真・女神転生オタクくんサマナー外伝 -アナザーキリギリス- 作:ローグ5
時系列はフェクダ戦後~レイロゼちゃん登場前です
今回性癖メシアンがメイン的な分、ちょっとヘビー目な内容が入りますのでご注意ください
厚い雲が空を覆い雨が降り注ぐ下に広がるのは、古風な家並み。
日本家屋が連なる其処は、一件古き良き日本の街並みを残した観光地のそれにも思える。
しかし随所に機械式のセンサーや監視装置が設置され、その他にも巧妙に溶け込んだ魔術的な仕掛けが多重展開。
更に随所には、デモニカスーツを装着した少女等警備員が配置されている。
軍事施設の如き物々しさは随分な物だ。
だが此処の重要性からすれば当然の処置である。
此処は葛葉の里。護国組織ヤタガラスの中枢を担う血族の者達が住まう隠れ里なのだから。
敵組織への万が一の露見を防ぐ為所在地は極秘。
もし帝都ヤタガラス所属員以外が足を踏み入れるならば、それ相応の関係が必要となるだろう。
例えば将来是非取り込みたい
「どうぞこちらへ。今回は六番出口になるっす」
「了解。忙しい中ありがとうな」
「いえいえ。うちのミロ長もお世話になりましたらこれくらいは」
少女に先導され、帰路を行く
元ヤタガラスの悪魔召喚師である雨柳には知古、十代の修業時代に世話になった人間や当時共に戦場を駆け抜けた同僚もこの里に多い。
訳あってヤタガラスを辞めはしたが、ここ半年ほどの激動の時代においても雨柳は剣をとり戦いを続け、時にはヤタガラスの少女を救う事もあった。*1
それ故にヤタガラスからの評判は悪いとは言えず、里に来ることができたのである。
今回来訪した主な目的はヤタガラスからの依頼の報告。
それと……知人への顔見せも兼ねていた。
何年ぶりになるだろうか、久しぶりに会えた知人は健康そうだった。
それはこの人が死にやすい時勢においては非常に良い事だ。
だが、雨柳の顔は珍しいほどに晴れない。
(……鷲尾さんやっぱ少しやつれてたな)
鷲尾家に嫁いだ女性には、三ノ輪家に嫁いだ女性と並び、まだ若造だった頃世話になった。
初恋の女性が相思相愛の上で嫁ぐことを知り、素直に祝福しきれない己の小ささに七転八倒していた雨柳を慰めてくれたものだ。
家柄を鼻にかけないユーモアがある明るい人で、それでいて品の良い人だった。
自分より年上で、一児の母なのだから年を取るのはそうだろう。
それでもうまく隠してはいたが、蓄積した少し疲れが見えていた。
(まあそれも当然、か)
彼女の疲弊には訳がある。その理由は傍目から見れば明白。
前線に出ていた鷲尾家一人娘────十七代目ライドウは戦死したとされている。
しかし、それは表向きの理由。真実はなお惨い。
雨柳とて彼女がそうなった詳しい経緯は知らない。
分かっているのは彼女が、メシア過激派の大派閥が一つ救世主派に長期間洗脳されていた事。
雨柳の知人でもあるダークサマナーを厄島にて暗殺せんとし、彼によって倒され洗脳を解かれ、今は友人達と共に彼の元へいるという事ぐらいである。
付け加えるならば、戦いの際にシャドウが分裂し人格を得て、彼女が小学生だった頃の姿をとり<イザボー>と名乗っている。
全く以て奇妙なことが多いが、詳細を知らない部外者はそういう物だと納得するしかない。
洗脳されたとはいえ、過ちを犯した彼女は称号と立場、鷲尾■■という名を失った。
メシア救世主派という外道共に踏みにじられた。
そしてその最中に彼女は。いや、これはよそう。
(自分を責めてるよな。誰が悪いって訳でない苦渋の決断なのに。
俺はまだなってねえけど、親ってそういう物だよな)
――――鷲尾■■は鷲尾家の実の娘ではない。
