真・女神転生オタクくんサマナー外伝 -アナザーキリギリス- 作:ローグ5
今回は雨柳の仲魔である軍神スクルドの強化回です。
巨大な蹄がずし、と大地を踏みしめる。
関西地方が京都、かつて丹後の国と呼ばれた地域にある異界。
寒々しい有様の異界に君臨する悪魔がいた。
黒ずんだ牛の身体に、目のない老人の顔。
胴体に乱雑にちりばめられた目は黒紫の輝き。
この地に眠っていた秘神の姿は実に奇怪。
何処か牛身人頭の悪魔クダン*1を思わせる秘神は、しわがれ声で咆哮し荒れ狂う。
動きに巻き込まれないように、距離をとり随伴するは白装束。
彼等はメシア教の過激派。覚醒した秘神をいかなる手段によってか堕とし、京都ヤタガラス落日後乱れた霊的防御の隙をつかんとした者達であった。
彼らが意図するは、復活した秘神を前面にたてた
京都の守備に就いている護国戦力は、曲がり長りにも巨大な組織であった京都ヤタガラス健在の頃とは比べ物にならない程度で与し易い。
京都市街地への大被害により、西日本におけるヤタガラスの影響力をさらに弱め、怨敵たる帝都ヤタガラスへの間接的出血を強いる。
迂遠ではあるが、上に命じられた作戦は今後の布石として納得のいく物であった。
入念な準備、充分な戦力を揃えた上での作戦。
成功の目算は高い物であったが。
「テトラジャしてるとはいえ呪殺弱点か。
ならこれだね」
≪外法真剣*2≫
外套の男──
不吉なる輝きは秘神の体よりもなお暗く、不穏な吸引力を秘めていた。
「これで、終わっておけ!」
腰を低く落とし、斬り上げ、返し斬る。
斬影にて十字を描くは、文字通りの十文字斬り。
幾多の悪魔を屠ってきた、男の剣閃は鋭い。
秘神は四つに切り裂かれ、崩れ落ちた。
「馬鹿な……!」
強化を施した、機械式にして70に至る悪魔。
それがなすすべもなく滅ぼされた事にメシアンは目を見開く。
彼等の不運は
以前帝都の拠点が潰された際に奪取された情報*3、其処から繋がりを辿られたのだ。
雨柳の刀に吸収されるマグネタイトの奔流と裏腹に、メシアンは後退。
すでに主力たる秘神を始め、多くの戦力が倒されている。
此処は逃げの一手──そう、うまくはいかない。
「逃がしはしないわ」
雨柳の仲魔、軍神スクルドが高速で回り込み退路を塞ぐ。
美麗な戦乙女たる神格の手には大身の槍。
「っ! 舐めるな!」
されどメシアンも腕には覚えがある。
LV60overの身体能力にて、固い地が砕ける程に踏み込み。
振り下ろされる剣より伸びるは、真空刃。*4
咆哮する風の刃が軍神を切り裂く。
衣装の一部が、白い肌が斬り裂かれ血が飛ぶが。
(この程度で斃れられないでしょう)
怯むことなく地に足を付け、腰を落とし旋回。
血をなびかせて放て大身の槍で一撃。
≪モータルジハード≫
聖戦の名を冠す真っ向からの強烈な一撃が、メシアンを叩き潰した。
「ふぅ……」
異界近く、仮設置された拠点の一角。
スクルドはお茶を片手に一息ついていた。
メシア過激派と秘神を殲滅し、異界の安定化処置が済んでまだ間もない。
秘神と同じ技芸族分類のスクルドは多少手伝い、また何かあれば修繕を行うつもりだ。
その為に管に戻らずまだ待機している。
(収穫があったのはなによりね)
彼女の手には形状、色合いと共に奇怪な鋼が二つ。
技芸神金*5と呼ばれる素材。
片方は秘神、もう片方は以前スクルドから飛び散ったマグネタイトが結晶化した物。
高LV悪魔が跋扈する現在においても希少な素材は、雨柳が求める刀に必要な物。
葛葉の技術によって鍛造される退魔刀に。
(まさかサマナーがまた葛葉に近づくとは)
スクルドはお茶を啜り、遠い目をする。
自身の断片的な、今の身体に成ってからの記憶ではここ数年雨柳は葛葉と距離をとっていた。
