TS龍娘ダクファン世界転生   作:てんぞー

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人理教会 Ⅴ

 その時を振り返ってロゼはこう言った。

 

「いや、まあ、うん。元々エデンが見た目も経歴も能力もコネも普通じゃない事は知ってたし。寧ろ普通なのは精神面ぐらいじゃない? って割と思ってたけど。いや、でもまあ、正直に言って神々の祝福を受けている姿を見ても“ついにやらかしたかー”ぐらいの感触だったわね。いや、絶対にやると思ってたわ。何時かはやらかすんだろうなぁ……って。だって彼女普通じゃないでしょ。私はもうそれ解ってて友達やってるけど。初見でアレはキツイんじゃないかしら」

 

 そんな、将来ロゼから宣告される容赦のないコメントを肯定するようにホテルのロビーは沈黙に包まれていた。

 

 当然ながら人理教会の者達は黙るしかなかった。信仰心を捧げているからこそ、信仰している、奉ずる神の気配だからこそ間違える筈もない。感じられる神の気、その祝福(スパチャ)。それが空間をぶち抜いてエデンへと降り注いでいるという事実はそれまでの考えを全て頭の中から吹き飛ばすほどの衝撃であった。即座に反応することは出来ない、あらゆる情報が脳内でオーバーロードしていて反応する事が出来ない、という方が正しいかもしれない。

 

 だが同時に他の誰もが同じような情報過多に脳味噌をやられていた。当然、普通に仕事をしていただけのホテルスタッフは巻き込まれただけだし、何故か自分たちの前で異端騒動が起きたと思ったら事実がひっくり返った。騒動を収めようとしていた魔族サイドも唐突な神の干渉に対して何故? どうして? どうしてやった? そんな疑問が脳内に浮かび上がるばかりで反応が出来ない。

 

 そんな中で、爆心地で胸を張りながら勝利を確信するのはただ一人―――エデン=ドラゴンだけだった。

 

 その胸に満ちる思いは一つ。

 

 ―――ふふ、この空気なんかやらかしたな俺……!

 

 

 

 

 空気冷えっ冷えじゃん。

 

 誰もが黙り込んでいる。俺もドヤ顔を浮かべたままちょっとだけ汗を掻いた。だって俺がどう足掻いても神サイドの存在だと証明すれば心が折れるもんだと思っていたのに。だというのに味方含めて全員黙り込んでしまってるのだからリアクションに困る。この後どういう感じに行動を取ればいいのか、全く考えてなかっただけにちょっとだけ考える。というかソ様が思ってたよりも圧の強いスパチャ投げてくるから俺も困ってる。

 

 スパチャって表現も相当ヤバイから止めておくか!

 

「こほんこほん、えー、あー……その……なんだ、俺、潔白だよ……?」

 

 誰も反応しない空間の中で声を放つと、それにびくりと反応する姿が見えた。一番最初に意識を戻したのはプランシーであり、物凄い焦った様子で俺に振り返り、両手で肩を掴んでくる。

 

「エデン様! その、あの、エデン様!? なんと言えばいいのでしょうか……その、エデン様!!」

 

「滅茶苦茶テンパってるじゃん。おもろ」

 

「欠片も面白くありませんが!? いえ、待ってください……エデン様……」

 

 もしかして、と声を震わせながらプランシーが俺へと向けて言葉を続けた。

 

「もしや、常に見られてらっしゃる―――?」

 

 誰が、という言葉は不要だ。プランシーの言葉を肯定するように俺はとりあえずドヤ顔を浮かべて胸を張るとプランシーの顔色は一瞬で青くなった。だがそれ以上に顔が青い連中がいた。そう、人理教会の神父たちだ。騎士を連れて俺を異端の裁きに合わせる予定だった連中だ。だが今、俺の前で連中は握るべき武器を手にせず、手を震わせながら行動を取れずにいた。これは精神崩壊まで後一押しやな……なんて事を考えながら勝利の感慨を味わっていると、

 

「ま、間違いない……これは、ソフィーヤ様の神気」

 

「馬鹿な、いや、ありえないがありえてはならない……神の御心を我らが疑ってはならない。あるべき事のみが真実であり、目の前の出来事こそが真実なのだ。即ち我らの前にある魔族は―――いや、おわすお方こそソフィーヤ様に祝福されし巫女、聖女……!」

