TS龍娘ダクファン世界転生   作:てんぞー

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炎魔王ベリアル Ⅳ

 ―――黄金色の畑が燃えている。

 

 かつてベリアルはその美しい景色を妻と並んで眺めた。数年後には幼い娘を連れて同じ景色を見た。ベリアルは己の領地に誇りを持っていた。善き人々、善き民、善き領地であった。多くを望むようなことはしなかった。必要以上にモノを求める事は自らを亡ぼすと男は知っていたからだ。身の丈以上を求める者達は何時だって破滅していた。だからベリアルは常に自分に出来る事しかせず、出来ない事は友人や部下に任せていた。

 

 男は真面目だった。生真面目すぎる程に。

 

 汚職をせず、真面目に職務と向き合い、領民と向き合い、そして自分の領地を富ませた。彼は領民に愛されていた。真面目すぎる所が玉に瑕だ、と。だが真面目だったからこそ栄え、愛された。ベリアルと言う男は元来、そういう男だった。領民を愛し、領地を愛し、

 

 そしてそれが今、燃えていた。

 

 何度も足を運んでは成長を見守り、そして収穫祭を楽しみにしていた畑も、村も、街も、都市も、その全てが燃えていた。

 

「馬鹿な、なぜ―――」

 

 手が怒りに震える。肌で感じる狂気に怖気が走る。稲穂の海が燃えるように、彼が治める街も燃えていた。人々は恐怖に逃げ惑い、我先にと安全な場所を求めて走っている。その後を追うのはまた、人の姿だ。だがその瞳に映るのは狂気でしかない。体を青と白のローブで覆った集団は逃げ惑う人々に追いつけば。

 

「さあ、星に帰ろう……」

 

「私達の命を星に捧げて星を再生するんだ」

 

「一緒に星を救おう……!」

 

 領民に追いついた襲撃者たちは祈りを捧げる様に人々に触れ、そしてその姿を分解した。生きていた筈の彼らは一瞬でエーテルへと変換され、そのまま星へと還って行く。その非道を一瞬だけ呆然と眺めてから、直ぐにベリアルは怒りにその感情を支配された。

 

「き、さ、ま、ら……!」

 

 震わせる喉からはそれ以上の言葉が出ない。単純に存在が許せない。もう、誰も傷つけさせない。領民を守る事は―――愛する民を守る事は領主の、魔王の役目である。ベリアルがその暴威を振るう事にもはや理由は必要なかった。次の瞬間には踏み込み、領民を襲う10を超える襲撃者たちを1秒とかからず全て燃やした。頭からつま先まで全てを炎で包み、一瞬で炭化させる。

 

 だが燃え盛るその瞬間にでさえ、幸福な表情を浮かべる。

 

「あぁ、これで星に還れる」

 

「これで星が救われる」

 

「私達の命、どうか星に……」

 

「なんだ、なんなんだ貴様らは」

 

 困惑。それしかベリアルの中にはなかった。それは間違いなく狂っていた。死ぬ事でさえ救いだと、それが星を救うのだと信じていた。そんな狂人たちだった。だがベリアルはこの狂人たちがこれが最後ではなく、まだ存在するというのを知覚していた。救わねばならない領民たちがまだいる。その為にも困惑し、足を止めている時間などない。炎をバーニアの様に燃やして一瞬で加速するベリアルは次なる者を救う為に走りだした。

 

 

 

 

「カルト、教団」

 

「あぁ、星が枯れ行く中で狂った思想の連中が現れた」

 

 自分の経験した事をベリアルは語った。

 

「星が枯れる絶望を前に心が折れる者達と、折れない者達がいた……その中でも特別危険だったのは、情報が足りないまま何が出来るのかという事を蛮勇のまま実行した連中だった。“星教”と名乗る連中は上も下もないカルト教団だった。今ある命をエーテルに変えて星に還す……それが星の延命に繋がると信じている異常者だった」

 

「そんな、事が」

 

「信じられないか?」

 

 ベリアルの言葉に俺は答える事も出来ずに口を閉ざした。だがそれを見てベリアルは静かに頭を横に振った。

 

「それで良い……それだけ此方は平和だという事だ。本当に終末を前にすると、人は狂うのだ。……あるいは崩れたエーテルバランスが原因で人の精神もまた壊れ始めたという話もあった。真実は解らない。だが事実、星を再生する為に人を殺そうとするカルト教団まで現れたのだ」

 

