TS龍娘ダクファン世界転生   作:てんぞー

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グランヴィル家の日常 Ⅷ

 脳内ではベートーヴェンの“運命”が流れ出していた。アレってなんか絶望的なときに流れる感じのイメージあるよな。衝撃を受けた時とか。どうしようもねぇ時とか。

 

 まあ、つまりは今の話だ。

 

 というか昼食自体は滅茶苦茶美味しかった。

 

 という訳で食文化の話をしよう。

 

 実は結構進んでいる。煮る、焼く、蒸すなどは基本として調味料を使った複雑な味を求める料理なんてものもちゃんと存在している。これは中世レベルの話となると結構おかしな話だ。何故なら地球における中世と言えば胡椒で戦争を起こすレベルの料理だったのだから。アジアとかはまだマシだったのだが……それでも料理の、美味しさというものの探求と追及というのは10年や20年で進化するものではない。じゃあ何か、何がこの世界の料理レベルを上げたのか?

 

 信仰。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 この世界の人間にとって神の為に働く事は普通で、そして疑う様な事ではない。オラクルを通して神の声を聴く事だって出来る。神に捧げる為に技術を磨き、神の声を聴いて改良する。そうやって技術は飛躍的に進化している……のかもしれない。少なくとも現代では見る様な香辛料の類もこの世界は割と手に入るものらしいし、そういう所で影響が出ている部分もある。少なくとも料理の味とかはかなり高いものを感じた。

 

 だから大満足だった。豚とも牛とも言えない肉……の煮込み料理はマジで美味しかったのだ。色々とハーブが入ってて味が付いてて。たぶんトマト系の野菜で煮込んでいたんだと思うけど。それにパンを浸して噛みちぎって食べていた。これがマジでやべーんだわ。

 

 そしてそれで美味しさに脳味噌を持っていかれたのがダメだった。

 

 気が付いたら無色の神殿前だった。

 

 自分のあまりの馬鹿さ加減に流石に今回は嫌になった。脳味噌まで幼女になったか? でも今体が幼女だわ……あんま反論できねえ……。

 

 そんな訳で楽しかったランチタイムは爆速で過ぎて行き、処刑台に向かう囚人の気分で街中を歩いていた。向かう場所は教会へ、だ。名称は神殿らしいが。

 

 しかしこうやって神殿前までやってくるとその圧倒的な造形美、とでもいうべきものが伝わってくる。

 

 ただただ美しく、流麗だ。流れるような円形をメインにしたつくりをしているのは中東の宗教建築に近いようで、ギリシャやヨーロッパで見る教会や神殿の建築様式にも見える。ここら辺、見ているだけでも割と飽きの来ない部類なのだが流石に異世界の建築技術までは解らない。地球だったら歴史の授業と世界史で割と習っていて覚えてはいたのだが、この世界の宗教施設も略奪と上書きの繰り返しで色んな技術が混ざったのだろうか?

 

 何にせよ、無色の神殿とは外観からして中々面白い施設だった。それを外側から眺めていると、横から声がした。

 

「こういう辺境の街では神別に教会を用意する事は出来ないだろう? だから複合型の神殿を一つ用意するんだ。そしてそれぞれの神を祭る場所を神殿内部に用意するんだ。これが無色、と言われる所だね。僕たちにとって神を身近に感じられる事はとても重要な事なんだ」

 

「おー」

 

 もうそうとしか声が出なかった。他になんて言えば良いんだ?

 

「大丈夫さ、悪い事にはならないよ」

 

 なるんだよなあ……。神殿へと続く階段を上りながら表情には一切見せないようにする。グローリアは楽しいのか手を繋いできて揺らしている。まあ、俺もこんな状況じゃなければ神殿観光を満喫できただろう。意外と人の出入りは多く、どうやら祈りに来ている人がいる様だった。基本的に彼らの姿は穏やかで、満たされている様に見える。

 

 振り返りながら街を眺めた。そして思う。やはり信じられるものがあると心持が違うのだろうか? 死後の安寧があるとないとじゃ考え方が、死への恐怖が薄れるのだろうか? どちらにせよ、神という超越存在のある世界では彼らは神の実在を疑わなくてもいいのだ……それだけで地球で続く宗教戦争と無縁だと考えれば、羨ましいのかもしれない。

 

 悪い事には、ならないか。

 

 俺も神様を信じてみるかー。

 

 ちょっとだけ、信心深い人達の事を信じてみる事にした。

 

