仕事もする、アプリもする、執筆もする。テイオーさん、無敗の3冠馬とどっちが難しいと思いますか(白目)。
ハルウララを有馬記念で優勝させるようなもの。
それは不可能、或いは奇跡の遠い親戚としての言い回しでしたが、それはもはや過去のこと。彼女が芝2500メートルを先頭で駆け抜けてからは「為せば成る」の意味へと転じています。そんな彼女の専属となり僅か3年で有馬記念の偉業を達成させたトレーナーをして、「私は彼の偉人に如かず」と言わしめた伝説的なトレーナーがいます。
その名は坂上田村麻呂。征夷大将軍にして軍神、あるいは奇術師。そして史上最高のトレーナーの一角です。
彼が史上最高とまで呼ばれる由縁となったのは、東北遠征において今尚歴代のウマ娘で屈指の強さを誇るとされる
後の世にまで轟く東北遠征、その伝説の競技。それはウマ娘同士のみならず、二人の指導人による男と男、その意地のぶつかり合いでもあったのでした。
日本ウマ娘放送協会特別企画
ウマ娘と辿る日本の歴史
第6回『東北遠征 みちのくウマ娘の伝説』
「こんばんは。今夜もやってまいりました、ウマ娘と辿る日本の歴史の時間。司会を担当する松平です。今宵の主役は、征夷大将軍・坂上田村麻呂と、そのパートナーとして今なお日本史上最速のウマ娘と名高い鈴鹿御前であります。彼女は現在も競技の世界において活躍するサイレンススズカ選手の名前と由来を同じくする間柄です。まずは坂上田村麻呂、彼が鈴鹿御前と出会うまでどのような人生を歩んできたのかを辿りましょう」
坂上田村麻呂。
758年に生誕、生まれた地は不明。
坂上氏は後漢の皇族の末裔である阿知王が、日本の応神天皇*1が良き君主だと聞き、大陸より氏族を引き連れて渡来し、帰化したことから始まったと伝わります。
渡来の理由は応神天皇が名君であると聞いたからとされていますが、この頃は日本へのウマ娘大渡来の時期と重なることと、坂上氏が弓バの道。すなわち牛に跨がり矢を射かけ、相棒となるウマ娘とのコンビネーションにより敵を倒す兵法の達人として知られることから、大陸において数少ないウマ娘を愛する一族であり、大陸での立場の悪化についてゆけず途方に暮れていたところで日本のことを知り、渡来を決意したのでしょう。
弓バの道。それは後漢の祖、光武帝が編み出した恐るべき兵法であり、一部を除き体得不可能であるがゆえに坂上氏につながる一族を残して廃れてしまったものです。それは、鎧を身に纏った状態で牛に跨がり突撃して突破口を開く。続くウマ娘の精鋭が機動力を活かして傷口を広げて敵を崩壊させるという極めて脳筋な、「兵法」と名のつくのもおこがましいパワープレーでした。
当然ながら先陣を駆けるのは人間。それも光武帝に匹敵する強さとカリスマ性を持ち合わせ、何よりウマ娘との絆を育むことのできる指導人にしか十分な効果を発揮せず、普通の者ならば無駄死にしてウマ娘のやる気を下げるだけの自爆技に過ぎません。ところが、光武帝やその後裔の一部はウマ娘と確かな絆を育んだため、指導人が先陣を切ると後続のウマ娘達は愛する人を護るために死にものぐるいで戦う。つまるところ、士気を上げて物理で殴れば良いという、最高に頭の悪いけれども結果だけを見れば最高に合理的な兵法となったのです。
その兵法に「柔能く剛を制す」の出典として知られる六韜三略*2を合わせて改良がなされ、坂上刈田麻呂と吉備真備により完成されたのが、人バ一体。即ち、人間の兵士に対しウマ娘がバディとして支え合う関係の構築。これが日本の軍略に大きな変革をもたらしたのです。
はっきりと言って、後の武士団へとつながるこの集団はあまりに強すぎました。*3田村麻呂の父である刈田麻呂は、坂上氏の一党を率いて皇室の命ずるままに連戦しましたが、その戦果は少数で大軍を打ち破り、多くの敵将を射抜く圧倒的なものでした。そのため、都には刈田麻呂以上に皇国の守護者たりうる者は存在せず、782年に桓武天皇即位の直後に発覚した氷上川継の乱に連座して官職を解かれた際も僅か4ヶ月で元の官職に復帰するという例外的な措置を取られています。これは母方が百済王家の出自である桓武天皇からすると、同じ渡来系氏族である坂上氏にシンパシーを感じると共に、その武勇を心から頼りにしていたからだと思われます。
