煌びやかな店舗の数々。道路を歩いている人たちの姿も心なしか着飾っている様に見える。そんな景色を見る俺達は今、王都アルルティアの有名な通りの一つにいた。ガイドのグレゴールは片手をポケットに突っ込んだまま、メモ帳を取り出している。
「ここ、ヴォールストリートはアルルティアでも最も古い商店街なんだな、これが。最も歴史と伝統のある商店がこの通りにある……って言いたかったけど、ぶっちゃけこの通りは土地の値段がヤバイくらい高くてな。この都市でも有数の商店しか店を出す事が出来ないんだわ」
「一瞬で歴史と伝統が死んだな」
「まあ、土地の奪い合いって大体そんなもんだからな。古くからある格式ある通り、ここで店を出す事が店主の夢とも言える場所だ。ここで店を持つ事がこの国における成功者の証ってな。だからこの通りにある店舗ってのは基本的にどれも高級店ばかりだ。貴族の嬢ちゃんたちなら問題なく利用できるだろうけどな」
「へぇ」
グレゴールの言葉を受けながらヴォールストリートと呼ばれるこの通りに並ぶ店舗を見る―――確かに、歩いてる人を見ればいわゆる労働者層と呼ばれる人達はあまりいないようだ。その代わりに上等な服装に身を包んだ貴族やらその従者の姿が多く見られる。こういう姿はエメロードでも良く見る景色だな、なんて思う。まあ、それはともかくやはり周囲にある店舗はどれも高級店に見える。
服飾、レストラン、ジュエリー、基本的に生活とは関係のない商店がメインとなっている。近くのブティックによってショウウィンドウから店内を覗き込めば、上質な生地を使用したパーティドレスやカジュアルドレスの類が並んでいる。ただそれに付随するプライスタグは凄まじい額を見せている。正直な話、俺がこっちに来る前辺境で稼いだ貯金を崩せば買えない額ではないだろう。だがあの貯金を崩さないとならない額だと言えばその凄まじさも伝わるだろう。俺の貯金は元々3年の学園生活を乗り切る為のものなのだが、その貯金の何割かが吹っ飛ぶレベルの値段だ。
相当ヤバイ。
「これ、相当格式のある夜会用のドレスね。王族とかが出る奴の」
「ま、そうだな。そのほかにもドレスコードが必要な店も結構あるぞ。ここは客を選ぶ側の通りなんだわな」
レストランの大半はそうだろうなあ、と通りを歩きながら確認する。良くある勧誘や呼び込みみたいなものがここにはない。それでも客は当然来るだろうし、そしてそれで得た金で当然潤えるみたいな顔をしている。実際のところ、観光や療養、或いは逗留している貴族たちだけで普通に懐は潤っているのだろう。この通りで店を出すというのはその程度が出来なくてはならない、という奴か。
「俺はあんまりそういう格式あるのめんどくさくて嫌いだな。もっとがやがやしてる方が良いわ」
「うーん、そうね。なんというか雰囲気があり過ぎて苦手ね、ここは」
「仲良く食べる事が出来なそうな感じがめんどくさいよね」
「ありゃ、これは珍しいお嬢様方だ。大体は目をキラキラさせながら張り付くもんだがねぇ」
グレゴールは当てが外れたと言わんばかりに頭の裏を掻いている。が、その表情はどことなく楽し気なものだった。実際、俺達辺境三人娘はこういう権威や格式みたいなものからは縁遠い生活を送っていた。いや、縁遠いというよりは気にしなくても良いと言った方が正しいか。ぶっちゃけ、周辺で付き合いのある貴族って俺達3人だけだったからそういうの一切意識してない部分あったんだよな。
エデンバックブリーカーとか、シャイニングロゼウィザードとか、ゼロ式リアマウントとか。俺達はそういうもんで育った。ぶっちゃけ野人だ、中央の貴族からすれば蛮族とか野人とかそういうカテゴリーに見られるレベルで俺達の日常は格式から程遠かった。
「見てる分にはまあ、楽しいわね。ただここで買い物しようって気は失せるわね。物価が高すぎて手が出し辛いし、このレベルのドレスとかを使うとなると相応のパーティーに出席するものだけど、今のところそんな予定もないからクローゼットの肥やしになりそうだし……」
「ぶっちゃけ、お金がもったいないよね。これ1着で数年分の生活出来そうだし」
「嬢ちゃん達、下手な大人よりも経済観念がしっかりしてるなあ……」
そう言うとグレゴールはカンペをポケットの中へと戻しこっちだ、と手を振る。
「なら基本コースからはちょい外れるけどおっさんのオススメの所を紹介すっか。もっと庶民向けの所だから買い物しやすいぜぇ」
そう言うグレゴールについてヴォールストリートを離れる―――その前に、一瞬だけ足を止めて振り返る事にした。そうやって視線を向ける先はこのヴォールストリートに構える、一軒の商会、その本館であった。本来であれば商会の本館等まるで用事もない場所なのだろうが、この商会に限ってはちょっとした感情を向ける先があった。その商会、商館にはシンプルな名が刻まれている。
