TS龍娘ダクファン世界転生   作:てんぞー

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人理教会 Ⅶ

 ―――それはかつてまだ神々が人々と暮らしていた時代の話。

 

 遠き時代ではまだ神々は地上にいた。超越種たる神々であったが、それでも地上にある生物たちと共に生きていた。生理的欲求を不要とする神々は地上でもおおらかだった。神殿を築き、その中で人々の営みを見守るように生活をしていた。神々を崇拝する人々の中に自然と宗教の概念が生まれた。だがこの頃の人類はまだ純粋であった。純粋であるがゆえにその宗教的観念は決して見返りを求めるものではなかった。

 

 この世を支配し、そしてよりよくしようとする神々への敬意、その純粋な信仰から生まれる心が神々を心身ともに満たしていた。この時代にはまだ多数の龍が存在し、龍たちは神々の僕、使徒としての側面を強く持っていた。それ故に神々の代行者としての龍たちもまた崇拝される地位にあった。龍と神々とヒト、それがこの神代におけるメインプレイヤーたちだった。創造神によって残されたもの、生み出されたもの。その想いはこの世を良くする事だけであった。

 

 この世が大きく移ろい始めるのは、とある切っ掛けがあったからだった。

 

 それは世が安定してきた頃に、とある村で生まれた。

 

 この頃の人類は良く言えば純粋無垢、悪く言えば無知だった。死の運命をそれはそういうモノだと受け入れ、そしてある物で満足する質素な生活を送っていた。決して発展がなかった訳ではないが、無闇に贅沢を求めるようなことはなかった。エーテルの濃い世界の中では命は長く、そして人々の力も強かった。それこそ現代などよりも遥かに人達は生きる気力に溢れていただろう。だから発展は緩やかで、人々は龍と神と共にその日その日を穏やかに過ごす……そんな楽園の中にその者は生まれた。

 

『彼は―――天才でした』

 

「天才? ソ様がそう断言する程の事?」

 

『はい、いいえ。そうですね、天才という言葉は正しくも間違っています。純粋な才能の上限値で言えば彼を上回る存在は多かったでしょう。ですが彼には他のモノにはない才能がありました』

 

「それは?」

 

『努力する事です』

 

 少年は、誰よりも努力する才能に溢れていた。彼は非常に珍しく、そこにあるモノだけでは満足できない人物だった。彼は言った、世の中はもっと良くなる。私達の努力次第で世界はどうとでもできるのだ、と。

 

『ですが当時、その事に賛同する者はほぼいませんでした』

 

「多分、理解出来ない概念だったんだな」

 

『そうです。彼の考え方は先進的すぎました。当時、世界は神々のモノであり、その変化は龍たちによって齎されるものでした。それが常識である世界において、彼ら人間は住人でしかなく、何かを変化させるだけの力はなかった。ならばどうして人が世界をよりよく出来ると言えたのでしょうか? 非難もなければ怒りもない、ただ彼へと向けられたのは困惑の感情ばかりでした。彼を理解する人間は、彼の周りにはいなかったのです』

 

「それは……辛いな」

 

 当人が辛いと感じていたかどうかは、不明だ。だが結果として男は納得しなかった。周りの人々は善き人々だった。たとえ男の事を理解できずとも、男が言い出す事に手を貸そうという意思はあった。悪意のない時代、男は恵まれた環境に生まれたのだ。お蔭で男は自分の考えを実行出来た。無論、それがいきなり成功する訳はなかった。だが男は努力した。努力して、努力して、努力した。最初の失敗から何が悪いのかを洗い出し、修正し、そして周囲の人々に助けを求めた。周囲の人々も良く頑張る男の姿に感銘を受けて手伝いを申し出た。

 

 そして何度もの失敗の果てに、男は魔法という力を神々の奇跡ではなく、術式というとてもシンプルな形で人がコントロールできる領域に落とし込んだ。神の奇跡が人の手によって神秘から技術へと変えられた瞬間でもあった。歴史的偉業を前に、その本質を理解する者は存在しなかった。ただ新たな進歩、進捗、そして人もまた何かを生み出す事が出来るという熱が広がった。男は己の成果を披露しながらこう言った。

 

『俺は特別な事をした訳じゃない。俺達ヒトだって誰もが可能性を秘めている。俺はその眠っている可能性を少し引き出しただけだ。こんな事、誰だって本当は出来る筈なんだ。勿体ない……そう、勿体ない。その可能性を眠らせ続けている事が俺にはどうしようもなく勿体なく思えたんだ。だから俺は挑戦したんだ、挑戦するしかなかったんだ。俺達だって何かが出来る! ただ与えられて生きるんじゃない、俺達だって神々や龍たちに新たなものを生み出して返す事が出来るんだ―――そう、諦めなければ夢は必ず叶う。俺はそれを信じているんだ』

 

 男の名はソル、太陽という名を冠する男だった。華々しい才能があった訳ではなかった。だが諦めず努力をし続けられるという一点において、世界で誰よりも突き抜けた才能を持っていた。それがソルが持つ、ソルだけがその時代に持っていた才能だった。彼は当時の人類で、最も諦めの悪い男だったのだ。

