コードギアス Lost Colours 銀雪に輝く蒼   作:Akahoshi

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Stage03 老婆心

 その日ミレイは自分の教室へ行く前にクラブハウスを寄ろうとしていた。

 目的はライの様子を見るため。

 学園の敷地内に倒れていたのを保護し、その後の面倒を見ると決めたものの、アッシュフォード家を取り巻く状況がまた悪化してきてしまったせいで彼に関わる時間を確保できそうになかった。

 それでも命の恩人兼保護者を名乗るからには自分自身でもライのことをちゃんと自分の目で見て把握しようと思ったのだ。

 お世話係主任のカレンだって、毎日学園に来るわけではないのだから。

 それと、昨日カレンとどうだったのか聞いてみようと思ったのだ。

 

 ミレイがカレンにお世話係主任を任せた理由は、シャーリーやリヴァルが考えた理由とは違う。

 ミレイはカレンが病弱ではないと知っている。彼女の口から聞いたわけではない。理事長の孫娘として彼女が持つ複雑な事情を知ってしまったのだ。

 ブリタニア貴族とイレヴンのハーフ。しかも母親は正妻ではない、謂わば妾の子。

 どちらか片方だけでも大きなストレスとなるのに、両方となればどれだけ心に負担が掛かるだろうか。一つ一つは我慢できることでも積み重なれば、いつか擦り切れてしまうものだ。カレンがよく学園を休むのはそのストレスが原因ではないかとミレイは考えている。

 いつか何か自分に力になれることはないか、カレンに尋ねてみようと思ったのだが、もしかするとそれは自分よりライの方が適任ではないかと考えたのだ。

 ミレイの見立てでは、ライはおそらくハーフだ。どこの国の人か、ぱっと見で判らないのはそれが理由ではないかと思っている。

 ハーフであるカレンがノーリアクションなのでミレイの思い過ごしかもしれないが、ミレイは己の勘を信じる。

 というわけで、記憶がなくともハーフ同士、何か通ずるものがあるかもしれない。カレンはライと一緒にいることで少しでも心を落ち着かせることができたらいい。ライはカレンと交流することで記憶に繋がるものを見つけられたらいい。

 当人たちからしたら余計なお世話かもしれないが、そう思ってあんなことを言ってみたのだ。

 

 クラブハウスのドアを開け、ライの部屋へ向かうべく階段を昇っているとルルーシュの声が聞こえた。

 思わずミレイは息を潜め、物陰に隠れて様子を見る。

 ライの部屋の前にルルーシュが立っていた。二人とも既に制服を着ている。

 よかった、ルルーシュのやつ今日は朝の授業には出るのだなと安心しながら耳を傾ける。

 

「ここのことは自分の家のように思って自由にしてもらって構わないが……その、ナナリーは──妹は目が不自由でね、その代わりに音とかに敏感なんだ……。あまり驚かさないように振る舞ってくれ」

 

 ミレイの位置からはルルーシュの表情は窺えない。だが妹を案じる兄の顔をしているのは確かだ。

 ルルーシュにとって世界の中心はナナリー。シスコンと笑って茶化す時もたまにあるが、彼が妹を溺愛する理由は決して笑えるものではない。彼ら兄妹もかなり複雑な事情を抱えているのだ。

 対するライの表情は……真顔ではあるが、どこか翳りがあるように見えた。

 

「分かった。気をつけよう」

「ああ、頼んだ。

 それから妹もおまえのことを気に掛けている。記憶探しのために出歩くのは構わないが、あまり帰りが遅くならないようにしてくれ。心配するからな」

「すまない……」

「どうしてもって時は事前に俺たちに言っておくか……いや、会長にでも頼んで携帯を持たせてもらえるようにでもしようか。使い方は覚えているか?」

「たぶん……触れば、思い浮かぶかもしれない」

「なら掛け合ってみよう」

「何から何まで、本当に世話になる」

 

 頭を下げて礼を言うライにルルーシュは穏やかな顔を向けていた。

 あらま、とミレイは口に手を当てて驚いていた。

 昨日はナナリーを案じてライを警戒していたあのルルーシュが。ナナリーの身の安全のため学園でライを保護していくことを反対していたあのルルーシュが。

 ミレイの顔に笑みが浮かぶ。

 その笑みはイベント事を思いついた時のはっちゃけたそれではなく、嬉しさと優しさを持った包容力のあるもの。

 敏いルルーシュはミレイに気付いてるかもしれないが、彼らを邪魔しないようにとミレイはゆっくりその場を離れる。

 どうもルルーシュは反抗期を迎えているようで、ミレイが側にいては素直ではないのだ。友情を育むのであればお姉さんは近くにいない方がいいだろう。

 

 少し間を空けてライがクラブハウスから出て来た。ミレイはたった今来ましたという体を装って彼の前に出る。

 

「おはよう、ライ」

「おはようございます……」

「どう、調子は? 何か思い出せた?」

 

 ライは口を真一文字に閉じて何も答えない。

 思い出せなかったのだろう。1日寝て万事解決、なんて都合のいい話はない。

 ミレイは仕方がないと思っているのだが、思い出せなかったことにライは引け目を感じてしまったようだ。

 しまった、と思ったミレイは気分を変えるべく適当なことをできるだけ明るく口にする。

 

「何?