帝都ヤタガラスを離れてもある程度のつながりはあったが、5年前のシュバルツバースで先代のクズノハ四天王2名が死んでからは、意図的に遠ざかっていたはずだ。
そういえば「あの人たちが死んで何故俺が」とか言っていた気がする。
全く以て自責の念が強い男である。
それがキリギリスに参加してから、再び葛葉とつながりを深め、驚いた事に過去周回の弟子まで出て来た。
当然過去周回とかあまりにも信じがたい事だからレイにアレコレ聞いてみたが、ヤタガラスの腐敗はともかくとしてレイブンの行動思考は、間違いなくスクルドのサマナーのそれだ。
似すぎちゃってどうしようってなるくらいに。
まあそんな訳で雨柳は帝都の葛葉一族と、以前より深いつながりを持っている。
指揮下にあるわけではいないが、物資や資金、情報の供与を受ける関係。
葛葉の施設も許可をとり、都合が合えば使える。
故に新たな刀を創り出し、さらに装備を改良し、そして。
(御霊で葛葉式の悪魔合体、しないと)
神道系召喚術は修練を必要とするが、その分隠し身や召し寄せといった独自技術の他、幾つもの恩恵がある。
その一つは合体により情報量を増せば多くのスキルを内包可能な点。*6
扱いは難しくなるが、うまく行けば単体の悪魔の戦闘力を底上げ可能だ。
スクルドは軽く拳を握る。
現在の彼女の
顕現してからの激戦に次ぐ激戦で力を上げた。
力は現在の器を超え──
(確実な根拠はないけど、確かにそう感じている。
次の段階に、私自身が進む時が来ているって)
その為に必要な最後の1ピース。
取り込むべき悪魔の力は、もう決まっている。
雨柳巧の仲魔軍神スクルドは、元は妖魔ディース、それも未熟な個体であった。
ダークサマナーに捕らわれ、サンドバッグとして扱われていた所をまだヤタガラスに居た頃の雨柳によって救われ仲魔になり。
それからやむにやまれぬ事情で悪魔合体するまで、彼の仲魔をしてきた。
帝都ヤタガラスを抜け、鬱屈しなおも人助けをして、キリギリスに参加してからも傍にいて。
少し前の合体で、ディースの面影を有したスクルドとして新生した。
ディースとスクルドという悪魔間の関係性故か、疑似的なハイレベルアップに近いようで、常の悪魔合体よりも記憶や感情の引継ぎも多い。
故に雨柳がどういう人間かは、それなりに知っている。
悪魔召喚師にしては、感傷的ですらある男。
だけどそんな男だからこそとスクルドは思う。
業魔殿の一室で枕を抱え、転がりながら。
「レイやロゼの分も必要なデビルソースや悪魔は揃ったわね」
「ああ、しっかし俺がヤタガラスいた頃からは考えられない質と量だよ」
ケースに収めたデビルソースを確かめながら雨柳は呟く。
今日はレイロゼへの分も含め、今後使用する合体素材の入手の為来ていた。
自分がヤタガラスに居た頃は、もう少し人も少なく貴重な素材も集まりにくかった。
だが今日はサマナーやバスターで溢れ、検証勢が悲鳴を上げ、様々な素材が取引されている。
若いころから世の中変わった物である。
「高位悪魔のデビルソースがこんな簡単に手に入るなんて。
私の分も含め、高位の悪魔の物ばかりなのに」
「つながりも増えたからなー」
雨柳が今日取引し入手したのは高位悪魔のデビルソースが幾つか。
いずれも何年か前なら所有権を巡って争いが起きかねない貴重な品だったはずで、簡単に手に入った事に困惑を禁じ得ない。
さらに、雨柳が持つのは<ジョーカー>を通じて得た紹介状。
とある占い師に合う為に必要なそれは、明日の合体の下準備に使う。
「とにかく、これで俺達の準備も整ったな」
「ええ」
明日午後から葛葉の里の一つ、合体施設を有する里にてスクルドは次へ進む。
御霊合体においてある悪魔──
変則的ではあるが、これまたハイレベルアップに近い処理だ。
