サマー・バケーション
大剣を肩に乗せ、空いている片手で棒付きキャンディーを口に咥える。視線を向けた先には5メートル級の鋼の巨人が―――前世であればロボットと表現出来る物体が鎮座している。実際のところ、科学的技術の多くはその鋼に採用されていない。本来必要とされるコンピューター等の技術はまだ存在せず、素材も高価すぎるからだ。だから足りない部分は魔導技術によって補われた。つまり、こいつは鋼を材料に作成された機械的なゴーレムだった。ちょっと車を思わせる様な上半身のデザイン、肩に装着されたバルカン、それらはどこからどうみてもロボットなのだが―――種別で言えばメタルゴーレムとでも言うべき存在だった。
その周囲にはゴーレムを制御する魔術師の姿と、そしてそのメンテナンスを行う技術班が数名作業中だった。装備、そしてゴーレム自身の最終チェックを行っており、これから行われる模擬戦に対する準備が行われている。まだ少し時間かかりそうだな、と開かれているハッチの内部をチェックしている様子を見て振りかえる。そこでは杖を片手に、もう片方に薬品の詰まった瓶を握ったくすんだブロンドをツインテールにした少女の姿がある。
「そっちの準備は大丈夫かソフィ?」
ソフィア、エメロード学園に通う貴族子女の1人だ。とはいえ、下級貴族と呼ばれる層に入る彼女の生活はかなりギリギリの所があり、下手すると平民よりも困窮した生活を送っているのが実態という少女だ。
「私は大丈夫ですよ! それにゴキ研も報酬はかなり色を付けてくれましたからね! ご機嫌ですよ! ご機嫌っ! 超ご機嫌ですよ! だから今日は頼みましたよエデン! 今日の報酬は貴女にかかっているんですから!」
「あいあい」
テンションの高いソフィアの姿に苦笑する。実家も貧乏なら、こっちでの生活も困窮している。だからソフィアは積極的に学生課に張り出されているアルバイトに手を出している。エメロード学生課のアルバイトは基本的に同じ学園の学生たち、それも貴族が張り出しているものだ。だから内容の割に支払いの良いバイトがそこそこある。生活苦の学生はそういう依頼を優先的に引き受けて処理し、なんとか小遣いを手にしている。そしてソフィアはそうやって依頼を処理する側に回っていた。
まあ、それで稼いだ金の大半を仕送りとして実家に送っているのが、彼女が困窮している理由の一つでもあるだろう。
俺はそれに、安値で雇われて付き合っている身だった。というのも、元はロハで付き合う予定だったのだが、ソフィアがそれでは割に合わないと言い出したから最低限の対価を貰うようになった。まあ、そんな事もあり今は学園でも名物となっているゴキ研―――つまりゴーレムキング研究会を相手にしている所だった。
「いよーし! 最終チェック完了! 魔導サーキット良し!」
「マギアルゴリズムドライブオッケー!」
「魔力注入するわよー!」
「ゴーゴーゴー!」
ぶおん、と音を鳴らしながら鋼のゴーレムが起き上がる。その身に魔力が充填されて行き、サーキットを通って魔力が電力に変換されて行く。魔導と科学技術の融合によって生み出された鋼の戦士は今、その力を証明する為に立ったのだ。その横でゴキ研の部長が拳を力強く作った。その視線はゴーレムから此方へと向けられ、
「それでは宜しく頼んだぞ! くれぐれも! なるべく破壊しないように頼むぞ!? 細かい部品とか滅茶苦茶高いんだからね!?」
「解った解った。……スクラップならリサイクル出来たよな?」
「不安になる事言うの止めて―――!」
反対側から上がってくる声をげらげらと笑いながら流すとゴーレムが一歩踏み出してきた。それを見て後ろからソフィアが声を飛ばしてくる。
「エデン! 防御メインでお願いしますね! 攻撃しちゃだめですからね! ね!」
「解ってる、解ってるってば! 俺、そんな破壊的に見えるか!?」
「Mk55を消し飛ばしたのはお前だろうがあ―――! 行けMk61ィ―――!」
そう言えばそういう事もありましたね? 思い返しながら正面、足に追加されたローラーが唸りを上げる音を聞いた。ローラーによって加速された鋼の肉体が一気に加速して接近してくる。その片腕はパイルバンカーを装着しており、拳を作って射出する準備を整えながら突撃してくる。
それでも速度自体は楓やダン程ではない。良いとこ、“加工物”の最上位ぐらいだろうか? そう判断しながら肩に担いだ大剣をそのまま、正面から突っ込んでくる姿をバックステップで回避し、続く拳と腕に装着されたブレードによる連撃をステップを踏んで回避する。射線をソフィアから外せば肩のバルカンが稼働する。
「俺に向けて容赦なく撃ってきやがったなこいつ」
