ウマ娘と辿る日本の歴史   作:ぶ狸

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大変お待たせしました。
皆様はハロウィンイベントをいかがお過ごしでしょうか。私は念願かなってお兄様になることができました(1天井)。まあ、つまり……遅れた理由はそういうことです。
それはさておき残酷・吐き気を催す描写注意です。
ああ、これが夜明けなのですね。


第9話「メイドインウマ娘 猛き武士達の黎明」下

 真衡親子の突然の死により、義家は望まなくとも戦後処理をせねばなりませんでした。問題は、後継者となりうるのが先の戦いで敗者であるはずの家衡と清衡であることです。

 敗者であるはずなのに利を得る。これが納得いかない義家は義光と相談の上である裁定を下しました。まず、故・真衡の所領であった奥六郡を半分ずつ清衡と家衡に分け与えます。しかし、この三群を本人達の不満が出るように微妙な差異を付けた上で分けたのです。

 利の少ない方である家衡は当然この裁定を不満としますが、義家は義姉妹間の仲介をせず放置しました。そして、1086年に家衡は清衡の館を攻撃します。

 この時に清衡の夫と子を含む一族はすべて殺されています。幸運にもその日に義家に呼び出されていた清衡自身は生き延び、家族を殺された怒りに狂いながらも義家の助力を願います。義家は、さも同情するような顔で清衡への援助を確約するのです。

 

「……計画通りです」

 

 全ては、義家の掌の上でした。

 ところが、予想外の事態が起きます。清衡と義家は沼柵に籠もった家衡を攻撃しますが、季節は冬であり、奥州は例年の如く豪雪に見舞われます。結果、充分な攻城戦の用意が無かった清衡・義家連合軍は敗走を余儀なくされたのです。

 これは義家にあった驕りが原因と言えるでしょう。一族郎党を失い身一つの清衡と、数においては清原氏のウマ娘と比べて格段に少ない筈の源氏ウマ娘。義家は数の有利を頼みに家衡が野戦での決戦を仕掛けてくると読み、思想の戦いでもあった前九年の役と違い単なる清原氏の御家騒動である今回の戦には呼応する関東や東海、近畿のウマ娘を事前に集めて逆に数的優位を確保し一気に畳み掛けるつもりでした。これを家衡は読んでいたーーとは言えません。家衡にはそれほど戦略的に考えるだけの情報も経験も不足しており、これを読み切る器量があるならばそもそも義姉妹間で仲違いなどせず問題を解決した形で義家ら源氏には丁重に都にお帰り願い、その後に清衡を殺害して朝廷には事後報告と恭順の意を示せば義家は何もできず、家衡は奥州をその手にできていたのです。それをできなかった家衡は、それが限界だったのでしょう。

 では、何故彼女は義家の策を打倒し得たのか。それは、家衡が臆病だったからに他なりません。彼女は義家を心底恨むと同時に恐れていました。生殺与奪の権を握られ、何もかもを盤上の駒を動かすが如く操作し、自分の思考さえも誘導されている。その嫌悪感と畏怖が表向きの数的優位にも関わらず援軍の見込めない籠城という下策を選ばせてしまうのですが……これが面白いほど義家の策の裏目になってしまうのです。

 義家が敗れた理由は唯一つ。城攻めを想定したそれなりの長期間、各地から集めた大軍を維持しうる兵站の構築をしていなかった点です。

 仮に、源氏麾下のウマ娘のみであれば開戦時の兵站で十分に兵達を養えたかもしれませんが、短期決戦にこだわる余り義家は自らの元に集まるウマ娘達を長期間食べさせる可能性があることをすっかり失念していたのです。結果、季節が冬に入った瞬間に義家は不利を悟り、損切りとして一度退却し兵站の確保に移るのです。自らの策に溺れた点は失態ですが、その過ちを受け入れて目立った損害のないまま撤退し再起を図る判断力はさすがと言えます。集まったウマ娘達も義家の器量を認め、「ご飯くれるならヨシ」と気にせず陣に残りました。

 一方、かつて頼義・義家と共に駆けた武貞の義弟である清原武衡は家衡勝利の報を聞いて家衡のもとに駆けつけ、みちのくウマ娘が大和ウマ娘に勝ったのは武門の誉れとして喜びました。

 まさかこの時、家衡と武衡の二人は予想だにしていなかったでしょう。今回の勝利が誉でもなんでもなく、虎の尾を踏み竜の逆鱗に触れただけに過ぎなかったことを。

 

