TS龍娘ダクファン世界転生   作:てんぞー

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命の値段 Ⅴ

 ちゃぷーん、という小さな音を立てて湯舟に沈む。

 

 そう、湯舟だ。つまりここには風呂がある、あるのだ!

 

 なんとヴェイラン家の屋敷には風呂があるのだ!

 

 もうこれだけで心の中のTier表の0にヴェイラン家が上がる。ご存じの通り、風呂とはかなりレアな設備だ。維持に金がかかるし、準備も恐ろしく面倒で時間がかかる。その上で場所を取るから限られた人物たち―――つまりは金持ちにしか堪能の出来ない娯楽なのだ。何せ、体を清めるだけならバケツに水を汲んでお湯にしたり、川で体を洗えばいいのだから別に風呂なんて施設必要ないのだ。いや、現代人として思う事は当然ある。とはいえ、この世界の人間はそういう認識が強いのだ。だから風呂は娯楽の面が強い。

 

 だがヴェイラン家には大きな浴場があった。完全に領主サンクデルの趣味だろう。だがそのおかげでヴェイラン家にお泊りするというイベントを経験している俺は、その恩恵を授かっていた。お風呂最高、お風呂素敵、お風呂万歳! 心の中でそう叫びながら湯舟の中に体を沈めていた。

 

「本当に久しぶりの風呂だなあ……」

 

 ちゃぷん、と音を立てながら手を湯の中から伸ばし、掲げる。白い肌を伝い水滴が落ちてくる。その様子を静かに眺めながら肌から生える鱗を見て、軽く触れる。硬質な感触は肌とは全く違うが、リアリティが強い。もうこの1年間で完全に慣れてしまったものだ。最初は異物感が強くても、一緒に過ごしていくうちに馴染んで行くという奴だろうか? そういう意味じゃこの体そのものにも大分慣れて来た感じはする。

 

 少なくとも今では裸の自分の体を見て恥ずかしがるという事はない。髪の毛は上で纏めてタオルを巻いてあるから見えないとして、それ以外の特徴的な女の子の体が良く見える。俺も偉く可愛い姿になっちまったもんだぜ、と心の中で自嘲する。何時の間にかブラジャーや女性用パンティを履く事にも慣れているんだ、人間の適応力というのは中々凄いもんだ。

 

「……」

 

 ただそういう事を考えると、どうしても元の体と自分の今の体を比べてしまう。そうやって比べる度に違和感を感じるのはまだ魂とでも呼ぶべきものが体に馴染み切っていないからだろうからか? 僅かに膨らみ始めた胸、盛り上がりのない陰部、綺麗な肌と細い手足は間違いなく自分の物ではないように思える程華奢で可愛らしい作りをしている。

 

 どうして俺、こっちにいるんだろうなあ……。

 

 湯を顔にかけて溜息を吐く。結局のところ、そこがずっと不鮮明になっているのは事実だ。考えた事もあったが、深く考えた事はなかった。結局のところ、後回しにしているのが事実だ。とはいえ、深く考えたところで何か答えが出てくるものでもない。ただこうやってゆっくり湯を浴びながら考える時間があると、思う。

 

「俺ってなんだろうな……」

 

 膨らみ始めた小さな胸を押さえながら足を閉じるよう身を寄せてみる。こんな風にポーズを取ってみると、どこからどう見ても少女でしかない。だけどそれは見た目だけの話だ。実際は俺は龍という種で、絶滅しかかっている存在だ。なのに中身は男で、そして姿は美少女だ。角だって生えているし、鱗だってある。そう考えると本当に滅茶苦茶だ。何が本物で何が偽物なのか、それが良く解らなくなってくる。

 

「……ふぅー」

 

 自分を、見失わないようにしないとなあ……と思う反面、自分が今できる事なんてグランヴィル家の為に働く事ぐらいだろう。あんまり気合を入れた所でどうしようもねぇなと思って脱力する。まあ、適当に、程々にやっていこうか。

 

 そう思った瞬間風呂場に扉が勢いよく開いた。

 

「エデン! 一緒に入ろう!」

 

「リアァ!!」

 

 扉の前にはすっぽんぽんのリアが体を隠す気ゼロで登場していた。寧ろ胸を張りながら突入していた。何よりもそのまま風呂へと突入してきそうな気配がしていた為、素早く風呂から飛び出て飛び込んで来ようとする姿を掴んだ。

 

「体を洗うまで! 入浴! 禁止!」

 

「えー。早く入りたーい」

 

「湯が汚れるからだぁーめ」

 

「ぷえー」

 

