TS龍娘ダクファン世界転生   作:てんぞー

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征服への一歩 Ⅲ

 天想図書館―――何時から存在しているかさえ解らない天然のダンジョンだ。

 

 ダンジョン、或いは魔境、或いは秘境、それは冒険者たちが探索する特殊な環境の事を示す。主に迷宮型、何らかの力によって侵入者を拒み、迎撃し、そして迎え入れる施設の事を示している場合もある。

 

 天想図書館はそういう意味では施設/迷宮型に近い。何らかの意思によって運用され、それでいて侵入者の歓迎と拒絶を同時に行っている不思議な施設だ。だが求めれば望んだ本が手に入るという性質は何人もの人間を魅了し、喰らってきた。

 

 そう、なんでもだ。求めればどんな本であれ提供する―――ただし図書館側が用意した試練を乗り越えたものだけがそれを手にする事が出来る。

 

 迷宮型ダンジョンにも変化するし、強敵を討伐せよという対ボスレイド型フロアにもなりうる。また、中には100階を超える超大型階層迷宮へといざなわれる場合もある。天想図書館はまさにその人の欲望に合わせて姿を変える特殊なダンジョンだ。

 

 その為、毎年何人もの死人が続出している。まあ、欲望は尽きない。一攫千金を目指して死ぬ馬鹿はどこにでもいるという話だ。

 

 その為図書館の前には衛兵が存在し、一定以下の実力の人間を強制的に追い払っている。その入場制限も俺の冒険者としてのランクであれば何の問題もなく、カードを見せるだけで突破出来る。

 

 雲を突き抜けて天にまで届くと錯覚しそうな図書館の入口、衛兵を抜けて中に入る。その先に広がっているのは図書館ロビーであり、落ち着いた瀟洒な空間に様々な冒険者や傭兵団の姿があった。木製の家具がメインとして置かれており、大量の本棚が壁を飾っている。

 

 その空間に、俺も加わっていた。

 

「ここが噂の天想図書館か。ほー」

 

「ここは入口ロビーです。ここはまだ共有空間なので、エデン様の他にも挑戦しようとしている冒険者や傭兵、或いは主の命令を受けて探索に来た騎士や従士達がいます。あちらのスペースが見えますか?」

 

 そう言ってプランシーは図書館ロビーの一角を指さす。柔らかそうなソファの周辺には統一感のない人の集まりがあり、そこでは何やら複数のグループが話し合ったり別れたりを繰り返している。

 

「あそこで臨時のメンバー募集や傭兵の雇用などを行っています。外でやるよりも中でやる方が実力がある程度保証されているので信用できるから……という話なんですけど」

 

「即興で仲間を募集して問題とか起きないの?」

 

「大物狙いをせずに小遣い稼ぎ程度の目的であれば特には……という感じでしょうか。大物を狙うのであればやはり荒れるので顔見知りで固めたり、相談に相談を重ねる必要があります。ですが価値がそう高くない本であれば日帰りでどうにかなるレベルですし金銭周りのトラブルや戦闘関連のトラブルも薄いです」

 

「へえー」

 

 というかプランシー、結局図書館までついてきてくれたな。一応はベリアルと敵対関係になったのだが、王都にいる間はずっと護衛しててくれるつもりなのだろうか? そこまでしなくても良いんだけどなあ……とは思うけど、この人ベリアル派だから最終的にはこっちの情報筒抜けなんだよね。

 

 まあ、俺の行動が筒抜けなのは正直構わないから気にする程の事でもない気はする。

 

 横にいるプランシーをちらりと見る。まるで当然と言わんばかりに俺と一緒にいる事に疑問を覚えないこの女魔族騎士、本当に大丈夫だろうかと考える。が、実力があるから俺の護衛になっているんだ。そこは心配しなくてもいいのかもしれない。

 

 そこまで考えてから悩む事を止める―――何かにつけ無駄に考えてしまうのが自分の欠点だというのは自覚しているし。

 

「意外とまともに回ってるんだな、図書館も」

 

「そうですね……既に普通にある物として近隣では受け入れられています。ここで人が挑戦し、そして死傷者が出る事も同じく普通のように認識されています。その為近年の冒険者の損耗数はそこそこあるみたいですね」

 

「図書館の攻略が活発なのかぁ」

 

「はい。ギルドでは図書館産の本の入手難易度に合わせた功績点を設定して、それ次第でのランクアップも視野に入れているとか……まあ、他国には通じない評価の仕方なので反対意見も出ているようですが」

 

「ほーん」

 

 まあ、確かに仕事における信頼と強さに対する信頼では全く違う種類の信頼だよな、とは思う。少なくともちゃんと仕事の数をこなして、達成率を証明できる奴の方がどこに行っても信用できるだろう。そういう意味じゃ新しい評価基準の追加はあんまり嬉しくないな。

 

 単純に時間がなく強い奴だったらたぶん図書館探索の功績点の方が嬉しいのだろうが。

 