「いや、だって効かないし……」
飛んできた弾丸を一発指で掴んで投げ捨てつつステップを加速させて回避する。素早く側面に回り込もうとすれば、ゴーレムが足元のローラーを駆使して綺麗なターンを見せる。その姿は少なくとも着実な成長が見て取れる進歩だった。おぉ、と声を零しながら振るわれるブレードを大剣で弾き、続いて放たれるパイルバンカーを大剣の腹を見せて受け止める。
「おっ」
体が浮かび上がって吹っ飛ぶ。流石にパイルバンカーの衝撃を殺しきる事が出来ずに体が大きく後ろへと浮かび上がるように吹っ飛んだ。とはいえそのダメージが肉体へと通るには、火力が足りない。
「そいや!」
と、入れ替わるように魔法が放たれた。氷の槍がソフィアから放たれ、ゴーレムの装甲に衝突し、弾かれる。普段見慣れている自分や楓とかの火力と比べるとなんとも可愛らしいものだ。それでもまあ、別段それが専門でもない者が放ったものだと思えば、悪くはないだろう。とはいえ、装甲に対して傷1つもないとこを見るにゴーレム自体が中々良い性能をしているようだが。
流石Mk61、これまでにスクラップにされてきた怨念を背負いまくっている。ソフィアが錬金術で生み出したアイテムや魔法を使ってゴーレムの装甲テストを行っているのを見て、良し、と大剣を掲げる。
「俺もちょっと力込めちゃうぞー!」
「止めろ!! 止めろよ!!! 絶対にやめろよお前!!!! ふざけんな!! あああああ―――!!!」
「いやあ、発狂する部長の姿は見ていて面白かったなあ」
「外道ですか」
アルバイトが終わったら早速手に入ったバイト代で学生カフェを堪能する。俺はそもそも1食分の報酬しか貰わない様にしているので、早速貰ったもんを全部使いきる形になっている。そもそも俺はブロンズ級の冒険者だ。正規の値段で雇用しようとすると軽くソフィアの予算をオーバーする事になる。だから俺はこの仕事の後の一食分を報酬に働いている。それだけで俺には十分だったからだ。こうやって働いて、適当に時間を潰せるものが欲しかった。
俺はベリーパイをフォークでサクッと音を立てながら割って切る。正面に座るソフィアはモンブランをちょっとずつフォークで掬う様に食べる。学園の料理研究会が運営するカフェの一つだが、ここは偶に出す創作の特大地雷を引かない限りは中々スイーツが美味しい。なお、この前、特大地雷を引いてたまらず近くの植木に口の中の物を全部吐き出した事件は未だ記憶に新しい。
「でもほら、実際には砕かなかったし」
「表現が砕くって時点でもう尋常じゃないんですよね……いえ、まあ、確かに剣を持ち上げる度に発狂してダンスしだす部長の姿は見てて面白かったですけども」
奇声を上げながら踊り出す部長の姿は本当に面白かった―――まあ、ゴキ研のゴーレムキングMk61は性能試験を経てMk62へとその内生まれ変わるだろう。科学と魔導という両方のアプローチでゴーレムを作成するプロジェクトはまだ立ち上がったばっかりだし。予算もそこそこもらえているのか、割といい値段のバイトになっているらしい。まあ、それで恩恵を得るのはソフィアなのだが。
「そう言えば部長さん、帝都中央工房の内定貰ってるらしいですよ」
「帝都中央工房って大陸の最先端じゃん」
「うん。ゴーレムキングプロジェクトはその手土産として完成させたいんだって」
「志が高いなあ」
帝都中央工房、略してICW。現在の大陸で最先端技術を扱う工房であり、また魔界由来の技術の解析を行う場所でもある。ICWでは日夜魔界技術の解析とその応用、俺達の世界でどうすれば使える様になるかというのを研究している。銃や魔導機の作成の大半を帝国が行っていると言えばどれだけ帝国がこの手の技術者研究者にとって夢の職場になるだろうかは解るだろう。
まあ、魔界由来の技術を使っているから聖国からは死ぬほど睨まれているらしいが。帝国の皇帝陛下は中々先進的な考えの持ち主らしく、常識や既存のやりかたのまま良しとはしない人物らしい。まあ、帝国に向かう予定はまだないから細かい事を気にする必要はないだろう。
「ソフィアは進路考えてる?」
「私ですか? まあ、卒業したら実家に帰ってどっか良い所に嫁げたらなあ……って感じでしょうか。現実的に考えてあまり選べる選択肢がないと言いますか……養わなきゃいけない家族がいますし、やっぱ結婚が安泰なんですよねー」
「へえ、やっぱ貴族女子ってそんな感じの将来なんだなあ」
「まあ、大体はそんな感じですね。女子として生まれた以上、未来は9割方決まっているも同然ですよ。どれだけ頭が良くても、子供を産めるのは私達だけですから、家の血を残すという仕事がありますし。そういう意味ではエデンみたいに身分に囚われない立場が一番自由が利きますよ」
