ウマ娘と辿る日本の歴史   作:ぶ狸

23 / 30
大変遅くなりました。最近出遅れ気味の私にたづなさん、コンセントレーション教えて下さ……え、駄目ですか?
なにはともあれ、やっとゴルシから開放される……もうしばらく出さないからなお前……。
それはそれとして感想の殆どが裸前掛けだった件について。


第8回「シン・ゴールドスピリッツ 〜道長とライコウちゃんの奇妙な冒険〜 鬼殺の刃を添えて」:||

「ところで、奈良時代から平安時代にかけて呪詛の疑いで失脚する事件が結構あるわけですが、松平アナはどう思いますの?」

 

「そのキャラまだ続けるんですか……。呪詛、つまりはおまじないですよね。現代人の私としては非科学的なと申しますか、そんな大事かと思いますが」

 

「そうでしょうね。しかし、私達としてはおまじないというのは非常に重要なもので、験を担ぐウマ娘は本当に多いです。考えてみてください。クラッシック三冠に必須の日本ダービーに勝つウマ娘とは何なのかを」

 

「最も運のあるウマ娘……」

 

「そうです。三冠を逃したウマ娘の多くがダービーを逃しています。セイウンスカイにエアシャカール……アタsーーゴールドシップもダービーを落として三冠バとなれませんでした。速さがあっても、強さがあっても、運無くしてはダービーウマ娘にはなれないのです」

 

「……あの時の敗因って何なんですか?」

 

「今でもわっかんねぇんだよな……距離も十分、気持ちも負けてねぇ。なのに、勝てなかった。身体が思うように動かねぇし、追い込みかけてからもバランスが取れなかった。認めたくねぇが……運ってやつなのかな」

 

「なるほど」

 

「それに、ウマ娘の勝負に絶対はない。あの皇帝や神バでさえ、無敗じゃなかった。マルゼンさんは負けてねぇけどダービーには参加することすら許されなかったし、たづーーおっといけねぇ、幻のウマ娘でさえ三冠を目前に病気で引退せざるをえなかった。絶対があるのなら……あの日曜日、大欅の向こうからスズカは大差で駆けてきた。ライスだって、淀でズッコケることもなかったろうさ」

 

「……」

 

「湿っぽい話になっちまったな。まあ、スズカもライスも生きてるんだ。運がなかったかもしれねぇけど、救いが無かったわけじゃねぇ……だからこそ、アタシらウマ娘は運とか験を本当に大事にする。知ってるか? 菊花賞取ったフクキタルの占い小屋はトレセン学園では大人気なんだぜ。当たるも八卦当たらぬも八卦だが、それでもウマ娘なら興味持たないヤツはいねぇ」

 

「そうなんですね」

 

「そうさ。だからこそ、呪詛をアタシらウマ娘は絶対に許さない。自分を高めるためなら良い。だが、相手を呪うウマ娘は、この世に存在しちゃいけねぇんだ。奈良時代から平安時代ってのは最も日本の支配階級の人間と競技者のウマ娘が近しい時代でもあったからな。愛バが気にしていることを指導人が気にしないはずもなく、もともと神道にもあった穢を忌む思想と合わさって呪詛は禁忌となったわけだな。安倍晴明が何であんだけ有名になったかと言うと、呪禁師としての才が飛び抜けていたからだな。他人を呪うのではなく、むしろ呪いを祓ったり弾き返した上に相手を突き止めたりする技に長けていたからこそ最強の陰陽師と言われたわけだ」

 

「人柄は優れ、ウマ娘の武装組織源氏を抱え、安倍晴明を味方につける。確かに道長は呪詛とは全く繋がり得ない人間関係を築いていますね」

 

「そそ。伊周のガキはそこんところが分かんなかったんだろうな。数多の呪いを逆探してきた晴明が黒と言えば、白も黒になる。そうなるとウマ娘は決して許さないし、あの当時の貴族や皇族でウマ娘と関わっていないヤツなんか一人もいない。全く、アイツは地獄の蓋を自ら開けちまったのさ」

 

 

 伊周側が呪詛をしたという噂は瞬く間に広まり、伊周はその火消しに追われます。しかし、彼の命運は尽きていたのでしょうか。996年、前代未聞の醜態を晒してしまうのです。

 事は故太政大臣藤原為光の三女*1に伊周が通っていたことから始まります。ある夜、いつものように女の屋敷に行こうとすると、女狂いで有名な花山法皇が屋敷に入るところを目撃してしまったのです。相手はかつての治天の君。流石に分が悪いと思った伊周は、弟の隆家に要点をぼかしながら愚痴ったところ、思いもよらぬ展開となったのです。