「……甘く見ていました。本当に、私はあまりにもあなた方を過大評価していたのです。勝ち目があれば攻めてくるという……せめて凡将の采配をするだろうと期待していたのです。しかし、何とも失望を隠せないほどに臆病でなウマ娘なのですね。しかし……それゆえに生き延びさせてしまった。これもせめて一瞬で散らせてあげようと思った私の甘さゆえの失態です。そんなにも、私の戦を知りたいというのなら……いたしかたありません」

 

 斬るのではなく、すり潰すように。

 優しくなんかしません。二度と歯向かえないほど徹底的に……恐怖をこの地に刻みましょう。

 義家の戦を知るが良い。

 

 1087年、義家・清衡軍は金沢柵に立て籠もった家衡・武衡軍を攻めます。この時に、敵は伏兵を以て義家を狙いますが偶然にも飛び立った雁の群れに乱れがあることを見た義家は伏兵を察知し、逆に殲滅したとも言われます。

 源氏軍は道中の勝利で士気も高まり万全の状態です。しかし、当時からなかなか城攻めは難しく、金沢柵を落とすことは出来ませんでした。そこで、先の戦では敵でしたがアッサリと源氏に鞍替えした吉彦秀武は兵糧攻めを提案します。

 

「やはりスイーt……コホン、ご飯を絶ってしまえば戦わずして敵は降伏しますわ! 敵はまぐれ勝ちの余韻で無駄に兵を抱え、食糧の備蓄もままなりません。ですからそれほど時間をかけずして勝てるでしょう」

 

「そうですね(スーハースーハー)」

 

「……あの、義家様、ちょっとよろしくて?」

 

「何ですか(クンカクンカ)」

 

「何故わたくしは貴女の膝に乗せられているのでしょうか?」

 

「それは此処が貴女の指定席だからです」

 

「意味がわかりませんわ! さぶちゃんさんも何とか言ってくださいまし、私には一蓮托生の夫がーー」

 

「結婚したのですか……私以外の奴と。そうですか、あの鉄の女ですか……ユルセナイ、ユルセナイ……カミツイテヤル」

 

「何ですのその黒いオーラは! あの、さぶちゃんさん、カフe……義家様ってこんな方でしたの!?」

 

「あはは……ごめんなさいマッcーー秀武さん。事情を知る立場的に好きにさせてあげたいかな〜って。ほら、姉上もそろそろ正気に戻ってください」

 

「……そうですね。少し取り乱しました」

 

「膝からは降ろしてくださらないのですね」

 

「はい。ところで話は軍議に戻しますが、兵糧攻めには私も賛成です。此度は兵站も整いどれほどの長期戦になっても問題なく、こちらの犠牲が少なければそれに越したことはありません」

 

「では、採用ですの?」

 

「一つ、徹底はしますがね。私は何事も徹底的にやらなければ気が済みませんし、それに……奴らを楽には死なせないと決めていますから」

 

 秀武は義家の尋常ではない雰囲気に青褪めますが、義家が文字通り徹底的にやると言えばやる主義だと知ってその顔は更に青褪めることになります。

 包囲したまま季節は秋から冬になり、飢餓に苦しむ人間の女子供が投降してきます。義光と秀武はこれを助命しようとしましたが、義家は皆殺しにしました。

 

「言ったはずです。徹底的にやると」

 

 情け容赦の無い有様に恐怖した者は柵内から降伏するものはなくなり、これによって糧食の減少は歯止めがかからずすぐに底をつきます。

 これは拙いと、士気を回復させるべく武衡は乳母子の藤原千任に義家を罵倒させました。

 

「義家〜聞こえるかァ〜!」

 

「……(無視)」

 

「お前の母の頼義は安倍氏にまるで勝てず、我ら清原氏に泣きついたくせにその恩を仇で返すのか。この不義不忠を天は許しはしない!」

 

「……(無視)」

 

「義家も大したことはない。病のごとく白い肌はろくに走れぬウマ娘の風上にも置けぬ者の証。棟梁が棟梁、娘も娘…それも仕方ないか。"源氏"は所詮…先の戦の"敗北者"だからなァ…!!!」

 

 源氏の陣中では誰もが項垂れて顔を上げられませんでした。義家が怖すぎて飛び火するのを恐れたのです。

 

「ハァハァ……敗北者?」

 

「乗らないで、さぶちゃん。……今、罵倒してきた奴を知っている者はいますか」

 

「武衡の乳母子の藤原千任(ふじわらのちとう)ですわ」

 

 あまりにもあっさりと元同盟者の部下を売り渡す秀武。判断が早い!

