―――死の予感が背筋を這いあがってくる。
死ぬ、殺される、すり潰される。絶対的な死の予感が心臓に突き刺さる。あぁ、こいつは駄目だ。本能的に自分を殺しうる存在が目の前にいる事を悟る。冗談を挟み込む余裕すらない―――ここは死地だ。
「っ、ォ!」
迷う事無く取ったのは時間稼ぎの為の一手、考えるだけの時間が欲しいための一手だった。全力で正面の大地を殴りつけながら力を噴射させる。それによって白い力場の壁を立ち上げて敵と自分達を分断する。
「エデン様! ここは撤退しましょう!」
「悔しいけど俺もそれには―――」
賛成だ、そう言葉を紡ごうとしてそれだけの余裕はなかった。
白い奔流の壁、俺が幾度となく頼ってきた浄化と消滅の力はこれまで俺の戦いを支えてきた戦術の根幹でもあった。それが今、正面から切り裂かれていた。それを知覚するのは一瞬。背後にある出口へ届くかどうかを考え、諦める。
逃げようとした瞬間背中から両断されるのがオチだ、戦いながら撤退の隙を作る―――!
「プランシー! 屠竜技はエーテルの結合を分断する術技だ、
「っ、なんてでたらめな……!」
盾と剣の聖戦士が此方へ、大剣の聖戦士がプランシーへと襲い掛かる。正面から踏み込んでくる聖戦士の斬撃を大剣で受けようとすれば、片手剣の刃が大剣に僅かに食い込む。手首を捻って片手剣を外そうとすれば盾が既に顔面に叩き込まれる寸前まで来ている。
それから逃れるように横へと跳びながら大剣を投げ捨て、片手剣を道づれにする。手元に大剣を再生成すれば同じように片手剣が聖戦士の手の中に出現し追撃に入る。盾を前に構え姿勢を低く、獣のように地を這う動き。
捉え辛いなあ……!
だが早い、踏み込みからトップスピードまでの到達が圧倒的に早すぎる。大地を蹴り上げる事で衝撃波と破壊の波を生み出し、足元に黒い結晶の槍を生成する。這う動きで接近できないように足元を制限しながら正面からの相対を求める。
だがそれを嘲笑うように聖戦士の動きは速く、そして恐ろしい。這う姿勢のまま盾を前にして障害物を粉砕、切断して突っ込んでくる。一瞬で此方の目の前に到達してみれば斬撃波が掬い上げるようにやってくる。
火花が散る。
片手剣と大剣がぶつかり合い、斬撃が激音を響かせながら空気を揺らす。斬撃と斬撃の衝突に盾による打撃が混じる。片手剣の技巧による大剣の迎撃にはディレイを差し込まれて盾の迎撃に間に合わない。
「こなくそ―――」
左手に槌を創造する。柄は短く、頭も小さい、片手で扱いやすい小槌。形状だけ見るならトンカチに似ている所もあるだろうそれは、扱いやすく複雑な技巧も必要としない優秀な打撃武器になる。
それを振るって盾とぶつけ合う。小槌と盾がぶつかり体への直撃を防ぐ。龍としての強靭な肉体、人という形に括られても形以上の膂力を発揮するこの体はたとえ神代の聖戦士だろうと単純スペックならそれを上回る。
盾越しに小槌が衝撃を相手の腕に叩き込むのを感じ取る。ダメージ程ではない、だが微妙なスタンを盾を持つ手に与えるのを知覚する。純粋技量では負けている。
「くっそっ」
片手剣と大剣、盾と小槌。秒間10を超える斬撃と打撃のラッシュが始まり体が大きくフロアの入り口から引きはがされる。体を聖戦士から遠ざけようとすればそれを許さない様に正面に聖戦士が張り付く。此方が取ろうとするアクションを無言のまま徹底して潰している。
戦巧者―――戦い方をどこまでも理解し、経験し、突き詰める戦場の生き残り。
それが目の前の相手だった。
「仕方がねぇなああああ―――!!」
叫びながら強引に流れを変える為に力を込める。大剣と片手剣がかち合い大きく弾かれる。続く様に差し込まれる盾によるコンボを弾かず、そのまま体で受ける。
