TS龍娘ダクファン世界転生   作:てんぞー

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人理教会

「すいません、ここで一度降ろしてください」

 

「護衛は継続しますが……」

 

「あ、それで構わないんで」

 

 俺は御者に頼んで馬車を止めて貰い降りた。このままホテルに戻ったら陰鬱な俺の表情をリア達に見せる事になると思ったからだ。流石にこのままの状態でホテルには戻れないと感じて、歩く事にした。と言ってもすぐに戻る様な事はせずに向かう先は王都の公園だ。ホテルへの帰り道、馬車の窓から外を眺めている時にふと目に入った場所だった。或いはここはこの都市の憩いの場として市民に活用されてるのかもしれない。

 

 馬車から降りて護衛を連れ、公園へと向かう。と言っても護衛であるプランシーは俺の今の心境を察してか姿を隠してくれる。恐らくプランシー以外にも護衛はいるのだろう。軽く振り返って感覚を巡らせてみれば隠れている気配が複数存在している。ありがたい事だ、彼らの行動からベリアルが俺を気遣っているというのが本気で伝わってくる。ベリアルの言葉に偽りはない……その事は誰よりも俺が良く理解している。

 

 嘘を吐けば、その瞬間には解るのだから。

 

「あー……」

 

 妙な唸り声を口から吐きながらとぼとぼと公園内を歩く。都心にしては緑が多く、雰囲気は落ち着きがある。やはり自然の多い環境の方が心が落ち着くものがあるのだが……暮らしていた辺境と比べるとエーテルの濃度が薄く感じられる。だけどベリアルの話を聞いた後であれば納得の出来る話でもある。

 

「人の営みがエーテルを消費してるのか……」

 

 木々に囲まれる緑の上で、林の間を抜ける風を感じる。風が頬を撫でて髪を揺らす。ふぅ、と息を吐いて心を何とか落ち着ける。だが落ち着けようとしてもベリアルに聞いた話と自分が成すべき事を考えて狂いそうになる。だって、魔族は、その世界は滅びの危機にあってそれはもう救えないという話なのだから。魔族の命、星の寿命、移民政策、バラバラな心、滅んだ種族、食われる世界。

 

「……どうしたら良いんだよ」

 

 こんな事、リアにもロゼにも相談できない。相談できるわけがない。こんな事実、分け合うには重すぎる。俺と一緒に星の命運を考えてくれなんて絶対に言う事が出来ない。

 

「ソフィーヤ……ソフィーヤ様は全部知ってたのか?」

 

 宙へと向けて言葉を放つが返答はない。あの神様は何時だって大事なことは俺に教えてくれない。何時だって重要な話だけはずっと黙っているんだ。お蔭で何を知ればいいのか、何を信じればいいのかなんて解らない。突然、こんな事を言われた所でどうしようもない。

 

「ちなみに他の神々は」

 

『知ってますが』

 

「ガッデムシット。じゃあ魔族の流入は止めなかったんですか? いずれ星がそれが原因で滅ぶかもしれなくても」

 

 空へと向かって再び語り掛ける。だが今度は返事がない。出来ないのか、それともしないのか。その答えを神々はくれないが、その言わんとする事は流石に解ってくる。もう何年間も声を聴いて付き合ってきたのだ。言葉にしなくても大体伝わる。

 

「自分で考えろって事か」

 

 俺の判断で決めろって事か? 俺が最後の龍だから? いや、そもそも何で今になって俺を起こしたって話でもあるんだが。或いは俺がいなきゃ駄目って事で起こされたのか。何にせよ、世界の命運という奴は俺が考えなきゃいけないらしい。あまりにも責任が重く、そのプレッシャーを感じている部分もあるが……それ以上に現実感がない。世界の命運というのはちょっと、スケールが大きすぎる。

 

 それでも真面目に考える。

 

 星の未来を考えたら間違いなく文明のロックと人口の制限は必要だろうと思う。現状でさえ既に都心部ではエーテルが薄くなっている。それは壊滅的というレベルに届く程ではないが、それでも人口密集地では人の営みにエーテルが割かれる。その影響でこういう王都などの都心部ではエーテルが薄いのだろう。それを更に酷くしたものが魔界という世界だったのだろう。逆に言えばあの辺境の濃度と居心地が世界本来の形だったと考えると生きる為のコストというのも相当残酷な話だろう。

 

「駄目だ。どうしても悪い事ばかり考えてしまう」

 

 元々の俺の性格かもしれないが、どうしても悪い事ばかり先に考えてしまう。だからまずは考えを頭の中から振り払った。こういう時は別の事を考えるのが良いだろう。たとえば、そう……俺の仕事とか。俺が本来環境を良くし、そしてエーテルを保持する事が役割だとすればそういう能力が備わっているはずだ。少なくとも魔界にいた同種の存在はそうだったのだ。

 

