「という訳で俺は人理教会を乗っ取ることにしたんだわ」
「まあ、貴女なら何時かやるとは思ってた」
「リアクション薄い!!」
改めてやる気が出た―――というよりはやらざるを得ない状況になったから、自分がこれからはもっと積極的に動くぞ、という事を報告しに来た。だが俺の言動に対するロゼのリアクションは薄く、リアに至っては全く興味のない様子だった。いや、まあ、リアに関しては俺の正体を理解している部分もあるし驚きというものは別にないのだろうが、ロゼにはそこら辺の話をしていない。だからロゼのリアクションの薄さにはちょっとだけ不満を覚える。頬を膨らませてロゼに無言の抗議の視線を向ければ、呆れた様子でロゼが言葉を返す。
「今更貴女が魔族じゃないだとかそういう話する? 普通じゃないって事はずっと前から解ってたわよ。異様に強いし、時折虚空に向かってぶつぶつ喋ってるし。なんか貴い気配を偶に感じられるし。ぶっちゃけ、脇が甘いのよ。本当に徹底して隠したいならもうちょっと自分がどう見られているのか気にして、きちんと隠さなきゃ駄目ね。別にオラクルが出来るって程度、私もお父様もとっくの昔に把握してるわ。何年間幼馴染やってると思うのよ」
「ぐうの音も出ねぇ」
そこまで脇が甘いかなあ? と首を傾げるが、身内相手にガードが下がっている事には割と自覚がある。自然と、心の中でロゼに対してなら大丈夫……だなんて考えていたのかもしれない。場合によっては致命傷になりかねない事であるにも関わらず、ちょっとだけ嬉しい気持ちが自分の中にあった。この幼馴染、割と俺の事見てたんだなぁ……と思うとやっぱり嬉しい。
「ま―――だから別に驚きはないわ。何時かどこかでなんかやるんだろうなぁ、とは漠然と思っていたし」
ただそう言ってからロゼは息を零し、良いわね? と言葉を置いた。
「別に貴女がなんであろうと私は構わないわ。興味もそこまでないし、なんであろうと貴女が私の幼馴染である事実に変わりはないからね。ただ無茶無理無謀だけは駄目よ? 私もリアも貴女が体を張る度に心配してるんだからね。それだけは決して忘れちゃ駄目よ」
びしり、と指を此方へとさして宣告して来たロゼに俺は静かに頷いた。
「ありがとうロゼ、俺も別に危険な事に首を突っ込みたいって事じゃないんだから解ってるよ」
ただね、と言葉を置く。
「逃げてばかり、目をそらしてばかりだと何時か追いつかれるんだって良く解っただけなんだ。ついて回る過去から逃げることは出来ないし、自分が何であるかの現実から目を逸らし続ける事だって出来ないんだ。これまで俺が平和に生きてこれたのは辺境の優しい人達と、神々が俺の事を静かに見守ってくれていたからなんだろう」
だけど、それももう無理だろうと思う。俺が本当に静かに暮らしたいなら、人のいない地で潜んで暮らすべきだったんだ。だけど俺にはそれは無理だろう。寂しいし、辛い。誰かと関わりたい、一緒に遊びたい、愛しい人と時を過ごしたい。そういう気持ちを抑えてまで孤独の平穏を選ぶ事なんて出来ないだろう。少なくとも俺はそういう人生をこれからずっと送るのは嫌だ。これからも一緒に皆と過ごしたい。
その為に戦う必要があるというのなら、戦うしかないのだろう。皆それぞれ守るべきものがあって、主義主張がぶつかるならそうするしかない。漸くその覚悟が自分の中に出来上がったとも言える。他人からすれば大した事のないイベントだったかもしれない。
だけどもう、逃げ場なんてない―――いや、最初から逃げ場なんてなかったんだ。それを解ってしまった。だから俺はもう動くしかないんだ。少なくともこの国の中で起きている問題を見て見ぬフリで通す事はもうできない。
「エデン」
名を呼ばれ、リアへと視線を向ける。リアは不安な様子を見せる事なく、微笑んだ。
「信じてる」
「おう」
俺達に、それ以上の言葉は必要なかった。ロゼの心配、リアの声援は共に嬉しいものだった。ずっと黙っているクレアへと視線を向ければ少しだけむすっとしているのは解る。
「……お嬢様方がそうおっしゃるのであれば私からはあまり言う事はありません。それでも何か言うのなら……」
「言うのなら?」
「……早めに職務に戻ってくれると私の負担が軽減されます」
「ほんとごめん」
この埋め合わせは近いうちになんとか、と声を震わせながらクレアの反応をおっかなびっくり窺っていると、それでという声がロゼから放たれた。意識を引き戻されるようにロゼへと向ければ彼女が言葉を続けてくる。
