TS龍娘ダクファン世界転生   作:てんぞー

139 / 140
征服への一歩 Ⅵ

 逃げる。

 

 全力でわき目も振らずに逃げる。

 

 ここまで全力で逃げようと考えたのは寝起きの時以来かもしれない。あの時の事は未だにトラウマとして刻まれているが、今日の事も新しくトラウマに刻まれそうだ。流石人類黎明期のドラゴンキリングマッスィーン共だ、殺すという事に対する心構えが違う。

 

 それがまさか図書館の守護者として出てくるとか予想外も良い所だ。

 

 だがやった、あのアスカロンとか言う術式を使う奴は封印に成功した―――それが数分しか持たないであろう事は理解している。それでもそれだけの時間があれば十分だ。後は逃げ出すのみ、こいつらを相手に戦うなんて正気の沙汰じゃない。

 

 だから逃げた。全速力でプランシーの方角へと向かって。まだ彼女が生きていることを祈って。

 

 そして見たのは、大剣の龍殺しと斬り結ぶプランシーの姿だった。

 

 斬撃に対する斬撃の連続。加速し続ける剣閃に互いが次の一手を数手先まで読み合いながら斬撃を交わし合う。その極限が目の前では繰り広げられていた。

 

 素早く切り込み捻じ曲がる斬撃を放つプランシー、その剣閃はまさしく予測不可能。振り下ろされていると思えば次の瞬間には直角に曲がりながらねじ曲がった動きを取る。魔族としての長い生を通して積み重ねられた鍛錬、その技量が斬撃を自由にコントロールしていた。

 

 それに対応する大剣の聖戦士はただ―――ただ―――ひたすらに、重かった。

 

 狂う程精密で素早い斬撃に、気が遠くなる程重い斬撃。プランシーの斬撃3に対して大剣の聖戦士の斬撃は1しか放たれない。だがその物量で2人の戦いは拮抗していた。圧倒的な手数に対して1の斬撃で複数の攻撃を潰し、そこから次へと繋げる。

 

 そうやって斬撃の比べあいは状況を膠着させていた。

 

 少なくとも表面上は。

 

 実際のところ、押されているのがプランシーであるというのは、ある程度の強さを持った者にしか見抜けない所だろう。プランシーが斬撃の回転率を上げて、技量を込めた斬撃でフェイントを織り交ぜているのはその必要があるからだ。

 

 ここまで技量をつぎ込んで漸く斬撃は拮抗する。種族という点を考慮しても、プランシーはギリギリのラインで戦闘を行っていた。その表情は苦悶を噛みしめ、そして自分が押し込まれない瀬戸際を守り続けていた。僅かなミスが戦線を崩壊させる。

 

 その心理的ストレスを、全て押し殺して斬撃の一つ一つに神経を忍ばせながら聖戦士と切り結ぶ。

 

 技術は昇華させれば一種の芸術へと至る。プランシーと聖戦士が辿り着く技量というものはその領域にある。当然、プランシーの技量は俺とは比べ物にならないレベルだ。魔族としての優れたスペックに、数百年を当然のように生きる事が出来る寿命の長さ。

 

 そこから来る経験の重みというものは才能があっても十数年やそこらで覆す事は不可能だろう。

 

 それでも、だ。

 

 聖戦士が殺し、殺され、それでも殺しつくそうとした殺意とも呼べるような技量には及ばない。

 

 プランシーと聖戦士、その勝敗を明確に分ける差は修羅場の経験なのだろう。それが攻防の合間に見える。複数の斬撃、その交差点を見極める聖戦士は一回の両断で斬撃の流れを粉砕し、加速をリセットさせる事で場をクリアにする。

 

 そこから踏み込みと切り上げ、更に斬り下ろし。全てが必殺の域にある攻撃はたとえ空ぶりであっても余波だけで破壊を巻き起こす。

 

 巻き込まれれば死は必至。それが解っていても戦いに介入する必要がある。

 

「プランシー! 撤退! 撤退しよう!! 無理!!!」

 

「拝承しましたッ!!」

 