さて、田村麻呂は13歳頃に陸奥鎮守将軍となった父や兄弟と共に半年ほど陸奥国の多賀城に滞在していました。
まだ成長真っ只中の彼は野山を駆け回り奥州の素晴らしい自然を知りました。まだ神秘が色濃く留まる地も、人の世と間もなく混ざり合おうとしています。少年の田村麻呂は果たして何を思ったことでしょうか。あるいは、それ以上の出会いがあったのやも知れません。
「和人。ここで何をしている?」
小さな弓を構えた少年。衣装は動物の毛皮に、独特な模様のある手ぬぐい。蝦夷の少年のようです。
引き絞られた矢を射掛けられようとしているのに、田村麻呂は動じません。少年を一瞥すると再び景色に目を戻し、そのまま答えました。
「景色を見ていた」
「……それだけか?」
「それだけだ」
「随分と酔狂なことだ」
「伊達と酔狂が手前の信条でね」
「お前さん、変わり者と言われるだろ」
「よくお分かりで」
毒気を抜かれたのか、番えた矢を外した少年は田村麻呂と二人で景色を眺め始め、互いに言葉少ないながらも談笑しました。
頃合いを見て田村麻呂は城へ戻ると言って踵を返し、その背に少年が問いかけます。
「お前さん、名は?」
「我が名かね。我は田村麻呂。坂上田村麻呂だ」
「そうか。俺は
「ああ、縁があればね」
後に宿命のライバルとなる蝦夷の大将軍・阿弖流為。再び両者が相見えるのは20年後のこととなります。
778年頃から田村麻呂は朝廷に出仕し始め、780年には近衛府の
一見すると身分に相応しい順調なスタートに思えます。ところが、この頃の田村麻呂ははっきり言えばくすぶっていました。理由は、彼の余りある才能のためです。
田村麻呂は身長175センチ、胸の厚さは40センチ。体重120キロ。当時としてはかなりの高身長かつ、現代でも異常なほど筋骨隆々、ムキムキマッチョの恵体です。しかし、彼の恵まれすぎた才能と武芸についてこられる者も、要求水準に至るウマ娘も存在しなかったのです。
弓矢を取ればウマ娘用のものでさえ軽々と引き絞り一矢一殺の武技を見せ、剣を取れば防いだ剣や盾ごと叩き斬るパカぢから。鎧など彼にとっては紙も同然。こんな怪物には人間はおろか、ウマ娘でさえも「無理ぃ〜」、「人間チガウ」、「お武家様の戦い方じゃない」などと言い、誰もついてこられなかったのです。
ここで田村麻呂、まさかの拗ねる。かと言って何か悪さをするでもなく、給料分の仕事以上はせずに定時退庁。専属で育成するウマ娘も取らないが、坂上氏秘伝の技術で近衛兵全体の底上げはするなど責めるに責められない空気を作り、必要以上のことはしない。結果としてこのような日々が25歳になる頃まで続きました。
軍神田村麻呂の不遇時代。それが覆されるのは、あるウマ娘との出会いを待たざるを得なかったのです。
「解説には平安時代の東北地方、特に蝦夷の民の歴史に詳しい東北大学教授のアシタカヤックルさんにお越しいただいています。ヤックルさん、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「田村麻呂といえば、蝦夷討伐での活躍と初代征夷大将軍、後は清水寺に縁があることくらいが私の印象なのですが、彼にも不遇な時代があったのですね」
「はい。当時の兵士にあたり、後の武士となる人々は必ず弓バの道。すなわち弓とウマ娘とのコンビネーションなくして一人前とは言えない過酷な教練を課されていました。ところが、田村麻呂には人間であるにも関わらず彼の技量についてこられるウマ娘が存在しないという前代未聞の事態が発生したのです。さらに彼にとっては不幸なことに、彼一人でも十分に強く、もうあいつ一人で良いんじゃないかな的な評価を下されていました。とは言え、いつまでも田村麻呂程の傑物を遊ばせているほど朝廷に余裕があるわけがなく、田村麻呂は相方探しに苦慮する事となるのです」
「なるほど」
「あと、結構勘違いされている方も多いかもしれませんが、田村麻呂は初代征夷大将軍ではありませんよ」
