真・女神転生オタクくんサマナー外伝 -アナザーキリギリス- 作:ローグ5
一寸先は闇という諺があるが、それは真の事実である。
人間一日後の予定は分かっても一日後の現実は分からない。事故に遭うかもしれないし災害に遭うかもしれない。あるいは陰惨な犯罪に巻き込まれるかも。
そんな生きる上で逃れる事の出来ない不安の可能性から目をそらさないと人間生きてはいけない程には人生は負の不確定性にあふれている。
しかし今この世界にはびこっている不穏な雰囲気は、否応なしに人間に対して嫌が応にも普段目をそらしている不安定さを突きつけるものだ。
まるで世界の箍が外れたように次々と起こる騒乱。
米国ではクーデターが起き、欧州にて多発する自殺、日本という国も対岸の火事とはいかずにかアイドルの不穏な活動休止や未成年者の行方不明事件の爆発的増加に猟奇事件の連続発生と穏やかではない。
まるで何か決定的な破滅が起こる前のような、誰もが大なり小なり未来への不安に満ちていると言えるのが今この世界の状況だった。
そしてそれは闇の世界においても同様である。
神話伝承を基盤とした情報生命体である"悪魔"は暗躍し人を襲い、法の神を至上とするメシア教や弱肉強食の理を掲げるガイア教に、さらには秘密結社ファントムソサエティ、その他の大小さまざまな邪悪な者達が己の欲望を満たす為跳梁する地獄絵図。
各国に古くからある護国機関の多くは機能不全に陥り、日本においても護国機関たる超国家組織ヤタガラスは大打撃を受けた。
その凄惨な有様はまさしく末法。世界はこのまま滅びゆくかに見えた。
だがまだ希望がついえたわけではない。
世界の滅びに立ち向かう者はいまだ多く、その先駆けとなるのは漫画やゲームやアイドルといった所謂サブカルチャーをこよなく愛する悪魔関係者の集団『キリギリス』。
ある一介のダークサマナーが音頭をとって成立した緩やかな同盟組織は各地で戦果を挙げ、ヤタガラスとも共同することによってファントムソサエティを逆に半壊まで追い込んだ。
彼等はまさしく滅びゆくこの世界における最後の希望と言えよう。
都内の北部にある邸宅。
事故物件故に敷地の広大さと充実した設備にも関わらず放置されていたこの物件は数か月前に突如購入された。
それは不動産会社からすれば喜ばしい事であるが、購入した男の事を考えると付近の住民からすればどうにも居心地が悪い。
屋敷を購入した乾という男はあからさまに堅気ではない。
30後半と思しき年代にも拘らず粗野な生気に満ちあふれ居ている乾は、あからさまにここらでは浮いていたし事実筋者らしき人間が邸宅を訪ねることがままあった。
それもそのはず、乾は裏社会において悪魔の力で欲望を満たし暗躍するダークサマナーであり、ヤクザの中でも特に悪名高い阿修羅会とのつながりも深い。
真っ暗闇の道を歩む人間が故に、本能的に周囲に住む人々からは避けられてはいたが彼はそのことに頓着していない。
元より周囲の風評など気にしない傍若無人さを兼ね備えた男である上に、滅びゆく世界への備えに比べれば些事である。
「へえぇ。こいつは上物じゃねえか」
薄暗く広い地下室の中、乾はひゅうと軽薄な口笛を吹く。
召喚した豊穣神の力で悪魔の住まう異界となった広大な地下室は窮屈さを感じさせない。
豊穣神はそう格が高くない個体の為異界奥から動けないが、己を強者と自負する彼からすれば些末な事だ。
現に今も悪魔を控えさせながらも己の身を前面にさらして客人に対峙していた。
「そう言ってもらえると助かりますわぁ。こちらとしても商品調達のコストはただでなし。
組織が大変な中、お客様に買ってもらわないと困りますもの」