 

「ありがとうございます。皆、先の言葉を取り消させる必要はありません。言っていることは確かに間違いではないですから。母上は、戦に関しては敗北者でした」

 

「ハァハァ、敗北者? 取り消してよ、今の言bーー」

 

「さぶちゃん、そういうの良いですから」

 

「はーい」

 

「ノリについていけませんわ……」

 

 結局、清原軍の士気は崩壊し家衡・武衡軍は金沢柵に火を付けて敗走しました。この時、家衡は自分に背格好のよく似たウマ娘を身代わりに殺害して逃亡を謀りますが、清衡の率いる軍勢に追いつかれて正体を見破られ、その場で討ち取られました。

 武衡は近くの蛭藻沼に潜んでいるところを捕らえられます。武衡は観念して助命を乞いますが義家が許すはずもなく、その首筋に太刀を突き付けながら先の罵倒について掘り返します。

 

「私が敗北者に見えますか? 私の顔は色白に見えますか。病弱に見えますか。長くは走られないと思いますか。違う違う違う違う。私は誰よりも完璧に近いウマ娘です」

 

「た……助け……」

 

「姉上、一応は捕虜ですよ。ここで楽に殺してしまっては拙いでしょう」

 

「捕虜? さぶちゃん、捕虜というのはね、捕まる前に自ら私達に身を差し出した安倍宗任*1のような敬意を払うに値する者を言うのです。これは、違います」

 

 言うやいなや武衡の首は胴体と別れ、末期の言葉さえ残せずに武衡は死んだのでした。

 義家の徹底的な報復はまだ続きます。今度は捕らえられた藤原千任を連れてこさせると、おぞましい拷問にかけるのです。

 

「千任、貴様は我が母を侮辱しましたね」

 

「ち、違います。私はただ命じられたからーー」

 

「貴様は私の言ったことを否定するのですか。甚だ厚かましい。そのような厚かましい舌は……要らないでしょう」

 

 義家は自らの蹴りで千任の歯を叩き折ってから舌を引き抜き、更に木から吊し上げます。けれど、それはまだ序の口。吊るされた千任の足元に、彼の主君である武衡の首を置いたのです。

 

「ああ゛……あ゛あ゛、よ゛し゛い゛え゛え゛え゛!」

 

「どうしました。そんなに恨みがましい目で見てきて。そんなに叫ぶと疲れて……ほら、主の首を踏んでしまいましたよ」

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛!」

 

「主の首を足蹴にするとは、何という不忠者でしょうね。ふふふ……そのまま死ぬまで主の首を踏み続けるが良いでしょう」

 

「……狂っています。敵も味方も、みんな狂っていますわ!」

 

「それが戦ですよ、武則殿。正気で戦をするほうが、よほど気味が悪いと思いませんか」

 

「それでも……限度はありますわ」

 

「……楽屋で限度なく栗まんじゅうをパクパクしていたあなたが言っても説得力がーー」

 

「それはそれ、これはこれですわ!」

 

 戦いが終わったのは1087年12月11日でありました。

 戦役後、清衡は清原氏の旧領すべてを手に入れると、彼女は実父である藤原経清の藤原性に復し、清原氏の歴史は幕を閉じました。前九年の役で勝利し栄えるはずだった氏族は、あまりにも酷い最後を遂げたのです。

 これが、後三年の役と呼ばれる戦いの全貌であります。

 

 

「……遂に、ウマ娘が武士になってしまいましたね」

 

「はい。武士の倫理観である武士道は、江戸時代頃に体系化されたものを明治時代に集約したものなので、平安武士はより原始的でワイルドな倫理観でした。要するにうまぴょいを覚えたてのティーンの如く加減ができず何事も徹底的にやってしまう。舐められたら滅ぼす。邪魔なら壊す。HOMAREと呼ばれる概念が浸透するまで、平安武士はうずく左腕の破壊衝動と隣り合わせでした」

 

「色々とカオスにして誤魔化そうとしていますが騙されませんよ。義家の所業……あれが武士だとでも?」

 

「まごうことなく武士ですよ。敵には徹底的に残酷に、二度と歯向かえないほどの恐怖を刻む。味方は全てを投げ打ってでも護る。後にアメリカの研究家が日本人の性質を菊と刀の二面性があると評しましたが、それと同じです。愛するものを護る姿も、敵を嬲る姿もあってこそ武士です。キレイなだけじゃないんですよ」

 

「愛するものを護る。一所懸命、というものですね」

 

「はい。人間さんの解釈では土地や財産を一所と定義しがちですが、私達ウマ娘からすれば一所とは即ち愛する人に他なりませんを。この一所懸命こそ義家が成立に関わったものであり、彼女がはじまりの武士たる所以なんでしょうね」

