TS龍娘ダクファン世界転生   作:てんぞー

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炎魔王ベリアル Ⅲ

「―――全ての始まりはとある魔神が次元の壁を越えこの宇宙に来た事だ」

 

「いきなりスケールが凄い事になった」

 

「……まあ、神話というものだからな。往々にしてスケールは大きいものだ」

 

 思わず口から漏れた呟きだったが、ベリアルはそれにしっかりと反応していた。やってしまったと口元を隠すが、ベリアルは気にした姿を見せずに話を続けてくれた。正直、失言だったのでそうやって進めてくれるととても助かる。

 

「魔神は魔導の神であった。想像により創造を成す事さえも出来る原初の神であった。故に何も無き宇宙の空に星を浮かべ、そして命を芽生えさせた―――そこを魔神は遊び場とした。何百、何千、何万、何億と言う命を生み出しては破壊し、宇宙を星のおもちゃ箱として扱い続けた」

 

 背筋の凍る話だった。超越するだけの力を持った存在にとって、自分以下の存在は結局のところ玩具……或いはNPCでしかない。原初の魔神にとって、自分が生み出したものにそこまで深い意味はなかったのだろうと思う。だが人間もそういう所がある。自分の作ったものに対して無関心な所とか。

 

「だがある日原初の魔神はこう言った―――」

 

『飽きた』

 

 ベリアルの言葉になんとリアクションを取れば良いのか解らないが、ただぞっとした悪寒だけは感じられた。この理屈が、人の理解が及ばない感じはまさしく生命外の領域にある存在らしいとも言える。或いは人が遊びこんだゲームを見捨てる様な、そんな感情を感じる言葉だった。だがベリアルは肯定するように頷いた。

 

「そうだ、悍ましい。その言葉には悍ましさしかなかった。原初の魔神は我々の理解を超える力と考えの持ち主だった。どんな文明、力、文化。その極みに達そうとただ飽きた、その一言で宇宙の全てをリセットして砂場を崩したのだから。そうやって原初の魔神は宇宙にある程度の形を与え、その宇宙を去る事にした」

 

「去ったんですか?」

 

「あぁ……私達は過去を見る能力を使って既に神話の実在を確認している……その過程で何人発狂したかまでは解らないが」

 

「……」

 

 べリアルは話を続ける。

 

「さて、この原初の魔神に人らしい心があったのかどうかは別として……少なくとも慈悲があったのは事実だった。魔神の魔法より編まれた世界はエーテルを源とし、エーテルにより万物が産まれる様に作られていた。私の体も、星も、そして恵みも。その全てがエーテルを基準とした世界で構築されていた。魔神はこの世界を構築した上でエーテルが枯渇しない様に、その維持と増幅を行う奉仕種族も残した……それは我らの世界を滅ぼさないためのシステムだった」

 

 だが魔族たちは魔界を離れ、此方に渡っている。つまりシステムは崩壊しているという事だ。

 

「あぁ……初めの頃は上手くやっていた。人々は恵みを受け入れ、ある物に感謝し、そしてその中で生きていた」

 

「だけど科学力と文明の発達に伴いそうじゃなくなるんですよ……ね?」

 

 ベリアルが頷いた。

 

「そうだ。文明の進化に伴い新しい技術が広まる。産業革命が始まれば安定した量産体制に伴いコストの低下と出生率の向上が始まる。そうすれば人口の爆発に伴い消費が一気に増える。食料、医療、住居、土地―――そしてエーテルだ」

 

 そうだ、とベリアルは言う。

 

「爆発的な人口増加とそれに伴う工場の稼働と大量生産はついに想定されていたエーテルの循環を超える消費を生み出した。消費に対して供給が追い付かない程に魔界の文明は成長してきたのだ。それでも文明が崩壊しなかったのは原初の魔神が残した奉仕種族が星の維持を行っていたからだ。彼らが星のエーテルの流れを淀まない様に管理し、そしてその流れを維持してくれなければ星はもっと早い段階から腐り始めていたのだろう」

 

「それが俺と同じ位置にある種族である、と」

 

「そうだ。彼ら、彼女達は星の為に良く働いてくれた。あらゆる時を星の延命のために尽くしてくれた。だがその価値を凡人は知る事がなかった。そうだろう、当然の話だ。ずっと昔から存在する当然に疑問を覚えるもの等いないのだから」

 

 そして話は変わる。

 

「流行り病があった。屈強な肉体と生命力を持つ魔族でさえ死ぬほど凶悪な病だ。当時、まだ特効薬が生まれる前の話だ。たとえ迷信であろうと生きる為にすがろうとする魔族が多く存在した。その中に存在したのだよ」