「しかし……我ながら変な悪魔もいたものね」
「そうか?」
「だってそうでしょう? 確実に強くなる合体ではなく。
悪魔が直感みたいな方法を選ぶなんて」
悪魔合体を知った者が最初に驚く点として挙げられるのは、悪魔自身の合体への抵抗の無さ。
力を渇仰する悪魔は驚くほど簡単に別存在への変化を了承する。
彼等悪魔にとって性別や姿形は固執する様な物ではない。
人間とは違う生命体で、思考も本能も違う。
それが悪魔である事を、合体を通じて実感する者は多い。
「こうすれば強くなれるなんて、自分の直感に従って行動する。
まるで人間みたいで可笑しい」
「そうは言っても予感がするんだろ?
捜査でも戦闘でもそういうのは大事だ」
「直感的にだけどねー」
スクルドはしばし目を閉じる。
あくまで自分自身が、かつて合体で得た力を更に高める。
経緯と言い実に悪魔らしくない。けれど。
「10年以上も仲魔をやっていればそういう事もある、か」
「そうだな悪魔も人も分からないことだらけだ」
「ミトラも知らない間に魔神から魔人にジョブチェンジしてたわね」
キリギリスの発起人の仲魔たるミトラとは何度か会い、擬態能力の助言を得ている。
少し前に種族が変わっていたが、彼女もまたスクルドのように何らかの事情があるのだろうか。
なんにせよ、彼女のように強くなる。
それはスクルドの純粋な願いだ。
「今回の悪魔合体で私は強くなるわ。
これからの世界で戦っていく為に。
あなたの剣であり盾、仲魔であり続ける為に」
現行世界の戦況は過酷である。
世界を滅ぼそうとする強大な者達が幾つも蠢き。
更に新たな敵も過去世界から現れている。
現在LV74。かつてとは比較にならない強さの雨柳でも対応できるかどうかわからない。
(だけど、私は仲魔だもの)
スクルドは雨柳の仲魔、契約し共に戦う存在だ。
いつかは
だけど今しばらくは再度力を得て、契約者の為に戦う。
それが契約であり、願いだ。
雨柳はかつてディースと共に居た時から、多くの事が変わった。
それでも大切な所は変わっていない。
法と混沌のはざまで誰かのために戦う。
(これからも忠誠を捧げさせてもらうわ。
ちょっと抜けてるけど、誰かの為に戦う、私の敬愛するサマナーへ)
「……そうか。これからもよろしくなスクルド」
「明日は頑張って……ていうのは変だけどなって見せるわ。
他の召喚師があなたを羨むくらいに」
だからね、とスクルドは雨柳の隣に転がる。
寝ころびながら見上げるのは、自分より背の高い男の顔。
身長は今くらいがちょうどいいかな、と思った。
「今日は隣にいていい?」
承諾した男に手を触れつつ、案外自分も変わっていないのかもしれないとスクルドは思った。
帝都某所、和風の建物が立ち並ぶ葛葉の里。
様々な意味で葛葉の里のセキュリティは厳しい。
その一環として帝都だけでもリスク分散の為に複数の里が存在し、中には空の里もある程だ。
この里は葛葉一族の家は他より少なく、各種の備蓄や悪魔関係の施設が幾つか。
補給拠点としての要素も強い。
「探知用の器具は入れたか?」
「入れた入れた。ネズミどころか虫一匹見逃さないぜ。
しっかし結構重要そうだな里での会談」
「まあだからこそ三好が取り仕切るんだろ。
俺達は万が一に備えて掃除を済ませておこう」
今も物資を搭載した車両が、護衛と共に密かに出立していった。
大打撃から立ち直りつつあり、少しは余裕が出来ていると言ってもまだまだ仕事は多い。
戦闘員のみならず、事務等裏方も大忙しだ。
力が求められる今の時勢だからこそ、支える裏方の働きは重要。
装備や道具を揃え、環境を整え、情報を管理し操作する。
彼等の諸々の働きがあるからこそ、適切な時と場所で戦士たちは力を振るえる。