朗らかに応えるのは秘密結社ファントムソサエティから"売り込み"に来た奴隷商人の女だ。
豊満な肢体を女子高生を気取った制服に押し込んだ女は外見こそ年相応に見えるが、その冷淡な笑みが見た目通りの存在でないことを示している。
そしてその表情以上に彼女が持ち込んだ商品、奴隷のように拘束されたまだ子供と言って良い少女達がその心の酷薄さを物語っていた。
「いいのかよそんな事話しちまって?」
「余計な嘘をつかずに正直に。これって商売だと意外と大事なんですよォ。
それでどうです? 我々の商品は?」
「そうさなあ。ん~ちょいと味見させてもらうぜ」
「ひいっ……!」
乾は少女の中から一番琴線に触れた少女の胸を無遠慮につかみ確かめる様に揉む。
金髪の少女は年不相応な豊かな乳房を揉みしだかれ、嫌悪感から悲鳴を上げるが乾は意に介さない。
元よりまともな共感性があれば年端もいかない少女達を買おうと思わないだろう。
整っているようで幼さが垣間見える少女は涙を流しながら不興を買わないように、必死で目をつむり堪える。
そんな少女の身体を嗜虐心に目を細めながら弄り、一通り品定めをした乾は歯をむき出して笑う。
「いいぜ気に入ったよ。非処女が混じっているっつーのが惜しいとこだが細かいこと言ってもしょうがねえか。
第二弾もよろしく頼むぜ。
年単位で籠るんなら娯楽はいくらあってもたんねえからなぁ」
「はぁい喜んで。今度は全員処女で揃えさせていただきますね」
「ハハハッ! サービス精神旺盛な奴は好きだぜ俺ァ!」
ファントムの女は表面上は上品に、乾は豪傑を気取って豪快に笑う。
「家に帰して」「許して」「助けて」そんな少女達の切実な願いを一顧だにしないままに。
まともな人間が見れば胸を悪くすることこの上ない光景だ。
少女達の未来は暗い。
このまま乾という下衆に売り渡されたが最後せいぜい選択できるのは物資生産用の苗床か性奴隷のどちらか程度。
誰にも助けられることなく心と体を壊され続ける最悪の人生を強制的に送らされる。
彼女達の中には"パパ活"と呼ばれる援助交際に手を出した者や無知なまま悪魔召喚アプリlight版を手にしカジュアルサマナーとなった者もおり、それを考えれば彼女達を自業自得という者もいるかもしれない。
しかしこんな生き地獄は、ダークサマナーの贄などとはあまりにも酷すぎる。
絶望する無力な人々に対して好き放題に振舞い力を誇示する悪。
それは滅亡に瀕した荒れた世界の縮図であり胸糞悪い物だ。
因果応報、それはこの世界において嘘まやかしでしかないのだろうか?
──────だが少なくとも今この場においては、因果応報という言葉は全くの嘘まやかしではないようだ。
「侵入者かぁ!?」
「おやまぁ何と無粋な」
そうではないと答える様に地響きが鳴り、続けて地下室内に警報が鳴り響く。
侵入者の存在を知らせる警報に対し、乾は邸内を警備する悪魔に対して霊的回線を通じがなり立てる。
「おいどうしたァ! どこのボケがカチコミなんてかけやがった!?」
『そ、それが一人、ただ一人のっ男ががっ!! アイツ強すぎ……ぎゃあああっ!』
「クソ使えねぇ雑魚がよ……こいつぁ」
カメラに映るのは黒装束の男。
恐らく三十前半、精悍さが垣間見える男は人工異界の中をすばやく突き進んでいく。
ただ一体の仲魔を従えて先頭に立ち進撃する男の手には見るからに業物と思しき刀。
その姿を見た乾の表情は真剣味を増す。
「見慣れないサマナーですねえ……組織の報告にあった
「……ありゃあ雨柳って野郎だよ。そこそこやりはするがデビルバスター兼サマナーの野郎だ。
小銭稼ぎが趣味のうじうじした根暗野郎が、なんでこんな」