「行動する意思は解ったけど、結局何をどうする訳? 私に何かして欲しい事とかあるの?」
「ん、いや。基本的には俺1人でどうにかなるよ。まあ、絶対に話し合わないといけない相手がいるけど。だからロゼたちはマジで何も気にしなくて良いよ」
「話さなきゃいけない相手?」
「おう」
お互い、ずっと確信的な部分に触れる事もなかったし。そろそろお互いに向き合うべき時なんじゃないかなあ、って思っている。
なあ、ソ様。
龍にとって、神々と交信するのは基本的技能でしかない。そもそも龍が誕生したのは神話の時代で、龍は神々が生み出した生物だ。それも星の維持管理、テラフォーミング用の能力を備えさせた生物だ。星をどうするのか、どうすべきなのかを連絡を取り合いながら実行する為の基本的な機能として神々と言葉を交わす能力は必要だった。だから俺にとって神々と交信するオラクルを実行する事はそう難しい事じゃない。一度そのやり方を意識すれば後はまた同じことを繰り返すだけ。だけど人類にとっては垂涎の能力らしく、彼らが神々と交信するには神殿とも呼ばれる領域で相当深い瞑想状態に入って極限状態まで追い込む必要があるらしい。
それでさえ完全に会話するというのは難しく、神託等という形で一方的にお告げを受けるだけに留まる。神々と人類では、存在する生命としての次元が違うのだ。だから言葉を交わそうとしても、難しくなる。だが龍は神の血を引く生物だ。生物としての形態はどちらかと言えば神の方に近い。だからこそこれほど強力なオラクル能力を保有する事が出来ている。
だから俺は集中する為にホテルの自分の部屋に戻ると、ベッドの上で両足の裏をくっつける様に座り、体から力を抜いた。その姿勢を不敬だと叫ぶ連中だっているかもしれない。だけど俺とソフィーヤの関係なんて今更の話だ。かしこまる様な事は……もうないと思う。
「ソ様、ソ様。いい加減そろそろ話し合おうよ」
精神を集中させると言っても人間たちの様に瞑想する必要はない。心の中にある繋がりを辿ってソフィーヤへと意識を辿り着かせるだけで良い。そうやって意識をソフィーヤ神へと辿り着かせれば、自分の前にソフィーヤ神の幻体が出現する。美しく伸びる金髪に身に纏われる薄布、何度見てもその姿は一つの芸術として完成されているとしか思えない美を誇っている。恐らく地上で彼女よりも美しい人を見つけることは出来ないだろう。
彼女の姿は俺に良く似ていた。
いや、違う。
閉ざされた目をゆっくりと開け、胸に手を置きながらソフィーヤはゆっくりと口を開けた。
『―――エデン』
「ソ様、答えてくれるんだね」
『これまでとは違い、貴女の中にある覚悟、或いは決意と呼べるものが何よりも強固であるように感じられました』
溜息を吐く動作でさえ美しい。十人中十人全員がその仕草の一つ一つに心を奪われるだろうし、憂う彼女の仕草を見て心の底から悲しみを覚えるだろう。何故神々が地上を去ったのか、その姿を見るだけで解ってしまうだろう。彼女達は余りにも強すぎた。余りにも完成され過ぎていた。存在として次元が違うが故に、そこにあるだけで全てを汚染してしまう程に……その全てが罪深い程に美しかった。
『語るべきか、否か。その問いは常に私の中にありました。罪を犯した者としての罪悪感と後悔を常に抱えながらも悩みました。エデン……私は何時だってそれを貴女に伝える準備がありました。ですが貴女はそれを知るには幼過ぎた。たとえ事実が貴女にとっては重くなかろうと、知ると知らないでは世界が違って見えてきます。それはきっと貴女がどう動き、どう判断するのか……その選択肢を常に狭めてしまう事でしょう』
「うん、ソ様の優しさとか、気遣いとか。そういうのを俺は感じてたよ。不器用な優しさみたいなのはずっと」
それが偶に変な方向へと発揮されてしまうのはちょっと面白かったけど。それでもこの女神が俺の安寧と平穏を願ってくれていることは感じていた。常々それは感じていた……きっと俺が危ない事に首を突っ込むたびにハラハラしていたんだろうなあ、と思うぐらいには。それぐらい彼女の声は愛と慈しみで満ちていた。
「ソ様の気持ちには感謝してるよ。見守っててくれたの。どんな時でも1人じゃないって思えるのは心強かったよ……それでも、まあ、色々と教えて欲しかったけど」
理由は解っている。今教えて貰ったし、それに理解もある。それと感情的に納得できるかどうかはまた別の話になるだろうが。それでもこうやって俺の前に出てきてくれた事が今のソフィーヤ神の答えなのだろう。
「ソ様ソ様」