 疾走しながら空間エーテルに干渉し、聖戦士の周りの空間へと魔力を浸透させる。直ぐに意図を察した聖戦士が後ろへと下がりながら薙ぎ払いの姿勢に入り、プランシーが漸く張り付かれていた状態から後ろへと下がれるようになった。

 

 ごう、と大剣が振るわれるのと同時に死が駆け抜けるのを感じられた。反射的に振るわれるコンマ秒前に体を道路に倒せば斬撃が上を抜けて行くのを感じる。足を止める事なく転がりながら起き上がれば横のビルが真っ二つに薙ぎ払われている。

 

 厚さ数メートル級の斬撃がビルを薙ぎ、その奥のビルを薙ぎ―――その更に果てにある自由の女神さえも薙ぎ斬っていた。

 

 その一撃を見るだけでどうしてプランシーが超接近戦を選択したのかが見えてしまった。もし少しでも距離を空けて相手に自由を与えていれば、プランシーが回避した斬撃が此方へと流れてくる可能性すらあったのだ。

 

 人類のやばさに背筋に冷や汗が滴るのを感じながらも空間への干渉は一瞬で完了する。大剣の聖戦士を捕らえるように結晶の牢獄を形成する。

 

 一瞬で構築される黒い結晶が聖戦士の全身を拘束するように生え―――しかし次の瞬間には結晶が内側から粉砕され、自由を獲得される。

 

 だがそれで1アクション挟まった。

 

「それだけあれば十分です―――」

 

 プランシーの斬撃が空間を薙いだ。放たれる斬撃は決して聖戦士には届かず、しかしその前方の空間そのものを裂いた。

 

 次元斬、空間そのものを切断する絶対切断の斬撃。プランシーの手のうちの一つが明かされ、切り裂かれた空間そのものが牢獄として聖戦士の接近を封じる。

 

 それに迷わず斬撃を叩き込んで突破を果たそうとする姿はもはや恐怖としか呼べないが、それでも1アクションを挟まれれば此方が次のアクションを挟み込める―――つまりハメだ。

 

 結晶牢獄と次元斬による阻害を交互に組み合わせて無限にディレイを叩き込み続けながら全力で逃げる。勝とうと思って近づいた瞬間死が見えるのはもう解っている。欲張ってはならない、というか欲張る余裕なんてものはない。

 

 半ば口から悲鳴出てるだろうなあ、これ。そんな考えを呆然と頭の隅で考えつつ全力で妨害しながら逃げる。

 

 プランシーと合流する形でフロアの入り口まで戻り、まだ残っているエントランスロビーへと続く階段へと飛び込む。

 

「まだ来てる!? 追ってる!?」

 

「解りません! ロビーまで! ロビーまで逃げましょう! 次元斬次元斬次元斬!!」

 

「凝固しろ固まれ凍れこっちくんな!!! 来るな!!!!」

 

 振り返る事無く階段を全力で駆け抜けながら後ろへと向かって全力で阻害攻撃を行う。振り返って確認するような余裕は肉体的にも精神的にも存在しない。やがて出口が見えて来た所で全力で階段から飛び出し、出て来た所で再び武器を抜きながらプランシーと共に構える。

 

 プランシーも良く見てみれば装備が一部破損して裂傷がいたる所にある。互いにぼろぼろ、満身創痍と言える状態で睨むように侵入口へと視線を向けて動きを止める。

 

「……来ない?」

 

「……来ませんね」

 

 そのまま数秒間、階段へと視線を向けるが反応はない。これ、逃げ切れた? 撤退出来た? もう安心していい? 武器を下ろして漸く休める。

 

 そう思った瞬間に階段の先からガンッ、と一際大きな音が響き、何かが崩壊する音と共に聖戦士たちの気配が完全に消え去った。

 

「……」

 

「……」

 

 それでも警戒を止める事無くしばらく、そのまま数分間武器を構えたまま待つ。もしかして突破してくるかもしれない。あの滅茶苦茶なスペックの暴力で突破してくるかもしれない。そんな恐怖が心にこびりついている。

 

 だが数分ほどその場で武器を構えたまま立っていてももう、反応はない。漸く、逃げ切ったのだ。その実感が湧いた瞬間に大剣を消してへなへなと床に座り込む。

 

「た、助かったぁ……」

 

「に、逃げ延びたみたいですね……」

 

 はあ、という盛大な溜息が2人揃って口から漏れだす。ついでに魂まで漏れそう。漏れてるかもしれん。ちょっと口から魂が抜けてないか手を振ってチェックしてみる。大丈夫これ? 大丈夫っぽい? 良し、生きてる!

