ウマ娘と辿る日本の歴史   作:ぶ狸

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お待たせしました。
史実との乖離が甚だしい部分もある拙作で、過去最大の捏造かもしれません。
それでも、私は救いを信じたいです。


第6回「東北遠征 みちのくウマ娘の伝説」下

 胆沢城杯、開催三日前。

 大和のウマ娘とみちのくウマ娘の間では細かいルールのすり合わせが行われました。

 距離、バ場、枠。地域によってまちまちなルールをすり合わせ、すべてのウマ娘が心置きなく走ることができる。田村麻呂はその調停役として僧侶の派遣を希望したのです。

 幸いなことに、朝廷と蝦夷の間にそれほどのルールの乖離は無く、競技は芝880間(1600m)、左回りと決まりました。

 

「今回は逃げずに来たようだな」

 

「はん。負け戦ならゴメンだが、勝てる勝負を取りこぼす気はないんでね」

 

「そりゃ結構。それで、これは他の出走バとは関係のない特別な掟だが……了解か?」

 

 最後に取り決められた文言。阿弖流為はそれについて何のためらいもありませんでした。

 

「いいぜ。文句は無い。むしろお前こそ本当に良いのか? 都に帰ったら首が飛ぶぞ」

 

「それがどうした。お互いに命をかける。そうでなくては対等では無いさ」

 

「違いない」

 

 互いに了承し、彼等は開幕式に赴きます。

 当時、競技は政治的・宗教的な行事の側面もあり、初日と2日目は祝賀会や儀式、詳しいルール説明、交流会などに費やされます。

 一通りの儀式が終わり、演台に上がった田村麻呂と阿弖流為により競技のルールが説明されました。

 芝880間。何の小細工もない真っ向勝負。ウマ娘達は皆頷き、異存はないことを示します。

 だが、最後の最後に田村麻呂は特別な掟を追加したのです。

 

「この競技において、みちのくウマ娘が勝利すれば我々朝廷軍は胆沢城を明け渡し軍を退く。しかし、我々大和のウマ娘が勝った暁には阿弖流為、お前の命を貰う」

 

 ざわつくウマ娘達。

 思わず長柄の刀に手をかけた母禮を悪路王が必死に止め、鈴鹿御前は厳しい目を全体に送り牽制します。対して、田村麻呂と阿弖流為は互いに笑みを浮かべて並び立っていました。

 

「受けて立つか、阿弖流為」

 

「はん。受けて立つというのは違うな、田村麻呂。むしろお前達こそ、俺達にかかってきな」

 

「言うじゃないか。では、勝負といこうか」

 

「応とも」

 

 拳をぶつけ合い、両雄は演台から降ります。

 競技開始までの自由な交流の場は大和ウマ娘もみちのくウマ娘も変わりなくざわめき、困惑が広がりました。

 

「……どういうことですか」

 

「何がだ?」

 

「あなたの命をかけるなんて聞いていませんよ」 

 

「決めたのはついさっきだからな。まぁ、賭け金にしては大したもんじゃないがね」

 

「どうしてあなたは、自分のことをそんなにも蔑ろにするのですか!」

 

 阿弖流為は決して主戦派ではありませんでした。しかし、故郷を救うために立ち上がり、煽った者が我先にと朝廷におもねる中でただ一人で戦い続けた蝦夷の英雄。理不尽な戦力差を目の当たりしながら愛する人を支え続けてきた母禮も、今回ばかりは我慢なりませんでした。

 

「蔑ろにしているつもりは無いんだがな」

 

「なら、いますぐ辞めましょう!」

 

「そう言うなよ、母禮。どうせ負け戦なら、せめて一度勝って終わりたいじゃないか。最後の一花、俺に咲かせてくれないか」

 

 死を覚悟した男の目に、母禮はこれ以上何も言えませんでした。

 

「……分かりました。私、走ります。けれど、こんな事なら……あなたと何処か遠くへ逃げてしまえば良かった。今はただ、己が許せません」

 

 肩を怒らせながら立ち去る母禮の背中を阿弖流為は気まずそうに見送りました。

 