そう雨柳と呼ばれた男は玉石混交のフリーランスの中でも、それなりに有名だ。
元ヤタガラス所属の古式サマナーにして剣士であり、ここ十年近い戦歴から見ても腕利きのベテランと言っていい。
だがしかしい腕に見合わず積極性にかけ惰性で生きる男であったのもまた事実。
少なくともこのような荒れた世の中なら十中八九異界に引きこもっているはずの男だ。
そんな男が、何故か自分の築いた土地に襲撃をかけている不可解さに乾は首をひねる。
「なんなんだコイツは……?」
乾の疑問をよそに悪魔を断ち切る剣閃は鋭かった。
迷いを捨てたかのような真っすぐな斬撃がまた一体の悪魔を切り裂いた。
関東の郊外にある湖を有した異界。
今はほとんど没落した退魔士の一族が所有する異界は地味な風景ではあるが悪魔が住まうとは思えない落ち着いた雰囲気を保っている。
さらに異界の中心部には、今真新しい建物が幾つも建てられている。
建物は居住用の他に様々な娯楽に使用する用途があり、ここにいれば蓄えられた本やゲームなどの娯楽と共に当分の間居住者に安楽な生活を提供する事だろう。
空母や軍事基地の中には様々な施設を有し町としての機能を持たせた物もあるというが、そこまでいかなくても充分に人の営みに耐えられる施設。
そんな物を良くもまあ短期間で作り上げられたと
「たくみさーん飲み物とってー」
「ほいよ」
おっとりとした雰囲気の車椅子の女性、御影へと飲み物をよこしてやる。
彼女は多少年は離れているうえに一時期疎遠になってはいた物の、元は雨柳の子供のころからの付き合いである。
滅亡間近と言われる世界情勢を鑑みて避難用の異界を作る際に真っ先に誘った人だ。
ずっと続く穏やかな空模様は彼女の雰囲気に良く似合っていると雨柳は思う。
「なんかここ十年内くらい穏やかな気分だ。御影さんも俺も、なんだかんだ忙しかったからなぁ」
「本当にね。巧さんもなんだかんだで悪魔討伐、私もアプリ開発のお勤めがあったから。のんびりとできるのは初めてかも」
「現代社会、忙しいもんなぁ。あぁ~ようやく肩の荷が下りたわぁ」
雨柳もフリーとはいえ暇だったわけもなく、御影もまた会社────アルゴンソフトが傾くまではそれなりに働いていた。
彼ら二人だけでなく比較的最近仲良くなってこの異界に誘ったあかりも、一年半程前に仕事の最中にあった元カジュアルサマナーの奏と響の天城姉妹も、
腐敗を強める俗世から解放された幸福そうな顔をしている。
「労働なんて金があるもんじゃねえ。高等遊民万歳、人間時間を気にせず好きに生きるのが一番だって真理だわ~
嗚呼素晴らしきかな人生」
「……ねえ。巧さん」
「なにさ」
「世界って本当に滅びるのかな」
「……分かんね。2015年の時も怪しかったけど何とかなった
でも今回は洒落にならねえかもな」
世界が滅びるという何か月か前から流れた"噂"の信ぴょう性はかなり高い。
メシアガイアを始めとする闇組織の暗躍は激化し、表社会もクーデターや政変で荒れ放題。
幾つかの先進国はそれはもう酷い有様で、日本はどうにか他国に比べてまだマシらしい。
そんな噂を聞き付けた多くの悪魔業界関係者と同様に雨柳はほぼ廃れた自分の家系が残したただ二つの遺産のうちの一つ、湖の異界を改装した。
建物を建造するだけでなく豊穣の権能を持つ神を始めとした悪魔を呼び込みインフラを整え、それなりの数の人間が居住に耐えれる環境を構築は先日に完了。
今では深いつながりを持つ御影たちを呼び込みのんびりと隠居しているが、うまく準備を整えたにもかかわらず雨柳の表情は晴れない。
現に今も何処か引き攣ったような笑みを浮かべている。
「正直どうなろうと俺にできることはここの設備拡張ぐらいだよ。前も言ったろ?
