真・女神転生オタクくんサマナー外伝 -アナザーキリギリス- 作:ローグ5
日本の中心地たる東京、その中でも政治的中枢たる千代田区霞が関。
それぞれの建物は当然ながら警備が厚く、あらゆる侵入者を寄せ付けんとしている。
近年では政府直轄のDB部隊も配備され、悪魔への対応力も充実。
ある都市を除けば、この時代の日本において最も厳重に警護された場所の一つであった。
「────君は≪須摩留≫をどう思う?」
その一室で口火を切ったのは、年長の男。
デスクワーク中心のせいか、公称で50近い割には若々しい顔つき
如何にも高級官僚らしい高品質の背広に、落ち着いたデザインの眼鏡。
総じて理知的な印象の男は、現政府の高官であった。
政府内において悪魔関連職務を取り仕切る者の一人。
防衛庁特殊2課*1から発展した、DB部隊を統制する文民でもある。
ヤタガラスとのつながりも深く、度々折衝を行っていた。
日本の霊的国防においては、十指に入る重要人物と言えよう。
「仕事柄ある程度話は聞きますが、詳しくはありませんね。
何分あの都市は上に行く程秘密主義ですから」
返答したのは二十後半程の男。
精悍な面構えに鍛えられた体つき。
それでいて軍人とは雰囲気が異なる。
戦士を何処か連想させる雰囲気であった。
男はヤタガラスに所属している悪魔召喚師である。
ここ数か月は政府のDB部隊へ出向し、技術交流や対悪魔戦闘の教導をしていた。
ついでに言うならば目前の高官は短期間ではあるが上司であった男だ。
そんな事情もあり高官の傍に控える護衛のDB──
職務ゆえの緊張感を弛ませずとも、敬意を瞳に宿していた。
四天王やキョウジには及ばないが、名声に伴う実力を感じていた故に。
「最強たる征夷大将軍が創り上げた、異常なまでの先進性を持つ都市。
日本に圧倒的な霊的恩恵を齎した地とは」
「立場上入る情報もあるが、私も君とそう変わらないだろう。
政府や護国機関に提示された内容程度が関の山だ。
だがそれでも、分かることはある」
高官は一泊おいて言葉を切り、緊張を振り切り再度口を開く。
「あの都市はあまりも強大であり、尚且つ強引に過ぎる」
それは新潟にある須摩留外の、少なくない人間が共有する思考であった。
「元となった旧須摩留の買収から都市の造成。
それのみならず強引な人材の収拾。
特に最後に対しては……容認しかねる」
須摩留に集められた才能豊かな
特待生待遇や孤児への奨学金によって迎えるならいざ知らず。
生徒の中には半ば買い取る様にして都市の学生にした者もいる。
何せ良く言えば誇り高く、悪く言えば高慢な橘財閥の一人娘すら須摩留へ入れたのだ。
政財界の抵抗の鈍さといい、一体どんな手法を用いたのか。
そして、集められた生徒の多くは如何なる理由か、悪魔の力に覚醒する。
あらゆる意味で常軌を逸した手法、それが何を目的とするかは未だ分かっていない。
「国内の反抗勢力は沈静化したとはいえ、海外との軋轢は深刻だ。
裏では実質的な対須摩留連合軍として≪べテル≫すら結成されている。
そう遠くない内に……彼らと須摩留の衝突も発生しかねない」
表の世界では冷戦が終わり、国際情勢は平穏な方向に進んでいる。
一方で悪魔業界には日本国内国外問わず、火種が満ち溢れていた。
その少なくない数は、須摩留に端を発する物。
「須摩留運営は軌道に乗り、我が国に対して絶大な恩恵を齎している。
だが、トップの
現在の状況がこの先十年、数十年続くとは思えない」
「どんな人間にも全盛期があり、そこを過ぎれば衰えが始まる。
そうなれば、という事ですか」
召喚師の男にも高官の言っている事が分かった。
政府高官として、彼は未来を見ている。
悪魔と違い、人間は良くも悪くも変わる生物。
須摩留のトップたる超人生徒会長もやがては、力も判断力も衰える。
そうなれば積もりに積もった負の影響が一気に爆発し。
