ウマ娘と辿る日本の歴史   作:ぶ狸

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本当に申し訳ございません。大遅刻しました。
思ったより後半の伸びに苦しみ、難産でした。

本編に関しては、前回が割と真面目回だったので、弾けます。
あと、真言宗と天台宗の方々、本当にすみません。重ね重ね申し上げますが、拙作はしがない怪文書なのでどうか仏の慈悲で見逃していただけると幸いです。



第7回「平安京仏教とウマ娘 弘法は食物を選ばず」下

 唐から帰国した高名なウマ娘の僧が説法をする。興味を惹かれた人々は観世音寺に集いますが、説法の開始時間と告げられたのは、夜だったのです。

 月明かりだけが当たりを照らし、蛙の声しか聞こえない。辺りには積み上げられた薪がいくつか。

 ざわめいていた人々の前に、極大の帳が釣り上げられます。そこに、尺八の音が響きます。

 

(うぉううぉううぉううぉぉお、うぉううぉううぉううぉぉお)

 

 帳の向こうから聞こえるウマ娘達の歌声。帳が下がりきると同時に、周りの薪に点火し夜とは思えないほどの光が辺りを包みます。これまで、仏教に炎は用いられていませんでしたが、空海は炎で人々の気持ちを惹きつけ、誰も目を離せなくなったのです。そして、歌と舞踊。音楽と説法。全てが一つとなった熱狂の中、空海のよく通る声が開幕を告げます。

 

因縁和合(やっとみんな逢えたね)

 

ノウマク・サマンダ・ボダナン・ア・ビ・ラ・ウン・ケン*1

(うぉーうぉううぉうおうおう)

ノウマク・サマンダ・ボダナン・ア・ビ・ラ・ウン・ケン

(うぉーうぉううぉうおうおう)

 

たかたった全力走りたい

芝と砂とキミの追い切り修行

灌頂!灌頂!

声出せ叫べ(うぉーうぉううぉうおうおう)

真言(しんごーん)! 密!教ー!密!教ー!

 

たかたった全力悟りたい!

ゆずれない輪廻の途中(うぉううぉう)

始めよう、ここから仏門悟り

 

(おおう、おおう、おっおっおおう)

(おおう、おおう、おっおっおおう)

 

あこがれの浄土()へ(勇気少し借りて)

語り合った読経(二度とこない今を(諸行無常))

もうドキドキもトキメキも

抑えられる、消えてく

熱い波羅波羅が涅槃寂静(凪いでく)

 

キミと、走り競い浄土目指し

遥か響け届け彼岸(波羅羯諦)

ずっとずっとずっとずっと想い

夢がきっと叶うなら

あの日キミに感じた何か(ご縁)を信じて

春も夏も秋も冬も超え 願い焦がれ走れ

嗚呼、浄土へ

 

ノウマク・サマンダ・ボダナン・ア・ビ・ラ・ウン・ケン

(うぉーうぉううぉうおうおう)

 

ノウマク・サマンダ・ボダナン・ア・ビ・ラ・ウン・ケン

(うぉーうぉううぉうおうおう)

 

たかたった 全力弾けたい(阿難陀的に*2

期待、出会い、決意、絆になった

合掌!(合掌!)

本気で叫べ

(おううぉおおうおう)

真言!密教!密教ォー!

 

たかたった 全力笑いたい

芝生のど真ん中(うぉううぉう)

輪廻に、ここから上昇、(ジャーディ)

 

(おおう、おおう、おっおっおおう) 

(おおう、おおう、おっおっおおう)

 

駆け抜けた日々(|昨日(ブラフマー)より今日(ヴィシュヌ)を)

語り合った説法(強くなれる理由(犀の角如く唯独り歩め))

いま、応えたい「生きている」と

背中押す声(絶対他力)、熱くなる

夢は夢のまま終われない(輪廻転生)

 

キミと、未来描き悟り目指し

狙え挑め掴め涅槃(ニルヴァーナ)

ずっとずっとずっとずっと想い

夢はきっと叶うから(一切衆生悉有仏性)

あの日キミが挫けた苦行も信じて

雨も風も雲も闇も超え願い焦がれ走れ

嗚呼、浄土へ

 

ゆるぎない覚悟決して

1つ2つ共に綴る記録(アカシックレコード)

背中に迫る迷い(煩悩)振り払え(悟り)

今の自分追い越すだけ(犀の角の如く唯独り歩め)

絶ちたい(煩悩)克ちたい(己に)勝ちたい(競技に)キミと行きたい(同行二人)

 

(熱い木魚ソロ)

 

菩提描き涅槃目指し

狙え挑め掴め輪廻

ずっとずっとずっとずっと想い

夢はきっと叶うから(一切衆生悉有仏性)