早急に戦力が必要な時勢の為、必要とされた帝都を護る四天王を身に宿す<媛>、その候補として鷲尾家は分家の才能豊かな少女を養子として迎え入れたのだ。
本名■■美森という少女は、名家であるが故に果たすべき責務の為、年少の男児しかいない鷲尾家に召し上げられた。
無論双方の家も苦渋の決断の上の事であり、雨柳の知る限り鷲尾家の養父母は罪悪感を感じつつも迎え入れた大切な娘に、愛情を注いでいた。
けど、それが最悪の結末に終わってしまっては、どうだろうか。
(あの人の涙なんて見たくなかったぜ)
表向きは死んだ娘の近況を告げられた時の、恩人の目は潤んでいた。
少女に気取られないように雨柳はため息を吐く。
幸いなことに美森とイザボーは、幼馴染二人や新たな友人と共に、危険ながらも確かな幸福を感じながら生きている。
それはとても喜ばしい事である。雨柳としてもあの男には美森の親友、初恋の人の娘であり再び戦い始めた理由となった少女を救った事といい、内心幾ら感謝してもし足りないと感じている。
まあ野郎相手に素直に表すのは照れ臭いが。
少女達の今の在り様をもっと知ることが出来れば、あの人も救われるだろうか。
(今度会う時は何とか理由付けて写真でも……お?)
雨柳を先導する少女が足を止めた。
先の通路からやってくる人影がある。
「あれ? ミロ長どうしたんすか? 今は休憩時間のはずじゃあ?」
先導する少女が声をかけたのは、彼女の所属する部隊の隊長を務める少女である。
艶やかな髪に琥珀色の目をした少女の苗字は弥勒という。
雨柳もよく知る彼女は素直で明るい性格だが、どうも動きがぎこちない。
雨天故に傘をさしているが、そのさし方も少し不自然。
まるでなにかを、体の後ろに隠しているように。
「えー、あー、ごらんなさいあちらの空を。
雲の隙間から見える太陽が綺麗ですわね」
「あの、何も見えないんすけど……これってあっちを見てって事っすか?」
「……キレイデスワネー」「そっすねー」
下手な演技に呆れる部下の少女も弥勒に従う。
訝しむ雨柳だが、弥勒の意図はすぐにわかった。
彼女の陰にはまだ小さな少年が隠れていたのだ。
「君は……鷲尾さんの」
自分の傘を差しだしつつ、その少年が誰であるか雨柳はすぐに気づいた。
写真で何度か見たことがあり、さらに自身の恩人と何処か似た顔立ち。
紛れもない鷲尾家の一人息子だ。
「えっと、あの、<レイブン>の、おじさんにお願いがあるのです」
大人としても大柄な雨柳に緊張しつつも、少年は必死に言葉を紡ぐ。
膝を折り目線を合わせる雨柳の瞳が、少年の言葉を聞いて揺れた。
葛葉の里を訪ねた昨日に続き、本日も雨天。
冬には珍しい事に雨は何日も続くそうだ。
「僕思うんだけどさ、幼馴染百合っていいよね」
「なんだよ急に」
フェクダの撃退から約一週間後。
不穏にざわめきつつも、世の中が落ち着きを取り戻しつつある中。
雨柳は今日もまた、仕事に勤しんでいた。
車での移動中、戯けた事を言う助手席のシロガネの手には端末。
空いた時間に、小説でも読んでいるようだ
「最初はあまり合わなかった者同士が、色々経験していく内に互いを想い合っていく……素晴らしい事だと思わないか?」
「お、おう。よっぽど面白いんだなその小説」
「ノクターンギリギリだけど面白いよ。作者さんは間違いなく天才だね。
ただ挟まってくるイケメン君がすごいいい奴なんだけどなんかなあ。
なんか思い出すんだよなあ。何でかなあ?」
「思い出す事とは……?」
頭の中で灯る赤信号に首をかしげるシロガネ。
百合において徹底的に男を排除する過激派ではないが、どうも気になる。
なーんかこんな感じの奴を知っている気がするのだ。
(それにしても、僕のこの百合とかの嗜好も性癖の内に入るんだろうか?)