 本当に星が滅び始めていた。星を補佐、維持する為の種族が絶滅しただけで。信じがたい、というよりは信じたくはない。だが語るベリアルの言葉の色に偽りはなかった。そうだ、俺には嘘か誠かが解る。そしてベリアルは一切嘘をついていなかった。だから俺にはこれが全て真実であると理解出来てしまっていた。

 

「我々の未来はまさしく絶望的だった。新天地を目指して宇宙を目指す事もあった。だが星外にエーテルを生み出すものはなかった。原初の魔神は我々の母星のみを生きられる特別な場所として用意したのだ。元々、最初からあるリソースを尽きさせない様に生きて行く様に世界は設計されていた所を、無視して成長したのだ。辿り着いた結末は当然とも言えるものだったのかもしれない」

 

「でも、それに納得しなかったんですよね」

 

「当然だ。私は魔王だ。守るべき民と、彼らの明日がある。例え明日が終末の日であろうと、生きる事を諦める理由にはならない。私には彼らの明日を保証する義務がある。それが私の魔王としての使命だ」

 

 だが、とベリアルは続ける。

 

「本当に、希望なんてものはなかった。星脈……星を巡るエーテルの脈は少しずつ弱っていく。人が少しずつテロやカルト教団によって減らされても、そもそもの文明による消費が大きすぎるからだ。穴の開いたバケツはその中身を垂れ流す様になってしまう。星とエーテルの関係はそうなっていた。使う人を減らした所で応急処置にすらならない。今ある文明と人、その全てを滅ぼさなければもう元には戻れない。だがそれですら不確かな未来だったのだ」

 

 ベリアルがテーブルの上に乗せたデバイスが様々な枯れる星の光景を映し出している。荒れた畑。水の枯れた滝。腐った植物の森。廃墟へと変わって行く都市。魔導の極みへと至ったと言われる魔界の文明は、その極みへと達した事によって滅んでいった。

 

「我々はこの地獄を前にいよいよ星脈へと干渉する手段を得た。これによって漸く、滅びた奉仕種族が行っていた事の真似事が出来るようになったのだ。だが既に手遅れだった。星脈の流れは淀んでいた。その淀みを取り除く技術や、減ったエーテルを増やす技術までは間に合わなかったからだ。私達にできるのは星脈から力を吸い上げる事だけで……それこそまさしく、文明を象徴する様な技術だった」

 

 結局のところ。

 

「私達は消費する、という文明の形からこの期に及んで抜け出すことはできなかった……もう、星を救う手立ては存在しなかったのだ」

 

 この人はどれだけ自分の世界を愛していたのだろうか。どれだけ頑張ってきたのだろうか。語る言葉一つ一つから感情を排そうとしていて、だからこそどれだけ感情が込められているのかが解ってしまう。このベリアルという男は、救いがない程に自分の職務に対して真っ直ぐだった。それこそ悲しい事に、何もなければ好感を持ててしまうほどに。

 

「議論に議論を尽くした。どうすれば星を救える? どうすればこの星を再生できる? だが数年が経過し、更に十数年が経過して星が枯れて行く中でこの星は救えないという逃げられぬ現実に直面して……議論はついに、どうやって生き延びるかという話になった」

 

「それで、選んだんですね。異世界への移民を」

 

「あぁ……もはやそれ以外に道はなかった。長く住み慣れた故郷を、世界を捨てて移住する。だけどもはやそれしか生き延びる術はなかった。そして私達は此方へと魔神を頼り、やって来た。それが私達のこれまでであり、何故私が貴女を、ここまで重要視するかだ」

 

「……」

 

 頭がくらくらする。詰め込まれた情報量に脳味噌が追い付かない。振り回された頭を抱え、ソファに背中から沈む。ベリアルはそんな俺を、反対側から気遣う。

 

「大丈夫か……と聞くのは少々おかしいか」

 

「あ、いや、うーん……ごめんなさい、ちょっと整理が追い付かないです」

 

「解った」

 

 ベリアルが手を振るうと新しい茶が用意される。テーブルの上で湯気を上げながら美味しそうな匂いを発するティーカップを手に取って、ソファに身を沈めたまま考える。自分の頭を殴りつける情報の暴力は中々のもので、咀嚼するのに時間がかかっている。だからここはまず、一つ一つ噛み砕いて行こう。

 

 始まりは一柱の神、原初の魔神と呼ばれる存在が魔界の宇宙に、星を生み出したことだ。良し、なんかもう既にスケールがやばいぞ。しかも実際に観測し、確認した事実だというのだからヤバイ。あちらの世界のインフレ最上位は戯れに世界を生み出せるレベルだというのだから。いや、これは考慮しなくて良い情報だ。解っておかないといけないのはこの魔神が星を生み出した時に、星を維持する為のシステムを生み出した事だ。