 

「ゆ゛る゛さ゛ん゛。浮気、ダメ絶対!」

 

「いや、立場的に危うくなってきた俺と、その……やんごとなき御方ならあっちを取るって。悔しいけど、仕方ないね」

 

「パカ野郎ッ! そんなら権力を笠に着る奴がいけねぇってことじゃねぇか。そんなら兄貴の恋人も無理強いされているのかもしれない……ゆ゛る゛さ゛ん゛!」

 

「待て待てーい! もちつけ隆家、冷静なれ」

 

「俺は怒りの貴族、藤原隆家。兄貴が許しても俺がゆ゛る゛さ゛ん゛。天に代わって罰をくれてやる!」

 

「ダメダメダメ、ちょっと愚痴っただけでどうしてそうなる!」

 

「止めても無駄だぜ。あばよ兄貴!」

 

「ちょ、ま、待たんかパカ者ォォォ!」

 

 何と相手も確かめずに隆家は伊周の恋人が住まう一条院に張り込み、屋敷の前に止まった牛車に弓を放ち、挙げ句に花山法皇の護衛二人を斬り殺してしまうのです。幸いにも牛車に放った矢は花山法皇の袖を貫くだけで無傷でしたが、退位したとは言え元治天の君に弓を向ける前代未聞の醜聞となったのです。

 被害者の花山法皇は出家の身での女通いが露見する体裁の悪さと恐怖のあまり口をつぐんで閉じこもっていたのですが、あの女狂いが大人しくなるなど逆に怪しいと探りを入れられ、結局事は露見してしまうのです。しかも、その際にとんでもないすれ違いが原因だと判明したのでした。

 

「おっ、兄貴。彼女浮気してなかったっぽいぜ」

 

「……おう」

 

「兄貴の彼女は三女で、俺が弓放っちまった相手は四女に通っていたんだと。何だ、兄貴の早とちりか。まあ、浮気してなくてよかったじゃねぇか」

 

「……おう」

 

「ところで兄貴。俺、出雲に行くことになったから。源氏のせいで検非違使別当*2の仕事も何もできなかったし、地方の方が活躍できるかな。出雲の平和は俺が守る!」

 

「……そうだな」

 

「んじゃ、元気でな。つーか、道長おじさん悪い人じゃないんだから兄貴も仲直りしろよ。*3姉上も心配してたぞ」

 

「……おう。元気でな」

 

 斯くして伊周も予想外の暴走を果たした頭バクシンのアホの子隆家はあっさりと出雲国へと左遷され(本人は左遷と気付いていない模様)、伊周は妹の定子の元に逃げ込みますがほとほと愛想を尽かされたのか3ヶ月後には追い出され、伊周はトボトボと左遷先の太宰府へと向かいました。

 最もとばっちりを受けたのは中宮定子で、兄弟のアホさ加減に絶望し、何と身籠っているにも関わらず発作的に自ら鋏で髪を切って出家してしまいました。一条天皇は大層驚き、出家した定子を内裏に置くわけにもいかず、かと言って離れ離れになることも耐え難く、結果として使われていない建物を借りの住まいとし、そこに人目を忍んで通わざるをえなくなったのです。一条天皇からの愛は変わらなかったものの、兄弟のあんまり過ぎるやらかしに加えて出家したにも関わらず帝に侍る厚かましさ*4を世間は冷ややかな目で見ることとなり、女官ウマ娘からも「か〜、見んね。卑しか女ばい」と蔑まれるようになったのです。

 この伊周ら中関白家の没落を長徳の変と言います。

 なお、アホの子隆家は出雲と勘違いしたのか、はたまた都に近いところでスタンバイしたかったのか、理由は不明ですが結局出雲まで行かずに但馬国に留まりました*5。道長もこれには苦笑いで、「隆家なら仕方ない」と許し、逆に隆家は但馬に、伊周は播磨に留まっても良いとの勅令を出しました。

 

「出雲の平和はこの隆家が守る!(※ここは但馬です)」

 

 しかし、このアホの子はウマ娘にはアホすぎて好かれたのか、はたまた赴任先が頭がバクシンしている娘ばかりだったのか、太宰府に赴いた際には現地のウマ娘と共に日本を救う軍功を挙げているのです。それについては、また後ほど……。

 

 伊周のやらかしの同年7月、道長は30歳で左大臣に昇進し、名実共に藤原氏の氏長者となったのでした。ちなみに、次席の右大臣には無能者として知られ、朝廷の儀式で失態を繰り返して世間の嘲笑を買っている叔父の藤原顕光*6を据えています。

