまっているようだ。
暴れないだけマシだと馬から降り、己の足で王を探す。
今日の空は雲一つない快晴であった。
普段であれば、希望の吉兆あるといっても過言ではない晴天。
しかし、その天の下に広がる現実は絶望の地獄。
いくら歩いても生者に出会うことのない、死の国へと化した大地。
幼き頃に患った大病に因り同年代の女性どころか十に満たない女児よりも体力のないジークフリートにとって、何時間も歩き続けるというのは拷問に近かった。
この時期にしては心地よい風を受けながらも滝のように流れる汗を拭う。ただでさえ癖のあるダークアッシュの髪は汗であらぬ方向へはねていることだろう。
息を切らして、それでも歩き続けるのは王の安否をこの目で確かめるため。
ジークフリートが王を見つけることができたのは、太陽が天の頂に迫る時分。
王は生きていた。
ジークフリートにとってそれは何よりも吉報だったが、王にとってそれは良いことだったのだろうか。
王は二人の亡骸を抱き、静かに泣いていた。
「陛下……」
掛ける言葉が思いつかないまま、ジークフリートは王を呼びかける。
王の銀雪を想わせる美しい髪はくすんで血に塗れており、白銀の鎧と蒼いマントも同様に赤黒く染まっている。王を覆う血のほとんどが返り血であり、王本人の血ではないことに一瞬だけ安堵した。
笑みまで浮かべてしまったのは不謹慎だったか。
「陛下──ライ様……」
王──ライ・ヴィクター・ファン・ブリタニアが即位する前に用いていた呼称でジークフリートは再度呼びかけ、傍に膝をつく。
ライは涙を流すばかりでジークフリートには気付かない。幾線もの涙が溢れ、王が抱える二人へと落ちる。
王の腕にいる二人は、王の母堂と令妹。深く注意せずとも既に身罷られていることは分かる。母堂は大きく目を見開き悲壮な相貌で左の手足を欠損しており、令妹は何も事態を理解してない茫然した表情でその小さな頭が陥没している。この二人にも本人のものではない返り血が付着していた。
惨状の原因は薄々察している。
杞憂であって欲しいと願ったところで無駄だということは理解している。
それでも尚、思い浮かべた原因ではないことをジークフリートは願った。
答えを得るべく目を動かし、ライの傍で立ち尽くす一人の男児のような姿をした王の副官を捉えた。
彼はずっとライの傍にいたのだろう。そしてこの惨状の原因を誰よりも──おそらく王よりも正確に把握しているだろう。
「
「うん、そうだよ」
淡々と、冷淡にも聞こえる一本調子な口調で子どものような男──A.A.は首肯する。
「君の想像通り、爆走してしまったんだ。ギアスが。
……ただ、兵を鼓舞するためだったんだけどね……」
「貴方が側にいながら……! お止めできなかったのですか!?」
「私が気付いた時にはもう遅かったんだ。止められなかった」
「ライ様にあの力を与えたのは貴方でしょう……! あの力の危険性も熟知していた。暴走する前に気付くことはできなかったのですか?」
「……万能ではないんだ、私も。ギアスの暴走を感じ取ることはできるけど、その予兆まで感じ取ることはできない。そして一度掛かってしまったギアスを取り消すこともできない」
超常の力、ギアス。
ライが持つ力。一度だけその力を乗せて命令を口に出せば、何人たりとも逆らうことのできない絶対遵守の命令となる。
そんな力をライに与えたのが、このA.A.である。
超常の力を他者に与えることができるということは彼も超常の力を持つ者だ。
十歳かそこらしかにしか見えない容姿であるがA.A.はジークフリートよりも数倍生きている。謂わば不老不死。
A.A.がライに与えた力。力についてA.A.が最も熟知している。
だから、たとえ今回のことに直接的に非がないのだとしても彼を責めてしまう。
彼は新緑のような明るい緑の瞳を伏せる。
心から悔いている目だった。
そこでようやくジークフリートは冷静さを僅かに取り戻し、彼の現在の恰好を認めた。
A.A.は鎧を身に着けていなかった。右手に壊れかけの手甲を着けているだけで、後は胸当ても何もない。身に纏う衣服もその辺の死体から拝借したであろう継ぎ接ぎの物。
彼もライたちと同様、血塗れであり返り血も多いが、そのほとんどは彼自身のものだろうと感じた。彼の身の丈と変わらない赤みを帯びたブロンドのロングヘアは血で赤く固まっている。少なく見積もっても4、5回は死んでないとおかしい出血量だ。