「怒らせちまったな。お前も怒っているのか、悪路王?」

 

 悪路王は先程から呆然としています。

 そもそも彼女は何者なのでしょうか。

 海の向こう、北の大地の更に向こう、遥かなる大陸で生きる民の血を継いだ青い瞳のウマ娘。

 彼女は走ることが好きでした。ウマ娘なら当たり前のことなのに、彼女はあまりにもーー強すぎました。

 芝も、砂も、泥も、彼女にはまるで翼があるかのように駆け抜けます。

 瞳も、髪も、言葉も、何もかもちぐはぐなウマ娘。親もなく、ただ一人で生きるナニカ。だから人々は少女を畏れたのです。青い瞳を隠すため、いつしか彼女は仮面を被せられ、焔のような紅い服ーー遠くからでも見えて彼女を避けるための服を着せられて。誰も少女を受け入れようとはしなくなりました。

 鬼と呼び、誰も近寄らなくなった彼女は宛もなく彷徨い続け、山奥で行き倒れました。

 それを救ったのが、偶然狩りをしていた野性的な青年と栗毛のウマ娘で、以来彼等と共に暮らしてきた。

 青年は指導人で、誰よりも頼りになって、お父さんがいればこんな人が良いと思った。

 栗毛のウマ娘は、とっても優しくてちょっぴり怖い。お母さんーーと言ったら怒られそうなので、お姉さんがいたら、きっとこんな人なのだろう。

 あまりに温かい日々に、少女は心から笑えるようになっていました。

 青年の指導を受けた彼女は、ウマ娘として規格外の才能を持っていると分かりました。また、怖がられる。捨てられる。少女は恐ろしくなりましたが、青年と栗毛のウマ娘、それにみちのくウマ娘達は少女を恐れず、何度でも一緒に走ってくれました。

 

「俺達は、独りでは強くなれない」

 

 青年は少女にそう説きます。

 涙が溢れ、

 だから、少女は戦いました。

 家族を守るために、何でもしました。

 けれど本当は彼女はただ、走ることが好きなごく普通のウマ娘なのです。戦いも、血の臭いも、遠ざけてしまってどこまでも野原を駆けていたいだけなのです。

 忌み子の仮面はいつしか反乱を、紅い衣は復讐を象徴するようになって、今も彼女は偽りの役割を演じ続けています。

 いつか、この仮面を脱ぐ日が来るのでしょうか。

 悪路王でも、高丸でもない。本当の自分。

 少女の……ワタシの、本当の名はーー

 

「ーーけどなぁ、そりゃ俺だって死にたいわけじゃないんだぞっ、と……おーい、悪路王?」

 

「……」

 

「おーい」

 

「……」

 

チリホプニ(鳥は飛んでゆく)、聞いてるか?」

 

「んにゃ!? ちょっとおとu、阿弖流為サン! 真名はやめてください! 他人に聞かれたらどうするのですか!」

 

「素に戻っているぞ」

 

「……いじわるデース」

 

「悪い、悪い。あんまりにも気を張り詰めさせているみたいだからな」

 

「……」

 

「そんなに思い詰めるなよ。勝てば良いだけだろ? いつものお前らしく、やっつけちまえよ」

 

「……ハイ」

 

「俺はお前を本当の娘だと思っている。だから、お前になら命を賭けて何の後悔も無いんだ」

 

「ワタシも、そう思ってます」

 

「なあ、パカな親父かもしれないけれど……父さんを助けてくれないか?」

 

 阿弖流為の肩を悪路王は掴むと、今まで決して外さなかった仮面を取りながら、その蒼い瞳を向けました。

 

「ふざけんなデース、なーに私が負けそうな雰囲気出してんですか! 言われなくても私は世界最強です! あんな大和のウマ娘なんかに負けません! 絶対に勝って、勝って……もぅ、逃げようよ、お父さん……」

 

「ああ、そうだな……逃げよう。勝ったら皆で、生きて逃げような」

 