 

 ソルは人でも使える魔法の形式を生み出した後は、生活の質を向上させるために様々な事を考え出した。無論、その全てを彼一人で考え出した訳ではなかった。彼が出せたのはあくまでもアイデアとその基礎だけだった。そこから先を構築するのは彼の周りに集った才能ある人間の役割だった。集まった人たちは彼のアイデアを元に、それらを具体的な形にする為の方法を打ち出した。これによってソルを中心とした集団は少しずつ生活を豊かにし、技術力を発展させ、そして求心力を高めていった。

 

 その中心に常にいたのがソルだった。どれだけ才能のある人間が彼の周囲に集まっても、ソルのように自ら前へと踏み出そうとする人間はいなかった。当然だ、ソルが踏み出したとはいえ人々の本質まで変わった訳じゃなかったのだから。本質的にこの頃の人類は奉仕種族という側面が強かったのだ。だから人々は奉じる事以外の考えをあまり持たなかった。それを変え始めたのがソルという男であり、ソルは積極的に人の意識を変える為に踏み出していった。

 

 やがて、ソルの行いは周囲だけではなくもっと広い範囲で影響を及ぼすようになる。彼の名はそれこそ世界の中心にまで届く様になり。

 

『ついに、私のところにも彼の名が届く様になりました』

 

「ソ様も会いたいと思った?」

 

『えぇ、思いました。当時の私はまだまだ年若い神でした。経験も足りず、あまり深く考えない……思慮の浅い面があったと思います。今思えばそれもまた、当時の自分への言い訳なのでしょう。ですが私はソルの様な枠組みに囚われない人間を素晴らしいと思ったんです。ですがソルの様な人間はそもそも私達がなんらかの干渉を行わなければ現れる筈のなかった、いわばエラーに近い存在でした。当時その事に思い至る事もなかった私は単純に生きる力の溢れた人を素晴らしいと思いました』

 

「……それで、ソ様はどうしたの??」

 

『彼の様なヒトが中心にいるのであればきっと、この世はもっと良くなる。そう思って彼に私を崇める集団の―――人理教会の舵を取る事を頼みました。私の任命を受けてソルは教皇となりました。教皇となった彼の名声と求心力はもはや揺るがぬものとなり、彼を阻める人間は地上には存在しなくなりました。その力をもってソルはさらに組織を効率的に運用するように形を変え、そして新たな技術となるアイデアをいくつも打ち出してゆきました。ですが大枠で彼の行動も、周囲の反応も変わりません。それまで通りソルが中心となって指示を出し、彼に周りに集まった才能ある者達がそこから発展させるという形式でしたが……』

 

「……が?」

 

『彼は教皇に任命される際に、名を改めました』

 

 名を改めたソルは人の生存領域の拡大を目指し、生活を更に豊かにするために開拓する人材を育成し、そして自らの身を守るための戦力を鍛えだした。誰かがそこで違和感を抱くべきだったのだろう。だけど誰もソルを疑う事はなかった。彼はこれまでに人類への多大な貢献を成していたから、それで目を曇らされていた。まるで最初からそれが目的だったかのようにソルは人材を育て、そして彼への忠誠心の高いメンバーを集め出した。

 

 少しずつ、少しずつ歯車が狂いだしている。それを悟らせないようにソルはゆっくりと、十数年、百年を超える時間を使って計画を進めた。ソルは少しずつ自分の周りを固める私兵を作り出し、戦力を増強して行く。それと平行して神々や龍に頼らず生きていける環境を構築していく。ヒトが上位者の力を借りずに自立して行く姿を神々や龍は愛しく思い眺めていた。ヒトが自立して行く姿は言ってしまえば自分の力だけで立ち上がろうとしている赤子に近かったからだ。

 

 だから誰も違和感を覚えない、未来を自分の力のみで切り開こうとする姿勢に。だから最後まで気づく事もなかった。ソルという男が最初から最後まで、一体何を抱えていたかというのを。

 

『ある日、ソルが私を訪ねました。当時は私もまた神域に籠る事もなく地上の神殿で時の大半を過ごしていました。教皇だったソルは誰よりも私に近く、そして自由に謁見できる限られた者達の1人でした。だからソルの来訪は私にとって特に疑問に思う事ではありませんでした。ですがソルからすれば、それまで何百回と重ねて来た訪問、打ってきた布石を回収する最後の1回だったのでしょう』

 

 ソルはこう言った。

 

『―――ソフィーヤ神様、私は常々思っていたのです。これは余りにも卑怯ではないか、と。考えてみれば私達ヒトにはこの脆弱な体しかありません。ですが同じように神々が生み出された龍たちは強靭な肉体を持つだけではなく、世界の法則を繰り、そしてこの世を変化させる力を持っています。私もまた、この世の為に多くの奉仕をしてきました。ですが我々人間は余りにも脆弱……龍とはその根本から違い、争えば勝つ事などあり得ません』

