真・女神転生オタクくんサマナー外伝 -アナザーキリギリス- 作:ローグ5
残酷な現実を前に、高市新の抱いた衝動とは……?
高市新は莉愛という妹を大切にしている。
それは彼の唯一胸を張って誇れる点と言っていい。
何か劇的な出来事があったわけではない。
ただ単に両親不在の中での唯一の血がつながった家族として、彼女を大切に育んでいた。
莉愛が笑うと嬉しくて、泣いていると悲しいからそれなりには頑張ってきた。
年が離れた妹がすくすくと育っていくのを見ながら、いつか花嫁姿が見たいと思っていた。
それは彼が特別と言える、■■■■■■となる力を手にした後も変わらない。
レベルは上がって強者と呼べる段階に力が増しても、彼自身はどこまでも彼自身でしかなく、良くも悪くも変わらないままだ。
莉愛への愛情もまた変わらず、特に彼女がブリジットの転生体と分かった後もその関係性は変わる事なかった。
────だからだろうか、莉愛と同じ年頃の少女達が苦しんでいると胸が痛む。
理不尽に虐げられて、尊厳を踏みにじられてぼろ雑巾にされた少女達。
あの北海道で会って、今日再会した少女のような子を見るとどうしても妹と重ねてしまう。
もし妹があんなひどい目に遭ったらと考えると、それだけで吐き気がする。
ああ、そうだ薄桃色の髪をした子も、さっき会ったアマンダって子も顔以外何も知らない。
だけど、莉愛やあの子達は毎日笑って、幸せに過ごしていていいはずなんだ。
せいぜい悩みなんて苦手科目の小テストがあるとか、部活で馬が合わない同級生がいるとかそんな程度で十分で、あんな苦しみを受けていいはずがないんだ。
それなのに……!
「ああ、そうか俺は」
やるせなさの裏にあった胸の中に煮えたぎる気持ち。
妹の幸福を願う人並みの善性、苦しみに胸を痛める共感性があるからこその人並みの共感性。
それがあるからこそ彼は劣等感等よりも遥かに強い感情を抱いた。
「俺は、何だよ?」
「俺は……えっ?」
そんな彼に語り掛ける声が一つ。
新は見知らぬ声に飛び起きる。
彼をニヤニヤとのぞき込むのは見知らぬ美青年。
金髪の巻き毛に白い肌、計算されつくしたかのような整った造形の顔。
されどや口元から言い知れぬ卑屈さを漂わせる。
そんな何処か自信なさげな青年が新を見ていた。
「やあ高市新君。おはよう。
唐突にすまないが時間もないし自己紹介させてもらおう」
紗幕にさえぎられた明るいとも昏いともいえぬ不思議な空間。
呆然とする新に向かって青年はおどけたように一礼し、へらへらとした笑顔を見せる。
「僕はブレス。フォモール族の血を継ぎ、ブリジットを娶りダーナ神族の王となっただけのつまらない神さ」
飄々とした態度で、されど何処か真剣な眼差しでブレスは新に宣言した。
結界で軽減されたとはいえ万能魔法が叩き込まれ、一角が崩壊した病院。
其処へ餌へと群がるは翼持つ天使たち。
何故かアナライズにおいては<墜天使>と表記される彼らは、どこか忌々しい白さの羽根をまき散らし病院へ殺到する。
目的は恐らく入院患者達。
この病院にはメシア教の聖母候補となりうる者が何名かいる上に、それ以外もいかようにも使える覚醒者が多い。
故に天使たちは張り付けたような笑みを浮かべ、敵の巣を略奪する獰猛なスズメバチのように餌へ群がる。
当然ながらこの時の為の備えを病院側はしており、魔法的・物理的に強固なシェルターが築かれている。
スタッフや専任の警備員も事前の訓練通りに迅速に患者の退避を行っている。
けれどこの病院にいる患者の少なくない数が逃げ遅れていた。
「ひ……!」
今もまた一人の患者が天使に怯え座り込む。
逃げなければと思う脚は不随意運動を繰り返し、全くいう事を聞かない。
がたがた、がたがたと震える少女に天使が手をのばし、そのままずるりと首がずれ落ちた。
「へっあ……く、首?」
「ほら、いいから早く避難してください!」
天使を文字通り一刀両断した少女は患者を警備員にどうぞと渡すと、槍を突き出してきた新手に向き直る。
流星の如き突きを刀身の側面で受け流し、そのまま腹を深く切り裂く。
そうして苦悶し崩れ落ちる天使の首を斬り落とす。
年齢に似合わない、達人の如きよどみない動きであった。
妙技を見せつつも刀を携えた少女の顔は険しい。
殆どが少女にとっては鎧袖一触に出来る程度の敵でも数が多い。
(天使の数が多い。病院の中にも何体かが侵入しているから排除しておきたいけど、二人共今は何処だろう)
奇襲が起きたのが治療中だったこともあり、この病院に来た仲間二人とは分断されている。
一人は患者の保護に、もう一人はは玄関付近の防衛についているようだが、これはうまくない。
剣士の少女の仲間二人は、天使、正確に言うならメシア主流派とは浅からぬ因縁がある。
万が一のことを考えると、放置して置くのは得策ではなかった。
何にせよ分断されたまま各個撃破というのはうまくない。
早急に合流せねば。
(ああ、それにしても私結構怒ってるかも。
頼にもよって病院を狙ってくるとかあの天使共頭グロンギか何かで?)