 

「何でしょう……また朝廷がアホなことしそうな気がします」

 

 

 朝廷は、この戦いを義家の私戦とし、これに対する恩賞はもとより戦費の支払いも拒否します。更に義家は陸奥守を解任され、官位を剥奪されたのです。また、義家が役の間、決められた黄金などの貢納を行わず戦費に廻していた事や官物から兵糧を支給した事から、その間の官物未納が咎められ、義家はなかなか受領功過定を通過出来ませんでした。そのため義家は新たな官職に就くことも出来ず、白河院の意向で受領功過定が下りるまでその未納を請求され続けます。

 

「……私のことを分かってくれるのは我が君だけ。貴族など、着飾るだけの害虫ではないですか。武士がいなければ……ウマ娘がいなければ何もできないくせに」

 

 これにより義家は中央貴族を完全に見限り、唯一味方をしてくれた白河法皇への傾倒を深めてゆくのです。

 皇室の権威と摂関家に頼らない政治システムの確立、源氏の武力。これらを得た白河院により、時代は院政の世へと移り変わってゆきます。それは武士がより貴族を介さずに中央へと近付くことになり、後に武士の世が生まれる基盤となっていくのです。

 また、朝廷から恩賞を得られなかった義家は関東から出征してきた将士に私財を分け与えて恩賞としましたが、このことに坂東ウマ娘達は感激し、関東における源氏の名声を高めたことが源頼朝による鎌倉幕府創建の礎となったともいわれています。

 貴族と武士の繋がりが無くなったことは武士達の価値観に大きな変化を与えてゆきます。

 義家は官位を長らく失ったことにより国司としての収益や貴族からの報酬に頼らず、自らの経済圏の確立をせざるをえませんでした。結果、源氏では自助の精神が根付き源氏の郎党は朝廷を頼りとせず国司への納税は最低限とし彼等に頼らない生活を確立したのです。貴族の後ろ盾ありきの存在から、独立した武装勢力への拡大は中央貴族にとっては予想外のことでしたが全ては後の祭り。義家は白河法皇ーー以後、白河院の懐刀としての地位を確立しておりますゆえ、源氏と白河院にとって都合の悪い貴族は朝敵として何時でも討伐できる体制ができたのです。故に、貴族は沈黙せざるを得ませんでした。

 また、延暦寺等の宗教勢力も出家した白河院という宗教的な立場もある存在の庇護を受けた武士団相手には僧兵達も今までのように強訴に及べなくなり互いに政治的な駆け引きをするように移行していきます。

 

「賀茂河の水、双六の賽、山法師はどうしようもないと思っていましたが……君がいれば思うがままかもしれませんね」

 

「はい……我が君。賀茂の水ならば私達ウマ娘の力で止め、双六の賽はあたりが出るまで振り続け、山法師は斬ります。これで全て思うままです」

 

 脳筋ッ!

 圧倒的脳筋!

 

「お、おやおや……思った回答とは違いますが……まあ、良いでしょう。素晴らしい」

 

 義家ら源氏から始まった既存の体制に頼らない生活圏の確立は婚姻にも影響します。みちのくウマ娘が目指した自由恋愛が全国に飛び火したのです。

 

「狩りのときが来た……それだけだ」

 

「今まで我慢させたあなたが悪いんですよぉ。これからは私だけに甘えてくださいねぇ」

 

 慎みなど投げ捨てて、欲しければ奪う。奪ったら囲う。囲ってしまえば、あとはうまぴょい、うまぴょい!

 そもそも人間は長らく忘れていたのです。ウマ娘は、人間女性の完全上位互換の存在であると。

 容姿、体力、頭脳ーー

 伍する所は頭脳くらいで、その他においては完全なる下位互換でしかない人間に、ウマ娘達が遠慮せずに狩りに出た場合どうなるか。答えはマックイーンにスイーツをあげれば太り気味になるくらい確実に、人間はウマ娘に勝てませんでした。

 が、ウマ娘もパカではありません。自分たちが他の種族ーーつまり人間の男性無くして繁殖できないと理解し、その人間男性を確保するためには人間女性も必要であると分かっているのです。とはいえ覚えたてのうまぴょいは止められないし止まらない。これを徹底管理するシステムとして後に登場するのが、幕府なのです*2

 

 

「嘘でしょ」

 

「……」

 

「え、幕府って、え? そのためなの?」

 

「まあ、人間さんの統治システムとしてはもっと複雑でまともな理由もあるんですけど……ウマ娘的には一番大事な役割が、それなんですよね」

 

「ウゾダドンドコドーン」

 

