『暗殺教室RPG』RTA 殺せんせー札害チャート   作:朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足

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「赤羽業の述懐」

「体の調子はどうだ? 穂波さん」

「ん〜、まだちょっとだけ倦怠感が残ってますけど……これくらいなら全然問題ないです」

 

 またしてもトラブルに巻き込まれてしまったE組。

 今回の事件の首謀者は――なんとあの鷹岡明であった。少し前に新任の体育教師としてE組を訪れ、そしてそこで悶着を起こし、最終的には浅野理事長から直々に解雇を言い渡された人物その人である。

 E組を去った後は防衛省の機密費を盗み出して姿をくらましたようだが、どうやら虎視眈々と復讐の機会をうかがっていたらしい。数ある生徒の中でも明は特に渚に対して強い憎悪を抱いていた。

 

 しかし、結局のところ彼はその渚に打ちのめされた。

 自身が一番恨んでいた生徒にまたしても敗北する……その結末はまさに皮肉と言えよう。

 

「そうか、それは何よりだ。……改めて言わせて欲しい、君には本当に申し訳ないことをした」

 

 両手を閉じたり開いたりすることで感覚を確かめる水雲に、惟臣は深く頭を下げて謝罪する。

 

 明によって企てられたこの騒動、それは生徒たちにいくつか被害をもたらした。彼女の場合は暗殺者から強力な麻酔のガスを吸わされてしまい、そこからほぼ一日近く意識を失ったままであった。

 これが不幸中の幸いだったのは言うまでもない。もし暗殺者が用いたガスがより毒性の強いものだったら今頃彼女の身はどうなっていたことか。本来、あの場面は惟臣がかばわなければならなかった。生徒を危険な目から守るのは教員にとって当然の務めである。

 

「頭を上げて下さい、烏間先生。こうなったのは別に貴方のせいじゃありませんよ」

「いや、俺の責任だ。あの時、俺がもっと周囲を警戒していればこんなことにはならなかっただろう。敵の存在を見落とし、あまつさえ生徒を危険にさらすなど……」

「それを言うなら私の行動だって褒められたものではない筈です。少しばかり無茶をしてしまいました。あの時、もっとうまく立ち回れていれば……」

 

 唐突に始まる反省会、自らの行動を省みる二人。

 両者ともに真面目で責任感が強い性格であるため自然と雰囲気が重くなってしまうのだ。

 

 ……いずれにせよ一番の悪は既に捕らえられている。

 このまま気が滅入る話をずるずると続けるのもどうかと思った水雲は話題を変えることにした。

 

「そういえば殺せんせーはどうなりましたか?」

「やつならば今暗殺肝試しの準備とやらで辺りを忙しなく動き回っている最中だ。情けない話だが、結局あの完全防御形態を突破することはかなわなかった」

「でしょうねぇ〜。……え? 暗殺肝試し?」

「ああ、これからクラス総出で行うらしい。後、そのことに関してやつから伝言があるんだが、『もしまだ体調が優れないようならこのまま休んでいても構わない』と――」

「参加します!」

「……まあ、君ならそう言うだろうと思っていたよ。くれぐれも無理のないようにな」

 

 沖縄離島リゾート最後の特別企画――『納涼! ヌルヌル暗殺肝試し』がまもなく始まる。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「怖くないのが、怖い?」

「そ。普通さ、強いところを見せた人間ってちょっとは警戒されるじゃん? ……でも、鷹岡を倒して帰ってきた渚君は、その後何事もなく皆の中に戻ってった」

 

 だからこそ怖いのだと、彼――赤羽業は胸の内を語る。

 単なる力比べなら彼は渚に勝てるだろう。だが、そんなものに一体何の意味があるというのか。

 殺し屋にとって最も重要なのは腕力ではない。いかに標的を殺せるか、である。

 

 つまり、相手に警戒されない技術――いや、この場合は素質と言うべきか――をもつ渚は、暗殺という一点において業のはるか先を行っているのだ。

 

「なるほど。……それにしても、こうしてカルマ君が自分のことを話してくれるのは珍しいですね」

「あ、ごめん。迷惑だった? 奥田さんかなり聞き上手だし、つい口が軽くなっちゃうんだよね」

「いえ、迷惑だなんてことは。むしろ嬉しいくらいです。カルマ君の内面を知ることができて」

「そう? ん〜、じゃあそのお言葉に甘えてもう一つだけ聞いて貰おうかな〜……」

 

 肝試しの道のりはまだまだ長い。

 手元の懐中電灯をもてあそびつつ業は言葉を続けた。

 

「俺さ、あの人のことも怖いんだよね」

「あの人、ですか? 一体誰の――」

()()()()

 

 え、と思わず愛美はその場で足を止めてしまった。

 まさか彼の口から彼女の名前が飛び出そうとは思いも寄らなかったからである。

 

 彼が彼女――水雲のことを苦手に思うのは分かる。

 真面目で心優しい性格だが、同時にちょっと()()な一面もある彼女。決して仲が悪いという訳ではない。ただ、彼女と業は相性があまりよろしくないのだ。

 

