TS龍娘ダクファン世界転生   作:てんぞー

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デスペナルティ Ⅵ

 ―――俺は思う。

 

 この世界は思ってたよりも憎しみに満ちているのかもしれない、と。

 

 

 

 

「良し良し、俺の声に応えてくれてありがとうロック」

 

「くるるるぅ……」

 

 久しぶりに会えたロックの首を撫でてやる。辺境へと渡り鳥を使って連絡を取れば直ぐにロックがこっちにまでやって来てくれた。本当に助かる事だし、忠誠心に厚い奴だ。労う様に首筋を撫でつつ、悪いと零しながら振り返る。エメロードの門を抜けたところでは完全にテイムされているロック鳥の姿に驚きの様子を見せている門番たちと、そしてルシファーの姿があり、ルシファーは気にするな、と手をポケットに突っ込んでいた。

 

「1日だけ護衛を代われば良いのだろう? まあ、お前にも自由な日ぐらいあっても良いという事だ」

 

「出来たら俺も分身出来れば良かったんだけどなぁ。流石に真似できなかった」

 

「何、お前だって練習と鍛錬を重ねれば質量のある残像ぐらいは出せるようになるさ―――100年後ぐらいには」

 

 100年後かあ。長いなあ、と思うし短いなあ、とも思う。永劫を生きる身からすれば100年なんてそれこそ刹那の出来事なのかもしれない。だけど今、ここで、この場所で感じている日々は唯一無二でずっと続くような緩やかさで時が過ぎ去って行く。そう考えると100年という時間は遠い未来の話でもある。まあ、今は出来ない事だし考える事でもない。それこそグランヴィルの血が絶えて俺がフリーになった時に考えれば良い事だ。

 

「そんじゃ行ってくる」

 

「あぁ、行ってらっしゃいマイフレンド。自由な日を満喫してこい」

 

 ルシファーにサムズアップを向けてロックの背中に跨ると、軽く脇腹を蹴って空へと飛びあがらせる。門番連中からマジかよ、なんて言葉が聞こえてくるのが少し面白い。やっぱりロック鳥を騎乗用の動物として飼っているのは完全に常識外れの行動なんだなあ、と思う。なんかウチの裏庭で繁殖しているのも含めて環境としておかしいのか。うん、冷静に考えたらおかしいな。

 

 ま、どうでも良い話だ。空へと飛びあがりながら安定したロックの背の上で軽く体を落ち着かせながら飛翔する。

 

「それでロック……最近はどうだ?」

 

「くぇ!」

 

 ロックが飛翔しながら最近どうだったか、というのを語ってくる。気が付けば動物とコミュニケーションを取るのも割と当然のようにしているなあ、と思う。

 

「へえ、雛に変異種が生まれたんだ。仲良くしてる? ほうほう、懐いてると。へー」

 

 ロックの一家はどうやらグランヴィル家の移動のお手伝いや仕事をしたり、最近辺境での郵便のアルバイトまで開始したらしい。確かに戦闘力のある飛行できる生物が郵便物を運べるなら、完全にその手の商売でトップに立てるよなあ、って思うが―――いや、待て、アルバイトをするって発想どこから来たんだ? え、まさか金取ってるの? でも辺境の都市の人たちはマジでロックの存在に慣れ切ってるし、普通にお買い物とか許しちゃう?

 

 そう言えば前、お使い頼んだら普通に買って帰って来てたな……まあ、ええか……。

 

 俺達がいなくなってグランヴィル家は少し広くなって、寂しくなった。だけどこの動物たちが一緒に暮らしているならきっと、それなりに騒がしく寂しさを感じさせる事もないだろうと思う。そう言う意味では本当に良くやってくれていると思う。この手の話は常に心を温かく、明るくしてくれる。

 

 だがそれは同時に現実逃避でもある。

 

 しっかり現実を見よう。

 

 俺は近くの都市へ―――ヴィンセントの処刑を見届ける為に移動していた。

 

