ウマ娘と辿る日本の歴史   作:ぶ狸

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 お久しぶりです。お待たせして申し訳ありません、
 やっと、帰国できました。日本の電波最高です。
 けれどペースが、筆がなかなか戻りませぬ。
 何もかもエルデンリングとサンブレイクが悪い(責任転嫁)


第10回「平氏と源氏 〜ヒトとウマ娘の誓い〜」その4

  存在そのものが楔となる人が、歴史においては度々現れます。

 旧約聖書において、唯一神は洪水計画をたった一人の人間ーーメトシェラが生きている間は思い留まったように。

 日本史においては、推古天皇の存在が聖徳太子、ウマ子、エミシといった一癖も二癖もある英傑達の中核となって作用し、皇室と蘇我氏に波乱が起きるのは推古天皇が世を去った後となります。

 そして、平安末期の楔は今外れようとしていました。

 長い長い戦いの果て、平忠盛の命は燃え尽きつつあります。

 今際の際に忠盛は思います。いまだ夜に淀みは多く、物の怪の根絶には至らず。しかし、意志を引き継ぐ者はいる。ならば、何を恐れることがあろうか。

 

「……義忠さん。やっと、また逢えた。約束を、果たしましょう。どうか、俺と……一緒にーー」

 

 一緒に、踊ってくれませんか?

 

 1153年、忠盛は公卿昇進を目前としながら58歳で死去。清盛が安芸に滞在中のことでした。

 藤原頼長は「数国の吏を経、富巨万を累ね、奴僕国に満ち、武威人にすぐ。人となり恭倹、いまだかつて奢侈の行いあらず、時人これを惜しむ」とその死を悼みました。

 そして、彼の死は一人のウマ娘の心を完膚なきまでに粉砕してしまったのです。

 

「……」

 

「あらあら、しばらく見ない間に屋敷も荒れ果てていますね」

 

「……」

 

「母上、聞いていますか? もう、手紙で今月には都に戻りますって知らせましたのに。少しはお掃除しないとだめですよぉ」

 

「……」

 

「母上?」

 

「……」

 

「いつまで呆けてるつもりですか。忠盛さんはもういないんですよ」

 

「……ダマレ」

 

「黙りません。鎮西にまで母上の噂は届いてますよ。源氏の棟梁は腑抜けてしまった。あれでは為義ではなくダメ義だ、とか」

 

「……ナア、為朝ーー為朝さん」

 

「はい?」

 

「わたしがもっと悪い子になれば、忠盛は私を討ちに来てくれますーー討ちに来てくれるよね」

 

「あのですねえ、忠盛さんはもうーー」

 

「分かっている。けど、忠盛に逢うためなら……私は何でもすると決めたんだ。意地を張るのはもうやめだ。私はーー物の怪に魂を差し出してでも私の指導人さんを取り戻す。そうです、それで良いのですよ」

 

「言っている意味が分かりません」

 

「おやおや、分かりませーーワカラナイか、為朝。だが、実に丁度良かったよ。彼等と戦うのにお前ーーアナタは心強いですから」

 

「……あなた、誰ですか」

 

「誰って、ヒドイことを言いますね。あなたの媽媽ですよ。さあ、為朝さん。これから忙しくなります……共に夜明けを見ましょう」

 

 2年後の1155年、近衛天皇が若くして崩御。寵愛する美福門院得子の血統に皇統を重ねたかった鳥羽法皇からすると痛恨でしたが、これを機として目を付けていたウマ狂いの放蕩息子こと雅仁親王を皇位につけます。雅仁親王はこの時29歳。自由気ままにウマ娘の追っかけをしていた本人からすれば寝耳に水の大抜擢です。

 がーー

 

「皇位に就けるんですか? ヤッター! え、本命は息子の方? ヤダー!」

 

「そりゃそうであろう。そなた、皇位につく気皆無ではないか。取り柄といえば下手の横好きの唄を延々と吟ぜられることのみ」

 

「失礼な。宮中にいるウマ娘ちゅわん全員の顔と名前とその他必要な情報、脚質から踊りの癖まで全部頭に入っています」

 

「もしもし検非違使(ポリスメン)?」

 

「息子を検非違使に突き出そうとしないでいただきたい。それで、そのやる気のない私を御座に据え、実権は変わらず貴方が握ると?」

 

「そうなるな。が、それすらも表向きの話よ」

 

「ほほう。どうにもきな臭いですね」

 

「単刀直入に言う。白河院により人とウマ娘が争う世がーー」

 

「理解した。私は表向き飾りの帝として振る舞いつつ白河院の残党を見極める。そして見つけたものは貴方の手の物ーーおそらくは平氏の者が消すというわけですな」

 

「……身はまだ何も言っていないのだが?」

 

「このくらいの報せならば私も相手も掴んでおりましょう。であれば、こちらは更に一歩踏み込まねばなりますまい」

 

「やはりそなたは変なところで賢いのう。清盛は如何せん権謀に長けておるとは言えぬ。あれはああ見えて正攻法を得手とする王道を行く者よ。であれば、妖怪の不始末は妖怪の末裔で片を付けるべきであろう。故に、我等は盟を結びつつも各々が暗躍しておる。全ての物の怪を狩り尽くすまでのう」

 

「ひどい話ですね。何にせよ、私も盟には入ります。ウマ娘ちゅわん達を悲しませるモノなど、必ず見つけ出して狩り尽くしてやりましょう」

 

「……なるほどの。忠盛があっさり逝くわけよ。意志を継いでくれるならば、何と心強いことか」

 

 1155年、後白河天皇即位。

 鳥羽法皇はあくまでも中継ぎの皇位と考え、後白河天皇も同意していました。一方でこの件で著しく力を落としたのは崇徳上皇です。鳥羽法皇は崇徳上皇を顧みることはありませんでした。もう、二人の間を取り持ってくれる平忠盛はこの世にいないのですから。

 崇徳上皇は鳥羽法皇の次に院政を敷くべく自身の子を皇位に付けようとしましたが、これに失敗。崇徳上皇の後援者だった藤原頼長もまた元々同僚から嫌われていることもあり失脚。特に弾劾したのは頼長の異母兄たる忠通でした。

 

「何故ですか兄上。麻呂は聖徳太子様の憲法と儒学に則った正しき世を作ろうというのに」

 

「……では聞くが頼長殿。聖徳太子様は、男の娘なるものを愛でよと申していたか?」

 

「太子様は言っていないが、弘法大師が唐から持ち帰った素晴らしい概念ではないか。*1ほら、熱く三宝に萌えよと憲法にもーー」

 