 愛バの前では天衣無縫の英雄であっても、愛娘の前ではただの父親。阿弖流為は目に涙を浮かべて娘の頭を撫でました。

 一方、田村麻呂と鈴鹿も明日の競技を前に最後の鍛錬を積んでいます。調子は最高。後は出走を待つばかりです。

 

「不安か?」

 

「……いいえ」

 

「一応、実質的に俺の首もかかっているんだけどな」

 

「大丈夫です。私は負けません」

 

「それもそうか」

 

「はい。たとえ脚が砕けようと、私は必ず1着で駆け抜けます。だから待っていてください。第四の曲がり角、大欅の向こう側で」

 

 事も無げにそう断言する鈴鹿御前に、田村麻呂は何度目か分からなくなるほど惚れ直した。

 そして、協議当日。

 

「ハーイ、鈴鹿さん。今日はよろしくお願いしマース」

 

「悪路王さん。はい、よろしくお願いします。素敵な仮面ですね」

 

「は、ハハ……そうデスか? トイコペルパ(ぶっ潰す)

 

「え?」

 

「オゥ、北の言葉は分からないのですね。それは大変。出走前に他のウマ娘に話しかけられても何も返さないのはスゴく失礼デース」 

 

「嘘でしょ……そんな作法があったなんて。あの、せめて何か無難な挨拶が返せるように、教えてくれませんか?」  

 

「イイですよ!」

 

「では、良い勝負をしましょうと言うには何と言えば良いのですか?」

 

「それはですね、ゴニョゴニョ」

 

「なるほど、発音が難しいですが何とか言えそうです。ありがとうございますね」

 

「イエイエ、オキニナサラズ」

 

 鈴鹿御前と悪路王の友情(?)が深まりました。

 出走を控え、鈴鹿御前も枠に入るべく競技場に足を踏み入れます。しかし、出走前のイキりたったみちのくウマ娘の中の何人かが鈴鹿御前の前に立ちふさがりました。

 

「やってみせろよシサム(和人)(アイヌ語)」

 

「何とでもなる筈ね(ズーズー弁)」

 

「大和ウマ娘だと!?(津軽弁)」

 

「あ、ええと……」

 

 鈴鹿御前は相手が何を言っているのか分かりませんが、何となく健闘を祈る的な事を言ってくれているのは魂で理解できます*1。今こそ悪路王から教わった挨拶を返すべきだと鈴鹿は確信しました。

 

アンイェクカドキ(調子のんな)*2

 

「「「は!?」」」

 

 笑顔が引きつる蝦夷のウマ娘達。これには鈴鹿御前もびっくりです。

 

「……悪路ちゃん、何を教えたの?」

 

「秘密デース」

 

 ややハプニングはありましたが、遂に出走の時を迎えます。

 ここからは坂上氏の郎党である青山拍進(あおやまばくしん)の私記、都への報告書、奥州の伝承、人々の語る英雄譚。それらを複合し、胆沢城杯を細部まで再現してお伝えします。

 

 胆沢城杯は地方の競技とは思えぬほどの大盛況。奥州のウマ娘のみならず、日ノ本全国から指導人、ウマ娘、そして一般の聴衆が詰めかけました。その大歓声を受けて出走するみちのくウマ娘達はやや緊張した面持ちです。

 展開は分かりきっています。問題は注目の三人、鈴鹿御前と母禮、悪路王がどう競争を作り上げていくか。

 初見の相手ならば小細工無用の真っ向勝負。

 

 今、出走。各ウマ娘一斉に飛び出しました。

 母禮はやや出が良くなかったが、流石は歴戦のウマ娘。スッと落ち着いて前に持ち出す。

 乾いた西日を浴びた、秋の東北の芝。そうです、鈴鹿御前、当然行く。問題は体力配分。

 二番手は悪路王、脚はがっしりと土を掴み控えている。

 その後ろ母禮、早くも盛り返している。阿弖流為との信頼の絆、決して負けられぬ大一番。

 問題は体力配分ですが、第三曲がり。ここまでの440間(800m)を鈴鹿御前、それほどちぎってはいない。

 5バ身ほど先行して鈴鹿御前の逃げ、二番手には悪路王、ここで母禮は早めに出てきた大欅の向こう側。

 

(神様……神様……お願いします)

 

 さあ、どうだ、どうだ、どうだ。

 外から詰め寄ってきたのは緑の勝負服、副将の母禮。残り330間(600m)で並び立ってきた。ここまで、水時計で50……秒。50秒!?*3

 

(もう二度と走れなくなっても構いません)

 

 逃げ切れないか鈴鹿御前。外から母禮、続いて悪路王も上がってきた!