「俺は……どうだろうなー? まあ、リアやロゼが老衰で死ぬまではグランヴィルに仕えようとは思うけど。子孫見守ったりするのも悪くなさそうだ」
「うーん、長命種特有のがばがば感覚」
まあ……俺の場合龍という名前、運命がどこまでもついてくるのだから。それと向き合わなければならないという話もある。先の未来の話になるというのは事実なのだが、それはそれとして俺も将来の人生設計……いや、龍生設計というものをしなくてはならないのは事実だ。何度か考えてみた事ではあるものの、真面目に考える事はそこまではなかった。まあ、時期的に考えるには早すぎる内容ではあるのも事実なのだが。
「エデンはどうするんですか? 夏休みの間。確かヴェイラン領出身でしたよね。あそこまでここから行くとなると1週間ぐらいかかった覚えがあるんですけど」
「冬季の長期休みは1度戻る予定かなあ。雪の影響でそうでもないと戻る機会もないだろうし。だけどそれまではこっちにいる予定だな。まあ……こっちにいるしかないってのが本音だけど」
「まあ、遠いですもんね」
「うむ」
ぶっちゃけ、辺境に戻るだけで一苦労なんだわ。もうちょっとアクセシビリティがマシならいう事ないが、ロックを使って飛んだところで時間がかかるという時点でマメな帰省は実行できないのだ。だからまあ、帰るのは諦めるしかない。そうなるとここら辺で過ごすしかなくなってくるが、帰省だったりなんだりで離れる連中も多い。ここに残る組としてはそこら辺、非常に不満だ。何せ、やる事が減るからだ。
まあ、それでも仕事とか探せばあるだろう。
エメロード周辺のマフィアが壊滅した後、ついにスラム街の取り壊しが決定されたのだ。その為にエメロードを囲んでいたスラム街は徐々にだが取り壊されて行っている。住民の反発なんてものも発生しているが、元々は不法占拠だったり違法行為の巣となっているのだ。それを騎士団で摘発すると当然ながら黙る事しか出来ず、武力行為でしか対応する方法が無くなってくる。すると、当然ながら騎士団とぶつかる事になる。
そしてマフィアがいない今、スラム街には対抗するだけの戦力も装備もない。元々マフィアが保有していた銃器の類は俺がこっそりと拝借させて貰った分以外は騎士団に証拠として差し押さえられている事もあって、使う事が出来ない。
それでもスラム街でしか生きる事の出来ない貧困層というのは存在する。
……まあ、そういう連中がそもそもエメロードという貴族、富裕層向けの環境に居ついている事自体が間違いなのだから、擁護のしようはないのだが。だからというか、この環境を手放したくない連中は暴力を使って居場所を守ろうとし、騎士団と衝突し、スラム街の取り壊しを行おうとする連中を襲撃しているらしい。
お蔭で今はそれを補佐、護衛する仕事もギルドに入っている。確かに襲撃を受けるかもしれないというリスクは存在するのだが、それはそれとして支払いは良い。その影響で冒険者連中はこの話に飛びついているのが現状だった。俺もみんながこの夏の間エメロードを離れるのであればいっそのこと参加してしまってもいいかな……となっている。
無論、参加するのは建造物取り壊しの方だ。人と戦うよりも重機として活躍する方が遥かに良いだろう。元々龍はその手の能力が得意な生き物だったらしいし。いや、能力の無駄遣いと言われたら確かにそれまでなんだが。それでも折角持っている力を使わない理由にはならないだろう。
それも他にやる事がなければ、という話になるが。
「ま、互いに有意義な夏休みを過ごしたいもんだ」
「私は今回の件でボーナスが貰えましたから実家でちょっと贅沢に過ごす予定です」
むふー、と息を吐くソフィアの姿にちょっと悲しくなる。やっぱ貧乏って大変だよなあ……と、実家が貧乏な身としては良く解る。今は支払いの大半をヴェイラン家が持ってくれるおかげで生活は楽だし、俺もブロンズまでランクを上げている影響で仕事には困らないからお小遣い自体に困る様な事はない。それでも家自体が貧乏だから、それなりに清貧にやっている。だから貧乏故に物が色々と足りない気持ちというのは解る。
パイの最後の一切れを口に運び、飲み込む。
見上げる空は完全に鮮やかな夏空の色に染まっていた。この世界に来て、一体何度目の夏になるのだろうか? そして俺はこの夏空を一体何度見るのだろうか? この夏の空を見る度にこれまでの事を思い出す事は出来るのだろうか? 長い人生―――そう、これから長い人生を歩むのだ。たった100年生きる人間でさえ結局、幼い頃の記憶は残らないのだ。だったらそれを超越して生きる俺はどうなんだろう?
