TS龍娘ダクファン世界転生   作:てんぞー

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サマー・バケーション Ⅴ

「―――此方がエデン様方のお部屋となります」

 

 王都、中央から少し離れたエリア。利便性よりも周囲の景観を意識して建てられたホテルは、この王都の中でもそれなりに高く8階建てだった。これは現代基準で言えばそう高くはないだろう。だがこの時代、宿屋であっても2階や3階が普通な中、ここまでの高さを誇る建築物と言うのはそれこそ砦や城でもなければ中々ない。周囲の土地をごっそりと買い取って建設したのか、或いは中央へと遊びに来た貴族がしばし休息を得る為に利用する場所なのか……商業区からも、中央区からもそれとなく利用しやすい距離にあるであろうホテルの最上階、つまり8階はフロア丸ごとがスイートとなっていた。他のフロアとは一線を画す気合の入れよう、それこそVIP中のVIPでもないと利用できないロイヤルスイートへと俺達は魔導式のエレベーターを利用して案内されていた。

 

 エレベーターが開けばもう部屋へと繋がっている。驚きの声を零しながら3人でエレベーターから駆け出して部屋へと突撃する。後ろから歩いてくるクレアからも少しだけ緊張しているような雰囲気を感じながら、俺は一直線に部屋を横断して反対側、ベランダへと通じる窓を開けた。

 

「す、凄っ……これ、家具だけでうちの全財産超えそう」

 

「この部屋だけでたぶんエメロードの屋敷よりも金かかってるわよね……」

 

「あまり悲しい話をするなよ。グランヴィル家全員が泣くぞ」

 

 まあ、家財を売らないと学園に通えないレベルで貧乏だしな……とグランヴィル家の財政状況を思い出す。まあ、俺もある程度稼げるようになったから多少はマシになっただろうとは思う。まあ、それでも生活で使うお金の大半はヴェイラン家頼り―――いや、そういう形だからこそ今の生活が許されているのかもしれない。

 

 まあ、政治の事は忘れちゃおう。それよりも開け放った窓を通して入り込んでくる風が気持ちいいのだ。カーテンが風の動きに揺れ、その向こう側を抜けてベランダに立つ。幾つか置いてあるプランターには花が植えられており、ベランダの姿を多少華やかにしてくれる。そしてこの8階という高さはホテルの敷地を、そしてその向こう側にある王都の様子を見せてくれる。このホテル程背の高い建造物がほぼ存在しないのもあり、ここからは天想図書館の姿が邪魔される事もなく良く見えた。

 

 曰く、建国王の遺産。

 

 曰く、神々の残した本棚。

 

 曰く、曰く、曰く―――天想図書館とはダンジョンである。その始まりがどういうものなのか、誰が生み出したのか、どうして存在しているのか。その詳細な記録は残されていない。この国もまだ若く数百年しか存在しておらず、天想図書館の記録が残されているのもその頃からである。そもそも今の様に真面目に記録を取るようになったのが比較的近代の出来事である、というのが悲しい話なのかもしれない。

 

 まあ、若干数百年の国の発展と考えれば成長が早い方なのか?

 

「ソファがふっかふか! 凄いこれ! 凄い沈むよ!」

 

「何かしらこれ……あ、魔導コンロ? え、これって帝国製の高級品じゃなかったかしら? いえ、他に置いてあるのも高級品ばかりね」

 

「これは侍女としての腕が試されますね」

 

 振り返るとクレアがどことなくやる気を見せ、そして幼馴染たちが目を輝かせながら部屋の中を駆け足で確認して回っていた。そんな風に興奮している幼馴染たちの姿に笑い声を軽く零し、ベランダに背を預けるように寄りかかった。ここは中々風が心地よく、気に入った。都会であってもこの時代では汚染や排気ガスなんてものは存在しないのだ。感じられる風はややエーテルが薄く感じるが、新鮮で綺麗なものだ。辺境の自然はあれはあれで良いものだが、こういう高級ホテルの感じも全然悪くはない。

 

 高級ホテルも良いけど、安いぼろホテルも良いぞお、とは個人的に言っておく。部屋の鍵は壊れているし、シャワーは浴びれないし。ベッドの上に寝袋を敷いて寝るの。この世の地獄だがアレはアレで味があるんだ。もう二度と経験したいとは思わないが。

 

 と、他の連中がはしゃいでいる間に荷物を出しておくべきか。荷物をバッグに入れたままなのを思い出し、ベランダから身を離してエレベーターの前で待機しているコランの元へと向かう。

 

「お部屋の方は此方で大丈夫でしょうか?」

 

「いや、もう、文句なしっすわ。これで文句が出てくるのどこの豪邸に住んでたの? ってレベルになるし。寧ろ高級すぎて緊張して眠れないかも」

 

