夏の日差しの下、俺達はホテルの外へと出た。らんらんと輝く太陽は容赦なくお嬢様達の体力を奪って行く―――まあ、俺達3人は少なくとも辺境での生活に慣れている分、あまりこういう日差しの強さとかは気にしない所があった。辺境の方がエーテルが濃い影響で、あちらの方が環境は強いのだ。夏は暑く、そして冬は寒い。そういう環境が辺境にあって俺達はそういう場所で育ったのだから、これぐらいの暑さはまだ許容範囲内だった。
ホテルから出た所で両手を腰にやって、はあ、と息を吐いた。
「そんで……まずはどうする?」
「どうするー?」
「まあ、適当に店を見て回りたいけどまず王都の地理が頭に入ってないのよね」
「正直未だにエメロードで迷子になる時あるよね」
「あるある」
まあ、辺境という糞田舎にいたから大きな都市に出てきて迷子になるのは解る。実際、俺もエメロードの細かい所までは道を把握出来てはいないのだ。これでいて既にエメロードに来て数か月が経過しているという話なのだから、とことん都市と言う場所と俺は相性が悪いらしい。あの辺境のそこそこなサイズの街、アレで俺には十分なんだなあ、というのを改めて感じていた。まあ、それはさておき王都観光を実行する事となったが。
当然ながら地理も解らなければ土地勘もない。軽くリサーチはしたが、ホテルから出たばかりで右も左も良く解っていない状況だ。ここから王都を見て回りたいという話になると相当無茶になるのだから、やる事は決まっている。
「ガイドを雇いましょ」
両手を叩いて宣言するロゼに俺達は頷いた。
「さんせー」
「それしかないなぁ」
ガイド、即ち観光ガイド。この手の大都市、とりわけ王都や首都クラスの大都市はとてもではないが1日で回れるような広さをしていない。その為、街の中には道案内をしてくれる兵士や、案内や紹介を専門としたガイドが存在している。この手の街での移動を専門とするフリーランス……つまり冒険者もいて、業界用語でパスファインダーと呼ばれていたりする。そういう連中を見つけ、案内してもらうように頼めば問題なく王都での観光も出来るだろう。
となるとホテルのレセプションで雇うのが良いだろう。この手のビジネスはホテル側でも用意しているのだから。一旦ホテルを出てしまったがそのままUターンでホテルの中へと戻り、レセプションへ。ホテルのレセプションにいた受付嬢は俺達の話を聞いて頷いた。ホテルでもその手のプロフェッショナルは抱えており、話を聞いたら直ぐに手配してくれるとの事だった。
「冒険者の方ですが、当ホテルで提供できる最も信頼できる人物です」
受付嬢の言葉を信じ、俺達はホテルの言うガイドを頼る事にした。それまでの時間を潰す為に部屋へ戻るなんて面倒な事はせずに、ロビーのソファに座り込んで、ガイドを待つ事にした。
それから三十分後、その人物はやって来た。
「うーっす。俺が案内を任されたってのはお前らの事で良いんだよな?」
軽い様子でホテルのエントランスからやってきたのはローポニーに髪を纏める、少しよれたコートを羽織る30代ほどの男だった。目の下に見える僅かな隈や恰好を含めて、高級ホテルに呼び出される様な身分の人物には到底見えはしなかった。だがその格好とは裏腹に、男からはエネルギーとでも言うべきものを感じられた。やや背を丸くしているが、足腰がしっかりとしている事は隠せず、或いは陰鬱さを少々前に押し出す様に演出しているようにさえ感じられる所があった。少なくとも、見た目通りの人物ではない事だけは自分には伝わったので、片手をあげて挨拶を返す。
「せやぞ。お金はあるから媚びて良いんだぞ。媚びて来たら気持ち悪いって思うけど」
「めんどくせぇ嬢ちゃんだなあ!」
そのやり取りだけでそこまで肩肘張った関係は必要ないだろう、というのが双方に伝わった。立ち上がりながら手を出して最初に男と握手を交わす―――一応、護衛と言う身分は忘れてはいない。こういう知らない人物とのファーストコンタクトは主に俺の仕事だ。ごつごつとした男の手の感触は明確に鍛えられた、戦う者の硬い手である事を認識して満足する。
「宜しくおっさん。俺はエデン、美少女1号だ。そして美少女扱いされるとキレる」
「ローゼリアよ。美少女2号よ。私は美少女扱いされると喜ぶわよ」
「グローリア! 美少女3号!」