「怖い以前に苦手ってのは、まあその通りなんだけど。ちょっと前にドッキリでからし入りのシュークリームを食べさせたことがあるんだけどさ」

「えぇ……。何でそんなことしたんですか?」

「やー、だってさ、気になるじゃん? いつもにこにこしてる穂波さんがドッキリに引っかかったらどんな反応するんだろう、って。奥田さんは気にならない?」

「いや、まあ、気にならないと言えば嘘になりますが」

「でしょ? 甘い物が好きって話は事前に聞いてたから、やるならこれだって思ってね。で、準備したそれを渡して早速その場で食べて貰った訳なんだけど……。あの人さ、どんな反応したと思う?」

 

『……。辛いね、これ』

 

「いや〜、いくら何でもあれは駄目でしょ。ほぼノーリアクションだし、しかも最終的に全部完食するしさ〜」

「あはは……。とても穂波さんらしい反応ですね」

 

 きっと彼女は真顔で淡々とそのからし入りのシュークリームを食べ進めていったのだろう。

 当時の場面を脳裏で容易に想像することができた愛美は苦笑いを浮かべた。確かにこれはやるせないな、と。

 

「感想もたったの一言だけって。もっと他に何かあったでしょ。……ま、その話はさて置いて。俺が穂波さんを怖いと思う理由、本題はこっちの方ね」

 

 そう言って少し真面目な顔つきになる業。

 声のトーンも一段と低くなった。

 

()()()()()()()()()()()()んだよね」

「……どういう意味ですか?」

「頭よくて運動もできて性格もいい、それは分かるよ。ただ肝心の中身が一切見えてこないよねって話。さっき奥田さんも言ってたことだけど、相手の内面って一緒に喋ったり遊んだりすれば自然とある程度は見えてくるもんでしょ? ああ、こいつはこんな感じの人間なんだ、って」

「それはそうですけど……。すみません、カルマ君が何を言いたいのかよく分かりません……」

「ん〜、なら磯貝を引き合いに出せば分かるかな。あいつって系統的には穂波さんとほぼ同じじゃん? でも、あいつからは特に裏っぽいもんは感じないでしょ?」

「……」

「どう? 俺が言いたいこと、何となく分かってきたんじゃない? ……勘だけど、磯貝と違ってあの人は()()()()()()()()()()()()()()。多分まだ何か隠してる」

 

 最後に、と彼は一言つけ足した。

 

「だから、さ。あの人とはあんま関わらない方がいいと思うよ? まあ、余計なお世話かも知んないけどさ」

 

 それは彼の善意による忠告であった。

 

(私、は……)

 

 愛美は考える。修学旅行を機に水雲と接するようになった彼女だが、仮に業の見立てが正しければその選択は間違いだったということになる。

 いや、今からでも遅くはないのか。今の内に彼女と距離を取ってしまえばいいだけの話なのだから。

 

 そして彼女は――

 

「はい、余計なお世話です」

 

 業からの忠告を一蹴したのだった。

 

「ふぅん。……理由聞いてもいい?」

「友達だからです。私にとっては大切な。それに例えどんな思惑があろうと、これまで彼女が皆を助けてきたことに変わりはありませんから」

 

 頭脳明晰でかつ人一倍警戒心が強い彼が出した結論だ。可能性としては十分にあり得る。

 

 しかし、愛美は友人の方を信じることに決めた。

 彼女自身がそうするべきだと思ったから。

 

「だから私はカルマ君の言葉よりも穂波さんを取ります」

「……。奥田さんってさ、実は結構図太いよね」

「え? いえ、そんなことは……」

「あ〜あ、なんかすげぇ負けた気分。俺やっぱあの人のこと苦手だわ。後怖い。渚君以上に」

 

 ……肝試しの道のりはまだまだ長い。

 懐中電灯の明かりを頼りに二人は海底洞窟の奥へと進んでいくのであった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

『穂波さん、体の調子は問題ありませんか?』

「うん、すっかり元気だよ! ……って、それ聞かれるの今日でもう五回目だよ〜」

『それはそうでしょう。皆さん、貴女のことをとても心配していましたから。もちろん私もその内の一人ですよ』

 

 現在、私は穂波さんとともに薄暗い海底洞窟を歩いていました。……いえ、この言い方は正確ではありませんね。厳密には彼女の携帯電話の中に入って、です。

 

「律ちゃん、ちょっと写真撮ってくれない? もしかしたら何か写り込むかも知れないし!」

『分かりました。はい、チーズ』

「ありがと。どう? 何か写った?」

『いえ、特には』

「そりゃ残念。写ってたら倉橋さんたちに見せにいったのにな〜」

『穂波さんは幽霊肯定派なのでしょうか?』

「……難しい質問だね。どちらかと言えば否定派だけど、いてもいいとは思ってるよ」

『……それは矛盾しているのでは?』

「律ちゃん、人間は矛盾する生き物だよ。私が幽霊に対して否定的なのは、もし本当に幽霊が実在しているのならこの世が幽霊だらけになってると思うからだね。何の未練もなく死ねる人間なんている訳ないし。で、いてもいいって思う理由は文字通りそのまんま。例え死んでいたとしてもそこにずっと存在していて欲しい、なんて人が自然と抱くごくありふれた願いに過ぎないんだから」