病院を狙う。それはすなわち弱く抵抗できない存在を虐げる行為である。
ふざけたことをと、かつてなら覚えなかった怒りを敵に覚える。
そんな自分には戸惑いもなくはないが、悪くはないなとも思う。
(これも、あの人の影響かな)
自分を人間に戻したダークサマナーを自称する男。
実を言うとかなり好きな男の事を刹那考えると、少女は次の救助対象と敵を探し始めた。
病院の玄関付近は壮絶な死闘の場となっていた。
幾度なく高位の魔法が撃ち込まれまるで嵐が過ぎ去った後かの様。
それもそのはず、この度病院を襲撃した天使の主力が集っているのだから。
「これ以上は、進ませない!」
されど此処を守護する少女の闘志は折れる事がない。
回り込もうとする天使を銃撃で牽制し、隙をつこうとした別の天使を一刀の元切り捨てる。
所々出血していても、微塵も動きを揺るがせることのない碧玉の目が敵を見据える。
射干玉の黒髪の美しい少女は、己の鍛え上げた剣技と銃技で多数の天使相手に粘り強く闘っていた。
神獣と女神、二体の仲魔をフル活用し、獅子奮迅の働きを見せる少女は鬼神の如し。
「──脆弱なニンゲンの身で粘るものよ。まして邪教の悪魔使いにしては良くやる」
少女に対するは
飛翔し、範囲魔法対策にか密集を避ける天使達は何体かが殺されようにも動きには微塵の乱れもない。
指揮官と思しき天使、緑と橙色の重厚な鎧に身を包んだ天使が確固たる指揮を執っているからだ。
\カカカッ/
| 大天使 | ムリエル*1 | LV60 | 氷結・破魔無効 水撃吸収 電撃弱点 |
天使の名はムリエル。
16世紀ドイツのオカルティストであるアグリッパによって黄道十二宮と関連付けられた12の天使の一体である。
十二宮のうち巨蟹宮を守護する主天使であり、犯罪の復讐者という亡者としての名をも持つ。
一説には悪魔であるとも言われる大天使は腕を組んで少女の奮闘を睥睨していた。
「だが無意味だ。このムリエルが鉄壁の戦術には如何なる抵抗も無意味。
一度殺してから我々に逆らった大罪の贖罪をさせてやろう」
ムリエルは厳かに手を掲げ
魔力によって構成された水流を少女は躱すが待ち構えているのは部下の天使達の放った電撃。
そのうちの一つが少女を打ち据えた。
「くぅっ! イヌガミギョウブ!」
「あいさ!」
それでも少女は高レベル故にか多少の傷で天使の一撃に耐える。
怯むどころかむしろ攻撃の隙をついて神獣に指示を出して天使達を薙ぎ払う。
ムリエルは鎧の下で目を細める。
このニンゲンは強敵である。それは認めざるを得ない。
本人がムリエルと同等なレベルな上に強大な神獣を使役している。
そのレベルも単に高いだけでなく戦闘技術はかなりの物。
まさかこの病院の護衛にこれほどの戦士がついているとは予想外だ。
だがそれでもやりようはある。
数の利と神の御業たる素晴らしき業が。
「消費が大きく使いたくはないのだがな」
両腕を掲げるように前に出して魔の歌を唱える。
それは下愚の無思慮な抵抗を封ずる、正しき者に与えられた旋律。
「己が醜悪をさらけ出し懺悔せよ、狂乱のセレナーデ! *2」
ムリエルが謡うのは清らかに聞こえて、それでいて不快極まりない旋律。
味方をも巻き添えにした旋律は少女と仲魔の聴覚を侵犯し、精神をかきむしり乱す。
「ああああああああああああっ!?」
自分の魂に無遠慮な腕を突っ込まれるような感覚に少女は悲鳴を上げる。
それでも自分の受けた状態異常が混乱と判断し、震える手でそれでも回復アイテムを使用する。
同じく状態異常に陥った女神が集中攻撃を受けるのを、召し寄せ*3によって回避し、斬りかかる天使を逆に射殺。