 聞いた話、元々はエメロードでヴィンセントの処刑を行いたかったらしい。だがこれに当然NOの声を出したのがエメロード学園長にして市長、セージ・ワイズマンだ。理由はとてもシンプルで分かりやすく、悪趣味であり、都市への悪影響があるから。これに遺族達は怒るも拒否されたので仕方がなくエメロードから一番近い都市でこの処刑を実行する事を決めた。この近隣の主であるフランヴェイユの声を無視して。

 

 なんかもう、憎しみだけで動いているような感じがする。

 

 泥沼の殺し合いの気配が少しだけした。果たして本当に許可を得たのか、或いは強引に行おうとしているのか。細かい事を把握している訳ではない。だが重要なのはヴィンセントの処刑が執り行われる予定であり、そしてリンチは既に行われているという事だ。聞いた話では既に都市の中央でヴィンセントの姿は死なない様に最低限の治療を受けながら石を投げつけられたりしているらしい。

 

 犯罪に対しては非常に厳しい時代であり、世界だというのは理解していた―――だがその度合いを俺は、ちゃんと認識してなかったのかもしれない。それを知る必要がある。自分が正義だと認識して実行した行いがどういう結果を生むのかを知る必要がある。だって、俺はこれからもたくさんの人を殺していくのだろう。それがどういう結果に繋がるのか、ちゃんと理解しなきゃならないだろう。

 

 少なくとも、それが責任という奴なんじゃないかと思う。

 

 だからロックの背に乗って数時間飛翔する。

 

 見えてくるのはエメロードよりも小さな都市。都市を囲む城壁の外側に畑や放牧地が広がっており、エメロードとは違い家畜や作物が育てられているのが見えた。そしてその影響で都市の壁を崩して更に広げるのが難しいと解る。だがエメロードと比べれば、此方の方がオーソドックスな中世ファンタジーらしい都市の形なのかもしれない。都市の形態として考えるとやはりエメロードが異常という他ないので、比べるのがおかしいのかもしれない。そう考えながら都市に近づくに連れて軽くロックに旋回させてから1km程離れた場所でロックから飛び降りて街道に着地する。

 

 流石に初見の相手にロックで門の前まで迫る勇気は俺にはない。

 

 今日はパーカー付きのジャケットを着てきている。都市に入ったらこれを被って顔を隠そうなんて事を考えてたりするも、流石に都市に入る時に顔を隠すつもりはなかった。街道を歩き門の前まで進んで行く。街道の通りはエメロードの時と比べると少なく感じられるが、別段活気がないという訳ではない。エメロードが特別活気で溢れているだけだ。門の前の警備も……あちら程物々しくはないように感じる。

 

 これが大都市と都市の規模としての違いなのかもしれない。エメロードと言う大都市が近くにある恩恵を受けつつも、それほど成長する事が出来ない都市の現状。それが悪いという訳じゃないが、大都市に慣れている人からすれば物足りなさを感じるだろう。俺個人の意見を言わせれば、どっちも人も人工物も多すぎる。もっと自然豊かな場所の方が好ましい。

 

 ともあれ、そんな事を考えていると門の前にまでやってくる。ブーツの裏に感じる石畳の感触を踏みしめながら門番へと視線を向けると、此方を確認するように目線が頭から足元へと向かう。

 

「お前、用事は?」

 

「冒険者。警備やら何やらで仕事がありそうな気配がしてるからな」

 

「成程。カードはあるか? ……良し、通って良いぞ」

 

 冒険者カードを提示すればあっさりと身分を信じ、通してくれる。カードをポケットの中へと突っ込んで都市に入り、パーカーを被る。どうしようもない後ろ暗さが、顔を隠してしまう。あまり周りに見られたくない、覚えられたくない―――そんな気持ちで顔を隠してしまった。実際、こんな悪趣味な集まりに参加しているとは思われたくはなかった。

 