あの日キミが食したナニカ(乳粥)も信じて

春も夏も秋も冬も超え雨も風も超え雲も闇も超え、悟りへ

 

キミと、走り競い浄土目指し

遥か響け届け彼岸

ずっとずっとずっとずっと想い 夢がきっと叶うなら

あの日キミに感じた何か(ご縁)を信じて

春も夏も秋も冬も超え願い唱え走れ

嗚呼、浄土へ

 

菩提描き涅槃目指し

狙え挑め掴め輪廻

ずっとずっとずっとずっと想い夢はきっと叶うから

あの日キミが流した涙も信じて

雨も風も雲も闇も超え願い唱え走れ

嗚呼、浄土へ

 

ノウマク・サマンダ・ボダナン・ア・ビ・ラ・ウン・ケンーーーー。

 

 

 踊り終えた時、人々はまるで夢の中にいるかのようでした。ここは此岸なのか、あるいは彼岸なのか。ただ一つ言えるのは、この胸にある高揚感の残り火。この火は決して消えることなく、余りにも尊いものなのだと理解していました。

 

「光だーー」

 

「あの御方こそ光だーー空海様が私達を導いてくれる!」

 

「大宰府には空海様がいてくださる! この地は安泰だ!」

 

「空海様! 空海様!」

 

 確かな手応えと共に、真言宗はここに開かれたのです。

 そして809年。ようやく空海は平安京へ上ることを許されたのですが、その背景には最澄の尽力もありました。遣唐使の頃に縁があったとは言え、空海と接近するのは唐突な印象を受けますが、この原因は空海が朝廷に献上した一つの目録にあったのです。

 

「おーい、お師匠さん。ええ加減にせんと死ぬで」

 

「私は……駄目な師匠です。皆が欲する『円弧の達人(マエストロ)』を授けることができません。と言うか何なのですかそれ……経典で見たことも無いのですが。それもこれも私の修業不足が招いたこと……こうすることで真理に達し、私は『円弧の達人』により一切衆生を救わねばならないのです」

 

「いや、多分無理やでそれ。ちゅうか、やからっていつまで滝に打たれとんねん。歳考えんかいボケ!」

 

 最澄、水垢離をす。ただし延々と滝に身を打たれる滝行とよばれるものです。既に42歳の最澄にはかなり堪える修行なのですが、これほどまでに追い詰められる理由がありました。

 この時代、僧侶でも国家資格を得られるのはごく一部で、国から給付金を得られる僧侶を年分度者と言います。最澄の開いた天台宗からは長らく合格者が出ず、ようやく出た弟子達は法相宗等の南都仏教勢力にスカウトされて比叡山を下りてしまうのです。更には、桓武天皇の病気治癒を願って密教の儀式をすることを強いられて表向きには受け入れられるなど成功を果たすののですが、あくまで密教の触り程度しか学べなかった彼としてはひどく不本意なものでした。そして、自身を信頼してくれた桓武天皇が崩御し、最澄の心はズタズタの状態でした。

 泰範に無理矢理修行を中断させられた最澄。打ちひしがれる面倒くさい師に泰範は一巻の書を手渡します。

 

「何でも、大喪の礼やら即位の儀やらで忙しくて誰にも見向きされんかったらしいけど、お師匠さんには必要なもんやからって、ある栗毛のウマ娘とその旦那が持ってきてくれたで」

 

「栗毛の……ああ、坂上様ですか」

 

 最澄と田村麻呂が直接面識があったかは不明ですが、桓武天皇の病気治癒を祈るため頻繁に出入りしていた最澄と、皇居の守護を担う田村麻呂に縁があるのは自然なことでした。

 

「チラッとだけ中身を見たけど……お師匠さん、覚悟を決めて開いたほうがええで。あんな字は見たことないわ」

 

 躊躇いなく最澄が書を紐解くと、文字が溢れて最澄の脳へと直接入り込んできたのです。

 

「……『御請来目録』、空海が記す。これは……ああ、これは、何という字!私の、私の阿頼耶識に直接!」

 

 御請来目録は、空海が唐から持ち帰った経典の一覧ですが、そこには脚注でそれぞれの経典がどのような内容なのかを記してあったのです。経典マニア最澄からすると喉から手が出るほど欲しいものを書く連ねられ、その内容を少しだけ明かされる。最澄の阿頼耶識は幾度も絶頂していました。

 

「『遅速優劣は猶、神通と破鱸の如し』、そうか……密教はそれほど速く、一瞬で真理に到達できるのか。欲しい……絶対に欲しィ。もっとです空海、もっと教えて下さい。それと経典の貸出はしていますか? していますよね? ね?」

 

 ブツブツと早口で所感を述べる最澄を泰範は「うわぁ」とドン引きしながら見ていました。

 

