TS龍娘ダクファン世界転生   作:てんぞー

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エデン頑張る Ⅵ

 此方へと向かって歩いてくる姿を確認しつつエリシアが口を開いた。

 

「他にいると思う?」

 

「いる」

 

 断言出来た。少なくとも自分の縄張りと言えるエリア―――まあ、実際は俺のじゃなくてグランヴィル家のなんだが―――そこに踏み込んできている不快感は多数ある。正面のとは別に、その側面から横に回り込む様に来ている……気がする。少なくとも絶対にモンスターではない。偶にモンスターが屋敷の近くまでやってくる事はあるのだが、連中は基本的に龍の気配を恐れて近づいてこない。俺が来る前はそこそこモンスターの駆除に出たりする必要があったらしいが、俺が来てからは全くと言っていい程モンスターが出現しなくなったらしい。だからこれはモンスターのものではないのだろう。

 

 きっと人間だ。

 

 クレイモアを握る手が強くなる。今日もタートルネックを着ているから肌の鱗は見えない筈だ。少しだけ、隠れるようにエリシアの後ろへと回ってしまった。

 

「どこにいるか、何人か解るかしら?」

 

「横に回り込んでくるように左右にいる。左に2,右に1」

 

「成程ね……大体見えたわ。エデンちゃん、私に大体任せても大丈夫よ」

 

「……うん」

 

 頭をぽんぽん、と撫でられた。ちょっと警戒しすぎかもしれないが、知覚に引っかかった感覚は不快感だ。そして不快感とは嫌な思いからやってくる。今感じている不快感は目覚めた時に感じたようなもの……あの龍殺しの荒くれ共から感じたものに似ている。殺意とか、そういう類のものだ。まさか俺がそんなファンタジーな要素を感じ取れるとは! なーんて、余裕はなかった。あの時の事を思い出すと、やっぱり死の恐怖を思い出して体が固まる。

 

 そんな事をしている間に正面からマントを被った男がやって来た。マントの下から見える男の姿は昆虫の体をしている。男だとすぐに分かったのは体格の良さからだ。流石に昆虫人でも男女で体格の違いは大きくある。一部を除いて男性の方が体が大きい。だから男性、成人の昆虫人だ。それがマントで雪から身を守るようにしている。

 

 エドワードを、呼んだほうが良いんじゃないか、と上を見上げるが、エリシアはクレイモアを雪の大地に突き刺したまま動かない。

 

「失―――」

 

「当家へと、何用かしら」

 

 言葉を発そうとした昆虫人に被せるようにエリシアが言葉を放つ。会話の切っ先を崩された事にちょっとだけ相手は無言を作るが、

 

「この様な時分に失礼。私は旅の者だ。この雪の中長く旅をしてきたが、食料を失いつつある。此処から街へと行く為に多少のお恵みを申し訳ないが、頼めないだろうか」

 

「嘘ね。こっちは主要街道から外れた道よ。街から真っすぐ目指さない限りは迷い込む事もないわ。嘘をつくならもう少しマシな嘘を用意してくれないかしら」

 

 それに私、と断言したしね。そう小さな声でこっちにだけ聞こえるように言った。つまり目の前の昆虫人は仲間を隠しているという事だ。明らかに何か、良からぬ事を企んでいるという事で。それをエリシアは的確に見抜いていたし、昆虫人も上手くは隠せていなかった。旅人ではない事がバレた昆虫人は頭を軽く掻いた。

 

「食い詰め、である事は事実なんだ。食べ物を、分けて貰いたい。お願いします」

 

 そう言って昆虫人は頭を下げた。それを前にエリシアは態度を変えない。

 

「帰りなさい、貴方がいた場所へ。私達に施す様な義務も義理もないわ」

 

 一瞬で、迷う事もなくエリシアはそれを切り捨てた。だが縋るように昆虫人は顔を上げた。

 

「頼む、まともな飯が食えてないんだ! もうここ数日は木の根を齧って生きてるんだ。まともな野菜でも食べられないと本当に死んでしまう!」

 

「それは貴方が冬になる前に十分な貯蓄を行わなかった事が悪いわ。それとももしかして教えてくれる人がいなかったの? 辺境の冬は辛い、って。此方では常識よ。こっちで生活をするのなら教えてくれる仲間を作るべきだったわ」