1ヒット。体に叩き込まれた盾はそのまま肺から酸素を全て叩き出す。三重に重ねられた衝撃が肺を砕き、心臓を潰し、通常の人間であれば胸骨さえも粉砕していただろう。だが幸い龍であるこの身であれば心臓を止められて酸素を吐き出させられる程度で済む。
それでも心臓が止められるというショックは苦しい。
苦しくても動く。その為にあえて受けたのだから。
盾を受けている時には既に小槌は振り上げられていた。真っすぐ、鎧兜を装着している聖戦士の顔面へと向けて、ダメージトレードをする様に全力の薙ぎが繰り出される。
「死ね」
返しの打撃が顔面に叩き込まれた。体が一回転するように吹き飛びながら走行中の車に衝突してバウンドし、そのまま近くのビルのガラス張りのウィンドウを貫通して向こう側へと消える。止められた心臓を深呼吸で再起動しながら大きく後ろへと飛びのく。
そのまま聖戦士が叩き込まれたビルへと向かって大剣を薙ぎ払う。
「消え、去れ」
全力、極大の白い斬撃が正面を通過する。瞬間に込められる限度まで魔力を注ぎ込んで放った斬撃は、もはや砲撃をそのまま薙ぎ払っているのに近い。正面のビルは5階までが抵抗する事もなく消し飛び、その周辺のビルが薙ぎ払いによって根こそぎ消失する。
そしてダルマ落としのように、残された6階以降のビルが上から落ちて来る。崩壊を始めるニューヨーク市を前に頭を掻く。
「まあ、これでも死なないんだろうけど……」
小槌を捨てて大剣を両手で握る。直後視界の外から飛んできた盾を大剣で切り払い目前に現れた聖戦士を蹴りで迎え撃つ。
やはり生きていた。鎧には多少の損壊が見えるがその五体は無事に見える―――いや、それを確認する余裕はない。思考は即座に戦う為の最適解を求めて斬撃を放つ。
だがそれよりも相手の切れ味の方が鋭い。
追い込まれれば追い込まれる程凶悪になるように、聖戦士の斬撃は先ほどよりも更に鋭く大剣を切り払い、刃を半ばから切り落とした。大剣の再生成よりも聖戦士の次のアクションの方が早いのはこの時点で悟っていた。備える為に体に力を込めて防御に力を回し、衝撃が来る。
「がっ」
フリーハンドで首を掴まれる。即座に拘束を抜ける為に首を掴む手を掴み返し侵食を行おうとするが―――黒い魔力が浸透しない。完全に対策されている様に魔力が弾かれる。対龍に特化した神代最高の戦士たちだからそりゃそうか、と納得することは出来ない。
「ざけんなっ」
聖戦士へアルシエルへ。そんな感情を込めて握った手を握り潰そうとする。だがそれよりも早く剣が戻る。大剣を斬り落とした動きそのままに、斬撃が胸に突き刺さる。心臓を確実に破壊し、引き抜きながら今度は肺に。心臓と肺を集中的に滅多刺しにする様に、機械的な正確性で連続突きが来る。激痛が胸中から全身に広がる中。
「地龍―――」
両手で聖戦士の腕を掴み、足を首に引っかけて締め上げる。十字固めと呼ばれる形からそのまま人間の膂力では不可能な捻りを加え、無理矢理聖戦士を地面から引きはがす。両足が大地から浮かび上がり、胸に突き刺さった剣を
「原爆落としッッ!」
純粋なジャーマンスープレックスとはいかないが、捻りを加えて腕を締めて潰しながら聖戦士の後頭部を捻りを付けて大地を目標にハンマーのように振り下ろす。人類を超越した力によって全身の筋肉を利用した叩き落とし。一瞬で音速を超過した人体ハンマーは轟音を立てて大地へと衝突する。
舞い上がる土埃、粉砕されるアスファルト、衝撃で吹き飛ぶ車、崩れるガラス窓。
その中心点、人間ハンマーにされた片手剣の聖戦士は剣を握っていた手の五指を大地に突き刺して体を支えていた。
「……マジか」
それで大地へと叩きつける衝撃を全て大地へと流し、体へのダメージを抑えている事実に戦慄しか感じられなかった。化け物だ、俺がフィジカルの化け物だとすればこの聖戦士たちは極まった技量の化け物だ。
1人1人が達人と呼ばれるクラスの技量を神代基準で備えている―――!
