ウマ娘と辿る日本の歴史   作:ぶ狸

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大変お待たせしました。
遅れた原因……デジタル殿降臨で尊死していました。友人(変態)もお呼びしていましたが……もしや変態は変態を呼ぶのでは。
それにしても、可愛らしい見た目の隻狼みたいな世界になるはずだっのに、前九年の役のクダグダっぷりのせいで前回の銀○時空から抜けきれていませんね。
ここは白河院に頼るしかありますまい。


第9話「メイドインウマ娘 猛き武士達の黎明」中

 1062年。源氏は有り体に行って万策尽き申した。

 何せ全く兵が集まらないのです。源氏の一党だけならば3000騎まで膨れましたが、一つの武家の経済力ではそれが限界です。となると、他の武家を集って傘下に置くのが当然なのですが……これが誰に協力を申し込もうと梨の礫。頼義は泣きました。

 

「もうだめよ、おしまいよ……私は駄目なウマ娘なんだ。源氏はもう終わりなのよ……」

 

「はあ、そうですか」

 

「義家……あなたはどうしてそう他人事みたいにするのです。お母さんは悲しくてヨヨヨですよ」

 

「あなたがそんなのだから誰も従わないのではないですか」

 

「娘が私をいじめる! ヨヨヨ〜」

 

「はあ……もう諦めましょう。あなたには皆を纏めるなんて無理なんですよ。そもそも、みちのくウマ娘に共感しているせいで勧誘も全く乗り気じゃないじゃないですか」

 

「ギクリ」

 

 実は頼義、あるトラウマのせいでみちのくウマ娘達にひどく共感していたのです。

 当時、武家ではウマ娘が家督を継ぐことは認められていましたが、棟梁という管理職にはウマ娘はあまり適性のない傾向にありました。そのため、親族からの養子や何とか伴侶に人間の女性を娶ってもらったりと苦慮するわけですが、頼義の父である頼信*1の正妻である人間女性が自らの侍女の恋人と密通し子供まで作る醜聞が発生。これが河内源氏で唯一の男子となるのですが、流石に血の繋がりもない不貞の子を跡継ぎにするはずもなく、ウマ娘である頼義が棟梁となったのです。性に対して潔癖な傾向のあるウマ娘が、このようなことを許せるはずもなく血縁は無いとはいえ名目上は母となる頼信の正妻を頼義は憎み続け、郎党が亡くなれば過剰なほど弔う頼義が義母の葬儀や法事を一切拒否したという話が残っています。

 このトラウマのせいで頼義は人間の女性に不信感を持ち、男の人は私達ウマ娘だけで愛した方がお互いに幸せなのではないかという危ない考えが心の片隅にあったのです。

 

「思想のぶつかり合いでは向こうには勝てませんよ。もうウマ娘も我慢の限界ですから……誰かを好きになる気持ちは私にはよく分かりませんが、一番になれないのが辛いというのは分かります。300年、我慢してきたんです。ヒトミミ女のために私達が我慢する時代は終わろうとしています」

 

「……それはそうだけど」

 

「加えて、あなたには致命的に指揮を執る才能に欠けているので、よしんば兵が集まっても纏められません」

 

「ぐはぁ!」

 

「疑心暗鬼に陥ってみすみす味方を減らし、あまつさえ敵に寝返らせるなど愚将と言われても仕方ありません」

 

「あべし!」

 

「父上亡き直後のいじけていた頃なので同情はしますが、それはそれこれはこれです。全く……一つの戦に12年もかかるなんてどう言うことですか」

 

「もうやめて……母の精神はとっくに零よ……」

 

「ともかく、あなたに今更大軍をまとめるなど不可能なので、ここは代わりを立てましょう」

 

「代わりって、中央から誰か呼ぶの? 前に意気揚々とやってきた来た高階経重さんには関東や東海のウマ娘は『何か気に入らない』と誰も従わなくて泣きながら帰っちゃったし、誰も来ないと思うよ?」

 

「今更指導人でもない中央貴族に従うウマ娘なんかいませんよ。そもそも大きな軍を持ち、安倍氏に従わない方々が東北にはいるではありませんか」

 

「……え、清原さんに言うの?」

 