当然の道理をわきまえぬなら、如何に強かろうと何処かで躓く事だろう。
故に葛葉において裏方の者達は確かな敬意をもって今日も務めている。
それは悪魔召喚師に必須の、悪魔合体施設においても。
里の一角にある屋敷の地下、長い階段を下りた先には、広い部屋があった。
部屋には幾つもの設備が整然と揃えられ、悪魔合体の秘術を駆使する時を待っている。
この部屋を統括するのは20代半ば程、よく似た悪魔合体士の姉弟。
かつて大正の頃使われていた古式合体に通じた彼等は、雨柳を前に軽く頭を下げた。
「当館にようこそ召喚師レイブン。いや雨柳先輩」
「お久しぶりです雨柳さん。
御影姉はお元気ですか?」
「ああ久しぶり二人共。
御影さんなら今も元気だよ。今日も二人によろしくってさ」
ついでに言うならば二人は元孤児で、雨柳の実質的な妻である御影と同じ、養護施設こまどりの出身者。
悪魔合体士としての素養を見込まれ、戦士ではない道を選んだ二人。
今もGP上昇に対応し、忙しい日々を送っているようだ。
「レイとロゼは昨日来たようだがどうだった?」
「二人共知っている合体方式と大分違ったようで困惑していましたね。
ただこちらの説明に的確に質問していたよね?」
「そうだね姉さん。随分と頭のいい子達だった。
すぐに最適なやり方を選べるようになるよ」
そうだろうそうだろうと自慢げな顔をする雨柳。
自分が面倒を見ている子達が褒められるのは気分がいい。
それを見て二人共変わらないなと、顔を見合わせ微かに笑う。
「そろそろ合体に取り掛かろう──スクルド」
「ここに」
召喚されたスクルドは合体設備を一瞥。
木で出来た四角い籠が二つ並び、頑丈な鉄の柱で吊り下げられている。
柱が伸びる先には、紋様の刻まれた円形に象られた天井。
ここで自分が合体をするのだと思うと、少し感慨深い。
「まずはデビルソースを使った合体ね。
片方は御霊と」
「よろしく頼む」
姉の方が並んだ機械の一つを操作。
二つの籠がほのかに青く輝き、二つの籠の前で円筒がせりあがる。
雨柳は円筒にデビルソースを置き、片方の籠に御霊を召喚。
そうしてスクルドに向き直る。
「サマナー、また後でね」
「ああ、また後で」
短く言葉を交わすとスクルドは籠の中に入る。
カシャ、と軽い音がして扉が閉まった。
悪魔合体の開始だ。
籠が天井近くへせり上がり、天井が青白く発光。
電光が瞬き、籠が連結され重々しい音が響く。
そうしてまた、連結された籠が降りてきた。
白煙に包まれた籠を雨柳は固唾をのんで見守る。
悪魔合体は予期せぬ
合体士の腕を信頼しているが、それでもなお緊張する。
籠の連結が解かれ扉が開き、進み出る悪魔は。
「──そんな顔しないでサマナー、合体成功よ」
装いを変えたスクルドであった。
神秘的な
すらりとした女性的な肢体を包む黒いインナーの上から膝丈までの蒼い衣装を纏い、鍔広の帽子をかぶり以前より魔女的な印象が強い。
手に持つ槍もまた大身の槍も、杖にも見える蒼い宝玉をはめ込まれた形状。
その姿はデビルソースにより最後の条件を満たし、存在を昇華させた証。
「私は軍神スクルド・スカディ。
試練を乗り越え良き未来を共に目指しましょう」
\カカカッ/
| 軍神 | スクルド・スカディ | LV73 |
| 状態異常に強い 物理・破魔・呪殺無効 氷結吸収 火炎に弱い |
北欧神話の女神スカディ、一説にはスクルドと同一視される女神の力を取り込んだ姿。
放射される力は以前よりも格段に多く。
それでいて以前と変わらない顔で、スクルドは微笑んだ。
「だから今後ともよろしく、私のサマナー」
「今後ともよろしく」
二人は視線を交わし、握手を交わす。
人と悪魔と異なる生命体。
されど紆余曲折を得てきた彼らには確かな信頼があった。
互いを互いに思う心が。