人間がぶっ壊れない為に大事なのは自分が影響を及ぼせる範囲なんてすげえ狭くて、自分の力がちっぽけだって理解する事」
雨柳は天を仰ぎ呟く。
腕利きのサマナー、卓越した剣士。だから何だというのか。所詮自分の器に収まる程度の力などで何ができるのだ。
そんな自虐をどこか言い聞かせる様に呟く。
「世界をどうこうなんてただの人間にできるもんかよ。そういうのはライドウとか征夷大将軍とかそーゆー英雄がやるもんなの
第一……俺如きに世界どうこう言える資格はねえ」
「巧君、変に自虐するのは良くないと思うよ」
穏やかな空気を遮るように暗くなった雰囲気。
そう、雨柳巧という人間には傷がある。
自分自身を信じられなくなった決定的な傷が。
最近ようやく見せなくなってきた暗い顔。
三日前外部に出かけた際に何かあったのか、時折考え込むようになった雨柳を御影は慮る。
「心配するなよ御影さん。
そりゃあ色々あったけどさ、俺、君たちとそれなりに幸せにやってるんだぜ?」
苦笑する雨柳は軽く湖の方を指し示す。
水遊びを終えたのかサンダルに水着姿で歩いてくるのは天城姉妹だ。
「全く……リュウ叔父様はなにをやっているでございますか~? 折角のいい天気なんだから笑顔でいないと私達まで暗くなってきてしまうでございます!」
「折角ウチ等といるんだからリュウおじさんもたのしまないと!」
「「ね~」」
そんな暗い雰囲気を吹き飛ばすかのように明るい声で雨柳に抱き着くのは双子姉妹。
顔が瓜二つなのに姉のグラマラスな奏と妹のスレンダーな響は見分けがつきやすい。
特に今のような水着姿だとなおさらだ。
「ほら、な。俺ってモテモテだし
あっやめて二人共なんか引っ張る力が強いんだけど!?」
「ちょっとリュウ叔父様をお借りするでございますね~」
「夕方までにはお返しするよー!」
まだ十代の若さを活かして姉妹は雨柳を連行していく。
何の為に彼を連れて行ったかは……それはまあナニの為とか言いようがない。
「二人とも元気だなぁ……」
「あははっ! 昨日は御影さん、一昨日はアタシだから二人共たまっているんでしょ」
「それを差し引いても推しが強いですよ」
双子姉妹の勢いに対して呆れる御影。
その光景を料理しながら見ていた色白ギャルのあかりは朗らかに笑う。
「さ、私達は今日の家事でもやっちゃいましょう。たまには料理は私が────」
「いや、それは勘弁してください。アタシがやるんで
いやお願いだからやらしてください」
「ナンデ? 私の料理そんなに駄目です!?」
意外な事にギャルに見えるあかりは料理上手であるが、家庭的に見える御影の料理は控えめに言って褒められた物ではない。
その事を言外に告げられておろつく御影に半目で見るあかり。
先程の双子たちと言い彼女達の相性は悪くないようだ。
静かな異界の中、共同生活を送る者達はそれなりに幸せそうだった。
少なくとも雨柳巧という善性を捨てきれない男が己を肯定できなくとも、今の生活を受け入れる程度には彼らは恵まれて幸福だった。
無機質な壁面を覆い隠すように蔦が生い茂る異界の中。
待ち受ける敵に一刻も早くたどり着かんと雨柳は刀を手に走り抜ける。
道をふさぐスプリガンを一刀で切り殺しながらも殆ど肩を上下させない動きは練達の身体捌き。
雨柳は昨今主流のCOMPを使用しない管と呼ばれる召喚器具を使用する古式サマナーにして剣士である。
常時召喚し続けられる仲魔は一体のみだがその分自分自身の戦闘力を練り上げ、マグネタイトを自在に操ることで成し得る高度な仲魔との連携によって柔軟かつ強靭に戦うことができる。
この異界に巣食う悪魔などいっぺんに相手にでもしなければ物の数ではなかった。
「っ流石に手下がいるか」
異界深部へ続く曲がり角を前にして壁に張り付く。