先日までの出来事のようにガルムやイルザの慟哭を思い出せる。ワータイガーの子供を守ろうとした姿も今でも毛の一本一本の揺れ方さえ思い出せる。だが何時しかこれも、懐かしさの中に埋もれて忘れちゃうのだろうか?
1000年後の俺は、リアの事を忘れずにいられるのだろうか?
「夏だなぁ」
「夏ですねぇ」
エメロード1年目の夏がやって来た。
ソフィアとおやつを堪能してから邸宅に戻る。リアとロゼは今日は休みだった事もあり、夏休みの間にやる事や来季の選択科目を選んだりで出かける事無く忙しくしていた。まあ、夏休みが終わる前にこの手のペーパーワークをやるのは優秀な人間の証だ。前世の俺とか、夏休み最終日に全部纏めて処理してたしな。
「ただいまー。俺がいない間なにかあったかー?」
「お帰りー」
奥の方からリアやロゼの声がしてくる。まだ色々と悩んでいる最中かなあ、と思っていると足元に二股の黒猫がやってきて、体を擦り付けて来た。軽く膝を折って黒猫の姿を撫でていると、キッチンの方からメイド―――この邸宅の管理と雑事を任されているヴェイラン家の使用人、クレアがやってきた。
「お帰りなさい、エデンさん。郵便受けにエデンさん宛てに手紙が来てましたよ」
「俺宛てに? ロックを通さず?」
「はい。珍しいですよね」
クレアが手紙を手渡ししてくるのを受け取りつつ、首を傾げる。辺境からの便りの類は全てロック鳥であるロックを通して俺に送られてくる。数か月が経過した今ではエメロードの守衛も中型モンスターが何故か郵便屋さんをやっている事に慣れているし、都市の郵便局はロックに対して妙なライバル心を見出して日々エクストリーム郵便を改良して行っている。この都市、ちょくちょく変人が湧くよな……なんて思いながら手紙の差出人を確認する。
「えーて、なになに? 差出人は……ベリアル? 誰だろこれ……」
「間違いか悪戯でしょうか? 私もエデンさんにそんな知り合いがいた覚えはないんですが」
「うーん……あー、るっしーの関係者かな」
「ルシファーさんの?」
「うむ」
そういやルシファー、職業が放浪魔王と言うかロッカー魔王というかそんな感じのキワモノジョブだった筈だ。ベリアルと言えば魔神の名前だ。だがルシファーの例を見るに、魔界という世界においては魔王を示す名前なのかもしれない。魔王ベリアル……うん、なんかそれっぽいな。手紙を開けて内容を確認する。
そして見た。
―――エデン=ドラゴンへ、と書かれてある文章を。素早く文章を読み取り、溜息を吐く。そんな俺の様子にクレアが首を傾げる。
「どうしました?」
「いや、ベリアルさんからお茶会のお誘いだったよ。中央で宿泊先を用意するか、こっちで過ごしてみないか、って」
頭を掻きながら手紙を折りたたんでポケットに突っ込む。
実に困った、ドラゴンって言葉を使われたら絶対に無視できない。誰であれ、俺が龍であるという事を知っている人物なのだ。無視する事は出来ない。今のところ、理解ある人物としかエンカウントしていなかったが、それも常に続くという訳じゃないのだ。この手紙はお誘いでありながら、実質的には脅迫だ。
だから頭を掻きながら溜息を吐き、
この夏、やるべき事が決まったなあ……とぼやいた。
感想評価、ありがとうございます。
前話のまとめでエデンの技能が1個抜けてたので加筆だけしました。
そう言う訳で、夏は王国編ラスボスと過ごそう!