『暗殺教室RPG』RTA 殺せんせー札害チャート   作:朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足

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「潮田渚の分析」

 穂波水雲――元A組の優等生。

 勉強や運動以外にも様々な分野で活躍していて、学校中にその名が知れ渡っている有名人。

 そして……殺せんせーに対して初めてダメージを与えることに成功した生徒。

 

 突如としてE組にやって来た彼女のことを、当初僕たちはそう易々と受け入れることができなかった。

 

 ここは、いわゆる『エンドのE組』。

 勉強についていけなかった生徒や素行が悪かった生徒が集められた場所。つまり……落ちこぼれの世界。

 僕たちを陰と例えるなら、彼女は間違いなく陽の当たる側の人間だろう。

 

 だから、僕らはあまり彼女と関わろうとはしなかった。

 彼女だって僕らみたいな落ちこぼれとは関わりたくないだろう、と。彼女は、いわゆるエリートなのだから。

 

 それが存外間違いであったことに気づいたのは、彼女がE組に来て三日目が過ぎた頃だった。

 

『殺せんせー、次の授業の準備を手伝います』

『ねえ磯貝君。学級日誌の書き方ってさ、これであってるかな?』

『速水さーん、ハンカチ落としたよー』

『寺坂君、制服の袖のボタンが取れそうになってるよ? 縫い直した方がいいんじゃない?』

 

 殺せんせーの触手をナイフで三本も切り落とし、そしてそれに頬擦りしたりと初日からちょっと危なげな雰囲気を漂わせていた穂波さんは……とても善良な人だった。

 むしろ最初のあの雰囲気は一体なんだったんだ、と皆が首を傾げるくらいに善良な人だった。

 

 本校舎の他の生徒のように僕らを見下したりすることもなく、対等に接してくれる。

 自分の成績を誇示することもない。それどころか自分はそんなに大したことないと逆に謙遜する始末。……これに関しては嫌みと捉える人もいるかも知れないけど。

 僕が一番驚いたのは、E組に来てから僅か三日目にして生徒全員の顔と名前を一致させていたことだった。

 

 その性格のよさと、加えて容姿のよさ。

 僕らは次第に警戒心を解いていき、ほんの少しずつではあるけど彼女を受け入れるようになっていった。

 

 率先したのは、意外にも茅野だ。

 

「あの……穂波さん? ちょっといいかな?」

「……ん? 私に何か用?」

「用って程のことじゃないんだけど、その、ちょっと貴女とお話してみたいなって。隣座ってもいい?」

「もちろんいいよ! 座って座って!」

 

 途中からの転入だった彼女は、穂波さんのことをあまり知らない。だから気兼ねなく声をかけられたのだろうか。

 

 相性的にも、どうやら二人はばっちりだったようで。

 五分も経てば互いに打ち解け合っていた。

 

「――え、嘘! そんなことでE組行きになるの!?」

「あはは……参っちゃうよね……。まあ、もうどうしようもない話だし……。私の方はともかく、茅野さんのことを聞かせてよ! 何か好きなこととかある?」

「うーん……甘い物を食べるのが好きかな?」

「いいね! スイーツ、私も好きだよ! 隣町の二丁目にあるお菓子屋さんのロールケーキが絶品でね――」

「ちょっとその情報詳しく――」

 

 彼女がE組に溶け込む日もそう遠くはないと思う。

 

「余裕かましやがって……」

「……」

「けっ……」

 

 ……もちろん、全員が全員そうという訳じゃないけど。

 

 ところで、そんな穂波さんにも実は少しばかり変わったところがある。

 

「ね、潮田君。殺せんせーの情報に詳しいって本当?」

「えっと……他の人よりかは知ってるってくらいで、別にそこまで詳しい訳じゃ……」

「それでもいいからさ、よかったら教えてくれない?」

「……うん。大丈夫だよ」

 

 それは、人より好奇心が一段と強いところ。

 本人曰く、幼い頃から気になったことや知りたくなったこと、やってみたいと思ったことは、とことん追究したくなる性分らしい。

 

 今は殺せんせーのことに関してハマっているそうだ。

 

「殺せんせーの顔色なんだけど、緑色のしましまになった時は――、暗い紫色の時は――」

「へぇ〜、そんな意味があるんだ」

「面白いのは昼休みの後で――」

「ふむふむ……」

 

 その性格からか、彼女がもつ知識はとても豊富だ。話題がどんなものでも嬉々として語ってくれる。

 そのうえ、聞き上手でもある。

 こっちが話している最中は細かく相槌を打ち、何らかのリアクションを必ず取ってくれる。

 

 外見は言わずもがな。内面もまさに非の打ち所がない。

 

「――よっ! ……こんな感じかな?」

「お、上手い上手い! ちゃんと球も曲がってたぜ。……にしても上達はえーな、穂波は」

「……まさか。杉野君の教え方がよかったからだよ」

「まあそんなに謙遜すんなって。本当、何でもでき過ぎてこえーくらいだわ……なんか苦手なもんとかないのか?」

「苦手なもの……鏡が苦手かな? 小さい頃、それで手を怪我しちゃったことがあって」

「ふうん。そんじゃあさ、今度はそっちの投げ方を見せてくれよ! アンダースロー……下投げだっけ?」

「もちろん! そういう約束だからね! ……ふっふっふっ、かつて敵から恐れられた私の超大車輪投法、とくと味わうがいいわ!」

 

 でも……彼女を見ていると、時折違和感のようなものを感じる時がある。

 例えるなら……そう。間違い探しの残り一つがどうしても見つからないような……そんなもどかしい感覚。そこに確かに間違いがある筈なのに、一見したところ何の変哲もないように見える。

 

 ……そう思うのは、僕だけなんだろうか?