「書いておらぬわ戯け。そなた、趣味が合わぬ者の家を壊したり寺社仏閣と争い、租税でも東国と揉め……あまつさえ、あまつさえ……何じゃこの読み物(ウス異本)は!」

 

「先帝陛下×兄上の絡み本ですが。何か?」

 

「おま、おま……ええ加減にせえよ! 麻呂の忍耐にも限度がある。畏れ多くも先帝陛下にゴミを見るような目で見られておったの気づいておらぬのか!?*2

 

「てっきりあの視線はご褒美だとばかり……」

 

「本気でええ加減にせぇよ。次の除目*3で覚悟しとけ!」

 

 藤原氏の兄弟間の争いは根が深く、元は子のいなかった忠通は年の離れた異母弟の頼長を養子にしていたのですが、実子が産まれると頼長を疎ましく思うようになり、近衛天皇への互いの娘の入内問題で父・忠実も巻き込んで対立。流石に取りなそうとした鳥羽法皇の仲介で二人の娘はそれぞれ皇后と中宮となることで決着しますが、頼長を可愛がっていた忠実は激怒。忠通を義絶し藤原長者の座を頼長に譲ってしまいます。

 一方で熱心なウマ娘愛好家としても知られる頼長を異母姉にして鳥羽法皇皇后の高陽院泰子は支援したたため相関図は余計にややこしくなり、板挟みになった鳥羽法皇は「もう知らん」と匙を投げてしまいます。

 混乱期にあるのは朝廷だけではありません。源氏においても為義の命を受けた源義賢が木曽を起点として義朝の支配基盤である関東に勢力を伸ばし始めます。

 清盛と共に朝廷内のごたごたに奔走する義朝は困り果てますが、ここで

 

「暁の出陣(訳:初陣します)」

 

「まだ早い。お父さんは許しません」

 

「そこを何とか(訳:そこを何とか)」

 

「うわぁ、急に標準語になるな! というか普通に喋れたのだな。*4ええい、義朝も何とか言ってくれ」

 

「アタシは別に頭から反対じゃないんだけど。そりゃ、アンタも14になってそこそこ良い年頃だし、行ってくれるのは助かるけど……叔母殺しの汚名を着るかもしれないのよ」

 

 事実、義賢は姉妹の中でも優秀なウマ娘。木曽の強豪ウマ娘を瞬く間に従えます。また、都から連れてきた源氏の人間男性を前に並べさせると、木曽のウマ娘達に「ここが婚活会場やぁ!」と宣言する太っ腹具合に現地の有力者はメロメロです。

 しかし、勇猛という点において名を馳せたのは鎮西八郎為朝のみに非ず。

 

「覚悟完了!(訳:覚悟の上です)」

 

「なら、行きなさい」

 

「おい、義朝!」

 

「これは源氏の問題。それに、父親なら黙って見守ってあげなさい」

 

「……少しでも劣勢になれば報せよ。飛んで行く」

 

「無用。我が戦、とくと御覧じろ(訳:大丈夫。私、強いので)」

 

 坂東に下った義平は即座に兵をまとめると義賢を奇襲。大蔵合戦とよばれる戦は義平の圧勝に終わり、義賢はあっさりと討たれます。*5

 当然でしょう。彼女は源義平ーー清盛と義朝の長女にして、悪源太(スゴイ強い源氏の長女の意味)の異名を轟かせた英傑なのですから。

 この戦で、義平に従っていた坂東の武士、畠山重能・斎藤実盛のコンビが思わぬ手柄を立てます。何と、乳父に抱きかかえられた義賢が見出した子にして次代の指導人、駒王丸を発見したのです。

 遺恨を残さぬならばここで根絶やしにするのが最善。しかし、父譲りの甘さ故か義平は思わぬ行動に出ます。

 

「……眩しくて見えない(訳:何も見てないから! 本当に何も見てないから!)」

 

「いや御大将、一応は敵の子ですぞ」

 

「風のささやきが聴こえる(訳:あーあー何も聞こえない)」

 

「……畠山殿、軍場にて拾い子とはどうなされた。危ないゆえここは拙者が預かりましょう」

 

「斎藤殿まで! ああ、もう、頼みしたぞ。木曽あたりの子かと存じます!」

 

「承知。では御大将、しばし陣を離れます」

 

「柳の枝を君に贈ろう(訳:気をつけてね!)」

 

「いや聞いてますやん」

 

 駒王丸は信濃国木曽谷(一説には東筑摩郡朝日村)に送られ、命を救われました。彼こそが後の東征大将軍・源義仲となるのです。そして命の恩人たる斉藤実盛の再会は……ここで語るのは無粋というものでしょう。

 この時に回収されたのが源氏の宝刀たる「友切」であります。摂津源氏の棟梁を象徴する名刀を義平から送られた義朝は珍しく舞いあがって清盛に見せびらかすと、清盛は難しい顔をしています。

 

「どうかしたの?」

 

「義朝、その刀の銘はどうにかならんか」

 

「友切のこと? まあ、確かにあんまり縁起の良さそうな名前じゃないけどさ」

 

「友とは、朋や伴にも通ずる。翻って盟の者や、伴侶を斬ることにもーー」

 

「分かった、銘を変える。何がいいかな?」

 

「判断が早い! そうだな……髭切、とか?」

 

 しかし清盛のネーミングセンスは壊滅的でありました。なんで髭やねん、と亡き義賢がいれば盛大にツッコミを入れていたことでしょう。たぶん自分の伸びた髭が気になっていたのでしょうか。しかし、デレ度が極まった結果としてこと伴侶に関しては賢さが著しく下がるウマ娘ですが、義朝もまたその例外とはなりませんでした。

 

「じゃあ、それで」

 

 待てや、と草葉の陰で義賢がツッコむ声が聞こえたかもしれませんが、義朝は本当に採用してしまいました。後に頼朝が受け継いだ際に「我が親ながら二人の色ボケっぷりにこの刀も迷惑しただろうねぇ」と思わず宝刀に憐れみをかけているとか。友切ーーもとい髭切は泣いて良い。

 そして3年後、鳥羽法皇の命も燃え尽きようとしていました。

 

「思えば、身は抗い続けた生涯であったな」

 

 幼い頃は大病に抗い、青年期は祖父に抗い、そして晩年にはその残滓に抗い続けた。

 祖父ーーあの物の怪は、ウマ娘の武を愛したようだが、身は違う。身は、戦う姿よりも舞い踊る姿にこそ心を奪われた。身の特技は笛と唄、催バ楽。全て、ウマ娘と共に歌い踊るために身に着けた。