「ふふ、それは困りましたね。もし、本当に何らかの不備があれば是非ご連絡を。フロント方から直ぐに連絡が付くようにしておりますから。それと、明日からは別の者を……同性の方を付けますので。明日、朝に改めて伺います」

 

「うっす。何から何までありがとう」

 

「本当に、ありがとうございます」

 

「此方も、何かお返しが出来れば良いのですが」

 

 コランに感謝を告げているとリア達が集まり、軽く礼を取りながら感謝の言葉を告げた。だがコランは笑みを浮かべたまま頭を横に振った。

 

「いいえ、いいえ。私どもにとってエデン様は非常に重要な身分のお方にあります。本来であればもっと贅を尽くし、丁重におもてなししたい所だったのですが……エデン様はそういう趣向はお好みにならないと聞いていましたので」

 

「あぁ、うん」

 

 正直このレベルのホテルでも相当緊張するにはするんだが。それでも、しばらく利用してれば馴染むだろう。俺が龍だからと厚遇してコンタクトを取ろうとする人物、ベリアル。こうやって凄い金を出して歓待してくれているの見ると悪い人の様には思えないんだよな。まあ、警戒しなきゃならないのは事実だ。それでも警戒レベルが1段階下がっているのは仕方がないだろう。

 

 しかし、こうも手厚く歓迎されると俺……本当に偉い種族だったんだなあ、という感慨がわいてくる。

 

「それでは後はごゆっくりとお寛ぎください」

 

 コランを見送ってエレベーターが閉じる。どうやらエレベーターも此方の許可がないとここまで上がってくる事が出来ない仕様になっているらしい。本当に技術というかなんというか、世界観にそぐわないというかオーパーツ染みているというか……やっぱり魔族関連の技術、異端すぎるよなぁ。

 

「工場の大量建設と資源の大量消費への始まりだった……量産の安定は生活の質を向上させて人口の爆発的増加へと繋がった、か」

 

「なにそれ?」

 

「産業革命」

 

 中世から近世へと時代が以降する上で人類が迎えるフェーズの一つだ。大量生産こそが人類という種を次のステップへと導いたのだ。大量生産を通して生活が向上して人が死に辛くなった……だったか? まあ、この産業革命によって大量消費と環境汚染が一気に深刻化するんだが。この世界がもし、地球と同じように環境汚染とかの道を進むというのなら。

 

 ……それはそれで嫌だなぁ。

 

 でもたぶん、そうやって朽ちる星を救ったり、綺麗にするのが俺の役割という事なのだろうか? ソフィーヤママンは俺に何を期待してるんだろうなぁ。まあ、聞いた所で絶対に答えてくれないだろうから、自分で考えるしかないけど。

 

 それでも、なるべく戦わない様なもんがいいわな。

 

「しかしこれ、値段を知るのが恐ろしいわね」

 

「一晩1万とか2万じゃすまないだろうなあ」

 

「値段の話は止めよう! 考え出したら吐いちゃうよ」

 

「もう、しっかりしてくださいよお嬢様方。ここでしばらく生活するのですから。ではエデンさん、荷物を」

 

「あー、はいはい。そうだったわ」

 

 普段の学生生活の間はリアに貸しているバッグも、今は俺の手元にある。それを使ってリビングの空いているところに荷物を取り出すと、クレアが素早くそれを仕分けて行く。ロゼとリアも仕事を全て使用人に任せる様な娘ではない為、仕分けられた荷物の内持ち運びやすいのを何個か手に取ると、既に見初めた自分の部屋へと向かって荷物を運んで行く。もう自分の部屋を二人とも決めているらしい。

 

「落ち着きがありませんねー」

 

「まあ、王都なんて早々来れるもんでもないしね」

 

「そう言う割にはエデンさんは落ち着いているようですが?」

 

「俺は年長者だからな……クレアは?」

 

「私は侍女ですので」

 

 成程、侍女としてのプライドがあるという事か。はー、と溜息を吐きながら適当なソファに腰を下ろす。このフロアは全体的に白をベースにしながら木製の家具を基準に、落ち着きのある雰囲気を演出している。ホテルというよりは質の良い別荘みたいな雰囲気がある。ああ、季節も夏だ。窓の外から見える空は蒼く、そして風は心地良い。暑さと風の涼しさの絶妙の組み合わせがリゾートで寛いでいるような気分にさせる。

 

「しかし魔族の貴人ですか―――エデンさんの身分が判明したらどうしましょうか?」

 

「どうにもならねーよ。俺は今の生活を変えるつもりはないよ……少なくとも最低100年間はグランヴィル家に奉公する予定よ」

 

「成程」

 

 とはいえ、と思う。俺の龍としての価値を知る人物は知れば知る程なんで俺がこんな生活をしているのか……と悩むかもしれない。俺自身はぶっちゃけ、長期的な目標とも言えるものが存在しない。あるとすれば同胞達の足跡を追う事ぐらいだろうが、それだって限度がある。100年、200年……グランヴィル家とその子孫の面倒を見たり仕えたりすれば良いだろう。だけどその先はどうなんだ? 数百年先の未来に向けてやる事はあるのだろうか?