 

 星を維持する為の奉仕種族―――つまり此方における俺、龍。魔界における正式名称は知らないし、知る必要もないだろう。きっと知れば知る程苦しむだろうから。余計な情報は省くのに限るだろう。だからどういう生活をしてたとか、どういう人達だったとか……そういう事は気にしない。その代わりに、俺が担っている役割を果たしていた存在がいた事を認知する。

 

 そして彼らは過ちによって絶滅した。

 

 その結果、星が腐り始めた。消費がエーテルの循環を上回って星がそれに耐えきれなかったのだ。全ての命がエーテルから生まれる性質上、エーテルが減れば星を覆う植物、命、全ての元素が減って行く。その絶望感に狂う事で星は終末に覆われて、助かる為の未知を求めて異世界へと逃げ延びた。

 

 いや、だけどそれって、

 

 ―――完全にこっちの世界がとばっちりじゃん。

 

 何も悪くないじゃん。なんでこっちはお前らが持ち込んだ問題で苦しまなきゃいけないんだ?

 

 お前ら、俺達の世界に必要ないじゃん。

 

 ……と、簡単に答えられたらどれだけ楽だっただろうか。

 

 数秒、目を閉じて心を落ち着けるのに時間を取る。冷静に、冷静に。俺が龍で、この星の未来を左右すると言っている。その事実をまずは理解しよう。理解した上で考えよう……冷静に。片手を胸の上に置いて、ばくばくと緊張で音を鳴らす心臓を抑え込む。煩い心臓が今は煩わしかった。だから少し落ち着いてくれ、と自分の心に言いつける。

 

「ベリアル氏が関わっているのは……」

 

「主にこの国で活動している魔族だけだ。それも私の商会の従業員になる。全ての同胞を魔界から連れて来られる訳ではないのだ。此方で居場所を確保せねば、連れてくる事も出来ない……無論、安全も」

 

「……」

 

 色々と聞きたい事、言いたい事があった。だけど感情的になってしまいそうで、駄目だと自分の中で結論付けた。だから話を続ける前にカップに口を付けてまだ温かい紅茶を口に含む。それが機械的に喉を通る事を確認しながら息を吐く。

 

「……すみません、今日は一度帰って良いですか。考えたり、呑み込む時間が欲しいんです」

 

「無論、構わない。私は貴女の為であれば何時だって時間を都合するし、どんな質問でも答えるつもりだ。必要なもの、求めるものがあるのなら何時だって頼って欲しい」

 

「ありがとう、ございます」

 

 ベリアルに向かって軽く頭を下げてから帰る為に立ち上がり、部屋を去ろうとする―――だがどうしても、退室する為の一歩が踏み出せない。後ろ髪を引かれる様なわだかまりが、疑問が自分の中にあった。だから部屋を出る前に振り返ってベリアルに質問する。

 

「貴方は、俺に何を求めているんですか?」

 

「私は―――」

 

 ベリアルは数秒、答えを選ぶように沈黙を作り、そして答えた。

 

「―――ただ、認めて欲しいのだ。同胞達が生きる事を」

 

 

 

 

「エデン=ドラゴン様、お帰りになりました」

 

「そうか」

 

 部下がエデンを見送ったことを確認したベリアルは、手を軽く振るって部下を部屋から追い出した。既に執務室へと戻ったベリアルは直ぐに仕事へと戻ろうとし……その手が仕事につかないこと事を自覚していた。エデンが大量の感情ともやもやを抱えている様に、ベリアルもまたエデンに対する複雑な感情を抱えていた。それはベリアルがエデンを見て、知ってしまったからこそ感じてしまった事であり、

 

 片手で顔を抑えたベリアルは、吐き出すように言った。

 

「―――あれでは、ただの小娘ではないか」

 

 龍。この世界における最強の種族。最も貴き存在。星を維持するシステム。星の生命線。エデン=ドラゴンのみが星の歪みを正常化し、その流れを正しいものへと導く事が出来る。そういう風に彼女は設計されているし、そういう風にインプットされている。今は自覚がなくとも、彼女がその力を存分に振るう事が出来る状態まで成長すれば自らその役割を理解し、行動するだろうとベリアルは確信していた。少なくとも、魔界の奉仕種族はそうだった。

 

 だが、目の前に現れた少女はそんな威厳も、貴さも感じさせない程、美しく普通な少女だった。

 

