TS龍娘ダクファン世界転生   作:てんぞー

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幕間 龍と大地

 ―――即ち、龍と大地の関係とは管理者と被管理物だと言えるだろう。

 

 この世で最も偉大なる種族であると言える彼或いは彼女ら―――無論、それはもし性別と言う概念が存在するのであればという話だが―――は神々からこの星の管理を委任されていると言えるだろう。龍族はそれぞれがある種の概念を象徴しており、土地管理を分業している。

 

 龍族の能力は直接神々から与えられ、付与されたものであり、まさしく奇跡そのものだと言えるだろう。エーテルが星の吐息、呼吸と呼べるものであるのは周知の事実だ。我々人類―――ヒト種はこれを取り入れる事で魔力へと体内で変換し、魔導や燃料として運用する。このエーテルが星の呼吸である以上、世界とそこに住まう生物はエーテルを消費して生きる事が不可欠である。

 

 だが龍族は土地のエーテルを活性化する能力を保有している。即ち、その場にいるだけで土地を豊かに、そして再生力を向上させる。龍という種はこの星を長期に存続させる為には必要な生物であり、また神々が地上を離れても星が枯れないよう維持する為の機構でもある。故に彼、彼女らは非常に優秀な土地管理者であると言えるだろう。

 

 故に龍族の保有する権限は一種の神権だと言えるだろう。それこそ神々の承認が必要になるが、彼、彼女らは神権を用いたテラフォーミング能力まで保有する。神々の代行者として星の再生とケア、その管理を行う事を考えれば当然の機能だと言えるだろう。存在するだけで土地を豊かにし、そして神々の代行者として地上で穏やかにある姿、その様子はまさしく星という庭園の庭師だと呼べるだろう。

 

 我々人類はこのことを自覚し、支え合いながら生きて行かなければならない。これからの我々の未来はこの偉大なる種族とどうやって生きて行くかで変わって行く―――。

 

「……ふぅ、漸く読み終わった」

 

 読み終わった《龍と大地》を閉じて、ベッドに寝転がったまま片手で掲げるように頭の上まで持ち上げた。エメロード・ヴェイラン邸、即ち現在生活している我が家の自室、今日は講義も何もない日だからかねてよりワイズマンから借りていた本をゆっくりと読み進めていた。それを漸く読み終えた。非常に古い本で、書かれている言語も相当古い文字だった。だが龍にそういう地域や時代による文字の差は意味がなく、そこに込められている思いや意味を捉えている為、文字が解らなくても読む事が出来た。

 

 とはいえそれにもそれ相応の集中力が求められるのも事実であり、読むのに時間がかかってしまった。とりあえずはワイズマンが敵ではないと知れたからレンタルされた本だが……これが相当古い時代に書かれたものであるのは、読んでいる内に理解した。少なくともこの本の作者は龍族と人族が手を取り合って生きていた時代の人だったようだ。それは何年前の話だろうか?

 

 千年? 万年? どれぐらい過去の出来事だったのだろうか……そんな風に龍が憎まれる事もない時代だったのだ。きっと凄く穏やかな時代だったのだろうと思う。

 

「しっかし地上管理者、神々の代行者ねぇ……そんな大層なもんだとは思えないけど」

 

 はあ、と溜息を吐いて本を降ろすと部屋のテーブルの上へと投げ捨てた。とりあえず何か見落としがないか、もう一度読み直す必要はある。だが《龍と大地》の内容は大体頭の中に叩き込んだ。だからこそ謎が増えたという感じにベッドに転がっているのだが。

 

 枕の横に置いてある白いクジラの人形を手に取って、抱き枕みたいに両手足で抱き着きながらベッドの上を軽く唸りつつ転がる―――人形は聊か少女趣味かもしれないが、可愛いと感じるもんは可愛いんだ。それは男も女もあんまり変わりはないと思う。まあ、それ以外にもダーツボードが部屋にあったり、趣味で購入した武器を壁に飾ったり、男と女の趣味が入り混じったような不思議なインテリアになってしまったが。それはそれ、男と女の感性を両方併せ持つ俺らしい部屋だと思っている。

 

「龍は地上管理者であり神々の代行者……って話だけど、良く解らないな」

 

 何故、神々はそんな事をする必要があったのだろうか? いや、龍を星の管理の為に生み出したとしたらそもそも神々もそこまで万能で全能ではないという事だろうか? 少なくとも龍が滅びてからまた管理代行者を生み出していないのは、もうそれだけの力が残されていないのかもしれない……。

 

「うーん……なんだろうなあ、このもやもや感。俺が本当に星を再生する為に生み出されたとして……本当にそれが出来るんか? って感じだしな……」

 