「お、お師匠さん……確かに凄い書やと思うけど、そんなにか?」

 

「泰範、今すぐ筆と墨を。空海を大宰府から解き放ちます。彼の持つこの経典が揃えば、世界が変わるのですよ!」

 

「お、おう、そうかー。元気になってくれてウチは嬉しいけどな……取り合えずお師匠さん」

 

「何ですか?」

 

「いつまで裸でうまっ気出しとるんじゃボケェェェ!」

 

 最澄、水垢離の後から全裸でした。そこに御請来目録で絶頂の極みに達した最澄の最澄はうまっ気を帯びてうまだっちし、愛娘(?)の前に晒してしまっていたのです。

 

「? どうしたのですか泰範。何か疚しいことでも考えているのですか?」

 

「鏡見てから言えや。第六天魔王が元気一杯やで」

 

「お釈迦様も修業中に全裸になっていた期間があるみたいですし、問題ありません。私が全裸であることや私のうまだっちを疚しいと感じるのは泰範の阿頼耶識が疚しいことを考えているからです。さあ、雑念を捨てなさい。無垢な赤子に戻るのです」

 

「どさくさに紛れて何しようとしとるんじゃ! 下りるぞ、ウチもええ加減下山するぞ!」

 

「知りませんでしたか? 媽媽からは逃れられませんよ」

 

「嫌やァァァ、絶対に下山したるからなあほんだらァァァ!」

 

 泰範が空海に保護されるまで、あと4年。

 ともかく、空海の持つ経典に釣られたのか最澄は自身の持つコネクションを総動員して空海の入京許可を得たのです。

 京に上った空海は高雄山寺に入りますが、直後に大きな事件が起きます。藤原式家の仲成・薬子兄妹に踊らされた平城上皇が嵯峨天皇に平安京を棄てて平城京へ遷都し権力を譲るよう要求したのです。

 嵯峨天皇は表向きには上皇に従うように藤原冬嗣と坂上田村麻呂を長として遷都の準備をします。特に田村麻呂は平城上皇が皇位にある際は不安から立つことすらままならなかった彼を抱きかかえて玉座に座らせ、常に平城上皇を守り続けた忠臣であり平城上皇は全幅の信頼を置いていました。田村麻呂ならば上手くまとめてくれる。平城上皇は完全に心を許しきっていました。

 上皇側が油断したのを見計らい嵯峨天皇は勅を発し、藤原仲成と薬子の位を没収し遷都の件を拒絶。2大王朝化していた政局に終止符を打とうとします。

 仲成は捕らえられ、奈良の平城上皇と薬子は東北で兵を集めるべく逃亡を企てます。これをかつて空海、最澄と共に遣唐使として行動していた中納言の藤原葛野麻呂は諌めましたが聞き入れられませんでした。

 嵯峨天皇は即座に東国に至る経路に関を設け、逃避行を阻止することを命じます。命を受けたのは、平城天皇が誰よりも信頼していた田村麻呂でした。

 

「無茶ですあなた! そんな身体でどうして……」

 

 田村麻呂は既に病を得ており、余命幾ばくも無い中で鎧兜を身に付け、愛刀ソハヤノツルギを腰に出陣しようとしていました。

 

「鈴鹿、行かねばならないんだ。俺が救わねば、あの御方は毒虫に利用されたまま終わってしまう。俺は、陛下が帝位にある間にあの毒虫共を除けなかった。これは俺のけじめなんだ!」

 

「やめてください、死んでしまいますよ!」

 

「それがどうした! いまさら俺が死ぬことを恐れると思うか。為すべきことをなさずに布団で死ねと? そんなこと、海の向こうの阿弖流為と再会した時にどの面下げて見えられるというのか!」

 

 結局、鈴鹿御前は田村麻呂を説得することを諦め、最後の出陣を隣で支えることを決意します。

 田村麻呂は軍を集める最中に捕えられた藤原仲成と面会し、何と縄を解き放ちました。

 

「た、助けてくれるのか田村麻呂。その刀で麿を斬るわけじゃないのか?」

 

「……貴様などソハヤを汚す価値もない。それに、処刑命令も出ていないし、どうせ貴様も出家して終わりだ。運が良かったな、貴様の妹は知らんが早くに捕らえられたからこそ余罪が無く済んで」

 

 田村麻呂の怒気を感じた仲成は一目散に逃げ出しましたが、その背中に矢が突き刺さります。何が起きたのか分からないと言った表情で射手を見ると、生かすと言った田村麻呂が弓を構えていました。そして、続く第二射が仲成の眉間を撃ち抜き、彼の命はそこで潰えたのです。

 