 ただし、摂政や関白というのはあくまで摂政は未成年の、関白は成年の天皇の後見職に過ぎず、権限は天皇との関係によって大きく左右されるものです。この時の一条天皇と道長は伯父と甥の関係ですが、中宮定子を抱えた中関白家と違い外戚と呼ばれるものではありません。また、朝廷の最高機関である太政官には大臣を兼任していても摂政・関白は関与できない法律でした。そのため、通常は摂政関白となった際には息子を大臣として実権を握るのがセオリーでしたが、道長には幼い息子しかいなかったため関白となることは断念し、左大臣として政務を行います。

 999年、道長は長女の彰子を12歳で一条天皇の女御として入内させ、翌年には出家していた定子に成り代わり中宮として立后させました。

 彰子は父母の愛情を受けて育ち、ウマ娘と多く触れ合う機会が多かったからか、当時の貴族達からは人でありながらウマ娘と見紛う程に美しく、おっとりとして、かしこいと評されました。

 

「主殿からあんな良い娘が生まれるとは……因子継承で大当たり引いたな」

 

「やかましいわ」

 

 最初こそ一条天皇とは年齢の差(8歳差)もありそこまで仲を深めることはできませんでしたが*7、1001年に定子が皇女を出産後に崩御した直後から関係が一気に変わります。

 一条天皇と定子の間には敦康親王をはじめとする3人の子どもがいました。しかし、定子の実家である中関白家は伊周のやらかしのせいで没落し、定子亡き後に危うきに近寄りたくないと3人の子どもを養育できる者はいなかったのですが、そこに、彰子が突然名乗りを挙げたのです。

 

「私がお母さんになります!」

 

「……一応、理由をきこうか」

 

お義母さま(詮子)とライコウちゃんが言っていました。『姉であり母でもある。それこそが最強なのよ』、『古来より万物は母より生まれる。どんな神もママみには勝てねぇ。つまり、そういうことだ』と。よく分かりませんが、この子達を育てることが、私には正しいことだと分かるのです! 立派なお母さんに私はなります!」

 

「……もう、好きにして」

 

 道長としては政敵の娘であり何のメリットもありませんが、色々と疲れ果てた道長は養育を認めました。が、これが思わぬ流れを生むのです。

 

「母性のある少女(ロリ)。そういうのもあるのか」

 

 これまで年上のおねえさんしか知らなかった一条天皇に新たな性癖の扉が開かれてしまったのです。結果、天皇は彰子にすっかり惚れ込んでしまい、他の女性に通うことが無くなりました。

 一条天皇と彰子の仲が深まることにより道長の権力もまた強まり、道長の栄華は確約されたのです。

 さて、平安時代と言えば大陸の文化的影響を越え、真に日本的文化を確立した時期でもあります。そう、真の日本ーー最古のSF長編小説にネカマ日記、わかり味の深いエッセイ、昼ドラ真っ青の王朝恋愛モノ。行き場のない欲求を芸術方向に昇華するのは保健体育で習ったかと思いますが、後の江戸時代に鎖国による閉鎖的な環境から「触手」の大家である鉄棒ぬらぬら先生を生み出したように。URAがイメージを損なう創作物を禁止(エッチなことはいけないと思います)した結果、怪文書が大量に発生したように。遣唐使の廃止後に日本はそうはならんやろと言いたくなる程の文化的爆発を迎えるのです。

 中宮彰子の後宮は多くの優秀な女官を抱え、一種の文化サロンと化していたのはあまりにも有名な話。源氏物語の作者、紫式部。女流歌人として名を残す和泉式部や赤染衛門など錚々たるメンバーが連なっていました。まさに優雅で春はあげぽよーーとでも思ったか。

 

香子(かおるこ)先生、締め切り過ぎてますよ! 源氏物語感動の最終回なんですから今日という今日は原稿をいただかない限り僕は帰りません!」

 

「む、無理ぃ〜。そもそもあんな子持ち未亡人が手慰みで書いた妄想小説が何でこんなに話題になっているんですか! 帝まで愛読者とか死にたくなるんですけど! 打ち切りとか駄目ですか編集長(道長様)!」

 

「駄目です(無慈悲)」

 

「あ、頭も原稿も真っ白でーーあ、大きな星が、ついたり消えたりしている。あはは、大きいーー」

 

「本当に一文字も書かれてねぇ……いや、待て。むしろそれが良いのでは?」

 

 源氏物語最終話『雲隠』 

 タイトルのみで本文は一切ないそれにファンは恐れおののきました。あまりにももののあわれ。光源氏の最後を死を連想させるタイトルと共に敢えて内容を書かず、読者の想像に委ねるやり方は栄枯盛衰、儚さの極地を人々に伝えました。