 

(だから、どうかお願いです。私に力を下さい)

 

 母禮が伸びてきた!

 鈴鹿御前に迫る、迫る。

 ここで仕掛けるか阿弖流為の愛バ!

 

 大逃げのウマ娘は後半に鈍る。それは、東西において変わることのない筈の常識。

 愛する人を守るために、母禮は乾坤一擲の差しに出た。

 あと3バ身、2バ身ーー

 仕掛けるか。今か。いや、まだか。

 最後の直線、右隣には悪路王。勝てる、勝って生き延びる。あの人とどこまでも、逃げて、逃げてーー

 母禮が勝利を確信し踏み込みを強めてから僅か数歩、彼女は違和感を覚えた。

 

 おかしい。

 距離が、縮まらない。

 

「ーーー」

 

 そして彼女は見てしまった。

 鈴鹿御前が、汗一つかいていないまま自分も、悪路王さえ眼中になく走っている様を。

 母禮は誤解していた。鈴鹿御前は疲れたから脚色が鈍ったのではない。敢えて、第四の曲がりで息を入れたのだ。次なる加速ーー差しウマ娘に匹敵する再加速の為に。

 

「ぁーー」

 

 一瞬、目が合った。

 流し目で見てきた彼女の瞳は、どこまでも遠くを見つめるようで、母禮を敵として見てはいなかった。その底冷えするような瞳が、母禮の闘志に致命的な罅を入れた。

 そして加速。

 近付いた筈の距離は再び間を開けられ、埋めようのない差が広がっていく。

 ありえない。

 逃げウマ娘が、差しウマ娘に押し勝つなど、あって良い筈がない。そんな存在に、どうやって勝てば良いのか。

 

(追いつけない……こんなの……どうやって勝てば……)

 

 母禮の闘志は、ここで折れた。

 だがーー

 

「まだデスっ!」

 

 飛び立つ鳥の翼はいまだ折れず。

 

「まだ、勝負は終わっていまセン!」

 

 悪路王が驚異的な末脚で上がってくる。

 さあ真っ向勝負だ。

 坂を登る!

 鈴鹿御前はまだ逃げる。

 外に少しよれながら悪路王。

 母禮は伸びが苦しい。

 

「やっと見えたーー」

 

 鈴鹿御前は幻視する。

 乾いた西日。吹き抜ける風。どこまでも続く芝の道。そして、道の先には笑顔で手を降るーー

 

「速さの向こう側。静かで、何処までも綺麗な景色。何より、あなたが見える!」

 

 更に加速。

 もはや彼女はウマ娘なのか。空気が爆ぜるあり得ない音が足元から響き、芝は抉れ、後続はただ呆然と前を走るナニカの背を見ることしかできなかった。

 

 民話は語る。

 

『鬼も、怪物も。皆、影さえ踏めず。

 その者、弁財天の写身にして軍神の比翼。

 最速の仙女。名をーー』

 

 鈴鹿御前だ、鈴鹿御前だ!

 悪路王も我が身を叩くように加速するも距離は縮まらず、鈴鹿御前との差は3バ身。

 

「勝てるはずなのに。負けられないのに。どうして……」

 

 逃げて差す!

 何というウマ娘だ、鈴鹿御前!

 いや違う! 逃げてなどいないのか! ただ速すぎるだけなのかァー!

 

「どうして届かないの!」

 

 二番手は悪路王だが離れている!

 110間(200m)を通過ッ!