性癖。この言葉は雨柳達の中では忌々しい響きを持っている。
何せキリギリスやヤタガラスが幾度なく戦ってきたメシアの救世主派閥。
七元徳とも呼ばれる幹部は己の性癖を、教義の様に掲げているとか。
しかも彼らが押し付ける性癖は寝取られだの乱交だのキワモノ揃い。
一度会った斜に構えたペルソナ使い、救世主派閥幹部の一人を倒した男も彼等や彼らの性癖について語る時は心から嫌そうだった。
特殊な性癖を一方的に相手へ押し付ける彼らは、メシア過激派の中においても一際異様だ。
(ソフトな百合と純愛を愛好する僕からすると、理解しがたい事だなあ。
ましてや無理やりに他人に、それも女の子に押し付けるとは)
相手の都合や気持ちを無視した信仰の押しつけは、メシア過激派の通常営業である。
それが歪んだ性癖によるとさらに不気味。
余りにも他者への配慮共感を欠いていて、シロガネ自身自分やスクルドの様な悪魔の方がまだ人間的に思える程に。
(……人のやる事じゃないよな。全く)
イギリスの陥落や合法都市運営、そして数年前の屋久島における大量死にも関わる彼等の引き起こした被害は甚大。
数えきれない程の人間が地獄を見せられ、助けられても傷は残る。
そしてそれはこれまでも、これからもシロガネにとっては他人事と言い切れない。
「さ、目的地に着いたぞ」
「思ったより早かったね。
見た所変わったところはなさそうだけど」
雨柳達が訪れたのは、とある賃貸物件である。
東京某所にある長期出張者等の需要に応えたマンスリーマンション。
此処が今回調査すべき目的地だ。
「聞いた住所だと、ここ6階の2号室か」
「首都だけあって色々な物件があるものだね」
駐車した雨柳とシロガネはオートロックを渡された鍵で開け、階段から6階へと上がっていく。
昼であるからか、はたまた昨今の騒ぎで東京から逃げ出す市民が多いからか。
6階へ至るまで誰もすれ違うことはなく、無機質な廊下もあって何処か侘しい雰囲気がマンション全体に満ちていた。
「念の為僕が先に入る、だったね。
万が一
なんてことを言いつつもシロガネは扉を開ける。
悪魔、人間その他の待ち伏せなし。
放置され、埃が積もった一室が広がるだけ。
換気はされているようだが、それでも淀んだ雰囲気がする。
「待ち伏せ、トラップの類は無いか……。
召喚アガシオン。今日も頼むぞ」
刀から手を放し、管からアガシオンを召喚。
LVは一桁ながら雨柳が捜査に重用する妖魔は蛍光色のマグネタイトの光と共に一回転。
「その様子だとお困りのようだねサマナー。
お急ぎのようだし、気の利くボクは早速捜査に取り掛かるとしよう
その代わりそうだね……前テレビでやってた愛媛産の高級ミカンジュースが欲しいな」
「ああ分かった。ただ最近は物流混乱してるから来るまで時間かかるけどいいか?」
「いいよーMag以外の追加報酬だからね」
気のいいアガシオンは一回転、"現場検証"の特技に放電する。
Magを含んだ雷光はくっきりと埃っぽい床の足跡を照らし出した。
「結構長い間放置してたようだけど管理人とかが確認しなかったのかな?