須摩留のみならず、日本に甚大な悪影響を及ぼしかねない。
「そうだ。故に私達は現在の須摩留の在り方を深く、憂慮している」
私達。当然ながら高官個人の思考ではなく、派閥もしくは組織全体の意向だろう。
知る限り現在の≪総理≫と高官は別派閥ではあるが、緩やかな協調を見せているはずだ。
全体方針では一致しているが須摩留に対する対応は異なるという事か。
(既にこっちの上と話が通っているようだが……)
まさか暗殺や破壊工作ではあるまい、そう思いたい。
「とは言っても……こちらから須摩留への不穏な干渉等は言語道断だ。
勝算が無いとかそれ以上に、彼らは日本に属する勢力。
内乱に至っては他国や悪魔を利するだけだ」
少なくとも血生臭い話ではなさそうだ。
内心、ほっと息をつく。
「だからこそ、穏便な形で須摩留との関係を強めていきたい。
例えば人材交流の様な形でね」
須摩留内との人員とのつながりを深め。
強硬極まりない姿勢の軟化へ影響を与えられれば御の字。
工作や調略と呼べない程度の、他愛のない企てである。
(理に叶ってはいる。ヤタガラスでも問題になっていた須摩留の専横。
あれに歯止めが掛けられるならローリスクかつ、リターンは大きい)
召喚師の男としても納得のいく話である。
力で圧するでもなく、貢物を捧げ阿るでもなく。
相互の協力を利として関係を構築する現代の人間らしい手法。
────彼らを始めとする人々も、策謀を巡らせる悪魔達も知らない。
須摩留の
生徒達を何に備え女性を中心として
数えきれない終焉に摩耗した、その魂が抱える絶望と憎悪の深さも。
「先日遂に須摩留への見学プログラムの実施を取付ける事が出来た。
その先行として簡単な輸送任務を兼ねて、君へ数日程現地へ行ってもらいたい」
「了解しました。日付はいつ頃になりますか?」
「一週間後の火曜日から頼む。当然ながら諜報等は不要だ。
君が見聞きし、感じた事をこちらへ教えてくれればそれで充分」
されど、彼らがこの時選んだ人としての道は、決して否定される物ではないはずだ。
「クズノハ四天王に次ぐ古式の悪魔召喚師の意見を、是非聞かせてほしい」
高官の言葉に召喚師の男──
\カカカッ/
| デビルサマナ― | 雨柳巧 | LV37 | 備考:ヤタガラス所属の神道系召喚師 |
それはかつて須摩留が在った周回の話。
雨柳巧とある少女の織り成す物語。
その始まりがこの時、この場所であった。
其処はSF作品の舞台が如き、近未来都市だった。
JR新須摩留駅から出れば、洗練されたデザインの建物が来訪者を迎える。
彼方に見えるのは、まさしくバベルの如く天を突くジッグラト・タワー。
周辺施設も天塔の恩恵により輝き、来訪者へ期待を齎す。
何もかもが外とは異質な都市の光景が眼前に広がる。
(これが須摩留か。実際に見ると凄い都市だな)
建物の一つから出た雨柳は眩し気に少し目を細める。
冬の日の太陽は、澄んだ空気を通して輝いていた。
須摩留湾を埋め立て建設された須摩留新市街。
市街西側には須摩留工科大学*2や企業及び組織の研究所が在り学園都市としての性格が強く。
それ以外にも最先端の研究所が立ち並ぶ。
箱物だけでなく中身もまた最先端。
既に見学した幾つかの施設は素人目にも凄まじい。
(ざっと見た設備だけでも恐らく10年か20年は先。
研究内容の先進性はそれ以上。
噂では極地探査用の装備も研究しているようだが)*3
特に厳重に警備されている研究施設を、ちらりと見る。
(須摩留の成果が東京まで流れてくるのは何時になる事やら。
上の焦りも分からない事じゃないか)
実際に見学してみると圧倒もされる。
外では絵空事の技術がこの都市では当たり前。
情報端末を始め、各種物品の性能は比較にもならない。
余りの差に絶望する技術者や研究者がいるのもうなづける。
「次は
「ああいや、大丈夫です」