 

「やっと、私の黒歴史から卒業できる……うふふ、これからはもっとひっそりと生きよう。ちょっと日記を残すくらいで世間からは離れてさえいればあんな作品忘れられてーー」

 

「あ、香子先生。源氏物語の最終回、滅茶苦茶好評ですよ。ところて、源氏亡き後の後日談を書けばさらに評価はうなぎのぼりだと思うのですが、締め切りは何時にしましょうか?」

 

「エ、ドウシテモカカナイトダメデショウカ」

 

「書きますよね? いや、書いてください。編集長として、何より一人の愛読者として命じます。書け(豹変)」

 

「スクイハナインデスカァー!」

 

 世界最古の長編小説ーー源氏物語。

 千年後の現在でなお読み継がれる王朝文学の最高傑作が生まれた背景には、編集長・道長の存在は欠かせません。

 道長自身も和歌や漢詩、その他多くの学問に通ずる英才。豊富な資金と暇を持て余した結果*8、彼は最強の編集長として覚醒したのです。

 資金援助、広告、締め切りの管理、何なら自らをネタにすることすら厭わない身の切り方。まさに敏腕編集長と化した道長は、子持ち未亡人で元引きこもりのペンネーム紫式部こと藤原香子さん(30代)が、「何この人、もしかして私のこと好きなの?」と盛大に勘違いするほどの熱の入りようでした。

 1008年9月には彰子に待望の皇子(後の後一条天皇)が産まれ、道長は次期天皇の祖父としてよりいっそうの栄華を約束されたのです。なお、この時代は后は出産時期に実家に里帰りして産むのが一般的で、彰子も実家(御所の隣)の土御門御殿で出産しています。紫式部も付き添ったらしく、日記にあまりの喜びと安堵からか現実味を失ってふわふわしている道長の様子が描かれています。

 皇子誕生はすぐさま一条天皇にも知らされ、11月には内裏に帰ると伝えているのに待ちきれず、10月に天皇自ら「徒歩で来た!」と突撃し道長を驚かせています。

 よほど彼女との子ども嬉しかったのか、それとも「彰子は私の母になってくれる女性だ」とバブ味にオギャったのか、一条天皇は彰子が内裏に戻ると速攻で彼女の部屋に入り浸り、夜は逆に自分の寝所から帰さないという、今までの宮廷のルールとは何なのかと言いたくなるほど溺愛し、片時も離そうとしませんでした*9

 しかし幸せは長くは続かず、1011年に一条天皇は病を得て崩御します。病の床でも一条天皇は彰子と離れることを嫌がり、一条天皇の最後の言葉や歌は全て彰子が書き留めたものです。

 道長は次の天皇には花山法皇の異母弟で自らの甥でもある三条天皇を即位させました。そして、その皇太子には彰子の子である敦成親王を立太子させたのです。が、ここで地味に親子喧嘩が発生したことを歴史書は伝えています。

 

「お父様、なぜ敦康親王が立太子できないのですか」

 

「え、いや……だって、敦康親王は定子の子だし。僕の孫じゃないからーー」

 

「何てことを言うんですか! 全員私のかわいい子どもです! お父様は孫をいじめて何が楽しいんですか!」

 

「いや、だから僕の孫じゃないからーー」

 

「? おかしなことを言いますね。私の子どもがお父様の孫じゃないわけないではありませんか」

 

「…………いや、騙されんぞ。生憎と僕は姉を名乗る母のせいで耐性が……いや、母を名乗る姉だったっけ……お姉様……お母様……違う、いや、どちらも正しいんだ。僕は正気に戻った! とにかくあの子が孫だとは認めません!」

 

「チッ。致し方ありません、ライコウちゃんから教わった芦毛神拳奥義『バ場バーバ・重バ場』を解禁するときが来ましたか。お父様、お許しください。彰子、拳を解禁しまーーあれ?」

 

「逃げるんだよォォォ!」

 

 流石はライコウ、倫子、明子、詮子に振り回された男です。危機察知能力が違います。

 ともかく、彰子は自らが育てた敦康親王が立太子出来ないことを大変恨みに思ったと記録されています。

 三条天皇と道長は今まで縁が無く、不仲と言える関係でした。娘の研子を嫁がせるものの三条天皇は皇后には

長い間連れあった藤原娍子を据えるなど道長との対決姿勢を崩しません。道長もこれには憤慨し、ことあるごとに三条天皇を退位させるべく働きかけました。

 結局、1016年に眼病の悪化を理由に道長は退位を迫り、道長の権力に敵わないと悟った三条天皇は後一条天皇に位を譲りました。孫が天皇となった道長は満を持して摂政となり、遂に親子二代で摂政となり、更に不仲になったとは言え藤原うまぴょいブラザーズ全員が摂政・関白のいずれかを経験する記録を打ち立てたのです。

