TS龍娘ダクファン世界転生   作:てんぞー

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1章 王国幼少期編
目覚め


 初めに知覚したのは声だった。優しく、穏やかな、慈しむ声。

 

 ―――どうか、貴女の旅路が希望で溢れたものでありますように。

 

 声が聞こえたのは一瞬。春の名残が一瞬で消えて行くような、そんな儚い声だった。だけどずっと胸の中に残る暖かさでもあった。それを一瞬感じてから、声は消え、自分の意識が徐々に覚醒して行くのを自覚する。

 

 そして、目覚めた。

 

 意識の覚醒は緩やかで、微睡の中から少しずつ引き起こされる様な感覚だった。ずっと深い眠りの中にいた様な感覚が乱され、崩され、そして起こされた。体の感覚はぐちゃぐちゃで、上手く立ち上がる事も出来ない。覚束ない感覚で体を持ち上げようとすれば、自分の肉体がまるで自分の物ではないような感覚がした。だというのに耳には未知の言語が聞こえて来た。

 

『マジか……龍だ。亜竜でも雑竜でもない、マジもんの龍だ。まさかまだ生きている個体がいるなんてな』

 

 不思議と未知の言語だって解るのに、言葉は同時に脳内で通訳されているように日本語で聞こえて来た。ちょっとした気持ち悪さを感じる翻訳だった。だが、そう、自分の耳には日本語でも英語でもない言語が届いていた。

 

『龍族が絶滅してから既に数百年が経過した今、最後の龍が現れるか。この調子じゃ他にもまだ生き残ってるかもしれないぞ……気を付けろ、相手も起きた様だ』

 

『みたいだな。子龍でも龍だ、細心の注意を払って処理するぞ』

 

『おう』

 

 龍……龍? 覚醒した意識の中で瞼を開く。言葉はどうやら自分へと向けられているらしい。僅かな眩しさに目が眩みそうになるものの、何とか正面を見る事が出来た。そこにいたのは2人の男の姿だ。片方は人の頭があるべきはずの場所に狼の頭を持ち、もう片方の男は背丈ほどの大きな剣を構えていた。その姿はファンタジー小説にも出てきそうな戦士の恰好をしている。明らかに夢の中でありそうな景色に思わず気が抜けてしまう。なんだ、まだ夢を見ているのか、と。

 

 だけど狼男は爪を構えると油断なく視線を此方へと向けている。それに今、面白い言葉を聞いた気がした。

 

 ―――今、アイツら俺の事を龍って言った?

 

 ドラゴゥォーン?

 

 レジェンダリーな生き物? マジで? 何それウケる。

 

 自分に向けられた発言に意識がよりシャープになる。そして同時に殺意とでもいうべきものは肌に、いや、鱗に突き刺さる感覚を得た。直ぐに敵じゃない、と口に出そうとして

 

「きゅぉ―――」

 

 喉から出てくるのは鳴き声だけで人の声じゃない。だがそれを受けて男達は寧ろより警戒する様な姿を見せ、狼男の姿が消えた。

 

『オラっ!』

 

「きゅっ」

 

 爪で襲われた。一瞬で接近した狼男の姿が目前に出現すると、薙ぎ払うように振るわれた爪が顔面に衝突する。その結果、まだ寝起きで意識がふらふらとしている体を全力で吹き飛ばす。痛みを感じながら大地を転がると狼男がクソ、と息を吐いた。

 

『何て鱗だ、亜竜共とは比較にならねえ! 鱗に傷1つねぇぞ! レッサー共でさえ切り裂ける自慢の爪なのによ!』

 

『文句言ってないで本格的に動き出す前に仕留めるぞ! エンチャントがあるとはいえ、相手は未知数だ、油断するなよ!』

 

『おう!』

 

 狼男は体に力を滾らせ、大剣を構えた男は力を剣に込める。先ほどまで転がっていた割れた宝卵の様なものから引き離されて転がった大地からふらふらと起き上がる。どうにか、どうにかしないといけない。

 

 じゃないと殺される。

 

 根源的な死への恐怖が相手を傷つけるという異常に対する忌避感を奪った。それと同時に取るのは種族的な本能に刻まれた防衛行動。この体が龍の体であるというのなら、その身を守る為に放つのは当然一つの動作。

 

 龍の息吹。

 

 即ち、ブレス攻撃だった。

 

