コードギアス Lost Colours 銀雪に輝く蒼 作:Akahoshi
アッシュフォード学園でライが保護されてから10日が経った。
登校時間が合うのか朝はリヴァルとともに教室へ向かい、休み時間にはルルーシュやスザク、シャーリーと雑談して。立ち寄った生徒会室ではニーナに声をかけたら驚かれ、ミレイに仕事を手伝わされて。土日と用があったらしい木曜日を除いて放課後はカレンとトウキョウ租界を歩き、そしてクラブハウスに帰ったらナナリーと折り紙を折る。
そんな日々をライは送った。
木曜日放課後と土日は身体の記憶を求め、部活動の体験を行ったりもした。サッカー部とバスケットボール部、クリケット部の3つ。ルールは覚えたものの、これらについて身体が覚えていることは何もなかった。
ライは校舎を出て、大きく伸びをした。
そのまま空を見上げる。
雲一つない快晴に心地よい風。
素晴らしい陽気だ。校門へ向かう生徒たちも「これからどこに遊びに行く?」と友人同士ではしゃいでいる。そんなお出かけ日和というわけで。
良いと思える空なのに。好きだと思える空なのに。
なぜだろうか。ライの心は騒めいている。
理由は検討もつかない。
悪いことなどないはずの空に、心が苦しくなる。
「ライ、大丈夫?」
背後から声をかけられ、振り向くとスザクがいた。彼は何かに気付いた様子だったが、それよりも先にと心配の声をあげる。
「なんだか苦しそうだったけど……」
「……少し気疲れしただけだ」
青空にどこか悍ましさ感じた、とは言えずライは自身に剣呑な視線を向ける男子生徒たちに目を向けながらそう誤魔化した。誤魔化しはしたが、彼らの視線で気疲れしたことは一応嘘ではない。
ああ、とスザクも納得したように苦笑う。
「理由は分からないんだよね……?」
「ああ。皆目見当がつかない」
「う〜ん。ミレイ会長には相談した?」
「いや。何かされているわけではないし……そこまででは……」
実害があるわけではないのでこんなことで相談するのはどうだろうとライは思っていた。
世話になっている上に余計な心配までは掛けられない。それにミレイは自分の家の問題で大変だろうし、他の皆にしても各々何か抱えているだろう。
それにこの一件に関しては自分の不注意が原因であろうから、初めから誰の力を借りることなく自力で解決しようとライは思っていた。
「少し困ったってだけでも相談していいんだよ。誰も迷惑だなんて思わないし、それよりも遠慮されたり我慢してることの方がよっぽど悲しいよ」
眉を八の字にしたスザクと目が合う。
「そうだろうか?」
「そうだよ。きっとね。それに、ナナリーが遠慮しないでって言ったのにライが頼ってくれないって残念がってたよ」
ナナリーの名を出され、ライは口を継ぐんだ。
理由はライにも分からないがルルーシュと同様、ナナリーの名前を出されたら強く出られない。彼女に対して何か特別な想いがあるわけではないのだが、何か〝妹〟という存在にどうしても弱い。
「ナナリーだけじゃない、みんなだってそうだ。いつだって、もっと頼ってくれていいんだよ。ここの人たちは頼られることが好きみたいだから、僕の時もみんなそうして色々助けてくれた。
どんな小さなことだって、困ったことがあれば言って欲しい。できることは少ないかもしれないけれど、僕も自分ができることなら何だってやるから。だから、もっとたくさん頼って欲しい」
優しく、けれども真剣な表情のスザク。
そんなスザクにライはまだ首を縦には振れない。
「今の僕はみんなに頼りきりだ。僕がみんなにできることはないのに……」
「そんなことはないよ。僕の分の生徒会の仕事をしてくれたりナナリーに折り紙を教えたりしてくれてるじゃないか。ルルーシュも、理由は聞いてないけど最近はクラブハウスを空けることが多くなったみたいだから君が夜いてくれてることに感謝してるみたいだし」
「そうなのか? だが、たったそれだけで……」
「うん。ライにとってはたったそれだけのことなのかもしれないけど、僕らからしたらそれで充分なんだ。ちょっとしたことで頼って頼られて、また頼って──そんな感じいいと思う。少しずつでいいからさ」