息を乱しながらも刀を構え天使を睨みつける。
「はぁっはぁ……万能属性の状態異常魔法……! いったいどこでそんなものを」
「我等メシア教は世界最大最強。故にこの程度のスキルの追加等容易い。
だが今の攻防で分かったろう」
当然の摂理を語るかの如くムリエルは睥睨し少女に告げる。
「その力を無為になくすは惜しい。
無駄な抵抗などせず我らメシア教が軍門に下るがいい。
さすれば命を長らえるだけではない。無限の歓喜が────」「お断りよ」
少女は断固としてムリエルの勧誘を断る。
尚尽きる事のない戦意に彩られた目はそらすことなく敵を見つめている。
「私はあなた達メシア教に、天使になんて絶対に負けない。
どれ程数が多かろうと、強かろうと私の友達のように諦めない。
この身が朽ち果てるその瞬間まで絶対に戦い抗って見せる……!」
己の心を強くないと自認する少女には恐怖がないわけではない。
天使に敗北する事が何を意味するか、嫌という程に彼女は知っている。
現に今も、己の心に刻まれた
それでも、それでもだ。
まだ自分は立ち上がって、戦う事が出来る。
お互いを心から想い合える、命よりも大切なかけがえのない親友がいるから。
こんな駄目な自分を娘として愛してくれる四人の親がいるから。
そして、絶望に冒されグズグズに腐っていた自分に、手を差し伸べてくれた人がいるから。
彼等から貰った暖かさを支えにして少女は立ち上がる。
「何度でも来なさい天使達! それとも何?
抵抗できない患者の人達でもなければ、怖くて戦えないの?」
「戯言を……! 一気に揉みつぶせ!」
少女と仲魔めがけ殺到する天使達。
対する少女は人々を護る為一歩も引かない。
恐怖があっても誰かの為に戦い続ける、そんな"勇気"が少女にはあった。
ブレスとはケルト神話に登場する神である。
フォモール族のエラッハを父にダーナ神族のエリウを母に持つこの神は、ヌアザの退位に伴いダグザの娘であるブリジットを娶りダーナ神族の王位についた。
しかしその治世の評判は芳しくない。
圧制を強いて重税を課し、義父や親戚に無礼を働き、王としての徳や礼儀が欠けていると悪評を得た。
因果応報というべきかブレスは、ヌアザが失った腕を補い王位に復帰すると、当然のごとく追放された。
後にブレスは往生際悪くもフォモール族の後ろ盾を得て王位簒奪の為戦を起こすも王バロールが討たれ大敗を喫す。
その末路はルーグに魔法の家畜と農耕の技術を差し出し生き延びたとも、恨みを買い殺されたとも言われている。
何方にせよあまり褒められたところのない神と言っていいだろう。
そのブレスが一体なぜ、此処にいるのだろう。
「おいおい何呆けたような顔しちゃってんだよ?
僕と君のつながりを忘れたのかい?」
「繋がり……っていうと莉愛の事か?」
先ほど述べたように莉愛の魂の元となったブリジットはブレスの妻である。
それが理由かという新の問いにブレスはいいや違うという風に首を振る。
「それもあるけど今言っているのはそうじゃない。
繋がりというのはほら、君や僕が受けたメシア教徒か言う宗教狂い共の実験の事さ」
「も、っていうと……アンタもあの施設で実験されてたのか?」
そうそうとブレスは肯定する。
彼曰くあの施設に捕まっていたのは人間だけでなく悪魔もであり、スキルを抽出して転写する実験を改造兵士の製造と並行して行っていたのだという。
あの施設の奴等は"写せ身*4"と言っていたらしい。
「で、相性の良かった僕のスキルが君に転写されることになったわけだけどこれがまた傑作でね!
まだ確立されていない不安定技術を使ったものだから、僕のスキルどころか魂や耐性の一部まで転写してやんの!