 

『無論、私はその言葉を否定しました。ヒトはヒトで素晴らしい生き物です。弱く、儚い事は事実です。ですがその肉体に秘めた生きようとする意志はこの地上における生物で最も強いものです。その一つへと捧げる情熱、情動は他の種族には存在しない強い意思です。ヒトという種よりも優れた意思を持つ生き物はいません。私はそうソルへと伝えました』

 

 だが当然のように、或いは元から解っていたようにソルは否定した。

 

『大いなるソフィーヤ神、我らが母よ。そうではないのです。私はただ、龍はあれほど完璧な存在なのに私たちがこうも欠けているのは卑怯だと思ったのです。ただそれだけなのです。人の可能性、人の素晴らしさ……それは良く解っています。私自身、人は決して止まる事のない種だとは思います。ですがどうしても、龍と比べると見劣りする事実に胸が痛むのです。どうして私達はこうも不公平に創造されたのでしょうか?』

 

 ソフィーヤ神は答えに窮した。ヒトと龍では運用設計が根本から違う。何故、と問われてもそれ以外の答えを出す事は難しい。ソルを納得させるような言葉ではない。

 

『そこで私は過ちを犯しました―――私はソルに龍の欠陥を伝える事にしたのです』

 

「龍の欠陥? こんなナーフ必須のクソ強いバグ種族に弱点とかあるの?」

 

『エデンにはそういう部分が薄いから伝わりづらいかもしれませんが、龍という種は全体として強靭でありながらもその精神は長く生きる為に穏やかな気質である事を求められて創造されました。気性が荒ければ荒い程長い時を生きるのには向きません。ですから龍は長く生き、そして星を支える為に細かな事には拘らない穏やかな精神性を備えて創造された生物なんです』

 

 だから龍は長く生きるのに向いている―――だがそれは同時に龍は争い事を嫌い、そして疎む性質を持っているという事でもあり。自分の力を良く知る龍たちは戦えばそれが何を引き起こすのかを良く理解していた。だから龍たちは戦いを疎み、そして人を愛でていた。小さな姿で努力し、成果を生み出す姿はどれだけ眺めていても飽きる事はなかった。

 

『それで龍という種をソルは理解しました。龍という種が人に襲われた場合、決して反撃する事はないだろうという事を。既に龍の肉体がどういう構造をしており、どうすればその鱗を裂く事が出来るかを龍自身から聞き出せていたソルは、私の言葉で最後のピースを埋めてしまったのです……人であれば龍という種に勝てるという確信を』

 

 ソフィーヤ神の原罪。

 

 それは己の信徒を疑う事無く受け入れ、そして思いもしなかった事だ。

 

 まさか、だ。

 

 まさか―――自分を信仰する男が、全ての上位種を憎み嫌悪しているなんて。

 

『ソルは生まれた瞬間からこの世にある全ての神々と龍を憎んでいました』

 

 ソルは初めにこう言った。

 

『―――気持ちが悪い』

 

 男は最初から全てを嫌悪していた。

 

『―――気持ちが悪い。吐き気がする』

 

 神の実在を知って吐き気を催した。龍という絶対種がヒトと笑顔で接しているのを見て恐怖に震えた。

 

『―――気持ちが悪い。吐き気がする。なんだ、なんだ、アレは? あんな生物が存在してなるものか。なんだこいつらは。気持ちが悪い、気持ちが悪い、気持ちが悪い、気持ちが悪い! どうして誰もが平気そうにしているんだ! 信じられない……ここの人間は誰もが狂っているのか? 頭がおかしいのか? こんな、こんなものが、こんな生き物が存在していてはならない……!』

 

 ソルという男は強く、強く全ての上位種を憎んでいた。その憎しみをカリスマと好青年という仮面を深くかぶる事で隠して、自分の心さえも隠してずっと隠し通した。常に襲い掛かる不快感と嫌悪感、それを全てのみ込んで理想のリーダーを演出し、その瞬間をずっと待ち望んでいた。そして教皇と言う地位に昇り詰め、全ての情報を、ソフィーヤ神から絶対に必要だった最後のピースを聞き出す事に成功した。

 

 これによって計画は成就した。

 

 長年、嫌悪感に蝕まれながら積み上げた計画。龍を殺し地上から神々を追放する為の楽園落とし。

 

『彼は教皇へと就任した時に、名を改めました―――アルシエル、と』

 

 太陽は黒く染まった。その熱で人々を狂わせるように感染させる。バグ、エラー、ウィルス。男の存在はそうとしか表現できない邪悪さを孕んでいた。男はこの世界に絶対現れる筈のない存在だった。

 

 男は、

 

『異界の魂をその身に宿した存在―――彼は、ソル=アルシエルは、転生者でした』




 感想評価、ありがとうございます。

 ファンタジーが実現する世界、自分を支配する化け物がいるのをしって男は恐怖と共に吐き気を覚えた。こんなの、現実じゃない……と。そう、彼は日本出身ではないのでなろう耐性がなかった!!

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