「俺も意識して実行してみれば……やれるか?」

 

 寧ろこれが一番重要な事かもしれない。ベリアルの話も俺が星を救えるという大前提の上で成り立っている。そもそも俺にその能力が扱えるのかどうかという問題があるんだ。きっとできるんだろうが、今まで意識して使った事はない。なら実際、一度使ってみた方がいいのかもしれない。

 

「星を支え、癒す力か……考えて使った事はないんだよなあ」

 

 むーん、と唸りながら意識を集中してみる……が、普段出てるマイナスイオンみたいなもんを意識して増やすってどうやるんだろ? って話だ。老龍から特に話を聞いてないのが痛いかなあ、というのが率直な感想だがさて、

 

 やれる事ならやれるだろう。ちょっと頑張ってみよう。俺の肩に魔族と人類の未来が乗っかってる事だし。

 

「やり方、教えてくれないだろうし」

 

 まあ、解るよ。

 

 だって、ソ様。俺に平穏無事に生きて欲しいみたいな感じあるし。

 

 余計なことを知る必要はない。余計なものに関わる必要はない。教えない、近づけない、語らないというのはそう言う事でもある。ソフィーヤ神が俺に対して特別な感情を向けているのは解る。それが博愛なのか、慕情なのかは解らない。だがソフィーヤ神が恐らくはその立場を超えたものを俺に向けているのはきっと間違いではないだろう。

 

 とはいえ、それから逃げて生きて行く事はもう不可能だと理解している。逃げるには既に俺は知られ過ぎているし……自分が持って生まれた責任から逃げ続ける程無責任でもない。

 

 結局のところ、俺が苦しむ理由の大半は俺自身の責任感が強すぎるという点にあるんだ。もうちょっと軽く物事を捉えられればそれで良かったんだろうが、俺にはそれが出来なかった。問題や責任に対して正面から向き合ってしまう生真面目さがある。

 

 そういう意味じゃ俺とベリアルは良く似ているのかもしれない。

 

 だから軽く息を吐いて、息を少し吸い込んで意識を集中させる……やり方は知らないが、きっと本能がそれを知っている。だからまずは心を落ち着ける。日常の良い事を思い浮かべる。辺境の事を思いだす。動物たちと家族に囲まれた生活を思い出す。学園での馬鹿をやっている日々を思い出す。それが俺の心を良い方向へと傾けてリラックスさせてくれる。

 

「ふぅ―――」

 

 感じる、星の脈動を。足元に流れる星の命を。エーテルとは星の命の流れ。星が吸い込んで生み出すモノであり、この星に生きる生物全てが必要とするもの。つまりシステムとして星はそれを生み出す事が出来るようになっている……植物が酸素を生み出すのと同じように。そして龍とは星の触覚、星の一部。自然を司り自然と共にある命。だったら俺にもできる筈だ、エーテルを生み出す環境を癒すという行いが。

 

 静かに集中するように意識を星に巡らせて―――エーテルを感じ取った。

 

「出来た」

 

 新鮮な風が王都に吹く。大地の流れを感じ、エーテルを活性化するように存在そのものを補強し、増やす。意外と簡単に出来たなと思いながら営みによって減っていたエーテルの存在を引き上げた。劇的なものではないが、それでもエーテルに敏感なものであれば気づく程度にはこの王都に満ちる空気が良くなったのを理解できるだろう。

 

 都会の空気は不味いけど田舎の空気は美味しい。そういうのが解る程度の違いだ。だけどこの積み重ねが星を救うというのであれば、俺は今星を救う為の一歩目を踏み出しているという事なのだろう。体に絡みつく様に抜けて行く風の感触に目を細め、流される髪を耳の後ろへと流しながら空を見上げた。近くで事の成り行きを見守っていた鳥たちが集まり差し出した手の上に止まる。嬉しそうに、歌う様に鳴く鳥の頭を軽く掻いて息を吐き出す。

 

「世の中、これぐらい簡単だったらいいのに……」

 

 俺がこうやって星を救う力を行使しても、その真実を信じない・辿り着けない人間がいる限り俺は正体を隠し、そして潜んで暮らさなきゃいけない。別段、人前で派手に生きるのが好きという訳じゃない。寧ろひっそりと静かに暮らしている方が好みなのは事実だ。それでも常に命を狙われている可能性がある人生は酷く疲れる。

 

「どうしたら良いんだろうな?」

 

 俺の言葉に指に止まる鳥は首を傾げる。それに微笑みながら顔の傍まで寄せて可愛らしさを堪能しようとすると、護衛の動く気配を感じた。今この瞬間まで姿を隠していたプランシーが出現すると俺の横に立つ。そしてその動きと同時に、男の声が林に響いた。

 

「―――美しい」

 

「え?」

 

