コードギアス Lost Colours 銀雪に輝く蒼   作:Akahoshi

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第一章
Stage01 運命の出会い


 異様な光景が広がっていた。

 場所は研究室と思われる。いくつものモニターには専門家でないとその意味を理解する気すら起きないような数字や文字が表示され、デスクには様々な資料が置かれている。

 しかし、その研究室で働いているべき研究者たちは床に転がり、各々が思い思いの方法で自害していた。

 

 その研究室で唯一生きている少年は頭に着けられた機材をぞんざいに外し、顔を顰めた。その蒼い瞳にはこの惨状は映らない。

 酷い頭痛と目眩が襲い、周囲に目を配る余裕がないのだ。

 更に、左目の奥が熱を持つ。

 少年は呻き声をあげ、蹲る。

 

(逃げないと……ここから、逃げないといけない。一刻も早く……!)

 

 少年の頭はここから逃げること。

 それに支配されている。

 悠然とした動きで立ち上がり、目の前のデスクに目が行く。

 如何にも使ってくださいと言わんばかりに畳まれた白いワイシャツとベージュのチノパン。そのデスクの近くに裸体の男が転がっていることに、やはり少年は気付かない。

 少年はベルトの多い白の拘束着を脱ぎ、怪訝に思いながらもそのワイシャツとチノパンを身に付ける。

 そして駆け出した。

 建物の構造を少年は知らない。だが数分走り続けていれば、大体想像は着く。こういった目的を持つ建物はこういう造りであろう、と空っぽの頭の中に今少年が必要とする知識が湧き上がる。

 とはいえ、良いことばかりではない。空きっ腹に無理やり食べ物を突っ込んだようで吐き気を催すものだ。

 

 頭痛も目眩も吐き気も一向に治まる様子がなく、少年は思わず足を止めてしまった。

 顔を俯かせながら深呼吸をする。

 左目の熱が少しずつ治まっていく。

 反射的に逃げ出してしまったが、何があるか分からない。万全とはいかないまでも体調は整えなければならない。

 そう思って体調の回復に努めようとしたが、突如として鳴り響く警報に弾かれるように顔をあげた。

 

『被検体Kが脱走! 直ちに確保せよ! 武器の使用も許可する。ただし絶対に殺すな! 繰り返す、被検体Kが脱走! 直ちに──』

 

 スピーカーから若干音割れした声が流れる。

 何となく被検体Kとは自分のことだろうなと少年は冷静に状況を捉えながら、その足は動かなかった。

 疲労はない。頭痛などもなくなったわけではないものの落ち着いてきている。

 竦んだわけでもない。恐怖などないのだから。

 トラップによって物理的に足止めされたわけでも、当然ない。

 

 ならばなぜ足が動かないのか。

 それはガラスに映った姿に目を取られたからだ。

 ああ人だ、捕まってしまうと一瞬身構えたが、すぐにそれは誤りだと訂正した。

 くすんだ銀の髪に蒼い瞳。やや血走った赤い左目。

 ガラスの特性を思い出し、これは己の姿なのだと理解したからだ。

 そう、少年は己の外見すら忘れていたのだ。

 少年は鏡の代わりとなったガラスに手を伸ばす。触れたのは赤い左目。

 己のことについてはすべてを忘れているが、なぜだかその目だけは覚えていた。

 王の力──〝ギアス〟。

 少年はガラスに映る左目を殴るように拳を握る。

 ここから逃げるには必要な力であるが、極力使ってはいけないと感じた。命の危機に陥らない限り使わないことを誓う。そして、この力は誰にも告げないことも。

 

 数人の気配と足音を感じ取り、少年はようやく走り出した。

 追っ手は減ることはないが追いつかれることもなかった。足の速さも体力も、何もかも少年は追っ手たちを上回っていたのだ。追っ手たちは研究者たちが少年に施した肉体強化を恨むが、そんなことなど少年には預かり知らぬこと。

 麻酔銃を撃たれたが、弾道を予測して易々と避ける。麻酔銃がコイルガンに変わっても同様。

 このままであれば一切の問題なく逃げ切れるだろうと少年は踏んだが、追っ手もただ追うだけではなかったようで、階段や一部廊下にシャッターを下ろしていく。

 さすがにシャッターの下りたところを通ることはできないし、シャッターの下りていないところがあっても素直には通れない。少年を追い詰めるための誘導だろうからだ。

 徐々に逃げられるルートが狭められていく。

 このままでは袋の鼠だ。

 走るスピードを落とさないまま少年は考えを巡らせる。逃げるルートを、追っ手を躱す方法を。

 シャッターが下りかける非常階段を捉え、脳が全身の筋肉へと指令を出す。少年の身体はそれに応えるようギアを上げるように更なる瞬発力を得る。

 後二歩というところで急ブレーキを掛け、少年の眼前にはブレーキを掛けなければ滑り込めたはずのシャッターが目一杯に広がった。だがそのことに少年はしまったと悔いることはない。

 

 ──ライ様……!

