コードギアス Lost Colours 銀雪に輝く蒼 作:Akahoshi
カレン・シュタットフェルトの仮面を被りながら紅月カレンは他人に悟られないよう忙しなく働いていた。
名門貴族シュタットフェルト家の病弱な令嬢というのは仮の姿。本当の姿は、兄の意思を継いで日本解放のため活動するレジスタンス。
病弱というのもレジスタンス活動をするための設定だ。身体が弱いということにすれば頻繁に学園を休んでも怪しまれず、追及を受けないからだ。
休む日は、レジスタンスとして活動するその日。または忙しい、もしくは絶対に成功させなければいけない作戦前日。それから夜遅くまでかかったり、一晩寝ただけでは体力が回復しないような作戦の翌日。
他にはゲットーでのブリタニア軍の蛮行により日本人が犠牲になり、やるせない気持ちになった時など……。
最近、カレンの所属している組織は非常に忙しくなった。
作戦は衆目で華々しくデビューを飾って以降は行なっていないが、組織が大きく変わった時、そういう時も非常に忙しいのだ。組織の再編、納得のいってないメンバーの説得など、やらねばならないことは山積みだ。
カレンが所属している組織の名は〝黒の騎士団〟。
黒衣に身を包んだ謎多き仮面の男──ゼロに率いられる自称正義の味方。
ただ神聖ブリタニア帝国に対抗するレジスタンスではなく、国籍や人種問わず弱者を助けることを標榜する組織。
黒の騎士団はカレンが元々所属していた扇グループを母体としていたので、自然と旧扇グループのメンバーが中心人物、つまり幹部となる。
幹部としてカレンも慣れない仕事に取り組んだが、戦闘とは勝手の違うそれに精神的疲労を抱えていた。
それでも組織を大きくしていく上で避けては通れない問題であり、テレビを通して華々しくデビューしておいて内務で瓦解したなんて笑えない事態は招きたくない。
だから、本心を言えば学園に来ている余裕などカレンにはなかった。幹部の一人としてアジトで仕事をしていたかった。
そもそもブリタニアの令嬢の仮面をつけることはカレンにとってかなりのストレスなのだ。ブリタニアの血も半分引いているとはいえ、カレンの心は日本人なのだ。
ならばなぜ学園に来ているかというと、亡き兄の親友であり旧扇グループのリーダーにして黒の騎士団幹部の扇要から学生は学校に行けと送り出されてしまったからである。
あまり頼り甲斐のない人だが、兄代わりとして色々気遣ってくれている人であって強く出られない。しかもナオト──カレンの兄もカレンは年相応に学生している方が嬉しいだろうとまで言われてしまえば従う他ない。
ずるい人だと思う。
それでも色々と言いくるめて学園でもできる仕事をカレンは取ってきた。学園でも怪しまれずにできる仕事──ゼロを信用できないというメンバーをメールで説得するという仕事。
一番うるさく喚いている男宛てにメールを送り、カレンは周囲を取り囲む同級生のブリタニア令嬢たちへ言葉を返す。メールの相手は家の者と嘘をついている。
(あ、そうだ。今日はちょっと遅くなるって扇さんに連絡しなくちゃ)
ブリタニア令嬢たちの自慢話を右から左へ聞き流し、カレンは今朝のことを思い出していた。
朝、渋々登校したカレンは校門でリヴァルと出会った。彼から体調は大丈夫なのかと問われながら教室へ向かっていると、生徒会員は全員クラブハウスに集合と呼び出された。
呼ばれた理由は、数日前にミレイらが保護していた少年が目を覚ましたから。
それからその少年が記憶喪失だの今後も学園で保護するだの話が進んでいき……。
彼らのやり取りをカレンは他人事のように眺めていた。自分には関係のないこと。どうせ彼の面倒はミレイかルルーシュが見るだろうし、人の良いシャーリーやナナリーも放っておかないだろう。自分は話しかけられた時に相手をするだけでいい。
そう思っていたのだが、そんなカレンを見透かしていたかのようにあろうことかミレイは少年のお世話係主任を任せようとしてきたのだ。
他の厄介事を押し付けられるよりはマシだ、と了承はしたのだが……。
(本当にどうすればいいのよ……。租界の案内って……)
と、カレンは深窓の令嬢の顔のままこっそりとため息を零す。
お世話係主任としての初仕事は、今日の放課後にトウキョウ租界を案内するというもの。シャーリーの案が通った形である。
どうしようか。今日だけで案内を終わらせ後日の時間を確保するか、少しずつ案内して日々のちょっとした時間を確保するか。
手を抜く気はないが、ないからこそ己の事情と無理なく合わせなければならない。
とにかく今は昼休み。放課後まではまだ時間があるのでそれまでに考えよう。
* * *
時間があると思っていたのに、気付いたらもう放課後になっていた。
カレンは急いで学園を後にし、公園の人気のない場所で扇と連絡を取る。
『そうか。こっちはもう大分落ち着いてきたから気にしなくていいぞ。生徒会の子と仲良くな、楽しんで来いよ』
「遊びに行くんじゃなくて、生徒会の仕事ですから」
何となく男子と二人で出歩くということを言うのが憚られて性別を曖昧にして伝えたせいで、扇に遊びに行くのだと勘違いさせてしまったので即座に訂正した。