「俺は斬らないとは言ったが……射ないとは言わなかったぞ。それに、これは処刑ではなく逃亡犯をやむなく射殺しただけだ。万が一にも生き延びられてはこの国にも、あの御方にとっても毒にしかならんからな。悪いが、ここで死んでもらう」

 

 兵が集まると田村麻呂は戦勝祈願の大祈祷を行います。なお、この時の戦勝祈願には空海も参加していたと記録されています。

 空海はウマ娘として惹かれるものがあったのか、それとも余命幾ばくも無い英雄への餞なのか、今まさに出陣しようととする田村麻呂の前に現れました。

 

「あなたは?」

 

 相手がウマ娘と見るや即座に間に入り込む鈴鹿御前。しかし、剣呑な様子に怯むことなく空海は田村麻呂の瞳を見据えました。奇しくも、互いに空と海のような蒼い瞳でした。

 

「いや、田村麻呂将軍に一言申し上げたくてな。どうか、ご本懐を遂げなされ。御仏もそれを望んでいる」

 

「……そうか。ありがとう」

 

 短く返すと、田村麻呂は最後の戦いに向かいます。道中、彼は鈴鹿に語りかけました。

 

「天命が来たか。だが、為せるのならば後悔は無い。鈴鹿、最期まで頼むよ」

 

「パカ……あなたパカよ。けど、そんなあなただからーー」

 

 私は、きっとこれからも、永遠にあなたを好きでありつづけるのだろう。

 

 田村麻呂の軍は大和国添上郡で逃亡中の平城上皇一行を補足。包囲し退路を断ちます。

 彼の姿を見た平城上皇はへたり込み、薬子は夜叉のような顔で怒声を発しました。

 

「裏切ったか田村麻呂ォ! よくも陛下の前に顔を出せた!」

 

「毒虫め……俺が何故ここに来たか分からないか。俺は裏切ってなどいない。上皇陛下を、救いに来たのだ!」

 

 ソハヤノツルギすら預けた丸腰で平城上皇の前に来ると跪き、あの日ーー平城天皇として即位した時と同じように田村麻呂は平城上皇を抱きかかえました。

 

「もう大丈夫です。俺が来ました」

 

「けど、田村麻呂、そなた、こんなにやせ細って……ッ!」

 

「これが俺の最後の忠義です。どうか陛下……心穏やかに、生きてください。もう、誰にも貴方を利用させません。今の帝も……血を分けた兄君を悪くはしませんよ」

 

 斯くして平城上皇は保護され、藤原薬子は兄の仲成が射殺されたことを知ると絶望し、自ら毒を飲んで自害しました。この政変を、平城上皇の変。または、上皇をもて遊んだ者の名から薬子の変とも呼ばれます。

 田村麻呂の予測通り、嵯峨天皇は出家した平城上皇に対して寛大であり、彼の子供達も比較的自由に生きました。その内の一人、高岡親王は空海に弟子入りし真如の名を授かる十大弟子の一人に数えられます。空海に心酔した彼はその後師をトレースするように大陸へ渡り、師ですら向かえなかった天竺へと向かう旅の途中、虎に喰われたと伝わります。

 

「阿弖流為……これで笑ってお前に会える。お前の海の向こうでの話し、楽しみにしているぜ」

 

 翌年、全てをやり遂げた田村麻呂はこの世を去りました。

 810年頃、空海と最澄はいよいよもって交流を深め互いに経典の貸し借りをしていました。

 例えば、空海の書いた最澄宛の手紙である風信帖には、最澄から借りた『摩訶止観』のお礼を述べ、比叡山には行けない旨を告げたあとに、最澄と仏教の根本問題を語り合いたいのでぜひ会いに来て下さい。ぜひぜひお願いします。という趣旨が書かれており非常に心通じ合っていたことが伺えます。

 

「うひょぉぉ、墨の匂いィィ! 唐の薫りがする! グヘヘ、もう手放さないぞ経典ちゃん!」

 

(アカン……どんどん悪化しとる。何や、最近はオカンみたいなウマ娘の影に、何か変態じみた桃色のやべーやつの影も見える。ウチはもうおかしくなってしもうたんかな?)

 

「さあ、泰範読んでください! 匂いだけでは満足できません! 早く、早く、早く!」

 

「分かっとるから落ち着けや。全く、暗いところで経典読むから目を悪くするんや。ホンマに、ウチがおらへんかったらどうなるんやろうな」

 

「死にますね。生きていけません」

 

「即答すなや! ええ加減子離れしてくれ!」

 

 空海は度々直接会いたい旨を手紙で伝えましたが、最澄はほぼ全てを断っています。理由として体調の悪化と視力の低下があったらしく、この時期の最澄の手紙は文字の重なりなど彼らしくない筆の誤りがありました。

 

「けれど、もはや私は経典ですら満足できない身体になってしまいました。くぅぅ、空海和尚……罪な方です」

 