「え?」
「初代は田村麻呂の上官だった大伴弟麻呂ですね。田村麻呂は彼から役職を引き継いだので2代目です」
「シラナカッタ……ハズカシイ*4」
「落ち込まずに続きいきましょ〜」
25歳の田村麻呂は相変わらず鬱屈とした日々を過ごしていました。そんな折、都にはある噂が流れ始めます。
立鳥帽子を被ったウマ娘が競技を荒らし、賞金を掻っ攫ってゆく。さらに、彼女が競技を走った直後には大嶽丸と名乗る盗賊が現れては狼藉三昧で手がつけられないとの話です。
朝廷は最初こそ田舎ウマ娘と野盗風情、どうということはないと高を括っていましたが、これが東大寺大仏記念や聖徳太子記念、すめらぎ賞などの皇室ゆかりの競技でも謎のウマ娘が現れては大逃げをかまし、直後に盗賊が現れる非常事態が発生したのです。慌てて朝廷は謎のウマ娘の調査と盗賊の討伐を近衛府に命じ、回り回って白羽の矢が立ったのがこの時、自由に動けた田村麻呂でした。
田村麻呂はまず謎のウマ娘、仮称・立鳥帽子が確認された最も古い競技を当たります。すると、伊勢神宮記念や熊野記念など伊勢国が活動のはじまりだと判明します。次に、朝廷の許可を得た田村麻呂は伊勢国へと赴き、怪しいウマ娘がいないか訪ねて回りました。
「すみません、この辺りに立鳥帽子を被ったウマ娘はいませんか?」
「あんれまぁ、でっかい赤毛の人だねぇ。この辺りにそんな格好のウマ娘はいないよ」
「そうですか。では、この辺りで行われた競技で、大逃げで勝ったウマ娘は?」
「ああ、それならいるよ! 鈴鹿山の子だね。あんまり山を降りなくて顔を見ないけど、どうしてるかねぇ。けれど、気をつけなよ。あの子、走ること以外にはとんと無頓着で、おまけに走ったらあの勝ち方でしょう? 仲の良いウマ娘もいなくて、人当たりの良いとは言えないから」
「そのウマ娘に何か、盗賊との関わりがあるとか?」
「盗賊? ウマ娘が? お兄さん冗談はおよしよ。人間ならともかくウマ娘が盗賊になんかなるわけないさね」
これはこの時代の日本人共有の考えでした。というのも、ウマ娘には落伍者となる理由はほとんど存在しないからです。走るならば競技者、すなわち宮仕え。学があれば僧侶に。体が丈夫なら農業、漁業、建築に。何にもなくとも気は優しくて可愛く力持ち、嫁の貰い手に困ることなしの引く手あまた。むしろよほどの末法の世でもない限り落ちぶれる方が難しいとまでウマ娘は言われていたのです。*5
田舎のかあちゃんウマ娘の言葉に田村麻呂は思わず、
「確かに」
と、納得してしまいました。
しかしながら調査を終えるわけにもいかず言われたとおり鈴鹿山へ向かう田村麻呂。鈴鹿山は現在の鈴鹿山脈の中にある鈴鹿峠付近であり、近江(滋賀県)と伊勢(三重県)の国境に位置する地です。ここにある関所から東を関東、西を関西と区別する重要な場所でもあります。また、古くから盗賊の横行する場所としても名高く、伊勢神宮への参拝客や朝廷からの使いが度々襲撃されることでも知られていました。田村麻呂が鈴鹿山と聞いてウマ娘と盗賊との関わりを疑ったのも無理はありません。
とは言え、盗賊もあからさまに強者の風格漂う田村麻呂に挑むほどパカではなく、接触を恐れて盗賊は隠れてしまい、鈴鹿山を捜索する田村麻呂は人にもウマ娘にも出会わずむしろ迷子となり正直途方に暮れます。
「これって、拙いのでは?」
田村麻呂、人生最大の危機です。
とはいえ流石は後の軍神。臆することなく水の音を聞きつけるやすぐに小川を発見しました。川上なら住む者がいるかもしれない。いなければ引き返して川下に向かえばいつか人里にありつくだろうと田村麻呂は考えます。そして、本当に川上にて民家を発見したのです。
そこには栗毛の年若いウマ娘が一人で住んでいました。縁側でぽけ〜と空を見つめていたウマ娘は、田村麻呂に気付くと軽く会釈をし、視線をまた空へと戻します。
「良い天気だな」
「そうですね。何だか走りたくなるくらい良い天気です」
「走らないのか?」
「ちょっと、左脚を痛めてしまって……」