『……なるほど。何と言うか、難しいですね』

「そうだね。人間はとても難しい。だから律ちゃんも焦らずゆっくりと学んでいけばいいんだよ?」

『はい。一朝一夕で身につくものではなさそうです』

 

 殺せんせーが企画した肝試し、それ程参加する意義を感じられなかった私は最初辞退しようとしていたのですが、彼女から熱心に誘いをかけられたためにこうして参加することになりました。曰く、もったいないと。

 その言葉の意味は当然知っていましたが、感覚的にはいまいち理解できていませんでした。しかしそれも穂波さんと行動をともにしている内に掴めてきました。

 

 ただ歩きながら会話しているだけなのに……なぜか楽しい。心地よい。快い。

 確かに彼女が言った通りでした。この感覚を得られる機会を逃してしまうのは惜しいです。意義に重きを置き過ぎるのも考えもの、ということですね。

 

『そういえば、穂波さんに一つお聞きしたいことが』

 

 道中、ふと私はとある疑問を思い出しました。

 クラス総出で行った初日の暗殺に関することです。

 

『惜しいところまではいったものの、結局殺せんせーを殺すことはできませんでした。最後のとどめとして放たれた弾丸が当たる直前、完全防御形態に移行されたからです』

「かなり惜しかったよね〜。……でもまあ、正直あれは仕方なかったと思うよ? あんなのどうしようもないし」

『えぇ、それには私も同感です。殺せんせーの方が私たちよりも上手だった、ただそれだけのことに過ぎません』

「うんうん。それで?」

『……私が疑問に思ったのは、()()()()()()()()()()()()()()()についてです。あの暗殺の一部始終をハイスピードカメラで撮影し記録(メモリー)に残してあるのですが――何度それを見返しても放たれた弾丸は()()()()なんです』

 

 そう、何度確認しても弾丸は二つだけでした。

 これは少し変です。なぜならその役目を担っていた人物は三人いたのですから。

 

 千葉君と速水さんと、それからもう一人――

 

『あの時、どうして穂波さんは撃たなかったのですか? あるいは何か撃てない理由があったのでしょうか?』

 

 私は彼女にそう問いかけました。

 ずっと気にはなっていたのです。ちょうどいいタイミングが見つからなかったため聞けずじまいでしたが。

 

 ……まず一番に考えられるのは弾詰まりですね。

 これなら彼女が撃てなかったことにも納得が行きます。例えどれだけ事前に準備をしていようと、いざという時に限ってアクシデントとは起こるものです。

 それとも、他の二人と同様に緊張して引き金を引けなかったのでしょうか? こちらも十分に考えられます。彼女とて人、感情に左右されることも――

 

 

 

 

 

「当てられないって分かってたからだよ」

 

 

 

 

 

『……え?』

 

 今、彼女は何を……?

 というより、何だか様子が……。

 

『穂波さん……?』

「ああ……本当ままならないよね、人生って……。いつまで経っても囚われたまま……。やっぱり私は変えることができないんだ……」

 

 ……影のせいで彼女の表情は見えません。

 ですが、声色から明らかに様子が変だと察せられます。

 

『穂波さん、あの、どうされ――』

 

 私がとりあえず呼びかけようとしたその時でした。

 

「ひーッ! 西洋人形!」

 

 突如として殺せんせーがこの場に現れ、そして穂波さんを目視するなりそう叫んだ後、またすぐにマッハでどこかへと消えてしまったのです。

 あまりにも突然の出来事だったため、一瞬とはいえ思わず全ての動作を停止してしまいました。

 

 いや、本当に急でした……。

 彼の身に一体何が起こったのでしょうか?

 

「何だったんだろうね、今の……」

『全くです――って、え? えっと、穂波さん? もう大丈夫なのでしょうか?』

「え、何が? 体の調子なら別に全然平気だよ?」

『そう、ですか……。いえ、何でもありません』

 

 殺せんせーのことだから、きっと皆を驚かすつもりが逆に自分が驚く羽目になって、それで完全にパニックになっちゃってるんだよ――そう言ってくすくすと笑う彼女から先程までの異常な雰囲気は一切感じられません。いつもの、平時の、普段通りの彼女です。

 

 ……私の勘違いだったのでしょうか? 後でシステムに不調がないか確かめなくては。

 

「でも、冷静さを失ってるってことはつまり――」

『絶好のチャンス、という訳ですね?』

 

 何の、なのかは言うまでもありませんね。

 懐中電灯を片手に私たちは海底洞窟の中を進みます。穂波さんの様子がおかしかったことなど、会話していた内容も含めて私はもはや気にしていませんでした。

 

 

 

 

 

 ああ、その判断が大きな間違いだったのだ。

 私はこのことを誰かに伝えなければならなかった。

 そうすれば、あんな事態は防げたかも知れないのに。


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