刀身を差し込んで確認すると待ち受けるは異界の悪魔以外にも異能者やサマナーが三人程。
キリギリスと提携した"スプーキーズ"なるハッカーチーム、
の情報に遭った通りファントムのエージェントに随行する手下だろう。
格下とはいえど閉所に籠る相手を剣士と悪魔一体で相手取るのはやりづらい。
だが、やるしかない。
敵のホームで時間をそう使わせてはいられない。
「しゃーないなクダ、バリア頼む」
「ワカッタヨサマナー! ボクニマカセテ!」
随行する仲魔に状態異常対策のバリア張らせると悪魔を瞬時に入れ替え神獣マカミを召喚。
この程度の入れ替えならば電子式よりこちらの方が早く済む。
そのまま召喚したマカミにハンドサインで動きを伝えると一気に飛び出した。
「出やがったぞリャナンシー! 凍り付かせろっ!」
「スイスチーズにしてやれ!」
「ザンマイクゾオオオォォッ!」
口々に叫ぶ悪魔に人間たち。
対する雨柳は一反木綿の様に細長い体のマカミを先行させた。
「ウオオッテトラカーン!」
マカミが発動するは魔界魔法テトラカーン。
物理攻撃を反射する有用な防御魔法であるテトラカーンの発動により反射される攻撃は敵の幾人かを傷つける。
銃撃物理の連射はこれがあるから怖い。
「ぐごっ……! 畜生焼き払っ」
「やめろバカ! マカミは火炎無効だ! 弱点属性は────」
マカミは火炎というポピュラーの属性攻撃を無効化する耐性を持っており壁役としては非常に優秀だ。
そしてその細長い体は防壁としてだけでなく足場としても有用。
少なくとも雨柳巧という男はそう認識していた。
「なっ──────」
マカミの細長い体でも固い部分を足場として跳躍。三角飛びの要領で天井を蹴ると同時に重力をも利用して集団の中へ飛び込む。
後衛にいたファントムのサマナーが、目の前に到達した雨柳に目を見開くのと同時に刀が振られていた。
「ごぉ……!」
「がぺっ」
「ぐぎゃああっ!?」
異界内に閃くは猛毒を思わせる黒紫の残影。
不吉な残滓を残して旋回する刃は、一人目の喉を切り裂き二人目の胴を薙ぎ、地擦りの斬撃で三人目の頭部を切り裂く。
それはべノンザッパーと呼ばれる猛毒を伴う殺人剣技。
高位の剣士のみが可能とする絶死の業により一瞬にして陣形は壊滅した。
「ニ、ニンゲンガコンナウゴキヲッアリエギョガッ!?」
一瞬にしてあたり一面に転がるファントムの者達。
残った雑多な悪魔もマカミに喰いちぎられ碌な反撃も出ないままに蹂躙された。
接敵から十秒未満、小なりと言えど堅牢と見えた陣形は見る影もなく壊滅した。
「……流石に腕が落ちたな。デスバウンドもこれじゃヒートウェイブの強化版ってところか」
しかし雨柳は己の剣技に納得がいかないようだ。
全盛期に比べればはっきりと腕が落ちた。
まだ雨柳がヤタガラスにいた頃、あの時に比べれば雑な剣技である。
「後はここのボスの見せ筋バカ、それとファントムのクソ女だけか。…………よし」
しかし全盛期に比べれば腕が落ちていようがやらねばならない事がある。
少なくともこの奥には死ぬべきではない人間が何人も捕えられているのだから。
「行くと、するか……!」
好き好んでこんな時世に
その魂はまだ堕ち切ってはいない。
雨柳が所有する異界の一室。
その中で頭に包帯を巻いた雨柳はおかんむりといった表情の御影に対して申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「全く……連絡もなしにこんな遅れて帰って来るなんて。私はともかく奏ちゃん達は見ているこっちの胸が痛くなりそうでしたよ」
「すまね、あの蠍野郎思ったより強かったわ」
その日雨柳は異界の外へと買い出しに出ていた。
必要な物は大体そろえたが、あった方が良い物はまだまだある。