そのせいで洗脳効かないのに首をかしげてんの笑えたなー*5」
けらけらと笑うブレス。
その様は軽薄で、新の知っているブレスの逸話通り神としての威厳はない。
「……で、ブレス。お前は何が目的なんだ。まさか──」
「何も君を乗っ取ろうというんでもないし、あの子をどうかしようってのも全く違う。
第一僕には人をどうこう力なんて残ってないしね……ま、これを見て」
ブレスが指を鳴らすと周辺の紗幕が取り払われる。
目の前にあるのは新からすれば恐ろしい光景だ。
目に映るのは意識のない新や、震え動けないあのアマンダという少女。
足手まといであるはずの者達をかばい戦う、あの薄桃色の髪をした少女。
そして傷つきながらも懸命に少女を支援する莉愛の姿だ。
その光景の動きはスローモーションよりも遅く、どこか現実味がない。
けれど新の心胆寒からしめるのには充分だった。
「お前、莉愛何をやって、その子はともかく俺なんて捨てて行けよ……」
「見ての通り君の妹とあの可愛い子は危機に陥っている。
この精神世界では時間が現実の8~90倍の長さだけど、早く目覚めて加勢しないと危ないだろうね」
「だったら……!」
妹の危機に新は色めき立つ。
これまでも自衛する力を身に着ける為、悪魔討伐に妹を連れて行った事はあった。
けど、こんな俺も誰も助けられない状況だと危ないじゃないか。
俺が、兄である俺が助けないと。
「僕もあの子は嫌いじゃないし、君に転写されたスキルを使えるようにしてもいいよ
そうすればこれまで以上の、フルスペックで■■■■■■の力が使えるはずさ」
新が無意識にかけていたリミッター。
それを外して全力を出せるようにしても良いとブレスは言った。
「何せ結構強いのが来てるようだしねえ。
君の力じゃフルスペックにならないと勝てなそうだ」
「ほ、本当か!?」
「ああ……ただしその前に一つ聞かせてくれ」
少し真剣な顔になってブレスは新を見据える。
「自分でもわかっている通り君はまあ……僕程酷くはないが外付けの物以外はぱっとしない奴だ。
悪魔業界は実力重視。金鍍金みたいな見た目だけいい奴なんて最初は良くてもすぐに失望されるよ?
そんな君は、この過酷な世界で何の為に戦うのかね?」
新はブレスから目をそらし外の光景を見据える。
傷だらけでも尚戦う薄桃色の髪をした少女。
怯える患者をかばう莉愛。
少女達を気色悪い笑顔で襲う天使共。
その光景を見て新は改めて自覚する。
少女達を苦しめる者達への怒りを。
「俺は、これまで莉愛という妹を育ててきた。
あの子が笑って幸せに生きてくれればいいとそう思っていた。
だから、こう思うんだよ」
人生にはありふれた苦難くらいしかないイージーモードでいいはずなんだ。
心身を破壊するような苦難なんて、たとえそれが成長に導くとしてもなくていい。
そんな物なくても幸福に生きられるって事は、彼に妹が教えてくれたことだ。
莉愛が居れば新は幸福だった。
なのに、この世界はあの子達に苦難なんぞを押し売りしやがる。
「────ふざけるんじゃねえぞ……!」
ああそうだ、一人の兄として人間として抱くべき怒りがあった。
「どいつもこいつもッあの子達を何だと思ってやがるッ
莉愛もあの子も、幸福に生きていくべき女の子だろうが!
そんな子達を踏みにじって得意げになってんじゃねえぞクソ共ッ!」
あの薄桃色の髪をした少女は最低最悪の壊し方をされて、それでもまだ誰かの為に戦っている。
可愛らしく、とても優しく勇気のある子だ。
なあメシア教のイカレ野郎どもよ。北海道であんな真似して、まだあの子を傷つけ苦しめ足りないっていうのか?
お前らの目指す目的ってそんなに良い物なのか?
そしてその犠牲に、俺の妹まで加えようっていうのか?
そんな事、許せるものかよと新は吼える。
「莉愛やあの子の幸せを、誰かが護らなきゃいけないだろうがッ!
それは俺じゃなくてもいいかもしれないけど、俺はそうしたい!
外付けだろうが借り物だろうが関係ない!」
自分の人生でかつてなかったほどの怒りと共に新は宣言する。
自分がどうこうじゃない、少女達の為に俺は怒り戦ってやるぞと。
「力を寄こせブレス! 俺には今、力が必要なんだ!」
「……随分とまあ憤ってるねえ。
まあアレコレ理屈をつけられるよりこっちの方が僕好みだな。
いいよ力を貸してやるとも」
ブレスが腕を振ると、鍵が外れるような音が響く。
同時にみなぎっていく力はこれまで以上の強さ。
「おめでとう。これで君はフルスペックの力が振るえる。
僕の力も使い方は魂で分かっているはずだから問題ないだろう。
存分にやりたまえ」
「ああ……でもブレスお前」
だが、新にとって気がかりなのはブレスの姿が薄れていくことだ。
「何を驚いてるんだよ。僕はもともと魂の一部のみが引っ付いた残滓みたいなものだ。
遅かれ早かれ消える運命だったのさ。
力といっても君の中にもうある僕の力を覚醒させるっていうのが実は近いからね」
そう言ってブレスは薄く笑うが、表情はこれまでに比べ柔らかい。
「お前……何でそこまで……」
「君の妹が転神した時の姿見ただろ?