 道長の権力を示す逸話に、自宅である土御門御殿が全焼した際には全国の国司が道長の機嫌を取るべくこぞって金品や資材を持ち寄り、同じく燃え落ちた御所は放ったらかしにされてしまったというものがあります。なお、家財はライコウが全て用意し謎のセンスの良さに道長でさえ、「どうしたライコウ、悪い物でも食べたのか」と心配したとされます*10

 同年12月、従一位太政大臣に任じられます。

 話は変わりますが、ここは道長と多少の縁がある貴族の家。病がちな子どもは自らの寿命を悟り嘆いています。

 

「父上……僕はもうすぐ死ぬんだね」

 

「パカな事を言うんじゃない」

 

「嘘だッ! 僕は知ってるんだ。僕はもうすぐ死ぬんだよ!」

 

「何言ってるの。今日は従一位の人がお見舞いに来てくれるのよ」

 

「嘘だ! こんなところに従一位が来るわけ無いじゃないか!」

 

 そこに、颯爽と現れる道長。何で来てるのかとかツッコミは野暮というものです。

 

「やぁこんにちは」

 

「あっ! ホントだ! 従一位だ!」

 

「いやぁ危うく今年は三位になりかけたんだけども……今年は一位だったよ」

 

「おめでとう! でもどうやって従一位になれるの?」

 

「うーん、例えば従五位がいるよね」

 

「うん」

 

「しかし、そいつが従五位上だったとしても、僕は従一位なんだよ。太宰府のあたりじゃ私を八位だと言っている(伊周)もいたが……とんでもない。私は従一位なんだよ」

 

「うん」

 

「考えてみると・・従五位下から始めさせられたのだよ」

 

「そうなんだ」

 

「あの頃が一番辛かった。よく従四位下(道隆)のヤツにいじめられたのだよ」

 

「へぇ~」

 

「その頃いつも正五位下(公任)の家に泊まっていたよ」

 

「そうなんだ・・・・従一位さん、握手してくれないかな?」

 

 あっさり道長は握手をします。

 

「がんばるのだよ」

 

「してくれるんだね(困惑)」

 

「頼信*11

 

「はい」

 

「私は去年は何位だった?」

 

「正二位です」

 

「……一位じゃなかったの?(小声)」

 

「正二位左大臣です」

 

「……でも、今年は何位だい?」

 

「従一位です」

 

「よしんば去年が正二位だったとしても?」

 

「従一位太政大臣です」

 

 満足そうに握手をする道長。

 

「去年は……二位じゃないの? ……従一位さん、僕も従一位になれるかな?」

 

「ハハハッ!」

 

 高らかに笑う道長。そこに、何かを聞きつけた頼信が耳打ちします。

 

「どうした頼信。何だと? 僕を二位だと言うヤツがいるって? そいつは何位だ? 従三位(実資)の男だな……そんなに言っているのか? どんな言い方だ? そうかわかった。すぐに行く」

 

 慌ただしく帰ってゆく道長。それを見送った子どもは思わず呟きます。

 

「なぁにこれぇ」

 

 ……私にも分かりません。

 1018年3月、後一条天皇が11歳になった時、道長は三女の威子を女御として入内させ、10月には中宮とします。これにより三人の娘がそれぞれ天皇の中宮となる栄誉を得た道長を批判的な貴族でさえ褒めそやすほどでした。この絶頂にあった道長が宴の際に読んだ歌が、かの有名な「この世をばわが世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば」というものです。明らかに調子に乗っていますね。

 酔いが覚めた道長は「やっちまった〜」と思い後悔しますが時すでに遅し。しっかり他の貴族たちには日記に記録され、千年間常に晒され続けているのです。なお、後日ライコウに「調子乗んな」と蹴りを入れられた。

 黒歴史に反省したのか、はたまた糖尿病がキツくなってきたのか、1019年に道長は出家します。しかし、望月のかけたること無しとまで言い放った道長の栄華も、終わりの時を迎えようとしていたのです。

 1025年、敦良親王(後の後朱雀天皇)に嫁いでいた嬉子が皇子(後の後冷泉天皇)を出産後に18歳で崩御。道長は激しく動揺し、陰陽師に反魂の術を試させようとするなど取り乱しようが記録されています。

 