ミレイ曰く生徒会の仕事でもないそうなのだが、遊びに行くのではない。
『仕事だからって楽しんじゃいけないってわけじゃないだろ。ここんとこ大変だったから買い物でもして羽伸ばして来いよ』
「だから……。はぁ……分かりました」
何を言っても、楽しんで来い、で終わってしまうだろうことが想像ついてカレンは諦めた。
通話を切って、待ち合わせ場所である時計の下のベンチへ腰を下ろす。
同じ学園内にいるのになぜわざわざ公園で待ち合わせしているかというと、まず扇と連絡を取る時間を稼ぎたかったこと。もうひとつの理由は、学園内だと親衛隊を名乗る面倒な連中に絡まれるかもしれないから。
カレンの親衛隊を自称する連中はかなり面倒な人種だ。ストーカー気味な者もおり、そんな連中に目をつけられたら可哀想だ。
この公園と学園は100mも離れていない。校門を出て、右手にまっすぐ歩けば辿り着ける。記憶がなくとも迷うことはないだろう。
待ち合わせの時間10分前にカレンが主任としてお世話をする少年──ライが小走りで現れた。
朝見た時は発見時のシンプルなワイシャツとチノパン姿だったが、今はアッシュフォード学園の男子用の黒い制服を身に纏っている。制服が似合わないという人はほとんどいないだろうが、スレンダーな体格の彼はやけに様になっているような気がした。
一瞬見惚れてしまったことを誤魔化すようにカレンはシュタットフェルトとしての表情を貼り付ける。
「待たせてしまって、すまない」
「気にしないで。私が早く来てしまっただけだから」
「だが、お願いしているのは僕の方だ」
「制服の採寸とかあったんでしょう。あなたが謝る必要はないわ」
カレンに用事があったように、ライにも用事があったのだ。仮入学で、ほぼミレイが手続きを済ませていたとはいえ、本人のサインなどが必要なこともある。
それに半ばカレンがライの案内を押し付けられたように、ライもカレンに案内されるのを押し付けられたようなものだ。
本当にライが謝る必要もなければ気に病む必要もないのなが、彼は申し訳なさそうに、それでいて気遣わしそうな目をカレンへと向ける。
今朝は能面のような無表情っぷりを見せていたが、今は一般的な人より乏しく固いものの表情はちゃんとある。記憶がなくても人としての彼本来の情を感じ取れる。
「それより早く行きましょう。とりあえず今日は……そうね、租界で普段の生活をするのに必要な場所でいいかしら? 記憶の手掛かりを探すのも大切だけど、記憶を取り戻すまでここで暮らすのなら知っておかないと不便だし」
ああ、とライは頷く。
銀髪に蒼い目。女子ならば羨むような、雪のように白い肌。外見から判断するならば彼はブリタニア人かユーロピア方面の人だろう。
だが日本人ではないからといって罪なき人を蔑ろにするほどカレンは薄情ではない。ブリタニアに恨みはあるけれど、ブリタニア人すべてを恨んでいるわけではないのだ。
ライを連れ、カレンは日用品を売っている店舗へ案内した。
それから宣言した通り生活する上で必要そうな場所を簡単に、一通り案内して行く。とりあえず今日案内したところを知っていれば生活に不便はない。
昼休みに考えていたものとは大きく変わった。浅く長くか深く短くのどちらかにしようと思っていたのに、深く長くになってしまった。
既に日は暮れ、空には星が煌めいている。
今からアジトへ行ってもすることは何もないだろう。明日に備えて今日は早く寝るかと考えながらカレンは横を歩く少年を見上げる。
ライはどこかを見上げていた。目に映っているのが空なのかビルなのかは分からない。真顔なせいで何を考えているかも不明だ。
「どうしたの? 考え事?」
気になって声をかけると彼はぎこちなく視線を下げ、カレンと目を合わせる。その目は少し戸惑いの色があった。
「それとも何か思い出せた?」
「いや、そういうことではないんだが……」
「でも何か引っかかることがあったんでしょう。話してみて」
「しかし……」
「遠慮しないでいいから」
渋るライに対して僅かに棘のある声音になってしまった。
頼りないと思われているのかと思うと気に食わない。出会って1日しか経っておらず、病弱を装っているので仕方ないことではあるのだが、それでも紅月カレンとしての地の部分が微かに顔を見せる。
ライは逡巡するように後頭部を掻き、言いにくそうにしながらも口を開く。
「……違和感を、感じたんだ」
「違和感?」
「ああ。トウキョウ租界。〝日本〟の中のブリタニア……。
かつての日本はエリア11となり、日本の街はブリタニアの街となった。知識としては知っていたんだが、実際に街を見て……結局ここはどこなんだという違和感が生まれたんだ。いや、今はブリタニアだということは理解しているんだが、その……うまく言葉にできないが、なんだか違うような気もして……。日本なのか、ブリタニアなのか、そのどちらでもあるのかないのか……。
そして、その違和感は僕と同じなんだと思った。記憶がなくて自分のことは何も判らないのに、生活に必要な知識はある。
空っぽの街、空っぽの自分。誰がこの街の本当の姿を知るのだろう? 誰が本当の僕を知るのだろう?