『はい、なんでしょうか』
「俺、まだ見てないところは多いけど。それでもこの世界が好きだと思うんだ」
『そう、ですか』
ソフィーヤ神は考える様に少しだけ顔を伏せ、それから顔を上げた。
『エデン、私の可愛いエデン……私は純粋に人々を愛し、そして慈しみます。この世に満ちる人々は誰もが私の子の様なものです。ですから私は人々を愛します。その日々に平穏が満ちる事を祈っています。穏やかに眠れる夜が来ることを願います。欠伸を零しながら目覚める朝が来ることを喜びます。私が人々に求める事はそれだけです。それだけでした』
しかし、とソフィーヤ神は続ける。
『人、ヒトという生き物はどうしようもなく不完全です。それは別段ヒトという種に限って話ではありません。オリジナルのデザインにエラーがあるのに何故ヒトは完全になれると思うのでしょうか。全ての存在に滅びがあるように、この世に完全という概念は存在しません。私はそれが悲しかった、苦しかった、どうにかしたかった……それをずっと考え、しかし理解しました。全てはそうであるべきだと』
ソフィーヤ神の言葉に頷く。
「もうちょっと解りやすく」
『私達が完璧じゃないのに何で人間に完璧である事を期待するの? という話です』
「成程なぁ」
解りやすく言えるじゃん……でもちょっと難しく言った方がなんかかっこよく見えるよね。気持ちは解る。
『エデン、この世界は多くの問題を抱えています。龍とヒトの対立なんてものはその一つでしかありません。異種族への排斥、異世界からの移民、宗教間の対立、恵みの奪い合い、変わらぬ価値観による摩擦……この世界は見えている以上に問題を抱えています。そして私達神々はその問題へと関わる事を良しとしません。それは私達が強大な力を持ち、そして簡単に運命を塗り替えるだけの力を持っているからという理由もあります』
ですが、
『同時に、私達はこの問題が私達の子によって解決されることを望んでいます。この世は神々の世ではないのです。これはヒトの世、ヒトの手で変わるべきなのです』
「その為に俺が産まれてきたの?」
『―――』
その言葉にソフィーヤ神は解りやすく黙り込んだ。その代わりというべきか、神の力が部屋に作用するのを感じた。外界との全てを隔絶するように、一切の気配や声が漏れないように、神の力を使って部屋がその他から隔離された。ゆっくりと近づいてくるソフィーヤ神は俺の隣に腰を下ろす。
『エデン、私は何時だって貴女の日々が幸福と幸せで満ちていることを祈っています。それ以外の特別は何も、望んでいません。そして貴女の生誕、その意味を問うのであれば私は語らなくてはなりません。遥か過去に己が成した過ちを』
「それは……ソ様はずっと秘密にしていた事じゃないの?」
『いいえ、はい。私の恥ずるべき過去ではあります。ですが隠してはならない事でもあります。これまでの貴女は騒動から背を向けてなるべく潜んで生きて行く事を考えて暮らしていました。だからそれを妨げる余計な情報を与えようとは思いませんでした。貴女は、とても優しい子ですから……きっと、誰かが泣いているようであれば手を差し伸べる事が出来る子ですから』
「……そうでもないよ。俺、自分の為にというか……自己満足で人を殺す事だってあったし」
『ですがそれは生きる上では誰もが背負う原罪です。この世で罪もなく生きていける者はありません。それはエデン、貴女もです。この世は苦しみで満ちています。不完全であるがゆえに奪わなければ生きていけない世の中です。それを嘆く事は間違ってはいません……ですが同時に間違っています』
何故なら、とソフィーヤ神は口にする。
『私はその苦しみを前に足を止める事を選んだ側だからです』
だから聞いてください、とソフィーヤ神は続ける。
『私の話を聞いて、それから判断してください。どうするのか、どうしたいのか―――どうするべきなのか』
そしてソフィーヤ神は長らく閉ざしていたその口を開いた。神々は知り、しかし地上にある人々はもはや忘れ去ったソフィーヤの罪を。彼女が何をしてしまったのかを。何故彼女が人々に期待する事を諦めてしまったのかを。何故彼女が口を閉ざす様になり、自罰的にふるまう様になってしまったのかを。
俺というただ一人のオーディエンスを前に、古い、とても古い話が始まった。
感想評価ありがとうございます。
次回のしくじり先生はソフィーヤ神様。どうやってしくじり、どうしてしくじったのかを放送!
なお建て直せてないので立て直しパートはありません。