まだ少女と言っても通用する、若い女性の声に意識を引き戻す。
今回の見学会では、雨柳へ案内人が派遣されていた。
慣れぬ仕事故か緊張を浮かべた顔は
やや小柄で細身の体つきは少女然とした印象を強め。
首元で纏めた鮮やかな青緑の長髪が、楚々とした印象を加えている。
事前の紹介では須摩留工科大学に通う学生で、地位は高くないが生徒会長の部下らしい。
そして同時に須摩留においても数少ない≪原石≫と呼ばれる超能力者。
\カカカッ/
| LV3■ | 備考:須摩留の超能力者 |
(超能力者か……。
ここまでの能力者を俺程度の案内役にぽんと出せるとは)
そう、LV30越えはヤタガラスやその他大組織の戦闘員でも少数。
精鋭の証であり、温存され厚遇されるのが通例だ。
雨柳の様にあちこち外回りをしているのは意外と珍しい。
須摩留側からのカードの提示、都市の抱える人材の誇示の意味があるのか。
それとも、ある程度腕利きの召喚師の監視には力量が必要と思ったのか。
峰津院都や彼女の側近達の考える事は、雨柳に想像しきれない。
それでも貴重な時間を割いてもらっているのだ。
こちらも誠実に来客として振る舞うべきだろう。
「ビジネスタウンは現在の須摩留における商業の中心区ですね。
最新技術の実験にも積極的だとか」
巨大なジッグラト・タワーが中心にそびえる街区。
根元から広がる街並みは、先程に比べれば外のそれに幾分か近く。
雨柳からしても馴染み深い物だ。
「はい。須摩留が開発した電子・通信技術設備を、この先のイーストパークで行っています。
まずは先程お渡ししたコミュニケーション・プレイヤーを起動してください」
商業施設が立ち並ぶ一本道の前で二人はCOMPを起動。
これをどうぞと由衣瑠が手渡すのは、機械的なデザインの眼鏡。
自身も掛けると雨柳へそうする様促す。
「WiーFi接続で同機は既に済ましています。
右横のスイッチを押してください」
「これですね……おお」
眼鏡の表面に細波の如き光が走る。
映し出された光景に、雨柳は思わず息を漏らした。
先程まで何もなかった中空にはイーストパークへようこそとネオン文字が浮かんでいる。
居並ぶ店も商品の画像や金額を空中に投影し、宣伝を行っていた。
このストリートでは
「凄いですねこれは。香港で似た様な物を見ましたが、此処までじゃなかった。
視線を合わせると広告のクローズアップが出来るのか」
「視線操でのクローズアップは、慣れが必要なんですが結構便利なんです。
どのお店も細部までデータを載せていて。
自分の欲しい物や食べたい物があるか検索もできます」
由衣瑠の視線に雨柳も合わせる。
その先はまだ新しい中華の店。
「このお店は美味しい中華のお店を探していた時に、ARでの検索で見つけて。
期待以上のおいしさだったのでそれから月に何回か通っているんです」
由衣瑠は中々須摩留での生活を楽しんでいるようだ。
「ウチ、私のおすすめは炒飯ですね。
どの味も油が程よく卵や具がばらけていて食べやすいんですよ」
「載っている画像からして美味しそうですね。
ただこの店……月餅もかなり惜しいかもしれませんよ」
「どうしてです?」
「若い頃行った平崎の中華街の店と名前や店構えが似てまして。
既に閉店しましたがもしかしたらお弟子さんがやっているかなと思いまして」
思わぬ出会いに由衣瑠との話が弾む。
彼女からしても興味の持てる話題だったようだ。
(面倒な仕事をさせた分、多少の気晴らしになっているといいんだが)
見た感じだと由衣瑠の緊張は先程に比べ、幾分解れている様だ。
思えば須摩留は学生、それも男性に比べて女性が多数を占めている。
普段中々接しない、10歳近く年上の男等話にくいはずだ。
(ま、それだけこの都市に馴染んでいるって事だ。
青春時代を楽しんでいるなら何より……ってのは上から目線に過ぎるか?)
