TS龍娘ダクファン世界転生   作:てんぞー

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征服への一歩 Ⅴ

 ―――男は龍を屠った。

 

 それは原初の大罪であった。果たしてその自覚が男にはあったのだろうか? いや、恐らくはあったのだろう。神代の人間は純粋無垢だが愚かではない。自分がやっている事、その意味を決してはき違えないだけの理性はあった。

 

 なら何故、何故殺した。何故星の破滅のトリガーを引いた。

 

 龍殺しは大罪でしかない。殺せばそれだけ星が衰弱して行く。龍とは星の肺、星の内臓の一部だと言える生物だ。それを殺せば不全が起きるのは当然の事だ。内臓が腐れば体が朽ちて行く。それが解らない程の愚かさは存在しなかった。

 

 それでも男はその拳で龍の頭蓋骨を砕いた。その両手は血に染まり、そして穢れた。龍殺しという名は呪いでしかない。龍を殺せば星に呪われる、それは当然の摂理であり、男は龍を殺したその時から名を失った。

 

 龍殺しとは達成した偉業を表す称号ではない―――烙印だ。

 

 犯した罪を焼きつけた証なのだ。故に龍を殺した瞬間から星に刻まれた呪いによって龍殺しは常に星の子らに憎まれ、付け狙われる。アルシエルはその手を一切汚す事無く呪いを他のものへと押し付けた。常に亜竜や真竜に付け狙われるというデメリットを押し付けたのだ。

 

 拳で龍を屠った龍殺しはその拳が穢れたと感じた。龍の血によってではなく、しかし己の行いによって。そして龍殺しの対価を支払わせる為に、その数千を超える眷属たちとも殺し合いになった。星の地表を戦乱で満たすほどの殺し合い、戦争、絶滅のさせ合い。

 

 己の行いは間違っている、そう理解しても男は竜の血を拳に吸わせ続けた。殺して殺して殺して殺して―――屍を積み上げた。

 

 殺した竜の血が川を作り湖を作り屍が山を作りそれでも殺し続けた。龍を殺したという事実を背負って、その罪深さを背負って。

 

 それでも一度、たった一度心の底からアルシエルを信じた。その事実を貫き通す為に。聖戦士は再び拳を握った。龍の身から削りだした剣と盾、最高純度の武具だろう。龍を殺した栄誉として与えられたものを投げ捨て。

 

 男は拳を握り修羅へと戻った。

 

 目の前の少女にはそれだけの価値があると、そう判断したからだ。

 

 否―――強さは高が知れている。

 

 詰みは既に男の眼には見えていた。拳を握り、相対し、そして刹那の瞬間に思考を巡らせる。男はそうやって相手の戦力を見極める。少女の強さの高は知れている。かつて殺した龍と比べれば未熟である事は一目瞭然だろう。

 

 その力は未だ真竜には及ばない。殺し合った竜との大戦、その時の竜達と比べても見劣りする。

 

 だが輝きだ。そう、命の輝きだ。龍のふざけたようなあの穏やかな色ではない。だが狂いに狂って殺しに来ている怒りの色でもない。

 

 目の前の少女は覚悟を決めた戦士の目をしていた。果たすべき事がある。果たさなくてはならない責務がある。その為に絶対に生き抜いてやろうとするどこまでも前向きな瞳をしている。その為の全力を今、限界を超えて勝機を掴むために出そうとしている。

 

 その輝きを男は輝かしいと思った。羨ましいと思った。それは遠い昔に失われた輝きだった。男が遠い昔に捨て去ったものだった。最後まで友人を信じてついてゆくと決めた時に失ったものだったのだ。故に羨みの視線が兜の奥から少女を見据え、消える。

 

 ……己にそのようなものは不要。

 

 熱―――熱だ。聖戦士の肉体を熱が満たす。遠い過去に捨て去った熱が再び体を満たす。死に、そして歴史に刻まれ、死後に再び呼び出されて拳を握らされる。怒りではなく、戦意に高揚する熱が体を満たす。

 

 1人の戦士として拳を振るえる瞬間に……熱が灯る。

 

 きっと少女は未来があるのだろう。果たすべき事があるのだろう。その為にここにいるのだろう。きっと、これは間違っている。否、男もアルシエルも間違っているのだろう。だがそれがどうした。信じる事とはつまり信仰でもある。

 

 その信仰に、狂気に殉じる事を遠い昔に決めた―――それが戦士の選択だったのだから。

 