 

 鋭い言葉に昆虫人は僅かによろめくが、しかし顔を赤くしながら声を張る。

 

「少しぐらい良いだろう! お前たちは貴族で余裕があるんだから! 俺達は明日の食事があるかどうかさえ解らないんだ!」

 

 みっともないとしか表現できない逆切れにエリシアは無言で頭を横に振る。

 

「エデン、見ておきなさい。アレが努力を怠った者の末路、食い詰め達よ」

 

「食い詰め……」

 

「冒険者たちで言う”捨て犬”らしいわね。未来が見えず、先を考えず、その日をどうやって生きて行くかだけしか考えない……その結果、最後はこうやって誰かか何かに縋って塵を漁るようになる捨てられた犬」

 

「こっちはソッチと違って何もないんだぞ!」

 

「でもなれる職業はたくさんあるわ」

 

 即座に否定された。エリシアは一切の同情を見せる事もなく昆虫人の言葉を最初からずっと否定し続けている。いや、否定ではなく拒絶しているのだ、これは。既に最初からそういう風にすると決めている様に。

 

「知っているはずよ、辺境では常に人員が不足していてどこでも働き手を求めているって。街で仕事を探せばそれこそ冬の間でも寝床を提供してくれるような場所だってあるはずだわ。肉体労働だったり、地味で目立たない仕事だったりするけど。それでもちゃんとやって行けばお金だって貯まるし、冬の間だって問題なく生活出来た筈よ。何もなくても体力さえあればどうにかなる事さえできなかったの?」

 

 違うでしょ? とエリシアが続ける。

 

「夢を見るのは自由よ。だけどその失敗を掲げて自分は可哀そうだなんて振舞わないで。私達には関係ないから」

 

 それに、とエリシアが頭を横に振る。

 

「うちだって別に余裕がある訳じゃないわ。エデンちゃんが増えた分食費が増えたし、洋服代だって増えた。その分収入を増やさなければいけないから仕事だって増えたわ。でもエデンちゃんはその分の仕事をちゃんとしてくれているわ。役に立っているし、成長する意欲だって見せてくれているわ。だけど貴方はどう? 食べ物を受け取ったらそれだけ?」

 

「……」

 

 昆虫人は動かない。エリシアの言葉に固まり、無言のままマントを被っている。その視線はエリシアから、その後ろに半身を隠している俺へと向けられる。

 

「それとも……恩を仇で返すつもり?」

 

「動くな」

 

「動けばそこの娘を殺すぞ」

 

 ばっ、と音を立てて少し離れた距離の雪が吹き飛んだ。雪の中に隠れるように進んでいた者共が出現する。弓を構えた虎人、槍を持った純人、そして剣を持った昆虫人。マントを被っていた昆虫人もフードを脱ぐと懐から一冊のスペルバインダーを取り出した。前衛2に後衛2という形はバランスの良い組み合わせだ。明らかに最初から戦闘をする事前提の組み合わせと動きだった。

 

 先ほどまでは顔を赤くしていた昆虫人も、一転して冷静になっている。いや、最初から演技だったのかもしれない。

 

「困ったわねぇ」

 

「時間稼ぎご苦労ゴ・ダ」

 

「あぁ、さっさと始末して中のもんを貰おう。外は寒い」

 

 武器を向けたまま、エリシアのクレイモアに警戒するように視線を向けながら威圧するような言葉が周囲から来る……だが動きはない。言葉で威圧しつつリアクションを引き出そうとしている。だが明らかな敵意と殺意は一切衰えない。こいつら、最初からこのつもりでここに来ている。

 

「エデンちゃん」

 

「は、はい」

 

「ウチはね、こんな辺境で少人数で暮らしているからね? たまーにこういう勘違いしたお客様がやってきて困っちゃうの。住みづらい所でごめんね?」

 

「あ、い、いえ。俺としても、その、拾われて世話をされて教えられて凄い助かってますし。リアと一緒にいるのも凄い好きですから。その、大丈夫です」

 

「ん、良い子」

 