 実は流浪の王子様とか! 中華連邦のエージェントとか!

 はたまた、未来からのタイムトラベラー!!」

「いえ、何も思い出せなくて……。それに何だ、さっきの……」

「こほん。何も分からないってことは、つまり何でも可能性があるってことでしょ。確かにファンタジー染みたこと言っちゃったけどこれくらい軽くおバカなこと考えてもいいのよ?

 記憶がなくて、知らない場所でいろいろと不安だろうけど、暗い顔したりマイナスなこと考えたりしてたら戻るものも戻らないと私は思うわ。

 気楽にリラックスして、まずはこれからのここでの生活をエンジョイ、エンジョイ、ね?」

「……努力してみよう」

 

 頷いているがライの様子はまだ堅い。

 せっかくの儚い系美男子が、これではもったいない。今のままでも人気は出るだろうが、実力の半分も出せないだろう。

 

「かったーい! もっと明るくポップにいかないと。ほら、笑ってみなさい!」

 

 すぐに安易に言うべきではなかったとミレイは後悔した。

 

「……ごめん。マイペースでいきましょうか。特に笑顔は要練習」

「……努力……してみよう。すまない」

「謝られても困っちゃうわ。そうね、私が笑顔の先生になってあげようかしら。自分でいうのもなんだけど、笑顔には自信あるのよ」

「じゃあ……お願い、します」

「オッケイ! ミレイさんに任せなさい!」

 

 ボンッとミレイは己の豊満な胸を叩く。

 

「あ、でもいいんですか? 昨日、家がどうのって」

「あ〜、そのことね。心配しなくて大丈夫よ。今みたいなちょっとした時間でやっていけばいいんだから。

 とりあえず、しばらくは私や他の子たちの笑顔を見て、どんな時にどう笑っているか考えてみましょうか。実技はそれを理解した後ね」

 

 はい、と再度うなずくライの頭をミレイは撫でた。

 固まりはしたが、ルルーシュと違って嫌がったり逃げたりはしない。

 素直ないい子だ。

 さてこのままライと一緒に校舎へ向かいながら昨日のカレンのことを聞こうと思って、はて、と頭の中に疑問符が浮かんだ。

 

「ねえ、ライ。ルルーシュは?」

「ルルーシュがどうかしたのか?」

「さっき一緒にいた──じゃなくて、同じクラブハウスに住んでるんだから、てっきり一緒に登校するものと思ったんだけど」

「ああ、彼なら用事ができたって部屋に戻っていきました」

「ルルーシュゥ! あの子ったら!」

 

 ミレイは堪らず声をあげる。

 

「ごめん、ライ。先に行っててちょうだい。私、ルルーシュを連行してくるから」

 

 言うだけ言って、ミレイはクラブハウスを駆ける。

 そしてノックもせずにドアを豪快に開けた。

 

「か、会長!? ノックしないで入って来ないでください!!」

 

 あからさまに慌てふためきながらルルーシュはパソコンを閉じた。

 何をしていたか追及したいところだが、今はルルーシュを授業に出すことを優先して目を瞑る。

 

「ルルーシュ、あなた出席日数がやばいこと自覚してるんでしょうね? 今日という今日こそは授業に出てもらうわよ。第一、生徒副会長がサボり魔じゃ生徒たちに示しがつかないでしょ!」

 

 ミレイはズカズカとルルーシュに迫り、彼の腕を掴む。

 

「そんなことしてる場合じゃないんですよ! 今は1秒だって無駄にはできない……その、株とか投資とか始めたので……とにかく、目が離せないんです!」

「あっそう。でも学生の本分は学校行って勉強して青春すること! 投資なんて大人になってからでもできるけど、学生は今しかできないんだから、こっちを優先しなさい!」

 

 腐っても男子。全力で抵抗するルルーシュに、単純なパワーではミレイは勝てない。

 だがそれはあくまでパワーの話。体力勝負となれば話は別。

 抵抗しながら言い返すルルーシュの体力は恐ろしいレベルで削られていき、あっと言う間に軽々とミレイに引き摺られるようになっていく。

 運動神経は悪くないのに体力が著しく乏しい。同年代の女子はおろか、下手したら妹のナナリーよりも体力がないのではないか。彼の生母を考えれば突然変異ではないかと疑うほどの体力のなさ。

 アッシュフォード学園一の人気者ルルーシュのマイナスポイントのひとつ。他にも欠点がないわけではないが、この件に関してはどう足掻いてもフォローができないので一番の欠点ではなかろうかと思う。

 

「会長! 分かりました、分かりましたから……! 引っ張らないでください……!!」

 

 口だけではないでしょうね、とミレイは目で問いかける。

 眉根を寄せながらもルルーシュは強く頷く。

 