僕は一体何者なのか?
そんなことを考えてしまった」
目覚めてから一番長く喋ったのではないかというライの言葉。記憶を失ったことによる空虚の焦り。
焦燥に駆られる記憶喪失者に対し、本来ならばその心に寄り添わなければならない。焦る必要はない、ゆっくりと時間をかけてその違和感を払拭していこう、自分を知っていこうと言わなくてはならない。
頭ではそう理解し、かけるべき言葉も用意できたのだが……。
ライの口から出た、〝日本〟という言葉がカレンの心を奪う。
彼を気遣うよりもそちらにウエイトが向くよう心が命じてしまう。そのせいでカレンは半ばパニックになり、何も言えず固まってしまった。
ブリタニア人かユーロピア方面の人にしか見えないライが、自然と〝日本〟と口にした。おまけにブリタニアの国是を否定するようなことまで呟いた。
日本人の前だから気遣った、なんてことはないだろう。ブリタニア人にそんな気遣いができるはずがない。日本に理解あるふりをする人だって、皆、日本とは呼ばずエリア11と呼ぶ。
そもそもライのあの言葉は、彼の独り言をカレンにも伝えたという感じだ。カレンは日本人とブリタニア人のハーフであり、その心は日本人であるが、そのことを彼が知っているはずがない。彼はおそらくカレンをブリタニア人だと思っているだろう。
だからハーフのカレンを慮ったわけでもない。
ならば、なぜ。
主義者という可能性もある。容姿だけで考えればそちらの方が可能性は高いのだが。
もしかして、と淡い期待のようなものがカレンの中で湧いた。
ライは日本で生まれ育ったのではないか、と。
ライも日本人なのではないか、と。
「カレン……」
名を呼ばれ、カレンは我に返る。
「すまない、変なことを言って」
「う、ううん。全然変なことじゃないわ。きっとそういうことだって、あなたを知るのに必要なことだわ。その違和感がなくなるよう私も協力するから、焦らずゆっくり探っていきましょう。ね、ライ」
そう言ってライに笑いかける。
あなたは日本人かもしれない、とはまだ彼には告げない。カレンの中でもまだ小さすぎる期待だから。
もう少しライをよく見て、よく知って、自分の中で確信を持ってから言おうと思った。
「だから、次もまた公園で待ち合わせ、でいいかしら?」
「うん……」
待ち合わせしていた公園に戻り、ライと約束する。
人を知るには、その人と一緒にいるのが一番だ。カレンはライのお世話係主任なので積極的に関わりにいっても不自然ではないだろう。
「それじゃあ、また明日ね」
そう言って踵を返すカレンをライが呼び止めた。
「もう暗い。送って行く」
「いいわよ。家、結構遠いから」
「だったら尚更だ」
「今日案内しなかった方角よ。きっと帰り道に迷うわ」
「来た道を通って行けば問題ない。記憶はないが、新しく覚えたことは忘れない」
「行って帰って来たら、門が閉まってる時間よ。通りでタクシー拾うから、心配しないで」
「……なら、通りまで送る」
「それならお願いしようかしら」
学園の人たち──特に親衛隊を名乗る連中だったら煩わしく感じる気遣いやお節介もなんだか心地よく感じた。彼とのやり取りも嫌な感じがしなかった。
遠慮するような返事をわざと重ねておきながら少しばかり笑った顔になっていたかもしれないとカレンはライの横を歩きながら思っていた。
そう、悪くない。
むしろ楽しい。
ライと会うためならば、面倒だと思っていた学園にももうちょっと顔を出そうかとカレンは思ったのだった。