 

 聞き慣れない、低い声。

 どこから聞こえたか分からない。耳ではなく、直接脳に響いたような不可思議な声。

 だが少年は不思議と不快は思いはせず、意識を傾けた。

 謎の声が告げる。

 この先は追っ手が待ち構えている。だからもう少し先にあるロッカールームの窓から逃げた方がいいと。ここは三階だがすぐ近くに背の高い木があり、それを伝って下りるのが一番安全だと。

 普通の人ならば単なる幻聴だと聞き流しただろうが、少年は普通ではない。即座に頭でシミュレートし、実行に移す。

 階下から慌てながらシャッターを上げろなどという声が微かに聞こえ、声を信じて良かったと自信を待つ。

 ロッカールームの窓を蹴破り、木に飛び移って地面へと降り立つ。

 無事に建物の外に出られたが安堵はしない。

 

 もっと遠くに逃げなければ。

 この研究所から一歩でも遠い場所へ。

 

 そこから少年は無我夢中で走った。

 一般人と比較できないほど体力のある少年の息が切れるほど走り続けた。

 

 そして少年はとある場所に辿り着き、二人の生徒たちに保護された。

 そこでの出会いは、少年たちの運命を大きく変えることとなる。

 

 

 * * *

 

 少年は一度ゆっくりと瞬いてから情報を整理する。

 

 ゆったりとしたウェーブのかかった金髪の女子生徒。少年の恩人でもある明朗な彼女の名は、ミレイ・アッシュフォード。少年が保護されているここアッシュフォード学圏の理事長の孫娘にして生徒会長らしい。

 そんな彼女に対し食ってかかるのは、眉目秀麗の手本のような容姿をした華奢な黒髪の男子生徒。名はルルーシュ・ランペルージといい、彼は生徒副会長とのこと。

 論争は彼の方が劣勢らしく、ミレイの肩を持つのは二人。オレンジ色のようにも見える長い茶髪の少女シャーリー・フェネットと、やや小柄で童顔な青い髪の少年リヴァル・カルデモンド。

 ルルーシュは援護を求めるべく、癖のある茶髪の日本人──枢木スザクへ意見を求めるが、望んだ返答ではなかったらしく肩を落としていた。

 口を挟まず、おどおどとした態度でミレイの後ろに隠れている黒いおさげにメガネを掛けた少女はニーナ・アインシュタイン。

 我関せずといった様子で壁の花を決め込んでいる紅い髪の美少女がカレン・シュタットフェルト。

 彼らから一歩離れたところで、それでも心配そうに耳を傾ける波打った長い栗毛の車椅子に乗った女の子はルルーシュの妹、ナナリー・ランペルージ。

 

 紹介された面々の顔と名前が一致したことに少年は安堵する。

 新しい出来事を記憶することができないわけではない。つまり己の記憶喪失は逆向性健忘であり、自身に対するエピソード記憶を失っている状態であると結論付ける。

 それ以外は無事だ。日常生活を送る上で必要な記憶──知識はしっかりと覚えている。

 例えばスザクの顔と名前を一致させる際、少年は彼を日本人と認識したが、その〝日本人〟という呼称が古いものであるとは知っている。7年前、神聖ブリタニア帝国に敗戦しその支配下に置かれた日本はエリア11と名を変えさせられ、日本人もそれに合わせてイレヴンと称されるようになった。

 そのことについて、特に少年は怒りを覚えたりはしない。知識だけがあるという状態なのでそこに特別な感情は芽生えない。

 ただスザクら日本人の前では日本人と呼称した方がいいだろうと思っているだけで、ブリタニア人の前では特になんの違和感や罪悪感を覚えることなくイレヴンと呼ぶだろう。

 日本人の血筋を引いているというだけで対象の人々が冷遇されることに関しては嫌悪に似た感情が微かに少年の中で燻りはするが。

 

「──然るべきところにちゃんと届け出てみるけどね。なんにせよ身元引受人は必要でしょ?