あの喪服みたいな黒いドレスの姿、さ」
そう莉愛が女神ブリジットに転神した時の姿は黒い喪服の様である。
さながら、かつて夫であった誰かを弔うかのような。
その事実は確かに彼の心を動かした。
「それを見てたらなんかこう……あの子が愛しくなってきてねって何で拳を振り上げるんだ!?
そういう意味じゃねえよ!?
……全く締まらないったらありゃしない」
「そう、カッコつけられるような奴でもないだろ。お互いさ」
「違いないね!」
でもまあいいさと互いに笑い合う。
長年の友人のように、消え行く神と凡庸な男は笑いあう。
「最後に一つだけ忠告しておこう。
君は自分ではなく、妹でも誰でも、他人を大事に愛して生きるんだな
そうすればきっと僕のように道を踏み外さない」
「ああ。俺は莉愛の善き兄で居続ける。それだけは絶対だ」
「ならいいさ。さて、そろそろ時間だしお別れしておくか」
消えゆく神は最後に新に一礼する。せめて消え際くらいはと矜持をもって。
「我はブレス。愚行を犯し、無様を晒し、されど最後に与えて去る者。
君の行く先に少女達の幸福があらんことを、心より祈っているよ」
精神世界で行われた刹那の会話。
それは世界の行く末を変える重大な出会いなどでは断じてない。
ただ一つ、一人の男が誰かの為に歩み出すきっかけとなったのは確かだった。
眼前に迫る天使を前に莉愛は死を覚悟する。
死の恐怖に目に涙を湛えながらもそれでも、兄や患者をかばうためにそこから動かない。
それは聖女と呼べるような気高さというよりも、幸福に育った常人が持つ当たり前の善性。
自分がそうされたから、他者を慈しむその感性は尊いものに違いはない。
にも拘らず天使によって少女の善性は踏みにじられようとしていた。
(兄さん……!)
薄桃色の髪をした少女がペルソナを使い複数相手に立ち回る中、ガラスを突き破り文字通り裏をかいて突入した天使。
その攻撃は無慈悲にも莉愛の命を刈り取ろうとする。
「俺の妹に────」
だが、少女の大好きな兄はそんな理不尽を許さない。
「手を出すんじゃねえッ!」
執拗なまでに強化された身体能力を駆使して思い切り天使を蹴り上げる。
半月を描くような下から上への強烈な一撃は、兜事首をちぎり飛ばした。
「死んどけクソ天使共ッ!」
続いてデスブリンガー*6と呼ばれる黒い剣を振るい少女に襲い掛かる天使を纏めて薙ぎ払う。
倍近いレベル差の前に一撃で真っ二つになった天使から噴き出す血しぶきとMag。
それらを背に、妹たちへ向き直る新の姿はもうすでに一変している。
全身を覆う鎧は緑がかかった黒と鋭角的なシルエットにより何処か怪物的。
兜の造形は髑髏を模しており、死神を連想させる。
さらには旗にも見えるマントを羽織っており、それがより一層姿を不吉に見せている。
されど年若い少女達をかばい剣を構える堂々たる姿は、青く光る目が放つ不屈の意思はまさしく御伽噺に出てくる聖騎士の様。
それはメシア教異端が来るべき聖戦の主力となるべき聖戦士を、異能者を改造することによって作り出そうとした<クルセイダー計画>の産物。
本来ならば完成後メシア教の先兵として投入されるはずであったそれは、計画が潰え、幾つもの偶然が重なり新生した。
誰よりも大切な妹を、同じように幸せになるべき少女達を護る戦士として。
神ではなく人の側に立つ天魔、クルセイダー/高市新の戦いは、今ここに始まった!