 異次元の逃亡者、最速の仙女、軍神が愛した最高のウマ娘、鈴鹿御前が逃げ切った!

 大和ウマ娘の貫禄! 

 

どこまでいっても逃げてやるッ! 

 

 見事だ、見事だ鈴鹿御前!

 愛する人目掛けて視界良し。

 

 少しずつ速度を落とした鈴鹿御前は、終着点の向こう側に立っていた愛しい人の無の胸の中に飛び込んだ。

 

「勝ちました……あなた、私、勝ちましたよ」

 

「ああ、見たよ。俺にも見えた。どこまでも静かで綺麗な場所をお前が駆け抜けるのを。あれが、お前の見たかった景色なんだな」

 

「それだけじゃないの。あなたが見えたから……あなたがいてくれたから、私は誰よりも早く走れた。だから、あなたのおかげで私は走れたんです」

 

「そうか……ありがとう、鈴鹿」 

 

 暫しの抱擁の後、田村麻呂は決着をつけに行きます。

 阿弖流為は身なりを整え、澄んだ瞳で田村麻呂を見ます。既に覚悟は終えているようです。

 

「負けたか」

 

「ああ」

 

「賭けは俺の負けだ。見事なウマ娘だな、侮辱したことを謝罪する。それにしても、俺の娘を負かすなんて。あいつが負けるなんて初めてだぞ」

 

「そうかい」

 

「それじゃ、持っていきな。できればこの首はできれば見晴らしの良いところに掲げてくれ。都ってやつをよく見たいからな」

 

 田村麻呂はソハヤノツルギを抜くと、その柄尻で阿弖流為の頭を軽く小突いた。

 

「……大パカ野郎、誰がお前みたいな髭面の首なんかいるかよ。そもそも、命を貰うと言ったが殺すなんて一言も言ってないからな! 生きたままお前らは都に連れて行ってやる」

 

「いや、それ実質的に死ねってことじゃーー」

 

「それがどうした! 男の約束だろ。黙って俺に命を預けやがれ」

 

 ドンと胸板を叩く田村麻呂。それを見て阿弖流為は悟ります。

 嗚呼この男は、最初から俺達を生かそうとしていんだな、と。

 

「……つくづく伊達と酔狂で生きているな、お前」

 

「おうよ。悪いか」

 

「いいや、それが良い」

 

 立ち上がった阿弖流為は敗北に打ちひしがれる愛バ達のところへと向かい、力いっぱい抱きしめます。そして、三人が大声で泣く声がしばらく辺に響きました。

 802年5月19日、阿弖流為と母禮、悪路王が蝦夷軍500余人を率いて降伏。平安京へと帰還します。

 遂に、長きにわたる東北遠征は終わりを迎えたのです。

 しかし、阿弖流為らの身柄については公卿内で紛糾します。会議の場で田村麻呂は、

 

「奥州はその地の者に治めさせることが得策。そうでなければ何度でも反乱が起きるぞ」

 

 と阿弖流為を故郷に返して彼らに現地を治めさせるのが得策であると主張します。しかし、公卿たちは「野生獣心にして、反復定まりなし。たまたま朝威に縁りてこの梟帥を獲たり。もし申請に依り、奥地に放還すれば、いわゆる虎を養いて患いを残すなり」と、あくまで阿弖流為は反乱軍の首魁として死ぬべきだと譲りません。

 田村麻呂は激怒した。かの邪智暴虐の腐れ貴族を一人残らず切り捨てるべきだと決意した。実際、腰にあるソハヤノツルギの柄に手がかかっていました。

 悲鳴を上げる貴族達を桓武天皇は冷ややかな声で征すると田村麻呂に一言、

 

「そちが執行せよ。良きに計らえ」

 

 とだけ言いました。

 田村麻呂は伏して帝の意図に感謝すると、阿弖流為達を連れて都から遠く離れた河内国の名も無き山奥へと赴きます。

 

「もう少し都を見たかったんだが、まあ良い。ここでやるのかい? どうせならもっと見晴らしの良いところが良いんだがね」

 