「老いたな、主殿」

 

「ライコウか……何年か前(1021年)の葬式ドッキリ以来だな。しかし、お前は本当に変わらないな。だが、分かってくれ。子が親より先に死ぬなんて……耐え難いんだよ。ましてや末の娘だぞ。順序が違うじゃないか」

 

「そうかもしれねぇな。けどな、死なねぇ人間もいねぇしウマ娘も歳取るのが遅いだけで、死ぬときはあっさり死ぬもんだ。だからさ、今日はお別れを言いに来たんだ」

 

「そんな、ライコウ、まさかお前までーー」

 

「撮影中で悪いけどちょっと別世界の娘(ユーバーレーベン)が秋華賞走るらしくてさ。足怪我してたのに出走するなんて心配だから見てくるわ」

 

「……二度と帰ってくるなァァァ! 返せ! 僕の感傷を返せよォォォ!」

 

 史実ではこのころにライコウの記録も途切れ、一般的には1021年から1025年の間で亡くなったとされます。

 晩年の道長は寛子・嬉子・顕信・妍子と多くの子供たちに先立たれ、自らも糖尿病の悪化により健康を害し仏教へと傾倒していきます。

 そして、1028年1月に道長は自らの死が目前に迫っていると察し、法成寺の阿弥陀堂に入ると九体の阿弥陀如来の手と自分の手とを糸で繋ぎ、西方浄土を願いながら横たわります。

 念仏を唱える道長の枕元に、突然何の前触れもなく変わらぬ姿の芦毛の武者が現れました。

 

「何死にそうな顔してんだ主殿」

 

「ライコウ……お前、生きてーー」

 

「ライコウちゃんは不死身だからな。ちょっとゲンジバンザイ星域13番地のゴルゴル星に里帰りしてたわ。けど、もうそろそろ寿命かもしれねぇな。最近ダルくて仕方ねぇよ。2週間目の蝉みたいだぜ」

 

「はは……変わらんなぁ、お前は」

 

「ところでさぁ、何その紐。運命の赤い糸?」

 

「これはな、仏様と僕の縁を繋ぐ大事なーー」

 

 ブチッーー

 

「……何してんだお前ェェェ! 僕のォ、浄土に行く大事な縁だっつってんだろうがァァァ!」

 

「うるせェェェ! そんなよく分かんねぇ縁に頼ってんじゃねぇよ。頼るなら、アタシにしとけってんだよ!」

 

「……お前に頼って大丈夫なのか?」

 

「応よ。オマエが地獄に堕ちたなら、地獄の鬼を蹴り飛ばし、仏を脅してでも引き上げてやる。閻魔大王なんて、ライコウちゃんの手にかかれば余裕、余裕」

 

「本当に……お前は……破天荒だなぁ」

 

 いよいよ視界が暗くなってきた道長。最後に何を話そうかと考えていると、不意に彼女と主従になった遠い昔の記憶が思い浮かびます。しかし、どうしても理由が思い出せなかったのです。

 

「なあ、ライコウ」

 

「ん?」

 

「どうして僕を選んだんだ? 3男坊の僕が出世するなんて分かりもしないのに」

 

「ああん? そんかことも忘れちまったのかよ。しょうがねぇな〜」

 

 ライコウは死期を前に薄っすらと汗を浮かべていた道長の額を撫でると、これ以上ないほど優しい声音で告げました。

 

「すげーヒマそうなヤツがいるなって思ったんだ……アタシと出会えてアンタの人生、面白くなっただろ?」

 

「ああ……そうだ。本当に、楽しかったよ」

 

「だろ?」

 

「なあ、ライコウ」

 

「何だよ」

 

「千年後、暇か?」

 

「……暇だな。たぶん」

 

「だったら、今度一緒に走ろうぜ」

 

 ニカッと、会心の笑みを浮かべる道長。ライコウは一瞬何を言っているのか分からずポカンとしてしまいます。

 

「お前……来世でウマ娘になる気かよ? 何か世界一位とか取りそうな気がするんだけど本気か」

 

「本気だとも。で、どうだ?」

 

 毒気を抜かれたライコウははじめて道長に振り回されていることに苦笑いを浮かべました。

 

「まあ、いいぜ。千年後に、そうだな……海の向こうで行われるスゲェ競技があれば一緒に走ろうな……」

 

「良いな。二人でボロ負けしそうな気がするけど……楽しみだなぁ……」

 

「楽しみができて良かったな。なあ、主殿」

 

「……」

 

「おーい?」

 

 ライコウの問いかけに、道長が答えることは二度とありませんでした。

 

