『暗殺教室RPG』RTA 殺せんせー札害チャート   作:朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足

15 / 20
「当人不在」

「さて、皆さん……いよいよ決戦の時が迫りつつあります!」

 

 朝のホームルームでの出席確認が終わった後、いきなり殺せんせーはそんなことを言い出した。

 決戦――言葉の響きだけだとちょっと仰々しく聞こえるけど、言いたいことはまあ分かる。要は期末テストのことを言っているのだろう。一学期で学んだ数々の知識、それらがきちんと定着しているかどうかを確認するためのイベントである。

 

 ……昔なら少し憂鬱な気分になっていたかも知れない。

 成績の悪い僕らにとって、テストとは拷問のようなものだった。足りない試験時間に埋まらない解答欄、そのため点数はいつも酷いあり様で。自身が不出来だという現実と嫌でも向き合わなければならなかった。

 

 でも、今は違う。僕たちは変わりつつある。

 殺せんせーの分かり易い教えのおかげで固まった基礎、後はそれを本番に向けて発展させていくだけだ。今度こそ自信をもてる第二の刃を示すために。

 

 ただ一つ心配なのは中間の時のような妨害だろうか。

 僕らの知らぬ間に突如として行われた出題範囲の大幅な変更、もしまた同じことをされでもしたら……。

 

「皆の心配も分かるが、その点に関しては俺たちに任せて欲しい。生徒が勉強に集中できる環境をつくるのは教師の仕事だ」

 

 だから、君たちは勉強に専念してくれ。

 皆の不安を少しでも和らげるためか、至極真剣な面持ちで烏間先生はそう言った。相変わらずまっすぐな目をする人だ。その瞳からは彼の強い意思が感じられる。

 こうも真摯な態度を取られた以上、僕たちは彼ら教師陣を信じるより他ないだろう。後は期末テストに向けての勉強にひたすら取り組むのみである。

 

 エンドのE組と馬鹿にされ続けるのはもうこりごりだ。

 今度こそは、と奮起する僕ら。そして、次に殺せんせーが投下した爆弾発言は、そんな僕らのやる気をさらに引き出すものだった。

 

「前回は総合点で評価しましたが、今回は皆さんの最も得意な教科も評価に入れます。各教科ごとに学年一位をとった生徒には――答案の返却時、()()()()()()()()()()()をあげましょう」

 

 ――!?

 

「先生、しつもーん」

「なんでしょう? 中村さん」

「それってさ、もし一位の人が二人いたらどうなんの? 貰える権利は一本のまま? それとも二本?」

「いい質問ですねぇ。もちろん、その場合は二本になります。先生、そこまでみみっちいまねはしません」

「じゃあ、俺からも一つ。各教科ごとっていうのは主教科の五つのことでいいんでしょうか?」

「えぇ。ですが、だからと言って副教科の方も手を抜いてはいけませんよ?」

 

 ……これはチャンスだ。生徒であると同時に暗殺者でもある僕らにとって、とても大きな。

 本当にこの先生は生徒を()る気にさせるのがうまい。

 おかげで教室中の空気がより一層引き締まった。非常にいい雰囲気だと言えるだろう。

 

 しかしそれにしても、殺せんせーもまた随分と思い切った提案をしたものだと思う。何せ今この教室には――入学以来、その学年一位の称号をずっと獲得し続けている()()がいるのだから。

 

「くあぁ〜……。……え、何? 何で皆また私のこと見てるの? 何で?」

「あはは……。穂波さん、話はちゃんと聞いておこうね?」

 

 とはいえ、僕らも負けていられない。中村さんの質問で分かったように、一位をとる生徒が複数いれば、その分破壊できる触手の本数も増えるのだ。そしてそれに伴って、殺せんせーの運動能力も低下していく。

 地球の存亡のためにも、暗殺を成功させるためにも、この機会は絶対に逃してはならない。

 

 こうして僕らはいずれ来たる決戦の時に向けての準備を始めたのである。

 

 

 

 

 

 それが、どうしてこうなってしまったのか。

 

「――勝負といこうじゃないか! “彼女の所有権”をもつにふさわしいクラスがどちらか決するために!」

 