ほら、家賃不払いとかでさ」
「この手の物件は家賃が前払い式の所も多い。
ここもそうなんだろ」
「そういう物か。足跡の先は……奥の部屋に続いているね」
照らし出された足跡は奥の寝室に続いている。
途中の居間の荒れ具合、必要な物を後の事を考えずに引っ張り出したような有様。
それを見て雨柳は眉を顰める。良くない兆候だ。
「む、扉が開けっ放しになってる。
ボクが見るに相当急いでいたようだねこの部屋の住人は」
「そのようだな。箪笥の中はやはり防具か」
閉まっている引き出しを下から開けさせつつ、箪笥の中を覗く。
中にかけられていたのはスペクトラコート。*2
横のクローゼットを開ければ、ゴルフクラブの様な細長いケースが一つ。
中身はないが、恐らく形状からすると槍だろう。
「武器と防具、それに使い捨てのアイテムがなくなってやがる。
これはいよいよまずいな」
「雨柳。こっちも確認してみたけど、冷蔵庫はほとんど消費期限切れの物ばかりだね」
二人の声が緊迫感を帯びていく。
彼らが捜している人物の、差し迫った状況が感じられた。
「早く見つけねえと取り返しがつかないことになるぞこれは。
ノートPCがなくてもメモやちょっとした走り書きでもないか探すぞ」
指示を飛ばした雨柳は自身の端末を確認。
依頼主である九十九機関からの続報は無し。
対象の行方は依然として知れない。
画面に映る対象、正確には"要保護対象"は十代後半の少女である。
群青色がかかった長い黒髪に、武道経験を連想させる凛々し気な面持ち。
すらりと健康な手足に女性的な豊かな体つき。
精霊の前立て*3を改造した、蒼白二色の髪飾りが印象的な美少女。
少女の名を
その名前は偽名ではあり、本人の情報保護の為雨柳は本名を知らない。
彼女は先日、九十九機関の保護下から脱走した。
危険極まりない行動の理由は、推測が可能だ。
彼女の思わず胸が痛くなるような経歴を、雨柳は知らされているから。
西日本の悪魔関係の家に生を受けた彼女は、血筋由来の悪魔の力が発現した事により外見はほぼ常人と変わらない物の、悪魔人間となった。
その力を使いこなす事で頭角を現したが、残念なことに家は京都と縁深い家系。
故に人身御供同然に捧げられそうなった彼女は、逃亡を選んだそうだ。
その後帝都に潜伏し偽名の本条二乃を名乗りデビルバスターをしていたが、仕事で組むことはあっても基本ソロで活動していたという。
それがいけなかったのだろうか。
彼女は去年の冬、行方不明となった。
その後発見されたのはセプテントリオンの前哨となる、悪魔組織の掃討において。
メシア教系列の悪魔組織を討伐した際に彼女は保護された。
保護され、九十九機関資本の病院にて治療を受けた彼女はフェクダ戦の直後意識を取り戻した。
精神的な衰弱が見られるものの、半分悪魔故の頑健さもあり回復は早かった。
しかし苦難の後遺症は重く、精神的な治療および肉体のケアを目的とした治療プランが組まれていたところで彼女は隙をついて逃亡したという。
(目的は装備をこのセーフハウスへ取りに戻った事からすると復讐か……)
己を踏みにじった者達への復讐。彼女の気持ちを考えれば当然だろう。
だが、非常に良くない展開だ。
血に流れる悪魔のLVの高さと、
高くはあるが、現在の東京の過酷な戦況では十分とは言い切れない。
それ以上に、程度回復したとはいえ精神がボロボロの状態で一人でいる事が不味すぎる。
(早く見つけて保護してあげねえと)
焦りに内心舌打ちしつつも、雨柳は手掛かりになりそうな物を探していく。
二乃が長い黒髪の少女で、知古の少女と重ねている事へ自嘲するゆとりもない。
「ん? この番号は安那ちゃんか」
そんな男の意識に割り込むように端末に着信。
電話をかけて来たのは、以前雨柳が助けた
前線に出ず、気がかりな情報を雨柳や知人のデビルバスターに報告している彼女とは、普段アプリで連絡を取っている。
「もしもし雨柳さんですか?