 先日、泰子が逝った。自分のせいで嫁き遅れさせてしまったウマ娘。望めば光明皇后に続くウマ娘の皇后となれたのやもしれぬのに、政の事情で結ばれることは叶わず、女の盛りを棒に振ることになるのにそれでも身を待ってくれて、ようやく迎えに行けたのは既に天皇の位を譲った後。周りの反対を押し切って女御宣下し、後付で皇后の地位に立てた。

 男嫌いで、扇の絵の中に男が描かれているだけで捨てるほど極端だったーーと思われているが、実は興味津々だった。生来感情表現が苦手で、養子にした娘が薨去した際も泣いている様子を見せなかったけど……耳は正直だったね。

 忠通、頼長の仲の悪い異母兄弟をよく宥め、身の政をよく助けてくれた。

 そうだ。身は、泰子と連れ添うために抗っていたのだ。泰子が先を駆けてしまったなら、身は追いかけてやらねばならない。

 あやつ、身と得子くらいしか感情を許せる相手がおらぬから誤解されがちであったからな。全く、手の掛かる愛バよ。

 ……。

 ……いや、しかし、解せぬ。

 ……白河院は、何故あれほどまでに可愛らしいウマ娘と我等ヒトを争わせようとしたのか。理屈は解る。ヒトとウマ娘をさらなる高みに、闘争を以て昇らせようというのだろう。

 おお、素晴らしい。まさに物の怪の中の物の怪よ。けれどけれどのぅ、そんな悪夢は願い下げよ。

 

「……全ては、日本の夜明けのため。バ鹿バ鹿しい。ふざけるな。そんなもののために、彼女達を争わせてなるものか」

 

 祖父が大嫌いだった。

 愛した女が奪われたからではない。

 最初の子が自分の子ではなかったからではない。

 人の心を感じさせない、奈落の底のような得体の知れなさがひどく恐ろしく、悍ましかった。

 何よりウマ娘を傷つけるような考えに全く賛同できず、気付けば仲間を集めて反旗を翻していた。

 だが、それももうすぐ終わる。もう、終わっても良いのだ。

 身の意志を引き継ぐ者は、既にいるのだから。忠盛の意志と、身の意志は、きっと雅仁と清盛が継いでくれる。

 

「得子………」

 

「はい、何でしょうか」

 

「身を……抱きしめてくれ」

 

「喜んで」

 

「ああ……ヒトは……温かいなぁ」

 

「まこと、左様にございますね」

 

 唄が……聴こえる。

 我が子らの唄が。

 我が身さえこそゆるがるれ。

 そうさのぉ。

 身はきっと、この温かさを知るために産まれてきたのではないかの。

 もはや、抗うときは終わりか。

 この温もりがあれば、何も怖くはない。

 先に逝くぞ、愛しき者よ。

 今追いつくぞ、我が愛バ。

 本当に、ヒトは温かいのぉ……。

 

 1156年7月2日。

 鳥羽法皇、崩御。

 その日は、大雨の日でした。法皇危篤の報を聞いた崇徳上皇は濡れるのも構わず父のもとに馳せ参じようとしますが、それは叶いませんでした。

 

「何故です……私は、父上の子なのに……私は、貴方の子だ。断じて……断じて白河院の子などではないのに! どうして信じてくれないのです!」

 

「おやおや、自分でさえ信じていないことを求めるとは。君は可愛いですね」

 

「誰ぞ! 不遜であろう」

 

「君を認めない宗仁が憎いですか? 先に逝った忠盛くんが憎いですか?」

 

「貴殿……確か、源為義? 無礼者。如何に落ちぶれたりとて我は太上天皇ぞ。不遜がすぎるが、忠盛に免じて赦してやる」

 

「オ前ガ忠盛ヲ語ルーーんんッ! いけません、いけません。同調せねば……よろしい」

 

「為義……いや、貴様は誰だ」

 

「顕仁、私ですよ。父を忘れましたか?」

 

「まさか、その怖気が走る口調……白河院か! バ鹿な、貴方はとうの昔に御隠れになったはず!」

 

「身体が全てではありません。血と、意志があれば継承は為しうる。まあ、私は残念ながらウマ娘ではないので、少々ズルをしていますが。しかし、まるで親を見失った赤子のように泣いていますね。そんなに父が恋しいなら、いくらでも父は増えますよ」

 

「おやおや」

 

「おやおや」

 

「「「おやおや」」」

 

「頼信? それに平忠正、摂津源氏の面々まで……ぼ、亡霊め。さては継承を利用して彼等に取り憑いたか! ええい、南無三。雅仁より教わりし怨霊に反省を促す舞踊にて調伏してくれる!」

 

「ふふふ、やめなさい顕仁、その踊りは私に効く。やめなさい」

 

 完全に化学由来ではなく陰陽術とか心理操作も込み込みのオカルトなので普通に効くみたいです。

 

「全く、父を調伏しようとするなんて悪い子ですね。けれど、父母の愛に飢えた君に……彼女をどうにかできますかね?」

 

「はぁい♡ ヨシヨシ♡」

 

 彼女を一目見た瞬間に、崇徳上皇は理解しました。自分が、これから赤ちゃんにされることを。

 

「や、やめ、やめろォぉぉぉ! 私の傍に近寄るなァァァァァ!」

 

 アァァァ……オギャア。

 

「これで、必要な駒は揃いました。さて、ようやくです。ようやく、物事が動くというもの」

 

「……、……しん………ぜ……い……にげ……ろ……」

 

「おやおや……まだ私になりきれていませんね、頼信。その意志の強さは、本当に可愛いですよ」

 

 失意の崇徳上皇。

 理想が破れた藤原頼長。

 恋を喪った源為義。

 彼等が反乱を企てた形跡はありません。

 ただ、偶然だったのです。

 偶然、鳥羽法皇と平忠盛亡き世において、彼等を護る者はいなくなった。だからこそ、物の怪は生贄に彼等を選んでしまったのです。

 

「おお、素晴らしい。死してなお意志を遺すとは、まさに狩人の中の狩人。けれどけれどです、悪夢は巡り終わらないものでしょう」

 

 鳥羽法皇崩御から僅か3日後、「上皇左府同心して軍を発し、国家を傾け奉らんと欲す」という風聞が世に出回ります。

 後ろ盾の無い頼長には、もはや自ら兵を挙げて事態を打開するしか道はなく、そのための力として選ばれたのが、摂関家に近しかった源為義であり、正当性の確保のために選ばれたのが、崇徳上皇でした。