 それに実を言うとお祖父様に許可はもらってきちゃってるのよね。だからこれはもう決定事項です!」

「会長! いつもいつも面白がって……! まったく、知りませんよ、ホントに……」

「大丈夫。私が責任を持ってちゃんと面倒見るから、安心して」

 

 頭を抱えルルーシュがため息をついて額に手をやっていた。対するミレイは屈託のない満面の笑みを少年に向けている。

 どうやらルルーシュが折れたようだ。しかしアウェイの中ひとりで反対していたのだからむしろ頑張った方だと、論争の種であるにも関わらず少年は他人事のように思っていた。

 彼らが争っていた内容は、この記憶喪失の少年をどうするか、である。

 ルルーシュは警察など然るべきところに一任すべきというものであり、ミレイ側は今後も自分たちアッシュフォード学園で保護しようというもの。尚、少年は当初ルルーシュ側についていたのだが、恩人のいうことは聞きなさいとミレイに言いくるめられ早々に戦線離脱した。

 

「会長だけでは不安だしな、俺たちでも面倒を見るか」

 

 と、そういってルルーシュはアメジストのような目を少年に向けた。まだ警戒の色は残っているものの心配の色も乗っている。

 ミレイたちへの反論として彼はお人好しと言っていたが、彼自身も充分にお人好しの部類だ。

 左目に宿る〝不可思議な力〟のことを考えれば自分は危険人物であることは確かなのに、少年が目覚めて一時間もしないうちに学園で面倒を見ることを決めてしまう。ありがたく思うが、同時に危ういとも感じた。

 ただし〝不可思議な力〟を彼らに伝えるわけにもいかず、少年は彼らの厚意を甘んじて受けることにした。

 

「それで、名前はなんだ?」

「?」

「何も覚えていないって言ったら、会長たちが質問責めにしたせいで聞きそびれたからな」

「う゛っ……。

 そうね。名前を知らないままだと呼びにくいんで、教えてくれるかしら?」

「名前から調べて、何か分かるかもしれないしな」

 

 ルルーシュとミレイの問いに少年は頭を悩ます。

 正直なところ、名前さえ覚えていないのだ。いくら頭を捻ってもそれらしいものが思い当たらない。

 だが何か答えなければ、と脳をフル回転させるととある声を思い出した。

 

 ──ライ様……!

 

 研究所から逃げ出す際に少年の脳裏に響いた低い声。

 アッシュフォード学園の敷地で倒れた時に研究所での記憶も失ってしまったので、少年にとっては再び初めて聞いた声なのだが、やはり不快感はない。

 そしてその声が響かせるその言葉が根拠はないが己の名前のような気がした。

 

「僕の名前は、ライだ」

 

 それ以外に引っかかるものがなかったため、少年はそう名乗った。

 もし違うのであれば、その時に訂正すればいいと少年──ライは心の中で独り言ちた。

 

「ライね。いい名前じゃない〜」

 

 ミレイはにこやかに言うが、ルルーシュはしかめっ面のまま口を開く。

 

「で、ファミリーネームは?」

「えっと……」

「ギブンネームだけでは調べようがないだろう? いや、そもそもライというのもギブンネームなのか? ニックネームという可能性も……考えられる可能性としては──」

「はいはい! ルルーシュ、戻ってきて。ファミリーネームについてはまた後でいいじゃない。それにまだ話は終わってないんだから」

 

 思考の渦に入りかけるルルーシュをミレイが強制的に引っ張り戻す。

 

「何を話すんです? もう必要なことは大体話しましたよ」

「あと話さなきゃいけないことってなんですか?」

「仮入学するってんなら、クラスとか授業のことですかね?」

 

 ルルーシュに続いてシャーリーとリヴァルも尋ねる。

 彼らにミレイは、それはまた後で、首を横に振る。ではなんだ、と彼らは一層首を傾げた。

 

「まずお世話係主任を決めようと思って」

「お世話係……」

「主任?」

 

 ニーナとスザクが怪訝そうに復唱する。

 

「そう。みんなで面倒見るってなったけど、リーダーは決めておくべきじゃない? ほんとは私がやるべきなんだけど、ちょっと家がまたゴタゴタしてきちゃってね〜、時間ないのよ」

 

 憂いを帯びた顔でミレイが答える。そんな彼女にルルーシュたちも特に反論はしない。ゴタゴタしているらしい彼女の家の事情を知っているのだろう。

 