「……何だよ。オマエがいねぇと、アタシの人生ちょっとつまんねーぞ」

 

 1028年1月。藤原道長、薨去。享年62歳。

 死の前には体の衰えや糖尿病による感染症等で苦しんだとされますが、その死に顔は穏やかだったと伝わります。

 

 

「……はい。長い間お付き合いくださいましたが、いよいよお時間が差し迫ってまいりました。オールバトさん、道長以降急速に貴族達は力を落としていってしまいますが、これは何故なのでしょうか」

 

「そうですわね……一番は頼通から後室との外戚関係構築に失敗してしまったことでしょうけど、武士階級のウマ娘との関係が希薄化してしまったことが拍車をかけました。道長のように時に隣で共に戦うような戦友か、余程優れたトレーナーでもない限りウマ娘達の心を繋ぎ止めることなどできはしないのです。結果として上と下、両方から見放されたために貴族はただの飾りとなってゆき、武士の世では存在すら忘れられがちなものに成り果てていくのです。道長は皇室ともウマ娘とも良い関係を築いてきたので、私は彼こそが最後の平安貴族だったと思っています」

 

「最後に、一つだけよろしいですか?」

 

「どうぞ」

 

「貴女にとって、藤原道長とはどのような人でしたか?」

 

「……教えてやんね」

 

「ケチ」

 

「オホホホ、ケチでよろしくてよ」

 

「全く……ともかく、最後は貴族の時代の終焉とその後について触れて終わりたいと思います。オールバトさん本日はありがとうございました」

 

「サンキューベリーマッチング。またな、テレビの前のヒトミミーズ。ところでオマエらスペを見過ぎだろ。蹴られてもアタシ知らねぇぞ」

 

「最後くらい締めてくれませんかねぇ……」

 

 

 道長の死後、息子の頼通までは藤原摂関家による政治が行われましたが、外戚関係が薄れると共に上皇・法皇が実権を握る院生へと移ります。しかし、上皇や法皇には藤原氏ほど地方経済を回す力は無く、貴族という後援者を失った武士達は貴族に頼ることのない経済圏の確立を余儀なくされ、結果として武士の自立へと繋がってゆきます。そして、院生から武家政権へ移った後に貴族達が政治の実権を握ることは二度とありませんでした。

 道長とライコウの関係は貴族と武士、すなわち貴族とウマ娘との最後の蜜月であり、彼等が歴史から去るときは平安の時代が終わりへと向かう始まりでもあったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 終

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 制作 日本ウマ娘放送協会府中支部

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次回予告

 

 

「おやおやおや。また東北で戦とは、度し難いですね。頼みましたよ、私のかわいいウマ娘」

 

「ええ…お任せを。血に飢えた猟犬のように、戦を征して見せましょうーー我が君」

 

 もしも彼女が武士として生まれなければ、全てに退屈して、ただ血を求める怪物だったのかもしれない。

 武士とはーー理想の戦士でも蛮族でもない。

 もっと悍ましく、美しいナニカだった。

 

 

 第9回「メイドインウマ娘 猛き武士達の黎明」

 

 

 夜明けの先にあるのは果たしてーー

 

 

 

 

ーーー

 

時は流れ、現代。

 

 

「ふぃ〜撮影終了。疲れたぁ」

 

「お疲れさま。結構マトモに出来てたね」

 

「まあな。なんたってアタシは才能あふれるゴルシ様だからな。けどさぁ、オールバト演じるの疲れるんだよなぁ……次からマックイーンあたり影武者にするか」

 

「やめなさい、可哀想でしょう。ただでさえうちの上司(SS)に狙われているんだから心労かけさせないの」

 

「へいへい、真面目ちゃんの左大臣様は健在ですこと。ところでマスターちゃんーー」

 

「シップ、今はもう左大臣でもマスターでも無いわ。今の私は『ジャスタウェイ』よ」

 

「おっと、そうだったな。悪い、悪い」

 

「それで、何を言おうとしたの?」

 

「いや、松平のとっつぁんには言わなかったけど、アタシらの関係って何だろうって思ってさ。まあ、親友ってのは間違いないけど……」

 

「そうね。親友以上、仲間でライバルとでも言っておく?」

 

「んー、まあそれでいっか。考えるのも飽たでゴルシ」

 

「飽きるの早いよ。そんなんだから凱旋門であんなことになるんじゃない」

 

「うるへぇ、うるへぇ、オマエだって8着じゃねぇかよ。ところでさ、一つ大事な話してもいいか?」

 

「何?」

 

「あの時の約束は叶えたからな。次の約束をしとこうと思ってさ。なぁ、ジャスターー」

 