 口元を人形に埋めながらごろんごろんと転がる。うーん、むむむと唸りながら考える。考える事が多すぎて、複雑すぎて、答えが出てない感じがある。それでも考える事が出来るだけまだ良いだろうとは思う。少なくとも自分が、龍という生物がどういう存在で、何のために存在するのかは解っただけ良いとは思う。

 

 これはネグレクト系マザーであるソ神様が絶対に教えてくれなかった事だ。彼女は依然、どうでも良い事では口だしする癖に大事な事だけは絶対に口を割らない。

 

 まるで余計な事を知ってほしくない、過保護な母のようだと思う。

 

 だけどこうやって調べてその意味も少しずつ解ってくるかもしれない。知るという事はつまり、その知識に縛られるという事でもあるのだから。知ってしまえば無知だった頃には戻れない。人は己が知る事に縛られ、そして役割という形にはめ込まれる。もし、俺がソ様に俺の役割がそうであると言われたら、きっとそれを意識していただろう。《龍と大地》を通して、俺は自らの役割を知った。

 

 だが未だに首を傾げる。

 

 俺は本当に、そんな大層なもんなのか……?

 

 少なくともそれだけ偉大な種だったのであれば、何故人間の手によって俺1人という所まで追い込まれ、絶滅の危機に瀕しているのだろうか? 龍と人に関する歴史、その重要な部分がごりっと抜けているのは確かな事実だ。この書籍が書かれた後で龍と人の間に確かな亀裂が生まれたのだろうが……その中身が不明なのだ。

 

 間違いなくあの聖国、その建国や過去に関わっているのだろうが、それに関する情報は存在しない。書籍としても、情報としても完全に管理されている。或いは聖国に行けばあるのかもしれないだろうが、あそこまで旅行するのは間違いなく自殺志願だろう。

 

 少なくとも俺が龍だとバレていないのは俺が静かにやっているからだ。派手に動く様になればその分間違いなく察知されるだろう。そもそも龍を探して殺しに行ってた連中なんだ、何らかの察知する方法は存在すると思った方が良いだろう。だからこそ俺もなるべく人間らしい行動と生活を心がけているのだ。

 

「管理代行者、ねー……テラフォーミング機能とか本当にあるのかぁ?」

 

 少なくとも自分にそんな力を感じた事は1度もなかった。いや、まあ、龍変身ぐらいは出来るけどそれも1度も使ってないし。機能として自分の中にあるのを自覚している程度だ。だがそのテラフォーミング機能というのは自覚出来ないのだから、多分自分の中にないんじゃないか? とは思わなくもない。或いはまだ若すぎて備わっていない、とか。

 

 数千年とかざらに生きる種族からしたら、俺なんてまだ卵の殻を被った幼龍でしかないだろうし。とはいえこんな機能が存在した所で俺にどうしろって話でもある。

 

「でもなあ―――俺が今という時代に起きた事、それ自体には意味があると思うんだよなー」

 

 少なくとも、俺が周囲を活性化させるという事に関しては自覚はあった。俺の周囲では動物たちも、人も皆どこか普段以上のパフォーマンスや成長力を見せている。そしてこの世界において、エーテルの濃度が高い場所は人や環境の進化を促す。つまり俺がそこにいるだけで肌の調子が良いリア達とか、変な進化を起こしている動物たちとか。そういうのは俺が近くにいる事が原因になっている。

 

 俺がいるから環境エーテルの活性化が行われ、良い方向へと成長する。少なくともエーテルという資源は星の呼吸だ。オイルなどと同等の自然燃料だと考えればそれは消費文明が進めば何時かは尽きる資源でもある。

 

 それを再生する為に龍という地上管理者を生み出し、エーテルの活性化と再生を任せるのは理に適っている話ではある。

 

 問題は地上にはもう俺しか残されていない事だが。そして俺だけだと、未熟すぎて国一つどころか都市一つを活性化させるのでさえ無理だ。可能なのは同じ施設にいる生物、土地ぐらいだろうか? 本を読み解く事で自分が成長促進と環境活性の力がある事も解ったし、使い方もなんとなくは理解出来た。

 

 だが謎は深まるばかりだった。

 

「ま、悩んでてもしょうがないのは事実だしな」

 

 ごろん、とベッドから転がり起きて鯨の人形をベッドの隅へと放り投げる。起き上がって背筋を伸ばす様に体を捻り、軽く体を解したら窓の外へと視線を向ける。どこまでも青く染まった空は春からもっと鮮やかな夏へとその色を変化させて行っていた。

 

 空気も少しずつ春から夏の匂いが入り混じるようになってきた。このまま何事もなく進めば季節は夏になるだろう―――まあ、何らかのイベントを期待している、という訳でもないのだが。それでも夏は初の長期休暇になるだろう。問題はここから辺境へと帰る場合、馬車を使ってまた時間をかけて帰る必要がある。往復で考えなければならないから、長く辺境に留まる事も出来ないだろう。

