道鏡が孝謙上皇の寵愛を得ることで今までと大きく変わったのは本人だけではありません。道鏡の生家である弓削氏もまた著しく地位を上げていました。
特に道鏡の弟である
弓削氏の異常な出世は当然ながら他の貴族の反感を買います。中には暴走する称徳天皇を廃して皇族であり先の乱で勲功のある和気王や淡路廃帝を復位させようとする動きもあり、廃帝は凡庸ながらも穏やかで猫好きとして知られ、その筋の方面からはそれなりに支持されていました。和気王は独身であり後継のいない称徳天皇の後釜を狙う野心を抑えきれず実際に謀反を計画し、もはや何度目になるのか分からないですが、いつもの通り露見すると捕らえられ、伊豆へと配流される途中で絞殺されました。同時に、和気王の兄である淡路廃帝は謎の死を遂げました。*1
即位以来、立て続く近しい者の反乱でいよいよ人間不信に陥った称徳天皇はますます仏門と道鏡へ癒やしを求めます。称徳天皇は次々と各地の寺に行幸し、仏教重視の政策を推し進めます。一方で続日本紀では、刑罰が厳しくささいなことで極刑が行われ、冤罪を産んだと評されているように、人間不信から恐怖政治が確立されつつありました。
769年5月には異母妹・不破内親王とその息子の氷上川継が天皇を呪詛したとして名前を改めさせられた上で配流されました。
「何だか名前をつけるのも久しぶりだな。不破内親王、貴様は義妹でありながら私を呪うとは許しがたい。以後は
「川継、貴様は母とともに許しがたい罪を犯した。もはやその血は穢れているから
相変わらずのネーミングセンスに都の貴族は震え上がります。
同じく称徳天皇の異母妹・井上内親王を妻としていた中納言の白壁王(後の光仁天皇)は天皇の疑心暗鬼を警戒し、酒に溺れた振りをして難を逃れようとしました。
「やれやれ、人間不信の独裁者ほど性質の悪いものはないね。後世、我々はどのように語り継がれているのやら」
「もはや悪人と呼ばれるのは避けられんやろな。なんでこんなことになってしもうたんや……」
「何でかな。お互い前世で何かやらかしたかもしれないね。そうでなければ君も私もこの歳まで働かされることはなかったろう。まさかまたしても辞表を握りつぶされるとは思わなかった。もう75になりそうなんだけど、私」
「あんたがいないと拙僧が本当に過労死するから辞めんといてなぁ」
「死なば諸共とか思っていないかい?」
「一蓮托生って良い言葉ですわな」
「何が悲しくて年寄り二人が先帝と光明皇后ゆかりの言葉で関係性を表現せにゃならんのだ。私の最後は曾孫の声を聞きながら本を読み、そのまま眠るように死ぬと決めているんだ。そのためにも絶対に夢の年金生活を手にして見せる」
「……拙僧は分からんけど、あんたはたぶん悪人とは記録されんと思うわ。知らんけど」
称徳天皇の暴走を辛うじて止めるのが道鏡と真備の役割でした。しかし、769年時点で道鏡は68歳、真備は74歳と二人はいつ倒れてもおかしくない高齢です。
そしてこの年、胃が壊れるのをひしひしと感じる道鏡にとって、あまりにも致命的な事件が起こってしまうのです。
太宰府の長官となっていた道鏡の弟である浄人からとんでもない報せが届いたのです。
「道鏡を皇位につけるべしとの神託が下った」
世にいう、宇佐八幡宮神託事件であります。
「セントさん、思い返せば称徳天皇は身内から裏切られ続けてきた人生でありましたから、彼女が人間不信になったのは仕方のないことなのでしょうか」
「決定的だったのは仲麻呂の反乱でしょうね。今まで最も信頼してきた従兄に裏切られ、その後も立て続けに反乱や呪詛の噂が身内から出てきて称徳天皇の精神は極めて不安定になってしまいました。この時期の彼女とまともに会話できたのは心から信頼する道鏡と、父の代からの忠臣で飄々とした吉備真備、それと仕事は微妙ですが穏やかで敵を作らない従兄の藤原豊成くらいです。共通するのは称徳天皇からすれば彼らならば絶対に裏切らないという安心感と、どこか人を穏やかにさせる雰囲気を持つことです。しかし、それ以外の人間を称徳天皇はもはや信用できなくなり、この三人とウマ娘達以外には全く心を開かなくなってしまいました」
「そこに、後世に悪名高いあの事件が舞い込んでくるのですね」