「いや、お師匠さん。あんたがそんな変たーー求道者になったのはあんたの阿頼耶識が全部原因やで。空海はん何も悪くないで」

 

「こうなれば空海和尚に直接合うしかあるまい。この間お断りのお手紙書いたばかりだけどもう辛抱溜まりません。行きますよ泰範! 今すぐに!」

 

「あー……うん、分かった。すぐ準備するわ(誰かお師匠さんの世話役変わってくれへんかなぁ)」

 

 812年10月27日には乙訓寺にいた空海*3を最澄が訪ねます。この際に空海は最澄に伝法することを決め、高雄山寺にて金剛界結縁灌頂を開壇。さらに12月14日には胎蔵灌頂を開壇。入壇者は最澄や泰範のほか190名にのぼりました。

 

「あ、キミが泰範かね」

 

「空海和尚ーーいや、今は師匠か。どないしました? 最澄和尚と話しとりませんでしたか」

 

「うん、彼は少し経典への執着が凄くてね……今も理趣釈経、これは密教の真髄に至る重要なものなのだけれど、まずは真理に至り密教の真髄を理解する土台を口伝や体験から作らなければならないのに、彼は経典だけ借りて経験を軽視しがちかもしれない。だから断ったところ……その、駄々をこねてしまって。うん、ずっと年上の弟子ではあるけれど、流石に成人男性のあの姿は……キツイ」

 

「すんまへん、ホントすんまへん。今すぐ比叡山に片付けてきます!」

 

「そんな気にしないでくれ。キミも手のかかる師匠をもって大変だな。私も大概ではあるけれど……今やキミも私の弟子なんだから少し頼ってくれると嬉しい」

 

「く、空海師匠ォ〜!」

 

 泰範はこの頃から少しずつ空海への心酔を深めていったと考えられますが、そこには最澄への介護疲れもあったのかもしれません。

 

「ところで、灌頂も済んだしキミたちには密教の儀式に参加して貰いたいんだが、どうする?」

 

「当然参加や! まだ習い始めたばかりやけど、あんなにはやく真理に至るとは思わへんかった。けど、あんま広げんほうがええな。あまりにも手軽すぎて、大半の人間やと阿頼耶識が真理の向こうから帰って来られへんぞ」

 

「ーー!?」

 

 空海に電流が走ります。まだ密教のほんの入門しかさせていないにも関わらず泰範が密教の持つ危険性に考えが及んでいるからです。

 

(ああ、恵果和尚……貴方もこんな気持ちだったのですか? もしかしたら、彼女が、泰範が私の、密教をーー)

 

「空海師匠? どないかしました?」

 

「……いや、何でもない。さあ、儀式を始めよう」

 

 空海は多くの密教儀式を大陸から持ち帰りましたが、日本に根付かせるため多くの工夫を行っていました。

 この日行われた儀式は、全くの暗闇の中でした。

 空海によって小さく火が灯されると、金属製の鍋が火に掛けられます。鍋の中には香料が入っているのか、良い香りが部屋の中に満ち満ちてゆきました。

 

(何や、ええ香りや。ウチの阿頼耶識に直接訴えかけるみたいやな。いかん、何か腹減ってきたな)

 

 空海は絶え間なく手を動かすと何か刃物のようなものを振り、何らかの固形物を刻んでゆきます。それを完璧なタイミングで鍋の中に投入すると、部屋の香りは一層の彩りを深めその場にいた全員の阿頼耶識は今までで最もむき出しになっていました。

 

(な、何なんや。ウチは何を見せられているんや。いや、見えへん。薄っすらと鍋の中に何かあるのはわかるけれど、何が入っているのか分からへん!)

 

 空海は一通りのものを入れ終えると鍋に蓋をし、じっくりと加熱します。その間は全員で真言を唱えて待ちます。そして、空海の目がカッと開かれ、鍋の蓋を開放すると剥き出しになった阿頼耶識は即座に真理に到達。暗闇の中はまごうことなく壌土の景色が広がっていたのです。

 呆然とする弟子たちに構わず空海は椀へと鍋の中身を掬うと、それを最澄へと手渡しました。

 

「さあ、最澄。先ずは君からだ」

 

「……いただきます」

 

 恐る恐る最澄は椀の中にある湯気を上げる何かを口にします。暫しの沈黙の後、彼は恍惚として表情で顔を上げました。その背には後光すら浮かんでいます。

 

「そうか、そうだったのか。悟りとは、涅槃とは……こんなにも簡単なことだったのか」

 

「最澄、一層悟りを深めようだな。さあ次は泰範だ」

 

「お、おう! いただくで!」

 

 椀を受け取り、泰範はまず香りを確かめます。ひどく胃の腑を熱くさせ、五臓六腑が泰範の阿頼耶識に早く口にするよう要求してきました。箸で確かめると、それなりの弾力のある固形物でした。

 

(な、何が入っとるんや! この感触……この香り、未知や! まさか、肉? 肉なんか!? いやいやいや、流石にそれはないやろ。いくら空海師匠でもアカンやろ!)