「ちゃんと守りなさいよー。サボったら、ナナリーに賭けチェスのこととか言いつけてやるからね」

「ッ!! 卑怯な──!!」

「なんとでも言いなさいな。

 ほら、早く行くわよ。あなた、次遅刻したら欠席扱いになるんでしょ?」

「なんで把握してるんですか?!」

「そりゃぁね。だってルルーシュは私の被保護者第一号だもの」

 

 ちなみに第二号がナナリーで、第三号がライである。

 うんざりした様子でルルーシュがため息を零し、鞄を手に持つ。

 よしよし、と頭を撫でようとして避けられてしまった。ついでに嫌そうな視線まで向けられてしまう。

 可愛くないと思いつつ、それでも授業に出る気にはなってようで今回はよしとしよう。

 歩きながら、ああそうだ、とルルーシュが口を開いた。

 

「聞いていたとは思いますけど、ライに携帯電話を持たせてくれませんか?」

「ええ、いいわよ。準備しておくわ。というか、やっぱり気付いてたのね」

「うまく隠れていた方だとは思いますけどね。でも、ライも気付いてたみたいですよ」

「あらホント?」

 

 ミレイは目を丸くする。

 ライは、ルルーシュがナナリーのことを告げた時以外は真顔だった。その時だって僅かに翳りが見えただけで大きな変化があったわけではない。

 ミレイが見る限りそんな様子は見られなかったのだが、ルルーシュがそう言うのだからそうなのだろう。

 ぼーっとしているように見えてライもルルーシュ並みに敏いようだ。

 

 ルルーシュを連れ歩いて校舎は向かっていると校門の方に人だかりがあった。

 一応女子もいるが9割以上は男子だ。その中心には紅い髪。

 カレンが登校して来たらしい。彼女が2日連続で朝から登校するなんて珍しい。

 そして彼女の近くには銀髪と青い髪。ライとリヴァルだ。彼女は二人と話しているようだ。

 彼女たちを囲む男子──カレンの親衛隊の視線はかなり剣呑なもの。ただしそれを向けられているのはライひとり、リヴァルは無視されている。

 理由は分からないまでもない。

 リヴァルはカレンと同じ生徒会の仲間。しかも聞くところによるとリヴァルはどうやらカレンではない別の子にぞっこんらしい。つまり親衛隊の敵ではない。

 だがライはどうだろうか。

 彼は昨日目覚めたばかりで、登校は今日が初めて。そして彼のことを知っているのは生徒会のメンバーのみ。

 親衛隊からしたら見知らぬ転入生が愛しのカレンお嬢様と親しげに話しているのだ。いい気はしないだろう。

 

(親しげに……?)

 

 ミレイは己が感じたことに首を傾げ、カレンとライを見つめ直す。

 昨日に比べればカレンの表情は幾分柔らかくなっている気がする。

 どうやら〝カレンとハーフで仲良し大作戦〟はいい方向に向かっているようだ。

 ライはまだまだだが、このまま続けていれば彼にとってもいい方に進むかもしれない。何より彼に対しては同時進行で──どちらも当初の予定になかったのだが──〝ミレイと笑顔教室大作戦〟と〝ルルーシュと男の友情大作戦〟が行われているのだ。よくなってもらわねば困る。

 

「大丈夫なんですか、彼?」

 

 ルルーシュが眉を顰めて尋ねる。

 

「早速面倒な連中に目をつけられているようですが?」

「まあ、そこはちょっと心配ね〜」

 

 嫌がらせを受けないか心配だ。そのせいでライがこの学園に嫌な印象を持つなんてことになってしまったら悲しい。理事長の孫娘としてではなく、一個人として。

 

「まだ何かあったわけじゃないけど……何かあった時のこと、後で考えましょうか」

「何もそんな大仰なことしなくても。カレンにやめるよう言わせればいいんじゃないですか?」

「でもカレンの命令でやってるわけじゃないみたいだし。言って聞くかしらね?」

「他人が言うよりはいいでしょう。下手なことを言って巻き込まれるのだけはごめんですよ」

「最初に心配の声をあげたのはあなたでしょ。途中で見捨てないの」

「視界に入ったから言ってみただけですよ。それに杞憂かもしれないじゃないですか」

 

 ルルーシュはそう言葉を噤んで先に行ってしまった。

 ミレイは彼に目を向けてから、一団へと目を向け直す。

 カレンもどうやら校舎に向かって行ったようで、彼女の後をぞろぞろと黒い一団も追っている。

 殺意に似た視線を向けられたであろうライは、リヴァルに肩を叩かれながら慰められていた。

 杞憂ではないかもしれない。

 

(すべてが思った通りにうまくはいかないものねぇ)

 

 気楽にリラックスしてこのアッシュフォード学園での生活を楽しんで欲しい。

 皆と交流しながら、ゆっくりと自分を思い出して欲しい。

 記憶を思い出す思い出さないに関わらず、素敵な思い出を作って欲しい。

 ただそれだけのことなのに、前途多難なんて。

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