 

 その苦労を考えて、辺境の方々からは戻ってくる必要はない、と言われている。

 

 まあ、俺単身であればロックの背に乗って数日で往復する事も可能だし、その事を考えての話でもある。今でもロックを使った連絡や手紙を送っている。それにあちらはだいぶ満足や納得しているご様子だった。

 

「夏休み、か……」

 

 夏休み。知り合いは皆、色々とやる事があるらしくて忙しそうにしていた。実家が近い連中は一旦帰省する予定があったり、遠くから来ている連中はエスデルの中央観光に行く予定を立てていたりする。その中で、リアやロゼはまだ特に予定らしい予定を決めていないし、俺も特に何かをしようという予定は立てていなかった。

 

「……」

 

 コンビニのベンチでアイスキャンディーを食べる。海で泳いで海の家でバカ高い焼きそばを食べる。花火大会へと花火を見に行って……夜店でまたバカ騒ぎする。

 

 この季節になると日本で過ごしていた夏の記憶を、どうしてか思い出してしまう。もしかして俺の魂は、未だにあの地球に囚われたままなのかもしれない。ここに来て8年ではまだ地球に対する未練や気持ちを切り捨てられていないのかもしれない。それともこっちで始まった生活に、ホームシックを感じているのだろうか? まあ、地球の事が忘れられないと言えば忘れられないのは事実だ。そこら辺の精神の平凡さは、俺自身が平凡だからどうしようもない。

 

「龍の役割か……俺に求められるものがあるのか?」

 

 土地の再生、活性、テラフォーミング、管理、代行―――考える事が多すぎる。俺に求めているんだとしたら見当違いだとしか言えない。

 

 今の世の中で龍がその存在意義を果たすのは無理だ。起こすんだったらそこら辺の問題を解決してからにしてほしい。じゃないと起き上がってから即座に殺されてしまう。というか殺される直前だった。あの恐怖は未だに心の奥底に残っている。原初の恐怖―――死への忌避感。

 

 あれが消える様な事はない。

 

 ま、それはそれとして俺もやる事を考えなくちゃならない。

 

 夏休みの間、俺達は相当暇で、そして自由になる。学園が閉鎖されるという事はないし、クラブや研究会も普通に活動している。だがその間に講義は行われないから、学園に通う必要もないだろう。リアもロゼも何らかのクラブ活動をせずにいるから学園に拘束される事もない。

 

 だから帰省するのも一つの手だったのだが、距離的に難しい所がある。やはり近場で夏を過ごさなければならないだろう。

 

「夏……どうすっかなあ」

 

 海とか近くにないし、行ける距離にあるのは湖か。あそこは学園管理の探索地だが、学生であるリアとロゼがいるなら利用できる場所だ。

 

 あー、でも湖で遊ぶなら水着調達しなきゃならないのか。

 

「水着……水着かぁ。流石に水着は恥ずかしいなあ」

 

 下着姿で部屋の中をうろついたりする事は出来るし、リアと一緒に風呂に入る事だってするが、それと水着になる事はなんというか……感覚が違う。水着を着るという行為そのものが恥ずかしさを伴うのはやっぱりジェンダーの違いから来るものだろうか。

 

 ちょっとだけ自分の水着姿を想像し、頬を赤らめる。あまりえっちなのは嫌だな、うん。

 

 まあ、何にせよ夏だ、夏。龍の事が少しばかり解った程度で自分の問題が解決する訳でもない。ただ、この本は天想図書館から獲得したもんだと、借りる時にワイズマンは言っていた。

 

 なら龍の事をもっと知りたいなら―――王都近辺にある、天想図書館に俺自身が挑む必要があるだろう。

 

「ま、丁度長期休みだしな。護衛の代役をるっしー辺りに頭下げてお願いするとして……その間に天想図書館に挑戦するのもアリかもな」

 

 知れば知る程深まる謎は結局のところ、解明しない限りは喉に刺さる小骨の様にひたすら苛み続けるだろう。何も語らぬ神がいるのだ、自分の脚で歩いて真相を探るしかない。ただ、今は、

 

 そんな事よりもリア達が学生として味わえる3度限りの夏がやってくるのだ。

 

 一生の中に永遠に残り続ける思い出。この時間がどれだけ大事で尊いのかは、学生と言う身分を卒業して初めて実感できるものだ。

 

 だから俺も、彼女達が笑顔で振り返れる様な夏の為に、頑張ろうと思えた。




 感想評価、ありがとうございます。

 龍に関する情報のアップデートが行われた所で幕間はここまで。次回は軽い情報整理とまとめを行い、その次からは夏休み編開始になります。

 エデンの部屋は意外とぬいぐるみが置いてあったりする。本人は少女趣味だと思ってるけど割と気に入ってる。

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