 故に拳を握り、構えている。少女を殺す。龍を殺す。知っている力の気配だ。だが未熟。付け入る隙が多い。経験も薄く、力もまだ成長途中。殺す為の手段は多くある。それを自覚し、最短で殺す為の流れを脳内で形成し。

 

 踏み込む。

 

 必滅の拳―――龍の頭蓋骨でさえ粉砕した必殺の一撃。真の奥義とは一撃一撃、その振るう全てが必滅の領域にあるという事。そこに絶技や秘儀等不要、そんなものに頼るのは所詮弱者でしかないのだから。

 

 だから聖戦士は戦いを終わらせるための拳を振るい―――空ぶった。

 

「―――」

 

「俺が!! 近接技能カンストしてるような化け物と!! まともに正面から戦う訳がないだろ!!」

 

 言葉にすることなく成程、と男は少女の姿を見て呟いた。

 

 空に逃げるとは、実に賢い。

 

 

 

 

「デバフ抜きでやり合ったら数手で死ぬなアレ」

 

 今までで一番強い状態にまで自分の肉体を変異させることは出来た。だがそれでもあの化け物ボクサーに勝てる様な気はしなかった。拳を構え、相手が踏み込むという意思を拳に込めた瞬間にあっ、これ死んだわ……という明確なイメージが脳内に浮かび上がった。

 

 そのイメージに従い選んだのは空への退避だ。当然、普段の人間態とは違って人龍態である今、翼ではなく性質として重力の束縛を振り切り空を飛ぶことが可能となっている。それが出来ない人から逃げるにはこれが一番だろう。

 

 とはいえ、逃げるだけでは絶対に勝てないし、逃げ切れないだろう。その気になればビルを足場に跳躍してくるだろうし、数歩ぐらいなら空気中の塵を蹴って追撃してくるだろう。絶対に連中ならやるだろう、妙な確信があった。

 

 そうじゃなくても遠距離攻撃手段が何個かあるだろう。となると空に逃げた所で長く逃げ続けられるわけではない。拳を構えたまま相手が地上にいるのは此方の出方を見る為だ。ならやる事は決まっている。

 

「頭を押さえて押しつぶす」

 

 アウトレンジから出来る事を全部ぶち込む。此方の必殺ルートが抵抗されて通らない以上、どれだけ妨害とデバフをぶち込めるかが勝負の鍵となる。限界までデバフをぶち込んだらその後プランシーと合流し、逃亡する。それが理想だろうと判断する。

 

 だからまずは空で宙返り。拳の聖戦士から距離を空ける事凡そ500メートル。考えようによってはそこまで距離は稼げていないだろが、離れすぎるとインパクトが減る。故にここが離れられる限度。

 

 加速からそのまま落下、音速を超過する速度で大地へと衝突し、土砂を持ち上げて大地のプレートを引きちぎる。図書館内部ではあるがここは一種の異世界。どれだけ破壊を巻き起こそうが現実への影響はない。

 

 だからこそ、こんな事が出来る。

 

「エデン式ランドスライド……!」

 

 吹き上げた土砂、砕かれた大地、それを強く踏み込んで一気に巻き上げる。大地が、道路が、ビルが、車が、全てがプレートごとシーソーのように持ち上げられる。巨大な大地の塊、そのものが鈍器として持ち上がる。

 

 限界を超えて直立した大地のプレートそのものが聖戦士へと向かって落ちる。大量の瓦礫を巻き込み、質量の雨となって姿が一瞬、消え去る。その直前に瞬発するのを見て自分の体を加速させる。

 

 砲弾を発射する様な轟音と共に土砂に穴が空くのを見た。

 

「空間エーテル占有率74%―――凝固しろ」

 

 そのまま、黒い結晶で聖戦士の居る空間そのものを固めて結晶化させる。死ぬか? 殺せるか? いや、ムリだろコレ。判断は迷う事もなく攻撃の続行を行う為に大剣を振り下ろす。相手を固めた所に白い大斬撃が全てを切断しながら放たれる。

 

 粉砕音、響く。

 

 凝固結晶も斬撃も拳の一撃で同時に粉砕されるのが大穴を通して見える。僅かに煙を上げる拳を前に突き出した状態で聖戦士が構えている。

 

「―――対龍断滅術式アスカロン」

 

「君は奥の手があるフレンズなんだな……?」

 

 初めて聞こえる声が絶望の宣告でしかないのは正直嫌だと思う。

 