 

「……」

 

 ベリアルが何を言おうとしたのか、解った。だから黙ってベリアルの言葉の続きを待った。たっぷり数秒、ベリアルは思い出す様に目を瞑り、それから視線を戻した。

 

「―――奉仕種族を、彼らを食えば治ると。そんな話が生まれた」

 

「……」

 

「無論でたらめだ。だが人の恐怖とは、信じようとする心は、例えそれがどんなでたらめであろうが、信じてしまえば動くのに十分な理由となってしまう。奉仕種族は抗う事なんてしなかった。彼らからすれば魔族もまた星の一部でしかなかったからだ。だから殺しに来た魔族に抵抗する事もなく殺された」

 

 リョコウバトと言う生き物がいた。

 

 これは有名な話であり、既に地球に於いて絶滅した生物の一つでもある。20世紀ごろに存在したこのハトは実に美味しいものだと言われていた。俺はその時代に生きていた訳じゃないし、食べた事もない。だから真実がどうというのかは全く知らない。だがリョコウバトは美味しい。その考えは多くの人の間で有名で、そして狩られた。

 

「……奉仕種族とは言うけど、その人たちはどんな姿をしてたんですか?」

 

「ヒトだ―――私達と何も変わらない姿をしていた。ただもっと純朴で、原始的な生活を好んでいただけだ」

 

「それを殺した」

 

「あぁ。殺して食った。血塗られた歴史だ」

 

「……」

 

 リョコウバトは絶滅した。美味しいから。数が減って行く中で、保護すべきではという声もあったらしい。だがそれにも関わらず絶滅した―――単純に人の業が、欲がそれを抑えきれなかっただけだ。見つかった筈の最後のグループでさえ人間は容赦なく密猟し、狩猟し、そして片っ端から喰らって当然のように絶滅した。そうして地上からリョコウバトという種は消え去ったのだ。

 

 その愚かさは人も魔族も変わらなかったのだろう。

 

 或いは、根本的な部分で世界を超えて、ヒトという種は愚かであるようにデザインされているのかもしれない。

 

「そうやって星を維持する者達は狩られた。迷信だったという事実を信じられずにな。そして当然のように、効果はなかった。そして後々特効薬が生まれた。それで多くの命は救われた。少なくとも、その時だけは」

 

 悍ましさすら感じる出来事の裏で、それでも魔界は続いたとベリアルは言う。それに俺は首を傾げた。

 

「疑問を覚えたり、守ろうとした人はいなかったんですか?」

 

「無論、いたとも。だがパンデミックのハザードは容易く人の心を壊し、狂わせた……その狂気を貴女は正しく理解していない」

 

 人はどこまでもエゴイズムの為に醜悪になれる。

 

「他者の命? 人権? 権利等……所詮は全て己の命があってのものだ。死の恐怖の前ではどの生物だってエゴイズムを押し出すのは当然の事だ。それがただ魔族で起きたというだけの話だ。そこに相手の姿、形なんてものは関係ない―――そもそも我ら魔族は、種族による姿の差が大きい生物だ。故に同族という意識は、この世界の者程強くはない」

 

「肯定、するんですか」

 

「肯定はしない。だが起きた事だ。否定は出来ない。それだけの話だ」

 

 言っている事の意味は解る。だが納得できるかどうかは別の話だ。ベリアルの中では既に終わってしまった過去の出来事なのだろう。俺からすれば到底信じたくはない、醜い話だ。無論、全ての魔族がそうではないのだろうが……魔族という種がそういう行動に出る事の出来る存在であると解ってしまったのは純粋に見方が変わってしまう。だがベリアルは誠意を見せている。本来であれば語る必要のない事を口にしている。

 

 だから最後までベリアルの話は聞く。それが俺にとって大事な事だから。その為にここに来たとも言える。

 

 恐らくこの王都滞在で今一番重要な時間を過ごしている。

 

「さて……これで奉仕種族は完全に地上から死滅し、病も特効薬で根絶された。終わった後の人々は白々しくその過ちを悲しみ、嘆き、しかし何時も通りの生活へと戻って行く。そうだ、種族が1つ消えたところで自分の人生に関わらないのだ。一体誰がそんな過ちをずっと引っ張って行くのだ? あぁ、本当にそれを後悔し、恐れていたのはそれがもたらす恐ろしさを知っていたごくわずかな存在だけだ。彼らは既にその後の為の行動を始めていた。だが神々はこの時点で既に星の命運は決したと理解し、その職務を放棄した」

 