 

「っ、ぁ……っ! っ!!」

 

 随伴の騎士から何か声が出そうになるが、出そうとする度にそれを全力で噛み殺しながら言葉を選んでいるのがうかがえた。これまで信じて来たことが、これまで積み上げて来た事実が今、目の前で裏返っている。その事実を受け入れる為に騎士は、いや、人理教会の者達は静かにあげようとする否定の言葉を噛み砕いて呑み込んでいる。

 

 神を疑うことなかれ。

 

 信じる者は救われる。

 

 そう、神々は実在する。実在の証明が成される世界において信仰と宗教の重みというものはレベルが違う。世界に対する干渉を行える超越的存在がある世界において、神話は事実でしかない。与えられた戒律は良心や道徳によって守られるべきものではなく、世界に打ち込まれた法則であるとさえ言えるだろう。即ち、神を疑う事なかれ。実在する神を疑う事は出来ない。彼らの存在は事実なのだから。そして教えを信じ、信仰すればその行いに間違いはない。

 

 じゃあ目の前の事実は何だ? 魔族の娘が神の色濃い祝福を恐らく地上の誰よりも愛されるように受けている事実は何だ?

 

 ―――それが答えで真実なのだろう。

 

 神を疑う事なかれ。

 

 即ち、これが神の意志である。その事実をこれまでの人生、全てを否定するように信者たちは呑み込んでいた。溶かされた鉄をそのまま喉の中に流し込んで行くような苦痛。煮えたぎるマグマを血管の中に差し込んで全身を燃やし尽くして行くという苦痛。これまでの人生、信仰、その全てがこの瞬間に否定されていた。それでも発狂せずに、静かに事実を受け入れようとする姿は彼らが決して悪人ではない事を証明する。

 

 そう、決して悪ではないのだ。寧ろソフィーヤの信者は善性の存在だ。単純に人を救い、人の世を救おうとして、その結果行き過ぎた主義主張が行きつくところまで行きついているというだけの話だ。果たして腐敗しているのは上か、それともその根元か。どちらにせよ人生を否定する衝撃を神父たちは受けていた。

 

 それから数秒、葛藤と苦しみの中にあったソフィーヤ信者は天を向きながら声を放った。

 

「我らは何だ」

 

「人理の使徒。明日にかける光の守護者」

 

「我らの成すべき事はなんぞ」

 

「明日を。眠れる夜を人々に」

 

「正しきとは何だ」

 

「我らが神の声。我らが神の宣告。我らが神の行い。正義は天にあり」

 

「宜しい」

 

 神父は騎士たちの返答に満足するように頷き、此方へと振り返って来た。その視線がちょっとだけ怖く、びくりと背筋を伸ばしてしまう。が、それを気にすることなく神父は深く頭を下げた。

 

「申し訳ありません、エデン様―――少々、感情と脳の整理を必要とします故、一旦下がらせて頂きます」

 

「あ、うん、はい」

 

「ありがとうございます―――行くぞッ!」

 

 振り返ると指示を出し、老神父が騎士団を連れてホテルから去って行く。その姿がロビーから消え去るのをたっぷり十数秒待ってから額に集まった汗を拭い、一息ついた。

 

「なんとかなったな!」

 

「なってませんが? なっていませんよエデン様」

 

「やっぱり?」

 

 あっはっは、と笑うがジト目が此方へと向けられてくる。その居心地の悪さに視線を逸らしながら下手な口笛を吹くがプランシーの視線はじっと俺にロックオンされたまま外れない。妙な罪悪感が胸中を満たす。指の先をつんつんと合わせて背をちょっと丸めながらちらり、とプランシーを見る。

 

「いや、まあ、俺もちょっと派手にやり過ぎたかもなあ……って思ってるけど。ところでソ様ソ様、そろそろ光、眩しいんですけど。眩しくない? あ、ありがとうございます。普段むすーって黙ってるけどなんだかんだで優しいソ様の事好きだよ。メッチャ光るじゃん」

 

「エデン様ッッ!!」

 

 ソフィーヤ神に感謝を告げた瞬間追加の祝福が飛んできた。もう必要ないんだけどなあ、と思っていると横からキレるプランシーの声に小指を耳に突っ込んで声を回避する。まあ、今のは煽った俺が悪い。ソフィーヤ神にもうそろそろ止めてねー、と心の中で手を振って光の柱を止めてもらう。これ、どれぐらい遠くから見えてたんだろうなあ……なんて事を考えながらプランシーへと向きなおるとがしり、と肩を掴まれる。