 ネタを一瞬だけ挟み込んでなんとか精神の均衡を取り戻しながら加速する。大地を蹴り上げながら一瞬でバックすれば道路そのものを消し飛ばす破壊力のアッパーが目の前に到達し、虚空を薙ぐ。それに合わせるように空間を支配するエーテルに干渉する。

 

 大地を突き破り草花が生える。それから伸びる蔦が急成長しながら聖戦士の姿へと向かって襲い掛かる。足元の死角から襲い掛かるように伸びる蔦を認知するまでもなく踏みつぶして粉砕する―――鋼鉄さえも捻じ曲げる植物をピックアップした筈だったが、この男には無意味らしい。

 

 踏み込み。大地を足が粉砕する。一撃一撃で必殺の拳が迫る。選択肢はない。

 

 全力で強化された大剣を拳とぶつけ合うも、拮抗は一瞬。大剣が砕け散り拳が大剣を貫通して迫る。エーテル、およびマナ、その結合を分断破壊する感触にアスカロンという術式の真理を見れた。これは確かに龍を殺す為だけの術だ。拳にエンチャントされたのは強固な龍の肉体の防御力を0にする為の術だ。

 

 エーテルで構築されている万物を解いて粉砕する為の術式だ。上位の種であれば上位の種である程刺さる術式。それが必殺を込めて振るわれる。

 

「っ、ぉ―――」

 

 ギリギリ回避に成功する。一撃目が大剣とぶつかった事で僅かに動きにウェイトがかかったのが幸いした。直撃する事無く回避に成功するも、拳と言う武器の優秀なところはその圧倒的な回転率になる。

 

 当然のように素早く二撃目、即死級のジャブが放たれている。

 

 それを大剣で切り払った。

 

「―――」

 

 感心する様な気配を感じたが、此方はそんな余裕はない。ジャブを切り払うのに大剣が砕け散った。聖戦士の腕、その鎧は薄い結晶が所々生えている。それが関節の動きを僅かに制限している。アスカロンと呼ばれたあの術式に干渉し、出力を落とそうとしつつ相性の悪さ故に削れる。

 

 接近戦へと持ち込まれた事と身体のスペック、能力のスペックが限界を超えた所で漸く此方のデバフが干渉できるラインにまで入った―――だが他の生物を相手する時の様な即死ラインにまで届く事はなかった。

 

 装備と肉体による抵抗と、術式によるエーテル分解。それだけで聖戦士は此方の必殺ルートの回避に成功しているのだ。その強さはもはや反則としか言いようがない。

 

 斬撃を繰り出し、相手の打撃を迎撃する、その1回1回がなんとも重い事だ。

 

 此方が繰り返し重ねる斬撃は打撃と同時に発生するエーテルの分解、そして僅かな手首のスナップと捻りによって直線のエネルギーが無理矢理逸らされて行く。

 

 それが下手な動きであれば侵食込みで手首から先を全部食う事さえできるだろう。だが違う、この男は人とも異形とも戦う方法を心得ている。例え肉体に負荷がかかっていようとも、それをものともしないだけの経験を積み重ねて来た。

 

 下手な事をして食われるのは此方―――その認識を徹底する。

 

「81―――」

 

 斬撃、打撃、刺突、火花、衝撃、斬撃、連撃、崩撃。

 

「89―――」

 

 刺突、刺突刺突刺突刺突、大斬撃。

 

「95……」

 

 打撃打撃打撃打撃打撃打撃打撃打撃―――打撃。接近している間は攻撃の回転率が加速し続ける。少し前までは打ち合えていた筈なのに、1回の斬撃に対して2回の打撃が叩き返される。まるで戦いを重ねている間に呼吸を読まれているような違和感。

 

 その上で武器が破壊され続ける。それでも逃げ場はない。逃げようと後ろへと下がった瞬間急所への即死打撃が飛んでくる。

 

 まだ、超接近戦を挑んでいる方が即死を回避できる。

 

 ―――この瞬間までは。

 

「空間エーテル占有率100%……っ!」

 

 空間を食った。そう確信した瞬間思考速度を打撃が超えた。知覚できる上限を超えた打撃に僅かにでも反応出来たのは、単純にそれクラスの斬撃を前に見た事があるからだろう。

 

 龍殺し。かつて消えない傷を刻んだ人類上限の男。

 

 アレを見たからこそ直感的な回避に動けた。

 