 いっそ、儚さも相まって今にも消えそうなものにさえ思えた。確かに、あれは人を狂わせるだろうと思えた。エデンの魔性は先天性のもの。美貌はその容姿だけではなく、存在として放つオーラにもある。知れば知る程引き込まれる様な、そういう魅力ある存在だ。だがそれは善も悪も同時に引き寄せるものでしかない。コントロールの出来ない魅力はただの歩く破滅だ。それを彼女は理解していない。

 

 だというのに、彼女はただの少女だった。

 

 ただの少女として愛され、これまで育ってきた……その育ちの良さをエデンの所作、言動にベリアルは見ていた。彼女は間違いなく血の繋がらない両親から愛情を受けて育った。

 

「まさしく、奇跡に等しい……だからこそ」

 

 だからこそ、と言葉が区切られる。だからこそ悩ましい、と。エデン=ドラゴンはただの少女だった。彼女にはその力も出自の自覚もない。己が何なのかを解っているようで理解していない。自分が死ねば世界が滅ぶという事さえも自覚はなく、なのに自然と災厄を引き寄せかねないものを持っている。或いはそれは、最後の龍として積み重ねられた因果なのかもしれないと思えた。

 

 どちらにせよ。

 

 ベリアルはエデンを通して自分の娘を思い出し、見ていた。姿も似ていなければ性格も一致しない。だが年頃の娘という点だけが彼に、愛娘の存在をダブらせていた。それがベリアルの神経を苛つかせ、そして精神をカリカリと音を立てて削っていた。その程度で弱るほど軟ではない。だがそれでも、わずかながらの罪悪感……それがエデンに対するベリアルの態度を作っていた。

 

「あんな娘に種の存亡を託さねばならないのか……なんという、なんという無様」

 

 無様。ベリアルが今の魔族を、その運命を考えて評する言葉がそれだった。頭を下げ、祈り、そして頼まなければ生き延びられない。武力を行使した果てに待っているのは絶望と断絶の未来だろう。それを理解しているベリアルは行き違いでエデンを殺しかけた事実に内心、焦った思いもあった。だがそれはルシファーの手によって阻止された。ルシファーとしても現時点でエデンが死亡するのは不味かったのだろう。

 

「……」

 

 とんとんとん、と指でデスクを叩く。思考は完全に職務から外れ、エデンとそれを囲む事情へと向けられていた。

 

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 十中八九、どの人物が、何の目的のためにエデンを刺したのかを憶測出来ていた。その憶測に対する自信がベリアルにはあり、それが真実である確信もあった。だがそれ以上にベリアルを悩ませるのはエデンと言う存在そのものだった。

 

 龍は龍だ―――人の姿をする必要なんてない。

 

 そもそもエデンの人としての姿はデメリットだ。社会に溶け込めるという利点を除くのであれば、龍としての姿の方が全てにおいて勝るだろう。だから龍にそもそもの機能として人に化ける能力は存在しない。その上でエデンは人の姿をしていた。人の姿をし、龍の姿を忘れて社会に溶け込んでいる。

 

「人理の神ソフィーヤ……何を考えている?」

 

 人の姿を持たぬ者に与える事が出来る者等、それこそ人の神以外には存在しないだろう。即ち、エデンの人としての姿はソフィーヤより与えられたものだろう。ベリアルはまだ見た事はないが、或いはエデンとソフィーヤを同時に見れば、2人がどことなく似ていると解ったかもしれない。それこそ、親子の様な類似性を。

 

 エデンが人の姿を得る事がなければこれほどまでに苦しむ事はなかっただろうし、これほどまでに問題は複雑化する事もなかっただろう。恐らくは秘境、人が入ってくる事の出来ない領域で静かに暮らしていただろう。だが人の姿を得た事で人の世に出る事になった。

 

 そうして、人の美しさと醜さを見つめる事となった。

 

 或いは。

 

「それが、目的か……?」

 

 自らに問う様にベリアルは呟いた。問題は多々ある。だがその中心点にいるのはエデン=ドラゴンの存在であり、彼女が全ての問題を解くための鍵でもある。その為にまずしなくてはならない事は。

 

「―――計画を、早めるしかないか」

 

 長くて後10年近くはかかったであろう計画を短縮させる。それをベリアルは覚悟した。エデンを見て、その精神性を判断し、時間をかければかける程不利になるであろうことを理解した。心証なんていくらでも覆る。だがこのままあの少女を放置していれば、勝手に苦しんで勝手に傷ついて行く。そういうヒトを、ベリアルは知っていた。

 

 だから、宣告するように告げる。

 

「貴様に負ける気はないぞ……ルシファー」

 