「いや人口の管理って本当に大事なんですよ。ウマ娘が増えすぎても少なすぎても良くないし、比例して人間さんの数も合わせなければならない。一方で土地で生産できるカロリーには限界があるし、それをブレイクスルーするには鎌倉時代を待たなくてはいけない。平安末期のカオスっぷりを考えると幕府成立もやむなしかなぁ、って」

 

「この国の歴史はどうなってるんですかね。毎回毎回、うまぴょい、うまぴょい……あ、今も変わってないわ。我が家がそうだもの」

 

「人もウマ娘も千年前から変わらないものですよ」

 

「……で、ここからなんですよね」

 

「はい」

 

「……これ、放送できます?」

 

「それを決めるのはお偉い様ですから」

 

「上が責任取るからヨシ!」

 

 

 さて、話を義家に戻しましょう。

 1098年。後三年の役から10年後の正月。陸奥守時代に使い込んだお金や物品を完済したこともあり、やっと正四位下に昇進します。これに対しても貴族は嫌な顔をしましたが、白河院の熱烈な推薦により通ったのです。この官位になると昇殿ーーつまり御所の建物に上がることを許されるのですが、登場それは大変に名誉あることでした。

 まさに源氏は白河院の懐刀として確固たる地位を確立し、栄華は極まれり。と、思っていた時期は長く続きませんでした。

 1101年に長女の義親が九州の地で大暴れし、皆からは「悪対馬守*3」と呼ばれます。突然長女がグレたことに義家は慌てますが、立て続けに四女の義国が義家の妹にあたる一族らと合戦をおっぱじめるなど収集のつかない状態になります。家中の不和をなだめる間に5年が経過し、1106年。もはや義家自ら兵を率いて娘と妹を討伐せねばならないほど状況は悪化していました。

 すっかり年老いた義家は最後の御奉公と、せめて自らの手で贖ってやるのが親であり姉の務めと出陣の許可を得るべく内裏に出頭しますが、通されたのは京都白川にある白河北殿。白河院の居所です。

 

「義家、お呼びとあり罷り越しました」

 

「おやおや、よく来ましたね。義家、君も随分と年を取ったようで」

 

「ええ、私も68になりましたから。それで、今日はいかなるご用命で」

 

「そうですね。命令、とは少し違うのですが。君の出陣を認めない旨と、その説明をと思ったのですよ」

 

「ゴホ……私が病だから出陣するな、と?」

 

「ええ、それもありますが、少し違います。病であろうが無かろうが、君に出陣されると困るのですよ。子の罪を親が雪ぐのは確かに美しいのですが……それは、君の役目ではありませんから」

 

「……意味が、分かりかねます」

 

「分からないのではなく、分かりたくないの間違いでしょう。家族である君なら理解している筈です。義親や義国、義光は意味なく謀反も戦も起こさない。よほど誰かの命令でもない限りーー例えば、私とか」

 

「何を言っているのゴホ、ですか……ゴホ」

 

「咳が酷いようですね。ウマ娘の寿命は人より長く、晩年まで美しい容姿を保ちます。ところがかの蘇我ウマ子が齢80にしてようやく容姿に翳りを見せつつもまだまだ妙齢と言っても良いまま生涯を終えたのと対象的に、君は髪に白いものが混ざり、皺も増えた。急激に老化が進むとは、よほど病が重いのでしょうね」

 

「……それでも、最後に戦働きはできます」

 

「だから困るというのです。君なら確かに命を投げうって収められるかもしれませんが、義親を討つのは平正盛の役目ですから困るのですよ」

 

「ゴホゴホ……無謀です。義親の武勇は全盛期の私以上です。それに、平氏は人間の武士団で人間がウマ娘に勝てるはずが……まさか……」

 

 義家は白河院の黒翡翠のような、どこまでも深く落ちていくような目を見つめます。そして、聞きたくなかった答えが明らかになってゆくのです。

 

「はい。義国と義光には程よいところで手打ちとし、義親には敗れてもらいます。まあ、流石に私の可愛い悪対馬守を正盛ごときが討ち果たすなど誰も信じないので、戦として敗れて乱戦の中で死んだことにして、本人はどこか平穏な場所で静かに生きてくれると思いますがね」

 

「正盛殿はそのことを……」

 

「彼が知る必要はありません。所詮は次のウマ娘による夜明けのための布石ですから。知ったところで、やる気を下げるだけです」

 

「……どこから、貴方の思惑通りだったのですか?」

 