 常に片手をクレイモアに置き、視線を昆虫人スペルキャスターから外す事無く、空いた手でエリシアが俺の頭を撫でて来た。こんな状況でも一切揺らがないその姿には、改めて尊敬の念を覚えるが―――彼女の言葉が正しければ、これは初めての事ではないのだろう。何度か同じように財産を求められて襲撃されているのだろう。考えてみれば僅か数人で暮らしている、街でも有名な辺境でスローライフを営む貴族だ。

 

 たとえ護衛がいても数人という数しかいないのであれば、俺達でもどうにかなるのでは? と思って襲い掛かる食い詰め……いや、捨て犬が現れてもおかしくはないのか。とはいえ、

 

 たったそれだけで、人を殺しに来るのか、この人たちは……?

 

 その思考が、全く理解できなかった。

 

「所でエデンちゃん、聞いて良いかしら?」

 

「はい?」

 

 エリシアが、敵から目を離した。その瞬間敵が動くが、気にすることなくエリシアはウィンクと共に言葉を続けた。

 

「―――あの程度のもので貴女の鱗って傷つかないわよね」

 

「えっ」

 

 エリシアの言葉と共に矢が頭に着弾した。迷う事無く生まれた隙に入り込む様に差し込まれた一矢。殺意を乗せた一撃は間違いなく人間であれば必殺するだけの威力を持っている。

 

「殺った」

 

 確信を持った虎人の表情と言葉は次の瞬間、硬質な音を立てながら弾かれる矢の姿と、半泣きになっている俺の表情で一瞬で崩壊した。

 

「痛ったぁ―――!!」

 

「!?」

 

 矢の衝撃でクレイモアを手放しながら雪の中を吹っ飛ぶが、頭に衝突しても実質的なダメージはゼロだった。矢じりが間違いなく角を避けて頭に当たったのに。だというのに矢が弾かれ、髪は切られる事さえもなかった。それがスローモーションで流れてく様に見えた。なんだ、ギャグ展開かこれ? なんて考えが一瞬挟まる程度には頭が混乱していた。だが事実だった。

 

 腕の太さが俺の頭ほどの虎人が放った矢でも、俺の肌―――いや、鱗を傷つける事さえできないのだ。というか戦場の空気が完全に停止していた。

 

「え、嘘だろ? なにあ」

 

「奥様ひど」

 

「―――」

 

 言葉を呆然と放つ、その間に血が舞った。ギャグとかそんな概念はエリシアには通じなかった。矢を弾くレベルの頑強さを証明する瞬間に俺が落としたクレイモアを回収、二本同時に別々に投擲する事で昆虫人スペルキャスターと弓兵虎人を一瞬で殺害した。

 

「えっ」

 

 それを見て零した声がそれだった。それしか言えなかった。あまりにもあっさりと、自分の視界の中で人が死んだのだ。

 

 吸い込まれるように一本目のクレイモアは昆虫人の首に突き刺さり、そのまま貫通して頭を切断する形で抜けて行った。もう一本は虎人の顔面を貫通するように突き刺さって即死させる。何がどう見ても即死させていた。人が自分の目の前で死んでいる。その景色に言葉の全てを失う。

 

 だがエリシアは動きを止めない。クレイモアを投擲した時点で既に次のターゲットとして槍を持つ純人へと向かう。一切迷いのない殺人からの接近に純人は怯えるように見えたが―――一瞬で迎撃する為に槍をエリシアへと向けた。

 

 正面、疾走するエリシアと純人が相対する。一瞬で、最小のモーションから繰り出す男の突きは槍という武器をそれなりに愛用してきて使い込んでいる事を証明する動きでもあったが、真正面から向き合ったエリシアは一瞬で体をずらし、穂先の横に腰を滑らせるように足元の雪を使って接近してくる。両腕の隙間を背後に槍を通し、ゼロ距離に接近した所で槍を捻るように叩き奪う。

 

「ごっ」

 

 顎に一撃、足を踏み、丹田に二撃目。そこまで目撃したところで衝撃を受けた。首に腕が回り、刃が首に付きつけられるのを感じた。

 

「おい動くな!」

 

 視線を上へと向ければ昆虫人が剣を此方の首へと向けているのが解った。だがエリシアへと視線を戻せば奪った槍で純人の男の心臓を貫いている所だった。攻撃するのを止める様子はなく、槍を振るって血を掃うと槍を一回転させてからゆっくりと近づいてくる。怯える様な表情を浮かべる昆虫人は俺を引きずるように下がり始める。