 ……本当にどうしてこうなってしまったんだろう。

 びしっと突きつけられた人差し指を見て、僕たちはただただ溜め息をつくしかなかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 人並外れた頭脳に高いカリスマ性、そして実の父親から受け継いだ支配者としての遺伝子。彼、浅野学秀という生徒のことを知らない人間はこの学園には存在しない。生徒会長にして三年A組を統率するリーダーでもある彼は、まさしく椚ヶ丘中学校の傑物である。

 おおよそ欠点らしい欠点もない。強いて言うなら、その優秀さから非常にプライドが高く、自身以外の者を当たり前のように見下す癖があるという傲慢なところがそうかも知れないが、それを補ってあまりある程の超人的な資質が彼にはあったのだ。

 

 そんな彼が唯一自身と対等な立場に立つことを()()()人物こそ、あの妖精の異名をもつ少女である。

 

 穂波水雲――金髪碧眼という日本では中々お目にかかれない容姿をした彼女は、その珍しさと美しさから入学当初の時点で周囲からの注目を集めていた。

 そして、それだけではない。水雲がその名を馳せるに至ったもう一つの理由、それは……彼女があの極めて優秀な学秀以上の頭脳をもつ人物だったからである。

 

 入学して以来、校内の中間・期末テストでは全教科で満点。全校模試の方でも全て満点。さらに言えば、彼女は授業中に度々行われる小テストですら一点も落としたことがない。つまり、こと成績面において、水雲は学秀よりも上をいっているのであった。

 無論彼とて満点を取ったことは何度もあるが、それでも一点や二点取りこぼすことの方が多い。学秀ですらなし得ないことを、彼女はずっと達成し続けている。

 

 ――この女は、自分と同格かも知れない。

 

 紛う方なき天才である彼が、同じ天才である彼女に対して興味を抱かない筈がなかった。まさか自分と同レベルの人間がこんなにも身近にいようとは。ゆえに彼は、彼女が自身に対等な視線を向けることを()()()のである。

 水雲としても彼との交流を拒むことはなかった。元来、彼女は社交的で明るい人柄である。やけに積極的に絡んでくる彼に、彼女は快く応対した。

 

 実際、彼らの相性はこの上なくよかった。

 学秀の唯一の欠点である傲慢な部分は心優しい水雲がカバーし、逆に水雲に足りないリーダーシップは学秀の方がそれを遺憾なく発揮する。こうしてA組は二人の天才によって率いられる運びとなったのだ。

 そして、いつしか二人は最上級にお似合いの組み合わせ(カップル)だともてはやされるようになっていったのである。

 

 学秀にとっては間違いなくこの頃が黄金期であった。

 互いに競い合える友人に加え、それなりに優秀(便利)な四人の仲間(手駒)もでき、名声もさらに高まった。充実した毎日を送りながら、彼が目標とする実の父親への下剋上を虎視眈々と狙っていたのである。

 

 もっとも、その黄金期も四月の一学期開始時点で終わりを迎えたのだが。

 

『穂波さんが……E組行き……?』

 

 水雲がE組行きとなった知らせ、それは学秀に少なからず衝撃を与えた。当然納得などできる筈もない。あの彼女がまさか、何かの間違いではないかと理事長室にまで直談判しに行ったものの、結果が変わることはなかった。

 彼女が消えたのはA組にとって多大な損失である。鳥が翼の片方を失ってしまったようなものだ。

 

 しかしながら、彼の立ち直りは早かった。

 E組の生徒には救済措置が用意されている。中間または期末の試験で学年五十位以内に入り、なおかつ元の担任がクラス復帰を許可するという内容だが、彼女の実力なら両方とも簡単に達成できる内容である。

 懸念を抱く必要がどこにあろうか。次の中間テストが終われば彼女は必ず戻ってくる。

 