このストリートを行く生徒達は皆楽しげだ。
ゲームセンターや遊戯施設、パソコン店等種々の店。
須摩留内で楽しめるのはどれも最新鋭。
今を生きる若者達にはたまらない物だろう。
「今日こそ最高スコア更新するぞー! 打倒UZQueen!」
「あそこのジェラート屋まだ行ってなかったよね。
スウィートタピオカ味ってどんな味なんだろ?」
「おっバアル・コロッセウム*4の新弾出てんじゃん。
今回何かいいのあるかなあ?」
流行を楽しむ若者達の平穏な日常。
こういう賑わいは嫌いじゃなく、むしろ好きだ。
(色々気がかりな点はあるが……学生達にとって悪い場所じゃない、か)
自分が知る限りでも須摩留には幾つも問題がある。
されど、其処に平和と幸福があるなら完全に否定しきれドォン!
突如、数十メートル先の店が爆破された。
まるでギャグマンガの様に、理不尽に軽く。
「……はあ?」
「あ、あれは……!?」
あまりの不条理さに雨柳が呆然とする中、由衣瑠が指さす。
噴煙の中から4人の少女が表す。
銀髪赤目の整った顔立ちに、悪魔人間らしき黒い蝙蝠の翼。
リーダーらしき彼女を筆頭にした者達は。
「美食の追及の為には手段を選ばず、不味かったりぼったくる店は容赦なく爆破する美食研究会!!?」
「爆破すんの!? 店を!!?
代金払わないとかですらなく!!?」
美食研究会に対し通行人達も突然の爆破に恐慌ではなく、「うわ出たよ」と引き気味の反応をして遠巻きに眺めている。
どうやら須摩留内部ではよく知られた危険人物らしい。
「幸い今回フウカさんは攫われてないようですがまさかこのタイミングで来るなんて……!」
「待って? そのフウカさんが誰か知らないけど、言い方的に何回も攫われてんの!?」
「ウチの知る限りでも6、7回……ズゥン……! ああ、今度は!」
今度は裏通りの3階建てビルが音を立てて沈む。
その近くにいるのは作業着やヘルメット姿の少女達。
何処からか聞こえるのは無邪気な笑い声と高笑い。
「あれは温泉開発部! 温泉開発の為ならあらゆる破壊を厭わない危険人物達の集まりです!」
「温泉開発にデストロイってルビ振っとる!!?」
更に後方でも一騒ぎ起きていた。
振り返ると白髪の少女が、黒い制服の少女達にしょっ引かれている。
「リオ生徒会長の越権行為ですーっ!