田村麻呂は事前に、先の競技で立鳥帽子が左脚を痛がる様子を見せていたとの情報を得ています。もはや彼の中で目の前のウマ娘が立鳥帽子であることは確定事項。しかし、田村麻呂は今そんなことはどうでも良かった。
「すまないが、左脚を診せてくれないか」
「少し痛めただけです。休んでいればすぐまた走れるようになりますから気にしないでくださーー」
「いいから、診せてくれ」
有無を言わせぬままウマ娘の左脚を顕にして触診する田村麻呂。すると、彼の表情はみるみる間に険しくなっていきます。
「お前、相当痛んでいるだろう。折れているぞ」
「……」
「それに右脚に比較して左のトモの張りが著しい。左回りに回旋する癖があるな」
「……はい」
「どうするつもりだったんだ」
「え?」
「この脚をどうするつもりだったのかと訊いている! 左脚足首内果骨折、腫れもひどい。おそらく治るが、介添も無しに生活、それと日常的に左脚へと無意識で負荷をかける癖。予後を悪くして二度とまともに走れなくなってもおかしくないぞ!」
「……」
走れなくなるかもしれない。田村麻呂の言葉にウマ娘は顔から血が引き真っ青になります。かなり悪いとは自覚していたのでしょうが、まさか二度と走られなくなるほどとは思っていなかったのです。
「競技で得た金や賞品ならあるだろう。今すぐ医者か坊主を呼ぶぞ」
「呼べません……」
「何だと」
「呼んでも来てくれません。あなただって、分かっていてここにいるのでしょう? 盗賊との繋がりのあるウマ娘。都から追手が来るような者を、わざわざ危険なこの山まで来て誰が診てくれるものですか」
「なるほど、確かにここは危険だな(迷いかけたし)。なら、これでどうだ」
「はい?」
田村麻呂はウマ娘を軽々と横抱きにし、家屋の外へと出ます。
後にお姫様抱っこと呼ばれるものです。
外に出た彼は太陽の位置と勘で先程の集落の方角を予測しました。
「しっかり捕まっていろよ」
「ほぇ?」
そして彼は駆け出しました。
集落まで残り約10キロ。それも道なき道をゆく無謀すぎる爆進。だが田村麻呂にとってそれは問題ではなかったのです。
その異形となるほど鍛え込まれた両腕の中にいるウマ娘。彼女が走られなくなるかもしれない。ただそれだけが問題だったのです。
「と、止まってください! 止まってーー止まれなぁい〜!? 無理無理、無理です、怖いです!」
「それがどうした! お前はウマ娘だろ。ウマ娘なら走ってなんぼじゃないか!」
「無理ぃ〜!」
いくつもの山を超え、登りならば歩幅を小さく、下りは歩幅を大きくと見事に使い分けた田村麻呂、最後の山を超えて集落へと駆け抜けてきました。
先頭は坂上田村麻呂、脚色は衰えない。これは大楽勝か、田村麻呂。顔色一つ変えず余裕の走りです。
集落に到着。斤量15貫*6をものともしない圧巻の走りを見せました。本当に人間なのか田村麻呂ッ!*7
集落に到着した田村麻呂は近隣の医師的役目をしていた寺院へと転がり込み、事情説明を求める
「悪かったですね、和尚。私は坂上田村麻呂。御坊の適切な支援、感謝します」
「おお、貴方が坂上氏の。医術の心得のある拙僧らに勝るとも劣らない技はまさにお見事。感服仕ります」
「よしてください。煽てられ慣れていないので、ともすれば天狗になってしまいます。それに、まだ私の技は親父にも、その師である先右府様*8にも遠く及びません。先右府様が魔術師ならば、私など奇術師になれるかどうかも分からぬ身です」
互いに挨拶を交わすと、田村麻呂は寝台に寝かされたウマ娘へと向き直ります。彼女の顔色は変わらず青ざめていますが、さらに小刻みに震えていました。
武門の家、坂上氏においてウマ娘でさえもついてこれなかった超人。新たなる皇国の守護者。都から遠く離れた鈴鹿山まで田村麻呂の噂は届いていました。そんな人物が来た理由は分かりきっています。盗賊とのつながりを疑われ、捕らえるか斬るかをしに来たのだとウマ娘は思い込み、この脚では逃げることもできずただただ震えるしかなかったのです。
しかし、田村麻呂としてはウマ娘の気持ちを察しつつも欲しかった反応とは違うため困ったように癖のある赤毛を掻きました。