| 天魔 | 高市新(クルセイダー形態) | LV60 | 物理・銃撃耐性 破魔・神経無効 |
体に埋め込まれた機械部分と魔術的な触媒、さらに多量のマグネタイトにより形成された鎧を纏い、クルセイダー形態となった新。
付近に敵がいないことを確認して妹たちに静かに近寄る。
その細かな仕草や癖は紛れもなく兄のそれだと莉愛は感じる。
「莉愛も君達も、無事か?」
「……うん、無事だよ」
魔石で治療しつつ妹の目に浮かんだ涙をそっとぬぐい、アマンダと呼ばれた少女に手を差し伸べる。
怯えた様子の少女は手をかすかにふるわせながらも、新の手を取ってくれた。
その事実が少しだけ嬉しい。
「莉愛たちはシェルターまで下がるんだ。
どうやら玄関あたりに敵の主力が集まっているらしいから、俺はそいつらを片付けて来る」
「わ、私もいきます! 補助とか、得意ですから!」
「ありがとう。よろしく頼むよ。
莉愛は患者の人たちを護って一緒についてあげるんだぞ」
莉愛よりも倍以上はレベルが高い薄桃色の髪の少女は新についてサポートに来てくれるらしい。
丁度患者を探しに来た警備員達と共に下がるように妹に言い含める。
「分かったよ兄さん。でもこれを忘れないで」
「あ~そうだこれもあった方がいいな。
良し、じゃあ行ってくる!」
「行ってらっしゃい兄さん! いつも通り無茶しないで体を大切にね……!」
手渡されたアイテムを手にして妹の声を背に新は走り出す。
ああそうだ自分には莉愛という何よりも尊い妹がいたじゃないか。
ならば、これからも戦うにはそれで十分だ。
黒髪の少女の奮戦により膠着状態をどうにか保っていた玄関前の敵主力部隊との戦闘。
天使の無差別攻撃や侵入を阻止しながらの大天使との闘いはさすがに苦しい。
幾度なく傷を負いながらも続いていた少女の奮闘は思わぬ増援によって報われた。
「ぐぅおおっ!?」
ムリエルに浴びせかけられたのはツインスラッシュ*7と呼ばれる斬撃。
少女に集中した無防備な状態からざっくりと翼を切り裂かれた大天使は地に転がり落ちる。
「援軍!? 声からすると先程の、でもその姿は……!?」
「あーその、以前メシア教の奴等に改造されてこんな感じになれるようになったんだよ俺。
デビルシフターみたいなもので、洗脳されていないし頭は大丈夫だから心配しないで」
「メシア教……」
すっと目を細める黒髪の少女に薄桃色の髪をした少女は大丈夫ですよと保証してくれた。
そうすると納得してくれたのか新とも情報の共有を行う。
どうやら数もそうだがあの大天使が厄介らしい。
ならば、と己の力を鑑みて新は申し出る。
「よし、大天使は俺が相手をするから君はサポートを。
ただ、もし相手が状態異常を使ってきた時と、俺が合図した時は」
「さっきの手順通り、支援ですね」
薄桃色の髪をした少女にそうだとうなづき、続いて黒髪の少女を見る。
「その間に君は雑魚の処理を頼む」
「了解しました。
病院を襲う等と愚行を犯した外夷共誅殺すべし。
共に頑張りましょう!」
「えっあっはい」
なんか一部おかしい発言があったが、敬礼する少女と共に天使に立ち向かう。
少女二人が息を合わせて銃撃スキルを発射し、回復魔法が使える天使を薙ぎ払う。
そうして生まれた隙間を縫って新は立ちあがろうとするムリエルにタックルを仕掛ける。
「くっニンゲン如きが無礼な……!」
体勢が整わないところを強引に押しまくり、病院の柵を突き破った。
互いに坂を転がりついた先は、枯れ枝を天蓋のように広げる森林。
「ここなら機動力も生かせないよなあ、特に翼が傷ついた状態ならっ!」
立ち上がった新はムリエルに斬りかかる。
離れて魔法を使う暇など与えない。
「舐めるな下等生物。貴様如き剣一本で十分だ!」
二者はそのまま近接戦闘に移行。
切り裂き、突き、殴り合う。
まるで中世時代のような真っ向からの殺し合いだ。
狭いバトルフィールドの中のように密着した状態で互いに攻撃しあう。
時たま少女の援護が挟まる物の、暗い森に鳴り響くのはひたすらに重い金属音。
幾度なく続く部武具のぶつかり合いの中ムリエルは目を細める。
(チッ……大天使たる私がこうも梃子摺るか。
下級天使の従僕程度がお似合いの下愚にしては、しぶとい)
何らかの強化がなされたとしても所詮は人間。
大天使である自分と真正面から殺し合えば軍配が上がるのは前者。
物理耐性があるとはいえそれは自明の利であるが、屈することなく反撃してくる。
この頑強さは一体何だ。
新はムリエルの斬撃を受け止め、柄で殴りつける。
そのタフさはクルセイダーの改造が原因である。
<クルセイダー計画>はメシア教の敵と最前線で戦う聖戦士を製造する計画であり、重視されるのは前衛としての耐久性と力。
その分徹底的にタンクとしての性能を重視されたクルセイダーは、カタログスペック上は高位の前衛型悪魔に匹敵する。