さっきメールがあった人を見かけて────」
その少女からの緊急連絡。声は切迫している。
安那曰く、友達と買い物帰りに治安が悪い地区を避けようとしたところ、その地区へ二乃が入っていくのを見かけたのだという。
思いつめた表情で、声緒をかける間もなく彼女は進んでいったとか。
「今ハイデマリーさん達と合流したんですが、まずいかもしれないです!
あそこはメシア系の団体のアジトがあるかもしれないらしくって」
「分かった。今すぐ向かうから君たちは安全第一で距離をとっていてくれ。
<魔導針>に15分で着くって連絡頼む」
返答する雨柳はもうすでにアガシオンをしまい、マンションの廊下を疾走。
万が一にも住人をひっかけないように留意しながらも、駐車場を目指す。
今度こそは間に合ってくれよと、祈りながら。
カラン、と空しい音を立て折れた槍が転がる。
「あ、ぎぃ……」
傍らに転がるのは、コートの下に各所が補強された衣装を着た少女。
髪留めが壊れ、長い黒髪が床に広がっている。
髪の合間から見える目には、眼前にいる者達への恐怖と苦痛。
「ったくこのアマ四人も殺しやがった。
突然入って無茶苦茶やりやがる」
少女に唾を吐きかけるのは、悪相の男。
このビルを根城とするカジュアルの犯罪組織を率いている男は、突発的な事態に顔をゆがめる。
殺された奴らに特に仲間意識がある訳でないが、この忙しい時期に面倒な事をしてくれる。
「まあ待て。見た所中々のLVだ。
面倒はかけられたが、その分を補って有り余る逸材と思わないか」
「んーまあそうっすね」
そんな男をなだめるのは、白地に蒼で線や紋章が記された装備を纏った騎士。
剣を持つ男は、メシア教会に所属するテンプルナイトであり、所属を示すように傍らにはソロネを伴っている。
| メシアン | テンプルナイト | LV56 | 火炎・氷結・神経に強い 破魔・呪殺無効 |
| 墜天使 | ソロネ*5 | LV57 | 物理に弱い 万能以外の魔法を反射 |
テンプルナイトはこのカジュアル団体に出資する
丁度飛び込んできた少女を制圧し、床の味を覚えさせた。
金と手間はかかるが、個々の力に欠けたカジュアル達にとっては頼もしい存在だ。
「中々の逸材が単独で君たちの所へ飛び込んできたのは幸運と言える。
マグネタイトの総量も多いが、見たところ顔も体もいい。
引き渡せばそれなりの金になるし、上の覚えもめでたいはずだ」
顎をさすっていたテンプルナイトは、ふと何かに気づいた様に首をかしげる。
そうして得心した様な声を上げた。
「いや……これは予想以上の上物かもないぞ。
この娘見たことがある。少し前に無くした<審問長>殿のお気に入りだ」
「審問長? お偉いさんっすか?」
審問長。その名を聞かされた二乃の肩が、びくりと震えた。
少女が感じるのはこれまでの物理的痛みゆえの苦悶とは違う、恐怖による悪寒。
少しでも自分を遠ざけようと、うずくまったまま体を丸める。
悲鳴すら上げられない少女に駆られる嗜虐心。
テンプルナイトの口元が醜く歪んだ。
「私の上官でな。傘下の組織に世話させてた娘を奪われて大層遺憾なようだ」
「あー最近護国側に着くフリーが多いんだったか?」