おそらくA.A.は何度も死にながらライを護ったのだろう。
生きているものがすべて生き絶えたこの惨状で、いくらライが武勇にも優れた勇将だったとしても無傷でいられることはおかしいことだった。だから彼が護ったというのは間違いないだろう。
鼻を啜る音を聞き、ジークフリートとA.A.は同時にライへ目を向ける。
王はゆっくりと顔をあげる。
涙を湛えた大海原のように澄んだ蒼い瞳は、左目だけ異様に血走った赤い色をしていた。
それがギアスを使う時の目だとジークフリートは知っていた。ライやA.A.から説明され、そして実際に使う様を見ていたから。
ただ、使うその瞬間以外は右と同じ蒼だったはず。しかし今はずっと赤いまま。
これが暴走かと、唇を噛む。
A.A.を責めたが、何もできなかったとしても自分も側にいるべきだったとジークフリートは後悔した。宗主国からの呼び出しがあったとはいえ、王の一番の側近を自負するならば離れるべきではなかったと。
「ジーク……A.A.……」
掠れた声で弱々しく王が従者二人の名を呼ぶ。
「私を……僕を……“助けてくれ”……」
懇願が絶対遵守の命となり、ジークフリートの耳に届く。ジークフリートの両目が──ギアス使いのものとは僅かばかり違うものの──異様に血走る。ギアスに掛かった者特有の目だ。
A.A.も絶対遵守の命を聞いたが、彼はその力を与えた側。彼がギアスに掛かることはない。
ジークフリートは皺を寄せていた眉間を少し緩め、己の君主に優しく語りかける。
「ライ様。私は如何なることがあっても貴方様の味方です。ご命令されずとも……」
ジークフリートにとって主たるライを助けることは至極当然のこと。忠誠を誓った日から変わることなどない摂理。
ギアスに犯されたところで何も変化はない。決意も既にこれ以上ないほどだったので、それがより強固なものになったわけでもない。
精々主従として確かな両想いだったと歓喜の渦が湧き起こる程度だ。
「なら……僕を、死──」
「いけないよ、ライ」
望む救いを口にしかけたライの言葉をA.A.が阻む。
思わずジークフリートはA.A.を睨むが、彼は黙っていろと言うかのよう目を向けてライへと言葉を続ける。
「忘れたとは言わせないよ。私との契約を果たすまで、君は自ら死を選んではいけない。他者に自分を殺すよう頼んでもいけない」
「だが……僕が……母上を、エミを、殺したんだ……。二人だけでなく……すべての兵も……民も……」
「死をもって償うって言いたいのかい?」
「違う……。償いになるとは、思っていない……。
だが、母上とエミのいない世界など……生きている意味がない……。いきている……いみが……。そんなせかい……いきたく、ない……。しなせてくれ……」
二人の亡骸を強く抱き寄せながらライは力なく呟く。
ライにとって母妹がすべてだとジークフリートもA.A.も痛いほど理解している。
血筋以外誇れるところのない愚かしい異父兄を見返すために幼き頃より研鑚を積んでいたのも、A.A.と契約しギアスを得たのも、冷血な父王より王位を簒奪したのも、腐敗した貴族どもを粛清したのも、敵対する周辺国を制圧していったのも。いずれもすべて母妹が安心して暮らせる国を作るため。
心から信頼している参謀と副官ですらその代わりの一端を担うことが不可能なほど、ライにとって母妹が世界そのものといっても過言ではない存在だった。
そんな二人を己の力で死なせてしまったとあれば、死を望むのも無理からぬこと。
己を助けることとして殺してくれ、とライが口にするのをA.A.が阻止してくれたことをジークフリートは今更ながら心から感謝した。
「ライ、こういうのはどうだい? 私のコードの力で眠りにつくんだ」
「ねむり……?」
「ただの睡眠とは違うよ。封印に近いかな? 眠りから覚めなければ死んだも同然だろう?」
「にどと……おきない……?」
「外部から強い干渉があれば起きてしまうかもしれないけれど、自ら起きることはないよ。外部からの干渉だって、遺跡の奥深くに君を封じてしまえば大丈夫だろうしね」
A.A.からの提案に、ライは母妹に目を向け、大粒の涙を零しながら頷いた。
分かった、とA.A.はライに頷き返し、膝立ちになって視線を合わせる。