私は無実! 無実ですって!」
有無を言わさず拘束され、車両へ放り込まれていった。
「あれは疑似科学部のミライさんですね。
インチキ商品を売っては捕まっている問題児です」
「へー須摩留にも詐欺師っているんだ」
前二つに比べると大人しく思えるのは気のせいだろう。
そうこうしている内にわらわら湧き出した温泉開発部達が吹き飛ばされていく。
瞬く間に鎮圧され、ギャン泣きする
白く長い髪に黒く捻じれた角を持つ少女は、高速で美食研究会を追っていった。
「……あの美食研究会を追っていった子は?」
「あの人は
「雰囲気で分かっていたけど強いんだなあ。
4人纏めてホームランされてるなあ」
早くも雨柳は突っ込むのが面倒になってきた。
(どないなっとんじゃい須摩留。
こんな猿展開は聞いてねえぞ)*5
学生達にとって悪くない都市かもしれないが、同時に訳分かんねえ都市だなと雨柳は思った。
・
・
・
紆余曲折もありつつ、新市街の見学は進み予定も後わずか。
商業区の後に
残すはジッグラト・タワーの周囲のみ。
(予定だと周辺をぐるりと見て回るだけだったな)
タワー最上階の
最後に都市のシンボルと中心である学園を見て終わりとは順当と言えるだろう。
新市街の道を少し歩けば中枢たるジッグラト・タワーへ行き渡る。
須摩留の中枢たるタワーは天へ向けて聳え立っていた。
「間近で見ると……凄まじい物ですね」
「はい、私も最初に見た時は驚きました」
全長666メートル、66層に及ぶ驚異的な威容。
外の世界の水準では、たとえ十数年後であろうと同等の建物は成立しえない。
この建物の為に投じられた資材と技術を考えるだけでも気が遠くなりそうだ。
そしてその威容が────何処かバベルの塔に思えるのは気のせいだろうか?
「タワーの足元に建てられたのが
須摩留に集められた学生達の育成の為、最新最高の設備がそろえられているんです」
中高一貫校との事だが、校舎を囲む様に体育施設や図書館、大規模な飲食店舗が並んでおり、大学に近い構造をしている。
ただし由衣瑠の言葉通り施設は真新しく洗練され、外見だけで技術力の高さが分かる。
小規模な物とはいえ、校内の移動の為モノレールすらあるのだから驚きだ。
(大体の施設は何か分かるが……あれは何だろうな?)
西側にはビルが立ち並んでいるが、ひときわ目立つのは黒一色のビル。
遠目にもガラス窓等が存在しない黒曜石の
「あちらは超能力の研究を行っている施設です。
須摩留独自の基準で能力系統を7つに分類してそれぞれの──」
由衣瑠の説明は丁寧だが、黒いビルに対しては特にない。
機密等も絡んでいるのだろうし、あるいは彼女自身もよく知らないのかもしれない。
「あちらの第七スタジアムは超能力者を始めとする生徒達の能力測定に使われている施設です。
多数の測定装置がある他、専用の自動操縦式重機が整備の為に備えられてあります」
「自動操縦の実用化も驚きですが、整備に重機まで必要なんですか?」
昔の特撮で多量の爆薬により地形が変わったとは聞いた事があるが其処までとは。
高位の魔界魔法で地形を変える程の威力を叩き出す使い手は、数は限られるが悪魔でも異能者でも雨柳は知っている。
しかし由衣瑠の言い方ではしょっちゅう必要になっている様ではないか。
「高レベルの学生の火力は本当にすさまじいんです。
まるで空爆にあった後みたいになりますよ」
その有様から第七スタジアムはハンバーガー・ヒルと俗称されているらしい。
最もテレポーターである由衣瑠は、そんな大規模な実力計測をした事はないそうだが。
「一回でいいから、やってみたくはあるんですけどね」
それが来る時はないだろう、そんな諦観を滲ませて由衣瑠は呟いた。
(……やはり学生の間にも格差があるの、か?)
事前の調べによると先程のヒナの様な須摩留市立の学生は天の絆と、天樹山に位置する
その様な格差は学園毎に留まらず、内部でもあるのかもしれない。
例えば分かり易く破壊的な能力の方が評価が高く、物体移動やサイコメトリーの様な補助的な能力は評価が低いとか。
(この辺りはあまり探りを入れない方がいいな)
誰だって深入りされたくない事はある物だ。
ましてや学生の繊細な悩みであるなら。
「へえ、食堂も随分充実してるんですね。
これなら昼時も困らなそうだ」
「昔はもっと小規模だったらしいんですが、生徒からの要望も多くて拡大されたそうです。
近くの寮に住んでいる学生は、ここで夕食を買って帰る子も多いですから」
当たり障りのない話題を振りつつ、歩いていく。
夕日に照らされる校舎は、何処か物寂しく。
その辺りは外と変わらなかった。
校内をある程度回り、いよいよ見学も終了間近。
時刻も夜に近づき生徒もまばらになってきた頃。
────絹を裂く様な悲鳴が響き渡った。
「っ!」
雨柳と、僅かに遅れて由衣瑠が振り向く。
数十m先、へたりこんだ学生が一人。
その目前に立つのは2mを優に超す、鬼系の悪魔。
悪魔支配プログラムによる自我のない使役悪魔、
須摩留においては労働力として使われるそれの一つが、何故か暴走していた。
(いかん!)