 

 ない。そんなビジョン、今のところ俺には存在しないのだ。だから俺は俺のやりたい事を優先する。

 

 つまり、好き勝手平和に生きるという事だ。グランヴィル家と辺境でゆっくりとスローライフを楽しむ……それさえ続けば良いと思っている。まあ、世の中そんな風にシンプルにいかないからこそ困っているのだが。なんで、皆俺をもっと放っておいてくれないのかねぇ。

 

「さーて、余ったお部屋でも貰おうかな」

 

「どうぞどうぞ。今回はエデンさんが主賓みたいですし……私も実は亡国の姫だったとかないかなあ」

 

 まあ、夢を見るだけなら誰だって自由だ。クレアの良いなあ、なんて声を苦笑しながら自分の分の荷物を持ち上げ、リアとロゼが選ばなかった部屋の扉を開ける。正直、どの部屋も少し形が違うだけで基本的には全て一緒だ。個人的な趣味の範疇での違いでしかない。正直、俺から見ればどれも最上級でしかないのだから、どれだって良いだろう。

 

 部屋に持ち込んだ荷物を投げ込み、トランクケースを蹴り開けて放置する。

 

 着ていた上着を脱いで床に放り投げるとベッドに背中から飛び込む。軋むスプリングの音に柔らかいベッドシーツの感触、少しだけ香る柔軟剤の匂いに包み込むようなベッドの感触。

 

「あー、極楽。あの馬車も馬車で相当やばかったけど、マジもんのホテルはその上を行くな……」

 

 ラグジュアリーロイヤルスイートとか、そういう感じの名前の部屋だろう、これ。日本でさえこういう部屋に泊まろうとすれば一晩で数十万は溶けるに違いない。流石に俺だってここまでのホテルに泊まった事はない……ファンタジーとは別の未知の感覚を覚える。

 

「日本、どうなってんだろうなあ……」

 

 ふと、ここまで現代に近い環境にあると日本の事を考えてしまう。普段は忙しいから忘れている……というよりは、特に思い出す必要もないから忘れているというのが基本だ。だって一々日本と比べていた所で不満しか見つからないだろうし。折角異世界にいるのだから、その世界にある美しさを楽しんだ方が1000倍マシだろう。何より、俺自身この世界の事が割と好きなのだ。

 

 ぶっちゃけ、何歳で死んだとかどうして死んだとか記憶にない。

 

 年々、こっちでの生活が長引けば長引く程どうでも良い記憶から底に埋没して行く。そして何時かは思い出すこともなくなるのだろうか? 此方での出来事は絶対に忘れないのに、日本での事はそうでもない。それが脳ではなく魂に付随する記憶だからだろうか?

 

 なんともまあ、難しい話だ。ル=モイラ辺りにオラクルで聞けば答えが来るかもしれない。

 

 でも、まあ、そんなアポなし突撃したら迷惑そうだしなあ……。

 

「エデンー! 外に行こうかと思うんだけどー!」

 

「貴女がいないと私達出られないのよー」

 

「はいはい。あんなに長く馬車に揺られてたのに元気だなあ」

 

 ベッドから起き上がって投げ捨ててた上着を手に取る。肌の露出は抑えておかないと目立つから、という理由で上着は羽織っている。暑くないか、という話は龍の体にこの程度の寒暖差は意味がないという答えになる。

 

「折角だしもうちょいゆっくりしたかったんだけどなぁ……」

 

「えー、私は元気が有り余ってるよ」

 

「それに王都に来たのに何もしないってありえないでしょ」

 

「元気なお嬢様方だなぁ……クレアはどうする?」

 

「私は此方に残っておきましょう。1人残しておいた方が何かと便利でしょうし」

 

 サンキュー、と言える前に両脇をリアとロゼに腕を組む様に掴まれ、そのままエレベーターまで引きずられる。あー、鍵ー、と思ったがクレアが残る事だし別にいっか。くすり、と笑って引きずられるままにエレベーターへと乗り込んだ。

 

 ―――こうやって俺達の王都での夏休みが始まった。




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 ソ様、ママと呼ばれ興奮のあまり同僚を殴る。

 溶炎真竜君。その昔、火山を大地に咲かせる事で辺りを炎と溶岩に沈めて深海真竜くんとどっちが人類殺せるかレースをしていた。だがそれが龍殺し達の怒りに触れた。溶岩の海は超えられんやろ! と余裕ぶっこいていたら超上空から射出された龍殺し達が一気に本願まで飛び込みダイナミックエントリーしてきた。結果、両手足尻尾角と心臓2個潰された溶炎くんは人類に対する多大なトラウマを抱えてマントルに逃げた。

 衝撃の虐殺現場を見てた深海くんも以降、深海に引きこもるようになった。

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