 今はもっと他のことに取り組むべきだ。そう思った彼が行ったのは、彼女がE組行きとなって動揺するクラス連中を落ち着かせることと――言論統制であった。

 前者はともかくとして、後者の方は完全に彼の私情によるものである。

 この学校のシステムではどんな生徒であろうとE組行きとなった時点で差別の対象となる。それは水雲とて例外ではない。次の中間テストが終わるまでの短い間とはいえ、自らが認めた彼女がそこらの有象無象によって馬鹿にされるのは許し難かったのだ。

 

 ゆえに、現在校舎内で彼女を嘲笑する者は教師も含めて一人としていない。

 こんなわがままが通るのもひとえに彼の影響力が凄まじいためであった。

 

 ところが、ここで誤算が発生した。

 

『クッ……! なぜ彼女は戻って来ないんだ……!』

 

 条件を満たしているにも関わらず、待てども待てども彼女は一向に戻って来る気配を見せない。もしや担任が許可しなかったのかと思ったがそうでもないらしい。

 だとするなら考えられるパターンは二つ。彼女自身がそれを望んでいないのか、あるいは彼女の周囲がそれを妨害しているのかのどちらかである。彼個人としてはE組による妨害説を推したかった。何せやつらは大半がろくでなしの連中だ。彼らが彼女のようなエリートを敵視して嫌がらせを行っている可能性は十分にあった。

 

 なお、こうしている間にも言論統制は続いており、そのせいで学校中には段々とこんな噂が流れるようになってしまう。『かつては付き合っていた両者だが、やたら重い学秀に嫌気が差した水雲は彼と別れようとした。しかし彼にそれを拒絶され、彼女は彼から離れるために仕方なくE組に落ちた』というものである。本来ならすぐにでも戻って来られる筈の彼女が一向に戻って来ないのも、この噂の信憑性を高めるのに一役買っていた。

 

 そもそも二人が男女の関係だったという前提自体が間違っているのだが、噂とは得てしていい加減なもので。こうなったのも彼が彼女に肩入れし過ぎた結果である。

 

 いつまで経っても彼女が戻って来ないどころか別れた恋人と必死に縒りを戻したがっている男という不名誉な評判まで広まり、彼の鬱憤は溜まるばかりだった。

 まあ、噂に関してはどうせいつか自然消滅するだろうからそこまで気にしてはいない。一番の問題はやはり彼女が戻って来ないこと。これに尽きる。

 

『……図書室にE組の連中が?』

 

 そんな時であった。何人かのE組の生徒たちが図書室で勉強していると聞きつけたのは。

 

 ……この機会は絶対に逃せない。彼らと直接話をすることが彼女を取り戻す近道となる。

 四人の手勢を引き連れ、彼は図書室へと向かう。

 その様子は、さながら魔王に囚われた姫を助けに向かう勇者のようで。

 

 A組とE組――両クラスの戦いが今まさに幕を開こうとしていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「いい加減、君たちには彼女を返して貰いたい」

 

 彼らは、突如として僕たちの前に現れた。

 “五英傑”――その名の通り五人の天才たちによって構成されたグループで、校内でも有名な集団である。

 そんな彼らがなぜ急に僕らの元へ押しかけてきたのだろう? 驚きで戸惑う僕らに対し、あちら側のリーダー格である浅野君は開口一番そう言ったのだった。

 

 ……はっきり言って意味が分からない。

 というか、そもそも真面に会話するのもこれが初めてなのだ。それなのにいきなりそんな意味不明な言葉から入られても……。

 

「あー……浅野? いきなり押しかけられてそんなこと言われても、俺らも何をどうしたらいいか分からないって言うか……。できればもっと具体的に――」

「とぼける気か? 磯貝君」

 

 穏便な話し合いを望む磯貝君の声を彼はたちどころに切って捨てた。

 

「君たちE組がいると聞いたから、こっちはわざわざ貴重な時間を割いてまでここへ来たんだ。……もう一度だけ言おうか。いい加減、君たちには彼女を返して貰いたい」

 

 どうやら五英傑の筆頭はかなり機嫌が悪い様子。

 これ以上彼の機嫌を損ねないためにも、ここから先は慎重に言葉を選んだ方がいいだろう。

 

 しかしそれにしても、さっきから浅野君は一体誰のことを言っているのか。

 彼と関わりのある人物、彼女ということは多分女子生徒なんだろうけど……。

 