 ベリアルはそこでたっぷり、数秒黙り込む。それがベリアルの心を整理する為に必要な時間であると理解して俺は黙った。それによって静かな時間が流れて行く。居心地の悪い、落ち着かないようで落ち着くような時間。手元のティーカップの中身が何時の間にか冷えている事を自覚する。ただ俺にはそれを再加熱する様な力はないので、せめてもったいない事をしない様に口を付けて飲み干す。

 

 ……温ければ、もうちょっと美味しかったかもしれない。その細かい味が解らないのが、少し残念だ。

 

「あぁ……」

 

 ベリアルは呻く様に、過去に引きずられる声を零した。

 

「そして始まるのだ」

 

「……何が、ですか」

 

「終末だ」

 

 ベリアルが片手を持ち上げた。その手の中には見た事のない金属製のデバイスが存在していた。そこから空中にディスプレイが表示される―――架空技術として存在する空中投射ディスプレイ。それが目の前に存在していた。そこに映し出されるのは美しい星の数々の景色だった。

 

 黄金の稲穂の海。虹のかかる秘境の滝。無限に続く雲海とそこを飛翔する渡り鳥たちの姿。そんな美しい姿がディスプレイには表示されていた。それはここではない、異世界の景色なのだろう。ベリアルたちの故郷、魔界の景色。見た事のない生物、知らない場所……まさしく未知の世界。そこに存在する選び抜かれた美しい景色、或いはどこにでもある様な美しい風景。それをベリアルは表示していた。

 

「その始まりに気づけたものは少ない。何故なら変化は微小で極小だったからだ―――作物の、収穫量が減った。当然の事ながら大地の恵みも、そしてあらゆる物質はエーテルを基礎に構築されているのが魔界と言う世界なのだ。濃密なエーテルとその循環によって生き続けている魔法。それが私たちの世界だ。だが、我らの故郷からその循環が滞り、エーテルの総量が減ればどうなる?」

 

「……少しずつ、世界が薄くなって行く?」

 

 俺の答えにベリアルは頷いた。

 

「短く生き、そして直ぐに消費される命……つまり作物などの植物や昆虫に最初の影響は現れた。最初は育つ数が減り、そして段々とその範囲が広がって行く。私達の……魔界の文明はエーテルを基準として成立する魔導文明だ。エネルギーは電力ではなくエーテルを消費する。故に文明社会が成長すればするほど、エーテルの絶対消費量は増えて行く。そしてこれは生活に利便性を求めれば求める程増えて行く。新たな代替エネルギーを探すにはもはや遅すぎる、終末が確かに始まっていたのだ」

 

 ディスプレイの中、黄金の海が枯れて行く……腐って行く―――そして荒れ地が残された。

 

「原因は何だ? 人為的なものか? 自然現象か? どちらでもある。既に魔神は無駄だと見放し、諦め、そして終末を個人として生きる様になっていた。優秀な学者たちが直ぐに原因を解明し、特定した。だがそれは同時にこれまで築いてきた文明を放棄しなければどうにもならないものでもあった。消費文明を一旦リセットし、自然的なサイクル以下の消費量に星全体で抑えない限りは再生が始まらない」

 

 進んで、進んで、進んだ。進み続けた先は1回の愚かしさによって終わりを齎す結果となった。たった1度の魔族全体でのミス。それが滅びを現実にした。

 

「だけど、それは不可能な筈」

 

「そうだ、不可能だ。これまで築き上げた文明を放棄しろ? 今の生活を捨てろ? 明日をまた原始的な生活に戻して生きろ? そんなもの不可能に決まっている。星は枯れて、生活は苦しくなって行く。だが堕落を覚えた魔族は遠い昔の不便で苦しい生活に戻る事を拒否する。例えそれが星に終末を齎す物だとしてもだ。そのエゴイズムが星を、自分を苦しめているというのに……それを理解してもなお、魔族は変わる事が出来ずにいた」

 

 ベリアルは軽く息を止め、吐く。

 

「故に誰かが口にした」

 

 重い言葉で。

 

「―――減った分のエーテルを補填すれば良い、と」

 

 完全なる終末の引き金を。

 

「そう、()()()()()()()()()()()()()()()。不要な命を星に返せば良いと」

 

 そして始まった。魔界の完全なる終末が。魔族が何故異世界に逃げ出す必要があったのか、一体どういう愚かしさをもってこの結末へと辿り着いたのか。

 

「そして戦争が始まった」




 感想評価、ありがとうございます。

 魔界が崩壊し、異世界へと逃げ延びる事の経緯は自業自得度100%だったりします。

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