 とはいえ、ここまで来ているのだ……言い逃れは出来ないだろう。

 

 視線を真っすぐ門から中央へと向ければ、中央広場の姿が遠目に見えてくる。円状に開かれた広場は今、中央に処刑台が設置され、その前に犯罪者を吊るしているのだろう。自分のいる今の場所からでは処刑台が邪魔でヴィンセントの姿が見えない。近づいて場所を変えない限りは視認できないだろう。

 

「……行くか」

 

 他にどこかへと寄る事もなく一直線に中央を目指す。前へと踏み出す足は鉛を縛り付けたような重さを感じる。今更になって深く考えすぎじゃないかと思う。ヴィンセントの行いは自業自得だ―――そもそも最初から悪い事なんてしなければこうはならなかったんじゃないか? 悪い事は悪いから、罰せられるのだ。それを覚悟して悪事を働いていたのであればその末路が悲惨になるのは当然の話なんじゃないか?

 

 それともこれは今更になって見たくないからとしている言い訳か?

 

 何にせよ、歩みは止まらないし、止めない。悩んでいても結論は出ているから足は進むのだ。だから俺は広場に到着し、その正面へと、ヴィンセントの姿を確認する為に回り込んで、

 

 言葉を失った。

 

 首を吊る為の処刑台の前にはヴィンセントを飾る為のスペースがあった。そこに両手足を鎖でつながれたヴィンセントの両目は瞼諸共抉り抜かれていた。指は全て折れて、捻じれ、或いは抜けている。爪は全て剥がされ、右足は膝から下を喪失している。周りには血の付着した石が転がっており、足元には血溜まりが出来ている。死なない様に観察している兵士が周囲には存在し、治療のために待機している者もいる。傷つけ、死にかけ、そして死の淵から呼び戻す。その為だけの人員だ。

 

 その体に無事な所なんて何一つもない。衣服は全てはぎとられ、裸体を晒している。体はどこも傷ついて、千切れて、切られて、打撲されている。頭を見れば頭蓋骨が見える。髪を引っこ抜こうとして頭皮まで剥がしたらしい。

 

 悪意だ。憎しみ以上の悪意がここには渦巻いていた。耐えきれないほどの憎しみと悪意だけがあった。一息に殺せばここまで苦しむ事もなかっただろう。だが苦しんでいる。それがこれまでの罪の清算になるから。

 

 ―――本当に? 罪を犯したとしても、これほど苦しむ必要があるのか? 誰かに?

 

「おらっ!」

 

「糞マフィアめ! 娘を返せ!」

 

 罵倒と憎しみの声が広場に響く今も数人、石を拾い上げてはそれを投げつけ、笑ったり泣いたりしている。傷口に当てれば10点とスコアを口にする奴だっている。

 

 悪事は悪事だ―――それが誰かを苦しめて、誰かを傷つけた事実に変化はない。不可逆の行いだ、誰かが苦しんで死んだり破滅したらそれはもう、どうしようもない事だろう。その行いこそが罪という概念なのだろう。

 

 それは許されるのか? そのあとの行いが善き事だとして罪は許されるのか? その行いが極々少数の身内コミュニティの為の、誰かを救うための行いであれば罪は許されるのか? 誰かを傷つける行いは許される事なのだろうか? 当然、駄目だろう。罪は罪で、悪は悪だ。許されてはいけないし、正当化される事でもない。結局悪い事をしてはいけない、というのはその行いが何時か必ず法を通して巡ってくるからという話なのだ。

 

 だから人を殺してはいけない。

 

 人を傷つけてはいけない。

 

 それは悪い事なんだ。

 

 それは極々普通で当然で、当たり前の事だ。

 

 だったら―――これは、なんだ。

 