 キャッチしたリアをそのままシャワーの前まで運ぶと床に座らせる―――今更ながら全裸のリアと接するのにもだいぶ慣れたな……そう思いながらリアの面倒を見始める。髪、肌、手足、指、顔。女の子が必要とする体のケアというのは男の頃では考えられない程に面倒で多い。これでも現代環境から化粧品を大幅に抜いた状態での話なのだ。それなのにケア関係は面倒を極めていた。これまではアンが全てやっていたのだが、俺だけが中央へとリアについて行く為俺が全部覚える必要があった。

 

 その為、俺がリアのこういう面倒を今では見ている。このきらきらと煌めくような銀髪のケア、俺が任されているんだなあ、と思うとちょっと気が重い。

 

「エデン」

 

「ん-? どうした。痒い所でもあった?」

 

「ううん、そこは大丈夫だよ。何時も丁寧で優しくやってくれるし、私はエデンにやって貰うの好きだよ」

 

「そっか」

 

 そう言われるとやっている身としては結構嬉しいものがある。ふふ、と軽く笑い声を零しながらリアの髪を洗う事に集中しようとすると、再びリアが話しかけてきた。

 

「ねね、エデン」

 

「ん?」

 

「楽しいね」

 

「うん、そうだな」

 

 毎日が本当に、楽しいよ。このままで良いのか悩んでしまうぐらい。

 

 

 

 

 まあ、元々はお泊りなんて予定はなかったのだが、エドワードが急遽予定の変更があるという話で1泊お泊りする事になったのだ。そういう理由からお風呂を使わせて貰う事になり、パジャマなどを借りる事になった。当然俺とリアはロゼのパジャマを借りる事になるのだがリアはともかく、俺にとってはロゼのパジャマは一回り小さく感じる部分がある。そしてパジャマを借りると必然的に鱗が見えてしまう為、来るときに着ていたインナーをそのまま装着する事で鱗を隠す事にした。

 

 そこまで必死に鱗を隠す必要はぶっちゃけ、もうない。

 

 エドワードだけではなく他の所でも確認したが、龍が人に変化するという話を聞いた者はいないらしい。だから別に、鱗を晒した所で問題はなかったんだ。とはいえ、鱗を隠す事に慣れてしまったのも事実だ。なるべく鱗を晒さずにいたいという気持ちの下、インナーを着用するようにしているのだ。そんな風にロゼのパジャマを借りた風呂上り、暗くなってきた夜は時間的にも段々と就寝時間に近くなっている。とはいえ寝る前に枕投げをしようとハイテンションなリアもいる為、このまま普通に眠る事にはならないだろうなあ、という予感がひしひしとしていた。

 

 そんな夜。

 

 風呂場からお泊り先であるロゼの部屋へと戻る途中、エドワードと遭遇した。どうやらこっちを待っていたような素振りがあって、此方に気づくと笑顔で手を振ってきた。リアもエドワードを見かけるとまだ完全に乾いていない髪を揺らしながらエドワードへと突進する。

 

「リア、お風呂はどうだった?」

 

「凄く心地良かったよ。ウチにも欲しい」

 

「うーん、ココのは魔道具を使って再現しているもので中央で見る奴よりも高価だから、ウチはちょっと辛いかなぁ」

 

 あはは、と苦笑を零しながら受け止めたリアの頭をエドワードが撫でた。

 

「リア、エデンを少し借りるけど良いかな?」

 

「良いけど……絶対に返してよね? エデン、私ロゼの所で遊んでるから」

 

「あいあい。怪我するなよ」

 

「うん」

 

 それだけ言うとリアは走ってロゼの部屋へと向かっていった―――今夜はゲストルームから引っ張ってきたベッドを繋げて作った大きなベッドに、3人で並んで眠る予定なのだ。歳に対してちょっと行動幼くない? とは思ってしまうかもしれないが、初めての対等な友人に2人とも相当舞い上がっているのだろう。それはそれとして、エドワードへと視線を向けた。

 

「何か御用でしょうか、エドワード様」

 

「うん、実はサンクデルに明日討伐の仕事を頼まれてね。それにエデンが付いて来たいのかどうかを聞こうと思って待っていたんだ」

 

「仕事、ですか?」

 

 エドワードは時折パーティー規模のモンスター狩りを依頼される事がある。それは強制されている訳でもなく、エドワードにとっては難題であるという訳でもなく、仕事の1つとして捉えている。時折持ち帰ってくるエドワードの戦闘話は結構面白いもので、この世界にはどんなモンスターがいるのかを教えてくれる。最近聞いた話の中で面白かったのはエドワードの対バジリスク戦だろうか。簡易の風の魔法を使った目つぶしと閃光魔法を組み合わせる事で石化攻撃を抑制しつつ死角を作り、トラップと置き魔法でひたすら射程外から削り殺した話はひたすらプロフェッショナルを感じさせる戦い方だった。