「おやおや、分かりませんか。はじめからですよーー私と貴女が出会った岩清水八幡宮御幸以前から、私の計画通りです。義家、本当に今までありがとうございました、私の可愛いウマ娘。君のおかげで夜明けを見ることができます。きっとこれから、源氏と平氏により永劫に夕暮れと夜明けを繰り返す……そして、夜明けの度に君達ウマ娘は強く、より良い明日を迎えられる。あなたはこの素晴らしい円環の始まりとして、とこしえに讃えられるでしょう。素晴らしい……何と素晴らしい」

 

 戦いこそが人間の可能性なのか。

 ヒトとウマ娘で争い続けるシステム。どちらが勝っても、次の夜明けのために戦いは終わらない。まさに、無限地獄。

 

「夜明けのため……どれほどの血が流れるのでしょうか。そして、戦い合う私の娘達や平氏の者達はどうして報われるというのでしょうか。ゴホ……彼等の想いも、大義も、全て、仕組まれたことだと言うのに」

 

「流される血も、報われない想いも、全て必要な対価です。私は心からあなた達を……人間を愛しています。真に恐るべきなのは犠牲ではありません。永劫に夜が続くことです。いずれ、私の恐れる時はやってくるでしょう。平穏とは停滞であることを知らず、微睡みは油断であることを気付かない間に、幾千幾万もの夜明けを経た者達により、我が国は大いなる脅威にさらされる時が。目覚めとは、自らによるものでなければならないのです。他所から叩き起こされるなどよろしくない。私は、単なる明日のためにこのようなことをしているのではありません。全ては、500年後、1000年後のためーー」

 

「もう……いいです……陛下の考えはよく分かりました。貴方に私欲はなく、全てがウマ娘と人間さんのため……ゴホ、日本の明日のためだと理解もします。それを……拒めるほど私は無垢ではなく、既に武士の世という夜明けを私自身がもたらしてしまいました。だから……私は構いません。けれどーー」

 

「君は構わない。けれど?」

 

「けれど、貴方は本当の意味で私達を理解しているのですか。……かつて我が国を愛した蘇我ウマ子や、マッc……光明皇后ほどの方ならば大いなる目的のための小さな犠牲を受け入れたかもしれません。しかし……多くのウマ娘にとって、国だとか大きなものよりも隣りにいる指導人さんと子供達……ゴホ、家族こそが全てなんです。私達は彼等を護ります。命を懸けて家族という一所を……それこそが一所懸命……私達は夜明けのためなんかに命を懸けません。愛のために命を懸けられるのです」

 

「素敵です。やはりウマ娘は素晴らしい」

 

「……」

 

「ええ、ええ。分かっております。貴女達ウマ娘が主語だけは大きい大義よりも、自らが決めた一所を懸命に護る。私は、だからこそウマ娘を、源氏を人間中心の武士団たる平氏の対として選んだのです。ウマ娘ならば、どれほど人間が愚かになろうとも目を覚まさせ、夜明けをもたらせられるでしょうから」

 

「その目覚めと夜明けに指導人の……ゴホ、愛した人達の血が流れることが私達は耐え難いと言っているのです!」

 

「そうでしょうね。だからこそ、貴女達なんですよ。愛です、愛。ウマ娘は本当に愛に満ち溢れている。愛こそが人を次の夜明けに目覚めさせるのです。然るに、君亡き後のウマ娘はーー」

 

 何を言っても無駄だと義家は悟ります。

 その後、自分の死後にどのように源氏と平氏を争わせるのかをご丁寧に解説した後、義家は解放されました。

 屋敷に辿り着いたとき、義家の身体は病と絶望でもはや生きる気力を失っていました。尋常ならざる母の様子に駆け寄ってきたのは義家が最も気にかけていた三女の義忠です。義家の娘たちの中で最も優しい彼女を、白河院の陰謀の中で死なせたくない。義家は命を燃やして言葉を紡ぎます。

 

「義忠……ゴホゴホ……よく聞きなさい」

 

「は、母上。喋ってはーー」

 

「聞きなさい! これから先、貴女達を戦へと駆り立てる外からのうねりのようなものがあるはずです。けれど、決してそれに流されないで……さぶちゃんも、義親も、義国も、味方ではありません。平氏を……人間さんを信じなさい!」

 

「は、母上……何を言って……」

 

「義忠……どうかお願い。国や権力のために忠を尽くすのではなく、自分と大切な一所に忠を尽くして……あなたの一所懸命を果たしなさい。どうか、生きて……あなただけでも生き延びて……ゴホァ……」

 

「母上!? 血が、こんなに。誰か、誰かッー!」

 

「私は……どこで……間違えたの……」

 