 人が人を傷つけている。悪人を善人が石を投げて傷つけている。これは……正しいのか? 奪われたから、或いは相手が悪いから殺しても平気なのか? そうやって泣きながら返せと叫んで石を投げた所で、奪われたものは決して戻ってこないだろう。じゃあその感情は? 行き場のない感情を呑み込まなきゃいけないのか? それも……違うだろう。誰だって感情を吐き出す場所を欲しがっている筈だ。

 

「……なんて醜悪なんだ」

 

 剥き出しのエゴイズム、嫌悪感と殺意と憎しみと悪意と悲しみが混ざり合いながら溢れている。歯を全て引き抜かれたヴィンセントはまともに言葉を発する事さえも出来ずに口をパクパクとさせながら痛みと諦観の中で死を待つしかできない。或いはもう、その心は受けた拷問によって死んでしまったのかもしれない。或いは本当にあの時冗談と脅迫の為に言った奴でもやってた方がまだ救いがあったのかもしれない。

 

 これが選択の結果か?

 

 だが他にどうしろってんだ―――ほかに俺にどんな選択肢があったと言うんだ。

 

 敵はそこら辺にいて、守らなきゃいけないもんがあって。その中で誰もが傷つかない選択肢を選べというのか? 無理だ、そんな選択肢は存在しないんだ。犯人が存在する時点で誰かが傷つけ、傷つけられたという事実が存在するのだ。それを躊躇しない誰かがいる時点で平和的に全てを収めるという事は不可能なのだ。

 

 だから俺はこれからも己のエゴイズムの為に人を殺すしかない。リアを、ロゼを守るために敵がいるのならその全てを鏖殺する事を考えなければならない。ナイーヴな考えを捨てて、ただ殺戮する事に何も考えない様にならないといけない。

 

 ―――本当に?

 

同胞(かぞく)が泣きそうな話だ」

 

 今度、古き世界の支配者たちに会えたら聞きたい。

 

 本当に良かったのか? こんなのが大半な種族が世界を支配して。世界の覇権をこんな連中に渡してしまって本当に良かったのか? 人類の大半は今でも殺し合っているんだぞ? だというのに覇権を渡してしまって良かったのだろうか。いや、それは俺の考える事じゃないか。もう既に時代は人のものだし、俺も俺で何様のつもりって話だ。

 

「責任は取る」

 

 拳を作り、指の骨をぱきり、と鳴らして手を開く。処刑台に背を向けて歩き出す。“宝石”の気配はない。俺が暴れればこの都市は1時間もせずに陥落するだろう。なら大丈夫だろう。そう判断して空間エーテルを静かに掌握する。自分の意思と空間のエーテルをリンクさせる事で即座に利用可能なリソースとして支配し、

 

 処刑台から門へと向けて、ゆっくりと歩く。魔力を偽装し、誰かがやったか解らない様に掌に魔力を集めて処刑台付近と繋げ、

 

「《にぎりつぶす》」

 

 拳を作り、ヴィンセントを処刑台諸共握りつぶした。

 

 破壊から消滅まで1秒もかからない。クレーターを生み出す様に処刑台を含めた地面が抉れ消えた。悲鳴と怒号が都市に響く。目の前の消滅事件に恐怖を感じて一斉に逃げ出す人々が出てくる。その混乱に乗じて都市の外へ、流れる様に逃げる。

 

「じゃあな。せめて魂が冥府の川へと辿り着く様に冥神様には声を届けておくよ」

 

 見るべきものは見た。

 

 果たすべき責任は果たした。

 

 ()()()()()()()()()()()()()なのだ、俺は。

 

 それが今日、良く解った。

 

 それだけ。

 

 ただ、それだけ。

 

 これからも、悪夢を積み上げて行くという話だった。




 感想評価、ありがとうございます。

 ついに500評価を超えました! これまでの最高評価数に近づいているのを毎日わくわくしながら眺めてますね……w

 やるべき事はやる、ただしそれが本当に最善だったか、必要だったのか、それを真面目に考えて責任を考えてしまう。そんな事考えなくても悩まなくても良いのに。だから苦しむ人。

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