 歴史は、これからおこる戦いを年号からこう呼びます。保元の乱、と。

 

 

 一旦スタジオ。

 

 

「……忠盛がいなくなってから3年、鳥羽法皇が崩御して3日。事態がいっぺんに動き出したという印象を受けますが、二人はまさしく楔だったのでしょうね」

 

「忠盛と鳥羽法皇は共に合意形成型の政治家でしたからね。似た事例が乙巳の変ですかね……太子とウマ子による協力路線と、それを継承した推古天皇とエミシ、後はそれを山背大兄王とイルカに続くはずでしたが、父たる聖徳太子と同じく自らが天皇となる道を絶やすことすら厭わない合意形成型政治の継承者だった山背大兄王が謀殺され、楔が無くなった後の崩壊は早いものでした」

 

「乙巳の変……うっ、頭が……」

 

「トラウマになってるじゃないですか〜。何だかんだで絶対的な指導者による統治って古来から日本に馴染みませんでしたね。例外は信長ですが、彼女も手紙とかを見ると世間体や家臣間の協調を気にしてますし、才能ある人が率いるというより、才能ある人が纏め役として協調させる政治体型が国民性として完成されているというか……軍事政権たる幕府なんか全然武闘派ではなくて鎌倉幕府から一貫して合議制と官僚機構ですし」

 

「和を以て貴しとなすの精神は1500年前からの伝統ですね。認めたくは無いですが、白河院も絶対的な指導者による改変ではなく、人とウマ娘の闘争による革新という抜きん出た個人ではなく種として皆で次のステージに進もうとしてるんですよね。何かちょっと理解できるのが腹たちますね」

 

「ウマ娘的には全然分かんないんです。闘争による革新とか意味不明です」

 

「革新というのも実際には方便で、もっと現代的には白河院はこう良い言いたかったのですよ……『おやおや、何時まで平和ボケしているのですか』と」

 

「あ〜、平和ボケですか……う〜ん……そうなんですかねぇ」

 

「いや、これ割とヒトだけの問題なんですよね。ウマ娘の方々って、普段はのほほんとしてますけど事に臨んでは恐るべき闘争心の塊で、継承によって絶やすことなく精神が受け継がれていますが……ヒトは忘れちゃうんですよ。そして本当に平和ボケして牙を喪っちゃうんです」

 

「で、内戦を誘発したと……うん、学者としては理解できましたが、ウマ娘的にはやっぱりナンセンスです」

 

「ヒトとは、争いたくないですか?」

 

「いえ、そうではなくて。ヒトがウマ娘に勝てるわけないじゃないですか」

 

「たしかに」

 

「いやに素直ですね」

 

「40年近く毎晩わからせられてたらこうもなります。全く……白河院は結局本当のところではウマ娘を理解してなかったから無礼ていたのでしょうね。本気で彼女達が闘うと決めたなら、誰であろうと勝てはしないのに」

 

「……その闘争心、何か意味違う気がするのですが」

 

「本質は似たようなものですよ。さて、いよいよ保元の乱となります。恐れていた夜明けの到来を前に、清盛と義朝は抗うことができるのでしょうか。その時がやってまいります」

 

 

 嵌められた。

 清盛のウマ娘関連以外にはいまいち冴えなかった筈の頭脳は即座に解答を導き出しました。

 そもそも頼長は確かに失脚しましたが、元より男の娘とウマ娘を愛する紳士であり、心情的には限りなく後白河天皇側の人間です。

 皇位継承を巡る崇徳院と後白河天皇の対立も、ウマ娘を間に立てればNO問題。むしろ片や信西尼の乳で育った大天狗、片やその信西尼の乳に興奮するところを友情パワーで賢者に至った悪左府。共に男の娘に萌えているあたり、要するに似た者同士なのです。あと猫好き。

 清盛自身、頼長をよく知っていました。

 どこに出しても恥ずかしい変態ーーであることを差し引いても優秀過ぎる英才であるのは皆が認めるところでした。

 が、確かに数年前から頼長は急に人が変わったように荒ぶるようになります。元は「すごい左大臣」を意味する「悪左府」は、「なんかやばい人」を意味するものと成り果てています。

 

「戦になるか……鳥羽法皇の喪も明けぬうちに」

 

「どうしよう清盛……母さんや妹達が、崇徳上皇方についた……義平は関東で人気者になって帰ってきてないし……」

 

 義平は関東にて義朝の後継アイドル的存在として地方巡業に追われて帰れませんでした。後世でいうウマドルであります。

 

「くっ……迂闊だった。父上が忠告してくれていたのに。物の怪は、源氏のウマ娘を手駒とした前例がある。だが……為義さんにそこまでの価値はないと思っていたばかりに手薄だった!」

 

 義賢を失い、支持基盤を完全に喪失した為義を軍勢にカウントすることはないと思っていましたが、まさか残る一族全てを巻き込んでまで敵対するとは清盛も予想外でした。

 

「平氏からも忠正の叔父御が一族を率いて上皇側へ付いた。噂では弟の中からも不穏な動きがあるとか……ええい、よもや身内を疑わねばならんのか!」

 

「親父、それと義朝さん。少し良いか?」

 

「基盛か。構わんが……どうした。検非違使の仕事中ではないのか?」

 

「その仕事で少しあってな。怪しいやつを捕らえた」

 

 使い込まれた伝統の頭陀袋*6から取り出されたのは縄で縛られ、猿轡を咬まされたウマ娘。

 ちょっとエロみ。*7

 

「……大和源氏の源親治。摂関家側の人間だね」

 

「わ、私は何も知らない。ただ、そこら辺を歩いていただけでーー」

 

「此方を嗅ぎ回っていた。だが、下手な諜報だったし、おそらくは餌だろうな」

 

「……基盛、陛下の許に盟を集める。重盛にも報せよ」

 

「いや、父上……そうもいかなくなった」

 

「おお、重盛か。今呼びに行かせようとしたところであったが、如何した?」

 

「上皇の軍勢が白河北殿へ入った。六波羅の目と鼻の先だ……下手に動けば、拙い」

 

「先手を取られたか。これでは武装すらも叛臣の兆しと取られかねん……このままでは陛下が危うい」

 

「全く後手後手だね。鳥羽法皇への服喪中とは言え、油断が過ぎるよ」

 

「……義朝、頼む」

 