 

「どうした、泰範。食べないのか? 食べないなら、私が食うぞ」

 

 

 ゾワリーーと、泰範は空海の余りのオーラに気圧されます。食わねば、食われる。ええい、南無三と泰範は口にします。

 

(なんやこれ、うっっま! とろける歯ざわり、肉やない、ほのかな土の味。これは、何や! 甘味、野菜? 教えてくれ真理はん。これは、何や。何なんや! に……にんじ……にんじん……?)

 

そして、やはり顔を上げた泰範の背後には後光が差していました。

 

「……米、ほしいなぁ」

 

「フフフ、泰範は欲しがりさんだな。好し、好し、大いに好し」

 

「師匠、私にも椀を!」

 

「いえ、私に先に! もう我慢できません!」

 

「私にも!」

 

「私にも!!」

 

(食うておいて何やけど……これ、何の儀式やねん)

 

 後の闇鍋の起源であります。

 この儀式は余りにも過酷かつ財政を逼迫するとのことで禁忌とされ、高野山では弘法大師の付近では決して話題にも上げてはならないとされました。

 その後も修行を重ねた最澄と泰範は比叡山に戻る時が来ましたが、泰範の顔は優れません。

 

「……どうすればええんやろな」

 

 共に過ごすほど泰範は、空海のことも放っておけなくなってきたのです。まるで純粋で、無垢な子供のような師匠。食いしん坊で、誰かが見てあげないとその辺のキノコでも何でも口に入れてしまう危うさがありました。

 一方の最澄は、いい加減子離れさせた方が良いと泰範が危機感を感じるレベルです。そして、万が一の時にも面倒を見てくれれる弟子たちは比叡山には沢山います。

 

「……決めた。ウチは、もうーー」

 

 最澄が比叡山に戻った時、隣に泰範の姿はありませんでした。比叡山の弟子たちは訝しみます。

 

「あの、最澄様……泰範は?」

 

「彼女は……自らの道を見つけました。もう、山へは戻ってきません」

 

(すんまへん、お師匠さん。ウチは、このまま空海師匠の元で修業します。あの人は何か、アンタ以上にほっとけんし、密教もきちんと修めたいんや。どうか、笑って見送ってくれへんか……おとん、頼むわ)

 

「これは喜びべきことですよ。泰範が……私の拾ったときにはあんなにも小さかったあの子が、自分で道を選んだのです。だから、これで良いのです。これで……ああ、あああーーッ!」

 

 816年、泰範は最澄の元を離れ空海へ正式に弟子入り。その後、十大弟子の一人に名を連ねることとなります。

 同年の6月、空海は修禅の道場として高野山の下賜を請い、7月には勅許を賜わります。そして818年に寺院を建立し、高野山金剛峯寺ーー真言宗の総本山がついに始まったのです。

 一方の最澄は非常に厳しい状況にありました。

 

「徳一……この麁食者(そじきしゃ)*4、謗法者*5め。根絶やしにしなくては……こんな考え、この世にあって良いものではありません」

 

 会津の徳一菩薩。

 東北遠征て傷ついた人々から菩薩と崇められる存在ですが、彼は最澄が説いた「一切衆生悉有仏性」も「一切ウマ娘悉有優勝」の両方を批判し、仏になれるのは選ばれた者だけ。勝てるのは選ばれたウマ娘だけ。それ以外は救われないから表面上の戒律や訓練だけすれば良いと説いたのです。

 最澄はこれに激昂。今までの彼ではありえないほど罵り、大論争へと発展します。徳一の矛先は空海にも向いていましたが面倒くさいことを嫌ったのか曖昧な表現で躱し、最澄にも本気で相手をするなと忠告しました。しかし、徳一が否定した「一切衆生悉有仏性」は天台宗の教えにとって根幹となるものであり決して徳一の存在を認めることらできなかったのです。

 

「負けられない……この男だけは、完膚なきまでに論破しなくてはならない。泰範……泰範、どうか、今だけでも力を……」

 

 この時期、最澄は泰範に比叡山に戻ってきていないかとひどく湿っぽい手紙を送っています。困惑する泰範に代わり、空海が断りの手紙を返しました。その筆跡はかつて経典の貸し借りをした仲とは思えぬほど冷たく、明確な拒絶の意図が込められていました。

 

(キミの事情に泰範を、キミの子を巻き込むな)

 