 教えて下さい。誰か、誰かーー

 1106年7月15日。

 源義家は68歳でこの世を去りました。

 ほぼ同時期に源氏の家中は荒れに荒れ、1108年正月には平正盛により義親が討たれたという報せが広まりました。意味のわからぬまま凱旋した正盛は源氏に成り代わり北面武者として実質的に武士の棟梁としての地位に就きます。

 正盛の息子を指導人兼恋人としていた義忠は母の遺言と正盛の困惑した様子から、聡い彼女は白河院の計画に気付きます。そこで、舅の正盛と共に源氏と平氏の融和を謀りますが、源氏と平氏が闘争を続けることで永遠に夜明けを繰り返す白河院の計画にとってそれは許されざる行いでした。

 

「困った娘ですね。義家達は本当に可愛い娘達だったのに……どうしますか、義光」

 

「姉上は育て方を間違えましたね。私にお任せを」

 

「はい、お願いしますね。君も本当に可愛いウマ娘ですよ」

 

 1109年、源義忠……暗殺。

 犯人は源氏の一族であり、追手を向けられた者達は投身自殺。真相は闇の中かと思われましたが、義光が黒幕であると暴露されて義光もまた失脚。源義忠暗殺事件は源氏が力を落とし、相対的に平氏が力をつけることに繋がります。真の黒幕が何一つ傷つかないままに。

 

 ーー母上が教えてくれたの。白河院は夜明けのために源氏と平氏を永遠に戦わせるつもりなんだって。

 

 ーーけど、もう大丈夫だね。だってキミと私が、その……家族になったら源氏と平氏は一つになって、戦わずにすむもんね。

 

 ーーだから、キミもそんなに怒っちゃだめだよ。白河院も悪気があるわけじゃないし、姉上やさぶちゃんたちもいつか目が覚めてくれるよ。私、さぶちゃんのことも好きなんだ。祭には踊りが欠かせないでしょう? またみんなでお祭りにいって、その時は……私と一緒に踊ってくれない?

 

「義忠さん……俺は絶対に許さないよ。君を切り捨てた奴も、この仕組みも……。何が夜明けだ……君を……俺の恋人の想いをこんな形にしていい理由なんて、あってたまるか!」

 

 白河院が取るに足らぬと見逃した青年。

 平正盛が嫡男にして、源義忠の指導人。

 最愛のウマ娘を失った青年は復讐を誓います。

 彼の名は……平忠盛。

 同じ忠の字を持つ年上の恋人を喪った彼ついて語るは、また次回ーー

 

 

「……度し難いですね」

 

「ええ、全く」

 

「……義家の人生はここでおしまいですが、ある意味今回の話はこれから続く長い長い戦いの始まりに過ぎないのでしょう」

 

「そうですね。源氏と平氏の長い長い戦い。その始まりに過ぎないのがこの度の締めとなります」

 

「故に、今回は義家ではなく、奥州藤原氏についてかたりながらお別れとさせていただきます。義家や源氏については、また然るべき言葉でお別れとさせていただくでしょう。ヨアケノハナさん、本日はありがとうございました」

 

「ありがとうございました」

 

 

 奥州を拝領した藤原清衡は、居所を平泉に移すとこの地に一つの独立勢力を作らんばかりに発展させます。金山からの収入と大陸との北方貿易により莫大な富を築き、前九年の役で産まれたウマ娘達は彼女を中心に纏まり、奥州17万騎と呼ばれる大勢力へと成長するのです。

 その有様は、源氏が凋落するのとはあまりにも対象的でありました。

 後に、彼女の築いた軍事力に助力を得るべく源氏ゆかりの英雄が平泉を訪ね、更には義家の末裔が恐れにより平泉を滅ぼすのは歴史の皮肉と言わざるを得ません。

 清衡と、その後3代が眠る中尊寺金色堂。発掘された清衡の遺体は70代頃まで生きたと見られ、伝聞と大きな差異なく生涯を終えたと思われます。

 一族を滅ぼされ、やっと築いた家族を殺され、その果に得た栄華さえも時代の中に消えてゆく。激動の生涯を歩んだ藤原清衡は、今もかつての栄光の輝きの中で眠っているのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 終

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 制作 日本ウマ娘放送協会府中支部

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次回予告

 

 

 遊びをせんとや生まれけむ(遊ぶために生まれてきたのだろうか)

 

 

「誰なんだ……俺は、誰なんだ!」

 

「た゛れ゛て゛も゛い゛い゛よ゛ぉ゛ー。た゛れ゛て゛も゛い゛い゛か゛た゛ら゛た゛す゛け゛て゛ー!」

 

 

 戯れせんとやうまれけむ(戯れのために生まれてきたのか)