クルセイダーと殴り合えば如何に大天使だろうと優位はそうそう取れない。
狂乱のセレナーデで一度状態異常に堕としたが、遠巻きに援護する少女の静寂の祈り*8が異常をかき消した。
消費する精神力を考えれば再度の行使は得策ではない。
ならばここは基本に立ち返り、相手より勝る部分を押しつけるのみ。
「吹き飛べ愚昧! アクアダイン!」
「ぐうっああ……!」
蹴りで体勢を崩したところに高位水撃魔法を撃ちこみ吹き飛ばす。
寸前で防御を固めガードしたが至近距離からの魔法は効果覿面。
新は地面を転がり、血を吐く。
「ぐ、は……<■イ■カ>……!」
だがそれでも、かつての自分なら到底かなわなかったであろう高位悪魔に対して臆することはない。
血を吐きながらも泣き言の代わりに、何事か呟いた。
「打合せ通りだ! 頼む!」
「はい!」
少女がアイテムを使用し、新を包む障壁を見てムリエルは舌打ちする。
少女が使ったアイテムは
先程莉愛から渡されたそれを少女に預け時が来たら使えるようにしていたのだ。
「ふん、甘いぞ! 魔法を使えなくすれば勝ち目があると思ったか!」
努力をあざ笑い翼をはためかせる大天使。
強烈な水流で障害物を散らされた道を高速で滑空し接近。
翼にダメージがあるにもかかわらず、その速度は明らかに新の反応速度を上回っていた。
「貴様の力と耐久は中々だ。だが速さはそれほどでもないな。
このまま嬲り殺してくれる」
新とムリエルの速度は後者の方が勝っている。
飛行しにくい戦場とはいえ木々の間を縫う程度の飛行は可能。
ならばすばやく飛び回りヒットアンドアウェイを狙うのが最善である。
そう結論付けたムリエルより繰出されるのは神速の連撃。
五月雨切りと呼ばれる雨のように絶え間ない斬撃は4回新にヒットした。
4撃目を叩き込む瞬間、兜の奥でムリエルはすっと目を細める。
如何に頑丈だろうと所詮敵はニンゲンという下等生物であり、得意分野でこちらに肉薄してきても総合力は遥かに劣る。
不快な思いはしたがこれで終わりだ。
殺した後はあの使えそうな少女を確保しよう。
そう考えるムリエルには油断があったことは否めない。
しかしそうでなくても、この後の結果は覆らなかったであろう。
大天使の行動は呑気に過ぎた。
「──────は?」
各所から血を流しながらも新は信じがたい速度で動いた。
繰出されるはカウンターの如き4連撃。
翼を切り、胴を薙ぎ、片腕を切り飛ばす。
最後の一撃は、拳を思い切りムリエルの顔面にめり込ませる。
既に去った神に感謝の思いを込め、強烈な反撃を叩き込んだ。
「ありがとうな、ブレス」
覚醒魔法クイッカ。それは使用対象の反射神経が著しく向上し、スキル含む物理攻撃を受けると自動で反撃を行う"反撃状態"にする魔法である。
この魔法はブレスから写せ身によって引き継がれたものである。*9
魔法反射障壁の展開によって物理攻撃を誘発。
強靭さで耐え抜いて、速度で負けようとも強化された反射速度で超高速の反撃を行う捨て身の戦法。
それはムリエル相手に最大の効果を上げた。
(……クイッカ、新さんも使うんだ)
後方でその壮絶な反撃を見ていた薄桃色の髪の少女は驚いたような顔を見せる。
使い手の少ない魔法であるクイッカの使い手を彼女は二人知っている。
その一人は少女を死より悍ましい地獄に叩き落とした、凌辱の末の死を希う異常者。
もう一人は少女を救った苦難の中も誰かの為に進み続けるヒーロー。
それを考えると少し複雑な気分だった。
「ぐっ……ごぉ……がはっ……」
新のダメージも軽くはないがもろに4回の攻撃を受けたムリエルの損傷は大きい。
紛れもない重傷でよろめき完全に立てない。
されど如何に無様を晒せど大天使。一筋縄ではいかない存在である。
「ディアラマ。……はぁ、全くよもやこれ程の傷を負うとは予想外だ」
「はあ!? アイツ回復も使えるのかよ!?」
前回には程遠くとも翼を中心に回復したムリエルは羽ばたく。
恐らく形勢不利と見て一時撤退をする気なのだろうが、皮肉にも距離が開いてしまった。
森林も途切れた為飛翔を遮るものは何もない。
「消耗は激しいが仕方がない。先程のように空中から
己の行いに後悔しながら焼き尽くされるんだな!」
「ま、待て!」
高笑いしながら高度を増す大天使に新は追いすがる。
少女が光属性の魔法を放つが距離が遠いうえに、天使には無効。
単に夜にまばゆい光の花を咲かせただけだ。
複雑な軌道を描き、高速で飛行する大天使を止める事は出来ない。
「ハハハ何を無駄な事、を?」
翼と万能属性の魔力を纏っていた腕を同時に射抜かれたムリエルはぐらりと傾き堕ちていく。
その様子を新は驚きを盛って見ていた。
(あれはあの黒髪の子? あの距離から、一発で天使を射抜いたのか?