「田村麻呂、貴様……一度命を永らえさせておいてこの仕打ちですか! これが、武人のやり方ですか!」

 

「しにたくない……しにたくないです」

 

 毒舌を漏らす者、怒り狂う者、ひたすら怯える者。三者三様の有様に田村麻呂は申し訳無い思いに満ちます。

 

「あー……盛り上がっているところ何度もスマンが、静かにしろ。静かにしろって! おい、このパカ野郎。いいか、よく聞け。ここを逃亡地とする!」

 

「「「はぁ!?」」」

 

「都ではお前らを匿いきれないから、斬ったことにしてお前らをここに一旦逃がすと言っているのだ」

 

「いやいやいや、待てや! ここ完全に山じゃないか。どうやって生きろと!」

 

「阿弖流為、お前は蝦夷の民だろ。だったら、できるじゃないか……狩りとか」

 

「雨風はどうやって防げばよろしいので?」

 

「そこに洞窟があるじゃろ」

 

「い、いつまでデスか?」

 

「また近々奥州にもどる予定だから、それまでだな。何せ俺、征夷大将軍近衛中将陸奥出羽按察使従四位上兼行陸奥守鎮守将軍ですから。俺はもう奥州とお別れしたいんだが、奥州が俺を離してくれないのだ」

 

「長い、長い、肩書が長い! むしろよく覚えたな」

 

「そんなわけで、奥州に戻るときにお前らも連れて行く。ただ、奥州にもお前らを居させるわけにはいかん。どこか遠くへ逃げてもらうことになるが……構わないか?」

 

「元々逃げるつもりだったからな。まあ、生きていられるなら異存はないさ。母禮と悪路王もそれで良いよな?」

 

「はい。阿弖流為さんと一緒なら、大丈夫です」

 

「ワタシも問題なしデース!」

 

 802年9月。

 阿弖流為たちは河内国の山奥にて斬られたと伝わりますが、罪人ならば公の場で処刑するところを何故か人目につかない場所で秘密裏に殺害したと記録にあります。さらに、阿弖流為の首を晒した記録もなければ、その墓さえも記録に無いのです。

 また、反乱軍の指導者だった阿弖流為達が朝廷に騙し討ちのように殺害されたのに蝦夷の民は反乱を興した形跡すらありません。そして、翌年803年に田村麻呂は再び奥州に赴き志波城を築くなど奥州の統治に乗り出します。そのために奥州へ赴く一行の中に阿弖流為達を紛れ込ませて、彼等を故郷へと送り返したのです。

 しかし、奥州全域に及ぶ田村麻呂の支配地域から死んだ筈の阿弖流為の噂が出るのは田村麻呂の進退に関わります。阿弖流為達は、更に北へと逃げなくてはならないのです。

 小さいながらも丈夫な船を用意し、母禮と悪路王が食料と水を積めるだけ載せています。

 荒れ狂うことで有名な津軽海峡。今日は西からの風も穏やかなまさに良い旅立ちの陽気。見送るのは田村麻呂と鈴鹿御前の二人だけです。

 

「世話になったな、田村麻呂」

 

「気にするな。……こう言うのも何だが、俺は都の腐れ貴族共よりも、お前に対して友情を感じている。もしかしたら、お前達三人と穏やかに過ごす。そんな未来もあったんじゃないかと思ってしまうよ」

 

「そうだな……きっと、そうだ。俺は、母禮と悪路王が側にいて、走ったり狩りをして穏やかに暮らし、たまにお前と酒を酌み交わす。そんな生活があったのなら……それ以外は何も……何もいらなかったなぁ」

 

 太陽が眩しかったのか、阿弖流為は目頭をおさえます。田村麻呂は、その肩を幾度か優しく叩きました。

 

「最後だから言うが、俺は一目見たときから思ったよ。弓を構えながらお前を見て、『ああ、こいつとは終生の敵となるか、或いは得難い友となるんだな』と。結局、両方だったな」

 

「全くだ。それで、どこまで行くつもりだ、友よ」

 

「決まっている、世界の果てまで! 生き残るコツはお前に教わったな」

 