 エドワードとエリシアに連れられて入った神殿内部は静謐な空気が保たれていた。神様別に祭壇が用意されているという訳じゃなくて、作り自体はカトリックの教会と似たような感じがする。祭壇の前で祈りを捧げる人たちはどことなく満ち足りた表情を浮かべている……神の声か、或いは気配を感じているのだろうか? きょろきょろと視線を辺りに巡らせていると、ローブ姿の神官がエドワードを見かけて近づいてきているのが見えた。短い金髪の老神官は笑みを浮かべながらゆったりと、音を立てないように近づきながらエドワードと握手を交わす。

 

「お久しぶり、チャールズ司祭」

 

「これはグランヴィル卿。神殿へ来るのは珍しいですね。叡智の神も、戦女神もどちらもあまり祈りを必要としない神だった覚えでしたが」

 

 戦女神とは、エリシアの信仰している神だろうか? 今でも滅茶苦茶物騒な神様信仰してるじゃんこの人妻……。

 

「今日はオラクルの方に挑戦したくて。ウチの簡易祭壇だと格が足りないので」

 

「おや、神の声をお求めですか。ですが応えるかどうかは神々次第です。失敗してもあまり気落ちなさらぬように」

 

「えぇ、解っている。けど不思議と今日は成功する気がしてね」

 

 そう言えばエドワードって基本的に丁寧だけど敬語で話す姿を見ないよなあ……根本的に自分が上位者というか、上位の階級の人間である事を意識して他の人と喋っているのかなあ、なんて事を唐突に考えた。いや、こういう事を考えるのが現実逃避であるのは良く解っているんだが。ただやっぱり純粋に心配しているエドワードやエリシアの姿を見ていると、何も言えなくなる。この人たちは本当に俺がドラゴンだって知ったら殺しに来るのだろうか? 龍が悪の生き物だというのが世間一般のイメージである事以上は、色々と恐ろしくて聞けていない。

 

 だけど、もしかして信じて良いのかもしれない。

 

 この善き人達を。

 

 ……俺も覚悟を決めよう。駄目ならその時はその時考えよう。そう思って近くのベンチまで移動して座るエドワードの横に並ぶ。

 

「オラクルというのが神の声を聴く行いなんだけど、特別な手法とか手段は別にないんだ」

 

「ない、ですか?」

 

 うん、と頷かれた。

 

「神に近い場所―――つまり神殿や教会で祈りを捧げる事で神との交信を行う事が出来る。それを通して神々の声を聴くのがオラクルなんだけど、別にどこでも良いって訳じゃなくてね。やはり場所の相性とか神聖さとか制限があるんだ。だからこういう大きな神殿とか教会でやる方が成功率は高いんだよね」

 

 だからね、

 

「祈るんだ。心の底から。伝えたい想いを神々へと―――かの方々は常に我らを見ている、見守っている。それこそ神の目から逃れる術でもない限りは常に我らを見てくださっている。だから祈りは、届くんだ」

 

「……うん」

 

 エドワードにそう言われ、ベンチに軽く尻の位置を調整するように座り直しつつあると、横にグローリアが座り、その横にエリシアが座る。4人で並んで座りながら、両手を合わせて祈るように拳を作り、目を閉じる。日本にいた頃は宗教なんて特に信じた事はなかった。

 

 神様の存在も信じたことはなかった。

 

 だから、今でも少し疑っている部分はある。本当に神は実在するのか? 本当に俺を見ているのだろうか?

 

 その事実は今、ここで確かめられる。

 

 ふぅ、と軽く息を吐いて祈る事にした。神様、神様、と心の中で語りかける。

 

 ―――果たして俺は、生まれてはいけなかった存在なのでしょうか?

 

 なら何故、俺は生まれてきたのでしょうか。

 

 どうして、俺はここにいるのでしょうか。

 

 どうやって、助かったのでしょうか……。

 

 神様、神様―――どうか、教えてください。

 

 自分が抱えた疑問を、恐怖を、答えを求めて目を閉じて祈る。何も見えない暗闇の中、光が見えた。反射的に目を開こうとするが、目は開かない―――いや、自分は暗闇の中に漂っていた。意識がまるで肉体から剥離し、意識だけが別の場所へと導かれたような、夢を見ているような、そんな不思議な感覚だった。目の前には光が一筋、差し込んでいる。

 

 そこに、人影が現れた。

 