ていうかもう雑魚ばかりとはいえ天使を殲滅したのか?)
照明弾代わりになった光属性魔法で浮かび上がった飛行する大天使。
斃れ行く最後の一体であるドミニオンを背後に、長銃を構えるは黒髪の少女。
ヤブサメショット*10と呼ばれる彼女が得意とする絶技は、過たずその翼を撃ち抜いた。
「我が国防魂はぁ! 未だ健在なり!」
凄いですね国防魂って。
「がああああ……! おのれ、おのれえええ!」
「新さん! 行ってください!」
叫び声をあげて墜落するムリエル。
少女の声を受け、その着地点に走り込むのは新である。
「……分かった!」
この結果は決して自分ひとりが導いたものではない。
妹の、神の、少女達の助力あっての物だ。
だから、感謝を込めて自分ではない誰かの為に新は剣を振るう。
「莉愛たちの幸せな未来の為だ。────お前から死ね」
それはシンプルな二文字で表される致命の一撃。
即死効果を伴う高威力のスキル故にこういわれている。
必殺。*11ただそれだけ呼称される。
そんな飾り気のない名のスキルが、怨嗟の叫びをあげる大天使を真っ二つに両断した。
「痛ってえ……マジ痛え」
先日は違う病院の一室で新はうめいていた。
初の全力稼働に相手から受けたダメージにより、治療とメンテナンスが必要になっていたのだ。
あの日病院に襲撃してきたメシア教の天使は防衛側の反撃により見事に殲滅された。
とはいっても病院の位置が知られた以上そのまま使ってはいられない。
情報が漏れた経路を洗い出しつつ他の医療施設に患者も職員も分散された。
今新がお世話になっているこの病院もその一つだ。
何日も経つのに関節を中心に形容しがたい痛みが走っている。
戦闘中は無視できても後になると響いてくるものだ。
「うわ、兄さん大丈夫……? 痛み止め先生から貰ってこようか?」
「いや大丈夫。筋肉痛の酷いのがきてるくらいだからあだだだだ」
単なる外傷ならなれたものだが状態異常ともまた違う内から来る痛みは辛い。
無駄に頑丈な青年男性などそりゃ後回しだが、何とかしてくれるならウィッチドクターでも何でも来てほしい。
そんな情けない兄の有様を見かねたのか、半目になりつつも莉愛は手紙を差し出す。
「痛みで悶える兄さんにプレゼントです。はい、この手紙を見てください。
環さんが態々持ってきてくれたんですよ」
「あの子が一体誰からだろう?」
あの薄桃色の髪をした少女が態々ここまで持ってきてくれたという手紙。
一体誰なのかと思いつつも開き、読みだす。
ひらがなが多く、字が所々読みにくいがそれでも丁寧に描かれた文章。
読んでいるうちに新の口元が綻んだ。
手紙の差出人はアマンダという少女。
あの日確かに新が救った少女からの物だったからだ。
自分が少しだけ、ほんの少しだけでも誰かの役に立ったことが今の新たには素直に喜べた。
◎主人公紹介
・高市新 <異能者><クルセイダー> LV36/60
メシア教の異端により<クルセイダー>と呼ばれる姿に変身できるようになった異能者。
基本的に人間的にも能力的にも凡庸な男であるが、妹を深く愛しており同じ年頃の少女にも共感性が高い。
それ故に少女達を苦しめる悪に怒りを抱きクルセイダーとして戦うことを決めた。
なおクルセイダーの元ネタはPC版真・女神転生Ⅰの隠し悪魔であり、本作ではターミネーターやスキャナーズと言ったメシア教の強化人間の上位存在として扱っている。
基本スタイルはタンクとして敵と殴り合う完全な前衛型で、本編のようにブレスから受け継いだクイッカを利用した超高速反撃も可能としている。
ちなみにもう少し後で北海道で仲良かったテンプルナイトから薄桃色の髪の少女が"業務用のアレ"を買っていた事、脳破壊おじさんから黒髪の少女が自称ダークサマナーとうまぴょいしている事を聞き戦慄することになる。
・高市莉愛 <転生者> LV23
高市新の妹である女神ブリジットの転生者。
兄の事が大好きなJCで回復魔法を得意としており、キリギリスでは後方要員として参加している。
何か劇的な事があったわけでなく、ただ愛され大切に育てられてきたからこその全盛を持つ少女。
実は子供産みまくって護国に貢献しろとよく言われている黒髪美少女ちゃんとはちょっと顔とか雰囲気が似ている。
どれくらいかというと遠い親戚と言ったらまあ信じられるくらい。
次回は少し間が空くと思いますが、キリギリスの新規メンバーの話にしようと思います。
今のところだと自称ダークサマナーのキャラの予定です。