「ギュスターヴ商会、か」
魔族や客が活発に出入りしているのを見ると悪い噂以上に稼げているらしい。しかし、アレがマフィアの元締めで俺の敵かもしれないと考えると少々複雑な気持ちになる。あの中でマフィアに加担してるのは一体何人ぐらいだろう? あの人理教会がある中で、魔族の安定した雇用先を用意するというのは中々至難の筈なのに、ギュスターヴ商会では多くが魔族らしい。だが単純に魔族のみではなく、主流から外れた亜種や亜人、純人種以外の採用が多いらしい。
「エデーン! 置いてっちゃうよー!」
「今行くー」
商会へと向けていた視線を切って、先に行く皆に、小走りで追いつく。
「ここだここ」
そう言ってグレゴールに連れられて来たのはヴォールストリートから少し離れた通りだ。あそこが煌びやかで貴族向けの通りだとすれば、此方は主流から少々外れた通りであり、明確に道を知っている人間でもなければあまり来ない場所だと言えるだろう。アルルティアは区画整備が行われているとはいえ、開発が進めば目立たない区画というのは出てくる。商業区にもそういう店舗があるのだろうが、それでも潰れていないのは単純に住んでいる人の数、王都の広さとそれに伴う需要がメインストリートにある店舗だけでは追いつかないからなのだろう。
そんな所で俺達が連れてこられたのはブティックの様だった。ヴォールストリートにある様な煌びやかさはない。だけど俺達にはそれが丁度良かった。率先して店の中に入って行くグレゴールの後を追って中に入れば、マネキンに飾られたカジュアルな服装やドレス、小物やアクセサリーが飾られる店内が迎えてくれる。そしてその奥、カウンターでは1人の人物が驚いたような声で歓迎してくる。
「あらぁ、グレゴリーちゃんじゃなーい」
「よお、ジェシー。客を連れて来たぞ」
くねくねと歓迎する様に挨拶してくるのは蟲人だった。男……の様な声をする蟲人は女性的な言葉遣いをしながら、まるで自分が雌であるように振舞っていた。人のオカマならまだしも、異種族のオカマというのは中々珍しいものだった。見た事のない存在に俺の好奇心は店内の様子以上に刺激されていた。
「えーと、アンタは蟲人……だよな?」
「えぇ、それも雄のよ。私がこういう風に振舞うのは不思議かしら?」
「いや、そこは個人の趣味嗜好だしそういう道を選ぶ奴もいるなあ……って話だけど。異種族にも普通にいるんだなぁ……って驚いただけ」
言っちまえば俺も現状、オカマみたいなもんだしな。いや、体が女で心が男だからまた違う話になるのか? どっちにしろこの手のセクシュアルマイノリティって奴は割と敏感な話題だ。目の前の蟲人―――ジェシーはその6本腕を大げさに広げてあら、と声を出しながら俺を見る。
「成程ねぇ、貴女も似たようなものなのね」
「まあ、俺の場合はまるっきり逆なんだが」
「それでも気持ちは解らなくもないわ。自分らしさを表現する事に躊躇は必要はないと思うわよ。結局、自分がどういう風にありたいかは心のあり方で変わってくるのだもの。私も、貴女もありたい形であれば良いのよ。そこに他人の目や言葉を気にする必要はないわ」
「それはそうだ」
ジェシーの言葉に頷きながら振りかえると、ロゼとリアは早速飾られている服装に張り付いていた。2人が見ているのはカジュアル寄りのドレスだった。二重構造となっていてスカート部分と体の部分で2パーツ化されており、カジュアルさの中に洗練された静謐さを感じるゴシック調のドレスだ。可愛らしさよりも格好良さと綺麗さが先立つタイプ、ロゼなら似合うなあ、と思っていると思いっきり俺の方を見て確認してる。
「俺で楽しんでないで自分のを見ろ」
「そう言ってエデン何時も男ものっぽいのを買うじゃない」
「そーよそーよ、もっと可愛いものを着てよ」
「パンツスタイルのが気楽で良いの」
グレゴールの方へと視線を向けると、両手を上げて降参サインを示す中年が擁護にも援護にも入らない事を主張していた。だというのに後ろから肩にジェシーが手を乗せてくる。
「あら、私も似合うと思うわよ? ちょっと試着してみないかしら?」
「さっきまでの話は??」
「似合うものを着るかどうかとはまた別の話じゃない?」
そりゃそうだ。まあ、別に抵抗感がある訳じゃないんだが。そう思いながら試着室へと持っていく為にカジュアルゴシックドレスに手を出そうとし、周囲を見る。カジュアル用の服装も結構置いてある感じからして庶民用の店である事に納得はあるのだが、デザインがかなり近代的な所は気になるんだよなあ。