 声のする方、プランシーが遮るように立つ先には1人の男性の姿があった。白をメインとした服装にパーツで装着されている鎧は気品を感じさせるものであり、同時に鎧に刻まれた聖なる紋様から男がどこに所属する者なのかを一目で理解させられる。

 

 鎧に刻まれた聖印はソフィーヤのもの、男は人理教会の騎士だ。

 

「エデン様ご注意を、人理教会の聖騎士(パラディン)です」

 

「パラディン?」

 

「剣術と魔術を組み合わせて戦う教会所属の騎士の事です。神により与えられた魔術を使う事に長けている優秀な戦士です。人理神の魔術の特徴は支え合う事、融和する事。性質上回復の奇跡が多く、優秀な聖騎士は自己回復能力を高めどれだけ傷ついても自己回復力で戦局を乗り切れる恐ろしいバーサーカーです」

 

 プランシーが宗教戦士をバーサーカーだと言い切った。

 

「まあ、宗教戦士って大体バーサーカーだもんね」

 

「はい……」

 

 しみじみと同意するように小さな声で答えたプランシーにくすりとしながらも、視線は青髪の聖騎士へと向けられた。その視線はプランシーを超え、俺へと向けられている。いつの間に林の近くまで来ていたのかは解らないが、恐らくは単純に俺が集中し過ぎていただけなのだろう。ここが公共の場だという事を忘れていたのが馬鹿だった。

 

 ―――だが、聖騎士の方が遥かに馬鹿だった。

 

 ゆっくりと近づいてくる姿にプランシーが警戒をあらわにするが、聖騎士は10歩ほどの距離まで近づくと膝を折り、そしてどこからともなく花束を取り出した。

 

「貴女に恋をしました、どうかこれを受け取って欲しい」

 

「その花束は常備されておられるので??」

 

「どうか、どうか貴女の名をお聞かせ願いたい」

 

「ひ、人の話を聞いてない……!」

 

 軽い恐怖を感じている俺の前にプランシーが立つ。護衛なんて本当に必要なのか? なんて思ってたりしてごめんなさい、今俺の前に立つ彼女の姿は物凄く頼もしく見えた。守るように視界を遮って立つプランシーは片手を剣にかけながら警戒する姿をわざとらしく見せる事で警告している。

 

「此方のお方はさる高貴の身故、易々と語る名を持たない。貴公、礼を見せるのであればまずは名を名乗ると良い」

 

 プランシーの言葉に聖騎士はおぉ、と声を零しながら立ち上がる。

 

「これは誠に失礼した。息抜きに散策へと来てみれば林の中で女神を見つけてしまい、どうも興奮を隠せずに逸ってしまった。非礼を詫びよう、まことに申し訳なく思う」

 

 優雅に一礼を取った聖騎士の所作はほぼ完璧だ。身のこなしの一つ一つが社交界等を経験した人間が持つ、相手に見せる事を意識した動きの取り方だった。俺やリアが苦手とするタイプの人間、そして動きだ。

 

「私はエルマー・アストリッド、人理教会に席を置く聖騎士のはしくれだ。あぁ、どうか怯えないで欲しい美しい君よ。私は文字通り貴女に心を奪われたのだ。例え貴女が異種族であろうとも、私は貴女を害する事だけはあり得ないだろう……私の魂と神に誓い、絶対に手を上げる事はしない」

 

 花束を抱えた聖騎士、エルマーはそう言ってくるが、どうにも信用がならない。とはいえ、彼の言動に今のところは嘘を感じ取れないのも事実だ。だとしたらこの男、純粋に俺に一目惚れしたという事なのだろうが、困る。

 

「えーと、その話は解ったんだけど。そう簡単に受け取れないというか」

 

「あぁ、申し訳ない。貴女を困らせてしまった―――」

 

 ふぅ、とエルマーは数歩下がり、困った様に手を頭に当て、数秒間考え込み、ふと、名案を思いついたように顔を上げた。腰からつるす剣に手を伸ばす姿にプランシーもまた剣の柄を握った。だが俺達の全てのアクションは次の瞬間の男の行動によって全て抜け落ちた。

 

「良し、腹を斬ろう」

 

「は???」

 

「これを私の精一杯の謝罪とさせて欲しい―――!」

 

「うわあああああ!? 誰かアイツを止めろ!!! 止めてくれ! やりやがった! マジでやりやがったアイツ!!!」

 

 良い笑顔で迷う事無く剣を自分の腹に突き刺した聖騎士の姿を見て、そんな事を叫んだ俺は何も悪くない。




 感想評価、ありがとうございます。またあけましておめでとうございます。

 その頃の真竜たち。

真竜「!!! ごすずんの気配! ごすずんの気配! 祭りだ祭りだ! ごすずんの元へ馳せ参じろー! うおー!(巣を飛び出す音」
龍殺し「えいえいむんっ」
真竜「うおー!!!!!!!!!(爆速で巣へと引きこもって行く音」

 今年もよろしくお願いします。

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