 清原氏は出羽国を治める武家なのですが、これまた安倍氏と同じく俘虜長を名乗っておきながら蝦夷からの帰属ではなく元貴族。それも天武天皇系の血筋を引いているのではないかとも考えられています。ただし、この時の清原氏の当主である清原武則の祖母の代からウマ娘がなどみちのくウマ娘や元蝦夷の俘囚との縁が非常に深く、俘囚系の豪族と言って差し支えはありません。

 清原氏は878年に起きた蝦夷の反乱である元慶の乱*2で尻拭いを命じられた藤原保則が遠征にあたってスカウトしたのが、もはや東北遠征では常連となった坂上氏から田村麻呂と鈴鹿御前の曾孫である坂上好蔭と清原氏の祖先と思われる清原令望でした。

 出羽国に拠点を構えた清原氏はその後、朝廷と敵対することもなくゆったりと成長を続け、今回の戦にも中立の立場で静観を決めています。義家はその清原氏を味方にしろと言うのです。

 

「けどさ、清原さん全然味方になってくれなかったじゃん。何回もお手紙出したのに一度もお返事無かったんだよ」

 

「何の実績もなく負け確定のあなたが『味方になれ』と手紙を出しても従うわけないです。私だって従いません」

 

「モウコロシテ」

 

「なので、今回は手法を変えます。まあ、私の言うとおりにしてください」

 

 ふてくされる頼義を義家は宥めすかしつつ、清原氏への工作を開始します。工作の内容はーーまさかのプレゼント攻撃。とにかく珍しいものや美味しいものを贈りまくり、清原氏のやる気を上げます。そこに、甘い言葉を囁くのです。

 とはいえ、こんな話に釣られる奴がいるとはーー

 

「源氏からの手紙か。最近色々贈って貰ってばかりだけど……安倍氏と戦ってもなぁ。まあ、手紙は読むとしよっか。どれどれーー」

 

『前略、清原武則様。

 日差しが強く暑い日が続きますがいかがお過ごしでしょうか。

 先日お贈りした蜂蜜飲料はいかがでしたか。私は硬め多め増し増しがおすすめですが、気に入っていただければ幸いです。

 さて、このようなお願いは非常に心苦しいのですが、もはや安倍氏を私達源氏のみで打ち倒すことは非常に困難です。源氏のウマ娘はせいぜいが3000と、清原様の抱えるウマ娘達の半数にも満たぬ上に清原様が加わらなければ勝てるはずがないとやる気を落としています。しかしながら、清原様が私達源氏を指揮下にいれ、新たなる鎮守府大将軍として率いてくださるならば勝利は間違いありません。

 頼れるのは清原様、あなただけです。

 どうか私達を助けてください。敬具。

 

 陸奥守兼鎮守府将軍 源頼義

 

 追伸、今度一緒にかけっこしませんか? お返事お待ちしています。』

 

「清原氏を鎮守府将軍に? 頼れるのはアタシしかいない? かけっこ!? やるやる!」

 

 釣られたおパカが一人。

 こうして清原氏は約1万の兵を率いて急遽参戦を決定。頼義は喜び清原氏を総大将として安倍氏との戦争再開を果たします。

 そして、清原氏参戦から僅か一ヶ月後ーー安倍氏の本拠地である厨川城が落城。乱の首謀者であった安倍貞任は流れ矢により討ち死にし、12年に及ぶ戦いは終わったのです。

 ……打ち切りエンド? いいえ、史実です。

 

 

「どういうことなんですか……」

 

「落ち着いてください松平アナ」

 

「詳しく、説明してください。私は今冷静さを欠こうとしています」

 

「そうですね……理由は極めて単純と言いますか、要するに時間切れという話です」

 

「時間切れ?」

 

「はい。この戦には12年もの時がかかり、その内の6年は血を流すことなくみちのくウマ娘からすればうまぴょい三昧でした。で、色々とスッキリして冷静さを取り戻したときに悟るのです。あれ、子育てとか家庭のことにに集中すると統治とか面倒だな。安倍氏がやってくれているけど、いつまで保つか分からないな。それは不安だ……そうだ、朝廷と繋がりのあるウマ娘の一族に鞍替えしようーーと」