「ぐ、がっ」
今度は此方の体が大地に叩きつけられる。そのまま剣の柄に添えられた手は俺を大地へと押さえ込んだまま横へ、体を半ばから横へと切り抜く様に引き抜かれた。両断された心臓と臓腑から大量の血が大地へとぶちまけられる。同時に、溢れだした魔力を爆裂させる事でリアクティブアーマー代わりに聖戦士を吹き飛ばす。
いや、吹き飛ばしてはいない。回避する為に下がられた。
急いで大地を叩いて体を後ろへと飛ばし、両足で立ちながら傷口を押さえる。この程度で致命傷にはならないが、痛みはある。傷口に意識を向けて再生をしながら正面、片手剣を構え直し虚空から盾を新たに取り出す聖戦士を見た。
「はぁ、はぁ……」
勝ち目が見えない。技量比べ? そんなの戦いにすらならないだろう。相手の強みは徹底した技量の追求。人間と言う生物が強さを求めるなら極論、そこを突き詰めるしかない。戦闘経験と戦闘技量、それを突き詰められるだけ突き詰めたのが龍殺しだ。
そう、人類が他の怪物に勝れるところはそこだ。執念と研鑽、どこまでも思想に狂って積み上げて行く。それが他の種には存在しない絶対的な強さである。だからこそ神代、人類は龍という種を超越する事に成功し、真竜を狩ることに成功したのだ。単純なスペック差は装備で補う。
その極限が目の前にいる聖戦士や、龍殺しの彼だろう。つまり、勝つには連中には存在しないもので戦う必要がある。
スペックだ。
純粋生命のスペック差。俺が勝てる要因があるとすればそれだけだろう。だが正直な話、スペック差でゴリ押した所で勝てるとは思っていない。押し出す事は出来ても勝ちまでは拾えないだろう。少なくとも相手には古代人特有の長寿の上に研鑽の年月がある。
今の俺では絶対に届かない領域だ。
その上で龍殺し達は単純に、格上殺しのプロフェッショナルでもある。龍という絶対種を討伐するのであれば雑魚には不可能だ。俺には本来の龍には備わっていない闘争心と闘争本能がある、人由来の死にたくないという気持ちが強い。それだけが過去の龍に勝っている。
それ以外の全ての面において、俺は過去の龍たちに劣っていると言えるだろう。だがスペック、生物としての純粋な性能差という一点においてはまだギリギリ勝てる段階にある。重要なのは技量を発揮させずにスペックで圧殺できる状況か環境を用意する事。
それが出来れば隙を作り、逃亡する事も出来るだろう。
―――そう、逃げる事が一番大事だ。
これは、絶対に勝てない戦いだ。熱くなる人間の本能とは別に、体を流れる龍血は頭をどこまでも冷やして行く。冷静に、極めて冷静に物事を判断する為に体の昂りとは別に冷静さを呼び起こす。少しでも熱狂に呑まれたらその瞬間即死攻撃が飛んでくる事は想像に難くない。
重要なのは逃げる暇を作る事だ。相手を一時的に行動不能、移動不可の状態にすれば良い。それ以上を求めればきっと、追い詰められた所の本気で来るに違いない。それを見たら最後、逃げる目すら失うだろう。
だから冷静に―――冷静に頭を保つ。
体を熱くする魂はどこまでも燃え上がるように本能を湧き立たせる。
その中を流れる血が沸騰寸前の本能を諫め、冷やす。
人と龍のハイブリッド―――或いは失敗作なのかもしれない。地上、歴史唯一の存在としてこの状況をどう生存するのか判断しなくてはならない。
「足りない」
実力が、時間が、戦闘力が、自分に備わった機能の全てが。もっと自分の力を引き出す必要がある。出来るのか? いや、やらなくてはならない。
産まれてこの方、本気の全力を出したことなんてなかった。本能的に、全力に耐えうる存在がいない事を察していたし、何よりも本気を出そうとすればそれだけ周囲が崩れる。この物質世界は本気を出すにはあまりにも脆い。家も、土地も、人さえも全ては触れるだけで脆く崩れ去るだろう。
だがこいつは? この聖戦士は? 龍殺しはどうだ?