 まあ、何にせよ俺は俺のやるべき事を果たすだけだ。プランシーに案内を頼むと快くプランシーが図書館の入口からその反対側までを案内してくれる。丁度反対側までやってくると上の階へと続く階段と、その横に浮かんでいる本の前までやってくる。横の台にはインクと羽ペンが置かれており、本に何かを記入する事を求めている様に見える。

 

 プランシーは浮かぶ本の横に来るとその説明を行ってくれる。

 

「天想図書館のルールは簡単です。この本に求める本の名称、性質を書き込んでそれを求める人物の名前を書き込みます。すると階段の先に専用の挑戦領域が形成されますので階段を上って挑戦するだけです」

 

「意外とシンプルなんだな」

 

「誰が作ったかは知りませんが、構造自体はシンプルです。ただし求める本によって難易度は激変しますが。例えば市販されている料理本を求めれば、1層の迷宮型ダンジョンが階段の先に形成されます。フライパンを片手に攻略できる程度の難易度で」

 

「本当に不思議な所だなぁ」

 

 中々面白い構造になってるんだな、と思いながらインク壺に刺さっている状態の羽ペンを手に取る。

 

「あー……本の内容はなるべく詳細に書くのが良いんだよな?」

 

「はい」

 

「そんじゃ……ソル=アルシエルの手記、っと」

 

 この時代では俺とソフィーヤ神しか知らない情報を書き込んで行けば良いだろう。転生者、教皇、龍殺しの大罪人……と書き込む。それを横で見ているプランシーの表情は物凄く何かを言いたそうなものになっているが、本は俺の書き込む内容を許容する。最後に俺のサインを追加すると、

 

「失礼」

 

「あ、おう」

 

 プランシーが羽ペンを俺から受け取り、自分の名前を書き込む。やっぱりこの女騎士、最後まで俺についてくる気満々らしい。書き終わった所でプランシーが羽ペンをインク壺へと戻す。

 

「これで本に挑戦に関する情報が―――おや」

 

 本に視線を向ければ書き込んだ文字列が消え去り、その代わりに本に黒いインクで文字が浮かび上がってくる。

 

「特殊層の形成完了?」

 

「特定の本や希少度が非常に高い本に限り、特殊な層を形成するという話はありますが……流石今の世の根幹を作った人の本、こうなりますか」

 

「つまり100層とか挑戦しなくて良い?」

 

「みたいですね」

 

 100層ダンジョンの攻略を要求されたら時間がやばかっただろうしそれはそれで助かった。問題はこのアルシエルの手記を求めたダンジョンがどれだけ難しいか、という事だろう。少なくとも俺もプランシーも宝石級の実力はあるだろうからそこまで恐れる事はないだろうが。

 

 何と言ったって俺、ソフィーヤ神と会えてから体の調子が非常に良い。幼龍の姿になれたのもそれが理由だ。或いは……これまで心の中で抱えていたストレス、それを吐き出せた影響なのかもしれない。

 

 なんにせよ、今なら早々後れを取る様な事はないだろう。

 

「期待して、良いんだよな?」

 

「それは勿論です―――私はベリアル様の騎士ですが、与えられた役割は何があろうとも絶対に果たします」

 

 胸を叩いてそう言うプランシーの表情には自信で満ち溢れている。どうやら誇りを大事にするタイプらしく、裏切るようにも思えない。信用して良さそうだと思いながら階段へと向かう事にする。

 

 やや後ろから向けられる視線には圧を感じなくもないが、他の冒険者の事情等今は知った事ではない。先導するようにプランシーを連れ、階段へと踏み出す。

 

 赤い絨毯の敷かれた階段は足元が柔らかく感じられ、踏み込む足が吸い込まれる様な感触があった。だがその感覚もランプで照らされる階段を進んで行く度に段々と消えて行く。十段、階段を上ると何時の間にか入口は遥か遠くに存在していた。

 

「……」

 

 妙な緊張感を覚えながら視線を先へと向ければ、階段の出口が見えてくる。差し込む光によって白く染まるように見える視界の中で、階段の外にある景色は見えてこない。だからこの先、何が出てきても問題が無い様に警戒しながら進むしかない。

 

 大剣を生成して片手に握りながら最後の段を上がって行く。後ろにつくプランシーも盗み見れば何時の間にか剣の柄に手を乗せている―――或いは常に片手を剣の柄に置いていたのかもしれない。ただ警戒していることを確認し、階段を上がり切れば一瞬の光が視界を満たし。

 

 ―――そして目の前に図書館の中とは思えない景色が広がった。

 

「……なんだ、これ」

 

 まず足元の感触は赤い絨毯から記憶にある踏みなれたアスファルトの感触へと変貌していた。上から照り付ける真夏の太陽の日差し、その暑さは図書館の外と何も変わらない。だが目の前のガードレールに、通りを進む車の姿は大神の世界では絶対に見る事の出来ない景色だ。

 

 そう、車だ。車が走っている。

 

 道路には人が一人もいない。通り過ぎる車の中を見て誰もそこには乗車していない。ドライバーも存在せず、無人の車がエンジン音を響かせながら進んでいる。背後を振り返れば階段から上がってくるプランシーの姿が、そしてビルとビルの隙間に挟まるように階段が残されている。