 

「忠誠心ンンンッ!」

 

「ないですよ、そんなもの。元々が男性に飢えたみちのくウマ娘達の婚活戦争ですから、目的を達成すれば今度は守りに入りたくなるのは当たり前のこと。みちのくウマ娘にとって、安倍氏と清原氏(with源氏&朝廷)だと後者の方が魅力的に見えたわけです」

 

「だからって一ヶ月は早すぎませんか?」

 

「たしかに早いですが、崩れるときは案外そんなものかもしれませんよ。また、清原氏が臨機応変な対応のできる精鋭であり、なおかつ火遊び大好きな策士であることも影響したかもしれません」

 

 

 清原氏参戦からの戦の展開は、緒戦である小松柵の戦いが偶発的な接敵により発生したことを受け、党首である姉・光頼に命じられ清原氏の郎党を率いた武則が臨機応変な対応で勝利したことから始まります。この敗北に焦った安倍貞任はこれ以上の損害は兵力に劣る安倍氏にとって勝ち目を失うことになる点と、兵站が整わぬまま開戦じてしまったことによる兵糧不足を見抜いたことにより奇襲を決断。8000の兵を率いて源氏と清原氏の連合軍へと襲い掛かります。慌てる源氏でしたが、武則はむしろその奇襲を喜びました。

 

「勝ちました。これで地の利のある山奥での戦をされることなく決戦に持ち込めます!」

 

 武則の言葉をもっともだと受け入れた頼義はすぐさま陣形を立て直し貞任を迎撃。長時間に渡る戦闘の末に勝利したのです。

 勢い付いた連合軍は安倍氏の拠点である衣川関と鳥海柵を攻めますが、この時に武則は敵を混乱に貶めて味方の損害を少なくすべく三国志ではおなじみ火攻めを多用しました。

 

「これから毎日城を焼きましょう」

 

 今まで日本ではあまり見られなかった奇策に安倍氏は大混乱に陥り、精鋭で知られた敵のあまりにあっけない崩れ方に源氏のウマ娘達はもののあわれを感じたと言います。

 鳥海柵陥落時には頼義と武則の間では以下のようなやり取りもありました。

 拠点陥落を見届けた頼義はこの度の軍功は全て清原氏のものであると褒め称えたところ武則はこれを「今まで頼義殿が頑張ってきたからですよ。それより、今まで大変すぎて白くなっていた髪も黒黒としてきて綺麗ですね」と言います。それにますます感激した頼義は「清原さんから功を奪うなんてできない! それはそれとして髪の毛褒めてくれてありがとう!」と笑い合いました。この時に、諸事情により参戦できなかった姉の光頼と頼義の約束であった駆けっこを果たしたのではないでしょうか。

 そして、最終決戦である厨川柵の戦いでも安定の火攻めにより勝利し、安倍氏は滅亡したのです。

 

 

「このとき滅んだ安倍氏の遺族は清原氏に吸収されているので、意外と裏では密約があったのかもしれませんね*3

 

「……安倍貞任を売り渡す代わりに、安倍氏の血を残すという密約ですか」

 

「そういう説もある、という程度ですけどね。個人的にはみちのくウマ娘のやる気が下がっている時点で詰んでいるので密約があろうとなかろうと変わらなかったと思います」

 

「……まあ、何にせよ戦は終わったわけですね」

 

「はい。源氏の約束通り清原氏は鎮守府将軍に任ぜられ、奥羽一帯を治める一大勢力へと成り上がります」

 

「あの、源氏への恩賞は?」

 

「……ません」

 

「ヱ?」

 

「あげませんッ!」

 

「嘘でしょ……朝廷がまた出し渋ってる」

 

「朝廷が何を考えているのかはまるで分かりませんが、清原氏とのコネクションを築いた源氏を陸奥守から外し、伊予守へと転勤させます。これ自体は陸奥よりも伊予のほうが収益があったので褒美になっているのですが、問題は郎党への恩賞を出さなかったことです。長年戦ってきた郎党達が納得できる恩賞を源氏が出すとなると都の一流競技を何回優勝したとしても足りるわけがありません。これには頼義も流石にキレて朝廷と粘り強く交渉したとの記録があります」