 手紙を読んだ最澄は正気に戻り、心から後悔しました。しかし、徳一との論争はもともと体調の優れなかった最澄の寿命を極端に縮めることとなります。

 

「時間が欲しい……もっと時間が……そうすれば一切衆生を救えるのに。泰範とも、空海とも、また、一緒にーー」

 

 822年。伝教大師最澄、入寂。

 廟所は比叡山東塔の浄土院です。

 彼の入寂を嵯峨天皇の他多くの人々が悲しみましたが、空海と泰範がどう思ったのかの記録はありません。

 

「……最澄、キミは立派に天台の教えを根付かせたじゃないか。私は、まだ密教の華を咲かせられていない」

 

 822年に空海は東大寺に灌頂道場真言院建立。この年に先の変で出家していた平城上皇に灌頂を授けています。

 翌年には平安京の東寺に密教の道場を設けるなど着々と日本に密教の華を咲かせる準備を整えていきます。

 さらに、824年には東寺の付近にあった藤原三守の私邸を譲り受けて私立の教育施設綜芸種智院(しゅげいしゅちいん)を開設。当時の高等教育は貴族を対象にするなど、一部の人々にしか門戸を開いていませんでしたが、綜芸種智院は庶民にも分け隔てなく教育の門戸を開いた学校でした。

 827年、勤操和尚が入寂。空海はその死を惜しむ碑文を遺しています。

 830年には淳仁天皇の依頼で『秘密曼荼羅十住心論』十巻を著し、後に本書を要約した『秘蔵宝鑰』三巻を著しました。これは普通の人が悟りを開くまでの手順を十段階に分けて説明したものです。

 832年に空海は高野山にて最初の万燈万華会が開かれます。そこで、空海はある願いを捧げました。

 

「虚空尽き 涅槃尽き 衆生尽きなば 我が願いも尽きなむ*6

 

「……生きとし生けるもの全て救われる。おとんみたいなこと言うんやね」

 

「彼の教えも、私の中に根付いている。もちろんキミの中にもな、泰範」

 

「分かっとる。おとんも、ウチらも、まだまだ修業の中にあるんや」

 

「そうだな……」

 

 この頃から空海は体調を崩し、朝廷から与えられた様々な役職から身を引くようになってきました。

 そして、835年3月21日。空海は今日がその日だと悟ると独り高野山奥の院にて座禅を組みました。

 

「……袈裟はやれんぞ、泰範」

 

「何や気付いとったか。それより今日なんやろ? その重荷、ウチに渡さんでええんか?」

 

「ついこの間まで、そのつもりだった。この国に密教の華が咲き、私の役目は終わった。けれど、だからこそ理解した。この重荷は、私で終わらせるべきなんだ」

 

 恵果和尚から受け継いだ袈裟。仏教と密教の歴史全てがこれに集約され、受け継ぐものはこれまでの仏教全てを受け継ぐことを意味します。そして、それに耐えられる者はもはやこの世には存在しません。今や袈裟の重みは空海という規格外の怪物により全盛期の最澄でさえ受け継げたか分からぬ代物と化しており、今の泰範ですら耐えきれるものではないでしょう。

 

「背負うんやな……何時までも」

 

「なに、たったの57億年だ。弥勒菩薩を手助けしたらこの袈裟も、きっと必要無くなる。それまでゆっくりと待つさ。さあ、一人にしてくれ。今からは、犀の角の如く独りでいきたい」 

 

 泰範は空海に従い、その場を去りました。

 

「諸行無常 是正滅法 生滅滅己 寂滅為楽。……何だか堅苦しいな」

 

 涅槃経を口ずさむも、どこか不満げな空海。彼女は自らの尾で作った筆を取り出すと、最後の書を遺しました。

 

「色は匂へど 散りぬるを

 我が世誰そ 常ならむ

 有為の奥山 今日越えて

 浅き夢見じ 酔ひもせず」

 

 書かれた文字が喜んでいるのを空海は感じると再び座禅を組み、静かに目を閉じました。

 好き哉、好き哉。大いに好し。

 弘法大師空海、入寂。奇しくも恵果和尚と同じく午前4時だと伝わります。

 享年ーーなし。未だ高野山奥の院にて修行中。

 

「……さて、ウチはどないしようかな。ま、この世には世話の焼ける奴らで溢れとるし。ちょいと手を貸してやろうかね」

 

 837年、当時60歳として僧綱牒に泰範の名が見えますが、それ以降の消息は不明であります。

 空海が花開かせたものはその後の日本の文化に大きく影響を与え、特に太宰府での説法は現在のウィニングライブの根源の一つとも言われています。そして、最澄の遺した天台の教えもまた鎌倉仏教の母として日本の歴史に影響していくのです。

 

 