「まあ、坂上と言っても偉いのは親父やもっと昔の御先祖で、俺はと言うと身体だけは丈夫な、特に何をしたわけでもないただの昼行灯さ。別に取って食ったりしないから安心しなよ」
「…はい」
「ところでお前、名前は?」
「鈴鹿……生まれた御山の名前をそのままに」
「歳は?」
「……13になります」
「俺より一回りも下なのか。それで、あの山に一人で住んでいたのか」
「はい。二人共、何年も前に流行り病で。私は、ウマ娘なので何とか食いつないでこれましたけれど……最近は競技にも出られなくなって……悪い噂も……」
「盗賊との繋がりという噂、ね。けど、悪いけれどそれについては訊くつもりは無いよ、無駄だから」
あっさりと言ってのけた田村麻呂に鈴鹿御前は面食らいました。しかし、ウマ娘が何たるかをよく知る田村麻呂としては、そもそもウマ娘が盗賊に実を落とすこと自体がありえない話なのです。
「だって鈴鹿、お前。盗賊とは何の関わりも無いんだろ?」
その言葉に対して鈴鹿御前は無言で何度も激しく頷きます。
「そりゃそうだ。今の御時世に大逃げをかますほど走りに熱中し、はるばる都にまで走りに来て足が折れても1着だったウマ娘が、盗賊ごときに関わるはずが無い。大方、競技目当てに防備が緩くなり、お前に負けたウマ娘のやる気が下がったところを付け狙う盗賊がいるんだろう。名前はーーそう、大嶽丸」
大嶽丸。鈴鹿山を根城とする盗賊団の首魁であり、走ること以外には無頓着だった鈴鹿御前が謂れなき悪評を被る原因です。
「まあ、こいつに関しては近々俺が見つけ出して叩き切るから良しとして*9、それよりも噂ではかなりの名バらしいじゃないか。俺は、お前について知りたい」
最速の機能美を誇る鈴鹿御前。
速さは自由であり、孤独でもありました。
誰も彼女に追いつけず、絶望的なまでの差をつけられての大逃げ。山を降りて競技に出れば相手となるウマ娘は我先にと出場を取りやめ、ついには競技として成立しないからと出禁にされること多数。もはや地元である伊賀に彼女の出場できる競技はありませんでした。
顔を隠して都の競技を意図せずして荒らしまくった結果、変装の一貫で被っていた立烏帽子がそのまま異名となり恐れられ、やはり出禁となる。さらには折からの盗賊騒動が都でも生起したため田村麻呂派遣にまで至ったのです。
ぽつりぽつりと身の上を話す彼女に田村麻呂は大いに憤慨した。
「パカな! どれほど相手が強く疾く美しかろうとも、ウマ娘ならば競い合うものだろう。それを避けるとは都のウマ娘は何を考えているんだ!」
指導人として、武人としても優秀過ぎた田村麻呂が競技の世界から遠ざけられてから幾星霜。まさかウマ娘の中にも同じ境遇の者がいるとは夢にも思いませんでした。
「鈴鹿、俺の愛バにならないか?」
「え? けれど、私達は今日あったばかりですよ。いきなり、そんなこと言われても……」
「それがどうした! 俺となら絶対に脚を治して速さの向こう側を見せてやれる。坂上のウマ娘ならば競技を出禁にさせることなんかできないし、お前は思う存分に走られる。どうだ、お前の(競技)人生を俺にくれないか!」
「……そ、それは、求婚ですか? 私、まだうまぴょいとか早いと思うのですが」
愛バとは必ずしも夫婦関係を意味せず、むしろ相棒や心の友といった意味が大きいのですが、愛バ=夫婦=うまぴょいと直結するあたり田舎ウマ娘たる彼女のそちらへの無知ぶりが分かります。
「おっと、勘違いしないでくれ。本当に、勘違いしないでくれよ。自由をこよなく愛する俺は独身主義なんだ。単に、俺と一緒に速さの向こう側を目指さないかって話だ。他意はない」
「……………」
「だ、駄目か?」
「そうですか。他意はないんですね……今は。不束者ですが、よろしくお願いします」
「ああ。よろしく!」
その後、都に戻った田村麻呂は鈴鹿御前のリハビリテーションを献身的に支え、復帰した彼女の指導人兼相棒として正式に活動を開始し始めました。
こうして田村麻呂は鈴鹿御前を愛バとし、弓バの道をついに完成させたのです。