 他の皆は、特に何事もなく彼女と接している。

 

「……渚? どうしたんだ? そんなにボーっとして」

「あっ……ううん。何でもないよ」

 

 ……やっぱり、ただの気のせいかも知れない。

 

 仮に気のせいじゃなかったとしても、彼女はまだE組に来たばかりだ。これから分かってくることもあるだろう。

 

 

 

〈穂波さんメモ その1〉

 

社交的で明るく、とても謙虚

 

 

 

〈穂波さんメモ その2〉

 

好奇心が人一倍強い

 

 

 

〈穂波さんメモ その3〉

 

話し上手、聞き上手

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 椚ヶ丘中学校三年E組は暗殺教室。

 僕らは教師(殺せんせー)を殺そうとしている暗殺者であり、同時にこの学校の生徒でもある。

 

 そう。つい忘れがちだけど、僕らはまだ学生なのだ。

 そして、学生である以上、僕らには決して避けられないものがある。

 

 もうすぐ一学期の中間テストが迫っていた。

 

『俺たちエンドのE組だぜ? 殺せんせー』

『テストなんかよりも暗殺の方がよっぽど身近なチャンスなんだよな……』

 

 けれど、僕らにはあまりやる気がなかった。

 俺らには暗殺があるからそれでいいや――どこかそんな風に甘く考えていた皆に対し、すると先生は巨大な竜巻を校庭に起こしながら警告(アドバイス)を送る。

 

 自信をもてる第二の刃を示せ。……つまり、明日の中間テストでクラス全員五十位以内を取ってこいと。

 さもなくば、この教室には相手に値する暗殺者はいないと見なし、今のように辺り一帯を平らにして去ると。

 

『君たちの第二の刃は先生が既に育てています。任務(ミッション)を成功させ、恥じることなく笑顔で胸を張るのです』

 

 正直、殺せんせーからの言葉は疑わしかった。

 E組の僕らが、それも全員五十位以内なんて……でも、先生はそれが可能だと確信していたようだった。

 

 そして、いよいよテストの日がやって来る。

 

 テストは全校生徒が本校舎で受ける決まり、僕らE組にとってはアウェーの戦いだ。

 加えて、露骨に集中を乱しにくる試験官の存在。

 

「あー、あー。げふん、げふん。カンニングなんてするんじゃねーぞ、お前ら。俺たち本校舎の教師が、しっかりとお前らを見張って――」

「大野先生、先程からうるさいです。気が散るので静かにして頂けませんか?」

「……善処しよう」

 

 ……もっとも後者に関しては穂波さんの一喝で収まったのだけれど。

 

 とはいえ、うちの学校のテストのレベルは凶悪だ。

 集中できる環境が整ったところで、そう易々と解くことができる問題じゃない。

 

 ――やばい……! このままだと殺られる……!

 

『――おやおや。ちゃんと教えた筈ですよ? あれは正体不明のモンスターではありません』

『ほら、落ち着いて観察してみましょう……。なんてことない相手ですねぇ』

『さあ。君の刃で料理してしまいましょう』

 

 そんな僕らのピンチを救ったのは、殺せんせーのマッハによって授けられた教えだった。

 あれだけ凶悪だった問題が次々と解ける! 分かる! 理解できる! 次も、次も、その次も――

 

 しかし次の瞬間には、僕らは背後からの()()()()問題に殴り殺されていた。

 

「これは一体どういうことでしょうか? 公正さを著しく欠くと感じましたが……。テスト二日前に、全ての教科で()()()()()()()()()()()なんて」

 

 しんと静まり返った教室に烏間先生の抗議の声が響く。

 返ってきたテストの結果は……ボロボロだった。手応えのあった前半はともかく、後半に関してはほぼ全滅。

 出題範囲が変わったなんて、当然僕らは知らない。情報の伝達ミスの覚えはないと烏間先生も言う。

 

 ……恐らくこれは、何としてもE組をこのままの状態にしたい理事長からの妨害なのだろう。

 

 殺せんせーは無敵だ。どんな暗殺だって避けられる速さがあり、僕ら全員に一遍に教鞭を取れる程頭もいい。

 でも……その教師としては無敵じゃない。

 この学校のトップに立っている浅野理事長、彼には誰も逆らえないのだ。いくら殺せんせーでも、雇われている側の教師という立場である以上は。

 