「こういう服のデザインって、やっぱり魔界産?」
「魔界産のものをこっちのデザイナーが勉強して作り出したものね。そのままのデザインを流用する事は神々が許さず、一旦自分の中で噛み砕いて消化しなさいって言われるのよね。ちなみに女性向けのファッションとなると今の主流は二つに分かれるわよ」
「へぇ、どんなのかしら?」
マネキンから獲ったドレスを片手に、カウンターの向こう側にいるジェシーへと視線が集まる。さりげなくグレゴールは邪魔にならない様に店の端に移動している辺り、気配りの出来る男ではあるんだな、というのを思わせられる。
「元々の主流がコルセットを使って腰を細く見せるタイプのドレスで、民間でも流れてくるのはそれをベースとした腰を細く、下を広げて肌を隠すタイプのドレスね」
「アレ、きっついから嫌いなのよね」
「まあ、美しさの基準が細い事前提だったからねぇ。どれだけ細く腰を絞れるかで勝負していた部分もあったけど、中には内臓がつぶれる死者なんて出ていたしねぇ。まあ、そこからとあるデザイナーが女性向けファッションでこの主流から脱出する為の流れを掴んだのよ」
そう言ってジェシーは店の一角を指さした。そこに飾られているのはコルセットを必要としないドレスだった。
「社交界、夫人向けのドレスで緩やか、逆に言えばデブだと言われかねない余裕のあるドレス。これをファッションショーに持ち込んだのよね。無論、男性からは女性の魅力が全く見えないって総スカンだったわ。でもコルセットに苦しんでいた女性からするとこれこそ天啓って奴だったらしいわよ」
「まあ、あの苦しみは男には伝わらないわよね」
「ぐえー、ってなっておえーってなるからね」
「アレはなあ……」
俺も1回着せられたことがあるが、もう二度と着ようとは思わない。俺は普通に腹筋の方が強いからコルセットを粉砕してしまうのだが、それを抜きにすると相当締め付けられて苦しいのは解る。しかもそれをずっと我慢して表情に出せないのだ。あれが美の基準の為に必要だと言われる人たちはまあ、新しいデザインが流行るなら大歓迎だろう。
「だけどそれに対抗したデザインが同時に生まれたわ。ゆったりとしたデザインとは別に、体のラインを見せるドレスが。スカートを広げ、腕にもパフを付けて広げる事で体のラインを隠していたスタイルから脱却して締めあげないけど体の美しさを見せるタイプの服装が出来たのよ」
「ま、世の中それを下品だって言う連中は多いけどな。おっさんからするとこっちの方が見てて楽しいから大歓迎だな!」
体のラインが出るタイプのドレスは確かに下品だと言えるだろう。体の維持に気を使って、その自信を表す格好でもあるのだから。着れる奴と着れない奴の間で明確な争いに発展しかねないファッションだろう。だけどもっと自分らしさを、自分の美しさを見せたいって人にはこれが一番だろう。どっちも、コルセットという苦しみから逃れる為に発展したんだと思うと中々に面白い話だ。
「そして最後にカジュアルファッション。寧ろ市井用のファッションってブランド化とかされてなくて全く未開拓の市場だったのよね。庶民向けはあまり金にならないから人気じゃなかったというか……そこに産業として明確に切り込んできたのが帝国のデザイナーで、魔界産のデザインを此方向けに調整して売り出してきたのが庶民にも貴族にもウケた、って感じね」
「エデンが大体何時も着てるタイプの奴よね」
「正直、どう見られるかってよりも何を着てて快適かって感じのチョイスなんだよな」
スカートって割とひらひらしてて動きづらい所あるのに、ミニで激しく動くとパンツ見えるんだよね。見られても別に問題はないんだけど、それで評価が落ちて迷惑を被るのはロゼやリアになる。その事を考えるとまあ、普段から動き回って問題のない恰好するのが一番だよね……ってなる。
それはそれとして、偶にはスカートも悪くはないとは思うが。
「あ、これも良い」
「これもついでに持っていきなさい。あ、私はこれ着てみようかしら」
「何時もの見慣れた光景になってきたな」
やってる事、エメロードにいる時とあんまり変わらない感じがするな、なんて思いながら抱えたドレスを手に試着室へと向かう。
結局、エメロードもアルルティアも俺達からすれば都会であり異国旅行みたいな感じなんだ。
やる事、あんまり変わらないのかもしれない。
感想評価、ありがとうございます。
凄い個人的な話ですけど、私は目の前で客(私)を取り合う為に観光ガイドが目の前で殴り合いを開始した事があるので、観光する時はちゃんとした人を呼ぼうって誓った事件があります。
ちなみにそのときは第3のガイドが現れたんでそっちに案内頼んだ。