「スキルは……よし、次は特技揃えていくぞ。
思い出特技は6、MAXまで行けるからな」*7
「そうね……! もてあませしてたスキル枠をフル活用させてもらうわ」
ヤタガラス時代にランクダウンとアップを駆使し思い出特技を増設した仲魔を創り、スクルドの前身たる仲魔の合体素材にした甲斐があった。
細かな事であるが、過去の積み重ねが今に活かされているというのはいい事だ。
合体士の負担は増えるけど。めっちゃ増えるけど。
雨柳の眼には悪魔合体への決意が燃えている。
ある占い師にしてもらった禁忌・天運占い*8。
これで引き上げた運で、良い結果を引き寄せられたから。
スクルドの強化にリソースを投入する。
今がその時だ!
「思い出特技は予定通り引継ぎの物はそのまま、フィーバーで特技狙うぞ」
「狙いはあのスキルとして、宝石の用意はいい?」
「この時の為に取引で色々溜めてきている。
それとマカラが残っているなら昔取った杵柄だがアレを入れていく」
合体終了後即座に、手書きのノートを手に顔を突き合わせ雨柳とスクルドは更なる合体を検討。
予め算出した合体後のスキルの予想を基に、幾つもの御霊でのスキル付与プランを想定。
特に重要なのは葛葉式でしか出来ない思い出特技の付与。
今のLVとリソースならば以前は手が出なかった物に手が届く事もあり、彼らは真剣だ。
「……10分はゆとりがあるわね。お茶入れて来る」
「ありがとう姉さん。っし、気合いを入れるぞ!」
他方合体士の姉弟もまた次の合体に備えて気合いを入れ直す。
スクルド・スカディになって終わりではない。
これから御霊合体に依る過酷なスキル調整が始まるのだから。
召喚師も悪魔も合体士も、取りつかれた様に真剣な目をしていた。
悪魔合体とは、過酷で奥深いのである。
「……最近知ったけど悪魔も人間と同じように疲れるのね……」*9
結局、スクルド・スカディの御霊強化は深夜まで続いた。
この日も多くの人が行きかう帝都東京。
一千万を超す人々が生きる都市は、ひとまず平穏に見えた。
その理由の一つはアストラルシンドロームという奇病にかかった人々の快復もあるだろう。
アストラルシンドロームとは、精神的に疲弊した者が突如昏倒し目覚めなくなる奇病。
昨今の社会不安のせいか患者は増加の一途、その数は国内で数千以上、海外に至っては測定不能とすら言われていた。
水面下で患者の安楽死法案すら進む程に重大な社会問題となっていたが、ある日患者が一斉に意識を取り戻した。
しかも少なくない数の患者が社会復帰に前向きだというのだ。
安楽死推進派の政党が避難を浴びるという事もあったが、世間の人々は久しぶりの朗報に好意的で、患者の社会復帰も進みつつある。
そんな以前より少し良くなった東京の街を歩く少女がいた。
濃い紫色の髪に帽子、真新しいヘアピン。
少し上目遣い気味で大人しそうだが、可愛らしい顔立ち。
そんな彼女の顔立ちは明るい。
彼女もまたアストラルシンドロームから回復した元患者。
体が順調に回復した彼女は裏腹に精神的な回復は遅れていたが、ある人物との出会いをきっかけに精神も急速に回復していた。
『病気や怪我が治って退院するのよ。
これからはいいことしか起こらないんだからやったぜって笑うでしょ♪』
そう言って笑いかけてくれた恩人と今日は、まだ入院中の人のお見舞いに行く予定だ。
食べやすい果物とかを一緒に買って、一緒に人助けをする。
それだけで気分が明るくなってくる。
深く傷つき自ら死を選ぼうとした時からは考えられない程に、少女は元気になっていた。
特に前と違って夜しっかりと眠れるようになった事が大きい。
親切な誰かがお休み、と泣いている彼女を寝かしつけてくれたのかもしれない。
そんな空想は少しばかり、都合が良過ぎるだろうか?