「分かってる。建前上は屋敷を別にしていたお陰で向こうはアタシがここに居ることに気付いてはいない。陛下の事は任せて」

 

 単身脱出した義朝は他の北面の武士や付く側を決めかねていた源氏を取り纏めて後白河天皇が立て籠もる高松殿を警護します。

 事ここに至ると後白河天皇は覚悟を決め、法皇の初七日の7月8日には、忠実・頼長が荘園から軍兵を集めることを停止する御教書(綸旨)が諸国に下されると同時に、高階俊成と源義朝の随兵が藤原摂関家の邸宅である東三条殿に家宅捜索に入りました。この措置は実質的には謀反人に対する財産没収の刑であり、頼長に謀反の罪がかけられたことを意味します。藤氏長者が謀反人とされるのは藤原仲麻呂以来のことでありました。

 この一連の措置で後白河天皇のブレーンとして働いていたのが信西とされますが、元の官位が低い彼女にどれほど発言力があったのかは疑問であります。

 

「よーし、あたしも色々と考えちゃうよ! こうグワーっとやって、ヒャーっとすれば大丈夫だよ! こっちはいっぱいだから!」←賢さUG

 

「皆の者、我が母が言うには先ずこちらから圧力をかけ、向こうの出方を伺うのが良い。このまま我等に恐れをなして引き下がるなら猶良し。兵は此方が圧倒的に勝る故、盤石の体制を以って臨もうぞ」←賢さA+

 

「……陛下、よく信西様の言うことが分かりますね」

 

「母の言葉をそのまま伝えただけなのだが?」

 

「あ、うん。そう、ですか」

 

 賢さが振り切れると逆にバ鹿になるのでは? あるいは乳か。あの乳のせいなのか。源義朝は自分のモノと信西のモノを比べて、かなり落ち込みました。

 7月9日の夜中。崇徳上皇は白河北殿に移動します。上皇は摂関家にも意図を知らせておらず、息子の重仁親王を置き去りにした突発的な行動であったと記録にはあります。

 上皇が白河北殿に入った意図は、武家で最大の勢力である平氏に圧を掛け、自らの陣営に引き込むことにあったと推察されます。

 翌10日に崇徳上皇側へ藤原頼長が合流。

 このとき、崇徳上皇側についた武士は平家弘、源為国、源為義、平忠正、源頼憲などの崇徳上皇の従者や藤原信頼の家人といった私兵集団であり、その兵力は余りにも少なかったと記録されています。

 亡き忠盛と重仁親王の縁等の情に訴える圧を掛けてなお動かない清盛*8に崇徳上皇側は清盛の協力を断念。むしろ清盛が旗色を明確にしていない今だからこそ高松殿へ夜襲をかけるべしと為義と為朝は献策します。しかし、兵力の少なさから頼長はこの策を斥け、先ずは兵力を整えるべく興福寺の悪僧集団といった大和からの軍勢を待つことを提案します。決して理論的には間違いのない選択でしたが、機を逸したという意味ではこの時点で崇徳上皇側の敗北は決定づけられたと言えます。

 頼長は文官。為義はダメ義。そして物の怪は所詮物の怪。殆どが戦場未経験者の中で比較的戦を知っていた為義・為朝は日頃の行いのせいで発言力が弱かったがために起きたことで、彼等の敗北は必然だったと言えるでしょう。

 一方で後白河天皇は崇徳上皇側の動きを「これ日来の風聞、すでに露顕する所なり」(やっぱり反乱企んでたじゃないか(憤怒))と詰り、既に手勢に加わっていた義朝等に加えて清盛を正式に己の許へと召集し、これに呼応した源頼政*9等の武家も後白河天皇側へ集まります。

 同日に藤原忠通も高松殿へ参入し、ここに物の怪退治の軍勢は完成を迎えます。なお、その他貴族は鳥羽法皇への服喪を理由にして家に引きこもり日和見を決め込んでいました。

 清盛と義朝は御前に呼び出され、作戦の奏上を促されます。清盛が後から来た身だからと言って出番を義朝に譲ると、彼女は恭しく頭を下げながら奏上しました。

 

「夜討ちがよろしいかと」

 

 奇しくも、母と同じ献策でありました。

 これに異議を唱えたのは藤原忠通ですが、真っ向からの反対ではなく、より夜討ちについて練り上げるための確認のような内容でした。

 

「白河北殿は近くに御堂関白様縁の法勝寺といった寺院がある。夜討ちには火が付きもの故、此等が焼けては後々にまで醜聞となろう」

 

「それについてはあたしから献策します。建物が無いところで戦えば燃えないよ!」 

 

 ……。

 まるで意味がわからんぞぉ!?

 

「……えーと……陛下?」

 

「母は申しておる。白河北殿にほど近い鴨川沿いの河原に敵をおびき出して戦えば火事にはならぬ、と」

 

「……ねぇ、清盛。それ、もう夜討ちじゃなくない? そう思うのは私がバ鹿だからじゃないよね?」

 

「うむ。私も夜討ちでは無い気がする」

 

 これには戦素人の関白忠通も苦笑いです。

 

「ま、まあまあ、夜討ちは確かに良策にございますれど、敵より勝る此方がそれを行えば、勝ちすぎてしまうかもしれませぬ。そうなると敵は火を放ちながら逃亡するのが目に見えておるゆえ、私はその点を訊いたのです。しかし、夜討ちと言いつつ、実際には闇に乗じて先制して包囲する程度に止めれば、敵も体勢を整える余裕が生まれ、自棄を起こすことも無いでしょう」

 

「そう、それそれ! あたしもそれ言いたかった!」

 

「信西様はちょっと黙ってて」

 

「ガーン! 義゛朝゛が冷゛た゛い゛ヨ゛ォ゛ォ゛!」

 

「……よもや、よもやだ」

 

 若干カオスめいてきた御前会議ですが、ここは調整のプロ中のプロ関白忠通が上手く要点を纏めます。

 

「……コホン。つまりですな、義朝の献策に従い夜討ちをします。されど、白河北殿へ突入するのではなく鴨川沿いの河原を戦場とする形で敵をおびき寄せ、兵力に勝るのを利用して包囲殲滅する方向でよろしきかと。では陛下、ご裁断を」

 

「うむ。後については武家に任す。清盛、義朝、良きに計らえ」

 

「ははっ。義朝、檄は君に譲ろう」

 

「ん、分かった。各々方、命令は下ったよ。これより、アタシ等は敵を討ち滅ぼす。出陣ッ!」

 

「「「うおおおお!」」」

 