「キリギリスとかいうらしい木っ端どもだ。
我らが<希望>と<博愛>が堕ちた北海道の件のも関わっているらしい」
震える少女を眺め、騎士はため息を吐き捨てる。
騎士が思い浮かべるのは、彼が信仰する金髪のオッドアイの少女。
彼女が無事であるのは善い事だが、上司の信仰する<希望>は北の地にて儚くなった。
失望を思うと、特別に仲の良い訳ではないが同情を禁じ得ない。
テンプルナイトや彼の上司である審問長等、現在日本に展開するメシア救世主派の一部は、本来バチカンを乗っ取ったメシア本流より派遣されたお目付け役である。
だが待ち焦がれてきた救世主と、彼女に連なる七元徳に
覚醒した性癖を満たす歓喜のままに、各自信仰する七元徳の忠実な手足となり暗躍してきた。
似た者同士であるからか、彼のお気に入りを届けようという程度の善意はある。
それが地獄を見た少女の、心身をさらに踏みにじる行為だとを知っているが抵抗はない。
自分も彼も、何を犠牲にしても性癖を満たす事が至上の歓びであるから。
「彼も喜んでくれることだろう。君たちの覚えもめでたくなるな」
「へえそりゃいい! 四人死んだ甲斐あったな!」
けたたましく笑い、下衆な言葉で未来予測を語り合う二人の男。
気軽な会話から予想される暗黒の未来。
動けない少女、本条二乃は悲鳴を上げた。
「…………!」
声にもならない、彼女の苦悶する魂の中でのみ響く悲鳴を。
「そうだ、折角だし楽しんで行かないか。
審問長はそういうのが好きでね。むしろ穢れた方が喜ぶ」
「メシアのお偉いさんはぶっ飛んでんなーそれじゃお言葉に甘えて」
四つ目の墜天使が、少女の苦悶を嘲笑する。
我欲に満ちた男が少女の身体にに手をのばす。
脳裏によみがえる記憶が、五感を陵辱する。
忌まわしさが少女を魂を嬲る。
またしても、助けを呼ぶことすらできないまま、少女は地獄へ堕とされようとしていたが。
「あっクソ、いいところで、どうしたァ?」
『ボス大変です! 侵にゅ』
カジュアルが端末からの着信に、毒づき応答するその最中。
刹那、窓が砕けた。
砕けた窓から飛び込んでくるのは、黒いコートの、鍛え上げられた男。
美しい退魔刀を手に、仲魔二体を伴う男はすなわち雨柳である。
「が、ひゅべっ!?」
「奇襲だと! 猪口才なあっ!」
文字通りの乱入剣でカジュアルの頭部を切り飛ばすが、流石にテンプルナイトは動きが早い。
雨柳の斬撃を回転切りで切り払い、反動を利用し回し蹴り。
人間の頭をスイカの様に砕く蹴りを、半身で躱す。
「砕け散れぇいっ!」
そのまま襲い来る返礼の斬撃。
雨柳の頸を切断せんとするギロチンカットにも、男は動じない。
「スクルド」
「分かってるわサマナー。
合体の成果を見せましょう」
一瞬の迷いもなく雨柳は後退────抜け目なく二乃を掴んでいた。
反対に前に出るスクルドは艶然と微笑み、片手で剣を受け止める。
衣装すら切り裂けず凍り付いた様に、動かない剣に騎士は目を見開く。物理無効!
「お返しよ。────フレイダイン」
至近距離からの核熱属性魔法が直撃。
紫炎に照らされる室内をテンプルナイトは転がっていった。
(高位悪魔を連れた手練れの剣士! ヤタガラスの襲撃か!?
なんとタイミングの悪い!)