 状況が何も解らないままいきなり殺されそうな事態に口からブレスが吐き出された。一瞬で接近してきた狼男を運よく巻き込みながらその背後で二の撃に備えていた大剣使いをも飲み込み、口から吐き出された白と黒のブレスは2人の男達を一瞬で焼き殺した。悲鳴をあげる暇もなくブレスに飲み込まれた男たちは死体となって大地に転がる。その体には鎧を引き裂くような多数の裂傷と、分解されたかの様に焼けた肉体のみが残された。

 

「きゅるるるぅ……」

 

 なんだ、これ。

 

 そう言葉にしようとしても人の言葉が出て来ない。出てくるのは可愛らしい龍としての声だ。人を今目の前で殺したこと、そして自分の姿がいきなり龍という生物になってしまった事。それが最初にあった余裕なんてものを一瞬で脳内から吹き飛ばした。

 

『うぅっ……嘘、だろ……』

 

『ぐっ……クソ……子龍で、これかよ……』

 

「っ!」

 

 生きていた。殺していなかった事に心の中で安堵を覚えつつも、何時までもここに居たら絶対にまた命を狙われる。ここがどこであるかなんて一切解りはしないが、それでもここにいる訳には行かない。自分の命を狙っているような連中がいる場所だ、当然まともな場所ではない。

 

 自分が生まれて来たらしい宝卵を飛び越え、そして入口付近で転がっている男たちを飛び越えて外へと向かう。小さな前足と少し大きな後ろ脚、それに尻尾と翼。飛ぶ事は出来ず、人の様に歩く事も出来ない。アンバランスな体がまともに歩く事さえも阻害して焦りを生む。だが逃げ出して漸くここがどういう場所か見えてきた。

 

 森の遺跡だ。

 

 木々が生い茂る中に崩壊した遺跡が混じっている。風化した石柱、崩れた壁、ツタの生い茂る足元―――それが迷路のように絡み合いながら道を生み出していた。当然こんなところ見たことがない。さっきまでは確かに日本の―――日本のどこにいたんだっけ? 一瞬思い出そうとして思考が空白になるも、

 

『おい! 龍がいたらしいぞ!』

 

『こっちか!』

 

 怒声が入り組んだ通路のどこから聞こえてくる。それに先ほど殴られた事、そして吐き出してしまったブレスの事を思い出させる。殺されるのも、殺すのも嫌だ。その想いだけを胸に再び慣れない体で入り組んだ森の迷路を走り出す。複雑に曲がりくねりながら絶妙に壁を越えていけないように配置された迷路は目印もなく入り込めば一瞬で迷ってしまいそうなつくりをしている。

 

 天蓋が木の葉によって遮られる迷路内は薄暗く、転びそうなつくりをしている。だが壁や床には淡く発光する鉱石や結晶があり、それが光源となって導いてくれる。それに不思議と全力疾走しているのに一度も突き当りに到達する事もなく、迷路を駆け抜けていた。

 

 まるでこの森の遺跡そのものが逃がしてくれているような、そんな不思議な感覚を覚えた。だから全力疾走できた。足元や壁をツタが生えていて移動を阻害するが、まるで道そのものが導いているかのように転ぶ事はない。このままいけば逃げ切れるかもしれない。そう思うも、幸運は続かない。

 

『見つけたぞ……本物の龍だ』

 

『奥に行った2人を退けたんだ、間違いなく強敵だぞ。気を付けろ』

 

『クソ、仲間を殺しやがって。龍共め』

 

「くるぅぅ……」

 

 迷路を抜けた、そう思った瞬間に道を阻む様に男が今度は3人現れた。俺が一体何をしたって言うんだ。だけどそんな問いかけすら出来ない。自分が出来る事は逃げる事か……応戦する事だけだった。そして後ろから迫ってくる怒声を前に、逃げ出せる方向は正面のみだった。前に陣取る男たちは盾を持つ味方を前に、槍を持つ男とライフルを構える男が控えた。

 

 選択肢はない。

 

 大きく息を吸い込んで、吐き出した。

 

『ブレスだ、俺の後ろへ!』

 

 迷う事無く盾を持つ味方の背面へと2人が潜り込み、対応に慣れたような動きを見せる。タンクがブレスを受けてから飛び出す―――そんな意図を見せた動きは一瞬で決壊する。

 

 タンクのブレスを受けた盾が、崩壊したからだ。

 

『なっ―――』

 

 構えた男の驚愕の表情が目に映った。だがブレスは盾に触れると黒い結晶を纏って崩壊し始める。そのまま白と黒が交じり合った吐息が逃げ場のない3人の体に的中する。一瞬で飲み込まれる人影たちは退避も防御する余裕もなく体中を焼かれ、宝卵の前にいた者達の様にぼろぼろの体にされて倒れる。