「……先生の責任です。この学校の仕組みを甘く見過ぎていたようです。……君たちに顔向けできません」

 

 僕らと同じく、とても落ち込んだ様子の殺せんせー。

 そんな教室のお通夜みたいな雰囲気を取っ払ったのは、なんとカルマ君だった。

 

 元々頭のいい彼は、たまたま先生にテスト範囲の先まで教えられていて、その結果()()()()というすさまじい記録を出したのだ。

 

「それでさ〜、そっちはどうすんの? 全員五十位以内に入れなかったから逃げんの? それって結局殺されんのが怖いだけなんじゃないの?」

「なーんだ。殺せんせー、怖かったのかぁ」

「それならそう言えばいいのにねー」

「にゅやーッ! 逃げる訳ありません! 次の期末テストでは倍返しでリベンジです!」

 

 カルマ君に便乗して先生を煽る皆。怒った先生は真っ赤になって触手をうねらせる。

 それが何だかおかしく感じて、皆一斉に笑った。

 

 中間テスト、僕らは壁にぶち当たった。E組を取り囲む分厚い壁に。

 それでも……僕は心の中で胸を張った。自分がこのE組であることに。

 

 

 

 

 

「――で、あんたの方はどうすんの? ()()()()さん」

 

 

 

 

 

 皆が笑っている最中、突如として発せられたカルマ君のその一言に、僕らは全員はっと気づいた。

 

 ……そうだ。忘れていた訳じゃないけれど、このクラスにはもう一人、理事長の妨害を物ともせず驚異的な記録を出した生徒がいる。

 

 かつてA組からE組へと落とされた彼女もまた、これで本校舎に復帰できる権利を得た訳だ。カルマ君は全然戻るつもりがないみたいだけど……彼女の方はどう思っているのだろうか?

 

 ……。

 

 正直に言えば、彼女にもE組に残って欲しいと思う。

 最近は随分とクラスに馴染むようになってきていたし、個人的に彼女のことは嫌いじゃない。殺せんせーに纏わる話で一緒に盛り上がれるのは彼女くらいだし、実際話していてとても楽しい。

 それに本校舎の他の生徒たちのように僕らを見下したりせず、至って普通に接してくれる。その普通に救われた人が、果たしてこのE組にどれだけいることか。

 

 多分、僕以外にもそう思っている人はいるだろう。

 彼女と一番仲がよかった茅野なんかは、特に。

 

 ……でも、僕らにはどうしようもない。

 この先どうするかを決めるのは彼女自身なんだから。

 

 彼女が一体どんな返答をするのか。期待と不安が複雑に入り混じった気持ちで、僕らは件の人物、穂波さんの方に顔を向けて――

 

 

 

 

 

くあぁ〜……。……ふぇ、何?」

 

 

 

 

 

 全員心の中で盛大にずっこけた。

 

「え、皆どうしたの!? 何で私の顔見てるの!?」

 

 話を振られた筈の当人は、のんきにも大きな欠伸をしていた。……どうやら本当に何も聞いていなかったらしい。

 

 教室中が、緊張感から一変して微妙な雰囲気になる。

 

 ――おい。どうすんだよ、この空気。

 

 僕らはカルマ君の方を見る。

 多分、彼も心の中ではいい感じに決まったと思っていたのだろう。先程の台詞も、何だかとてもドラマっぽかったというか、漫画や小説だと一気に読者を惹きつけるような展開になりそうというか……。

 

 それを、まさか欠伸一つでぶった切られるなんて。

 うわ……カルマ君のあんな表情、初めて見た。怒りたいけど、相手に悪意がない分怒り辛い。そんなやり場のない感情が彼からひしひしと伝わってくる……。

 

「……いや、だからさ。穂波さんは――」

「ああ! 私が元のクラスに戻るのかどうかって話か! それなら戻る気はないよ。E組の皆とも、殺せんせーとも会えなくなっちゃうし。まだ全員のことを詳しく知った訳じゃないからね!」

「……あっそ」

 

(あのカルマがいいように振り回されてやがる……)

(ぷふっ……)

 

 ……何はともあれ、彼女もE組に残るそうだ。

 

 それと、もう一つ分かったことがある。

 カルマ君と穂波さんは、多分相性があまりよくない。

 

 

 

〈穂波さんメモ その4〉

 

意外と天然なところがある

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 一方その頃、三年A組の教室では。

 椚ヶ丘学園の傑物こと浅野学秀が乱心していた。

 

「宍戸先生」

「ど、どうかしたのかな? あ、浅野君……」

「今回の中間テストの結果、ご存知ですよね?」

「そ、そりゃあもちろん……」

「では、なぜ学年一位である筈の穂波さんが一向に本校舎に戻って来ないのでしょうか? まさかとは思いますが、元担任の貴方が彼女のことを……」

「そ、それだけは絶対にないよ浅野君! 生徒の評価は、私の評価にも関わってくるんだ! 彼女に戻ってくる意思があるなら今すぐにでも認めるとも!」

「……そう、ですか」

 

(クッ……! なぜ彼女は戻って来ないんだ……!)


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