(……あれ? もしかして……)

 

 よくよく考えてみれば、E組の生徒の中でその条件が当てはまるのはたった一人しかいない。

 

「それって……()()()()()()()?」

 

 浅野君の動きが一瞬だけぴたりと止まる。

 

「……。まさか、本当に分からなかったのかい?」

「えっと、まあ、その……うん」

「そうか……。実に見事な蒙昧っぷりだね。思わず尊敬の念を抱いてしまったよ、この僕が……」

 

 意図せず彼の気勢をそぐ結果となってしまった。

 まあ、何はともあれ彼が穂波さんのことを言っているのは分かった。かつてA組にいた彼女のことだ。きっと彼とも交流があったのだろう。

 

 けれども、まだ根本的な解決には至っていない。

 

「浅野君が穂波ちゃんのことを言ってるのは分かったけどさぁ……じゃあその穂波ちゃんを返して欲しいっていうのは何なの? そこがよく分からないんだけど」

 

 参考書を枕にしていた中村さんが気怠げに言う。

 僕たちは心の中で彼女の発言に同意した。彼女と全く同じことを疑問に思っていたのだ。

 それを聞いていよいよ我慢の限界に達したのか、浅野君はその秀眉をつり上げると、ここが閑静な図書室であるにも関わらず声を荒らげるのだった。

 

「まだとぼける気か? ()()()()()()()()()!? ()()()A()()()()()()()()()()()!?」

 

 ……は?

 

 今度はこちらが動きを止める番だった。

 

「いやいやいや、ちょっと待って――」

「どんな弱みを握ったのか知らないが、随分となめたまねをしてくれるな……! 何を企んでいる? このまま彼女を捕らえ続けて、一体どうするつもりだ!?」

「私たちがそんなことする訳ないでしょ!」

「そうですよ!」

 

 どうやら彼は、穂波さんがE組に留まっているのは僕たちのせいだと思っているらしい。

 

 ……なるほど。確かに彼がそう考えるのも無理はない。

 彼からしてみればE組とは落ちこぼれた生徒が集まるだけのクラスで、そのうえ勉強に集中できる環境でもない。どう考えてもそんなところに長居するメリットなどなく、ところがなぜか彼女は一向にA組に戻ろうとしないのだ。いつでもそこから抜け出せる実力はあるというのに。

 これはさすがにおかしい。それなら原因は彼女自身ではなく彼女の周囲にあると考えるべきだ――大体こんな感じの流れだと思う。

 

 残念ながら浅野君のその推測は外れだ。

 彼には信じ難いかも知れないけど、彼女がE組に留まっているのは完全に彼女自身の意思によるものである。

 

 とはいえ、そのことを説明するのも難しい。

 少し前に彼女が言っていたことだ。

 

『ああ! 私が元のクラスに戻るのかどうかって話か! それなら戻る気はないよ。E組の皆とも、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 彼女が未だE組に留まったままなのは、多分一番の要因として殺せんせーがいるから。好奇心旺盛な彼女にとって先生はドストライクな存在だ。実際まだまだ謎が多いし、僕もよくその談義で彼女と盛り上がっている。

 とすると、このことは彼には話せない。話そうとすれば必然的に殺せんせーのことについても話さなければならなくなってしまう。それは禁則事項だ。逆に殺せんせーのことを抜きに話そうものなら、内容が曖昧過ぎて絶対に彼は納得しないだろう。

 

 ――この状況、一体どうすれば……。

 

 完全に手詰まりになってしまった僕たちは沈黙するしかなかった。……せめてこの場に穂波さん本人がいればまだどうにかなったものを。よりにもよって彼女が不在の時に来るなんて。

 

 そんな時である。彼がとある提案をしてきたのは。

 

「そういえば、確か君たちはテストで上位を狙っていると聞いたがそれは本当なのかな? ……よし、それならこうしよう。次の期末テスト、A組対E組で勝負といこうじゃないか! “彼女の所有権”をもつにふさわしいクラスがどちらか決するために!」

 

 僕たちにびしっと人差し指を突きつけながら、浅野君は高らかにそう言ったのだった。

 