 

「……くぅ」

 

 ごめんなさい。謝りたくても謝れない。でも生きる為なのだから、仕方がない。自分にそう言い訳しながら3人の姿を避けて奥へと逃げ出した。

 

 地面や壁から生えている不思議な結晶が光源となっていた迷路内とは違い、遺跡を抜け切ると広大な青空とどこまでも続く森の姿が目に入る。まだ点在する遺跡の跡、これに隠れながら逃げればどこかへと行けるのだろうか? 少なくとも襲われない様な場所へと向かわないとならない。何かを考えるのはそれからだ。

 

 だから逃げ出そうとする。両足に力を込めて前へと向かって蹴り出そうとして―――正面、音を立てて剣が突き刺さった。飛び出す寸前に何とかブレーキを踏んで足を止め、つんのめりながら驚きの声を零して後ろへと身を引いて数歩下がる。

 

『どこに行くんだ?』

 

 声は剣の背後からやって来た。森の奥から歩いてやって来た姿はこれまでのどこか粗暴さを感じられた男達とは違い、一目で上質だと解るコートを来た金髪の男だった。ゆっくりと歩きながら近づいてくる姿は威圧感を大量に含み、一瞬で先ほどまでの男達とは別格である事を理解させられる。

 

 逃げる為にはブレスを―――と考え、頭を横に振って考えを否定した。

 

「きゅぅ……」

 

 やっぱり、こんなものを人に向けちゃ駄目だ。逃げなきゃ。

 

『逃げるのか? まあ、それも良いだろう』

 

 横へと向かって全力で走り出す。それを男は追撃もせず、歩いて追ってくる。小さな体は決して走る事に向いていない。だけど翼の使い方も何も解ったもんじゃない。出来るのは人殺しのブレスを吐くのか、逃げる事だけ。

 

 どうして。

 

 どうしてこんなことになっているんだ?

 

 どうして、俺はこんな目にあっているんだ? 答えは出ないし解らない。だけど今するべき事は逃げる事だけで、それ以外は何もない。死んでしまったら何もないのだから。

 

 だから逃げた。必死に逃げた。まだ小さい脚は蔦に引っかかりそうで、転びそうになるのを牙を食いしばりながら何とか乗り越えて必死に走って走って走って、少しでも助けになるように翼をパタパタさせながら走り続けて、

 

 そしてついに、行き止まりにたどり着いた。

 

 激流の川、視線をそれに沿って動かせばその先には滝へと繋がっているのが見えた。余裕さえあればそこから見れる森の広大な景色は絶景だと笑って思えただろう。だけど今はそんな余裕もなく、そして逃げ場がない場所へと逃げて来てしまったという絶望を理解するのに時間は必要なかった。川を遡って逃げようと思えば先にぶつかるのは遺跡の壁だ……乗り越えられない。逆の道は崖と滝で、川をこの体で泳いで渡れるとは思えなかった。

 

 それに滝自体も下が見えない程高く、落ちたら絶対に死ぬだろうと確信できる高さだった。

 

 詰んでいた。

 

 最初から。

 

 目を覚ましたその時から、この瞬間まで。

 

 元々逃げ場なんてなかったのだ。

 

『そうだ、お前に逃げ場なんてない』

 

「きゅぅっ」

 

 体に何かが衝突する。痛みを感じながら僅かに弾かれて川の方へと押し出される。ギリギリで踏ん張って川に落ちないように振り返れば、先ほどの剣士と一緒に数人の男たちが集まっていた。中には杖を持ち、中空に火の玉や氷の槍を浮かべる奴までいる。明らかに現実とは思えない幻想の法則を駆使するそれは、魔法としか言えない。

 

『ウィルバーたちはどうだ?』

 

 剣士が魔導士の1人に聞く。それに魔導士は頭を横に振って答えた。

 

『大怪我ですが……治療さえすればどうとでもなりましょう。エリクサーも一応持たされていましたし。判断としては正解でした。まさか対亜竜用エンチャントが一切役に立たないとは思いもしませんでしたが』

 

 魔導士の言葉に剣士が頷いた。

 

『亜竜と龍族では決定的な格差がある。存在の格が違う。亜竜程度の備えで狩れると思っているのなら自殺も良い所だが……』

 

 剣士はこっちへと視線を向けて頭を横へと否定するように振った。

 