 100年後ヒマ? 今度は一緒に宇宙行こうぜ。

 いいね。何処までも行こうか。此の道をーー

*1
実は道長の舅である故・源雅信の妻の一人で、出戻りということになる。

*2
現在の警察庁長官にあたる役職。

*3
実は隆家、道長との仲はむしろ良好。お互い武芸に通じていたので気があったのか、アホの子の隆家を憎めなかったのか。何にせよ道長派の貴族にも可愛がられ、何やかんや道長とは上手い関係を築いた。

*4
これはむしろ定子に責は無く、彼女の立場を考えることなく愛だの何だのを優先して手放さなかった一条天皇に問題があるのでしょうが、彼もまだ17歳であり完璧を求めるのも酷な話です。

*5
兵庫県の日本海側。筆者もいまいち何があるのか知りませんでしたが、平安時代には生野銀山が開坑するなど割と栄えていたみたいです。お城好きなら竹田城跡があると言えばお分かりかと。

*6
某聖杯戦争でリンボマンにやたら叩き起こされている人。

*7
深めたら深めたで一条天皇は後世にヤバい人として名を残したでしょう。

*8
この頃のライコウちゃんは美濃の国司として出張しておりしばらく都にいなかった。

*9
後朱雀天皇「で、翌年には朕が生まれたってわけよ」

*10
当然蹴られた。

*11
源頼信。ライコウの弟で道長四天王の一人。足利氏の先祖。




登場人物/元ネタ紹介

源頼光…ゴールドシップ。
年齢不詳のスーパーウマ娘。説明不要!ゴルシだし。

藤原道長…ジャスタウェイ。
世界一位のそれ以上でもそれ以下でもないウマ娘。特殊メイクで男装し、声は吹き替えで杉田智宏にしてもらった。
筆者はジャスタウェイが実装されれば間違いなく天井まで回す自信しかない。

渡辺綱…フェノーメノ。ゴルシから滅茶苦茶扱いが悪い可哀想な黒豆。ステゴ産駒の中では数少ない真面目枠。


卜部季武…サイレンススズカ。
同室のスペが可哀想すぎて出演。卜部季武が自分と田村麻呂の子孫だと知ってはいるが、本当かどうか分からないのでやる気は絶不調。とっとと帰って旦那とトレーニング(意味深)することしか考えていない。

坂田金時…スペシャルウィーク。
今話最大の被害者。金太郎だから赤い前掛けだろとゴルシに無理矢理この格好をさせられた。彼女の出演時間だけ視聴率がパカみたいに伸びたらしい。なお、見ていた紳士諸君は大概嫁(ウマ娘)にしばかれた。
おかしい。なぜ彼女は私のトレセン学園にいないのだろうか。

碓井貞光…ウォッカ。
相方が主役級に内定したと聞いてショックを受けている。が、その台本をチラ見してむしろ下手に主役級をするとヤバいのではと悟り調子は戻った。
次の役作りのために眼帯を購入してダスカに「フフ怖」したところ爆笑され、激しく憤慨した。

酒呑童子…オルフェーヴル。
鬼婦人など牝馬に負けることに定評のある三冠バ。攻撃的な性格は元いじめられっ子が反転した結果だと解釈。そのため、地の性格はよわよわ。気性難なのは単に騎手が嫌いなだけではないだろうか。
寝坊助同様に実装を諦めていないが、そうなると寝坊助の娘である鬼婦人(cv:吉田沙○里)に吹き飛ばされる未来しか見えない。

茨木童子…ナカヤマフェスタ。
雨の日に傘を持たなかったり炭酸飲料が苦手なことに対して筆者が勝手にシンパシーを感じているウマ娘。賭けに勝つことよりも賭けるスリルを味わいたい結果よりも過程派。
ステゴ産駒という理由だけで出演したが、破滅的な生き方の割に何やかんや生き残りそうな感じは割と合っていたのではないだろうか。


私事で大変恐縮ですが、ちょっと近々主治医によるお注射ブスリのワケワカンナイヨーからの発熱ダウンする予定なので、来週の投稿はお休みします。
……正直、八幡太郎義家についてはちらっと触れて流すつもりだったので前九年の役・後三年の役を本格的にウマ娘世界に落とし込むためちょっと勉強します。
再来週の土曜には投稿しますのでしばしお待ちいただければ幸いです。
























財団法人M&S代表…詳細不明。通称、静かなる日曜日。
「マックイーン……マックイーン、マックイーン、マックイーン、私の、たった一人のお友達……たとえ世界が違えども……あなたが私を忘れても……私は……忘れないからーー」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。