 

 良くないが。

 

「なんだよアレぇ―――!! 反則だろクソシエル―――!!」

 

 床に転がりながら両手足をばたばたと振るう。体力も精神力も限界を迎えてもう駄々っ子モードに入るしかなかった。

 

 間違いない、あの龍殺しの戦士はセキュリティだ。

 

 アルシエルが自分の足跡を追う者を殺す為に用意した専用のセキュリティだ。方法は分らないが、たぶん連中の魂をこの図書館そのものに封印したのか登録したのか……そうやって自分の真実に近づく者を殺す為にセットしてあったんだ。

 

 転生者という自分の過去を見つけ出してしまい、更に探ろうとする奴を消す為に。

 

 ソイツは間違いなく自分の敵だ。だから一番殺傷力の高い罠を張った。

 

 それがきっと、これだろう。

 

「ずるいずるいずるいずるいずるい―――!! あんなの勝てるかクソ―――!!」

 

「……あんなの、ベリアル様をお連れしない限りはどうにもならないですよ」

 

 プランシーも声に明確な疲労が見える。普通ならこんな風に床に転がる自分を止めようとしたり窘めようとするであろう彼女は、それを指摘するだけの精神力を失っていた。実際、俺もプランシーも全力を出した上で逃亡するしかなかったのだ。

 

 そりゃあ疲れるわ。

 

「あー……お前ら、大丈夫かひっ!? い、いや、なんでもない。大丈夫なら何でもないんだ。あははは……」

 

 無言で声をかけて来た方へと振り返れば、此方の表情を見て一瞬で逃げ出す男の姿があった。怯えたような声を出してどうしたかと思ったが、プランシーを見れば怒りと不快感と申し訳なさと詰め込んだような表情を浮かべているのが見える。

 

 ……まあ、たぶん俺も似たような表情で殺気立っているんだろう。

 

 実際のところ、教会攻略の手立てを考え付いてみれば最強セコムが付いていたんだ、そりゃあキレない訳もないだろう。

 

「な、なんですかあの殺意の塊は……魔界でもあんな精神異常者はいなかったですよ」

 

「世界的にレアなんだなあ……知りたくもない情報だった……」

 

 床にごろりと倒れながらはあ、と息を吐く。アルシエルの手記を手に入れるにはあのめんどくさい守護者を突破しなければならない。だが現状、それは不可能に近い。

 

 プランシーと俺のコンビは間違いなくこの時代における高位戦闘力保有者だ。修練を積んだ真面目な魔族と、本来の姿を解放出来る龍。これだけでもう種族値の暴力は達成できている……筈なのだ。

 

 なのにそれが通じない。全く以って通じない。倒せる気配すら無い。それがあの聖戦士とかいう意味不明な生き物だ。正直作戦を用意した所で勝てるとは思えない。アレを殺しきる事の出来る人間が必要だ。

 

 そしてそれが今、味方にはいない。

 

「エデン様、申し訳ありませんがもうあそこに入るのは止めてください。他に頼れる戦力が無ければ次はもうあり得ません」

 

「戦力つってもなぁ……」

 

 溜息を吐きながら立ち上がる。前髪を少しだけ成長させる事で今は空っぽになっている片目を隠すように覆う。これで少しは目立たなくなるだろう。再生するのにそう時間は必要でもないし。

 

「動かせる戦力はまあ、べさんに話しに行く前に近くに来るように指示出しておいたよ」

 

「……いるんですか?」

 