『産まれたばかりとはいえ、龍は龍だ。殺せるだけの力があるはずだ。それを成さなかったのは……つまりこの子は殺さなかった訳だ』

 

『龍はそういう生き物ですよ、龍殺し様』

 

 全身を鎧に身を包んだ騎士の様な男が背後から現れ、剣士の横に立ちこっちに蔑む様な視線を送り、否定する様な言葉を吐く。

 

『傲慢で、劣悪で、我らを見下している。邪悪で暴力的、それがドラゴンという種の性質です。奴らは悪です、疑いようもなく。我ら人と、そしてそれに連なる種族がこの世界で覇権を守る為には駆逐せねばならない種族です。彼らは、悪の存在なのです』

 

『心の底からそう思うか?』

 

『さあ? ですが人の覇権には間違いなく邪魔な生き物です―――だから悪で良いのです。だからこそ龍殺し様も狩られているのでしょう?』

 

『果たしてどうだろうな……それでお前は?』

 

 龍殺し。そう呼ばれた男は剣を握ったまま此方を見た。殺すつもりなのだろう。自分を守らなきゃいけない。守らなきゃ殺されてしまう。何もかも解らないのに死にたくはない! そう思って息を吸い込んでブレスを吐き出そうとして―――動きを止めた。脳裏に思い浮かぶのはブレスで焼いてしまった5人の男たちの姿で、

 

 彼らの様な姿を増やすのは、嫌だった。

 

 そう思ったら、自然とブレスを止めていた。

 

『そうか……お前はそうするのか』

 

 剣士はそう言って頭を横に振り―――目にも止まらぬ速さで剣を振るった。

 

「きゅ―――」

 

 今までにない痛みを受けて狼男が割れなかった鱗が割れて、引き裂かれた。体から血を流す裂傷に痛みを感じながら吹き飛ばされて―――川に落ちる。激流と痛みに飲まれて意識は一瞬で滅茶苦茶に揉まれながら流され、

 

 そして浮遊感。

 

 激流から滝へと真っ逆さま。底の見えない滝つぼへと落下して行き―――意識を失う。

 

 

 

 

「龍殺し様、一撃で龍を討つとは見事です」

 

「世辞は良い」

 

 それに殺せはしていない、と龍殺しは最後の言葉を飲み込んだ。それを口にするのはあまりにも無粋だと感じたからだ。手加減をしたつもりはなく、手を抜いたつもりもない。間違いなく子龍には重傷を負わせただけの自負があった。だがそれで仕留めたと思える程楽観している訳でもなかった。龍、という種は強靭な生命力を持つ生き物だ。本来の龍種から外れた亜竜でさえも心臓を潰された程度では死なないのに、重傷1つで本当に最後の龍の子が死ぬのか?

 

 ありえないだろう。それでもあの重傷のまま滝つぼに落下すれば……とは判断していた。

 

 だがそれも運次第だろう。

 

 運が良ければ生きるだろう。

 

 運が悪ければ死ぬだろう。

 

 どちらにせよ、それで良いと龍殺しは判断した。

 

「エリクサーを惜しみなく使ってウィルバーたちを治療しろ。龍相手の負傷だ、人理教会も文句は言わないだろう」

 

「はい、ありがとうございます。龍殺し様もお疲れ様でした」

 

 付けられた監視と雇われた冒険者たちに撤収と治療を命じながら龍殺しは滝壺の方へと視線を向けていた。運が良ければ生きるであろう子龍の存在へと馳せて。

 

「きっと、お前が龍の去ったこの時代に現れた事には意味があるのだろう」

 

 龍殺しは目を閉じ、龍の子への想いを数秒程馳せ、それから振り払うように目を開けた。

 

「お前が悪龍へと育つようであれば……その時は改めて俺がお前を屠る事にしよう。それまでは自由に生き、自由にこの世を謳歌するが良い。己の生まれた意味、そして今の世に現れた意味を求め……誰よりも自由に生きると良い、運命の子よ」

 

 不思議とまた何時か会える事を確信し、龍殺しは龍の子が落ちた滝へと背を向けて仲間の下へと帰って行く。

 

 そしてもはや、その地には誰も残されなかった。

 

 初めからそうであったように静寂が戻った地には古くなった遺跡だけが残され、そこで眠り続けていた最後の龍の子が解き放たれたという事実だけが生まれた。

 

 運命の歯車が、最後の龍を中心に世界を巻き込んで―――今、動き出す。




 龍に転生してダクファンする話、始めました。

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