 

「これは……魔界を思い出す景色ですね」

 

 階段から上がって来たプランシーは剣を引き抜きながら周囲を見渡す。プランシーが上がって来ても階段が消える様な事はない。だが既に図書館のダンジョン内部には突入している。それを警戒するように互いに周囲を見渡す。

 

 近くにはポスターやチラシ、看板が見える。そこにかかれている言語にも当然見覚えがある。

 

「英語か、これ」

 

「エイゴ?」

 

「異世界・地球の言語。アルシエルは元は地球って異世界出身で、こっちに転生してきたんだってさ」

 

「異世界転生者ですか。大抵は環境に馴染む事無く死んでしまうんですが……余程環境に恵まれたのか、或いは個人として優れた能力を持っていたのでしょう」

 

 せやな。俺も周りに恵まれていて個人としての武力が突出しているから生きているパターンだし。

 

「ここは……ニューヨークがモデルなのか、な?」

 

「にゅーよーく」

 

「地球にある大国にある大きな街の事」

 

 通りから視線を外して巡らせれば、水場の向こう側に自由の女神像が見れる。アレが見えるって事は間違いなくニューヨークだろう。しかし、こんな場所でアメリカの街並みを見る事になろうとは思いもしなかった。空いている左手で頭をがしがしと掻く。

 

「これって……つまりアルシエルの記憶にある場所が再現されているって事なんだよな?」

 

「そう……なりますね。多分ですがエデン様がアルシエル卿の情報を正確に捉えていたお蔭でアルシエル卿の手記を発掘できる階層を呼び出す事には成功したんだと思います。この手の個人所有の書物を求める場合、試練やダンジョンもそれなりに内容や持ち主の影響を受ける事になるそうですし」

 

「って事はアルシエルは元アメリカ人……なのか? まあ、転生してこっちの世界の住人になっている以上元は何だったのかってのは関係がないんだろうけど」

 

 それでもここまで詳細に街並みを再現できているという事は、アルシエルの手記にはそれほどアルシエルの感情が、想いが、記憶が刻まれているという事なのだろう。そして同時に、それだけ強く故郷の事を想い続けたのだろうか。

 

 そこでふと、考えた。

 

「プランシー、このケースの場合どういう試練やダンジョンが形成されるか解る?」

 

「……それなりに定石というか、定番はあります」

 

 どこからともなく凄まじい圧力を感じる。憎しみ、絶望、怒り―――ごちゃまぜになった感情がストレートに叩きつけられる感覚がする。

 

「トラウマ。或いは人生の凶事。もしくは経験した試練。それが色濃く再現され、乗り越える事を要求されるとか―――ッ」

 

 プランシーが言葉を切って剣を構えるのと、俺が大剣を担いで構えるのは同時だった。視線を正面、車が行き交う通りの向こう側へと視線を向ければそこには小さな太陽があった。

 

「……」

 

 その太陽は黒かった。燃える黒い炎。黒い炎が人の形をしている。滑らかに、清らかに、しかし荒々しく憎悪を燃料に無限に燃え続けている。その身は憎悪が尽きない限り燃え続ける、そういう肉体をしていた。吐き気を催す程の強い感情だけでその体は作られていた。

 

 生前の姿を一切模すこともなく、黒い太陽の男は真っすぐに此方を指さしてきた。

 

「―――俺を、暴くな」

 

 その声に従う様に高層ビルから飛び降りてくる姿が二つ。

 

 それはニューヨークには似合わない全身鎧の戦士だった。見覚えのあるソフィーヤ神の聖印を鎧に刻んだ聖戦士であった。黒い太陽の左側に降り立った男は片手剣に盾を持つ聖戦士であった。黒い太陽の右に立つ男は一本の大剣をアスファルトに突き刺して降り立つ聖戦士であった。

 

 彼らは、アルシエルの記憶に刻まれた龍殺し達だった。

 

「邪龍、狩るべし」

 

「邪龍、狩るべし」

 

 黒い太陽の男の言葉を復唱するように聖戦士たちが声を放った。それと共に姿が薄れ、図書館の奥へと黒い太陽が残火を残して消え去った。

 

「難易度選択ミスったかも」

 

 もしやこれ、死地では?




 感想評価、ありがとうございます。

 更新再開されて最近評価がちょくちょく増えて日刊にも上がっていてほくほく顔です。

 天想図書館は正確に言うと“過去に存在した書籍を100%再現して復元する”施設で、過去に存在したという事実さえ存在すればHDDを粉砕して葬った筈の黒歴史チーレムSSでさえ復元してしまう場所なのです。

 その際に過去を遡ってスキャンと言うプロセスを経ている為、書籍に関連する強い感情、記憶、記録をダンジョン形成のプロセスとして取り込んでいます。つまり今回はアルシエルの手記をインポートした時、それに付随するアルシエル自身の記憶と経験を読み込んで形成されているんですね。

 なので純度100%の神代聖戦士です。

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