重傷を負った騎士はそのまま、壁を蹴り後退。
端末からはカジュアル達の断末魔が響く。
明らかに包囲され襲撃を受けている。
「守護天使様撤退を! これは分が悪いっ!」
続いて入ってきたデビルバスター二人、銃器を携えた長い白髪の眼鏡の美女と、妖精を伴った金髪の美少女が視界に入る。
彼女達の
「させるかよ」
1発目と2発目を雨柳は刀身で弾く。間隙を縫って放たれた変則軌道の3発目――――二乃の頭部への直撃は、身を盾にして防いだ。
うめき声すら男は上げない。この程度の負傷等一顧だにする事はない。
「ガードキル入った! 今だよ!」
「援護感謝します!」
シロガネがソロネの火炎に耐え、電撃ガードキルで耐性をたたき割る。
其処へ浴びせかけられるのは白髪の女性の電撃弾斉射。*6
「が!? ぐっ……! ぎいっ!」
殺到する電撃属性攻撃が手足に突き刺さり、テンプルナイトは痙攣しSHOCK状態。
駄目押しの様にスクルドの天扇弓によって、ソロネもろともハチの巣にされる。
「守護天使様がっ、だがまだだ。俺の信仰はまだ」
「────終わりだ」
ロザリオの効果で回復し立ち上がるも、既に雨柳が踏み込んでいた。
防いだ剣毎、文字通り唐竹割りに叩き斬る。
壮絶な斬撃にテンプルナイトが頭頂から斬り裂かれ、真っ二つにった。
後に残るのは、両断された死体のみ。
「逃げる前に畳みかけられて良かったな。
このまま挟み撃ちと行こう」
「そうですね。何人か迎撃に来ていますし」
建物内にはまだ敵が残っている。
聞こえるのは、こちらへ速足で近づいてくる足音。
硬質な音からすると銃器付きだ。
さらには性質を考えるなら、まだ救助対象がいるかもしれない。
「私はこの子連れて下がるから。
ハイディとおじさんも気を付けてね」
「ああ。スクルドはそっちについていてくれ」
「分かったけど……あまり無茶しないでねサマナー」
雨柳の負傷を治療したスクルドは、少し心配そうだ。
己の仲魔に対して心配するなと励まし送り出す。
退避する少女を背に、雨柳は刀の血を振り払う。
雑念を捨て集中し、敵へと向かっていった。
霧のような雨が根強く降る東京の夜。
雨柳が先日新に構えた事務所からは、灯に照らされる雨粒が良く見える。
カタカタと鳴り響くタイプ音も、軽快な音を残して絶える。
長くなったがこれで終わりだ。
「これでよし、と」
得られた情報の報告を終えた雨柳は一息つく。
今回急襲したカジュアルからは予想以上に多くの情報が得られた。
フェクダ戦の前後の掃討までに得られた数々の情報と合わせれば、一財産と言っていい。
特に今回テンプルナイトを複数抑える事が出来たのは、非常に大きい。
メシア救世主派閥の幹部たち、その手足となり暗躍し護国勢力を襲撃するほか、輸送や資金物資の調達を行っていた下部組織。
その中でも大規模な物の一つを捕捉することがほぼ出来た。
数日以内にヤタガラス及びキリギリスによる掃討作戦が始まる事になっている。
成果は大きく、雨柳の手柄ともいえるだろう。
しかし次の戦いに戦意を漲らせるわけでのもなく、雨柳の顔は浮かない。
戦いの後に見た光景を考えれば、とても喜んでいられない。
(ごめんなさいごめんなさいごめんなさい迷惑をかけてごめんなさい。
謝りますから償いますから酷いことしないでくださいごめんなさいごめんなさい)
保護された二乃は、安堵するのですらなかった。
ただ恐怖に目を見開き涙を流し、壊れた蓄音機の様に謝罪するのみ。
その様は彼女が下劣に開かれた傷の、深さを物語っている。
(お願いだからやめてくださいっもう穢されるのはやだあ……!)
悲痛な叫びは、少女がパトラで強制的に鎮静されるまで続いた。
痛々しい有様は、こちらの胸も搔きむしられるように感じさせる。
今回共闘したキリギリスも目を伏せ、沈痛な顔をしていた。
昨日の今日である故、雨柳としても気分は思い。
10年以上前から嫌という程に見てきた犠牲者に、慣れることなどない。
ふぅ、と吐き出す息が重い気がした。
「巧さん。ちょっと入っていいですかー」
重い空気を断ち切るような軽いノックの音。
どうぞと返事をすると入ってきたのは、車椅子に乗った御影。
年は5歳ほど離れているが、雨柳が十代のころからの付き合いである実質的妻だ。
夜遅くにどうしたのかと聞けば、雨柳の様子が気になったとか。
「あー、俺結構物憂げな顔してたか?」
「はい。復帰してからは珍しいくらいでしたね」
雨柳は再び戦い始めてから大分前向きになった。
元より周囲の人間には感情を隠すのが下手な男である。
精神の状態がどうであるかは付き合いの長い御影には手に取るようにわかる。
(少し前……あの名称を変更しろと抗議したくなる名前の18禁シティ*7に行った時くらいかな?