「おーおー、元気な嬢ちゃんたちだなぁ。今どきこんなひねてない娘も珍しいもんだ」
けらけらと笑いながら男は背筋を軽く伸ばし、ロゼとリアとも握手を交わした。
「俺はグレゴール、ロバート・アンゼル・グレゴール。気軽にグレゴールとでもおっさんとでも好きに呼んでくれ」
「おっさんさん」
「“さん”が余計かなぁ」
「おっ」
「削り過ぎだわ」
苦笑する男、グレゴールの反応の良さにちょっと楽しくなってくる。見た目に一瞬だけ不安を覚えたのは事実だが、それはそれとして他人と話す事、レスポンスを取る事、そしてリアクションを見せる事に凄い慣れている感じがある。此方が出す言葉、動きに対して退屈させない姿を見せるのが上手とでも言うべきか。リアが割と軽く接しているのを見て、悪い人ではないのは理解出来た。俺としても、センサーに悪人反応はないので割と安心できている。
ともあれ、観光だ観光。折角王都に来たのだから、色々と見て回らないと。
「そんじゃ、一応基本的な王都ツアーみたいなもんはあるけど嬢ちゃん達は特別見て回りたい場所とかあるか? この王都自体メタクソに広いから軽く見て回るだけでも1日は終わるぞ」
グレゴールのその言葉に視線を合わせる。色んな所に興味があるのは事実だが、王都という街を良く知らないのもまた事実だ。この夏の間は恐らく過ごすであろうこの王都を良く知っておきたいという気持ちもある。ちょっと待って、とグレゴールに片手を出して待ってもらいながら背を向けて軽く3人で意見を交わし合う……と言っても、結論がでるのにそう時間はかからなかった。結局の所、今すぐここに行きたい! という場所がある訳でもないのだ。
「じゃあ王都の基本観光コースで宜しくね」
「あいよ。おじさん的に一番楽なのが来たな。そこそこ満足して貰っておじさんもそこそこお金がもらえる。誰にとっても嬉しいコースだ」
「言い切ったなこいつ」
それにけらけらと笑いながら4人でホテルを出て、王都の街へと繰り出した。
―――王都、アルルティア。エスデル王国の中心にして最も栄える都市。それは最も整備され、そして活気のある都市でもある。グレゴールというガイドを得た俺達はホテルを出て道を進み、そこから王都の中央道路までやって来た。なるべく真っすぐ、曲がる回数が少ない道を歩いて行くのは俺達がホテルを出る時道を間違えない様に、忘れないようにする配慮の為だろう。当初は馬車を用意しようとしたグレゴールではあったものの、歩きに全然問題がないと知るとこういう風に配慮して道を通るようにした。
アルルティアの中央通りは東西南北からそれぞれ中央へと向かって伸びており、そして都市の中心にある天想図書館、それを囲む図書館大広場へと繋がっている。門を抜けて王都に入った所で見える天想図書館はこの街の象徴でもあり、そして物理的な意味でも中心に立っている。南中央通りにまで出て来た俺達を前にグレゴールは天想図書館を指さす。
「見ての通り、アルルティアの発展と成長は常にあのバカでかい図書館と共にあった。建国王が持ち込んだ魔本が作用した結果迷宮となった、最初からアレは迷宮でそこに知を集積した。王が持ち込んだ賢者の石であれを迷宮にした……なんて諸説がある。実際のところあの天想図書館の建造物自体はエスデル建国前から存在していたらしいな」
「ワイズマン教授はそこら辺、語ってくれなかったんだよね。建国周りの話とかちょこちょこ教えてくれるけど、肝心な所は自分で探れって言ってくるの」
「ワイズマン・セージ卿? あぁ、エメロードの学生さんか。まあ、あの爺さんは秘密主義な所があるから尊敬されていても嫌われてたりするらしいんだよなぁ。あの爺さん、建国周りの話で王の事とか建国の経緯とかは口にしても図書館関連の事はあまり口にしないからな」
ま、とグレゴールは言葉を付けたす。
「お蔭で学者先生たちは浪漫が残されたって言うけどな」
「追うべき事実、見えない真実、推測できる事から何が正しいのかを論議する」
「そういうのが好きな奴は多いからな。ま、天想図書館の細かい話は実際に入って見て確かめてくれ。中に入った所のエントランスとロビーには司書がいるからな。図書館の話をするなら連中から話を聞くのが一番だ」
「ほほー」
司書、つまり図書館を管理する存在がいるという事だ。それはそれで気になるが、今の本題ではない。天想図書館を大通りから長め、軽くそれに関する解説を聞いたら大通りを歩きつつグレゴールに王都のざっとした説明を受ける。