 11日未明、清盛と義朝等が率いる約600騎が、出陣。鴨川付近に展開するのを察知した上皇方は押っ取り刀で出陣し、午前4時頃に戦闘の火蓋が切られます。

 数で勝る後白河天皇方による一方的な勝利が約束されたかに思われましたが、最前線に立った一人のウマ娘によりその絵図は儚くも消え去るのです。

 

「ハァイ、ヨシヨシ♡ イイコデチュネ♡」

 

「オギャア……ママ……ママ……」

 

「タスケテ……オカアサン……タスケテ……」

 

「な、何だこれは! おい、しっかりしろ! こんなところで何故赤子のような振る舞いをーー」

 

「アラアラ♡ アナタモ、デチュネアソビシタイノカシラ♡」

 

 悪夢でありました。

 ふくよかな胸に顔を埋められたかと思えば、脳を蕩かすような声を吹き込まれ、気付けば屈強な平氏の若武者も、或いは関東からはるばる都に来た坂東ウマ娘でさえも、皆均しく「赤ちゃん」にされていくのです。

 大鎧を身に纏った武士達が、1人赤子にされれば同時に3人は連鎖的に赤子になる恐怖。立った一人の魔物を前に、清盛と義朝率いる軍勢は恐慌状態に陥ります。

 

「だ、誰か……助けてくれ。赤子になんかなりたくない。誰か……あの泣き声を止めてくれ!」

 

「イヤ、イヤァァァ……ママァ……タスケテ……」

 

「オギャア……ママ……ドコ……? ママ……」

 

「いけない! 源氏も平氏もあの娘に近寄らないで!」

 

「オギャア……オギャア……タスケテ……」

 

「な、何だこれは。人もウマ娘も隔てなく腑抜けにされている。これは、まるで赤子ではないか」

 

「アンタも決してアレには近付かないで。アレは、目に付くもの全てを赤ちゃんにしてしまう母性の魔物……鎮西八郎為朝」

 

「よもや、噂に名高き鎮西八郎か。うむ、素晴らしい胸ーーいやさ佇まいをしておる。武士としてちょっと手合わせ願いたく思うのだがーー」

 

「あ゛?」

 

「冗談なのだ」

 

「アラアラァ、アカチャン二ナリタクナイワルイコハ……死ンジャエ♡」

 

 為朝は三尺五寸の太刀を差し、五人張りの強弓を得物としていました。そして、赤子にならぬと見るやいなや弓に矢を番えます。

 それは、矢と言うには余りにも巨大でした。巨大で、無骨で、大雑把で、杭に矢軸をつけただけのもの。鏃の大きさ22センチ。それはもはや弓矢ではなく、大砲の類でありました。

 目と耳を塞いで洗脳に耐え、討ちかかった清盛の郎党たるウマ娘、伊藤景綱とその子忠景・忠直でしたが、放たれた矢は忠景の身体を貫通し、忠直の大袖に突き刺さります。忠景は即死し、景綱と忠直は尻尾を巻いて逃げ帰り、震える手で忠影を刺し貫いた矢を清盛へ渡します。

 

「コワイ……コワイ……あんなの勝てっこない……」

 

「……よくぞ戦った。しかし、こんなものが矢だというのか。もはや杭ではないか」

 

「既に此方の兵に50近い損害が出ている。これ以上は士気が崩壊します父上。母を3人持つ*10私ならばおそらくあの魔力は効きません。私が打ち倒しますか?」

 

「あの武威ならば二人がかりでも卑怯とは言うまい。姉貴が行くなら、私も行こう」

 

「重盛、基盛も頼むから止めてくれ。あんな化け物に愛娘を向かわせるわけにはいかん」

 

「人の妹に酷い言い様だね。まあ、アレに人の心が残っているなら説得を試みるよ」

 

 硬直した戦場を打開すべく義朝は為朝への説得を敢行します。

 

「為朝、アタシの声が聞こえる?」

 

「アア……ネェサン♡ ドウシタノ?」

 

「ぐっ……なんて悍ましい瘴気。為朝、もう戦う必要は無いの。勅命が下った今、そっちは賊軍として討たれるだけ。けど、今ならまだ勅命に従えばこちら側につける。為朝、どうかこちらにーー」

 

「勅命? ワタシハ院宣ヲ受ケテイルワァ。ネェサンハ……アカチャン二ナラナイノォ?」

 

「ならない」

 

「デチュネ遊ビシナイノォ?」

 

「しない。アタシはアレが嫌い」

 

「ジャア……死ナナイト、ネ♡」

 

「姉に弓を向けるの!?」

 

「アナタハ、オ母サンニ刃ヲ向ケテイルノニ、今更? ナンテ悪イ子! 私はツラい、耐エラレナイ! 赤チャンにナリナサイ、姉上ッ!」

 

 図星をつかれて言葉に窮してしまった義朝に矢は放たれ、とっさに深巣清国という郎党ウマ娘が間に入って射殺されてしまいました。

 

「……そうか。なら、もうアタシもアンタを妹とは思わない。各々方、為朝を討ち取れ!」

 

「……ソウ、ナラ……鎮西ウマ娘達ヲ使ウシカナイワネ」

 

「「「チェストオオォォォ!」」」

 

 鎮西ウマ娘ーーそれは九州で為朝がスカウトした暴れウマ娘の中の暴れウマ娘。後のチェスト九州ウマ娘を更に選別した最凶のウマ娘達であります。

 200騎もいる義朝率いる屈強な坂東ウマ娘に対し、鎮西ウマ娘は僅か28騎。しかし、この乱戦で鎮西ウマ娘は手勢の倍近い53騎のウマ娘を討ち取っています。一方で多勢に無勢で鎮西ウマ娘も23騎が討ち取られ、為朝は白河北殿の門を閉じて立て籠もります。*11近付けば矢で射られ、攻めあぐねれば敵の援軍が到着してしまう。ここに至って義朝は最後の策の許しを請います。

 

「やむを得ないか。火攻めの許可を出す。白河北殿を焼き尽くし、物の怪共を燻り出せ!」

 

 後白河天皇は即座に火攻めの許可を出しました。白河北殿の隣にあった藤原家成邸に火を放ち、午前8時頃に火は白河北殿へ燃え移った結果、崇徳上皇の軍勢は崩壊します。

 崇徳上皇は炎上する白河北殿から脱出し、源為義らに守られながら東山の如意山へ逃れます。

 藤原頼長もお付きのウマ娘に抱きかかえられながら逃亡を図りますが、敵方の兵が弓を構えて自分達を狙っているのを頼長は気付いてしまったのです。

 