「……アル様♡」
敬愛する人の名前を呼び、周囲に気を付けつつ歩いていく。
事故とかにあったら痛いし悲しむ人がいるから、安全を大事に注意して進む。
少女は今、元旦の日の出のように明るい未来を見上げていた。
「……対象は無事に通過したか」
雑居ビルの上で、女が呟いた。
怜悧さと野性味を併せ持った端正な顔立ちの女の手にはGUMP。
背後に控える強力な悪魔と合わせて、それは彼女が悪魔召喚師である事を示す。
鋭い目で一瞥するのは死体。
彼女がたった今倒したダークサマナーだ。
このダークサマナーは京都ヤタガラス及びガイア教とつながりが深く、拉致や破壊工作等といった非道行為のアウトソーシングをしていたらしい。
京都ヤタガラス壊滅後は関東に移動して、暗躍していたというが。
選択の結果として、男は屍を晒すことになった。
悪魔召喚師には良くある死に様だ。
尤も男の目的──アストラルシンドロームの元患者の拉致を考えれば因果応報と言えるが。
「こちらオスカー1。
増援の気配は無し。ソイツ単独のようだな」
「こちらホヅミ。了解した。
奴の所持品を漁る。周辺警戒を頼む」
「オスカー2了解。
対象の警護を続行する」
帝都ヤタガラスといった護国勢力が察知した元患者への襲撃。
対応する為に選抜されたメンバーはなかなかの粒ぞろい。
PMCミスリルの人員は手際が良い。
警戒しつつも、ホヅミと名乗った女は死体の懐を漁る。
が、流石に用心深く最低限の所持品しかない。
此処はCOMPを持ち帰り、情報を抜き取るしかないだろう。
(何がしたいかは知らないが……クズ共め)
目的などホヅミにとっては知る由もない。
だが、ようやく回復してきた病人を狙うには反吐が出るような理由があると予想出来た。
背後関係が判明次第、自分の様な者達が攻撃を仕掛けるのだろう。
(と、なるとアイツも来るのか?)
ふとホヅミはある男の事を思い浮かべた。
レイブンと呼ばれた、彼女の生きた周回におけるヤタガラスの最精鋭の一人。
かつてある事件でPTSDを患い後方へ引っ込み──世界滅亡が迫る中、何を想ったか腐敗しきったヤタガラス首脳を滅ぼした男。
男はこの周回においても戦い続け、今ではホヅミの属する彼方の御国と協力するに至っていた。
(まさか、また肩を並べる事になるとはな)
ふぅ、とホヅミは息を吐いた。
味方になるならば、頼もしい召喚師ではある。
奴やミスリルと協力して戦いに臨めるならば結構な事だ。
以前と違い、過酷ながらも閉塞感のない世界であるからか。
柄にもなくそう思った。
後篇はガッツリバトルの予定。今回強化されたスクルド・スカディの力も見せていきます。
連休中には投下していたいところです。