「「世の中を、甘く見ること」」

 

 三人を乗せた船が港を離れて水平線の向こうへと遠ざかり、そして見えなくなりました。田村麻呂と鈴鹿御前は、彼等が水平線の向こうへ消えるまでずっとながめていたと言います。

 阿弖流為、母禮、悪路王。

 彼らのその後は歴史にありません。しかし、北米大陸で暮らすアメリカ先住民にはある不可思議な伝承があります。

 

 遥か西、黄金の国から来た旅人達。

 大いなる魂を持つ導き手。

 コンドルが飛びたつ(El Condor Pasa)が如き俊足の娘。

 驚嘆すべき芝(Grass Wonder)の申し子。

 彼らを讃えよう。遠く離れたこの地にて、彼らは誰よりも自由に駆けた。

 

 8世紀頃と考えられる伝承が誰を指すのかは分かりません。しかし、私は信じてしまうのです。

 彼等はどこまでも共に走り続けたと。

 

 

「……はい、東北遠征の終わり。これにて日本本土と九州、四国と現在の日本国の国土の殆どが統一されました。ヤックルさん、田村麻呂はどうして蝦夷の民に対して融和的な戦略を取り続けたのでしょうか」

 

「そうですね、田村麻呂も決戦による解決も想定していたと思います。しかし、その前に蝦夷の民に対して融和政策を行い敵の数を減らそうという田村麻呂の戦略が思ったよりも蝦夷に効果を与えてしまったのですね。もともと蝦夷は巣伏の戦いが最後の反撃でした。その後は緩やかな滅亡を受け入れるかのように朝廷への服属がたて続き、最後まで抵抗した阿弖流為は実質的には孤立無援となっていました」

 

「なぜ阿弖流為はそこまで抵抗したのでしょうか」

 

「彼自身は決して好戦的ではありません。むしろ、面倒見の良さが仇となり、時代に乗り遅れて今更朝廷に服属できない人々の旗頭になってしまったわけです。それさえも田村麻呂が意図せぬ戦略で瓦解寸前だったわけですから、ついに一戦も交えず阿弖流為は田村麻呂に降伏したという流れです」

 

「そして、伝説の胆沢城杯。鈴鹿御前は水時計という信頼性に疑問のあるものではありますが、1000mを50秒という、世界記録を大きく塗り替える記録を持っていますが、まさに異次元の逃亡者。最速の仙女の異名に偽りなしでしたね」

 

「みちのくウマ娘は、後の坂東ウマ娘やチェスト九州ウマ娘と並ぶ強豪を生み出すブランドとしていまだに語り継がれてきます。そんなみちのくウマ娘を蹴散らし、当時無敗だった悪路王や母禮を打倒したことで大和ウマ娘の実力を見せつけたことは、その後の奥州の統治に大きく作用しました。もしもあそこで鈴鹿御前が破れていれば、もしかすると大和ウマ娘は大したことないと蝦夷の民も反意を盛り返したかもしれません。しかし、激戦を征して見事なまでの逃げを果たした彼女に奥州の人々は敬意を抱き、後に田村麻呂と鈴鹿御前の娘である正林が陸奥国に定住した際には喜びのあまり長い間祭りが開かれたとさえ言われています」

 

「競技を通じて、長きにわたる人々のわだかまりは解け、爽やかな和解へと至ったのですね。それでは、今夜は田村麻呂と鈴鹿御前のその後について触れながらお別れとさせていただきます。ヤックルさん、本日はありがとうございました」

 

「ありがとうございました」

 

 

 東北遠征の後も田村麻呂は皇国の守護者として君臨し、嵯峨天皇と平城上皇の間で生じた藤原薬子の変でも都の治安維持に奔走し、変の首謀者の一人である藤原仲成を配下に命じ射殺するなど老いてなお智謀に衰えを見せませんでした。

 811年5月、田村麻呂は自らの死期を悟ります。彼は死に際し「鎧兜を身に着け、剣を握ったまま葬ってくれ。死しても都を見守りたい」と遺言し、その通りに現在の京都市山科にある西野山古墓に埋葬されました。