 

「……朝廷、終わっていますね」

 

「武を侮り見下す平和ボケ達ですから。そんなのだから鎌倉以降800年もウマ娘と指導人中心の武家政権が続くんです。全く、武をいたずらに振りかざす者はろくでもありませんが、私は未だかつて武を侮った者で君子たり得た者を知りません。人間が力でウマ娘に勝てるわけがないのに、どうして武を手放して廃れずにいられると思ったのでしょうか」

 

「滅びる者は自分がやることを『絶対に正しい』と思ってやっていますから。だから平気で他が『悪い』とか『間違っている』と決めつける。そして後世の私達からこう思われるわけです。『ああ、なんておパカで愚かなんだろうか』と。大きな組織でも、それは同じことでしょう」

 

「……タマさんの旦那様が言うと何とも言えませんね」

 

「その愛称、白い稲妻と間違われるから本人は嫌がってますけどね。まあ、話を歴史に戻しましょう」

 

「はい。前九年の役の後、源氏は地方の国司と朝廷の命により小規模な戦を行うなど基本的には治安維持活動を努めてきました。そんな中、1075年に頼義が88歳で死去し義家が棟梁を継ぎます」

 

「え、頼義さんそんな歳だったのですか?」

 

「はい。前九年の役終結時に75歳とかなり高齢でした。ただ、ストレスで白髪が増えた後に戦の終わりでストレスが無くなり髪色が復活するあたり晩年まで若々しい方だったみたいです」

 

「……ウマ娘って本当に老けませんからね。私の妻も学生時代から外見が変わんないですから」

 

「中学生と間違えられた話は笑えますね」

 

「それ本人に言ったら蹴られますよ」

 

「おお怖い怖い。さて、源氏が再び表舞台に名を馳せるようになるのは、1081年に円城寺の僧兵を捕らえたことがきっかけになります」

 

 

 平安時代末期には日本に今まで存在しなかった兵種が登場しました。その名は僧兵。仏門にありながら武器を手に取り、寺院同士の争いを行い時に朝廷や摂関家すら脅す武装組織です。西洋における騎士修道士に近い存在といえるでしょう。

 義家率いる源氏は検非違使と共に僧兵の排除・追補を行うのですが、恨みに思った円城寺の僧兵達は朝廷や源氏を執拗に付け狙い始めます。そのため、白河天皇が岩清水八幡宮に御幸する際には護衛として付き従いました。ただ、その際の服装が問題だったのです。

 

「義家殿……その服は?」

 

「何か問題でも……ありますか……」

 

「問題ですとも。帝が八幡宮へ御幸あそばされるのであれば護衛は束帯姿が慣例。しかしお主らは平服ではないか」

 

「あんな格好では……守るものも守られません」

 

「それでも武家か! 良いから着替えなされ」

 

「……お断りします。武士は主君を守ることこそ本懐。断じて……着飾ることではございません」

 

「貴様ッ!」

 

「おやおや、何の騒ぎですか」

 

 騒がしさから姿を見せたのは治天の君である白河天皇。

 

「恐れながら陛下。こやつめは帝が御幸あそばされる護衛に選ばれたにも関わらず、荒法師を恐れるあまり正装たる束帯姿ではなく平服のままなのです。このような無礼、許せるはずもなくーー」

 

「何と……何と……」

 

「お怒りはごもっとも。されば然るべき罰をーー」

 

「素晴らしい」

 

「……へ?」

 

「私を守るために、叱責を受けても平服を貫こうとしたのですね。素晴らしい……君は可愛いですね」

 

「可愛い? ……私が……ですか」

 

「ええ。君達はウマ娘は本当に可愛いですよ」

 

「……そうですか」

 

 白河天皇の鶴の一声により義家は平服で護衛に付くことを公に認められたのです。これは当時の貴族の日記にも「布衣の武士、鳳輦*4扈従(こしゅう)す。未だかつて聞かざる事也」と書きとどめています。

 源氏武者たちの完璧な護衛にご満悦の白河天皇は、同年12月の春日大社への御幸には、何と鎧姿での護衛を許可されるのです。これは当時の身分秩序からしてありえない事でしたが、義家と源氏を絶賛する白河天皇は批判を全て退け、源氏もまたこれに応えて完璧に護衛を果たします。