その報せを聞いたとき、道鏡はひどく落ち着いていました。あるいは、来るべき日が来てしまったと悟ったのかもしれません。
「つまり、道鏡を皇位につけれ全ては治まるというのだな」
「左様でございます」
嬉しそうに確認する称徳天皇を道鏡は冷めた目で見ていました。
「ふむ、なるほど。しかし皇統ではない道鏡がそのまま即位するのは無理だな。よし、私に良い考えがある」
「嫌な予感しかせぇへんけど、何ですか?」
「まず貴様と私が結婚する」
「冗談きついわぁ」
「無論、結婚は形だけだ。次に、貴様が天智天皇のご落胤だという噂を広めまくる。これで皇統は保たれるし私は満足、皆も幸福。まさに神託通り全て治まる。完璧ではないか」
「いや、無理やろ。拙僧のおとんもオカンも弓削氏の冴えない一般的人やで。そんな噂誰も信じへんわ」
「信じないなら、信じさせればよいのだ」
((駄目だこの帝、早くなんとかしないと))
道鏡と真備の心の声が重なります。
とにかくこのままではまずいと道鏡はとりあえず真偽を確かめるべく朝廷から正式な使いを出すことを進言し、受け入れられます。
使いとして最初に選ばれたのは和気広虫。称徳天皇が比較的信頼する数少ない人物です。しかし、広虫は事態の深刻さを察して病弱な自分には宇佐八幡宮のある九州までの旅に耐えられないとして、弟の清麻呂に投げます。姉からの突然のキラーパスに驚く清麻呂ですが、そこに道鏡は活路を見出したのです。
清麻呂が九州へと旅立つ直前である5月、道鏡は称徳天皇の許可を得て清麻呂に新たな姓を贈りました。
「清麻呂はん、拙僧が新しくあんたの姓を考えたんやけど受け取ってもらえるやろか?」
「はあ、どのようなもので?」
「
「…………なるほど。委細承知」
「結果がどうあれ、あんたは吉備の生まれらしいな。真備はんにはよろしゅう伝えとくさかい大丈夫や。どーんとかましたれ!」
清麻呂の実直な瞳を見て道鏡は自らの意図が伝わったことを確信しました。
(輔治能……よく国政を助けよの意味。そこに私の名である清麻呂を足して解釈すると、清らかな心で国政を助けよとなる。そして、先の神託は明らかに国を乱すもの。道鏡法王の意図、この清麻呂確かに承知しました)
のしかかる責任を背負いながら宇佐八幡宮で正しい神託を得て秋に平城京への帰還を果たしました。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか。道鏡、やけに気楽そうだね」
「まあ、打つべき手はもうありまへん。拙僧は清麻呂はんを信じますわ」
「そうかね。まあ、仮に皇位を継いでもお互い老い先短い身の上さ。あの世に行けば元通りになるから、気楽にいこうか。後世の悪評も、墓の下までは聞こえないさ」
「それなんやけどなぁ、すんまへん真備はん。どうやら一蓮托生っちゅうの嘘になりそうや」
「いきなりどうしたんだい?」
「まあ、あんたは何も言わず清麻呂はんを心配してくれればええんや。後は、拙僧の役目やからな」
意図の読めぬ道鏡を真備は訝しみますが、その答えはすぐに分かりました。
「も、もう一度申せ清麻呂。神託は何と下ったのだ!」
「何度でも申し上げます。先の道鏡法王を皇位につければ世の中が治まるなどというのは嘘偽り。真実はこの通りです!」
清麻呂が広げた神には宇佐八幡宮神の公式の書簡として、「わが国は開闢このかた、君臣のこと定まれり。臣をもて君とする、いまだこれあらず。天つ日嗣は、必ず皇緒を立てよ。無道の人はよろしく早く掃除すべし」と書かれていました。要約すれば今まで天孫の血を引く皇室だけが皇位を継いできた。それを乱す無道の者である道鏡を排除せよ、となります。
この神託により道鏡が皇位を継ぐことは完全に無くなったのです。
「清麻呂! 清麻呂ォ! 貴様までもか私を謀るか。何が清麻呂だ。貴様など
「ご命令のままに」
清麻呂は泰然としたまま宮中を去りました。
称徳天皇は希望を潰され道鏡にひたすら謝罪しましたが、道鏡は、
「謝る必要なんかあらへん。拙僧には皇位なんか畏れ多くてしゃあないし、なれんからといって陛下と拙僧の仲が悪うなるわけでなし。今まで通りでええやん」