 

「クソ、クソ! こんな話聞いてないぞ!」

 

「誰から聞いたのかしら? それともここなら簡単なターゲットだとでも思ったの? そしてごめんなさい、エデン。貴女の頑強さなら確実に無傷だと思ったから利用しちゃったわ」

 

 そう言うと溜息を吐きながら頬に手を当てた。

 

「駄目ね。前線から離れて結構経つのに昔の悪癖ばかり出てきちゃうわ……ねっ」

 

 足を止めたエリシアは近くにあったスペルキャスターの心臓を貫いた。僅かにぴくぴくと動いていた昆虫人の体の動きが停止する。確か、昆虫人は頭を失っても数分の間であれば死なないんだっけ。そんな事を現実逃避気味に考えていた。

 

「動くな、動くなッ!!」

 

「無理よ。貴方じゃその子を傷つけられないわ」

 

「ッ、な、なんだよ! なんだよこれ!! 化け物共め!」

 

 首に剣が叩きつけられるが、刃が肌に沈まない。押し込んでも引っ張っても切ろうとしてもまるで意味をなさない。その事に恐怖を覚えた昆虫人が剣を手放しながら背中を見せて逃げ出し、

 

 その頭を投擲された槍が貫通した。

 

 次に回収されたクレイモアが心臓を貫いた。

 

 そうやって、その場にいた賊は全員、死んだ。

 

 雪の中に残された死体をただ見て、吐き気を感じる事もなく、ショックを受けていた。近寄ってきたエリシアは返り血を浴びる事もない状態で戦闘の処理を終えていた。そしてまた、頭を撫でてくれる。

 

「ごめんなさいね、エデン。貴女を利用する形になってしまって」

 

「いえ、俺は別に無傷だし。でも、人の、命が……」

 

 俺は、別に良い。ぶっちゃけ剣を向けられる事も、弓を向けられる事も怖くはなかったし喰らわないって解ってたから心に余裕はあった。本当に怖かったのはあの龍殺しの剣だけだ。アレは向けられたら死ぬってのが解るからだ。あの恐怖だけが絶対に駄目なのだ。だから今回は良かった。

 

 人が死ぬまでは。

 

 俺の言葉にエリシアは頭を横に振った。

 

「解り合えないなら殺すしかない。それが絶対の法則なのよ」

 

「殺すしかない……」

 

 本当に? 本当に殺すしかなかったのか? だけどエリシアの言っている事は全部真実だ。分けられるような食料はないし、別に豪勢に暮らしている訳でもない。お金だって生活する分に少し余裕を持たせる程度しかない。だから本当に分けられるようなものはなかったんだ。だからそれで無理だと答えて武力を向けられたら、此方も応戦するしかなかった。

 

 それしか選択肢がないのはそう、なのだが。

 

「適度に痛めつけて追い返せなかったか、って思ってるでしょ」

 

「……はい」

 

「でもその方が残酷よ」

 

 エリシアが街道へと続く道を見る。

 

「体に傷を負ったまま、街へとは絶対にたどり着けないからぼろぼろになったまま凍死するでしょうね」

 

「それは……そう、ですね……」

 

「ごめんなさいね……こういう所、見せちゃって」

 

 そう言われて申し訳なさそうな表情を向けられる。それを見て思った。

 

 今まではなんだかんだで平和だっただけだ。優しい人たちと、優しい場所に居られたおかげで平和だったんだ。だけどこの世界の本質的な部分はずっと、あの生まれた直後の所から変わっちゃいないんだ。この世界は地球よりも遥かに残酷で、そして余裕がないんだ。

 

 生きる為に誰かを殺して奪おうとする事が別に珍しくはないぐらいには。

 

 それを見て、知って、教えられて。

 

 もっと、力がいる。生きて行くためには力が必要なんだ、と。どれだけ納得がいかず不満であったとしても。それでも最終的に力のないものは選択肢すら与えられない。殺すか、生かすも。

 

 それを教えられる冬だった。




 人妻vsダクファン、人妻の勝ち。

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