あの時は巧さん、銀ちゃん居たのにあまり元気なさそうだったし)
御影もキリギリス掲示板にいる為、雨柳は普段話さない関わった事件の内容についてもある程度知っている。
堕落に沈んだ町や非合法な都市の惨禍はそれは酷い物であり、女子供が傷つく事態に繊細な雨柳の性格を考えればダメージを受けるのも無理はない。
「やっぱり付き合い長いだけあって御影さんは何でもお見通しだな。
…………今回もひどい目に遭った子がいてさ」
今日久しぶりに会った安那は、かつて雨柳が救う事が出来た少女だ。
だが救う事が出来なかった人も多い。そもそも踏みにじられている事すら、知らなかった人も。
特にあちこちで毎日のように事件が起きている今の時代では。
「あの子が酷い目に合うのを防ぐ機会すらなかった俺は、苦しんでいる子達の為に俺は何ができるんだろうって」
事態はかつてライドウだった子の時の様に、気づけばもうすでに手遅れ。
なんて、柄にもなく分不相応な事を考えている。
「そうですかあ……全くそういう所ばかりは変わりません、ね。
ねえ、巧さん私って子供の頃は可愛くて、今は美人ですよね?」
「えっそりゃ当然そうだが」
手を広げた御影を自分の横に下ろしつつ、雨柳はあっさりと答えた。
もう、と感情をこめて呟く御影の髪が少し触れてくすぐったい。
「そんな昔は可愛く、今は美人の私もまあ嫌な思いを色々することがあったわけですよ。
何分子供の頃からこの足ですからね。肝を冷やした事も……何度か」
世の中には自分より弱い相手に対し、どこまでも残酷になれる人間がいる。
ましてや相手が外見や知性で、自分が及ぶべくもない相手なら、なおさら。
雨柳巧という、力で言えば今も昔も強者の側に立つ男に、庇護され続けている御影はその残酷さを良く知っている。
「でも巧さんやこまどりの先生、それ以外にも友達がいてくれたから結構幸せなんです。味方になってくれた人たちがいたから」
それだけの事でいいんです。と雨柳の賢い幼馴染は続ける。
「苦しんでいる子がいたら味方になってあげてください。
やり方はその時その時で、少なくとも君の敵じゃないよって伝えてあげる。
それだけの事でいいはずです」
可憐さを残した顔立ちでの柔らかな微笑みが、雨柳の瞳に映る。
積み重なった重荷がだいぶ軽くなったような気がした。
「それだけの事で……いいんだろうか」
「いいんですよ! ほら、あなたの幼馴染のいう事が信じられないんですか"お兄ちゃん"は?」
「久しぶりだなあその呼び方。ん、ありがとうな。
お陰で俺がやるべきことが分かった」
ふぅ、と軽くなった息を吐く。何も鬱々考える事はない。
キリギリス参加以前から参加して今日に至るまで、雨柳が積み重ねてきた物は確かにある。
特に最近得た繋がりの中には、
大人として、悪魔召喚師としてやれることは確かにある。
昨日頼まれた事とてそうだ。機会すらあれば誰でもできる事だとしても。
「ただ一人の人間としてやれることをやってみるさ」
「その意気です。キリギリスに参加した時の、原点回帰ですよ巧さん」
雨柳巧が人の縁に恵まれた証、その最たる存在と考えている女性。
御影は、柔らかに笑った。
後篇はガッツリメガテンバトル、明日投稿予定です