 

 

「何故殺した! アイツは、ここで死んではいけなかったんだぞ。答えろ、義朝ッ!」

 

「言わないで……アンタが、そんなこと言わないでよ! アタシは、そんな言葉を聞きたかったんじゃない!」

 

 

 遊ぶ子供の声聞けば(無垢な子供の声を聞いて思う)

 

「忠ならんと欲すれば孝ならず。孝ならんと欲すれな忠ならず……」

 

「姉貴は頭でっかちにモノを考えすぎだーー」

 

「誰の頭がでかいって?」

 

 

 我が身さえこそ揺るがるれ(私は何のために生まれたのだろう)

 

 

「俺達は……何のために生まれたのだろうな、行真」

 

「……生き抜けば分かるかもな、浄海」

 

 

第10回「平氏と源氏 〜ヒトとウマ娘の誓い〜」

 

 

 ご期待ください。

 

 

 

 

ーーーー

 

放送翌日。

日本ウマ娘放送協会スタジオにて。

 

「おや、カフェ。ここで会うとは奇遇だねぇ」

 

「……タキオンさん。あなたがメディアに出演とは珍しい。教育テレビの科学コーナーですか?」

 

「いやいや、君と同じだとも。ほら、私のトレーナー(モルモット)君共々総合テレビに出演する予定でね」

 

「……? 私と同じ? 私の出演しているドラマに新しいキャストは聞いていませんよ」

 

「何を言っているんだぃ。つい先日放送された何とかっていう歴史番組だよ」

 

「タキオンさん、すみませんが話がわかりません。私はーー歴史番組に出演なんかしていませんよ」

 

「……へぇ」

 

「朝の連続テレビ小説なら出ていますが、人違いではありませんか? それでは、打ち合わせがあるのでこれで……」

 

「……ああ、私の勘違いだったようだよ。引き止めて悪かったね、カフェ」

 

 

 ーーー静かなる日曜日、か。度し難い御仁だね、彼女は。全く度し難いねぇ……。

*1
前九年の役で投降した安倍氏の武将。文武両道で都に連行された後に皮肉を歌で返すなどして中央貴族を驚かせた。結局流罪にはなったが生き残り、安倍氏の子孫を今に繋いだ。その末裔の一人が安倍元首相らしい。

*2
筆者「嘘でしょ」

*3
ただし、この悪は邪悪という意味ではなく、強い(確信)という意味。なので、意味としては義親半端ないってぇ、くらいのむしろ称賛の意味。




登場人物/元ネタ紹介

源義家…マンハッタンカフェ(?)
武士の祖ということで起用。表向きにはマンハッタンカフェが演じたと言う事になっているが……。
ただし、撮影現場で何故か端役として出演してくれたとある高貴なウマ娘には心から親愛の目を向け……彼女と言葉を交わすと心底哀しそうな顔をしていた。

白河天皇(法皇)…財団法人M&S理事。
上司の無茶振りで出演。本来は財団の医療方面で活躍する人で、先進的な技術開発等から黎明卿の異名を取る。もちろん、度し難い人体実験なんかはしていないまごうことなき善人である。
今回の最後の最後にぶちまけられた吐き気を催す脚本を演じきった怪演ぶりだったが、後日愛娘から「パパ怖い!」と言われ号泣した。
次話も少しだけ出演予定でやはりど畜生なので今から胃が痛い。

源義光…キタサンブラック。
新羅三郎義光、三郎、さぶちゃん。ただこれだけの理由で出演させられた可哀想な娘。
筆者的にもまた出演させてあげたいが……未実装かつ私がサポカのキタサン未所持(血涙)なのでキャラが掴みにくく再度の出演は未定。

吉彦秀武…メジロマックイーン(友情出演)
正確にはキタサンブラックの友情出演としてサトノダイヤモンドが出るべきところ、義家役の強すぎる要望とそれに根負けしたサトノダイヤモンドの頼みにより渋々出演した。実は撮影の最初から最後までモブ役から助演までちょこちょこ出演しており、八面六臂の大活躍だった。その幅広い演じ分けは流石は名優と呼ばれるウマ娘である。

 源義忠の容姿は皆様のご想像におまかせしますが、筆者としては演者はダンスパートナーという設定です。


 申し訳ございません。しばらく隔週投稿が続くと思いますが、エタりはしないのでその点はご安心を。少なくとも江戸時代まで止まるんじゃねぇです。
 ……言い訳ですが、ウマ娘のイベントや仕事の状況、あとやる気に左右されていかんですね。私もミソジドクシンオーに徹底管理されたらマシになりますかね。

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