「……どうする?」

「どうするも何も……受けるしかなくない?」

「こっちが何言っても納得しないだろうし……」

「というかこの勝負、あちら側にも私たち側にもメリットがないんですけど……」

「やっぱりそうだよね。……気づいてないのかな?」

 

 彼が提案してきたこの勝負、元々穂波さんがいる僕らは勝っても意味がないし、向こうが勝ったとしても結局戻るかどうかは本人の意思であるためやはり意味がない。

 こんな無意味な勝負、本来ならわざわざ受ける必要もないのだけれど……彼の態度を見るに断ったらもっと面倒なことになりそうな気がするのだ。

 

 正直、さっさと話を終わらせて勉強に戻りたいというのが僕らの本音だった。

 クーラーが効いたこの快適な空間は旧校舎では決して味わえないものだ。せっかく磯貝君が予約してくれていたのだから心ゆくまで堪能したい。

 それに学年一位を目指している以上、彼らとの対決は避けようのないものである。殺せんせーを暗殺するためにも最終的に僕らは勝たなければならない訳で。

 

「まあ、いいよ別に」

「言っとくけど、今回俺たちは結構本気だからな?」

「……言質は取った。証人は必要ないか。僕たち以外にもこれだけの生徒がいる訳だからね。この際ついでにルールの制定もしておこう」

 

 どこからかノートパソコンを取り出した彼は素早いキー操作であっという間に契約書を完成させる。

 

 その概略は以下の通りだ。

 

 

 勝敗は次の期末テストの成績によって決まる

 

 基本的には『国・英・数・社・理』の各五教科とそれらの総合点のみを対象とするが、万が一引き分けた場合は副教科も対象とする

 

 副教科を含めてもなお決着がつかなかった場合、クラス内の上位者人数によって優劣をつける

 

 勝利したクラスには“穂波水雲の所有権” “敗北したクラスへの命令権一つ” が与えられる(穂波水雲個人は賞品としてみなされる。そのため彼女の成績はこの勝負において一切の効力を有しない)

 

 

 ……勝敗のつけ方に文句はない。引き分けになった時の場合までしっかりと詳細に書かれている。

 

 ただ、最後の部分だけが少し気になった。

 

「……ん? ()()()()()()()()()()()?」

「何これ?」

「浅野、これは一体どういう……」

 

 唐突にそんなものをつけ足した意図が分からず困惑する僕らに対し、浅野君は薄ら笑いを浮かべながら答えた。

 

「そんなに驚くことかい? 君たちが言ったことじゃないか、彼女自身がE組に留まることを望んでいると。もしそれが事実ならそもそも勝負が成立しない。命令権はそうはならないようにするための保険さ」

 

 さらに彼は重ねて言う。

 

「ああ、それとちなみに。僕らが勝った場合、君たちにはこんな命令をするつもりだ――()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とね」

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 契約書のコピーは後日届けるよ――最後にそれだけを言い残して五英傑は去っていった。

 後に残された渚たちはもはや勉強どころではなく。

 成り行きでとんでもない契約を結んでしまった。いや、契約自体に問題はない。問題なのはこの勝負に水雲の所在がかかっているという点である。

 

 まさか彼があんなにも彼女に執着していようとは。

 他の生徒にも見られていた以上、今更全てなかったことにはできない。

 

「あー、もう! 何なのあのキザで高慢ちきなストーカー野郎! めっちゃムカつく!」

「とりあえず、A組と勝負することになったのはまた今度クラスの皆にも伝えるとして……問題は穂波さんか」

「何て言えばいいんだろう……」

「……少なくともいい気分にはならないと思う。自分の知らないところでそんな勝手な扱いを受けてたなんて、後から聞いたら僕だって嫌になるし」

「でも、隠し通すのもしんどいよね〜……」

「穂波さんには所有権云々に関するところだけを伏せておいて、先生と皆さんには全てをお伝えしておくというのはどうでしょうか?」

「それが無難かな……」

 

 どんよりとした空気が漂う中、それを振り払うかのように明るい声を上げたのは有希子だった。

 