 

「うん、どうやらサンクデル所有の鉱山にレッサードラゴンが出現したみたいなんだ。今は動かせる人間の限られているから僕に処理を頼みたい、って話でね」

 

「レッサードラゴン……」

 

「うん……興味あるでしょ、亜竜という生き物が」

 

「それは……」

 

 勿論、興味があるに決まっている。亜竜とはつまり、龍の眷属とも言える生物たちだ。ワイバーン種やレッサー種等様々な種類が存在し野生化して生きている。その特徴は非常に強靭で賢く、しかし人間に対しては敵対的であるという事だろうか。基本的に亜竜と人類が接触した時、殺し合うという選択肢しか残されない。だが彼らは古い種族でもある。世界の始まりから続く系譜の一つだ。つまり、龍という種族に関して知っているかもしれないのだ。

 

 たとえそれが若い個体であろうと、俺という龍が接触する事で新たな事実が判明するかもしれない。その事実に気づいた所でうん? と首を傾げる。数秒程腕を組んで俯いて考え、今度は天井を見上げながら考える。そしてエドワードへとジト目を向ける。

 

「エドワード様……実は単純に反応とか見たいだけなんじゃないですか??」

 

「そ、そそ、そんな事ないよー?」

 

「声が震えてらっしゃる」

 

 視線を泳がすエドワードの姿を見て、くすりと笑い声を零した。夜中である事も考えてあまり大きな声を出さないように口元を抑えながら笑い声を零し、すみませんとエドワードに一度謝る。

 

「少しふざけてしまいました。ですが、ありがとうございますエドワード様。邪魔にならなければ俺も一緒に行きたいと思います……良い機会だと思いますし。何もなければそれはそれで平和という事でもありますし」

 

 誰かが聞いているかもしれないという事を考えてあえて主語を外す。だがそれでも十分に意図は伝わる。エドワードは解った、と頷く。

 

「それじゃあリアには明日もここで遊んでいて貰って、その間に僕たちは仕事の方へと向かおうか。ありがとう、エデン」

 

「いえ、此方こそありがとうございます。亜竜なんて中々見れませんしね」

 

「そうだね」

 

 龍の方なら毎日会えてるんだけどね!

 

 それで会話を切り上げておやすみを伝え、ベッドルームへと向かう。もう既にリアが向かっている筈だが暴れてないと良いなあ、なんて希望的観測を胸にちょっと早歩きで向かう。

 

 しかしロゼの部屋から聞こえてくるのは喧騒。あ、やっぱり。そう思いながら迷う事無くロゼの部屋へと繋がる扉を開けた。

 

「リア、ロゼ何をやって―――ぶ」

 

 扉を開けた瞬間、顔面に何かが叩きつけられた。ゆっくりと落ちて行くそれに合わせて視線を下へと向ければ、枕が1つ、足元にあった。そこから視線を正面へと向ければベッドを二つを中心にした部屋、その左右にロゼとリアが枕を複数手に髪を乱れさせながら向かい合っていた。どうやらもう既に枕投げを始めていたらしい。

 

「所で今のはぶっ」

 

 顔面に枕が叩きつけられた。

 

「今のはリアだぶっ」

 

 喋っている途中で再び枕が顔面に叩きつけられた。

 

「今度はロゼだなっ!」

 

「な、私の魔球が受け止められた!」

 

「組むよロゼちゃん! エデンが敵に回ったら一人では勝てないよ!」

 

 素早くロゼ側へと走って枕を盾の様に構えるリアの姿を見て、うんと頷く。足元に落ちている枕を三つとも持ち上げ、構える。

 

「枕ブレード三刀流」

 

「いけないわリア、アイツガチ勢よ!!」

 

「逃げろー!」

 

「残念、大魔王からは逃げられない」

 

 がおー、という声と共に一気にベッドを飛び越えて二人に接近する。きゃー、という声で二人が逃げ出す。だが完全に逃げ切る前に二人を枕で叩いてベッド方面へとふっ飛ばす。ベッドに倒れ込んだ二人を確認したらそのままベッドの上の格闘戦へと持ち込む。

 

「枕投げ1級の俺に勝てるものか!」

 

 ベッドの上で枕を駄目にしながら、その晩、疲れて眠るまで俺達は遊び続けた。

 

 まるで普通の少女の様に。




 引き続き評価感想、ありがとうございます。

 エデンの中で女になって面倒だ……って思った事1位。立ちションが出来なくなったこと。

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