 以降、義家は白河帝の爪牙と呼ばれ田村麻呂やライコウ等が務めてきた今までよ皇国の守護者としては最も身分の低い位階でありながら誰よりも天皇の信認を得たのであります。これは強すぎるがゆえに畏れられもした田村麻呂(あと嫁が怖い)や、あくまで道長の懐刀として振る舞い皇室とはあまり関わらなかった(というか道長がコイツを関わらせるはずがなかった)ライコウとは異なり、真に守護者としての地位を白河天皇により認められたのです。これは後に武士達の劇的な地位向上へと繋がる「北面武士」創設にも繋がる快挙でありました。

 一方、またしても東北には不穏な雰囲気が漂っています。先の「前九年の役」で源氏への支援を決定した清原光頼は既に亡く、さらに源と手を取り合い戦場を駆けた武貞も亡くなったのです。

 武貞の死後清原氏を嗣いだのが武貞の養子である清原真衡です。彼は出羽国の国司であった平氏の一門から清原成衡を養子に迎えます。その成衡に源氏棟梁である源頼義の娘、つまり義家の妹を嫁がせることで清原氏の家格を高めようとします。これは桓武平氏と清和源氏を配合させ両家の血を引く最強のウマ娘を当主とすることで清原氏の名を全国へ轟かせ、奥州における清原氏の確固たる立場を確立する狙いがありました。しかし、こうした一連の政略結婚政策を遂行する中で棟梁としての権力を強化し、親族である吉彦秀武や武則と安倍氏の男性との間に生まれた家衡、安倍氏からの養子である清衡の離反を招きます。

 しかも、吉彦秀武が離反したのは真衡の迂闊さ故です。何と養子である成衡と義家の妹の婚礼の席で秀武の面子を潰してしまったのです。

 話は1083年春頃の婚礼の日。秀武は祝の品として朱塗りの盆に砂金を盛って頭上に捧げ、真衡の前にやってきます。しかし、待てども待てども「ありがとう」の一言がないのです。

 

「あの……何か無いのですの?」

 

「今いいところだから邪魔しないで。神の一手を極められるかもしれないから」

 

 碁に夢中になるあまり真衡は秀武を完全無視。せっかくの祝の場が白けるかもしれず秀武は助けを求めて周りを見ます。

 

「……あの……その……」

 

「駄目だ。これはアタシが貰った『ありがとう』だ」

 

「何ですのその雲みたいな『ありがとう』は。そうではなくて誰か何とかしてくれませんの? とりあえず『ありがとう』の一言で解決するのですが……その……」

 

「……ません」

 

「ゑ?」

 

「あげませんッ!」

 

「えええ!? そんなぁ〜、よよよ〜……」

 

 ウワァ、スペチャンソンナニオコラナクテモー!

 

 騒がしくなろうとも真衡はよほど良い勝負をしていたのか秀武を無視し続けます。面目を潰された秀武は大いに怒り、砂金を庭に「かっとばせー」とぶちまけて出羽に帰ってしまいました。

 真衡は秀武が怒って帰ってしまったと聞いて直ちに秀武討伐の軍を起こします。*5一方の秀武は、同じく真衡と不仲であった家衡とその異父姉妹の清衡に「この際ですから真衡をぶっ飛ばしますわよ!」と蜂起を促しました。2人は秀武に呼応して兵を進め、背後から真衡の館に迫ります。これを知った真衡が軍を返して家衡・清衡姉妹を討とうとした為、急にヘタれたのか家衡&清衡シスターズは決戦を避けて本拠地へ後退しました。

 家衡と清衡を退けた真衡は、今度こそ秀武を討とうと出撃の準備を始めます。そこに、彼にとっては最大の幸運がやってきたのです。

 

 時はやや遡り1083年、夏頃。

 また東北か、もう驚きも小さくなりつつある朝廷内では取り敢えず誰か送っておこうという流れになります。そして、白河天皇の中では誰を送るのかはもう決まっていました。

 

「おやおやおや。また東北で戦とは、度し難いですね。頼みましたよ、私のかわいいウマ娘」

 