なお、伝説では鬼神やら何やら超強化される大嶽丸ですが、落ちぶれた人間にそんな神通力があるはずが無く、戦闘の超人である田村麻呂に鈴鹿御前という相棒が備わり、間違いなく最強にして最速となった二人に勝てるはずがなく、哀れな盗賊は瞬殺されたのでした。
むしろ大嶽丸、本体よりも持っていた刀のほうが後々まで名が残っています。銘を大通連と小通連。鈴鹿御前の二振りの愛刀として知られる刀です。
大嶽丸の隠れ家から押収した品々の中に盗賊が持つにしては豪華な刀を見つけた田村麻呂が、
「鈴鹿、顕明連*10は温存してこの二振りを使わないか?」
「良いですけど……田村麻呂さんは?」
「俺にはソハヤがあるからな。それに、美しい刀は自分で使うよりも、他人が使っているのを見ていたいものさ」
「ソハヤノツルギ。そんなに、特別なんですか」
「先祖から受け継いできたものだからな……どうした、鈴鹿、怖い目をして」
(……たとえ剣が相手でも、田村麻呂さんの隣は譲りたくありません)
「おーい、鈴鹿? おーい」
実は鈴鹿御前、かなりの独占力で後世に名を馳せることになります。
780年、桓武天皇は息子の
その祝いの夜ーー何と鈴鹿御前が田村麻呂へ夜這いを敢行したという記録が残っています。
鈴鹿御前、このとき16歳。まさに適齢期。酒に酔った田村麻呂の寝込みを襲い、うまぴょい
「田村麻呂さん、あなたが悪いんですよ。私はあなたの優しさを知ってしまい、今は速さの向こう側よりも、あなたの隣で、あなたと同じ速さで歩んでいきたいのです。競技の先頭も、あなたの隣も、誰にも譲りません。なので、このまま夫婦になってしまいましょう。お返事は?」
とプロポーズされ、田村麻呂は頷くしかありませんでした。翌年、田村麻呂と鈴鹿の間には
坂上氏としては田村麻呂の嫡子がいないのは非常に拙いので、小松の前と呼ばれる鈴鹿御前によく似た人間の女性を迎え入れましたが、これが鈴鹿御前の逆鱗に触れます。
伝承では天命により25歳で鈴鹿御前が亡くなり、後妻の小松の前が113歳まで長生きしたとありますが当時の資料を見ると亡くなったのは小松の前とあります。この小松の前、ようやく田村麻呂との間に男の子二人を授かった直後の死でした。その遺体には3つのそれぞれ形状の違う刀傷があったとか。
このことは坂上氏において厳しい箝口令が敷かれ、現在に至るまであくまでも噂程度にすぎません。ただし、田村麻呂の嫡子を育てたのも、来世でさえも寄り添っているのは鈴鹿御前であるとあからさまなほど記録され、1000年以上時が過ぎた今でさえも、田村麻呂の最愛の妻として鈴鹿御前の名を出さなければどこからともなく三振りの刀が飛来し切り刻んでくるとまで言われています。これに対してあるウマ娘の歴史家は「仕方ないね」と、愛の大きなウマ娘ならばこういうこともあるから人間は寛容の心を持とうと説きました。
そして時は流れ、791年。田村麻呂の父はこの世を去り、田村麻呂自身も順調に出世していきます。
鈴鹿御前も田村麻呂の愛妻*11として数々の競技を総ナメにし、都の人々は誰が勝つのかではなく、鈴鹿御前が何バ身の差をつけて逃げ切るのかを賭け合うほどだったと言われています。
しかし、この世は諸行無常。変わらぬことなどありはしません。ついに東北では、田村麻呂に匹敵する指導人と、そのウマ娘2人が歴史に飛び立とうとしていたのです。
最速、怪鳥、怪物。後の世まで語り継がれるウマ娘達が一堂に会するするまで、あと11年。
なんで人間すぐうまぴょいされてしまうん?
鈴鹿御前のネタを調べていて本当に刀をチラつかせながら迫っていたので、誇張なしどころか拙作の方がマイルドなのではと思っています。
そして申し訳ございません、思ったより執筆の時間が足りず本日は前編のみとなります。
早くも「スタミナ」と「根性」と「賢さ」が不足していますねとたづなさんに言われそうです。
中編は22日の20:00投稿、後編は24日になります。早まることはあってもこれ以上遅くはなりません。
全ては、ネタは熱いうちに書こうぜと脳内ゴルシに惑わされ、7、8話と同時に書こうとした賢さGの超おパカ筆者のせいです。
本当に申し訳ございません。