 美しい、女性の姿をしている。僅かに浮かび、その背に四つの白い翼を生やす事から人ではないのが容易に見て取れた。長く伸びる金髪は浮かんでもなお下へと向かって伸び、闇の床に触れる程伸びている。シンプルな白いチュニックに身を包んだ女性は―――いや、女神は舞い降りるように現れた。その美しすぎる姿はとてもではないが現実ではなく、想像上の存在であると言われても納得が出来る程に。

 

 伏せていた目を開いた女性―――いや、女神はゆっくりと目を開き、此方の存在を視界にとらえ、そして微笑んだ。

 

エデン……私の、可愛い……エデン

 

 慈しむような、心の底から愛する様な、そんな声がした。

 

大丈夫よ……私は、貴女を赦します、愛します、認めます……恐れないで……この世界を、人を

 

 この言い方、恐らくこの人が、

 

「人理の神、ソフィーヤ……?」

 

 口が動いた。動かせた。ここがどこだかは解らないが、それでも神へと声を放つ事が出来た。祈りに応えるように現れた女神は微笑み、そして頷いた。不思議と、心を穏やかにさせる声が先ほどまであった胸の中の苦しみ、痛みを和らげるようだった。この人を見て確信出来るのは、龍に対する憎しみと言うべきものが存在しない事だ。

 

「どうして? なら、どうして」

 

 どうして、俺は殺されかけた。どうして俺は死にかけたんだ? 何故そんな目に遭わなきゃいけなかったんだ。その感情を胸に女神へと問えば、女神は悲しそうな表情を浮かべた。

 

私の、過ちでした……そして人の、過ちでもあります。もはや、覆しようのない。だから、エデン……私の可愛い、エデン……どうか、自由に生を。私は貴女の生を愛し、祝福します

 

「待って! それ答えになってない! 待ってくれよ! じゃあ、何で龍は狩られたんだ!」

 

 手を伸ばして女神へと言葉を求める。だが女神の姿は徐々に薄れ、消えて行く。

 

龍達は―――自らの意思で―――

 

 それだけ伝えるとソフィーヤ神は、申し訳なさそうに頭を横に振った。その姿はさらに透けて消えて行く。

 

「自らの意思で、って! ソフィーヤ! ソフィーヤ神!! 行かないで! お願い、教えて欲しいんだ! たくさんあるんだ、聞きたい事が! なあ! 頼むよ……」

 

 言葉を放つが、女神の姿は消え、意識が覚醒した。目を開けば自分の姿は教会の中にあって、祈りのポーズのまま、微動だにせず体は停止していた。ただありえない現象を前に、不思議と心の穏やかさと激情と損耗が入り混じったような、言葉に出来ない状態を感じていた。

 

「……夢?」

 

 いや、手の中に凄い汗が溜まっている。祈る為に組んでいた手を解けば凄い力で手を握っていたのが解る。先ほどまで女神と話していたのは決して夢ではない……恐らくは現実だ。アレがオラクルなのかもしれない。圧倒的なまでの存在感、出会った瞬間に自分の全てが包まれ、何をしても小指の上から逃れられない全能を相手にした感覚……生命とは到底思えない、そんな次元違いの圧倒感だった。

 

 アレが神。

 

 成程、アレが神か。

 

 勝つとか負けるとか、そういうステージにはない存在。しかも話し合う事さえも出来る世界。そりゃあ誰だって神の存在を信じて受け入れるに決まっているだろう。俺だって今、神の事を信じて敬う気持ちが生まれている事に驚くぐらいだ。だけどそれぐらい人という生き物とは違ったんだ、神という存在は。

 

 茶化したり、ツッコミを入れたり、ボケたり……そういう行動が、自然と全て不敬に感じられた。出会った瞬間に強制的に背筋を伸ばされる様な存在感。

 

 アレが、この世界の神なんだ。

 

「……」

 

 オラクルを終えた疲労感の中、片手で顔を押さえながら息を吐く。未だに祈りの最中らしきグランヴィル家の面々を置いて、思考は目まぐるしく駆け抜けていた。

 

 あぁ、なんだろう。

 

 龍は悪で、人は善。

 

 何か、物事はそれだけで終わらない……もっと難解で複雑な問題が隠されているような、そんな気がしていた。

 

 俺にはきっと、知らなければならない事がある。

 

 たぶん、俺の命にも、ソフィーヤの言葉にも、

 

 見つけなければいけない意味があるのだ、と。




 なお、世間一般における龍=悪の認知は何も変化していないものとする。

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