「はい、弘法大師の生涯を通して平安仏教を学んできました。サトリさん、弘法大師は本当に大宰府であのような説法を?」

 

「はい。弘法大師は日本古来より伝わる歌と舞踊に、大陸で学んだ密教、それに拝火教の影響も見られますね。炎や光、音というものを弘法大師は重要視なされ、多くの楽曲に関わっています」

 

「能書家としても、最後に遺したのはいろは歌ですよね。あれも弘法大師のものだったのですね」

 

「諸説ありますが、私はそのように解釈しています。涅槃経に通じ、50音全てを使って歌を作るなど弘法大師以外の誰ができるというのでしょうか」

 

「確かに……あと、言って良いのか分かりませんが……伝教大師は経典を読んだあたりから何がーー」

 

「天台の方については答える立場にありません(アルカイックスマイル)」

 

「あ、ハイ、仏スマイルいただきました。それでは、現在の高野山と弘法大師について触れてお別れとさせていただきます。サトリさん、ありがとうございました」

 

「ありがとうございました」

 

 

 高野山奥の院。ここには弘法大師入寂から続く日課があります。朝、昼、晩に弘法大師が今も修業中という廟所に食事を運ぶのです。弘法大師の廟所に入ることが許されるのはたった一人。そして、選ばれた僧侶は中がどのようになっているのかを決して明かしてはならないとされています。 

 昼の膳を運んできた僧侶が、朝持ってきた膳を見てくすりと笑います。彼は5年ほどこの役職を続けていますが、毎日変わらない光景でした。

 

「……今日もお元気そうですね。弘法大師」

 

 尋常ではない、それこそ人間ならば食べきれない量の食事ですが、その日も米粒1つ残さず平らげていました。お昼の膳も、きっと綺麗に完食されることでしょう。弘法大師空海は、今も高野山奥の院にて遥かなる未来を見据えて修業しているのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 終

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 制作 日本ウマ娘放送協会府中支部

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次回予告

 

 

 

 

 

 平安時代終期、大江山。

 

 都を恐怖に陥れた盗賊集団の長、酒呑童子。

 

 そんな彼が、心の底から相手にしたくなかったヤツがいた。

 

「お、おまえ大将首だろ。大将首だな。大将首だよなぁ! このライコウちゃんに首差し出せオラァ!」 

 

「ライコォォオ! 何してんだお前ェェエ!」

 

 

第8回『ゴールドスピリッツ 〜道長(ロングウェイ)とライコウちゃんの奇妙な冒険〜 鬼殺の刃を添えて』

 

 

「人間なんてさ、やりたいようにやりゃあいいんじゃね?」

 

「それお前が一番言っちゃダメなやつ。お前はマジで真面目にやってくれませんかねぇ!」

 

 まあ、ライコウだし。

 

 ご期待ください?

 

 

 

 

 

*1
大日如来の真言。意味は「帰依したてまつる。あまねき諸仏に。地、水、火、風、空」

*2
仏陀の愛弟子の阿難陀は己の遺骨を弟子や信徒が取り合うのを避けるために、ガンジス川の上に飛び上がるとしめやかに爆発四散して入寂した。ウソデショ…

*3
この時の空海は乙訓寺の別当(管理者)なので無事国家公務員になれました。やったね空海、定職に就けたよ。

*4
食べ方が汚い者。

*5
法を曲げる者

*6
宇宙が尽きるまで、悟りを求めるものが尽きるまで、生きとし生ける者が全て輪廻転生から解脱するまで私の願いは尽きることが無い。




出演/元ネタ解説
弘法大師空海…オグリキャップ。トレーナー代理から食べているだけで良いと騙されて出演。しかし意外にも演技は真面目にやりきったが、代わりにレストランにトレーナー代理を連行しトレーナー代理の財布は死んだ。正規のトレーナーを置いていないのは、笠松時代のトレーナーが追いかけてくるのを待っているため。

伝教大師最澄…タマモクロスのトレーナー兼オグリキャップのトレーナー代理。実家が寺の僧職系男子。オグリキャップのせいで破産直前でありタマモから節約料理について学んでいる。走る西松屋やウマ娘最強の変態と仲が良く、彼女たちの影響であんなことになってしまった。

泰範…タマモクロス。オグリキャップとトレーナーに巻き込まれる形で出演。オグリとトレーナーは彼女がいなければ生きていけないほど私生活を依存している。何でや!

勤操…笠松からわざわざ拉致された上に丸刈りにされ、オグリには全く気付かれなかった可哀想なおっさん。一体何原ジョーンズなんだ?

というわけで次話の主役の道長くん、お前をゴルす(うまぴょい的な意味で)。あとスペちゃん、筆者の脳内ゴルシが君の役柄的に裸エプロンみたいな格好させようとしているので逃げるなら今のうちですよ。
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