それらを補充する為に出かけた帰路で────―突如発生した異界と、其処に取り込まれた子供を見つけてしまった。
刀を手に思わず駆け付けた物の異界の主である悪魔が予想以上に強力な個体だったこともあり、子供をかばいながらの戦いは激闘となった。
その結果として悪魔を殺して、何とか生き延びさせた子供を到着ヤタガラスに引き渡すころにはもう夜で、帰宅するはずの予定時間を大幅超過したというわけだ。
そんな事件があり、怪我も負ったからか雨柳もまた憔悴している様子があった。
元から御影に対しては強く出ないが今日はいつにもまして素直だ。
「今日は泣き疲れて寝ちゃいましたけど明日二人に謝っておくんですよ」
「ああ……奏と響には悪い事、しちまったよな。
あいつら二人共俺から離れたくないって分かっていたのに」
奏と響は御影やあかりに比べ、雨柳への依存度が高い。
一年半ほど前、姉妹で組んでカジュアルサマナーをしていた二人は依頼中に強力な邪鬼に遭遇し手ひどく痛めつけられた。
誰も助けに来ない中一方的な暴力による激痛と恐怖。
そんな時に間一髪で割って入った雨柳により何とか一命をとりとめたという訳である。
不幸中の幸いで性的な暴力は受けなかったものの酷く傷ついた二人は雨柳に強く依存するようになり、最近は改善された物の世の中の雰囲気に当てられたのか分離不安がぶり返したようだ。
「でもさー不幸中の幸いで助けた子は無事だったんでしょ? なら良かったんじゃないの」
「まあそれはな。喘息ある子だから悪化しないといいんだけど。
……ともかく今日は心配かけて悪かったな。この埋め合わせはちゃんとするから」
助けられてよかったよと雨柳は呟き、あかりと御影は同意したようにうなづく。
悪魔の蔓延る異界において体の弱い子供が生き延びる確率はあまりにも低い。
今回の行いはまず間違いなく、善行ではあるが男の顔は晴れない。
「ならお返しに、サーバー用の機材の新しいやつイスラエル製の奴お願いしますね。異界に長いこと籠るんですから頑丈なモデルの奴がいりますので」
「アタシはうーん新作のコスメー。これがラストモデルになるかもしれないし多めに欲しいっすー」
「りょーかい。それじゃあ二人共お休み……今日は本当に悪かったな」
何処か疲れた顔の雨柳はそう言って自室に戻っていく。
負傷以上に心理的に参っている様子。
この異界を作ってから初めての事にあかりと御影は顔を見合わせる。
「……ねえ御影ねーさん、雨柳のおじピ結構キてない?」
「ここ最近であそこまで疲れていた顔をしていたのは初めてですね。
前は奏ちゃんと響ちゃんを助けた時、今日も助けた子が子供だったからやっぱりそのあたりでしょうか。
……あかりちゃんは巧さんの過去ってどれくらい知っています?」
「んー、何か前酔った時にハチガラスだっけ? そんなとこに務めてたけどバカやって首になったとか聞いたけどそれが原因なん?」
ヤタガラスですよと御影は訂正する。
ヤタガラスは数多くの霊地を持つ日本を千年以上守護する霊的国防機関である。
氏名の都合上当然ながら構成員の練度は高く心身共に強靭な者達が揃うが問題が皆無というわけではない。
「昔の巧さんはヤタガラス期待のホープで、今よりもっと強かったんです。それこそ神と呼ばれるような悪魔でもただ一人で倒せるくらいに」
「神を斬るってすごいんじゃん。おじピそんなにつよかったんだ~」
関心したようにつぶやくあかり。
そう、ヤタガラス時代の雨柳はレベルにして50近いトップクラスの戦士だったと言える。
今の積極性に欠ける様子からは想像できない姿にあかりは驚くが同時にある事に思い当たる。
「前聞いたんだけどデビルサマナーって優秀な人でもレベル40,50行く人ってだいぶ少ないんでしょ?