学生の胴回り程ある腕を、悪魔は既に振り上げている。
血走った目、標的は言うまでもない。
刀は須摩留へ持ち込んでいるが、相手の要請で見学前に預けてある。
管はあるが召喚までのタイムラグを考えれば間に合わない。
故に雨柳は魔法石を投擲、する前に由衣瑠が動いた。
「させませんっ!」
| しょうらい*7 | 特殊スキル | 味方ユニット1体を他の味方ユニット1体の隣に移動させる |
手をかざすと生徒が由衣瑠の元へ瞬間移動。
悪魔の打撃は土埃を巻き上げたのみ。
即座の反応、それが生み出した猶予は大きい。
悪魔の視線がこちらと合う瞬間、雨柳は管を選ぶが。
その目前で火線が悪魔を薙ぎ払った。
「清掃完了……ったく寄りによって学園の中でかよ」
消炎を燻らせる、2丁のサブマシンガンの銃口を下げたのは小柄な少女。
クラシカルなメイド服に派手な柄のスカジャンを羽織った独特のスタイル。
橙色の短髪に
顔つきは整いながらも目つきは鋭いが、周囲を威圧する剣呑さはない。
そして雰囲気からすると、雨柳以上の
「美甘……ネルさん」
「ん? ああ稲城先輩か。
こっちにいるとは珍しいな。会長への使いか?」
「いやその……別件でして」
ネルと呼ばれた少女は由衣瑠を一瞥。
目線の先は彼女から雨柳へ動き、得心した様に見えた。
「そういう事ならコイツはあたしが保健室連れてくから先輩は先行っててくれ。
すぐに正実の奴らも来るしよ」
「あっうん、はい」
ネルは青ざめた生徒に肩を貸しつつ歩いていく。
多少話を聞かれて解放される頃には自動清掃機が整地し、事件の痕を平穏で塗り固める。
遠巻きに見ていた生徒も帰っていき騒動はあっけなく収束していった。
最も、由衣瑠は何処か浮かない顔をしていたが。
須摩留にも当然宿泊施設はある。
観光客や雨柳の様に仕事で訪れた者。
彼らの滞在の為に当然必要になるからだ。
とはいえ、須摩留は学園都市の為其処まで力を入れられていない。
タワーに近い高級ホテルを除けば、外とそこまで変わらない物だ。
通信設備や配膳の自動化がなされているが、馴染み深いビジネスホテルに近かった。
「ざっとこんなところか」
雨柳は手書きの文章、報告書の草案を見直しうなづく。
内容は当たり障りなく、それでいて須摩留で見聞きした内容を可能な限り列記。
これを元に出張後正式な文章を書きだす予定だ。
手書きなのは流石に客室備え付けのPCを使う気にはなれなかったからだ。
あちらが本気を出せば、幾らでもこちらの情報を得れるだろうが。
だからといって開き直って電子設備を使う程肝は太くない。
在り方の全てを悪とは断じられないが、気を許しきれる都市ではなかった。
(あっちが旧市街か、あまりよくない状態だな)
雨柳の泊まるホテルは新市街の外側に位置する。
故に旧市街、再開発がされていない区域も窓から見渡せた。
旧市街は全体的に寂れひっそりと闇に閉ざされ人気がないか、ギラギラとしたネオンの光に照らされた歓楽街かの二択。
後者に関してはJ会と呼ばれる暴力団の影響下にあり、如何にもな雰囲気。
原発の発展により廃棄された漁港もまた不穏な雰囲気に一役買っている。
まともに整備されているのは、かつての領主所縁の薬草園位。
学生たちが学び、放課後を過ごすのに適さない地だと思われた。
この上なく明白な新旧市街の差、学生達や住人の間には計り知れない溝が生じている事だろう。