天想図書館を中心としたこの都市は政治と経済の中心としてエスデルを動かしている。言ってしまえば、国としての心臓であると言える。その発展の中心にあるのが天想図書館―――ではなく、それはタダのオマケでしかなかった。過去のエスデルの王族は非常に賢く、ダンジョンなんてものに頼った経済を構築した場合、それはダンジョンの崩壊と共に国の崩壊をもたらすものであるとした。
「だからエスデル王族は別の方法で国を富ませる事を考えたんだな」
それが学問だった。
幸い、国家基盤として優秀な学者等がエスデル建国時には既にいた。王そのものは相当なレベルのアホだったらしい……というのはリア経由のワイズマン情報だったが、アホはアホらしく難しい事は全部それが出来る人間、賢い人間へとぶん投げていたらしい。ワイズマンが国家の中心部で最も重要な学問を司る都市を運営しているのも、過去に王がそれ関連の権利や問題を全部ワイズマンへとぶん投げたからだ。
そこら辺の能力が王は高かった。出来る事、出来ない事、それを見極めてぶん投げられるものをぶん投げるのを見極める才能があった。そして本人にはカリスマもあった。その影響でエスデルは才人を抱え、国は成長した。知を尊ぶあり方は丁寧に、そしてしっかりと国家の下地を作り上げて国民のレベルを上げる事に成功した。そうやってエスデルという国家はこの大陸でも有数の国家へと成長したのであった。
「アイス!」
「食べる!」
「あ、俺のもなんか適当に宜しく―――えーと、それでおっさん」
「ん? なんだ」
大通りを南から東へ、商業区を目指して移動している間に見つけたアイスの屋台にリアとロゼが突撃するのを見てから話を続ける。
「エスデルが学問を根幹に置いた国家ってのは理解できるけど、ぶっちゃけそれだけで稼げる程国家運営って楽じゃないじゃん? どうやってこの国、金稼いでるの? 前々からそこら辺割と気になってたんだけど」
「あぁ、魔導品とか、魔石とかの輸出だなそりゃ」
「ほーん」
「特に帝国が得意客だよ、ウチの国は。帝国が魔導機器の大量生産を求める分、滅茶苦茶魔石やら魔導触媒とかを求めるのをエスデルが生産したり触媒の原料となるもんを掘りだしてくるんで、昔からそれで潤ってるな。ウチは魔導触媒の原材料に関しては相当恵まれてるからな」
あぁ、と声を零しながら思い出す。そういやヴェイラン家所有の領地にも鉱山とかがそこそこあったな、と。あそこで鉄とかを掘り出しているのかと思ったが、魔法に使う触媒やら特殊な鉱石を掘り出していたのか。今も昔も、結局金になるのは資源なんだなー、という辺り前の事にちょっと納得しちゃう。
「まあ、国家レベルで潤すとなると技術や学問だけでは無理があるしな」
「まあな。最終的に何で金を稼ぐかって話になるとやっぱ資源の切り売りが一番だからな。小国なら武力やら観光資源でどうにかなるかもしれないけど、エスデル程大きいとやっぱそこら辺の資源は必須だからな」
グレゴールの教養のある言葉に頷きながら、この男がここまで深い話が出来る事にちょっと驚く。
「おっさん、本当に見た目どうにかした方が良いと思うよ。中身と外面でちぐはぐすぎでしょ」
「こっちのが気楽なんだからほっとけ」
しおれたローポニーを揺らしながらグレゴールが視線を逸らすのに、軽く笑い声を漏らした。俺の名を呼ぶ声に振り返ればトリプルのアイスを両手に持ったリアが此方へと小走りに戻ってくるのが見える。笑顔で俺の分のアイスを受け取りながら舐めて―――顔を顰める。
「なに、この味」
「え? チョモモメロントッポロ味」
今、なんて? 聞いたことのない言葉がリアの口から出て来るのに首を傾げ、
「なにそれ」
「見た事のない味だから買ってみたけどどうだった?」
その言葉に俯き、空を見上げ、もう一度舐めてから頷く。
「チョモモメロントッポロみたいな味かな……」
こう、旅行先で微妙な味のグルメ品を発掘してしまったみたいな妙な気持ちになれた。こういう事故を含めて旅行の楽しみだよなあ……なんて事を考えてしまった。
感想評価、ありがとうございます。
ちなみにソ様が一番リアクション豊富ですけど、大体の神は仕事を委託してるので暇だから下界ウォッチングは一番メジャーな趣味だったりします。