「色々あったけど、私たちの目標は変わってないよね。次のテストでは皆で学年一位を目指す……そうでしょ?」

 

 確かに彼女の言う通りだ。テストで学年一位を取るというE組の指針は当初よりぶれていない。

 殺せんせー暗殺のためだったのが、今回新しくそこに水雲をA組の魔の手から守るためという理由が加わった……それだけのことである。

 

「そうだよな。もっと単純に考えればいいか」

「ま、英語なら任せてよ。百点くらい楽勝楽勝、That's a piece of cake! ってね」

「私も頑張ります! 理科なら自信があるので!」

「う〜……あんなやつには絶対に穂波さんは渡さん……。よし、私も頑張る」

 

 決戦を前に一致団結する渚たち。

 

 同時刻、彼らの方でも話し合いが行われていた。

 学秀を中心に、この勝負の目的を改めて確認していく。

 

「実に鮮やかな手際だったよ、浅野君。勉強になった」

「でもさ……この勝負、負けた時のリスクが大き過ぎやしないかい? 一回きりとはいえ何でも命令できるってのはさすがに……」

「百パーセント確実に彼女を取り戻すための必要経費さ。この程度のリスク、元より承知の上だよ」

 

 今回、彼にとって一番悩ましかったのがE組の連中と彼女との関係性である。彼女がE組に留まるのは彼女自身が原因なのか、それとも彼女の周囲が原因なのか。こればかりは彼の視点では分からないものだった。

 ゆえに命令権などというとんでもないものを賭ける必要があったのだ。リターンを得るためにはそれ相応のリスクを冒さなければならなかった……それだけのことである。無論E組への嫌がらせも兼ねているが。

 

「まあ、要は勝てばいいだけの話。彼らにはぜひ教授して差し上げようじゃないか! この名門椚ヶ丘中の太陽である僕らの真の実力というものを! ……理事長からもそう直々に言われてることだしね」

「ギシシシシ! 俺たちが負ける訳ないな!」

「あんな雑魚ども蹴散らしてやる。……そうか、いよいよ彼女が戻って来るのか」

 

 彼以外の四人も水雲が戻って来ることを望んでいた。

 あの学秀を唯一的確にサポートできる他、生徒たちの頂点に個としても君臨する人物である。彼らにとっては学秀同様憧れの存在であった。

 この二人が揃う限り、我々に敵はいない。そう確信した黄金の日々が今では懐かしい。

 

 それに彼女に対しては各々恩義があった。

 例えば冴えないガリ勉に過ぎなかった夏彦が五英傑まで上り詰めたのは彼女に声をかけられたことがきっかけで、また智也は自身が得意とする英語の発音に関して過去に彼女から助言を受けたことがある。このようにそれぞれが彼女との親交を機に大きな糧を得ているのだ。

 

「まずはそうだな……会議室を貸しきってクラス全員強制参加の勉強会でも開こうか」

 

 決戦を前に余裕綽々の学秀たち。

 

 A組とE組、果たして軍配が上がるのはどちらなのか。その結末はまだ誰にも分からない。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「――で、結果この様と。まあ、一応言い訳くらいは聞いておこうか。何か弁明は? 浅野君」

「……」

「私が耳にした話では、とある女子生徒を奪還するために君自ら率先してE組に勝負を仕掛けたとか……これは事実なのかな? だとしたら驚きだよ。いつの間に君は学生から勇者へ転職(ジョブチェンジ)したんだい? 囚われた姫を助けに魔王城へと乗り込んだ勇者浅野君は、しかし残念なことに練度(レベル)が足りず逆にこてんぱんにされてしまったという訳だ」

「……」

「実に恥ずかしいね。下らないごっこ遊びに現を抜かしているから足を掬われるんだ。取るに足らないと思っていた連中に君は負けたんだよ――今どんな気持ちなんだい? 私にもぜひ教授して差し上げてくれないかな? 別れた恋人と必死に縒りを戻したがっているらしい浅野君?」

「……っ、っ、っ!」

 

(クソッ、E組め……! この屈辱はいつか必ず倍にして返してやる……!)


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。