と、呆気からんと言われてしまい、称徳天皇は「日本はお前のような徳のある人物にこそ治められるべきだと思ったのだ」と言いました。しかし、道鏡はそれをやんわりと否定します。
「そりゃ大陸の易姓革命なら正しいかもしれへん。けれど、常に徳のある人物がおるわけでもないし、大概の人は自分さえ良ければ良いっていう小人やで、拙僧を含めて。そんな考えでいちいち徳のある人物を求めていれば代が変わるたびに国が乱れてみんな不幸や。確かに国を治めるのに徳は必要かもしれん。けれどな、その徳を越えて天下万民が納得する権威は既に陛下は持っとる。ほんまありがたい神託の通りやで。天地開闢以来、皇位は皇統と共にあった。千代に八千代に受け継がれてきたそれを、たかだか一個人の徳ごときでひっくり返そうなど、おこがましいにも程がありますわ。陛下もゆめゆめ忘れんといてな。徳は死んだら終わりやけど、権威は死んでも残るんやで。それに、徳は10年あればそれなりに身につくけれども、権威は100年あっても足りまへん。失ってから後悔しても、遅いんやで」
道鏡から説教を受けたのは称徳天皇にとってはじめてのことでした。
「そうか……私は間違っていたのだな」
神託に従い道鏡は国政から遠ざかり、称徳天皇とも距離を置きます。すると弓削氏の権力はたちまちのうちに消え去り、地位を失うものや罪を裁かれ捕らえられる者が相次ぎましました。
「諸行無常、諸法無我。この世の権力なんて呆気ないものや。たかだか拙僧が隠居した程度で崩れ去る」
「そうだね。栄華なんて終われば虚しいものさ。ところで道鏡、一つ文句を言って良いかな」
「何や?」
「あの時の言葉、てっきり私は全ての悪事は自分が被るから私や周りには及ばないという意味だと思ったんだ」
「まあ、だいたいその通りやな」
「うん、だいたいは合っていたよ。けどね、道鏡。君のもう一つの目的に私は気付いてしまったよ。君、私より若いくせに隠居決め込んでるのかな?」
「……てへへ」
「笑ってごまかせると思わないでくれよ生臭坊主。また辞表が受け付けられなかった私の恨み、君はどうしてくれるんだい! 今度に至っては出すと同時に無言で目の前で引き裂かれたんだよ! 死ぬまで私に働けと言うのかねあの暴君は!」
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。祓い給え清め給え」
「いまさら君の念仏ごときで効くわけがないだろう。この恨みは絶対に忘れないからね。具体的には適当な田舎に飛ばしてやるから覚悟しなさい」
「ははは、そりゃ怖い。せやなぁ、下野国なんかに飛ばされたら生きていけんやろうなぁ。あの辺りはウマ娘も多くて騒がしいから、きっと過労で死んでしまうわ」
皇位簒奪をしかけた男と、魔術師と呼ばれた万能の天才。お互い年老いてから友人となった二人の間には穏やかな時が流れていました。対象的に、道鏡が離れた称徳天皇には残酷な運命が待っていました。道鏡と出会ってから健康を取り戻した称徳天皇の身体はたちまちに弱まり、重い病に罹ったのです。
看病をする吉備由利*4に対して、称徳天皇はうわ言のように「道鏡に会いたい。道鏡に会わせて」と懇願しましたが、道鏡は会わないことが彼女と、そして自らに相応しい罰として拒否しました。
770年8月4日、称徳天皇は崩御。享年53歳でした。
後任には皇族の白壁王が即位し、光仁天皇となりました。
道鏡は称徳天皇の陵の前に庵を移して故人を弔いましたが、21日に下野国の薬師寺別当という職を与えられて都から追放されます。それは、法王を務めた道鏡にとっては確かに左遷かもしれませんが、弟の浄人は3人の子らと共に土佐に流刑となるなど道鏡周囲の弓削氏が罰を受ける中では軽いものでした。
「お、ほんまに下野国に行けるんやな。真備はん、おおきにや」
要望通り現代の栃木県にあたる下野国へ移ることとなった道鏡。しかし、その表情に都落ちする悲壮感はありませんてした。
「それじゃあ陛下。もう会いにこれんけれども、すんまへんな。もうじき拙僧もそっちにいきますんで、それで堪忍したってや」
振り返り、亡き愛バに別れを告げた道鏡。
彼は2年後の772年に下野国でこの世を去りました。