 空と、地下と、海の方角を指さす。それで全てを察したプランシーが顔を手で覆った。

 

「いえ、確かにエデン様に絶対服従の戦力と言えばそうですが……そうですがっ! いえ、この際立場の事は忘れましょう。今の私はエデン様の護衛―――その事だけを今は考えます。その点から考えると使える戦力を手元に呼び寄せるのは正解です」

 

 何よりも、言葉が続く。

 

「私がいなくなった後はエデン様を守る者がいなくなります。明確に脅威となりうる戦力が近くにあるのは良い牽制になります」

 

「まあ? 我つよつよだからぁ? その気になったら号令一つでぇ? ちょっと星中の眷属共呼べちゃうしぃ? がおーって空へと向かって吠えれば今からアポカリプスデイというか?」

 

「絶対に止めましょうね。洒落にならないですし、大陸の生命全てが抗いますよ」

 

「分かってるってば」

 

 だから眷属共を図書館へと戦力として呼ぶことは出来ない。物理的に出現する事に制限があるからだ。少なくともアルシエルの手記の内容を公開してからじゃないと、龍と人の関係を改善する事は難しいだろう。

 

 駄目だ、考えれば考える程手持ちの戦力ではどうしようもない様に思えて来た。アルシエルの手記を手に入れない限りは教会攻略は難しいのだ、これは王都にいる間のマスト問題だ。

 

 ここら辺の人理教会だけなら自分が出向いて調略すれば良い、だが他の国や海を渡る事を考えると……権威を揺らす為の手段が必要だ。

 

 やはり、これ以外手段はないと思う。

 

「エデン様、とりあえず1回休憩を入れましょう。注目を集めていますし」

 

「あ、うん。そうだな。流石に1回休憩を入れようか……プランシーにも苦労させちゃったな」

 

「本当ですよ……」

 

 プランシーの疲れ切った声に小さな笑い声を我慢できなかった。やはり、取り繕う事も出来ない程に弱っている。手段を考えるのも1回休んだ方が良いだろう。今回は完全に失敗だ。

 

「とほほ……どうやって攻略したもんかなあ」

 

「ベリアル様を呼びましょう、ベリアル様を」

 

「それ手記を持っていかれるパターンじゃん。ダメダメ、却下」

 

 失敗したとはいえ、やる気はある。ここからどうやって巻き返したもんか。

 

 そう思いながらプランシーと共に図書館を出たところで。

 

「―――久しく、見ていない間に良い顔をする様になったな」

 

 正面から浴びせられる言葉に心臓が凍り付いた。プランシーが即座に正面に立つように守りに入るが、目の前に現れた存在を前に一瞬で言葉を失う。手は剣へと既に伸びている。だがその脳内ではどうすれば俺だけでも逃がせるか、という事を考えているだろう。

 

 無理だと理解しながら。

 

「あー……あー、お久しぶりっす。数か月ぶりっすねぇ……」

 

「……」

 

 静かに言葉を発する事もなくプランシーは汗を垂らしていた。図書館の前の空間には不自然にも人の姿はなく、ここだけ周りから隔離されたかのように気配がない。そこを占領するように1人、男が立っている。

 

 男は飾りのない簡素な旅装に、剣を一本腰に差しただけのシンプルな格好をしている。

 

 聖戦士たちの様な鎧もなければ信仰ももはやない。

 

 ただただ、業だけをその身に残して生き続ける男だった。

 

「それで―――センセイ、ご用件は」

 

 センセイ―――男、原初の龍殺し、その唯一の生き残り。図書館に出て来た者とは違いまだ生きている本物の龍殺し。俺に消えないトラウマを刻み、癒えない傷跡を残し、そして自問を残した男がそこにはいた。

 

 男、龍殺しは静かに頷いた。

 

「それは誰よりもお前が理解しているはずだ……違うか?」

 

 雨の日以来の再会。

 

 龍と太陽の気配を感じ、最後の役者が舞台に乗った。




 感想評価、ありがとうございます。

 龍殺しから逃げて龍殺しとエンカウントする世の中。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。