「眠りにつく前に、私の言葉を復唱して。いいかい?」
首を傾げるライを無視してA.A.は口を開く。
「ライが命じる」
「ライが、めいじる……」
普段、ライがギアスを使用する際の口上だ。
何をするつもりだとジークフリートは怪訝に思う。
ここにいるのは既にギアスに掛かったジークフリートと屍。後はギアスの効かないA.A.のみのはずだが……。
「ライよ、すべてを忘れよ」
「“ライよ、すべてをわすれよ”……」
言い終えると同時にライは意識を失い、力なく倒れ込む。ジークフリートは慌ててライの身体を支える。
まさか王が王自身に絶対遵守の命を下すとは考えておらず、止めることができなかった。
「何を……なぜこんなことを?!」
ジークフリートはA.A.を睨みつける。
A.A.は困ったように眉尻を下げ、ライの髪へ手を伸ばす。
「睡眠とは違うとは言ったけど、眠りは眠りだからね。夢を見るかもしれない。覚めることのできない眠りの中で辛い夢を見続けるのは酷だと思ったんだ」
「その気持ちは分かります。ですが、ライ様から御母堂様と御令妹様の記憶を消すことはあまりにも酷ではありませんか? お二人がすべてだったのです。お二人との思い出すら奪うなど……夢の中だけでも幸せでいられるかもしれないではありませんか。
それに、まだやらねばならぬことがありましょう。記憶がなくてはそれらはできません」
「かもしれないね。だけど、私は心配性なんだ。可能性だけでも排除したかった。ライがやらなくてはいけないことは、後で私がやるよ。
……怒られるかな?」
「ライ様は決して貴方のことは責めないでしょう」
「うん、彼はそういう子だね。また酷いことをしてしまった」
ライの髪を撫でながらA.A.は答えた。最後に、その温もりを忘れないようにというかのようにゆっくりと時間をかけて撫でる。
「すべてを忘れさせて眠らせたのは私のわがままだ。ライのためでもあったけど、ほとんどが私の個人的なわがまま。
ライのギアスはまだコードを受け継げるほど強くはないけれど、いずれはコードを受け継ぐ資格を得る。きっとすぐに。今は死にたがっているけれど、その時にもしコードを受けようと言う日が来たらと思うと怖かったんだ。
不老不死の孤独は王の力の孤独の比ではないから。彼に、この孤独を押し付けるかもしれない未来が怖かった。だから一刻も早く、すべてを忘れさせて眠らせたかった」
「……ライ様がコードを受け継ぐ。それが、ライ様と貴方の契約ではなかったのですか?」
「ああ、最初はそのつもりだった。ライの副官になったのだって、彼を監視して、すぐにでもコードを押し付けるようにするためだったからね。
でも、情が湧いてしまった。もう何人にも関わって来たし、多くの人たちに置いて逝かれたから、情なんてものはなくなってしまったと思っていたけれど……。
4年なんて一瞬だと思っていたのだけれど……」
名残惜しそうにA.A.は手を離し、立ち上がる。
「いくら未練があっても、これが私が選んだ選択だから。後悔はしないし、今更やめるつもりはないよ。さて、ライの眠りを邪魔する存在を排除する準備をしなくては」
「──それが終わったら、貴方はどうするのです?」
「う〜ん……そうだね……。
その辺のどうでもいい適当な奴にでもコードを押し付けるよ。ライに不老不死を押し付けたくないだけで、私自身はもうこの不老不死を終わらせたいからね」
卑しい笑みを浮かべるA.A.。本気のようだ。
それで、と今度はA.A.がジークフリートに尋ねる。
「ジーク、君はどうするんだい?」
そうですね、とジークフリートは未だ意識を手放したままのライを見やる。
この国は終わりだ。王は眠りにつき、王の血縁と民は死に絶えている。
領土や建物は宗主国に吸収されるだろう。
ジークフリートが忠誠を誓うのは国ではなく王位でもなく、ライただ一人。ライという個人。
ならば答えは決まっている。
ライにとって母妹が世界のすべてであったように、ジークフリートにとってはライが世界のすべてだ。
「A.A.、私もライ様と共に眠りにつきます。どこまでも、いつまでも、ライ様のお側に」
「そう答えるんじゃないかと思ったよ」
目を細め、A.A.は柔和に笑う。でも、とすぐに笑みを消して告げる。