この地上でも稀有な、俺の本気に耐えるだけではなく超えてくれる存在だろう。俺が今、本気を出した所で超える事は出来ないであろう障害、強さに絶対はないという事を証明した偉大なる先駆者。
生まれと種の差、それが全てではないという偉業を成した存在達。
その一点において、俺はこの龍殺し達に対する敬意を、心の底から払っている。
だから正面、100メートル程の距離を開けて相対する聖戦士の姿を見た。やや前傾姿勢になって傷口を押さえる此方の姿に対して、聖戦士は気配が変わったのを察し片手剣と盾を捨て去りガントレットに包まれた拳をファイティングスタイルで構えた。
相手もギアを上げてくる。此方も、これまで抑え込んでいた人としての姿の限界を超えなければ生きる目はない。
そう、ここでは全力を封じていた目も縛鎖もない。
「ここでなら、地上を焼き払う憂いもない―――」
ピンチだと解っていても笑みが浮かび上がってくる。プランシーとどうやってか合流しなくてはならない。それが解っていてもどうしても楽しんでしまう性が呼び起こされる。これがきっと戦士の病と言われる奴だろう。だけど誰だって、全力で体を使うのは楽しいんだ、楽しくなるのはしょうがない。
「傷口の高速再生確認、龍血活性化」
じゅぅ、という傷口が焼ける様な音が傷口から響き凄まじい速度で傷口がふさがり内臓が修復される。それと入れ替わるように体内を巡る血液が活性化する―――龍という生命、そのエネルギーに溢れた超越種として抑えられていた部分が段階的に開放される。
それに合わせ肉体が変性して行く。
両腕が全て鱗によって覆われる。指先はもっと鋭く、凶悪な形へと変貌して行く。角が捻じれ狂う様に伸び、髪がそれに合わせて更に長く伸びる。服の背中部分を突き破り窮屈そうに収められていた翼が初めて、人の姿のまま解放される。
「く、あっ、ぁ、ぁ」
肉体の変性に伴う激痛が体を襲う。元来龍の姿しか持たない者が人の姿をソフィーヤ神に与えられていたものを、無理矢理意識して人と龍の中間の姿に組み替えているのだから激痛が走るのも当然の行いだ。
変性は更に進む。尻尾が生える。鱗が首を伝い目元まで伸びる。それ以上は体の骨格が変わり始めるから意識して抑える。人と言う形を残したまま龍の力を最大限発揮する為に、人龍の姿を構築し、固定する。内臓もごっそりと弄って龍寄りの性能へと切り替える。
「ふぅ―――」
口から息を吐く。全ての感覚が鋭敏になる。感覚が引き延ばされて知覚できなかった事がより鮮明に理解できるようになる。それでも余計な情報を全てカットする。現状の自分では絶対に勝てないという事を更に理解させられても心は折れない。
藪をつついて蛇を出したな、とは思わなくもない。そこは反省点だ。
それでもここは、通過点でしかない。
アルシエルの罪、それを暴く事でしか世界征服の一歩目は踏み出せないのだから。だからここは絶対に生還し、そして勝てる人物を呼び寄せた上で再び挑むしかないのだ。
「待たせたな」
大剣を二本形成する。両手に一本ずつ握った状態で背面に大剣を浮かばせるように更に数本形成する。それを前に聖戦士は左半身を前に、左手拳を前に構えるように姿勢を整えた。殺しに来る、それを理解させる圧が放たれている。
「第2ラウンドだっ―――!」
プランシーの現在を覚醒した知覚で認識しつつ、逃げる為の隙を作る戦いを続行した。
感想評価、ありがとうございます。
最近指摘された事があって、文章ウェイトが重すぎるから改行増やしてみない? って言われてるんで長くて4行、平均で2~3行に文章抑えて改行するようにしてみました。