 坂上田村麻呂、享年54歳。

 愛妻の鈴鹿御前は田村麻呂の死を嘆き悲しみ、鈴鹿山へと戻ると一切公の場へ姿を見せなくなりました。田村麻呂の死の翌年、嵯峨天皇の勅命により鈴鹿山に田村麻呂の祭壇が築かれると、亡き夫の御霊を護ることに生涯を捧げ、113歳まで生きました*4

 鈴鹿御前が生涯をかけて護った祭壇は田村神社へと整備され、田村麻呂は田村大明神と神格化されます。また、この神社には他にも嵯峨天皇と、何故か倭姫(やまとひめ)*5が共に祀られています。これは、本来ならば鈴鹿御前を祀るべきところを官位等を持たなかった彼女をいきなり神格化するのを朝廷が憚り、妥協案として倭姫の名を拝借したのが通説です。*6現代は、田村麻呂の隣に鈴鹿御前の人形を飾り、夫婦神として信仰を集めています。

 坂上田村麻呂と鈴鹿御前。

 今も二人は寄り添い、果てなき高天原を駆けているのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 終

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 制作 日本ウマ娘放送協会府中支部

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次回予告

 

 

 807年、太宰府。

 弘法大師、帰国。ファースト説法。

 仏はいる。そう思った。

 

第7回『平安仏教とウマ娘 弘法は食物を選ばず』

 

 ご期待ください。

*1
※違います。

*2
アイヌ語のアン(私は)イェクカ(奪う)ドキ(酒盃)で、勝利の美酒は我にあり=勝つのは私だ=La victoire est à moi=調子のんな、という超訳です。たぶん通じないのでのでインチキ言語です。

*3
1000mを50秒は世界記録を大幅に更新するありえない数字であり、流石に神話の類とされていますが、この記録から今なお鈴鹿御前は世界最速のウマ娘と言われています。

*4
鈴鹿さんの神通力ってこの時に身につけたんじゃ…。愛怖いなぁ。

*5
第1話参照。邪馬台国の女王壱与にあたるウマ娘。

*6
当然、このような妥協を提案した役人がどのような末路を迎えたかは言わぬが花でしょう。




出演/元ネタ解説
坂上田村麻呂…演者はスズカのトレーナー。なお声は井上和彦で奇術師で伊達と酔狂で仕事している人。独身主義。身長は175センチだけど流石に体重は普通。
最近、スズカがゼ○シィを読み出して焦っている。

鈴鹿御前…サイレンススズカ。言うまでもなく名前繋がり。トレーナーの隣は誰にも譲らないし、逃がすつもりもない。ペン回しが得意だけど、実は刀の取り扱いも得意。トレーナーのことを「あなた」と呼ぶ。

阿弖流為…演者はエルコンドルパサーとグラスワンダーのトレーナー。モデルは特になし。スズカのトレーナーとは中学からの同級生で、最近自分の担当ウマ娘が露骨に外堀を埋めに来ているのを互いに相談している。

悪路王…エルコンドルパサー。ダート適性と伝説の毎日王冠から抜擢。実はデース口調は演技で、今回の役作りがむしろ素に近いのに、周りからは「演技派」とか「ウマ娘役者の手本」とか言われて困惑したとか。
悪路王のマスクは瞳が見えづらい作りなので視界が悪く、エルは撮影終了後に速攻で処分した。

母禮…グラスワンダー。的場インストールができるウマ娘の一角。なおエルはトレーナーを父のように慕っているが彼女は本気でうまぴょいを狙っている。
鎌倉時代あたりで出ると思われていたが、エルとトレーナーが二人きりで出演することを嫌がり無理矢理出演した。なお、実は彼女は既に他の役で内定があり、その相方役にやはり自分のトレーナーを熱望している(薙刀を突きつけながら)。


さて、来週については……本来はシリアスな筈なのにシリアスな笑いと完全なギャグと化す予定。芦毛の怪物さん、お願いですから食べていないで演技してください。
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