ならマジ優秀なおじピには仕事が集中するわけで……ひょっとしてブラック環境陥っちゃった?」
「その通りです。なまじ有能だった分巧さんに過酷な任務が集中して、その上途轍もなく優秀な上司に気に入られていたんだけどその期待が重かったんだとか」
美人で家柄もよく文武両道で彼以上の実力者だったという雨柳の上司。
彼は今も苛烈な性格であった上司の事を恐れている事を御影は知っている。
以前「俺は俺に優しい人間が好きだぜ」などと冗談っぽく言っていたが目は真剣そのもの。
そうとうその上司の事がトラウマになっているんだろうなと御影は思う。
「それで移動願を出して何とか受理されたのはいいんですが、新しい上司が前とは比べ物にならない程最悪に過ぎたんです」
「最悪過ぎたって……2連続で酷い上司に当たるとかおじピもついてないなー……何があったの?」
「……ある時巧さんに暗殺の任務が下ったんです。
相手は子供ですが危険な悪魔の転生体だとの事で特例として処分が決定。
死ぬほど嫌だけど心を鬼にして殺そうとしたところで────」
余りにも言いたくない惨い内容であるからか御影は言葉を飲み込む。
が、その言葉を継ぐ者が居た。
「その処分が子供の親、リュウ叔父様の上司が子供を消す為に仕込んだことって知ってしまったのでございます」
「どさくさ紛れで自分の子供を殺そうだなんてひどすぎるよね」
「ねー」
最後の嫌な内容を説明したのはいつの間にか起きていた奏と響だ。
二人共泣いていたからか目は紅いが足取りはしっかりしている。
あかり以外は以前から知っていた事だがその事件が起きたのは十年近く前の事。
お家騒動かそれとも醜聞のもみ消しか理由は分からないが、雨柳の上司は自分の子を殺そうとした。
緊急出動したクズノハの者に止められ最悪の事態は避けたものの、あまりにも酷い事情で子供を殺しかけた己の愚かさ、元から心にひびが入っていた人間が正面から受け止めればどうなるか。
「その日のうちに巧さんはヤタガラスを辞めました。……車椅子になってからの人生で一番大変だったのは、間違いなく巧さんが衝動的に死なないようにする事でしたね。
いやーあなたが死んだら私も死ぬって泣き落としが効かなかったら危ういところでした」
凄惨な内容をため息交じりに語る御影。
今はもう大分回復しているがそれでも雨柳巧という男は内心己を蔑む事を辞めない。
例え自分が命令を実行しようとしただけでも、己の醜態を許せるかは別問題だから。
「なんじゃそりゃ……おじピ全然悪くないじゃん!? 悪いのそのクソ上司でしょうよ!?」
「それでもあの人は自分を責め続けているんですよ。
何かのせいにすれば楽なのに、正義面して子供を傷つけるような奴はクズだって。
だから、あんなにつらそうな顔をしているんです」
四人ともそれぞれの沈痛な表情を浮かべうつむく。
例え自分に責任がないとしても、己の所業を悔やみ自信を痛めつける。
疲弊しつくして堕落するにもしきれない男の哀しさがそこにあった。
「あれ以来折れた心はもう戻らない、のでしょうか……」
その言葉を証明するかのように雨柳は自室で端末の画面を見ていた。
目に悪い程に明るい画面に踊るのはキリギリスの文字。
「…………」
キリギリスという組織が何をしているかを確認した雨柳は震える指でそっと端末の電源を切った。
自分の胸の内にある思いに、蓋をするかのように。
◎主人公紹介
・雨柳巧 <デビルサマナー><剣士> LV42
シリーズポジション:ニッカリ及び悪魔討伐隊(真・女神転生Ⅳ Final)
元ヤタガラスのデビルサマナーにて剣士。
ヤタガラスを辞めてからはすっかり腑抜けて光のパパ活おじさんとなっている。
幼馴染の御影や仕事中に出会った奏と響の姉妹にパパ活中に出会ったあかりと現在異界内で同棲中。
戦闘スタイルは自身が長年の鍛錬で培った剣術をメインに、神道系召喚術により状況に応じて必要な悪魔を召喚使役、自身の援護をさせた上で切り込むデビルバスターに近い形。
ちなみに趣味はゲームで特に育成系の物を好む。
この趣味は車いす生活で外に出にくい御影に付き合う形で培われた。