「あぶない!」

 

 お供のウマ娘を庇った頼長の首に、矢が突き刺さりました。この時、白河院の呪縛は完全に解けて頼長は自分自身を取り戻したのですが、傷の深さから自らの運命を悟りました。

 

「あ、主様! 何で私なんかを!」

 

「……さての。身体が勝手に動いておったわ」

 

 僅かに動脈を傷付けた矢傷は致命傷ですが、すぐに命を奪うことなくゆっくりと頼長の命を縮めていきます。そして、泣きじゃくる伴のウマ娘が必死に看護しますが、遂に3日目に限界を迎えました。

 死の直前、奈良に逃れていた父の忠実との面会を拒絶されたと言います。しかし、その報を聞いた頼長は取り乱さず、むしろ穏やかだったといいます。

 

「これで……いい。これで、父は……巻き込まずに済んだ……少しは、不孝を晴らせただろうか」

 

 自分を拒絶したことで忠実の後白河天皇への身の証は立った。ならば、摂関家で罰せられるのは自分と、その僅かな周囲に留まるだろう。物の怪の呪縛の解けた頼長は、最期に巻き込んでしまいかねない父を救うための策を命懸けで成し遂げたのです。

 

「……信西殿。私の夢は……きっと、貴女なら」

 

 最後まで側にいてくれたお供ウマ娘に抱きかかえられながら、悪左府・藤原頼長は息を引き取りました。

 この時、親友の訃報に取り乱した信西は何と頼長の墓を暴き、遺体を確認するという暴挙に出ます。そして、物言わぬ親友の亡骸を前に号泣したと伝わります。

 戦が終わったことを確信した後白河天皇は即座に恩賞を与えます。清盛は播磨守に除され、義朝もまた右マ権頭*12に任ぜられますが、これに清盛が「もう一声」とおねだりすると後白河天皇も「もっと欲しいのか、いやしんぼうめ」と快諾し義朝は左マ頭*13に任ぜられます。また、河内源氏で初の昇殿の名誉を賜っています。*14

 13日に崇徳上皇が仁和寺に出頭。翌14日に藤原頼長の訃報が届きます。

 首謀者の出頭ないし死亡を以って崇徳上皇側の貴族と武士達も次々と投降していきます。

 源為義は当初東国へ逃れようとしますが、急に夢から醒めたように大人しくなり、逃亡を急かす為朝と決別して剃髪の上で投降。為朝はそのまま行方を眩ませてしまいます。

 この時に真っ先に争論となったのは摂関家の所領についてです。藤原長者は頼長であり、その父である忠実は実質的には総帥であり、彼等の持つ所領を全て没収となると摂関家にとって壊滅的な損害となります。藤原忠通は自らが藤原長者を継承して多くの所領の安堵を認められますが、頼長の持っていた所領は没収され朝廷の管理下に置かれました。

 23日、崇徳上皇の讃岐配流が実行されます。これは藤原仲麻呂の乱における淳仁天皇の淡地配流以来400年ぶりの出来事でした。

 27日、「太上天皇ならびに前左大臣に同意し、国家を危め奉らんと欲す」として、頼長の子息や貴族、武士達に罪名宣下が行われます。

 貴族達は配流、武士の多くは死罪という厳罰。この死罪となる者の中に、源為義とその娘達の名も含まれていました。

 義朝は自らの恩賞全てを引き換えにしてでも助命を懇願しますが、厳格な法秩序を求める信西の意向を曲げることは叶わず、執行が決まります。この信西の強硬的とも言える態度は、亡き頼長が求めた理想を継承したが故でしょうか。

 全てを失った源為義は虚ろな目で刑場に引き立てられました。

 

「母さん、何か無いの? もう、これで最期なんだよ」

 

「……どうでもいい」

 

 心底そうだと言わんばかりの言葉に義朝は絶句します。これなら、後ろに控えて青ざめ震えている顔も見たことも無かった妹達を斬る方がまだ罪悪感が湧きます。

 どうしてこの母は、こうなのだろうか。

 

「……忠盛がいない世なんか……どうでもいい。お前はいいよね。好きな男と結ばれて……本当に、妬ましい子」

 

 最期まで、これか。

 結局、初恋を拗らせたウマ娘の末路でしかないのだ。愚かだと思う。けれど、もしかしたらこれは、自分が辿っていた末路なのかもしれない。清盛がいなかったら、きっとアタシもーー

 似た者同士なのに自分達母娘は本当に破綻していたんだと、義朝は深い絶望を味わいました。

 

「お前なんか……お前なんか……」

 

 産むんじゃなかった。

 いつもそれだ。また最期まで言われ続けるのか、と耳を絞って心を閉ざそうとしたその時、振り返った母の瞳はどこか自分に似ていて、素直ではない捻れた情念が宿っていました。

 

「お前なんか、忠盛の子と一緒に、しわしわのおばあちゃんになっちゃえば良いんだ!」

 

「ーーーえ?」

 

 耳を疑った。

 びっくりして尾がピンと伸びた。

 娘の困惑した顔を見た為義は、少しバツが悪そうに顔を伏せてウジウジとしはじめました。

 

「ごめん……お前を愛せなくて。けれど、どうか信じて。お前は、私の夢なの。忠盛の子と結ばれたお前は……どうしようもなく私の夢なの……お前みたいに素直に、私はなりたかったのに」

 

 違う。素直なんかじゃない。アタシは運が良かっただけ。清盛じゃなかったら、アタシはきっとダメになってた。

 そう喉元まで出かけて、飲みこんだ。

 それは気付かなかった忠盛を、捻くれてしまった為義をバ鹿にするものだから。何より、こんな素直じゃない自分を受け入れてくれた清盛に失礼だから。

 手の震えは止まらない。それでも、少しだけ分かり合うことができた。だったら、迷いながらでもきっと自分は刃を振るえるから。

 

「最期に、何か言い遺すことある?」

 

「義朝、どうか……私のようにはならないで」

 

「……ごめん、母さん」

 

 7月30日。

 源為義、他5人の娘達……舟岡山村にて斬首。

 処刑は義朝が自らの手で行ったといいます。

 この二日前に、清盛も叔父の時正一族を自らの手で処刑し、その手を血に染めました。

 六条河原。河原とは、平安の時代においては身寄りのない人々の住処であり、文字通り終の住処ともなりうる場所です。その一角で一心不乱に手を濯ぐウマ娘。水面に滲む朱色は他者の血に非ず。血が滲むほど己の手を擦った結果です。