「……考えておこう」
「ははっ。君も頑固だなぁ」
困ったように笑うスザクにライは肩を竦めた。
少し意固地になっていたかもしれないとライは自身の態度を思い返す。厚意を無碍にするのも失礼だったかと改める。
あっ、とスザクが何かを思い出したかのように声をあげた。
「ごめん、呼び止めて。今日も租界の探索するんだよね? もしカレンを待たせていたら僕に呼び止められてたって素直に言ってくれて構わないから」
慌てたようにやや早口で告げるスザクに、小言などカレンはあまり言ってこないがと思いながらライは頷く。
ただいつも彼女の方が先に待ち合わせ場所である公園についていて、待たせてしまっているのでそろそろ自分が先にとは思っていた。
早く行ってあげて、と送り出すスザクに礼と詫びをして駆け出そうとしてライは足を止め彼の方を振り向いた。スザクは怪訝そうに首を傾げる。
「スザクはこの後は仕事か?」
「うん。あっ、今日は急ぎではないから……」
「そうか。ただ無理はするなよ」
「……技術職だから、危険はないよ。でも心配してくれてありがとう」
何となく嘘をついていると直感が感じたがそのことには目を瞑った。
ライはスザクが「君も頑固」と言ったことに引っかかりを覚え、それはスザク自身に掛かっているのだと考えた。己にも似たようなことがあったからライに対してあれだけ強く説得しようとしたのではないか。
今、ライがスザクにできることは声をかけることだけだ。気に掛けてくれる感謝として、彼と同じように彼を想うだけだ。
それからお互い笑って──ライはやはりまだぎこちなかったが──別れる。
やや小走りで公園に向かっていると、公園入り口前でカレンの姿を見つけた。
しかし彼女はひとりではなかった。パーマのかかったリーゼントのような黒髪でブラウンのジャケットを着た日本人男性がカレンの近くいて、彼女と何かを話している。
警戒しながらスピードを落として気配を消し、ライは読唇を試みる。
──もう大丈夫だ。あいつもやっと納得してくれたからな。
──ああ、いよいよ本格活動だ。
──だからって、カレン。学校は疎かにするなよ?
ライの位置からはカレンの口は見えなかったので彼女は読唇できなかったか、男の方はできた。男の口の動きはブリタニア語ではなく日本語だったが、難なくライは正確に読み取れた。
読み取れた言葉からカレンと男は親しい関係なのだろうと想像がついた。
しかし、ブリタニアの名門貴族の令嬢とおそらく名誉ブリタニア人にどのような接点があるのか。口調から彼女に仕える使用人の類ではなさそうだ。
「道を教えてくれてありがとう、学生さん。それじゃあ俺はこれで」
わざとらしい台詞で締め括って男はカレンと別れた。
他人行儀なのはイレヴンという存在をよく思っていないブリタニア人からカレンを守るためか、それとも別の理由があるのか。
とにかく彼の意図を汲んでライは少し遅れてカレンと合流し、男のことは言及しなかった。
とても気になりはしたが……。
トウキョウ租界は広く、まだまだ回りきれていない。それでも生活していく上で必要な場所は既に案内され終わったので、今はライを知っている人がいないか記憶に引っかかるものはないか様々な場所を巡っている。
しかし成果はなく、ただ歩いているだけになってしまった。
ビル群の隙間から覗く青を見て、ライは空を仰いだ。
やはり良い天気であるし、好ましいと思える空だが、その快晴はどうもライの心を騒つかせた。
「どうしたの? 何か考えごと?」
ライを見上げ、カレンがそう尋ねた。
「空を……」
「空? ああ、いい天気だものね」
同じようにカレンも空を仰ぐ。
「そう言えば、ここ最近ずっと晴れね。雨は降ってないし、曇りだってあなたと出掛けなかった日だけだから、あなたと出掛ける時はいつも晴れってことになるわね。もしかしてライって晴れ男かしら?」
「君が晴れ女なのかもしれない」
「もしくは雨女と雨男で相殺」
「もしそうなら、みんなのために僕たちは一緒に出掛けた方がいいな」
「ふふっ。ええ、そうね」
柔らかな笑みを浮かべるカレン。