(それ以外にも、気がかりな点が多い都市だな此処は)
先程暴走した悪魔の他にも、今日一日で何体もスレイブデビルを見た。
従事する労役にもよるが、全体的にその動きは従順に過ぎる。
須摩留において悪魔は労働力として大っぴらに活動している。
外の召喚師も雨柳を含むクズノハやファントムの精鋭に、一部の造魔使い。
それ以外の大多数は利便性の高い悪魔支配プログラムを使用しているが。
ここまで大々的に支配し使役しているとは。
(……良い事とはどうしても思えんな)
暴走を差し引いても肯定する事は出来ない。
管使いの神道系召喚師等やっている自分の思考が遅れていると言われればそれまでだ。
だがどうしても悪魔を奴隷の様に一方的に使用するのは性に合わぬ。
悪魔召喚師は悪魔と契約し、悪魔と共に戦う者と信じる故に納得は出来ない。
(それに、だ)
あのネルと呼ばれた悪魔人間の少女。
そんな少女の頭上には
須摩留において悪魔の力を宿す証たる聖痕が。
(かなり強い子だったが、あれが須摩留の生徒か)
雰囲気からしても相当の使い手、装備も込みで考えれば1対1なら高確率で負ける。
恐らく悪魔の力を宿しているのだろうが……直観的だがかなり高位。
今日一日、視線を気取られない程度に観察した少女達を思い返す。
ネルに加え、新市街の騒動を鎮圧したヒナ。
彼女達に及ばず共十分な力量を持つ何人か。
強大な悪魔の力の持ち主、それも少女を何人も都市に集め能力の開発に勤しんでいる。
今の段階でも超人生徒会長なる世界最強の存在が主導し、並ぶ者無き技術と権勢を誇るのにだ。
踏みつぶされる者も、取りこぼされる者も一顧だにせず。
無論、須摩留の全てが悪ではない。
幸福と平穏もあれば、人々に幸福をもたらす技術や研究もある。
ただその裏にある格差に歪みや、犠牲を正当化してはいけない。
人間は正当化すれば何処までも無神経で、残酷になれるのだから。
「……あ、まず」
そこまで考えた所で喉の渇きに気づき、冷蔵庫を開けるが何も入っていない。
ホテル備え付けの自販機で買ってもいいが、折角の機会だ。
(散歩がてらにコンビニでも行くか)
確かまっすぐ行って5分くらいの所にコンビニがあったはずだ。
昼間見れなかったこの辺を見て回るついでに行くのもいいだろう。
ささっと身支度をしてドアを開け、通路を右へ。
エレベーターで1階へ行こうとして。
「あっ……」
由衣瑠とばったりと出会った。
◇
旧須摩留の漁港は闇に閉ざされている。
家屋の残骸や使われなくなった倉庫が放置された荒廃した区域。
今となっては訪れる者は暴走族が零細の密輸業者程度。
今日この夜においては彼らの姿すらもない。
静謐を通り越して空虚とすら形容できる空間。
それは須摩留の抱える格差を分かり易く表した光景。
そんな静かすぎて不気味な海が、ざぱ、と音を立てた。
波間よりゆらりと影が現れた。
水をかき分けて進み、手を伸ばす。
縁をつかみ体を引き上げ、地へ降り立つ。
コンクリートが更にひび割れ、大量の雫が地を塗りつぶす。
雲の切れ間から除く月の光に、一瞬映し出されたのは人ならざる巨体。
警戒が薄い旧市街の地より、悪魔が須摩留へと入り込んだ。
その事に気付いた者は未だ、誰もいない。
須摩留周回でもやってたよこの男
次回も可能な限り早めに投稿したいと思います。