 

「取れない……血の匂いが……母さんと、妹達の匂いが、取れない……」

 

 虚ろな目で尚も動きを止めぬ義朝の手を、清盛はそっと包みます。

 

「私もだ、義朝。私の手も……血塗れだ。一人じゃない……抱え込むな。君は、私だ……私達は、一緒なんだ」

 

 そして翌年、義朝は後に一条家に嫁ぐ娘の坊門姫が産まれるわけですが……慰めるって、オイコラ。

 剃髪して出頭した崇徳院*15は讃岐に配流となり、同地にて都を恋しく思う日々を送りました。それはそれとして、色々とストレスから開放されたのか現地のウマ娘と仲良くなり、2児を設けるなど割とスローライフをエンジョイしたようです。そのため、望郷の歌を残す他に恨み言などは一切残っていません。怨霊となったというのは、後世の人々が勝手にそう思っただけに過ぎないのでしょう。

 愚管抄を記した慈円に曰く、この乱が「武者の世」の始まりであり、歴史の転換点でありました。

 夜明けが、訪れる。

 

 

 

 

 

 

*1
空海「そんなつもりじゃないのだが?」

*2
近衛天皇の頼長嫌いは史実準拠。衣服に触れられるのを拒否するレベルだったとか。

*3
朝廷内の人事。

*4
時子「私がちゃんと躾けました」

*5
義賢「何でやねん! ナレ死とかかなわんわぁ!」

*6
ライコウちゃんから脈々と受け継がれてきた。本来は義朝所蔵で、今は基盛が検非違使の仕事用に借りている。

*7
今話放送中、松平アナは他の番組の収録中だったが、このセリフの直後に妻からの着信履歴がスゴイことになった。

*8
実際には家中を纏めるために動けなかったのが正しい。忠盛の代は鉄の結束を誇った平氏が割れることは平氏にとって衝撃であり、清盛の出自も相まって兄弟間の離間工作も進んでいた。これを治めたのが池禅尼であり、フラフラと崇徳上皇側へ流れようとする実子達を一喝して兄弟の結束を取り戻させた。そして清盛はますます義母に頭が上がらなくなる。母はいつの世も強し。

*9
物の怪退治の逸話等からおそらく盟の初期メンバーだったと推測される。

*10
和子、時子、義朝

*11
鎮西ウマ娘は地形利用一切無く、乱戦の上で10倍の敵兵の中で倍近い数を倒しています。坂東ウマ娘はこの当時日本最強クラスのウマ娘であったにも関わらずこれほどの被害が出たことに鎮西ウマ娘のヤバさが垣間見えます。

*12
武士ウマ娘達の名目上の次官。

*13
ウマ娘武士の長官。

*14
義朝「いや頼んでないんだけど」

*15
便宜上、崇徳上皇と追号で表記していますが、当時の追号は新院で、その後は配流先から讃岐院。崇徳という追号は鹿ヶ谷の陰謀後に鎮魂のため贈られたもの。




 ええ。彼等はようやく救われたのですね。
 おめでとう、忠盛。
 おめでとう、宗仁。
 おめでとう、頼長。
 おめでとう、為義。
 けれど、君達はどうにも愛について鈍かったですね。あんなに近くに、君を愛するウマ娘がいたのに、それに気が付かないなんて。本当に、人もウマ娘も、等しく可愛いですね。
 彼女たちは、真面目で、猜疑心などなく、可愛らしい生き物です。けれど、けれどね……そんな彼女達だからこそ付け入る隙はあるのですよ。
 全ては、可能性のため。日本の夜明けのため。
 遣唐使の廃止以来、百余年もの間我が国は閉ざされ、外敵への備えを喪ってしまった。
 刀伊の入寇……そう、あれが全ての始まりなのです。我が国と共通の価値観を有さない外敵。ウマ娘への愛を共有できない存在。そんな国に侵攻され、支配される。そんなことは願い下げです。あの件は、たまたま太宰府にいた男ーー藤原隆家がウマ娘に慕われる良き男だったがゆえに防ぐことはできましたが、それでもなお国体は変わらなかった。
 武を蔑み、戦を厭う。
 おお、素晴らしい。平和とは、実に心地よいものです。己の首筋に刃が迫っているのにも気付かないのであれば、首が落ちるまで幸福なのでしょう。いやはや、根が腐ったのは何時なのですかね。それは、朝廷から武を手放した桓武帝の御代でしょうか。いいえ、あの御方はそれでも武の化身である田村麻呂を決して手放さなかった。では誰が? ……違いますね。誰という訳ではないのでしょう。きっと、誰かではなく、皆がそうしてしまったのでしょう。
 そうして、いつしか武は蔑まれ、遠ざけられるものになりました。
 武は廃れ、ウマ娘の競技に熱心なのは一部の武家や、御堂関白のような時代を支えるに足る者くらい。そして、御堂関白の後、その跡を継ぐ者は現れなかった。
 かつて、私はその役目を引き継ごうとしました。けれど、全ては無駄だったのです。
 可愛い、可愛い、私の義家と再軍備の兆しを示してなお、誰も動かなかった。あの時は、まるで永劫の暗闇に囚われたかのようでしたね。
 叡山の僧兵……あれは当然のことでしょう。鎮護国家など、それは寺を国家が守ってくれるからこそ祈れるというもの。なのに、肝心の朝廷に武が無いのであれば、自らを護る術を身に着けるのは当然ではありませんか。
 全く、その辺も御堂関白には叶いませんね。あの方はライコウちゃんという武を持ち、自らもまた弓矢に通ずる武芸者、何せライコウ四天王の幻の5人目でしたから。……おや、知りませんでしたか? 事実ですよ。私は芦毛のウマ娘とも仲が良いので、直接教えてもらいましたよ。
 私は、平穏の内に窒息するよりも、戦乱の後に生を掴むことを願いました。だからこそ、夜明けが必要なのです。
 たとえどれほどの血が流れたとしても、人々を目覚めせなければいけないのです。人に、ウマ娘に、戦わなければ護れないものがあると。
 目覚めとは、夜明けと共に訪れるものでしょう。人も、ウマ娘も、戦いという夜明けの中で目覚め、戦いの果てにまた共に駆けるのでしょう。私は、そう信じています。
 さあ、次の千年へ踏み入る準備は整いました。束の間の平和の後、共に夜明けを見届けましょう。
 では、今からは貴方が私です。
 頼みましたよーー信頼。
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