後世、彼は皇位簒奪を企んだ朝敵。日本三大悪人とまで言われる存在ですが、同時期に政務を執っていた者達の悪評を一身に背負ったのです。墓さえ定かならぬ彼は、今も栃木県の何処かで眠っています。
「……はい、怪僧と呼ばれた道鏡。その最期は穏やかですが、侘びしさすら感じさせるものですね」
「道鏡自身は今までの事こそが異常なことで、やっと落ち着くところに落ち着いたとも言えますから。実際、彼は一切恨み言を残さないままでこの世を去りました」
「真備も、なんというか……休んでほしいですね」
「その後、彼も最期は念願かなって楽隠居できたのでハッピーエンドで人生を終えられました。けれどその時80手前なので遅すぎるといえば遅いですね」
「称徳天皇と道鏡の関係とは、結局どのようなものと表現すれば良いのでしょうか」
「うーん、とても難しいですね。恋人でもなければトレーナーでもない。親しい友人以上ではあるけれど、妥当な言葉が本当に見つかりづらい。おそらく、伝承で道鏡が称徳天皇が自分にとってどんなウマ娘だったのかを語っているのでその言葉が最も正しいのではないでしょうか」
「ありがとうございます。では、最後に下野国での道鏡と真備達のその後について触れながらお別れとさせていただきます。セントさん、本日もありがとうございました」
「ありがとうございました」
道鏡が都を去った直後の771年。吉備真備はもはや何度目か数えるのも嫌になった辞表を提出。ついにそれを受理させます。そして、楽隠居を過ごした後の775年に81歳で薨去しました。右大臣まで務めた天才の最期は、穏やかな昼下がりに曾孫の声を聞きながら書を読んでいる途中にうたた寝しそのまま二度と目を覚ますことのないという生前に理想とした、あまりにも幸福なものでした。
宇佐八幡宮神託事件で改名の上に追放された和気清麻呂は、称徳天皇の崩御と同時に罪を許され、名を取り戻した上で都へと帰還しました。最終的には従三位にまで昇進し公卿となり、明治時代には功績から正一位を贈られます。清麻呂は現在でも皇統を守護した忠臣として深い尊敬を受けています。
下野国での道鏡の足跡は殆ど残っていません。しかし、同地に設けられたウマ娘の教育施設では僅かな間ですが心を込めてウマ娘達の世話をした老僧の話が伝わっています。その人物が、時折西の方向に手を合わせて拝んでいるのを見たウマ娘が「何に拝んでいるの?」と問います。すると老僧は「ある御方を偲んで拝んでいる」と答え、続けてウマ娘がどんな方だったのかと問うと少し考えた後にこう答えました。
「相棒みたいな御方やな」
その語る老僧の表情は、どこまでも穏やかであったと伝わります。
終
制作 日本ウマ娘放送協会府中支部
次回予告
平安時代初期。
伝説の戦いは東北で行われた。
征夷大将軍坂上田村麿が指導したのは最速の機能美、鈴鹿御前。
一方、蝦夷の将軍アテルイがぶつけてきたのは、どんなバ上であろうと飛ぶように勝利を勝ち取ってきた無敗の怪鳥、悪路王。
逃げ切るか、それとも追いつくか。
宿命のライバルが、命を掛けて競い合う。
第6回「東北遠征 みちのくウマ娘の伝説」
ご期待ください。
※来週は番組の内容を変更してお送りします。
出演及び元ネタ。
孝謙天皇(称徳天皇)…エアグルーヴ。
道鏡…厩務員。なおモデルにした不沈艦の厩務員は福岡出身。伝説の宝塚記念前にゴルシの世話をしながら取材されている動画を見て抜擢。
藤原仲麻呂…太陽神。何か知らんけど熱くなっていた。特に意味は無いです。
吉備真備…不敗の魔術師。何度も辞表突き返されたり学者なのに軍人と政治家やらされたりしたところから。さらに伝説では最初の陰陽師でもあるので陰陽師=魔術師で完全に紅茶好きの提督がインストールされてしまった。
同日中で投稿できたのでギリギリセーフ? いや、本当に申し訳ありません。
私事で大変恐縮なのですが、筆者が転勤の為次回は本編更新ではなくツッコミどころ満載の「ウマ娘の世界史ダイジェスト」でお茶を濁します。
本編更新は7月17日予定ですが、進捗次第でもう一週だけお休みをいただくかもです。その際は活動報告にてご報告させていただきます。
今後ともよろしくお願いいたします。