 窓の外を見た。今日も王都の営みは何も変わらない様に見えた。だがその水面下では確かに、この国を覆す為の準備が進められている。それを進める張本人として、ベリアルは自らの職務へと戻った。

 

 勤勉に、どこまでも真面目に。己の仕事に対して真摯で。

 

 その仕事が悪事でさえなければ、どこまでも善人だと呼べる男だった。

 

 

 

 

「―――これで動く以外の選択肢がなくなったなぁ、ベリアル」

 

 エデンの襲撃犯の正体を隠していたローブ、それを被っていた状態のルシファーは言葉と共にフードを降ろした。天想図書館、その外壁200階付近の石像に腰かけながら王都という都市を見下ろしていた。

 

「マイフレンドの襲撃事件は王都の警戒度を上げると同時に騎士団の教会に対するヘイトを上げた」

 

 憎しみが助長される。元々騎士団と教会は上手くやれていなかった。力を伸ばしたい教会と、それに反対しエスデルの自由を守りたい騎士団では絶対に同じ意見に到達する事はない。ただでさえベリアルの手によってこの国の王族が荒れているのだ。治安はそれによってある程度下げられている。騎士団が暴走する事はないだろうが、それでも衝突は増える。

 

「魔族と教会の対立も増えるが、それでは不十分だしな」

 

 だから、とルシファーは駄目押しを続けた。

 

「教会に神の声を聞ける聖女の噂を。信者達には人の世に忍ぶ最後の龍の話を」

 

 流した。流し終わった。混沌とした王都の中で真偽が不明の噂を、流した。真実であれば喉から手が出る程欲しくなるような噂だ。普通であれば嘘だと切り捨てられるだろう。

 

 だが今は本物が王都にいる。

 

 嘘であっても中身が本物であれば、いずれ辿り着いてしまう。エデンの背負う因果とはそういうものだ。ルシファーはその背中を軽く押しているに過ぎない。だがこれで火薬庫に炎が放たれた。龍、信者、教会、魔族。エスデルと言う狭い国の中で熟成された状況はこの数年中に大爆発を起こす領域にまで膨れ上がっていたが、それが暴発を起こす手前まで今、進められた。

 

 教会が真実に辿り着いて発狂するのか。ベリアルのクーデターが早いのか。信者がエデンを囲うのが早いのか。それとも、期待してもいない王子が国の主権を手にするのが先か?

 

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「そうだ、マイフレンド。世の中にある物は決して美しいものではない。辺境の輝きは綺麗だっただろう。誰もが今日という日を全力で生きている。善でなければ生きて行けない過酷さはそれこそ魂を磨く試練そのものだ。善き人々の善き世界―――だけであればなんとも素晴らしい世界だっただろう」

 

 だが違う、そうではない。

 

 世の中は間違った事の方が遥かに多い。

 

 苦しみ、悲しみ、怒り、憎しみ。負の感情とそれを伴う出来事の方が遥かに多い。その刹那に美しさを見出す事こそが真実だ。

 

 だというのに、こんな綺麗なものばかりを見て育つのは。

 

「あまりにもフェアではないだろう?」

 

 エデンが何事もなくベリアルと接触していれば恐らくエデンは魔族を助ける事を迷わなかっただろう。それは根本でエデンが辺境の生活を通して人類に対して良い印象を覚え、そして厳しい中でなお満ち足りた日々を過ごしていた事の証である。

 

 だがそれはフェアではないとルシファーは言う。世の中はそう綺麗ではない。魔界の滅びはそれこそ醜さの塊だ。見てみろ、大半の魔族は自分の行いが世界を壊したのだと理解していないし、反省もしていない。それをそのまま救ったのであれば何も変わらずに繰り返すだけだ。

 

「もっと穢れると良い、友よ。その方がもっと良く世の中が見えてくるはずだ」

 

 そう言って王都の様子を見終わったルシファーは、王都での仕事を完全に終わらせたとばかりにその場を去った。

 

 後に残されたのは。

 

 このエスデルという国そのものを呑み込む大火の火種だけだった。




 感想評価、ありがとうございます。

 今年もお疲れさまでした。また来年もよろしくお願いします。

 教会(聖女が龍だと知らない)vs
 信者(龍が聖女だと知らない)vs
 国(王族が対立しててそれどころじゃない)vs
 ベリアル(全部理解しててげっそりしてる)vs
 ルシファー(仕事終えたのでログアウトした)vs
 エデン(景品)

 という素敵な図式が今現在エスデルでは繰り広げられているんですね。この世の地獄だぁ。

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