 気づいた瞬間には左目が消し飛んでいた。打撃、それが左目を抉るように叩き込まれていた。後少し、後少し反応が遅ければ頭蓋骨が完全に粉砕されていた。流石に頭を破壊されてまで生きる事は不可能だ。

 

 そういう意味で全ての行動がぎりぎり間に合った。

 

「―――」

 

 拳騎士の纏っていたアスカロンの術式、エーテル占有率が100%へと至った事で空間リソースからの供給が途切れて瞬間的に発動がキャンセルされる。別のリソースから再発動をするにしても存在するラグ、それによって命を救われる。

 

 次の打撃が飛んでくる前に蹴りを聖戦士に放つ。術式再発動の為の時間を得る為に聖戦士は回避ではなく防御を選んで僅かに押し出され。

 

「環境テクスチャーに干渉……こうやるんだな?」

 

 聖戦士の下がった先、足元に地割れを生成した。吹き飛ばされる先で着地する事なく下へと落ちる瞬間、虚空を蹴って地割れを回避する。それに合わせ体を遠ざけるように翼を動かしながら腕を振るう。

 

「な、が、さ、れ、ろ―――!」

 

 薙ぎ払う腕の動きに合わせテラフォーミングの要領で大津波を発生させる。高さ30メートルの大津波が一瞬でビルを削りながら出現、そのまま聖戦士の姿を呑み込ま―――ない。

 

 拳、強く放たれたストレートが津波に穴をあけ、手刀が海を割る。

 

 これが現代のモーセなんだろうか、などという馬鹿な考えが浮かび上がる程の非現実的な光景だが、既に次の動きは出来ている。

 

「指運に重力を描く―――」

 

 指の動きに合わせ地表の重力を書き換える。横方向へと重力を再設定し、下ではなく横、自分の身から離れるように聖戦士の落下を決定する。合わせて蔦を生やし狂わせてそれを聖戦士に殺到させる。

 

 環境を書き換える。空に嵐を呼び寄せる。

 

「小賢しい」

 

 震脚。落下する体を大地に叩き込んで固定する。アスカロンが再装填される。天変地異が拳を前に砕かれる。

 

 だが距離は稼げた。彼我の距離は既に500メートルを超えた。

 

 両手を広げ、その動きに聖戦士の両側のプレートを合わせる。持ち上げられたプレートが合掌に合わせて両側から聖戦士の姿を挟み込み、それを下へと放りだせばサンドイッチされた大地が地面へと向かって陥没する。

 

 そのまま。

 

「落、ちろっ―――!!」

 

 拳を振り下ろした。専有されたエーテルを圧縮、自分の属性に染色する。黒と白に染め上げられた空間エーテルは聖戦士を呑み込んだ大地の地表を結晶化し、周辺のビルや瓦礫を巻き込む様に大輪の結晶花を咲かせる。

 

「はあ、はあ、はあ、はあ……あぁ、糞、痛ぃ……」

 

 潰れて使い物にならなくなった左目を引っこ抜いて口の中に放り込んで飲み込む。流石に目は再生するまで時間がかかりそうだ。

 

「目は痛いし頭はぐわんぐわんする。でもこんだけ念入りに封印したんだ、この間に―――」

 

 疲労から龍人形態が解け始める。翼が消え去り鱗も元の人肌へと戻りつつある。一番エネルギーを使わない人の姿へと戻りつつある中で、大地に響く衝撃を足の裏から感じて背中を向けようとした動きが止まる。

 

 ビル街のど真ん中に咲き誇る結晶の封印を見て、その中に罅が走るのを見た。

 

「嘘だろ」

 

 脳が既に限界を超えてオーバーヒートしている。これ以上テラフォーミングを応用した攻撃なんて出来る筈もない。龍変身だって体力があったからこそできる事だ。ブレスを吐く余裕なんてものは存在しない。

 

 言ってしまえば今のでMPは全部吐き出したのだ。

 

 それでも勝てないとかどうしろっちゅーねん。

 

 笑みが引き攣るのを感じながら逃亡する前に咲かせた封印が更に砕ける音が響く。もう、一刻の猶予も存在しないのを自覚し、素早く背を向けるとプランシーと合流する為に走りだした。




 感想評価ありがとうございます。

 龍を殺した後に待っているのは人と竜が憎み合いながら殺し合う時代。龍の代わりに環境のコントロールを担う様に生み出された真竜達と彼らから生まれた亜竜達。

 そりゃあもう人類憎んで殺し合った時代がやってきました。

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