「普通の眠りではないんだよ。ライのようなギアス使いか私のようなコード保持者でしかできない眠りなんだ」
「ならば私にもギアスを……いえ、貴方のコードをください」
ジークフリートは僅かに逡巡してから要求を変えたが、A.A.は不可解だというように眉を顰める。
「理由は聞こうか」
「眠るだけならギアスでいいと思ったのですが、万が一にでも眠りを妨げる者が現れて目覚めてしまった場合。私のギアスがライ様を傷つけるものだったらと思いまして。仮に利になるものだったとしても、暴走して不利益なことを起こす危険性を考慮したら、いっそコードの方が安全かと」
「危ない種は潰しておこうと?」
「そういうことです」
「理解できるよ。私がライの記憶を消したのも似たような理由だしね」
理解したという割にはA.A.の表情は納得していない。口をへの字に曲げ、大きな目を半目に閉じてジークフリートを睨むように見つめる。
「不老不死の孤独は、他人と一緒にいるだけでは埋められないほどのものだ。むしろ、他人と一緒にいて心を交わすほど置いて逝かれる恐怖が大きくなる。君はそんな地獄を自ら望むのかい?」
「私にとって地獄とは、ライ様のいない世界です。ライ様のお側にいられないのであれば、他がどれほど恵まれていても地獄でしかない。反対にライ様さえいらっしゃれば、たとえいるだけでその身が溶けるような灼熱の中でも天国に等しい」
「そんな場所だったらジークはよくてもライが死んでしまうよ……。
でも本当に君は一途だね。相変わらず気味が悪い。ライが可哀想に思えるよ」
ふふふ、と声を漏らしてA.A.は笑った。ジークフリートも声を出して笑う。
A.A.の悪態は大きく広い心を持って無視してやり、彼の決断を後押しする言葉を続ける。
「それに、貴方にしても私の要求は願ったり叶ったりではありませんか?」
「どうして?」
「私にコードを押し付けられるのですよ? 貴方、その辺のどうでもいい適当な奴にでもコードを押し付ける、と先程仰っていませんでしたか? その適当な奴がこうして名乗り出たのです」
ああ、と合点がいったとA.A.は手を叩く。
「私にコードを押し付けることに何の罪悪感も抱かないでしょう?」
「やけに自信満々だね」
「ええ。だってA.A.、貴方……私のこと嫌いでしょう?」
「ふふっ。うん、嫌い」
「奇遇ですね。私も貴方のことが嫌いです」
ライの研鑚も、ジークフリートの工作も、何も変えることはできなかった。異国の血を引くというだけで冷遇されるライと母妹。どれだけライが異父兄たちより有能だと示しても、王位継承権は低く、その扱いは蔑ろのまま。
だがA.A.が現れてからそれらが一変した。
得られないと思っていたものが手に入り、叶えられないと思っていたことが実現する。
自分では可能性すら見せられなかったものをいとも簡単に叶えさせるA.A.にジークフリートは嫉妬した。
それだけでなく、A.A.は副官としてライと共に戦場を駆け抜けた。病気により鎧を纏うことのできぬジークフリートにとってはそのことは羨ましく妬んだ。
A.A.もそんな妬み嫉みを隠さずに接するジークフリートを煩わしく思っていただろう。
ジークフリートとA.A.の視線の間に、火花が走る。
いつもは二人の間に不穏な空気が流れると苦笑しつつ呆れながらライが止めに入る。
ライがいない時は、ライの母堂が穏やかな笑みを浮かべ、喧嘩するほど仲が良いのねと天然気味のことを言って仲を取り持った。
その母堂もいない時は、ライの令妹がケンカはいけないのです、と頬を膨らませて可愛らしい声で二人を叱った。
それらはもう二度と交わされることないのだとジークフリートの心に影を落とす。
注視しなければ黒にも見えてしまう濃い青の双眸と新緑のような明るい緑の双眸は、お互い一瞬も視線を外すことなく交差し、程なく一触即発の雰囲気から温和な雰囲気へと変化する。
「本当にいいのかい?」
「何度も言わせないでください」
「覚悟は?」
「できていますし、変わることもありません」
A.A.は悲しそうな笑みを作った。
深くため息を零して、仕方がないといった様子で首を振る。
「じゃあ……頼んだよ」
「言われなくとも」
地の文で説明しなかったのですが、〝エミ〟とはライの妹の名前です。
読み返してみて思ったより誤字が多かった……。
念のためA.A.に読み仮名を振りました。