 

「何を……何をされたのか解りますか?」

 

 プランシーの真面目な言葉に頭を掻く。

 

「いや、まあ、ちょっと勢い任せにやったのは自覚があるけどさあ」

 

「なら」

 

「でもさ、結局どこまで我慢すれば良いって話になるよな、これ」

 

 まあ、一晩もあれば情報整理だけは出来る。そうやって考えた事がある。つまり、どこまで我慢すればいいか、という話だ。

 

「これで人理教会との衝突は何度目? これから後に後何回衝突するんだ? 回避する方法は? 考えてみればみる程、生きていく上で問題はたくさん出てくるんだよな。俺1人の為に一体どれだけの人が犠牲になるんだ? 無論、魔族の君たちは“同胞の将来の為であれば”だなんて言えるかもしれないけどさ……それで損なわれる命って別に君たちのモノだけじゃないよね」

 

 対立、策略、主義主張の食い違い―――特に宗教というものは面倒だ。利益ではなく信仰をベースとして考えているから、信じるものと食い違えばいくらでも殺し合えるのだから。結局の所、魔族と教会が延々と睨み合っているのはそれが理由なのだろう。そしてその事実はこの先もずっと変わる事がないだろうと思っている。

 

 そもそも俺が生まれた理由はなんだ? 生きている理由はなんだ? この時代に、態々問題で溢れている時代に生かされている理由はなんなんだ?

 

 正直な話、異端認定はそう怖くはない。俺1人逃げるだけならまあ、何とか逃げられるだろう。最悪空の上とか、海の底とか。真竜にこんにちわしにいけば囲って貰えるだろうと思う。ただそれはあくまで俺自身の身を守るというだけだ。

 

 じゃあ俺と一緒にいたリアは? ロゼは? 宗教の生み出す狂気から一体誰が彼女達を守るというのだ。無論、立場と権力というものは彼女達を守ってくれるだろう。だけど物理的に、強硬手段に出た宗教家どもを止めるだけの力が両家にはあるのか? 少なくとも今回の神父たちはまだ優しい部類だった。

 

 だけど数日前の夜の様に俺を殺しに来た暗殺者……ああいう手合いが出現した時、果たして彼女達の無事は保証されるのか? こうやってホテルに直接尋ねて来るだけの行動力はあるのだ。本当に怖いのは俺がいない所、見えない所で物事が進む場合だ。俺がいない所でリアが襲われる様なことがあれば、俺は何も出来ないしただ泣く事しか出来ないだろう。

 

 言い方は悪いが、魔族たちは俺にしか興味を持っていないだろう。リアやロゼの分も金を払って歓待してくれているのは俺が彼女達を大事に思っているからだ―――彼らの中で彼女達への重要度はそう高くはないだろう。

 

 これは良くも悪くも俺が無名だからこそ起きている事だ。俺が無名で知られていないから陰で動く事しか出来ない。事実、俺の名前が、龍としての素性が知れ渡る事はデメリットでしかない―――でしかなかった。

 

 だけど今日、今の行動で事情が変わって来た。

 

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 無論、それを悪用しなければという話でもある。俺が悪用するようであれば……まあ、直ぐにあの人が俺を消しに来るだろう。少なくともそういう約束だ。そういう約束があるから俺も、安心して動く事が出来るだろう。俺が魔族だと思われていてもソフィーヤの祝福の前では、あの頑固そうな信徒たちですら悩み苦悩しながらその態度を改めようとした。

 

 それ程信仰と宗教というものは重い。証明された神の実在は真実の支配者であるのだから。

 

「昨日のベリアル氏の話を聞いてさ、普通に魔族が愚かだと思ったし、同時に同情もした。だけど不安も覚えた。また同じことを繰り返さないって言える? 約束出来る? ……いや、意地悪な質問だよね。プランシーはなんも悪くないし、答えられる立場でもないし」

 

「……申し訳ありません。ですが同じ過ちを起こそうとは思いません。ベリアル様に集った同胞達も同じ思いの下で動いています」

 

「うん、その気持ちは解るよ」

 