「ってことで、ルルーシュにやってもらおう思ったんだけど……」

「ちょっと! 俺も最近忙しいんですよ! それに──」

「サボり魔がなーに言ってんのよ。まあ、あなたのことはこっちじゃなくて書類仕事でたーっぷり使ってあげるから覚悟してなさい」

 

 笑顔に戻ったミレイであるが、それを向けられたルルーシュは頬を引き攣る。

 

「そうそう、ルルが最近今まで以上にサボるようになっちゃったせいですごい貯まってるんだから!」

 

 シャーリーが追い討ちをかける。本気ではなさそうなものの怒っていますという表情を作る。

 

「ごめん……! 僕も生徒会に顔を出す時間が減っちゃってるから……」

「スザクさんはお仕事ですから仕方がありません。あまり無理はしないでくださいね。ですからお兄様、スザクさんやみなさんのお力になれるよう頑張ってくださいね」

「……ごめん、ナナリー、ルルーシュ。生徒会に来れる時は僕もやるから」

 

 申し訳なさそうにするスザクにナナリーがフォローを入れる。妹が相手ではルルーシュもすぐに白旗をあげざるを得ないようだが、スザクの表情は後ろめたそうにどこか曇っている。

 話題がルルーシュへの苦言へと成り代わりそうなのをミレイが手を叩いて修正する。発端は彼女の一言だったのだが。

 

「私は副主任やるから。

 で、問題の主任だけど──」

 

 一旦そこで言葉を区切ったミレイは軽やかに身を翻した。ふわりと金髪が揺れる。

 彼女の目が捉えたのは、未だ壁の花を決め込んでいる紅い髪。

 

「カレン、よろしくね」

「あっ、はい。…………えっ?」

 

 半ば反射的に頷いてしまったであろうカレンはすぐに目を大きく見開いた。

 

「ちょっと! そんな勝手に!

 あっ……あまり、そういうのは……勝手が分からないし……」

 

 眉をつり上げたカレンは即座に我に帰ったようにしおらしい態度となり、困った様子で顔を伏せる。

 ライに関わろうとしない態度をとっていた彼女にとってその指名は迷惑なものだろう。ライからしてはお人好し過ぎるミレイたちと比べて、己と距離を取ろうとする彼女は当然ともいえるものだ。

 あっ、と思いついたようにシャーリーが声をあげる。

 

「租界とか色々案内すればいいんじゃない? カレンも最近学園に顔出せるようになったばかりだし、丁度いいリハビリになるわよ」

「あ〜。確かにいきなり激しい運動ってよりか散歩の方が健康にいいし、ついでにライも何か思い出したり知り合いと会えるかもしれないもんな」

「そうね。一石二鳥!」

 

 シャーリーとリヴァル、ミレイの表情は名案だとばかりの明るいものだが、カレンの柳眉は顰められたまま。

 ただ聞き流せない単語があり、ライはそれの意味を尋ねた。

 

「リハビリって、彼女は……?」

「ああ、ちょっと病弱らしくてな。それで頻繁に休むことがあるんだ」

 

 問いに答えたのはルルーシュ。彼の答えを受け、ライはカレンに目を向ける。

 大病を患っているようには見えないが、完治した病の後遺症などで悩みを抱えているのかもしれない。そもそも素人目には分からないものかもしれないので、見た目で判断すべきことでもないだろう。

 

「病に加えて、僕のことまで任せるのは負担じゃないか? 彼女も嫌がっているようだし、無理強いはさせたくない」

 

 カレンだけでない。ここにいる全員に対してもライは同様のことを思っている。

 得体の知れない男を保護するだけでもかなりの負担なのだから。必要以上のことまで世話になるのは気が引けた。

 

「だってさ、カレン。まあ、生徒会の正式な仕事ではないからあくまでお願いだし、受けるかどうかはあなた次第ね」

 

 ミレイはそう言って判断をカレンに委ねる。

 彼女は口をきつく閉じ、じっくり十秒ほど熟考してから頷いた。

 

「いいわ、私で」

「いいのか?」

「ええ。これくらいしか私はできそうにないもの」

 

 了承したカレンに思わずライは確認してしまう。彼女の様子から断るかと思ったのだ。

 返すカレンの声音は淡々としたもので、お世話係主任になるから他の面倒事に巻き込まないで欲しいという距離を感じ取った。




 ここからしばらくオリキャラは影も形も出なくなります。出番は大分後。
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