「ええ…お任せを。血に飢えた猟犬のように、戦を征して見せましょうーー我が君」

 

 1083年の秋、白河天皇の懐刀にして次期清原氏当主成衡の縁者である源義家が陸奥守を拝命して陸奥国に入ります。まるで金扉の前で理事長が激熱と書かれた扇子を持っているかの如き絶対的な勝利の確定演出に、

 

「義家殿が来た! これで勝つる!」

 

 と、真衡は義家を三日間に渡って歓待し、その後に出羽に出撃します。家衡と清衡は真衡の不在を好機と見て再び真衡の本拠地を攻撃しましたが、同じ手を食らわせるほど義家は甘くありません。

 

「……パカの一つ覚えのように背後から奇襲とは。匪賊には誇りはないのですか。生きやすいものですね……うらやましい」

 

 敵の動きを察知した義家は備えを万端とし、真衡方が奮戦した上、義家率いる源氏軍が真衡側に加勢したため、清衡・家衡は大敗を喫して「もう無理ぃ〜」と国府に降伏しました。ところが、勝利を確信して出羽に向かっていた真衡は行軍の途中で急死してしまったのです。

 

「……どういうことですか」

 

 さらに訃報は続きます。真衡の訃報の直後、混乱しているところに秀武が偶然にも奇襲をかけ成衡が戦死。これにより真衡が目論んだ計画は完全に潰え、義家一人が取り残されたのです。

 

「……詳しく……説明してください。今、私は冷静さを欠こうとしています」

 

「「ヒィ〜」」←胸から『私は奇襲に失敗したダメウマ娘です。嘲笑ってください』と書かれた札を下げている。

 

「説明も何も、戦は終わりってことですよ!」

 

「……三郎、そんな簡単に言わないでください」

 

「さぶちゃんって呼んでね! けど、実際もう戦う理由ありませんよね」

 

 この戦には義家の妹である源新羅三郎義光も参戦しています。義光は何事も徹底的に行おうとする姉の良き相談役にしてストッパー的立場でありました。

 

「……確かに、そうですが。けれど、どうせなら後顧の憂いを無くしておくべきでは無いでしょうか」

 

 おもむろに太刀に手を掛ける義家を見て、家衡と清衡は「ヒィ〜」と叫びますが、義光はそんな姉から二人を庇いつつ、

 

「もう、この二人が居なくなったら奥州の統治に都合が悪いですよ。消してしまって後の祭りなんて、私の好きな祭りじゃないんですよね〜」

 

「……なるほど。さぶちゃんの言いたいことは分かりました。仕方がないので戦は終わりにしましょう」

 

 義光の進言を受け入れて義家は終戦を宣言します。そして、清原氏の処分を決める裁定や事の発端である吉彦秀武の処分などを考えると、義家は頭が痛くなる思いでした。

 誰しもが戦は終わり、平穏な時が来る。そう思っていました。しかし、義家には見えていなかったのです。今は縄に縛られ異父姉と震えるウマ娘の目が恥辱と復讐心に満ちていたのを。

 路傍の石としか思っていない者に足元を掬われる。義家ほどの武芸者をして起こり得るどんでん返し。地獄の蓋が開き、武士が武士となるまでーーあと僅か。

*1
ライコウの母違いの弟。

*2
飢饉の中でも苛烈な税の取り立てにキレた蝦夷の起こした反乱。これを抑える力を朝廷は既に失っており、当時の陸奥守は戦うことさえなく逃げ出すなど無様なありさまだったみたいです。

*3
この時に清原氏に吸収されたウマ娘の中に、後に奥州藤原氏へと繋がる藤原清衡もいました。

*4
羽飾りのついた天皇の乗り物。

*5
タマモ「何でやねん! そこは謝るんとこちゃうんか!」 筆者もそう思います。




最初に「ヨヨヨ〜」と言っている頼義さんはあの時点で70代半ばですが、外見は黒髪の若々しいウマ娘です。

白河天皇ですが、何かビームでそうな仮面被ってそうですね。けど、まだ胡散臭い程度で済んでいますね。まだ、夜明けまで少し時間がありますから。
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