 でもさ、それでさえ誰かを食い物にした結果であるのに変わりはないのだ。ベリアルのプランは結局のところ、俺の同情を引いてその上でこの世界の住人に割を食わせるというプランだ。この国の混乱、被害、治安の低下……それはベリアルが動きやすくなるためのものだというのが今は良く解る。そしてその犠牲を強いる一因に俺が関わっている。ベリアルが勝手にやった事だと言わせるのは凄い簡単だろう。

 

 でも俺の心を惹こうと、俺の為に環境を整えようと苦心するベリアルを放置して勝手にやりましたって後から言うのはただの卑怯者ではないか。

 

「良い意味で怖かったよ、人理教会。情報があればこうやって飛びつくって解ったし」

 

 ―――あの雨の日。

 

 マフィアを殺した帰りに龍殺しと再会して。どうして世界は苦しみで満ちて、どうしてこういう事に手を染めなきゃならないのかを考えて、どうしようもない苦しみに吐き気を覚えて。それから少しずつ考えていた事があった。

 

 だけど目の前に迫る脅威を見て感じた。

 

 世界の出来事は決して他人事ではないのだ、と。マフィアを殺して、守ろうとした結果また誰かを苦しませているという話はとてもミクロな話ではあるが、世界全体で見ればありふれた出来事の一つでしかない。目の間にある悲劇に対処している間にまたどっかで別の悲劇が起きている。当然のように殺され、苦しみ、報復で憎しみが増して行く……その問題は正面から向き合わない限りはどうしようもないのだろう。

 

「だから俺、思いました。モラトリアムも終わりが近いんだろうな、って」

 

 きっと、辺境は俺にとってのゆりかごだったんだ。

 

 グランヴィル家という狭い世界で育ち、辺境というゆりかごに揺られて成長した。そしてそこから踏み出し中央にやって来た俺は漸く世界に触れる事になった。見るもの、触れるものが増えればその分感じる事も増える。良い事もあれば悪い事もある。そして当然痛みだって増えるだろう。

 

 だから思うのだ、こうやって俺個人をターゲットにした動きが現れた以上、逃げる事も隠れる事も不可能なのかもしれないと。

 

 果たして俺が龍だと隠し通せるのは後何年ぐらいだろうか? 100年か? 10年か? それとも1年か? 人の口を完全にふさぐことは出来ない。ベリアルは俺が龍である事を察していた。だったら人間の中でも、特別勘に優れた人間が何時か俺を見つけ出すかもしれない。

 

 ずっと言ってた事だが、結局逃げ切れる話じゃなかったんだこれは。

 

「という訳で俺、考えました。いい加減逃げ隠れているのも終わりにすべきなのかもしれないって」

 

「エデン様、今非常に嫌な予感を感じていますが」

 

「はーっはっはっはは」

 

 結晶で扇子を作って自分を扇ぎながら笑う。ぱきん、と音を立てて砕ける結晶の扇子を投げ捨てながら宣告する。

 

「世話になった分は恩返しすべきだと俺、思います」

 

「え、えぇ。それは良い事なのでしょうが、えっと、エデン様」

 

「だから俺思いました。ソフィーヤ神の正しい信仰を取り戻す事がきっと正しい恩返しになるであろうと」

 

「あの、エデン様??」

 

 プランシーがその先はお願いだから止めてくださいと言う懇願の表情を浮かべているが無視する。お前ら魔族の話を聞いてたらソッチサイドに引きずり込まれそうだし。こっちから振り回してやるぐらいがたぶん一番良いんだろう。

 

「だから宣言するわ! エスデル国内の人理教会を乗っ取って、ソ様の正しい信仰を取り戻す!」

 

 ででん、とサウンドエフェクトが付きそうな感じに宣言すればプランシーがな、成程と声を零す。他の護衛達は今のうちに被害を受けない様に静かに気配を殺してこの場から逃走しようとしているのが見えた。

 

「いえ、それは喜ばしい事ですがエデン様がそういう事をなさらなくても……」

 

「後ついでに第5王子アルドを次代の王として擁立するわ!!」

 

 俺の拳を掲げた宣言にプランシーが喀血した。




 感想評価ありがとうございます。

 またして何も知らないアルド王子。今頃学園で優雅な休日を過ごしているんでしょうなぁ。

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