2日目から既に割と友好的というか献身的な彼女だったが、その時には微かにあったぎこちなさは今は完全になくなりつつある。それにほんの僅かではあるが、彼女の素らしきものが見え隠れしている。
病弱なシュタットフェルト家お嬢様としては些かがさつ──否、お転婆過ぎるようなところとか。
例えば。
「ねえ、結構歩いたし、お腹空かない?」
そう言ってカレンは屋台を指差す。名誉ブリタニア人がやっているクレープ屋だ。
ライは気分ではなかったので首を横に振ったが、彼女は屋台まで走って行った。
カレンは割と食べるタイプだ。租界案内3日目くらいからは彼女と歩く際は毎日なにかしら食べ歩いている。
彼女の食べるペースは男であるライと然程変わらないように感じた。
毎回なのでお昼ごはん足りないのではないかと問いたことがあったが、その時は尋ねたのか場所かタイミングが悪かったのかジロリと睨まれたのだ。
そんな回想をしているとクレープを手にしたカレンが戻って来た。
「ごめんなさい、私だけ」
「いや。君が美味しそうにバクバク食べているところを見るのも楽しいから、別に構わない」
「バクバクって……」
またジロリと睨まれてしまう。
今度は何を間違ってしまったのだろうとライは首を捻ったが、カレンはたいして気にしていなかったようでベンチに腰を掛けてクレープに齧り付いていた。
やはり学園にいる時よりひと口が大きく、飲み込むスピードも速い。
気を許せる相手だと思われているのか。
それは、ある程度は信頼されているということなのだろうか。
もしそうならば喜ばしいことだ。ライがカレンにしてもらっていることに比べれば小さなことであるが、スザクが言っていた通り頼り頼られの関係に近付いているだろう。
そう思って、ライは三度空を見上げた。
この空に抱いた感情を打ち明けても大丈夫だろうか?
頼れるだけ、頼られているだろうか?
気付かせてくれたスザクに1番に言うべきという気もしたが、思い立ったが吉日という言葉を思い出した。
「どうしたの? また空を見上げて。こんないい天気なら遠出したかった?」
「いや……」
もうクレープを食べ終わったカレンが、ノールックでゴミをゴミ箱へ投げ入れながら問いかける。
逡巡の後、ライはこの空に抱いた気持ちを打ち明ける。
「……そうじゃないんだ。今日のこの空を見ていると……心が苦しくなる。好きな空ではあるのだが、悍ましくも感じるんだ」
「今日の、だけ? 昨日も一昨日も晴れていたけど……」
「昨日や一昨日は晴れていたが雲があった。雲のない青い空が……快晴が、駄目みたいだ」
「そう……。例えば記憶を失うきっかけになった事故が今日みたいな天気だったとか? それなら無意識に恐れているのも──あ……でも、ケガはしてなかったのよね」
「ああ。外傷性ではないって話だ。失った記憶に何かしら関係があるのだろうとは思うけど……」
雲一つない快晴。
希望の吉兆かの如く爽やかで輝かしい青空。
しかし、その下に広がるのは……。
広がってしまったのは……。
広げてしまったのは……。
赤い、赤黒い……。
もう動かない、たくさんの……。
そして、その中には何よりも大切で、守りたかった……。
この世界で、たったふたりの……。
ライの頭の中に、何かが浮かび上がった。だが完全に浮かび上がる前に、左目の奥が熱を持つと同時に記憶に靄が掛かる。
思い出すなと忠告するかのように。
思い出したくないと拒絶するかのように。
「ライ!」
カレンに肩を揺さぶられ、ライは我に帰る。
左目の熱が引く。
記憶の靄も消えたが、頭の中に既に浮かび上がったナニカも断片は残ってしまっているものの消え去る。
「大丈夫?」
「あ、ああ……。すまない、心配かけた」
「もう。無理しちゃダメよ……」
ライは頷きつつ靄とともに消えたものを思い出そうとした。
思い出したくないという気持ちと同じくらい、思い出さなくてはならないという気持ちが湧いたのだ。
何を恐れている。
何から逃げようとしている。
この恐れは、記憶を失ったこととどんな関係があるのか。
まだ何も分からないが、絶対にライは知らなければ──思い出さなければならない。
何としてでも。
どうやって〆ようかアホみたいに悩みまくった。
誤字の訂正……。